ひぐらしのなく頃に 決 【訳探し編】   作:二流侍

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■訳探し編【Ⅶ-Ⅹ】

「やっぱりここに……」

 

 高確率が確信に変わった瞬間だった。手に持った竜宮さんの鞄がズシリと重く感じる。先ほど、ダム建設跡地に入るための小さな道の脇にまたしても置かれていたものだ。何度も見てきたから分かったけど、普通なら見逃していたところだろう。

 重みと共に手汗も相まって滑り落ちそうになるのを、何度も持ち替えて落とさないようにする。

 竜宮さんはここにいるという何よりの証拠が今ここにある。目の前にあるダム建設跡地をジッと睨む。その先にあるであろう秘密の場所。彼女はそこにいるはずだ。

 

「でも、どうしてここに?」

 

 彼女だけが知る秘密基地を使う理由としては大体3つが考えられる。1つはただ誰とも会いたくなく、考えたいとき。1つはかぁいいもの探索をしていた時の小休憩。いずれも当てはまる様子はない。こんな時間にまで考える必要はないし、かぁいいものもこんな時間まで見つける必要はない。そして3つ目……どこかに身を隠したいとき。これが一番当てはまる状況下であることは間違いない。

 ――――でも、何から、誰から?

 夏の夜、ジーッとなり続ける虫が聞こえてくる。確かバッタの一種だったはずの虫しか鳴いていない。いつも聞いているひぐらしの音はすでに止んだ。 

 

「……降りるしかない」

 

 思わずそう呟いてしまう。

 ますます膨らむ不安が僕の心の霧となって覆っていた。神隠しに合っていないという彼女の証拠材料が今はなくなって欲しいとさえ、思えた。

 降りるといっても、暗い上に、竜宮さんの荷物も持っている。今までよりも更に足元に気を付けなければならないだろう。明かりはこの場所を秘密の場所まで行くのは、毎回通る彼女ぐらいしかスムーズに進むことは出来ないだろうし。

 いちいち足場の確認をしながら進んでいかないと行けない状況に、逸る気持ちが先行してしまう。焦る気持ちと前を見たい欲望を抑えて、ゆっくりと、確実に歩んでいく。

 竜宮さんが行くならあそこしかないと信じて、ただ真っ直ぐに進む。

 ゴミ屋敷と化しているこの場所はうす黒いシルエットになれば、ただの黒い塊に見える。

 全てを呑み込まんとする黒いシルエットは、まるで襲い掛かる波のようだ。

 たった小さなピースの1つでも欠ければ崩れて僕の身体を潰そうとしそう。

 ……まるで、今の状況を表しているようだ。それ以上、この跡地を見ることはやめる。目の前の地面、そして聞こえてくる夏虫の音で気分を誤魔化しながら前に進み続ける。

 何度も足は捉えながら、考える。竜宮さんは本当にいたら、何をしているのか、と。

 考えられるのは前原君に出会った……というところかもしれない。でも、それだけだと鞄を置いたり、帽子を地面に残した理由が分からない。

 ……彼女はもしかして、何かを知らせたくてわざと物を置いて行ったのか。そうなればそこで生まれる矛盾は解消される。しかし、誰から何を知らせたいのか。そこがまた疑問になる。……いや、それは彼女の知っている者たち――――つまり自分たちのことであると分かる。

 それはここにあった鞄や帽子から判断出来るし、そこから秘密基地まで誘導していることから分かる。

 でも、何で。彼女は何を考えて、僕らをこんなところまで、見つかるかどうか分からないのに……。分からない、どうしても分からない。

 訳……すべてがそこに集約しているような気がした。

 

「明かりが……ない?」 

 

 僕は車の前まで来ていた。それは今までの記憶と大きな四角いシルエットから判断出来る。問題はシルエットでしか判断できなかったということ。

 実際は違うが、月明かりでしか目的のものを判断出来ない点にある。

 何故彼女は明かりをつけていないのか。もし、誰かが来たということで明かりを消したとなると、相当警戒しているということだろう。嫌な予感は最後の最後まで膨らみ続ける。

 一応彼女たちに向けて呼びかけよう。驚かせたら悪いという意味と、一応”敵”ではないということを証明するためである。

 

「おーい。竜宮さーん」

 

 ……返事はない。それはもう一度呼びかけても同じ結果であった。

 何故だ。そう思うよりも先に、僕は竜宮さんと直接会う方が早いと判断した。

 

「後ろ扉からいかないといけないんだっけ? 確か……」

 

 前言われていた言葉を思い出して、トランクを開ける。

 

「うぐっ……!」

 

 何も見えない真っ暗な状況。カーテンも閉め切っているせいで、月の明かりも期待出来そうに無い。それなのに、以前と違って何かがあると分かった。それは、視覚的なものではなく、鼻からの嗅覚で判断出来た。しかも強烈な異臭である。思わず鼻をつまみたくなるほど。

 今までこんな匂いを嗅いだ事が無いのでうまく表現できない。でもあえて例えるなら鉄…………てつ?

 その表現が思いついた時、何故か自分の心臓が早まるのを感じた。

 前の記憶だと窓際にランタンが会ったはず。手探りでランタンの形状をしたものをこちらまで手繰り寄せると、付属していたマッチを使って明かりをつけようと――――

 

「……え?」

 

 マッチの仄かな明かり、それに映るぼんやりとした影、人影。

 

「……竜宮…………さん?」

 

 彼女は助手席の後ろシートにもたれるように座っていた。こちらを見ているのだろうか。彼女の首は傾げている。

 返事がない。

 何も、ピクリとも動かない。

 まるで、壊れた道具のようだ。

 鉄の臭いが強くなった気がする。

 嫌な予感。

 マッチの火では弱い。

 いや違うそんなこと思っていない。

 やめろ、やめてくれ……!

 もはや衝動的に、マッチの火をランタンにともす。震えては間違え。何度もやり直して火を着ける。そして、竜宮さんを確認した。瞬間、絶叫した。

 

「う、うわあぁああああぁ!!」

 

 思わず後ずさって、ランタンをシートの上に落としてしまう。

 それでも光はしっかりと捉えていた。周りの壁は返り血で赤黒く染まっていて、色んな物に付着していて。そして――――制服を真っ赤に染めて、口をだらしなく開けている竜宮さんを。

 

「何で、何でなんでぇえ!!?」

 

 もう一度見てしまう。いや、そうしないと気が済まなかった。

 助手席の背にぐったりともたれかかっていた竜宮さんは頭からは何か赤い物が流れていた。それが頬を伝っている。未だそこから流れているようで、時折音を鳴らしている血の雫。染みが出来て、その場所を汚していた。

 胸にも大きな風穴が空いていて、そこから覗かせた赤黒いもの。オレンジ色の明かりで照らされ、それはよく見える。その奥、穴の中身がこちらからはよく見えてしまいそうな気がして白い骨や、ピンク色の肺なんてものが――――

 

「う、うぷっ!」

 

 そんな光景を想像したら、気持ち悪くなる。

 匂いも相まって、最悪な気分にさせられる。

 急いで胃がかき回されるような衝動に耐えようと口を手で押さえる。

 目からは涙が溢れ、息遣いは荒い。

 心臓の鼓動が自分の耳から聞こえる。早く逃げたい、そんな想いが心臓から伝わる。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 ようやく理解した。

 竜宮さんは、死んでいるのだ。

 何で、そんな気持ちから目を逸らしそうと、窓へと視線を向けた。

 そこで気づく。

 血で書かれた文字を。

『うらぎりものは』……と。

 

「裏切り者……!?」

 

 それはどういう意味なのかなんて、今は考えられそうにない。

 とにかく、今はここから出たい。これ以上ここにいると気が可笑しくなりそうだ。

 竜宮さんが死んでしまった。その事実は精神を大きく狂わしていた。

 どうして彼女が、今まで心の支えだったと言っても良かった彼女の死。仲間の死。

 ずっと信じていたのに、これからも、一緒にいられると信じていたのに……!

 己を支えた強い気持ちは砂浜にあった砂上の城のように、脆く、中を見せ始める。

 だめだ、だめだ、だめだ!!

 頭を必死に働かせる。とにかく今の現状を打開することを考えないと……。

 

「警察だ、警察!!」

 

 そうだ。警察を呼ぶ。今はそれが一番に違いない。

 じゃあ誰に? 大石さんか? 電話番号を知らないぞ? いや知ってる。どこに置いたっけ? 家だ。家の2階の勉強机の上!

 家に行こう、そうだ、それが正しいんだ。

 ランタンを手にしている。帰りはもっと早く帰れるはずだ。

 早く、早くこのダム跡地を出ないと。

 

「ひっ!」

 

 でも、その気持ちとは裏腹に、足が止まってしまう。明かりに照らされて見えた顔を見てしまったからだ。車の横、僕が通っていたまさにその横に、その人は仰向けに倒れていた。ランタンに照らされた顔は僕たちが探すべきだった相手。

 その人はぐったりと天を見つめる。光のない、その瞳を使って。

 

「そ、園崎さんっ!?」

 

 恐怖で、喉が詰まるような裏声になってしまう。地面に寝転がっている園崎さんの顔はもうこの世を去っているのがわかる。園崎さんの頭は何かに殴られた跡がはっきりと見える。今度ばかりはその姿がよく見えていた。腕は変な方向に捻じれ、まるで壊れた人形のような姿。その時、首が力なくこちらに向いてきた。

 目と目があった。僕を責めるように、ただじっと僕を見つめて――――

 

「うわぁああぁあぁあぁぁぁ!!」

 

 ……何かが外れた。

 喉を潰してもかまわない叫びをあげて、何度も倒れそうになるのを手で支えつつ、ひたすら前に進む。

 

「誰か、誰かぁああ!!」

 

 誰もいる訳がない。そんなの分かり切っていることなのに、そう叫ばずにはいられない。

 とにかく警察、警察を呼ばないといけない!

 そう理由を付けた。建前なのは分かっている。本当はここが怖くて仕方がなかった。直ぐにでも離れたい。色んな恐怖がごちゃ混ぜになりながら、ただ逃げるように走った。何度も躓いては倒れ、擦り傷を増やしながら、逃げた。

 静かな夜は終わりを告げた。夏の虫の音も聞こえない。前も涙で見えない。身体は走りつかれて、悲鳴を上げている。

 同じ背景色のはずなのに、明かりが無い、その事実が頭に直接恐怖に変換されて。裏切り者の言葉が頭の中にチラついては消える。早く安全な、家に着いて電話をしたい。

 何もないことを祈りながら僕は家まで走った。もうその頃には、北条さんのことなんて忘れていた。

 ようやくたどり着いても、僕は何も考えられていない。とにかく大石さんに―――いやもう110番でも構わないとさえ、思考は滅茶苦茶になっていた。

 

「警察に――――うわ!!」

 

 扉を開けてすぐそばにあるはずの電話機に手を掛けようとしたら何かに躓いた。

 

「いてて……!」

 

 受け身を取らなかったから思いっきり顎を強打してしまう。ジンジンと痛む中、それ以上の恐怖で僕の行動は駆り立てられた。

 気にしている暇はない。這いつくばるような形でも、僕は廊下に備え付けられている受話器に手をとった。

 急いで電話に縋り付いて110と番号を打つ。すぐに流れるコール音を聞きながら、息の乱れを戻そうとするが、そんな事できる訳もなく……。

 過敏になっている聴覚から、その音は聞こえた。

 

 ――――ポタ、ポタ……

 

「……ッ!!」

 

 何かが滴る音が聞こえて背中から冷水を浴びられたように寒気が電撃のように走る。

 音の方向は台所の方。

 水? 誰もいなかったはずなのに。

 じゃあ誰かいるのか? 父さん? 母さん?

 あれだけの音を出していたのに、2人とも出なかったの?

 分からない、何で、何で!?

 怖い、見たくない、真実を……もう……!

 それでも僕の首は動く。急かすようではなく、ゆっくりと動かす。動かして、壁、扉、そしてまっすぐ伸びている廊下の一番奥、台所を見る。

 

「あ……あぁ……」

 

 電話の向こうではようやく繋がったのであろう、コールセンターの人が呼びかけている。

 だがそれは遠くから言っているようにしか聞こえない。

 見えてしまったのだ。

 横たわっているの黒タイツの足が。

 見えてしまったのだ。

 広がっていく血が。

 

「ぁああぁあああぁあああ!!」

 

 向こうの慌てた声を聴くよりも先に受話器を手放していた。母さんが死んだ、死んでしまったのだ。

 その思いは発狂させる事実としては十分だった。

 断末魔をあげながら、ここを出ようと扉に向き直る。

 

「はぇ!!?」

 

 あまりの内容に僕はへたり込んでしまった。

 そういえば僕は『何かにぶつかって』倒れてしまったのだ。

 先ほどまではそれを意識してなかった。

 でもそれは僕が振り向くと同時、視界に入らざるを得ない。躓く原因となったそれ。

 それは……それが分かったのだ。

 

「圭…………一……くん」

 

 ようやく会えた――――最悪の形で。

 だが、僕が知っている圭一君とは違ってもう何もしゃべってくれない。

 喉を掻き毟られていて。そこから覗かせる肉が生生しさを表現して。そこから少しばかり覗かせた白いのが何かが見えて。真っ赤な手。いや、厳密に言えば、のどにあるべき皮膚が爪の間に挟まっているそれが自分のものであると証明していて。

 近くにバットがある。そこに付いた血は一体誰のものなのか。一杯いすぎて分からない。

 園崎さんと同じで目は見開いていて、苦しみ悶えたのが理解出来て……死んでいるその姿は……無残だった。

 

「は、はは。ははは……あはははははははっはははは!!!!」

 

 もう嫌だった。

 足には力が入らないし、涙で視界がぐちゃぐちゃだ。

 終わった。みんな死んでもうあの頃のように笑う事も、馬鹿する事も出来ない。

 もう馬鹿馬鹿しくて、おかしくて……悔しくて!!

 僕の頭の中が真っ白だった。

 

「あぁぁぁああ……何でだよ…………! 何でこんな事になるんだよおおおぉおおぉぉお!!!! うわぁあああぁあああ!!!!」

 

 喉の心配なんて知らない。涙と共にただ獣のように言葉を吐き出していた。

 全てが嘘だと信じたかった。それはみんなとの別れを表し、何もかもを無にした結果である。

『終わりよ。何もかも、全て』

 古手さんが呟いていた内容が思い返される。彼女の言っていた通りだ。その通りに、なってしまった。

 どうして、どうしてこうなってしまったんだろう。

 こんなことになるはずじゃなかったのに。こんな結果になるつもりはなかったのに。

 どこで間違えたのだ。どこで失敗したのだ。

 自分の何が……いけなかったのだろうか。

 全てが分からない。

 いや、ただこれだけは分かる。それはこの……現実が嫌だということ。

 それだけは確かな感情として持ち合わせていた。

 

「嫌だぁあああ………! 嫌だよぉおおおおぉ………………!!!」

「…………そうね……」

「……っ!?」

 

 僕の言葉が銃声の音と重なり打ち消されてゆくのを感じた。もともと叫び続けていたのだから、もう酸欠に近い状況であったのだが、それとは違う形で僕の頭が揺ぐ。視界が白黒と点滅したような錯覚さえ覚える。

 体から力が抜けていく。火薬が焦げ付くような匂い、そして竜宮さんの時に嗅いだあの鉄のような匂いが混じった悪臭が鼻につくのだが、もう僕にはそれを嗅ぐことが出来ない。視界が涙とは別でぼやける。

 五感がもうおかしくなっている僕には、目の前の赤い景色が自分の血によるものであると判断できなかった。

 

「がはっ!!」

 

 口の中が何かに埋まってくるのを感じてたまらず吐く。それでもなお、口の中がすっきりとしない。

 手で胸に空いた穴を塞ぎたいのに動かすこともままならない。

 息が苦しい……僕は死ぬの……?

 薄れる視界の中で、色んな思考が駆け巡る。

 嫌…………だ……。

 痛くて辛い。

 意識が途切れ途切れになってきて。

 本当に最期の瞬間の時、誰かの足が見えた。

 ――――そして声も。

 

「ごめんなさい」

 

 そこで僕の意識は飛んだ。

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