ひぐらしのなく頃に 決 【訳探し編】   作:二流侍

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■訳探し編【Ⅶ-Ⅲ】

 次の日を迎えるまでに夢を見るかと思ったけれど、結局朝まで真っ暗な景色をずっと過ごしていた。久しぶりに夢を見ずに過ごしたような気がする。母さんが下で何かをしていたのか、物音で目を覚ました僕は、そんなことを考えながらゆっくりと起き上がった。

 日時を確認する。月日にして7月24日。時間にして午前6時23分。

 ……だるい。肉体的ではなく、精神的に思いつめて寝たこともあっただろう。何も考えず、ポケーッとしている自分がいた。あー今が現実ではなく、夢ならどんなに良い事か。そんなことさえ感じてしまっている。

 これほど憂鬱な朝を迎えるとは思わなかった。病は気からという言葉が当てはまるのなら、今なら癌にでもかかりそうなぐらい。日の光を顔に浴びても、そんな気持ちが晴れることはない。朝ごはんを食べているときも、歯を磨いている時も、顔を洗う時も。

 母さんから「大丈夫?」という言葉を何度貰ったのだろう。それは多分頭の方を気にしての発言だろう。全て生返事で答えるだけにした僕は、とにかく学校に行くために動く。

 

「本当に大丈夫かな? とっても疲れているように見えるけど……」

 

 そして、目の前の竜宮さんが僕の家の前で心配そうに聞いてくる。やはり他人に一目で分かってしまうほどか。

 流石に竜宮さんにこれ以上の不安をさせるわけにはいかないと、自分の手で頬を何度か叩き、目を覚ましたという意思表示を見せた。

 

「祭りの賑やかさに少し疲れただけだよ。後は少し寝不足が入っているかな?」

「今日は休んだ方がいいんじゃないかな、かな?」

「あはは。休んだところでこの怪我が癒えるわけでもないし」

 

 それに気持ちとしては、学校に行きたい。そうすれば園崎さんの元気な姿を見れるかもしれないし、それを見ることで英気を取り戻すことだって出来るかもしれないから。

 そう説明したとき、竜宮さんは困ったように微笑んでいた。

 

「魅ぃちゃんはまだ時間がかかると思う……。それは確かだと思う」

「……分かってるよ。でも、もしかしたらがあるかもしれないじゃないか」

「うん、そうだね」

「それに! 僕さえ学校を休んでしまったら、竜宮さんは一人で勉強しないといけないんだよ?」

「はぅ!? そういえば今日は算数の課題が多かったかな、かな……」

「そうそう。みんなでやらないと終わらないよ」

「それは困るよ……」

 

 言い聞かせ成功と言った所か。つい2週間前だけど、あの頃と同じような内容が話せてとても嬉しかった。最近は暗い話ばっかりだ。丁度いいし、このまま楽しい話題でもしていこう。その方が今の状況よりよっぽどいい。

 学校に向かいながら、思いついた話題でこの場を繋いでいこうと口にする。

 

「最近は算数も難しくなってきたよねー。何か色んな数式が出てくるし」

「孝介君はよく解けるよね? 昔は頭良い学校に行ってたのかな? かな?」

「ははは! 頭なんかよくない場所に決まってるじゃん、テストだって平均点辺りを彷徨う人だったし」

 

 謙遜ではなく事実だから困ったものだ。竜宮さんはそんな事実でも、閃いた、と手を叩きながら、

 

「じゃあ孝介君は先生に話を聞くよりも、自分で勉強をする方が効率いいのかも」

「勉強って言っても解答を見て、内容を理解することだけしかしてないけど……」

「それが出来る人はやっぱり凄いと思うよ? 内容を理解する力があるんだから」

「う~ん。それとは何か違うような……」

 

 それが出来たら昔から先生の話を聞いていたのだし、理解しているはず。

 何だろう、こう……見たときにこうじゃないの? って頭の中にいる別人Aが囁きかけてくれる、みたいな。そんな感じが当てはまりそう。

 ひらめき力が上がったと言った方が良いか。

 

「ひらめきが出来るっていうことは、やっぱり凄い事だと思うけどなー」

「そう?」

「想像力が豊かということだから。レナはそう言ったイメージは少ないよ」

 

 だから、勉強が出来ないのかな。そう言って自嘲気味になっている。

 なるほど、想像力か……。

 なら、と竜宮さんに対する評価を述べていく。

 

「竜宮さんは何かこう……現実をしっかりと見定めたり、記憶力もある。あと行動するもん。それが出来るんだから凄いよ」

「そ、そんなことないよ!」

「だから部活に強い」

「はぅ……部活は楽しいからであって……」

 

 それでトランプの傷を全部覚えようとする理由には物足りないだろう。

 

「本当に凄いよね。高校に行く時には策士レナ、みたいな称号を貰っているんじゃない?」

「そ、それ喜ぶべきなのかな!?」

 

 まぁ、普通はあまり喜ぶものでもないかもしれない。だって策士なんて言葉は褒められるべきして使われる言葉でもないだろうから。

 

「……ねぇ、孝介君」

「うん? どうしたの?」

「さっきさ、策士レナって言ってくれたよね?」

「そうだけど」

 

 それが一体どうしたと言うのだろう。見れば彼女の表情は喜びをかみしめているように下唇を噛みながら、笑窪を作っていた。

 

「何? 喜ぶべき場所なんてあったかな?」

「レナって言ってくれた」

「え?」

「初めて、レナって言ってくれたかな、かな?」

「あぁ、そういえば」

「はぅ! 良かったよ、良かったかな!」

 

 あまり気にすることなく言っていた。彼女はその単語を聞けたのが嬉しくてたまらないようだ。軽くスキップしてるし。

 

「これからもレナって呼んでほしいな!」

「ヴぇ!?」

「な、何でそんな反応するの!?」

「いや、それはまぁ……色々と驚いて……」

「で、どうかな。かな!」

「あー。えーっと……」

 

 別に拒否する必要はない、と思う。正直ここまで言ってきたのだから慣れというものも存在している。

 正直このままでいいんじゃないの、そう思う自分がいた。

 

「レナ……この名前は特別」

「どうして?」

「圭一君と口げんかしたときは覚えているんだよね?」

「それは、うん」

「あの時に圭一君が窓を割った人だー! て言われたのを覚えてる?」

「そんな優しい言い方じゃなかったけどね……」

「あはは……でも、本当に私窓を割ったんだよ」

 

 彼女から切り出されるとは思わなかった。驚く自分をよそに、彼女は自身の過去についてを語り続ける。

 

「あの時のレナは……少し疲れてたんだよ。親のこともあって精神的に参ってた部分もあったのかもしれない」

「親のこと?」

「大したことじゃないよ。ただ離婚した、それだけの話」

 

 さらっと言った割には内容は重いものだった。

 

「離婚して、それに対してお母さんといざこざがあってね。……それで、窓を割った」

「そうなんだ」

 

 茶化すことは出来そうにない。

 

「で、お父さんと一からやり直すことになって……またここに来たんだよ」

「昔は住んでたってこと?」

「そうだよ」

「でも、それが名前とどう関係があるの?」

「一からやり直すと決めたとき、私は1つ決め事をしたんだ」

 

 彼女は息継ぎの間を空けて、その決め事の内容を教えてくれた。

 

「自分の名前を、変えること」

「変えるって……」

「私の戸籍上は礼奈。でも、みんなからはレナにして呼んでもらってるんだ」

「どうして、また?」

「嫌なことを消したかった」

 

 彼女はチラッとこちらを窺うように覗き込んでくる。多分自分がどのように反応するのか気にしているだろう。怖がっていないか、信じてもらえないのではないだろうか。そう言った不安を彼女は行動で見せてくれていた。

 

「れいなから”い”やなことが居なくなってくれたらいいなって、ただそれだけだよ」

「自分を、やり直すため?」

「そう。一から自分をやり直して、でこれからは楽しいことをしようと思ったんだ」

 

 信じてもらえるかな。そう彼女は聞いてくる。

 

「信じるよ。まさに竜宮さんらしいもん」

「……ありがとう」

「なるほどね。そんなことがあったんだ」

 

 また1つ、自分の中で解決した。そうか、彼女はそうやって自分と向き合うことを決めたのか。

 凄い。自分をやり直すなんて、思っているだけの自分よりもよっぽどしっかりしていて、強い。

 

「だからレナはレナって呼んでほしい。変わった自分を見て欲しいから」

「……」

「どうかな? かな?」

 

 彼女は自分の過去、しかも捨てたはずの過去を晒してまで自分に伝えたいことがあったのだろう。変わった自分を見て欲しい、か。

 本当に……彼女にはかなわないよ。

 

「じゃあ呼ばせてもらうよ、えーっと」

 

 しかしこうやって面と向かって意識しながらとなると恥ずかしいものだ。

 とりあえず、一言でまとめて彼女に言えばいいだけの話なのだから。

 

「レナぁ…………さん!!」

 

 一言で言えなかった。

 

「……。ぷ、あはは! とっても今の孝介君かぁいいよ!」

「うぅ……。やっぱり苦手だ……、もう少し待って……」

 

 恥ずかしさで顔が茹で上がりそうだ。やはり名前で呼ぶのには自分ではハードルが高すぎる。そもそも躊躇っている自分がいるし、やはり彼女のように1回で変わる事なんて出来そうにない。

 そんな弱弱しい自分に、彼女は今日一番の笑みを浮かべてくれた。

 

「うん。そう考えてもらえるだけでも嬉しいかな! ――――ありがとう」

 

 そう言って先行く彼女の背中は昔に見せてくれた、楽しげな彼女だった。

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