隣で竜宮さんが数学と苦戦してる中、僕はずっと外を眺めつづけていた。何となくなくではなく、外が少し騒がしいと思ったからだ。いつもなら村人は農作業に精を出していて、村としての平穏な一日の始まりを告げていることだろう。しかし、今日は何やら騒がしい、そう思えるのだ。
その気持ちを隣に聞いてみると、竜宮さんはペンを止めて、首を傾げる。
「……そうだね。何か慌ただしいように見えるのは本当かな?」
「うん。ほら、何か話し合って指示している人もいるし……」
ここがグラウンドだというのに、村人の人達は中に入って首を動かしているし、何かを探しているのだろうか。竜宮さんと顔を見合わせ、何をしているのかを考え始める。
……それから数秒も経たずに、嫌な予感が頭の中をよぎった。
「まさか、圭一君を探しているのかな、かな……?」
僕と同じ考えに至っていた竜宮さんがそれを口にする。
前原君の捜索、それは確かにありえなくもない。捜索というよりは手がかりを見つけたのかもしれないといった方が正しいだろう。村人にとって前原君は探すべき敵として認識されているだろうから。
園崎さんに対する暴行。あれで前原家に対する村人の印象は最悪になっているとされている。
ご両親にまでは危害を加えようという村人はいないのだが、前原君自身は別だ。園崎家次期当主にあたる人物に重傷を負わせた罪は重いと考えている。
園崎家当主がどう考えているかは流石に自分たちの耳に入ることはないのだけれど、良い印象を持ってくれているとは考えにくい。もしかしたら今の捜索だって当主による一言で始まっているのかもしれない。
心に重いものが溜まっていく中、さらに追い打ちをかける事態が起こる。
「すみません。ちょっと……」
それは唐突だった。
村の人であろう20代くらいの男性が教室から顔を覗かせ、国語の授業を行っていた知恵先生を呼び出していた。クラスが一斉にざわめきだす。こんな珍しい事態になったのだから当然の反応だと言える。
知恵先生は冷静に「次のページの漢字の学習をしておいてください」と低学年に指示だけを与えて教室から出て行ってしまった。
当然ドリルに手を付けようなんて、お利口さんはいない。クラスは騒然となり、隣にいる子に呼び出されたの予想をしていたりしている。
北条さんはその例から少し外れて、こちらに寄ってきて僕の後ろ……園崎さんの机に座りなおしていた。
「なんだか慌ただしいですわねー」
「そうだね。知恵先生まで呼ばれるなんて何かあったのかな?」
「こちらとしては自習にしてくれると嬉しかったりはしますけど……」
「ははは……今のこの状況で悠長にそんなことを言えるなんて」
「そんなことありませんわ。自習という休憩時間を目一杯楽しみませんと。ねぇレナさん」
「……」
「レナさん?」
北条さんが声を掛けて気付く。竜宮さんは目線を外に向け、睨みつけていた。その表情は神妙で、こちらにも竜宮さんが何かを考察していることが分かる。放っておくべきかなと思ったけれど、少し考えていることについて気になる。
「れ、レ……竜宮さん……」
「あ、あはは……ごめんね。考え事」
「何に付いて考えていたの?」
「えーっと。孝介君がちゃんとレナって呼んでくれるにはどうしたらいいのかなって」
「うぐ……」
痛いところを付かれた。というより竜宮さんはそんなことを考えていたとは思えない。もっと違うことについてあったはず、そう言及しようとした矢先。
「へぇ~、孝介さん。レナさんと友情という親密な関係になれたのですわね~」
「それは違うから!」
「はぅ……孝介君と密な関係……」
「何でそこだけ!? なんか変な意味に聞こえるから!」
「変な意味……?」
「あーもう! 北条さんは分かりにくいことだよね!」
ややこしいことになってきましたよ。もううんざりしたくなるほどである。
誰か助けて、そう思って周りを見渡してある人物に白羽の矢が立った。
「古手さん! 助けて!」
「……みぃ?」
不思議そうにこちらを見てくる。当然だろう。さっきまで隣の子とお話しをしてたらこっちに呼びかけられるのだから。それでも構わずにこの状況を何とかしてほしい。この際気まずさも感じないし、とにかく変な話にならないように話を逸らして欲しい。
「古手さん。竜宮さんたちに説明して! 僕はただ友達として接したいからであって!」
「…………みぃ」
「この話はもう終わらせるべきだって!」
「……何の話なのです?」
「ですよね!」
これは墓穴を掘ってしまったか。どうしよう、このままだと古手さんにも弄られそうな気がしてきた。
というか目の前で北条さんが説明し出している辺り、手遅れな気がしてならない。
もう北条さんの口を防ぐしかないか。その後は3人で話し合いをしていくしかない。
とにかく動き始めないとと北条さんの後ろに回ったときだった。
「みなさん。席についてください――――って何してるんですか?」
助かった、最初に思えたことはそれだった。
知恵先生が話し合いを終えてきたのだろう。教室に入ってきてクラスメートたちの自由行動に目を丸くしている。次の瞬間には三角形に変えていたんだけど。
クラスメートも固まっていただけに、先生の変化により恐怖が加えられているように思えた。
「みなさん、自習というのは遊び時間ではないのですよ」
その一言でみんなが我に返る。自分も北条さんのもとを離れて、自分の席に手はお膝状態で待機。一斉に席を付く姿にため息を付きながら、知恵先生は教卓の前まで歩いていく。
みんなが知恵先生の次の一言を恐れながら待っている中、掛けられた言葉は意外なものであった。
「突然ですが今日はこれで終わります。みなさん、揃って下校するようにしてください」
クラスの反応は瞬間の間のあとバラバラだった。喜ぶもの、首を傾げるもの、はたまた険しい表情を見せるもの。少ない人数の中、多くの表情が見られる中、僕は口をぽかんと開けることしか出来なかった。
クラスメートである冨田君が手を上げ、「どうしてですか?」と聞く。
その言葉を受け、先生は険しい表情に苦いものを含ませた表情へと変わった。
「みなさんには親が説明してくれるでしょう。……いいですか、みなさん近くの家同士でグループになって帰ってくださいね」
真剣な言葉かけに黙って頷くことしか出来ないクラスメンバー。当然自分も含まれる。各自鞄を取り出して、帰り道の三段をしている中、知恵先生はこちらに近づいてきた。
「篠原さんと竜宮さんはここに残ってください」
「え?」
「いいですか?」
「はい。私は構いません」
竜宮さんと知恵先生がこちらを見てくる。鞄に詰め込み始める作業を止めて、僕も黙って頷いた。
「ありがとうございます。あなた達には……ちゃんと説明した方がいいでしょう」
「説明?」
「えぇ」
竜宮さんと顔を見合わせる。もしかしたら、先ほど言っていた前原君の件についてなのかもしれないということだ。
先生がまた教卓に戻って、各自どのように集団で下校するべきかの指示を出している。先生は知恵先生1人しかいないのだから、こういった人頭指揮は大変なことだろう。
「ははは。予感、当たりそうだね……」
乾いた笑いしか出来ない。自分でも誤魔化し切れていない部分がある。当然のことだろう。
竜宮さんは一切笑うことなく、僕の言葉にさえ、耳を傾けることは無かった。
「……圭一君が本当に? でも……」
「何? 前原君がどうしたの?」
彼女には何か思い当たる節があるというのだろうか。思わず期待してしまう僕の心を彼女は首を横に振る事で否定していた。
「分からない。確証がないから……」
「何を話してまして?」
北条さんがこちらまでやってきていたのに気付かなかった。鞄を背負って、帰宅の準備をしたのはいいが、僕らが全く動こうとしないのを見て不思議に感じたのだろう。
既に知恵先生が指示を出しているおかげで半数以上のクラスメートは帰路に着き始めている。
北条さんも帰るべきだ。そう思った僕はほぼ本能的に帰るべき進言を口にしていた。
「もう、北条さんも知恵先生に言われたんでしょ? 早く帰らないと」
「その言葉、そっくりそのまま返しますわ。一体何をしていまして?」
「沙都子ちゃん。私たちは少し用事があるから」
「ではその用事を聞かせてくださいまし」
「それは、言えないことだからさ」
「……知恵先生と、ですか?」
流石にかわすことは難しそうだ。というより古手さんもこちらに来て、僕らの行動の違和感についてを気にしていたようだ。北条さんも古手さんも部活メンバー。出来れば隠したくないことなんだけど。
チラッと知恵先生の方に確認をする。
クラスメートを全員誘導した先生もこちらを見て、その次に僕の目の前にいる2人を見ていた。
諦めたように首を振る、もちろん縦にだ。
「知恵先生と話があるから」
「え、孝介君……」
「いいんだよ、ね? 知恵先生」
「はい。みなさんには説明するべきでしょう、大切な……友達のことですから」
誰もいなくなった教室に僕を含めたったの5人。まとまって席に座りなおした部活メンバーに対し、知恵先生はどう切り出そうか、考えあぐねいていた。それを見守る僕ら。
やがて諦めたようにため息をすると、彼女は自嘲気味に笑った。
「……駄目です。上手い言葉が見つかりません」
少し抑えた声。何かの感情を押さえつけようとしているその声に、僕らも口を閉ざすにはいられなかった。
「一体なんですか? その……もしかして、前原君のことで……?」
「単刀直入に言います」
息継ぎをして知恵先生は感情を無くして言った。
「園崎さんが――――失踪しました」