災厄の悪魔は正義を嗤う   作:ひよこ饅頭

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ウルベルトの服の下(体形など)について捏造しております!
苦手な方はご注意ください!


第10話 悪魔たちの宴

 聖王国の王兄カスポンドに成りすましているドッペルゲンガーと会話して約二時間後。

 ウルベルトは現在、解放軍が拠点としている聖王国の小都市ロイツでも、魔導国の首都であるエ・ランテルでもなく、何故かナザリック地下大墳墓第九階層にある大浴場(スパリゾートナザリック)の脱衣所にいた。

 今まで身に纏っていた主武装である神器級(ゴッズ)装備は全て脱ぎさり、全てを洗濯用の籠へと放り込む。

 タオルを片手に浴室へと足を踏み入れると、ウルベルトは途端に感じられる湿った温かな空気を大きく吸い込んで深く吐き出した。

 目の前に広がるのは、まさに絶景と言っても遜色ない光景。

 このスパリゾートナザリックは主にギルメンの中でも自然を愛するベルリバーとブルー・プラネットが主軸となって手掛けた場所だ。彼らの努力と拘りが目に見えるようで、ウルベルトは思わず小さな笑みが浮かばせた。自分も人のことは言えないが、思えばギルド“アインズ・ウール・ゴウン”のメンバーは誰もが我が強く凝り性だったことを思い出す。

 ウルベルトはフフッと小さな笑い声を零すと、近くに置いてある桶と風呂椅子を手に取って一番近くのジャングル風呂の洗い場へと歩み寄っていった。

 風呂椅子に腰を下ろし、目に痛いほど真っ黄色な桶を使って湯を頭からかぶる。持ち込んだタオルで石鹸を泡立てると、そのまま全身に擦りつけて更に泡立たせ始めた。

 ウルベルトの身体は全身が山羊の毛で覆われているため、人間だった頃よりも非常に泡立ちが良い。数分後にはウルベルトの全身は見事なふわふわもこもこの泡に包まれていた。

 角の付け根から尻尾の先、二つに割れている蹄の間まで丹念に洗っていく。

 ウルベルトは全身ふわふわもこもこになり過ぎて山羊ではなく羊のようになってしまった自身の身体を見下ろすと、次には桶とシャワーを使って全身の泡を洗い流していった。

 正直に言って、この作業が一番面倒臭い。

 ウルベルトの毛の長さは身体の箇所によってそれぞれ違う。主に頭部と首から胸元、腰から下の部分は長い毛に覆われており、その他の部分は短い毛に覆われている。量や密度はどの部分もあまり変わらないが、若干長い毛の部分の方が多い様な気がした。どちらにせよ、毛の奥まで入り込んだ泡を全て綺麗に洗い流すにはそれなりの労力が必要となる。

 毎度毎度いい加減に辟易させられるものの、かといって疎かにするわけにもいかず、ウルベルトは根気よく毛と毛の間に指を突っ込んで隅々まで泡を流し落としていった。

 

「………ふぅ、これで良いだろう…」

 

 泡を洗い流し始めて数十分後。全身を隈なくチェックして、ウルベルトは漸く自分自身にOKサインを出した。

 一つ大きな息をつき、湯船へと歩み寄って全身を湯の中へと沈める。温かな湯に包まれ、思わず長く緩やかな吐息を吐き出した。

 ウルベルトは何となく掬い上げた湯に自身の顔を映すと、次には湯に揺らめく自身の異形の身体を見下ろした。

 ウルベルトの身体は二足歩行の山羊のような形をしている。

 そもそも人化していない悪魔の形体は主に三つに区分されるのだが、簡単に言うと醜い肥満型タイプと骸骨のようなガリガリの痩せ型タイプ、屈強な筋骨隆々の肉ダルマ型タイプが存在した。

 ウルベルトの体形は、その中ではガリガリの痩せ型タイプに分類される。服から露出している部分は毛が長くボリュームがあるため分かり難いが、服に覆われている部分はアンデッドであるアインズといい勝負ができるほどにガリガリで、毛皮の上からでも骨が浮き出ているのが分かるほどだった。恐らく純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)であることも関係しているのだろうが、この体形でよく飢餓感がないものだと我ながら不思議な心境だった。

 まぁ、悪魔で飢餓感っていうのも、あったらあったで首を傾げていたのだろうけれど……――

 

(……あぁ、でも……モモンガさんに“食べられるところゼロですね”って言われた時はちょっとムカってきたなぁ……。)

 

 一緒に風呂に入った時に冗談で言われた言葉を思い出し、ウルベルトは思わず小さく顔を顰めさせた。

 一度顔に湯をかけて大きな息をつく。それでいて徐に自身の掌を見つめると、次には指先を鼻に近づけてスンッと匂いを嗅いだ。

 感じられるのは爽やかな石鹸と湯の香り。その中に一切血生臭い香りが混じっていないことを確認して、ウルベルトは思わず小さく顔を緩めさせた。

 聖王国に赴いてから今まで、湯に浸かるどころか簡単な身嗜みしかすることが出来なかったため、実はずっと身体の汚れや染みついた血生臭い匂いが気になって仕方がなかったのだ。〈清潔(クリーン)〉の魔法も使えないため、半ば本気でノミやダニの心配までしていた。

 しかしここで漸く人心地付けたと思わず安堵のため息を零す。やはり風呂は偉大だな……と呑気な感想を零し、フフッと小さな笑い声を上げる。

 ウルベルトは暫く温かな湯を楽しんだ後、徐に勢いよく立ち上がった。

 ざばぁっという大きな音と共に湯が波打ち、ウルベルトの全身から大量の水が滴り落ちる。

 ウルベルトは湯船から出ると、脱衣所に戻る前に一度だけ本物の山羊のようにブルッと全身を震わせて水滴を飛ばした。

 普段人の目がある時は悪魔の支配者(オルクス)としての矜持として決してすることはないのだが、これをするとしないとでは、やはり乾く時間や乾き具合が全く違うのだ。

 ウルベルトは未だ水滴を滴らせながらも脱衣所に上がると、大きなタオルとセバスが以前買い込んでくれた熱風を生み出す零位階の巻物(スクロール)を駆使して全身の毛皮を乾かし始めた。

 その際、全身をブラッシングすることも忘れない。

 ウルベルトの毛はいつも艶々サラサラであるためブラッシングをしなかったとしても絡んだり毛玉になったりすることはないのだが、しかしやはりブラッシングをした方がスッキリするため、ウルベルトはなるべく毎日ブラッシングをするようにしていた。

 

「……よし、こんなもんで良いかな…?」

 

 絹のような手触りと艶が増した全身の毛に、思わず会心の笑みを浮かべる。

 ウルベルトはアイテムボックスから装備一式を取り出すと、手際よくそれを身に纏い始めた。

 ダークワイン色の小さな薔薇と羽根飾りが付いた漆黒のシルクハット。右側には黒地に白でウルベルトのエンブレムが描かれた逆三角形の布が垂れ下がっており、帽子を被れば必然的に顔の右半分が隠れる様な仕様になっている。首には純白のクラバットとクリスタルの付いた留め具。胸の下辺りしかない漆黒の上着を金色の留め具で留め、その下には灰色に黒の刺繍が施されたサーコートを身に纏う。腰には金色の鎖をベルトのように巻き付け、漆黒のグローブで手を覆うことも忘れない。最後に足首辺りまである漆黒のペリースを左肩に掛けて金の金属ベルトで固定すれば完成だ。

 質としては遺産級(レガシー)であるためあまり上質とは言えないが、デザインとして中々気に入っている物の一つだった。

 ウルベルトはシルクハットの角度を整えると、満足の笑みを浮かべて外へと続く扉へと足先を向けた。扉を開き、せっかく整えたシルクハットがずれないように気を付けながら頭上に垂れ下がっている暖簾を潜り抜ける。

 整然とした廊下に出れば、いつからそこに待機していたのか、美しい女が一人ドレスの裾を摘まんで深々と頭を垂れていた。

 

「お帰りなさいませ、ウルベルト・アレイン・オードル様。お迎えに参りました」

 

 柔らかな笑みと共に宣うのは、いつもの純白のマーメイドドレスではなく、淡い翡翠色のプリンセスドレスを身に纏ったアルベド。胸元と肩を大胆に露出させ、そこにはいつもの蜘蛛の巣型の物ではなくダイヤが煌めく華奢なネックレスを着けている。

 普段とはまた違った美しさを身に纏うアルベドに、ウルベルトは柔らかな笑みを浮かばせた。

 

「迎えに来てくれてありがとう、アルベド。今日のドレス、とてもよく似合っているよ」

「ありがとうございます、ウルベルト様」

「後でモモンガさんにも見せてみるといいんじゃないかな。いつもと違ったアルベドを見れば、モモンガさんもときめくかもしれないよ」

「そ、そうでしょうかっ!!?」

 

 ウルベルトの言葉に、アルベドが今までの大人しい淑女の仮面をかなぐり捨てて勢いよく身を乗り出してくる。ウルベルトは思わず半ば後退りながら、しかし何とか柔らかな笑みまでは崩さなかった。目の前で肉食獣のように爛々と瞳をギラつかせる美女に、思わず内心で苦笑を浮かべる。

 ウルベルトは剥き出しとなっているアルベドの両肩に手を添えて優しく元の体勢に戻させると、落ち着かせるために軽くポンポンと頭を叩くように撫でてやった。

 

「ほらほら、落ち着け。モモンガさんを振り向かせたいのならまずは冷静になれっていつも言っているだろう?」

「も、申し訳ありません……!」

 

 先ほどの勢いはどこへやら、一気にしゅんっと項垂れるアルベドに、ウルベルトは思わず苦笑を浮かばせた。今度は慰めるために軽く頭を撫でてやりながら、次にはそっとアルベドの淑やかな右手に手を添える。左腕を軽く曲げ、エスコートをするようにアルベドの右手を腕に添えさせた。

 

「そう落ち込まないでくれ、せっかくの美人が台無しだぞ? 後で相談に乗ってやるから、今は私たちに付き合っておくれ」

「はい、ウルベルト様」

 

 アルベドの顔に漸くいつもの落ち着いた笑みが戻る。

 ウルベルトとアルベドは互いに笑みを浮かべ合うと、次には腕を組んだ状態で二人同時に指に填めているリングの力を発動させた。

 一瞬で変わる視界の景色。

 二人が転移した場所は、ナザリック地下大墳墓の灼熱の第七階層だった。

 

「ようこそおいで下さいました、ウルベルト・アレイン・オードル様!」

 

 転移して早々、多くの悪魔たちが歓喜の笑みを浮かべて傅いてくる。

 ウルベルトは柔らかな笑みと共に彼らを立ち上がらせると、そっと周りを見回した。

 ナザリック地下大墳墓の第七階層は、一言で言うと灼熱の世界である。

 黒々とした岩肌と、至る所に流れる紅蓮の輝きを煌めかせる溶岩の川。空気までもが熱によって赤く染まり、まるで地下世界か地獄そのもののようである。そんな赤と黒に彩られた世界の中で、唯一つ異色ともいえる姿を晒している建物があった。

 このエリアの最終拠点である赤熱神殿。

 全体的に白を基調としたその建物は、太く長い白い柱や多くの皹が走った白い壁によって形作られていた。見た目はどこか古代ギリシャの神殿を思わせる美しいもので、しかし今は無残な廃墟と化している。

 しかし、それも当然の事であろう。なんせ、ウルベルト自身がそう造ったのだから。

 絶対なる神々を祀る神聖なる建物が、悪魔たちによって無残に壊され、蹂躙され、占拠された姿。

 美しくも邪悪で、壮大にして恐怖を漂わせる。

 神殿奥中央には少し盛り上がっている小高い大地に白い玉座がある筈だ。

 しかし今この時ばかりは、これらの光景は大きく様変わりしていた。

 小さな溶岩の川の上には簡易的でいて広い橋が幾つも造られており、橋の上や黒い大地には深紅の絨毯が隙間なく敷き詰められている。絨毯の上には幾つもの長方形の長いテーブルが均等に美しく整列し、テーブルの周りには多くの椅子が立ち並ぶ。神殿の中もそれは変わらず、神殿奥中央の玉座もいつもよりも豪華でいて禍々しい物へと置き換えられていた。

 

「ウルベルト様! 良くおいで下さいました!」

 

 様変わりした階層の光景を興味深く見回す中、聞き慣れた美声が鼓膜を震わせ、ウルベルトは反射的にそちらへと振り返った。

 視線を向けた先には満面の笑みを浮かべた最上位悪魔(アーチデビル)

 ヤルダバオトとしての仮面を取り去ったデミウルゴスが嬉々とした笑みを浮かべながらこちらへと歩み寄り、目の前で跪いて深々と頭を下げてきた。

 

「ご足労いただきまして、ありがとうございます! お迎えに上がれず、大変申し訳ございません」

「いや、アルベドが迎えに来てくれたし、構わないよ。お前はこの場を仕切って準備してくれていたのだろう? ありがとう、デミウルゴス」

「何を仰られます! ウルベルト様のお言葉に従うのは当然の事。礼など、この身に余るものでございます」

 

 深々と頭を垂れたまま宣う悪魔に、思わず苦笑を浮かべてしまう。ウルベルトは出そうになったため息を咄嗟に呑み込みながら一つ頷くと、次には未だ跪いているデミウルゴスを半ば強制的に立ち上がらせた。このままでは時間がいくらあっても足りないと判断し、案内してくれるようにすぐさま頼む。どこか恐縮した様子だったデミウルゴスは柔らかな笑みを浮かべると、次には優雅な動作でウルベルトとアルベドを案内し始めた。

 彼が向かっているのは赤熱神殿の奥。

 目の前で上機嫌に揺らめく銀の尾を何とはなしに見つめながら、ふとあることに思い至って傍らに寄り添うアルベドを振り返った。

 

「そういえば……、ここのフィールドエフェクトは切っているが、アルベドは大丈夫か?」

 

 ナザリック地下大墳墓は各階層によっては属性ダメージを与えるフィールドエフェクトが存在し、この第七階層もユグドラシルにあった頃は常時炎ダメージを与えるフィールドエフェクトが起動していた。この世界に転移してからは経費削減という観点からフィールドエフェクトは切られていたが、しかしそれでも階層の性質から炎や熱に弱い生物がこの階層に足を踏み入れれば、それだけで炎や熱のダメージを受けてしまう。

 念のため問題ないか聞けば、アルベドは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、ウルベルトの言わんとしていることに思い至って柔らかな微笑を浮かばせた。

 

「はい、何も問題はございません。お気遣い下さり、ありがとうございます」

「そうか。それなら良かった」

 

 アルベドの返事ににっこりとした笑みを浮かべ、改めてデミウルゴスに従って神殿の奥へと進んでいく。

 やがて目的地に到着したのか、デミウルゴスの歩みが止まった。

 デミウルゴスが勧めてきたのは、通常のものよりも豪奢でいて禍々しい玉座。

 見た目は以前蜥蜴人(リザードマン)の集落を襲撃した際にデミウルゴスがアインズに贈った骨の玉座そのものだったが、しかし何故か色が白ではなく真逆の漆黒。加えて、何やら怪しげな紫色のオーラまで噴き出しており、まるで炎のようにゆらゆらと揺らめいていた。

 

「予てよりウルベルト様に献上すべく造っていたのですが、この度漸く完成いたしました。どうぞお座りください、ウルベルト様」

「そ、そうか。……ありがとう、デミウルゴス」

 

 会心の笑みを浮かべるデミウルゴスに、ウルベルトは思わず小さく顔を引き攣らせる。

 しかしここで下手なことをしてデミウルゴスを刺激してはいけない。

 ウルベルトは何でもないように一言礼を言うと、アルベドから離れて玉座に歩み寄り、そのまま腰を下ろした。

 玉座に宿る紫のオーラがゆらりと揺らめき、しかしそれ以外の変化は見られない。

 ウルベルトはゆっくりと慎重に背もたれに背を預けながら、内心で大きな安堵の息を吐き出した。

 デミウルゴスと同じ悪魔であり厨二病でもあるウルベルトにとって、この玉座はビジュアル的には大いに感銘を受けるものだった。しかしどうにも漂うオーラが怪し過ぎて警戒せずにはいられなかったのだ。

 恐らくアインズに献上した時に座ってもらえなかったため、今回更にバージョンアップさせたのだろう。

 ウルベルトは内心で苦笑を浮かばせながら、未だ傍らに控えるように立っているデミウルゴスとアルベドを見上げた。

 

「それで、お前たちは何処に座るつもりだ?」

「はっ。僭越ながら、ウルベルト様のすぐ御傍に侍らせて頂ければと……」

「ああ、構わないよ。他のモノたちは集まっているのかな?」

「既に全員集まっております。今は御声がかかるまで控えております」

「ならば、全員席に着かせろ。早速始めるとしよう」

「「畏まりました」」

 

 打てば響くような答えに満足に頷き、デミウルゴスとアルベドに先を促す。デミウルゴスとアルベドはほぼ同時に傅いて頭を下げると、次には即座に立ち上がって行動を開始した。

 アルベドは両手を軽く挙げて二拍打ち鳴らし、デミウルゴスはいつも浮かべている笑みを深めさせながら指をパチンっと一つ鳴らす。

 瞬間、アルベドの手の音に導かれるように何処からともなく悪魔の大群が姿を現し、デミウルゴスの指の音に呼応するかのように、長テーブルの上に置かれていた全ての燭台に一瞬で火が灯った。

 悪魔たちは各々長テーブルへと歩み寄ると、次々と椅子に腰を下ろしていく。その中にはウルベルトと共にナザリックへと戻っていたスクードの姿もあった。

 瞬く間に広がる、まるで悪魔たちの大晩餐会のような壮絶な光景。

 席に着いた状態で全員がウルベルトへと目を向け、ウルベルトは柔らかな笑みと共にゆっくりと玉座から立ち上がった。

 視界を埋め尽くす悪魔たちに笑みが深まって仕方がない。

 歓喜と興奮に踊る胸を必死に抑えながら、ウルベルトはこの場にいる全ての存在に聞こえるように声を張り上げた。

 

「皆、よくぞ私の声に応えて集まってくれた。まずはそれについて礼を言おう」

 

 感謝を述べるウルベルトに、この場にいる悪魔たち全員が驚愕や感動や恐縮したような表情を浮かべて小さく場をざわつかせる。

 傍らに控えるデミウルゴスやアルベドも畏まったように小さく頭を垂れる中、しかしウルベルトは軽く手を挙げて小さなざわつきや彼らの戸惑いなどを押しとどめた。

 

「お前たちは疑問に思っていることだろう。何故わざわざお前たち悪魔だけをこの場に呼んだのか。何故、聖王国で大きな作戦を実行している今、その役目を担っているお前たちを呼び寄せたのか……」

 

 静まり返る空間に、ウルベルトの声だけが強く響き渡る。

 彼の言う通り、この場をセッティングしたのはアルベドやデミウルゴス率いる悪魔たちだったが、このような場を設けようと提案したのはウルベルト自身だった。カスポンドに成りすましているドッペルゲンガーに頼んでアルベドやデミウルゴスに自身の要求を伝えさせ、わざわざ聖王国にいた悪魔たちを第七階層へと呼び戻した。

 これがどれほどのリスクを伴うのか、ウルベルトとて理解している。しかしそれでも、ウルベルトは自分の感情を抑えることが出来なかったのだ。

 

「お前たちは聖王国での作戦の内容や目的を、全て理解しているのだろう。そして……、それがナザリックのためになるのならばと、納得してくれているのだろう」

 

 聖王国での作戦には多くの目的が存在するが、その中に“世界征服において、魔導国を聖王国や世界に認めさせる”というものがあった。

 この“魔導国”とは、魔導国そのものの他にも魔導国が保有する力、亜人や悪魔やアンデッドたちの存在、そして何よりアインズやウルベルトたち至高の存在自体も含まれている。そして、その目的を達成させるためには、悪役であるヤルダバオトとヤルダバオト率いる亜人や悪魔たちはウルベルトたち聖王国側の手によって完膚なきまでに打ち破られなければならなかった。

 

「お前たちは私やアインズのためならば嬉々としてその身や命を差し出してくれる。今回の作戦においても、お前たちは一瞬の迷いも未練もなくその身を捧げ、命を落としていくのだろう」

 

 本来ならば、こんな風に感じること自体がおかしいのかもしれない。まるで呪いのようにナザリック自体を愛し執着しているあのアインズでさえ、ギルドメンバーたちが手掛けたNPCでもない唯のシモベに対してはここまで執着してはいない。

 しかしウルベルトはそんな風に割り切ることなどできなかった。

 特に“悪魔”という種族に対しては……。

 

「私は、そんなお前たちの忠義に本当に感謝している。だがそれ故に、心苦しくも思ってしまうのだ。お前たちは私のためにその身を捧げてくれるというのに、私は……死にゆくお前たち全てを看取ってやることが出来ない! その身を捧げるお前たち全員を……せめて私のこの手で葬ってやることさえ出来ないのだ!!」

 

 悲痛さすら感じられるウルベルトの声音に、悪魔たちは言葉もなく感動の涙を流した。

 崇拝し、敬愛する主がまさかここまで自分たちを想ってくれていたとは……。

 このような言葉を賜り、感動しないモノなどいる筈がない。

 デミウルゴスも感動のあまり身体を小刻みに震わせ、アルベドも慈愛のような微笑みの奥に小さな羨望の色を宿らせながら静かにウルベルトの慈悲を贈られる悪魔たちを見つめていた。

 

「これよりお前たちは、聖王国に対して本格的な侵攻を開始し、私と相対することとなる。その際、先ほども述べた様に忠臣たるお前たちを、私は全員看取ることも、我が手で葬ってやることもできないだろう。だからせめて、この場をお前たちへの労いと手向けの代わりにしたい。今夜、私はお前たちと共に過ごそう! 共に食事をし、共に語り合おう!」

 

 何と寛大で慈悲深くお優しい御方なのだろう……。

 この場にいる全ての悪魔が等しくそう思ったことだろう。

 至高の御方にこの身を捧げ、命さえも差し出すことはナザリックに属するシモベたちからすれば当然の事であり、またそうすること自体が大きな喜びでもある。故に、彼らはそれ以上の望みなどなく、また望もうとすらしない。

 しかし、崇拝せし至高の御方は更に自分たちに大いなる慈悲を与えて下さると言うのだ。

 これに勝る喜びがあるだろうか。

 本音を言えば、恐れ多すぎて辞退したくなるような寛大な御言葉に、しかしそれをしては逆に不敬となってしまうこともこの場にいる全ての悪魔たちは理解していた。

 言葉もなく感動に打ち震え、静かに涙を流しながらウルベルトからの言葉に全てを委ねる悪魔たちに、彼らを代表してアルベドがゆっくりと口を開いた。

 

「我らが絶対の支配者にして至高の御方であらせられるウルベルト・アレイン・オードル様。その慈悲深き御心と御言葉は、正に身に余る栄誉そのものでございます。我らシモベ一同、ウルベルト様により一層の忠誠と我らの全てを御身に捧げる所存にございます」

 

 アルベドの言葉に沿うように、この場にいる全ての悪魔が一糸乱れぬ動きで椅子から立ち上がり、その場に跪いて頭を下げる。

 広大な第七階層を埋め尽くすほどの悪魔の群れが全て同じタイミングと速さで傅く光景は、見事でありながらもひどく圧倒的でもある。

 ウルベルトはどこまでも大袈裟な反応に内心では苦笑を浮かべていたが、しかし面では柔らかな笑みを浮かべたまま慇懃に頷くのだった。

 それからはアルベドとデミウルゴスの計らいにより、ウルベルト主催の悪魔たちによる大晩餐会は早々に幕を開けた。

 給仕をするのは第七階層に配置されている邪精やアンデッドたち。仕舞いには溶岩の中で大人しく漂っていたはずの超巨大奈落(アビサル)スライムの紅蓮までもが細く伸ばした触手を使って給仕の手伝いをしている。

 次々と運び込まれる料理と酒に、悪魔たちは無礼にならない程度に言葉を交わし合い、笑い合い、そして何より目の前におわす至高の御方の姿を見つめ、その全てを深い感謝と崇拝と共に魂に刻み付けていった。

 デミウルゴスとアルベドはそれぞれウルベルトの左右の斜め前の席に腰を下ろし、ウルベルトは食事をしながら二人と言葉を交わしていた。

 内容は主にアルベドからの恋愛相談や最近のアインズやナザリックや魔導国の様子。

 ウルベルトは何度も興奮するアルベドを上手く落ち着かせながら相談に乗り、また、デミウルゴスから聞かされる内政などに意見を述べたり穏やかに相槌を打っていった。

 

「……そういえば…、ウルベルト様。先日アインズ様より、ウルベルト様の巨像を造るご許可を頂きました」

「………は……?」

 

 突然投げられた話題に、ウルベルトは思わず呆けたような声を零す。

 しかしアルベドと向き合うような形で座っているデミウルゴスは、深い笑みを浮かべて嬉々とした声を上げた。

 

「それは素晴らしい! ウルベルト様が聖王国の救援としてお姿をお見せになったことで、漸くウルベルト様の巨像も造れるようになったのだね! アルベド、その際のデザインなどは是非とも私にも携わらせて下さい!」

「ええ、勿論よ、デミウルゴス。シモベの中で、貴方ほどウルベルト様のことを理解しているモノはいないでしょうし。アインズ様の巨像と並んでも恥ずかしくないものを造り上げましょう」

「そうですね、アルベド。ウルベルト様の偉大さや素晴らしさを世に知らしめるためにも、素晴らしい巨像を造り上げましょう!」

「………ぇー……」

 

 嬉々として語り合う目の前の悪魔たちに、ウルベルトは小さく抗議の声を上げながら内心で頭を抱えた。

 あぁ……、脳裏に『ウルベルトさんも道連れですよ……』と眼窩の灯りを怪しく光らせているアインズの姿が浮かんでくるようである。

 これも、アインズの巨像を造ろうとシモベたちが言い出して、それに頭を抱えていたアインズを他人事のように笑っていた罰が当たったのだろうか……。

 思わず遠い目になりながら、それでいてウルベルトは何とか話題を逸らそうと頭を捻りながら口を開いた。

 

「そ、そういえば……、今後の聖王国での戦いでは、お前たちよりも先に亜人たちと戦うことになるだろう? 残しておくべき種族や、逆に潰しておくべき種族はいるのか?」

 

 現在、“ヤルダバオト”に従っている亜人は十八種族存在する。

 その中で、軍を構築している種族が十二種類。群れを持たなかったり、一体一体の力がそれなりに強い種族が六種類。そこから更に、ヤルダバオトの力に心酔して従属しているモノと、恐怖によって従属しているモノとに別れていた。

 まず十二種族には蛇身人(スネークマン)鉄鼠人(アーマット)洞下人(ケイブン)藍蛆(ゼルン)刀鎧蟲(ブレイダー)馬人(ホールナー)人蜘蛛(スパイダン)石喰猿(ストーンイーター)半人半獣(オルトロウス)魔現人(マーギロス)翼亜人(プテローポス)、そしてこれまでウルベルトが散々打ち滅ぼしてきた山羊人(バフォルク)がいる。

 残りの六種族には人喰い大鬼(オーガ)土精霊大鬼(プリ・ウン)水精霊大鬼(ヴァ・ウン)蛇王(ナーガラージャ)守護鬼(スプリガン)獣身四足獣(ゾーオスティア)がいた。

 刀鎧蟲や魔現人、蛇王、スプリガン、ゾーオスティアなどは最終的には配下に加えることが出来ればレア好きのアインズも喜ぶかもしれないが、しかしこちらに従順でなければ意味がない。いや、完全に従順でなくても、せめてリザードマンや魔導国に棲む亜人たちとのような関係性が構築できるモノでなければならないだろう。

 デミウルゴスとアルベドに意見を求めれば、二人はそれぞれの種族の特性や、その種族をまとめ上げている首魁の性格までをも考慮して長々とウルベルトに進言していった。

 二人が語る数多くの情報の中には亜人たちのこれまでの生き様や、人間や他の亜人や他の生物たちに対する考え方なども幅広く含まれている。

 ウルベルトはその全てに真剣に耳を傾けながら、思案するように金色の片目を小さく細めさせた。

 彼らの話によると、やはり聖王国と亜人たちによる永きに渡る争いは、唯の生活圏による争いなどではなかったようだった。

 勿論その理由も決してゼロではない。しかし争いの発端は亜人たちに対する人間たちの差別的考え方だった。

 そもそも聖王国は――崇拝する存在は違うものの――スレイン法国と同じ宗教国家である。国としての歴史はスレイン法国の方が圧倒的に長く、建国の際には聖王国は少なからずスレイン法国の影響を受けたことは想像に難くない。

 スレイン法国の影響を受けた、同じように人間至上主義を掲げる宗教国家。

 そんな国が多くの亜人たちに対してどういった行動をとるかなど、考えるまでもないだろう。

 人間と亜人の大きな違いは、一つは圧倒的な数の違いであり、もう一つは亜人は力だけを重視するが、人間は時として力以外のモノを重視して力を合わせることが出来る点だ。

 聖王国の人間は宗教という力を利用して一つの軍として戦い、亜人たちを追いやって今の地を手に入れた。そして亜人たちの力を尚も削ぎ、自分たちの生活圏を更に広げるために今も木々を切り倒して森を削っている。

 

(……全く、どちらが“正義”か分かったものではないな…。)

 

 二人の話を聞いてウルベルトが思ったのは、そんな皮肉的な言葉だった。

 勿論亜人たちとて幾度となく人間たちに対抗しようとしたのだろう。しかしいくら個の能力は人間たちよりも優れていようと、数の力には抗えようがない。加えて力を重視するあまり、亜人たちは他の亜人たち同士で力を合わせることが出来ず、絶対的な力を持つヤルダバオトが現れるまでどうにもまともに人間たちに抗うことが出来なかったらしい。

 聖王国の在り様や、聖王国と亜人たちとの関係性を知れば知るほど、何とも言えない感情が湧き上がってきた。

 

 果たしてどちらが本当に正しく、どちらが本当に悪いのか……。

 どちらが加害者で、どちらが被害者なのか……。

 

 ウルベルトは全てを冷静に見据え、自身の考えも述べながらデミウルゴスとアルベドと話し合い、亜人たちの選別を行っていった。

 

 

「――……それでは、ウルベルト様。聖王国側の生かすべき人間はどの者になりますでしょうか?」

 

 亜人たちの選別が終わり、アルベドが聖王国側へと話を移していく。

 ウルベルトは少し考え込んだ後、改めてアルベドとデミウルゴスへと視線を向けた。

 

「……いや、特定の人物を生かそうと動けば少なからず不自然さが出てしまうだろう。取り敢えずはお前たちの好きなように動いて構わない」

「畏まりました」

「………ああ、だがやはり一人だけ、どうしても生かしておいてほしい人間がいたなぁ……」

 

 頭を下げる二人を押しとどめ、ウルベルトはそう言葉を零す。

 山羊の顔に浮かぶのは、ニヤリとした悪戯気な笑みだった。

 

「聖王国の聖騎士団長レメディオス・カストディオは生かしておいてくれたまえ」

 

 顔に浮かべた笑みはそのままに、アルベドとデミウルゴスに命を下す。

 デミウルゴスは笑みを深めさせて優雅に頭を下げ、しかしアルベドは思案顔を浮かべてウルベルトを見つめた。

 

「………ウルベルト様、僭越ながら理由をお聞きしても宜しいでしょうか…?」

「うん? 彼女がいた方が私との比較対象になってくれるから何かと都合がいいのだよ」

 

 アルベドの問いに、ウルベルトはこともなげにそう答える。

 聖王国側からすれば……、いや、聖王国の上層部や聖騎士たちからすれば最悪なことに、ウルベルトはグスターボが懸念していたことに完全に気が付いており、また正確に理解していた。レメディオス・カストディオという存在が、ウルベルト・アレイン・オードルをより惹き立てる要因になっている、と。

 それはデミウルゴスは勿論の事、アルベドも十分理解していた。

 しかし彼女のその美しい顔に浮かんでいるのは小さな苦笑。

 ウルベルトは訳が分からず小さく首を傾げた。

 

「どうした? 何か不都合なことでも?」

「……実は…、アインズ様があの女の死を望まれているのです」

「は? モモンガさんが? なんでまた……」

 

 予想外の言葉に、思わず目をぱちくりと瞬かせる。

 アルベドは苦笑から真剣なものへと表情を変えると、切々と理由を語り始めた。

 曰く、アインズはウルベルトの事が心配で事ある毎に“遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)”で様子を窺っていたのだと言う。その度にレメディオスによるウルベルトに対する言動を目撃してしまい、毎回激怒していたらしい。

 

「恐れながら、わたくしや他のシモベたちもアインズ様と同じ気持ちでございます。あの女のウルベルト様に対する言動は、正に許し難く万死に値するもの。苦痛なき時の継続など、決して許せるものではありません!」

 

 最後には熱く語るアルベドに、ウルベルトは思わず苦笑を浮かばせた。

 

「モモンガさんやお前たちの気持ちはとても嬉しいが……、できれば感情からの意見ではない方が良かったな」

「……申し訳ありません」

「モモンガさん自身もいつも言っているが、殺すことはいつでもできる。しかし一度殺してしまえば、生き返らせる以外に利用することはできなくなるだろう? レメディオス・カストディオはまだ利用価値がある。……モモンガさんには後で私からも言っておこう」

「畏まりました。感謝いたします、ウルベルト様」

 

 アルベドが頭を下げて礼を言ってくる。ウルベルトはそれに軽く手を挙げて応えながら、それでいて聖王国でのことを思い出していた。

 彼の頭の中にあるのは、レメディオスと彼女の直属の部下であるグスターボや多くの聖騎士たちの在り様。

 ウルベルト自身の目で見た光景やカスポンドに成りすましているドッペルゲンガーの話から、ウルベルトは彼女たちの在り様に大きな疑問を持っていた。

 果たして主従或いは上司と部下として、あれは正しいのだろうか、と……――

 疑問の色が顔に出ていたのだろう、アルベドやデミウルゴスから問うような視線を向けられる。ウルベルトは苦笑を深めさせると、今まで見てきた彼女たちの在り様も含め、心にあるものをそのままに彼らに話した。

 

「――……上に立つ者に一番必要なものは決断力だと私は考えている。しかしそれは“正しい決断をする”というのが大前提となるものだ。何かを判断したり決断するにはあらゆる情報なども必要となってくる。……果たして部下たちの声を聞かず己が意思を貫くレメディオスは上に立つ者として相応しいのかと思ってな。……はたまた彼女を上手く御しきれぬ部下たちが悪いのか……」

 

 ここで一つウルベルトは大きな勘違いをしていた。

 それはレメディオス自身も自分に知識がないことは自覚しており、多くの者が“そうである”と言った場合、例え自分の考えたことと異なっていようと“そうであるのだろう”と認められるほどの度量は持っていた点である。ただそうは言っても彼女の中にも一切譲れぬものがあり、ウルベルトが目撃したのがそういった場面ばかりであったに過ぎない。

 とはいえ、ウルベルトは勿論のことアルベドやデミウルゴスや他のシモベたちにとっては全く問題のない差異である。

 アルベドとデミウルゴスは少しだけ顔を見合わせると、すぐにウルベルトへと目を戻してまずはアルベドが口を開いた。

 

「どちらも欠陥品と言わざるを得ないものかと思われます。ウルベルト様の仰る通り、上に立つ者が最も担うのは何かを決断すること。そしてその決断が間違っていた場合、それを覆すことのできる力も必要となります。しかしあの女はそこまでの叡智も力も持ち合わせておりません」

「また、部下の聖騎士たちも全くいただけません。例え進言が聞き届けられなかったとしても、何か不測の事態が起こることも考慮して主のために行動せねばなりません。しかしお話を聞く限りでは、それが出来たのはウルベルト様がお拾いになったオスカー・ウィーグランという聖騎士のみ。シモベとしては落第点と言えるでしょう」

「……なるほど。非常に参考になった」

 

 アルベドとデミウルゴスの意見を聞き、ウルベルトは長い顎鬚を扱きながら一つ頷いた。

 

「私も、お前たちに相応しい主と成れるように今以上に励まなくてはならないね。お前たちも、何か思うことがあれば私やモモンガさんに遠慮なく進言してくれ」

「そんな! 励むなどと! ウルベルト様もアインズ様も、私たちにとって至上の主様でございます!!」

「アルベドの言う通りです! それに、ウルベルト様やアインズ様の仰られることに間違いなどあろうはずもありません!!」

 

 口々に言ってくるアルベドとデミウルゴスに、ウルベルトは思わず苦笑を浮かばせた。

 全く、その自信と信頼は一体どこから来るのか……と半ば呆れてしまう。

 しかしそれを面に出すわけにもいかず、ウルベルトはただ緩く頭を振るだけに留めた。

 

「お前たちのその気持ちは嬉しいが、私やモモンガさんだって決して万能ではない。必ず間違いだって起こすし、考えが至らぬこともあるだろう。そんな時、お前たちにも力を貸してほしいのだよ」

「……何と思慮深く、寛大な御言葉。元よりウルベルト様やアインズ様にお仕えするのはシモベとして当然のこと。至高の御方々には及びませんが、ウルベルト様のお力になれるよう、これまで以上に誠心誠意お仕え致します」

「ありがとう、デミウルゴス」

 

 無言のまま頭を下げるアルベドの向かいで、デミウルゴスが感極まったように椅子から立ち上がって跪き頭を下げる。周りの悪魔たちも三人の会話を聞いていたのだろう、つられるようにしてデミウルゴスに倣い、椅子から立ち上がってウルベルトへと傅いた。

 ウルベルトは苦笑を深めさせると、優しい声音を意識して口を開いた。

 

「こらこら、そう畏まる必要はないよ。頭を上げて席に着きたまえ。食事は楽しくするものだ。そうだろう?」

 

 どこか悪戯気な笑みを浮かべ、持っていたワイングラスのワインを一気に煽って飲み干す。

 気品さは欠片もなく粗野な動作であったが、しかし何故かそれがいやに様になっており、嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)淫魔(サキュバス)と言った女型の悪魔たちからうっとりとした吐息の音が零れ出る。

 しかしウルベルト自身はそれに気が付かず、再び席に着いたデミウルゴスへと目を向けた。

 

「そういえば、“あれ”はどうなっている?」

 

 給仕の邪精に新たなワインを注がせながら問いかける。

 主語が抜け落ちた不明瞭な問いかけであったが、しかしデミウルゴスは正確に内容を理解して笑みを深めさせた。

 

「今のところ何も問題は起きておりません。上手く事は進んでいるかと」

「それは上々。壊れてもさして問題はないが、やはり壊れていない方が使い勝手は良いだろうからな」

「はい」

 

 ウルベルトの言葉に、デミウルゴスが嬉しそうな笑みを浮かべる。

 どこまでも素直なデミウルゴスや一心にこちらを慕ってくるアルベドや悪魔たちの様子に、ウルベルトは心が洗われるようだった。

 聖王国でもスクードやネイアやオスカーといった存在はいたものの、やはり少なからずストレスを感じていたのだろう。以前はこちらを崇拝しすぎるナザリックのシモベたちに対して、それもどうなんだ…と思っていたけれど、外に出てみて初めて彼らの有難みが分かったような気がする。

 しかしここでふとあることを思い出して、ウルベルトは改めて目の前にいるアルベドやデミウルゴス、多くの悪魔たちへと目を向けた。

 

「……そうだ。一つ、お前たちに頼みたいことがあったんだ」

「頼みなどと! どうか何なりとお命じください」

 

 打てば響くようにデミウルゴスが勢いよく身を乗り出してくる。

 ウルベルトはフフッと小さな笑い声を零すと、彼らにとっての爆弾発言を投下した。

 

「では、今後の戦いにおいて、本気でかかってきてくれ」

「「「っ!!?」」」

 

 アルベドやデミウルゴスは勿論の事、周りの悪魔たちからも驚愕に息を呑む音が聞こえてくる。

 

「……ウ、ウルベルト様。それは…もしや……」

「芝居ではなく、本気でかかって来いってことだ。聖王国を本気で落とそうと侵攻し、私の存在が邪魔であれば本気で殺しにかかってこい」

「そんな! ウルベルト様に弓引くなどっ!!」

「ウルベルト様がそう仰られても、アインズ様が決して御認めになりません! どうか、御考え直しください!」

 

 デミウルゴスやアルベドが即座に声を上げて止めに入ってくる。周りの悪魔たちも全員が顔を蒼褪めさせており、中には倒れそうになっているモノさえいた。

 しかしウルベルトは先ほどの言葉を撤回するつもりは全くなかった。

 

「私はこの世界に転移してから今までずっとナザリックの中で過ごしてきた。ユグドラシルの時も長い間ナザリックから離れていたし……、つまり、実戦のブランクが長すぎるのだよ」

 

 これはウルベルトがずっと気にして思い悩んでいたことだった。

 この世界に転移してからはずっと隠し玉の役目を担ってはきたが、果たしてこんなにも戦闘のブランクがある自分に役目がきちんと果たせるのだろうか、と……――

 

「今まではずっとアルベドやコキュートスやパンドラズ・アクターに鍛錬や模擬戦をしてもらってきたが、やはり実戦とは全くの別物だ。早く以前の勘を取り戻すためにも、お前たちに協力してもらいたいのだよ」

「で、ですが……」

「なに、そこまで深刻に考える必要はない。要は実戦色の強いちょっとした対戦ゲームをするのだと考えればいい。私は私自身と聖王国という駒を、お前たちはお前たち自身と亜人連合という駒を使って私と真剣勝負をするわけだ。ほら、そう考えれば何も問題はないだろう?」

 

 ウルベルトの言葉に、周りの悪魔たちの表情が徐々に軽くなっていく。しかしアルベドとデミウルゴスは一切誤魔化しが効いていないようで、変わらぬ険しい表情にウルベルトは内心で苦笑を浮かばせながら小さく肩を竦ませた。

 ここで最大の一手を出すことにする。

 

「……それに、私の従者にとネイア・バラハという少女が付けられたのだが、話を聞けば彼女はよく親と喧嘩をしていたようなのだよ。そこで思ったんだ。私も親子喧嘩をしてみたい、とね……」

「親子喧嘩、でしょうか……?」

 

 ここで漸く二人の表情が変化する。困惑の表情を浮かべて小さく首を傾げるアルベドとデミウルゴスに、ウルベルトは柔らかく優しい笑みを浮かばせた。

 

「私はお前たちのことを大切で愛しい我が子のように思っている。特にデミウルゴス、お前は私の手ずから創り出した存在だ。今更ながら、お前の設定(在り様)に“我が息子である”と付け加えなかったことを後悔しているよ」

「ウ、ウルベルト様……」

 

 デミウルゴスが感極まったように言葉を詰まらせる。

 感動のあまり小さく身を震わせるのに、ウルベルトは手を伸ばしてポンポンと軽く叩くように頭を撫でてやった。

 

「だからこそ、親としては愛しい子供に我儘を言われたり、ちょっとした喧嘩をしてみたいと思ってしまうのだよ。……私のお願いを聞いてくれないか?」

 

 最後に小首を傾げ、自分のことを絶対と考える悪魔たちに懇願する。

 ここにアインズがいたなら、確信犯の行動に大きなため息をついたことだろう。

 しかしこの場にいるモノたちがそんなことをするはずもなく。ただ崇拝し敬愛する存在へ完全に降伏して頭を下げるのだった。

 

「……畏まりました。全てはウルベルト様のご意思のままに」

 

 頭を下げたまま言う悪魔に、悪魔の支配者(オルクス)はにっこりと微笑んだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ウルベルト主催の悪魔たちによる大晩餐会は翌日の明け方まで続いた。

 そして大晩餐会が幕を下ろして凡そ三時間ほどが経った今、すっかりいつもの光景に戻った第七階層に一度退場したはずのアルベドがいつもの純白のマーメイドドレス姿で再び姿を現した。

 彼女が向かうのは赤熱神殿。

 コツコツと小さな音を響かせながら歩を進めていけば、やがて目的の場所と共に目的の存在も彼女の視界に映り込んできた。

 赤熱神殿の手前に立っている朱色の悪魔と、その朱色の悪魔に向けて片膝をついて頭を下げている漆黒の悪魔。漆黒の悪魔の右腕には深紅の布が丁寧に巻かれており、彼が何者であるのかがすぐに分かる。

 アルベドは二人の元へと歩を進め、こちらの存在に気が付いて振り返ってくるのに淡い微笑を浮かばせた。

 

影の悪魔(シャドウデーモン)、ウルベルト様がお呼びよ。すぐに第九階層のアインズ様の執務室に向かいなさい」

「畏まりました。……デミウルゴス様、失礼いたします」

 

 シャドウデーモンはアルベドと目の前のデミウルゴスへと頭を下げると、次には驚きの速さでこの場を後にした。ウルベルトの元へと向かったのであろう漆黒の背を、アルベドとデミウルゴスは暫く無言で見送る。

 一拍後、まるで気を取り直すような雰囲気を纏わせながらデミウルゴスがアルベドへと向き直った。

 

「……さて、それで? 一体何の用ですか、アルベド?」

「あら、私はウルベルト様の伝言を伝えに来ただけよ」

「………見え透いた誤魔化しなど時間の無駄でしかありません。何か思う所でも?」

 

 一切容赦のない悪魔の追及に、思わず小さな苦笑を浮かべる。

 アルベドはどこかピリピリとしているデミウルゴスを観察するように見つめながら、苦笑はそのままに小首を傾げてみせた。

 

「別に何もないわ。本当はあのシャドウデーモンに幾つか言うつもりだったけれど、それはあなたが既にやっていたようだし」

「……そうですか」

「それで……、話は変わるけれど、あなたはこれからどうするつもりなのかしら? アインズ様はウルベルト様が説得されていたけれど、まさか本気でウルベルト様に弓引くつもりではないのでしょう?」

「勿論です。いくらウルベルト様御自らのご命令であっても、こればかりは従えません。ですので、あくまでもゲームとして、ウルベルト様からご教授を願おうと思っています」

「そう……。でも、くれぐれもウルベルト様をご不快にはさせないようにね。あなたの事だから、心配はないと思うけれど……」

「ええ。ウルベルト様にご満足いただけるよう、死力を尽くしますよ」

 

 アルベドとデミウルゴスは互いに見つめ合うと、次にはほぼ同時に意味深な笑みを浮かべ合う。それでいてアルベドはアインズの元へと戻るべく踵を返すと、デミウルゴスもまた、彼女とは逆方向へと踵を返した。

 彼が向かう先は赤熱神殿の最奥。今も尚いつもとは違う漆黒の玉座が鎮座している場所。

 デミウルゴスはゆっくりと玉座まで歩み寄ると、そっと手を伸ばして背もたれ部分を撫でた。

 数時間前、この玉座に座っていた主の姿を思い出し、思わず柔らかく顔を綻ばせる。

 彼の御方の事を思い浮かべて心を躍らせ、しかし芋づるのようにスクードや聖王国の従者の存在までをも思い出してしまって途端に不機嫌そうに顔を顰めさせた。

 決して消えることのないドロドロとした嫉妬の炎が湧き上げってきて胸の内を占める。

 愛しい息子だとまで言われた悪魔は、しかしたかが下位の悪魔や人間の従者に対して禍々しいまでの嫉妬と殺気交じりの憎しみを抱いていた。

 

 彼の御方の手ずから生み出され、名を与えられ、装備の数々を与えられたのは自分だけだった。

 彼の御方の第一のシモベは私であるはずなのに……!

 

 しかし御方はあろうことか下位の悪魔に過ぎないシャドウデーモンに名を与え、装備まで下賜して側近くに置いたのだ。

 意外に思われるかもしれないが、デミウルゴスは一日中ずっとウルベルトの側近くに控えることさえしたことがなかった。ひどく光栄なことであることは重々承知しているけれど、デミウルゴスはアインズやウルベルトから多くの役目を任されている。そのためナザリックを留守にすることも多く、側近くに仕える一度の時間はスクードやネイアに比べれば断然短かったのだ。

 御方のすることは全てが絶対だ。

 例え理解し難くとも、受け入れられずとも、御方のすることには全て必ず意味があり、不満を口にすることさえ許されない。

 分かっているのに、嫉妬の炎は消えるどころか弱まってすらしてくれない。

 デミウルゴスは背もたれを撫でていた手の動きを止めると、そのまま強く握りしめて自身を落ち着かせるように深く長く息を吐き出した。

 確かにスクードやネイアやオスカーに対する気持ちは一切変わることはないが、しかし一点だけ感謝してもいい事があった。

 それは彼らの存在がデミウルゴスも知らぬウルベルトの新たな面を知る機会に繋がっている点だった。

 デミウルゴスはもう一度深い息をつくと、背もたれを掴んでいた手から力を抜いた。

 デミウルゴスは毎日スクードからウルベルトの様子の報告を受けている。

 スクードによって彼が新たに知ったのは、ウルベルトの戦闘の様子や人間に対する人心掌握の鮮やかな手際。そして何より、ウルベルト自身が語った彼の壮絶な過去だった。

 ウルベルトやアインズも経験した異形種狩りの存在や、信じられないことにウルベルト自身が以前弱く搾取される側であったと言う事実。加えて命をもって御身を守り救ったというウルベルトの両親の存在。

 その話をスクードから聞いた時、デミウルゴスは心の底からウルベルトの両親に感謝した。

 至高の御身を守護するのは本来ならば自分たちシモベの役目だが、自分たちが存在していなかった頃であればどうしようもない。彼の方々がいたからこそ、御身は今この場におられ、自分たちの偉大なる支配者として存在して下さっているのだ。

 

「……全ては我が御方、ウルベルト・アレイン・オードル様のために」

 

 崇拝し敬愛する御身に思いを馳せ、御方の両親への敬意も込めて小さく呟く。

 

 そう、全ては至高の御方であるウルベルト・アレイン・オードル様のために。

 世界のありとあらゆるものも、世界自体ですらも、彼の御方の為にあるべきなのだ。

 

 




当小説のウルベルト様は、私が手掛ける総合的なウルベルト様の中でも特に悪魔という種族を愛している設定にしております。
今回の大晩餐会も、愛する悪魔たちの為に開催したものです。
ある意味、悪魔に関してはアインズ以上に執着していますね……(汗)
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