「――――という事です。分かりましたか?」
「分かりました」
場所は移り変わって学校の中。細かく言えば職員室にいる。
目の前には昨日出会った知恵先生。手には僕に渡すであろう資料がある。
にこやかに笑う彼女は簡潔に用件を伝えてくれた。
どうやら大まかな学校の授業の進行の仕方、特に体育などについて説明をしたかったようで。
他にも学校行くための手続きを話したいから、親との連絡先を教えたり。
話はとんとん拍子で進んだし、内容も別にむずかしいものではなかった。
授業の内容については……まぁ、慣れるしかないか。
「また分からない事があったら色々と聞いて下さいね」
「はい、えぇと。よろしくお願いします」
その時カラン、カランとベルが鳴る音が聞こえた。先ほどの先生の話を加味して考えると、今のが授業開始の合図だという事だ。知恵先生は「時間ですね」と資料を僕に託すと、椅子から立ち上がった。
「では教室に移動しましょうか?」
とはいえ移動という距離もない。隣に位置する教室の中では少し騒がしく、先生が来るまでは休憩時間となっているのだろう。声がやむことはない。
楽しそうではあるが少し五月蝿いかも……。
いつもの事なのだろうか。先生は騒音の中でも顔色変える事なくこちらを窺ってきた。
「大丈夫ですか?」
「ま、まぁ……」
「じゃあ私が先に入ります。紹介の後に来てください」
「は……はい」
とにかく雰囲気に呑みこまれないようにしないとなぁ……。
不安に感じる僕に対し、先生は嬉しそうに微笑んでいた。
『はい、皆さん静かにしてください。突然ですが今日から転校生がこの学校に来ることになりました』
転校生という言葉から更にざわめきだすこれからのクラスメートたち。
やはり田舎というべきなのだろうか。転校生なんて滅多に来ないだろうし、珍しいものなのかも。
『やっば! 転校生だって!』
『うひょおおおぉおおお!』
『わーい。男の子なのかな? 女の子なのかなー?』
……だが、ここまで騒がしくなるとは……ってか一部発狂してたような……。
寒村だから、やっぱり人が増えることに対して嬉しいのかも。
未だ騒がしいBGMの中に、聞き覚えのある声が聞こえた。
『やっぱり今日の人だよ! ……だよ!』
『まさか転校生だったとはなあ』
『をーっほっほっほ! 誰が来ようと私のトラップを避けれる人はいません事よ!!』
『…………沙都子の罠は巧妙なのです』
やっぱり先ほど朝出会った人もここの学校の生徒か。
同い年ぐらいに見えたし、出来れば友達になれればいいなぁ、なんて希望的願望を考えてみる。
最初の第一印象から決めていかないと、そう思っていた時、ようやく気づいた。
自己紹介の時なんて言うか考えていない。
まずい、これはまずい。
今からでも考えないといけない。
『はいはい静かに。じゃあ来てください』
……考えられた時間、およそ2秒。
当然のことながら何も思いつけなかった。
仕方ない。ここで焦っても意味がないのだし、出たとこ勝負。簡潔に紹介するしかない……。
出来そうもない可能性に賭けて、僕は覗き込むかのように、ゆっくりと扉に手を掛けた。
ガヤガヤとした教室は静まり返る。
僕に興味があるようで、みんなの視線が体中に突き刺さる。
慣れないことはしたくないものだ。人前に出ることは苦手な自分にとってこの視線は辛いものだった。
教卓まで前を見続け、左向け左の要領で振り向くと、ようやくみんなと対面する形になった。
う、みんな見てくる……。
頭が真っ白になりそうだ。何をしゃべればいいのか、言葉が一瞬で蒸発して消えてしまった。
どうしよう、どうすれば……。
そんな僕を見て、戸惑っていると理解してくれたのだろう。
ポンと肩を叩かれる感覚が、
「ち、知恵先生……」
自分でも分かる緊張した声。最初なんて裏声っていたし……。
「大丈夫ですよ? 簡単な自己紹介で十分です」
優しい声掛けだった。そして、クラスメートからも「ガンバレー」と励ましの声が上がる。
おかげで少し冷静さを取り戻したような気がした。
みんなが待ってくれている。昔と違って優しい目で見てくれる。
ありがたい。
カラカラに渇いた喉に唾を送って、頭に浮かんだ言葉を紡いで紹介した。
「は、初めまして……。篠原孝介っていいます。前までは〇〇県にいたんですど、親の転勤でここに来ました。まだ来たばかりで右も左も分からない状態ですけど、早く雛見沢に溶け込めるように頑張りますので、どうかよろしくお願いします」
最後の方が早口になっていたけど、終わらせたい一心から頭を下げる。
あちこちでパチパチと拍手が上がったのを見て、解放感からのほっと一息をついていた。
「皆さんも仲良くしてあげて下さいね。それじゃあ篠原さんはあそこにある、奥の席に座って下さい」
「あ、はい。ありがとうございます」
確かに1つだけ空席がある。隣の席には朝いた活発な少年が座ってこちらに手を振ってきた。みんなの視線がまだ集まる中、なるべく堂々と意識させながら席に座る。
今日一番の大仕事を終えたと思っていたけど、仕事はまだ続いていた。
お隣さんだ。お隣さんが肩をとんとんと叩いてきた。
「孝介って言うのかぁ。俺は前原圭一っていうんだ! よろしく頼むぜ!」
「あ……うん。よろしく、前原君」
「へへ。君付けなんてしなくても、圭一でいいさ」
眩しい笑顔を振りまいてくれるのは嬉しいけど、正直引いてしまいたくなるのが本音である。
友達というのは、少しずつ歩み寄っていくものであって、急なフレンドリーさを見せられても困ってしまう。
流石に一蹴するわけにもいかないので、僕は苦笑いで対応するしかできなかった。
「いきなりそういうのはちょっと…………ごめん」
「あ、悪い……気を使わしちまったか?」
「くっくっく! 圭ちゃん。転校してきた人にそれは駄目だね」
声がしたのは前原君から1つ後ろの席にいた女の子だった。
緑色の髪を後ろに束ねていて、そして何より印象的なのは意思が強そうな目。
言ってはいけないような気がするのだけど、男っぽい感じがする女の子だ。
そんな子が前原君に意地悪く笑いながら話しかけていた。
対して前原君は口を尖らせ、駄々をこねるような子供のように文句を述べた。
「うるせぇなぁ、魅音。俺はこういうやり方がいいんだよ」
「はははは! 孝ちゃんだっけ? 私の名前は園崎魅音。おじさんの事は好きに呼んでくれたらいいよ」
あ、孝ちゃんで良かった? と後で慌てて付け加えてくれた。
「別に構わないよ。気を使ってくれてありがとう。園崎さん」
「はいはい、そこ静かにしてくださいね」
どうやら授業はすでに始まっているようだ。
手をパンパン叩いて知恵先生も休憩中ではないことを示唆する。
自分の行いに苦笑いしつつ、急いで前を向くと一瞬だけ目が合った人物がいた。
「あ……古手さん」
昨日会った可愛らしい女の子。そんな子がこちらをじっと見てきていた。
今も転校生として注目を浴びているのだし、見られるのは当然なのかもしれない。
……それなのに、古手さんは何か違うような気がした。正しいのかは表現なのかは分からないえけど、何かを確かめるような目。
だが気づいたらそんな目なんて無く、代わりに明るい笑みで隣の女の子と話し合っていた。
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