「をーっほっほ! 孝介さん。よくぞいらっしゃいましたわ!」
「……これは一体……」
「なーに。軽い挨拶でしてよ?」
「……」
学校に着いてチョークまみれにされる挨拶とはこれいかに。
北条さんからの熱い挨拶に顔が真っ白にされつつ、とりあえず席に座る。
「孝介さん。怪我の方は大丈夫ですか?」
「人の顔を白くしといてよく言うよ……」
「これは軽いデモンストレーションですわ」
彼女は嬉々としながら、自信満々に語ってくれる。今回のトラップに関しては孝介さんよりも実際は園崎さんの退院祝いに向けたトラップであると。誕生日にケーキを渡すかのように、退院日にトラップを受けて欲しいようだ。そうすることできっと彼女もいつもの日々を取り戻せることが出来るだろうと。
その話を髪の毛についたチョークを払いつつ聞いていた自分は苦笑いをしていた。正直それが正しいことなのか分からないし、確かに攻撃性は少なくとも、退院祝いに園崎さんをチョークまみれにするのはいかがな物か。彼女らしいといえば彼女らしいといえるが。
「きっと園崎さんも昔の日々を思い出すことに違いありませんわー!」
彼女はそう言って、園崎さんが過去の感傷に浸ると考えているらしい。チョークをたっぷり含ませた黒板消しをあるべき黒板の場所まで運びながら、彼女は「次はもう少し威力のあるものを……」なんて呟いていた。
「沙都子ちゃん。魅ぃちゃんも病み上がりなんだから、優しく扱ってほしいかな、かな……?」
「そうだよ。……さっきので充分だからさ」
「そうですわね…………。梨花はどう思いますの?」
そう言われて少しだけ慌ててしまう。古手さんと本当に会話するのは病院の一室のあの時だけ。綿流しの祭りがもう一度であったと言えるかもしれないけど、彼女は演武を見せてくれたあと疲れたといって顔合わせもしてくれなかった。話すきっかけも出来ないまま、こうやってずるずると引きずってしまったわけなのだけれど、今彼女は僕のことをどう思っているのだろうか。
彼女の表情に注目する中、古手さんは机の上で勉強していた手を止めて、こちらに笑顔を見せてきた。
「……魅ぃはきっと喜ぶのですよ。にぱ~☆」
「梨花ちゃん……流石にそれはないと思うよ?」
「……そんなことないのですよ。魅ぃはきっと感激するのです」
「古手さん……」
「……篠原もそう思うのです?」
「え!? い、いやぁ……」
頼りなく答えて、とりあえずお茶を濁してしまう。どうしても彼女の本心をあの病院で聞いてしまっただけに喋りかけにくい。彼女とは疎遠な関係でいこうとなっているような気がしたし……。
でも、彼女はそんな記憶がなかったかのように、楽しそうに話し掛けてくる。
「……きっと楽しいと思うのですよ」
「そうかなぁ……」
「…………違うのです?」
「いや、そうじゃなくて。園崎さんの心の持ちようというより、身体の心配を」
「……大丈夫なのです。魅ぃは身体強いのですよ~」
「梨花ちゃん。魅ぃちゃんは身体強くないよ」
「……別に関係ないのです。身体よりも心の持ちようなのですよ」
断言する梨花ちゃんはそう言って笑い掛ける。
「そうなのかなぁ」
「私もそう思いますわ。身体が弱くとも気をしっかり持てばどんな場面でも頑張れるのですよ」
「うーん。これって頑張る場面なんだろうか」
「当たり前ですわ!」
思わず突っ込まずにはいられなかった自分に、北条さんからの叱咤が飛んでくる。
「今こそみんなで一丸となりましてよ! 圭一さんを見つけるために」
「前原君を見つけるためかぁ……」
古手さんをチラと見つめる。彼女はニコニコしているだけで、何も反応をしているように見えない。
前みたいに古手さんが希望にすがる北条さんにきつい言葉を吐くかと思っていたけど、そうではないようだ。やはりみんなの前では見せたくないかもしれない。古手さんの内心が分からない以上、はっきりとしたことは言えないけど。
「みなさん。授業が始まりますよー」
ガラガラと古めかしい木造の擦り合わせた音を出して、知恵先生は教室に入ってきた。しかし何故だろう、先生からは活気というか、元気が足りないように見える。表情は明るく振る舞っているのだが、言葉の端々で何かに耐えているような、そんな気がしたのだ。
しかしそんなこと思うだけで、言葉には出来ない。何はともあれ、知恵先生の発言を受け、今まで散らばっていたクラスメートが席に着き始める。僕らも教卓付近で固まっていたところから移動し、席に座った。
「今日もみんなでしっかりと勉強していきましょう」
「「「はーい」」」
みんなが各自勉強道具を取り出していく中、「そうですね」と知恵先生が先ほどの言葉の付けたしをしてきた。
「……すみませんが、帰り際に報告しないといけないことがあります。みなさん少しだけ時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
何があるのだろう。そんな表情を浮かべつつ、クラスメートの各自が頷く。
「ありがとうございます。それではみなさん、授業を開始しましょうか」
放課後に何を話すのだろう。そんな疑問を持ちながらも、竜宮さんと一緒に算数のドリルを始めることを口にしていた。