「孝介さん……」
「あ……」
戻っていった僕に待ち受けていたものは、少々厳しい顔をしていた北条さんだった。後ろには竜宮さんもいる。教室で待機してほしいと願っていたけど、やはり気になってしまったのだろうか。玄関先で待っている彼女たちの手には自分たちの鞄と僕の鞄を持っている。
僕と大石さんの会話を聞いていたのだろうか。その瞳は不安げで、また僕の心が揺らいでしまうのではないかと思っているのかもしれない。そりゃあそうだ。僕を心配しないわけがない。
その心配を取り除いてあげようと、僕は笑顔で向き合った。
「大丈夫、もう終わったから」
後ろから大石さんを乗せた車の発進音が聞こえる。それに負けない声量で、北条さんは嬉しそうに声を上げる。
「それは良かったですわ!」
良かったかどうかは分からない。大石さんとの言い争いとの後、残ったのは疲労感に似た罪悪感だからだ。みんな、批判するときにはこんなに心を痛めるのだろうか。そう感じてしまうほど。
「本当に大丈夫だった? 大石さんの話……?」
そして、そんな表情を隠そうとしても竜宮さんには看破されてしまう。彼女にはどんな仮面をつけたとしても、その下の素顔を見られてしまう。
それでも、僕は嘘を付くことを求めた。それは見栄といったものではなく、北条さんの心情をくみ取ってという意味でだ。
「大丈夫。今日は特に何もなかったから」
「そう……分かった」
「レナさん? 孝介さんを疑うなんてこれからの行動に支障をきたしまして?」
「いいんだよ、僕はそれほどのことをしてるって自覚してるから……」
「もう……そういう事になるから、よろしくありませんのに……」
北条さんが何を言いたいのかいまいちピンとこなかったのだが、これ以上長い話に持ち込んでは無駄話に変わってしまう可能性がある。
僕の報告を聞いてほっと一息をつくのはいいけど、今は探すことがまず最優先だ。
周りに誰もいないことを確認する。村人に聞かれてしまってはいらぬ噂を立てられそうな気がするからだ。今、村唯一の情報網さえ混乱で機能していない可能性がある。変な噂がめぐり巡って、恐怖への対象へ変わる可能性さえあるのだ。
……簡単に言えば、前原君を隠してしまおうという話になることも。
「……」
「どうしたんですの? 孝介さん?」
「そういえば、前原君を見つけたとして。北条さんたちはどうするつもりなの?」
「どうするってどういう意味かな、かな?」
「ほら、前原君は園崎さんを傷つけたから……」
村人のように、然るべき処罰を与えようと考えているのか。それとも別の行動を取ろうとしているのだろうか。前原君を探すのは僕も同じ気持ちだ。でも、もし見つけたとして彼女たちはどうするつもりなのだろうか。部活のこと関係なしで、である。
そこまで深い意味を持たせたつもりはなかった。
でも、竜宮さんたちは目を細めたと思ったら、僕の言動についてを思案していた。
「どうしてそんな事聞くのかな?」
「え?」
「孝介さん、私たちのことを信用していないのですか?」
「いや、そんな事……」
信用していない訳ではないはずだったのに、そんなことを言われるとは。
予想していなかった受け答えになってしまい、思わず口を閉ざしてしまう。
「私たちは仲間ですわ、孝介さんも圭一さんも。だから仲間を売るようなことはしませんわよ」
北条さんはそう言って、僕の聞きかったことを示唆してくれる。どうやら僕が前原君のことを村人に突きつけるんじゃないかという不安があったのかもしれない。
「孝介君は前原君のことをどうしようと考えているのかな、かな?」
「僕は……会って、話をして……それで……仲直りをしたいなぁって思ってる」
「……それはみんなも同じだと思うよ」
「そうですわね。変な誤解を持った圭一さんを取り戻したいのは同じですわ」
「その後のことを聞きたいんだよね?」
「うん。孝介君も私たちに同じようなことを聞くつもりだったんだよね?」
「……まぁ、そうだね」
「私は沙都子ちゃんと同じ、圭一君を警察や村に渡すなんてことはしないよ」
でも、現実はそう上手くいかない。そんな不安はないのだろうか。
「ないよ」
そう言う彼女の目には自信しか感じられなかった。
「そうですわね。色々な問題はあるかもしれませんわ。でも、出来ないということはありませんことよ?」
「そうだろうね。問題は多くても、出来ると思ってる」
「孝介君も、ちゃんと思ってるんだね?」
「みんながいるから、大丈夫だと思えるんだよ」
「そうですわね。その点は私も同じ気持ちですわ」
「圭一君と魅ぃちゃんは私達が見つける。そしてちゃんと謝って魅ぃちゃんと和解してもらう。その後は村人に謝ってもらって許してもらう」
そして、いつもの日常に戻っていく。それは遠く、遠い道かもしれない。
でも、道があるのだ。暗闇ではあっても、光はあり一筋の道は見える。
僕たちは互いの顔を見合わせ、頷く。その先にあるであろう未来を描いていきたいがために。
「結局、質問は蛇足でしかなかったということだね」
「いいことですわ。みんなの気持ちが確認出来ましたし」
「そうですわ。決して無駄なことじゃない」
「よし、前原君の捜索にも熱が入るね」
「探すなら手分けして探す方がいいと思いましてよ」
「うん。レナもそう思う」
人海戦術ってやつだったよね。うん悪くない。
「そうだね。じゃあ僕は入江先生のところから当たってみるよ」
「私は商店街の方を当たってみますわ!」
「レナは民家の方に行ってみる!」
因みに入江先生を選んだのはただ、母さんが働いていることもあるということ。他にはお世話になったし、そう言ったところから、もう一度訪れておこうと考えたのだ。
それぞれが互いの目的の場所に向かって歩き出す。明日また学校で報告会を行うという口約束だけを取り付けて。
歩いていく間も僕たちはすれ違う村人に新たな情報が無いか聞いていくことにした。最初は怪訝な顔をする人もいた。この時間はもう子供たちは家にいるはずだろう、という疑心があったのかもしれない。僕は園崎さんのことが心配でといって村人に聞いていた。園崎さんと聞いた村人の反応といったら、「友達想いだなぁ」なんて呟いて全部教えてくれた。これが前原君を探したいと言えばどうなっているのだろうか。
前原君の情報でさえ、口を開いてくれて、前原君を憎き敵として見ている人もいるようだ。園崎家を大切に想っているからこそ、新参者である人を憎んでしまうことを苦笑いで誤魔化すことしか、僕には出来なかった。
何はともあれ、そうやって目的の場所まで歩きつつ、情報収集を怠らない。有力な情報は大石さんの話から大抵聞いていたことだし、真新しい情報だと村人が言っていたことも僕には新鮮味のない話として受け取っていた。
しかし、その度に村人がこぼす『オヤシロ様の祟り』ではないかという空想には遠回しに否定をしていた。それが本当なら、2人ともいなくなってしまうことを容認しているように思えたから。それに、あの2人が祟りにあう理由が存在しない。そう……信じているのだから。竜宮さんたちもきっと同じようなやり取りをしているんだろうなと思うと、どう思っているのだろうか。なんて疑問さえ感じた。
村人たちはどうしても、園崎さんのことは親身なのだが、前原君、富竹さん、鷹野さんのことは対岸の火でも見るかのように感じた。みんないなくなった事を悲しんではくれるのだが、居場所についてとなると口を閉ざしてしまう。そこについてを求めようとしている熱意というか、必死さが感じられない。諦めている。そんな気がする。
それは、入江診療所に着いても同じの気持ちだった。
「私も驚きです。まさか園崎さんまでいなくなってしまうなんて……」
診察室にて、診察に使うであろう椅子にもたれ掛りながら入江先生はそう言う。机の上にあるカルテを手に取って、僕の頭をチェックする。
「何もない様子で安心しました」
「え、あぁ……」
そんなこと聞きたいわけではないのに、そう思いながら、一応ありがとうございます、と口にだけはしておく。
「最後に園崎さんと出会ったのはいつですか? 入院していたと思うのですが……」
「祭りに行く前に顔合わせだけ……その時も私だけがしゃべっていましたが……」
「祭りの途中で帰った事は?」
「一度もありません」
本当にそうなら、園崎さんは夜にいなくなった、ということになる。
「本当なら私も捜索に加わりたいぐらいです。しかし、ここを空けるわけにもいかないので……」
「そうなのですか?」
「はい。夜は村の会議があるというので、そちらにはいきたいと考えています」
前原君の時はここまで必死じゃない分、新参者の自分もいなくなっても同じような処遇をされそうで少し悲しく感じた。
「前原君の新たな情報は?」
「それもわかりません。正直、手詰まりなことばかりです」
「……そうですか」
収穫なし……か。軽いため息をついてしまうと、入江先生はおもむろに立ち上がって部屋を出る。とりあえず出ようかと考えていた自分は待たされる身となった。色々聞いといて、最後の礼もなしに出ていくわけにはいかないだろうと。
待つのもそれほどの時間では無かった。次に戻ってきたとき、手にはコーヒーカップが2つ。インスタントではあろうが、湯気の立った、温かそうな飲み物を渡してくれる。
その真意を気にかけていると、入江先生はもう一度自分のポジションまで戻ってその手にしたコーヒーを飲んでいる。
「……あの……」
「少し疲れが見えます。それを飲んで一息ついてはどうですか?」
そんな余裕はない……と言えず、カップに入ったコーヒーを一口だけくちにした。
喉が潤うのを感じる。それと同時にホッと温かい安心感が全身を覆うのを感じていた。
……確かに、少し疲れているのかもしれない。それは肉体的ではなく、精神的に、という意味でだ。ここ最近、ずっと気苦労をしているような気がしていた。それを入江先生は察してくれたのだろう。
因みに肉体的だとコーヒーが熱いので、全身が燃えそうな気がしている。
「友達のために行動することは立派です。ですが、それで自分の身体を痛めていい理由にはなりませんよ? 自分を大切にしてください」
「……すいません」
言ってコーヒーを口にいれる。喉が渇いていたことが自分でもよく分かった。
少しだけ砂糖が入れられているためか、心なしか甘い。
「孝介君は友達思いですね。よく分かります」
「そんな事ないです」
「いいえ。こんな炎天下の中、友達のためだけに動くのは素晴らしいことですよ」
「ただ恩返ししたいというのと、罪滅ぼしのためです」
「恩返しと罪滅ぼし……?」
コーヒーを軽くゆする。波紋状に波打っているコーヒーをボーっと見つめながら語った。
「僕は一度。いや、二、三度もみんなを疑う気持ちがあったんですよ。でも前原君や、仲間が助けてくれた。仲間は何かを思い出させてくれた。だから……僕は恩返しをしたいんです。それと疑ってしまった罪を償いたい……その思いが今の僕を奮い立たせているだけです」
「そう、思えるのですか?」
「はい。だから、この行為は当たり前です」
「……そうですか」
入江先生はコーヒーをグッと飲みきる。飲みきり、空になったカップを机に置きそのまま彼は悩むように上を向いていた。
「それでも、孝介君は凄いですよ。友達のためにそこまで出来るんですから」
「別に。褒められる事ではないですよ」
「そんな事はありません。是非その気持ち、忘れずにいてください。優しさが……人を想う気持ちになるのは確かですから」
そう真面目に言われると何だか照れくさい。僕は視線を外そうとコーヒーを一気飲みで誤魔化した。
「……優しすぎるのも、時として自分を追いつめてしまいますが……」
「え?」
「何でもありません。……そうでした、今度は私に質問させてくれませんか?」
「別に構いませんが……」
「孝介さんのお母さん…………里奈さんがここで働いているのは知っていますよね?」
「まぁ……」
確かに母さんは引っ越してからナースとして働いている。それは前に家族の話で上がっていた。引っ越す前もナースをしていて、その手腕を買われたとかなんとか。寛容な性格から引っ越す前の病院内で人気があった、無かったとかその時に自慢していたのを覚えている。ここではどうなのかは聞いたことないけど。
しかし、それは入江先生が一番良く知っているはずだが何故そんな事を聞くのだろうか。
「孝介君の母親はどこの病院で働いていましたか?」
「確か、永山中央病院……だったと思います」
「そこでナースを?」
「多分そうだと思うのですが……今日いるなら聞いたらどうですか?」
「今日、里奈さんは夕方出勤ですね。私の代わりを務めるので、仕方ないことなのですが……」
「あぁ、そうなんですか」
「そんなに深いことを聞くつもりでは無かったんですよ。本当に孝介君の母親は非常に素晴らしい方なので、つい興味本位です。鷹野さんも助かっていたようでしたし……」
入江先生は先ほど見せた柔和な表情と違って、真面目な表情が印象だった。そうだろう、多分鷹野さんの失踪も聞いているだろうから、つい口にしてしまったことを後悔しているに違いない。みんな……いなくなった。誰か1人でもいいから見つけたい。そうすれば、芋づる式で見つかりそうな気がする。
そう思いながら、僕はコーヒーを飲み干した。