災厄の悪魔は正義を嗤う   作:ひよこ饅頭

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今回のウルベルト様は引き続き前回と同じ衣装(装備)を纏っています。


第11話 忠誠の先

 執務のために一度魔導国に戻ると偽ってナザリックで悪魔たちと大晩餐会を行い、その後アインズと束の間のお茶会という名の話し合いを行い、次の日には聖王国に再び赴いてネイアたちからの歓迎を受け、適当に拷問の悪魔(トーチャー)を召喚しては願い出てくる怪我人を治療し、時折カスポンドになりすましているドッペルゲンガーから進行状況の報告を受け、それからそれからそれから……。

 気が付けばこの小都市ロイツを解放してから凡そ一週間程度の時が経過した頃、漸く“それら”は現れた。

 

 

 

 

 

 今にも雨粒を零してきそうな重苦しい曇り空。太陽の光を分厚く遮っているため、昼間だというのに視界はひどく薄暗い。

 まるで夜一歩手前のような薄闇の中、小都市ロイツにある最も高い建物の屋根の上に、一つの細長い影がポツリと佇んでいた。

 鋭い三角形の方形屋根。幅などないのではないかと思えるほどに鋭い頂点部分に、器用に直立している一体の悪魔。

 高い上空ということもあり激しい強風に漆黒のペリースを大きく靡かせながら、ウルベルトはじっと小都市を囲んでいる市壁の外を見据えていた。

 彼の視線の先には赤茶けた大地でも新緑の草地でもなく、黒々とした個の大群。

 現在、解放軍が立て籠もる小都市ロイツは、亜人連合の大軍勢の脅威に曝されていた。

 

「これは何とも……、なかなかに盛況なことだな」

 

 小さく目を細めさせ、ポツリと独り言を呟く。

 カスポンドに成りすましているドッペルゲンガーの話によると、この場に集められた亜人連合の軍は凡そ四万。一気に攻めれば解放軍などすぐに殲滅できるだろうに、しかし亜人連合の軍は市壁の目の前に布陣すると、この数日間何の動きも見せることはなかった。

 いや、“何の動きも見せない”というのは少し語弊があるだろうか。

 なんせ彼らは毎日のように解放軍側に向けて挑発の言葉を投げかけ、夜には遠吠えのような恐ろしい咆哮を響かせていた。先ほどなどは人質とするつもりだったのか、はたまた非常食用に持ってきたのか、捕らえていた人間をまるで見せつけるかのように踊り食いで喰らっていた。チラッと市壁の内側を見やれば、見張りや防衛のために市壁近くにいた人間たち全員が顔面を蒼白にし、中には反吐している者さえいる。

 ウルベルトは視線を亜人たちへと戻すと、ほんの微かに目を細めさせた。

 亜人たちがこちらに向けて精神攻撃を仕掛けてきていることは明白。しかし、何故彼らがそんなことをするのかが問題だった。

 普通に考えて、相手よりも人数が圧倒的に多く、その全員が相手側よりも身体能力が高い場合、誰もが小細工などせずに一気に攻めようとするだろう。しかしそうしないということは、誰かからそうするように指示をされているということだ。

 恐らく指示を出したのはヤルダバオト……つまりデミウルゴスだろう。

 では何故デミウルゴスはこのような指示を出したのか……。

 

「……すぐに思いつくのは時間稼ぎ。つまり、何かを準備していて時間がかかるため、その間に精神的ダメージを相手側に与えている可能性。後は……、兵糧攻めや、こちらの南からの援軍を想定して、援軍諸とも殲滅するためにわざと時間をかけている可能性もあるか……」

 

 敢えて声に出して自分の考えを整理しながら、しかし何ともピンとこず、ウルベルトは小さく顔を顰めさせて小首を傾げた。

 ウルベルトがデミウルゴスたちに“本気でかかってくるように”と命じたのは十日ほど前。そのための準備に時間がかかっているため時間稼ぎを命じているのであれば納得はいく。

 しかし、これには一つの問題点があった。

 そもそも何故デミウルゴスたちは亜人たちを率いて聖王国に攻め込んでいるのか。そして何故、ウルベルトがここにいるのか、である。

 ウルベルト側もデミウルゴス側も、そもそもの目的を無視して行動することはできない。目的を達成することを大前提として、その片手間に本格的対戦ゲームを楽しむだけなのだ。ならばデミウルゴス側としては、聖王国側を全滅させない程度に攻撃をしなければならない。加えてデミウルゴスの忠誠心や性格からして、いくら命じられたからと言っても本気で自分に敵対行動をとることはできないだろうとも考えられた。ならば長い時間をかけてまでの準備など、する必要がないと判断できる。

 となれば……――

 

「……本来の目的達成に向けての味付け(・・・)と言ったところかな?」

 

 ウルベルトは思わず小さな苦笑を浮かべると、フゥッと一度大きな息をついた。

 そろそろ部屋に戻ろうかと〈飛行(フライ)〉の魔法を唱えかけ、しかし視界に入ってきた妙な動きに気が付いてウルベルトはピタッと動きを止めた。

 

「……ん……?」

 

 ウルベルトの視線の先。今まではずっと西門方面でのみ布陣していた亜人連合の軍が、ほんの一部分ではあるものの別方向へと移動しようとしていた。暫くじっと様子を窺えば、その一軍は真っ直ぐに市壁の東門方向へと進んで行っている。

 ウルベルトは小さく目を細めさせると、ここで漸く自身に〈飛行(フライ)〉の魔法をかけた。

 途端にフワッと宙へと浮かび上がる肢体。

 ウルベルトは視線を完全に亜人たちから離すと、そのまま宙を泳ぐように地上へと舞い降りていった。しかし地面に降り立つわけもなく、自分に与えられた部屋の窓まで飛んでいくと、そのまま窓から室内へと足を踏み入れる。

 室内にはスクードのみが控えており、ウルベルトの存在に気が付いたと同時に跪いて頭を下げてきた。ウルベルトは片手を軽く挙げてそれに応えると、近くに置いてある椅子へと腰を下ろした。

 ナザリックのシモベたちによって持ち込まれたこの椅子は、柔らかでいて丁度良い硬さを持つクッションで優しくウルベルトを受け止めてくれる。ウルベルトは背もたれに深く身体を預けると、まるで身体中の空気全てを吐き出すかのように大きなため息をついた。

 スクードが不思議そうな表情を浮かべて、こちらに口を開きかける。

 しかし声を発するその前に、廊下へと続く扉が外側から四度ノックされた。

 

災華皇(さいかこう)閣下、ネイア・バラハです』

 

 続いて聞こえてきたのは、大分聞き慣れてきた少女の声。

 ウルベルトは扉へと目を向けると、次にはスクードへと視線を移した。スクードはすぐさま一礼し、扉へと歩み寄ってドアノブへと手を掛ける。

 スクードの手によってゆっくりと開かれた扉から姿を現したのはネイア・バラハ。

 鋭い目つきとそれによって印象付けられてしまっている険悪な顔つきはいつも通りだったが、しかし今はどうにも顔色が悪く、まるで吐き気を必死に堪えているかのようだった。

 

「どうした? 顔色が悪いようだが……」

 

 部屋に入るよう促してやりながら、そっと問いかける。

 ネイアは素早い動作で部屋に入ると、礼を取ってから大きく頭を振った。

 

「い、いえ……、大丈夫です」

「そうかね? ……まぁ、“あのようなもの”を見てしまっては気分も悪くなるだろう。そこに座りたまえ。少し休むと良い」

 

 近くに置いてある椅子を示し、ウルベルト自身は椅子から立ち上がってネイアに背を向けると、後ろに置いてある小さな丸テーブルへと歩み寄っていった。

 丸テーブルの上には華奢でいて繊細な細工のガラスコップと“無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)”が並んで置いてある。ガラスコップは少し前にウルベルト自身が使っていた物だ。

 これをそのまま使うわけにもいかないだろうと魔法で新しいガラスコップを作り出す中、未だドア近くに立っていたネイアが驚きの声を上げてきた。

 

「閣下も見ていらっしゃったのですか!?」

「ああ、私も少し気になっていたのでね。皆の邪魔にならないよう、上空から様子を窺っていたのだよ。……どうやら、漸く動き出すようだな」

 

 “無限の水差し”を手に取り、新たに作ったガラスコップへと水を注ぎ入れる。

 コポコポと小さく響く涼やかな水の音。

 ウルベルトはそっと“無限の水差し”を丸テーブルの上へと戻すと、水の入ったコップを片手にネイアを振り返った。

 

「そんなところに立っていないで椅子に座りたまえ。これを飲むと良い」

「あっ! す、すみません! ありがとうございます、災華皇閣下!」

 

 ハッと我に返ったような表情を浮かべて、ネイアは慌てたようにウルベルトから差し出されたガラスコップを両手で受け取る。そのまま示された椅子へと恐る恐る腰掛けるネイアに、ウルベルトも再び今まで座っていた椅子へと腰を下ろした。小刻みに震える手でガラスコップの水を飲むネイアを見つめ、長い足を組みながら肘掛に右肘をつく。そのまま垂直に伸ばした右腕に、目の前にきた右手の甲へと軽く顎を乗せた。

 ネイアが水を飲んで一息ついたのを見計らい、徐に口を開く。

 

「少しは落ち着いたかな? 顔色が大分良くなったようだ」

「……はい。お気遣い下さり、ありがとうございます」

「なに、そう大袈裟なものではないだろう。それよりも、君がここに来たということは、解放軍も漸く行動を起こすということかな?」

 

 右手の甲に顎を乗せたまま小首を傾げるウルベルトに、ネイアは神妙な表情を浮かべて小さく頷いてきた。

 

「……はい。敵軍が動いた以上、間もなく戦端が開かれる可能性は高いと思われます。私も、西門の守護を命じられました」

「なるほど、西門か……。何か作戦でもあるのかな? 勝てそうかね?」

「それは………」

 

 ウルベルトの問いかけに、ネイアの表情が途端に渋いものへと変わる。

 それが全ての答えのようで、ウルベルトは思わず小さなため息をついた。

 

「……西門は亜人連合軍の大部分が布陣している方面だ。当然、一番厳しい戦いとなるだろう。作戦も何もなければ、すぐに殺されてしまうぞ」

「それは……、十分承知しております」

「私は今残されている魔力量や今後の事を考えて、今回の戦いには参加しない。つまり、何があっても私の助けはないということだ」

「はい」

「死ぬ気なのかね?」

 

 どこまでも鋭いウルベルトの言葉に、ネイアは言葉を詰まらせる。

 しかし鋭い双眸に強い光を宿すと、真っ直ぐにウルベルトを見つめ返してきた。

 

「例えそうなるとしても、私は聖王国の者として、国や国民を守るために戦おうと思います。国のために死んでいった多くの人たち……父や母の為にも……」

「……………………」

 

 無言のまま見つめ合うウルベルトとネイア。

 いつにない強い意志を持ったネイアの様子に、ウルベルトは小さく目を細めさせて一つ息を吐き出した。

 

「……他者を守るために自分の命すら投げ出す、か。その意志はとても崇高なもので、私自身も好ましいとは思っている」

 

 ウルベルトの言葉に、途端にネイアの表情が喜色に緩められる。

 

「しかしそれと同時に、私はひどく嫌悪してしまうな」

「っ!!?」

 

 先ほどの表情のまま凍り付き、ネイアは驚愕に目を見開かせた。

 困惑と悲哀が入り混じったような色を浮かべるネイアの顔を見つめながら、ウルベルトはもう一度ため息にも似た息を吐き出した。

 思い出されるのは、既に朧気になってしまった儚い二つの背中。

 胸のざわめきを落ち着かせるように一度瞼を閉じ、一拍後に再び瞼を開いた。

 

「大切なものを守るために命をかけるのは当然であると、私は思う。大切なものに対して最終的な価値を見出すのは、結局は自分自身でしかないのだからね」

 

 ウルベルトの言葉に、ネイアは困惑の表情を浮かべたまま大きく頷いてくる。

 

「しかし……バラハ嬢。君は生き抜くことを諦めてはいないかね?」

「……は……? あっ、い、いえ……ですが………」

 

 ネイアは目を見開かせると、困惑の表情はそのままに言い淀んで口を閉ざした。

 ウルベルトとて今の状況が彼女たちにとって絶望的であり、彼女が今何を思っているのかなど手に取るように分かる。

 しかし彼女たちのある意味潔すぎる決意は、ウルベルトにとっては嫌悪するものでしかなかった。

 

「大切なものを守ろうとする意志は、ある意味当然のものだ。それに命をかけるほどの覚悟があるならば上等。しかし……、それによって命を落とした場合、助けられた者は……残された者は一体どうすれば良いのだろうね……?」

「っ!!」

 

 悲し気な笑みを浮かべて独り言のようにポツリと言葉を零すウルベルトに、ネイアはハッとしたように目を見開かせて小さく息を呑んだ。

 じっとこちらを見つめてくる少女に、ウルベルトは小さく頭を振る。

 ウルベルト自身、らしくないとは思っているが、それでもこの感情を吐露することを止められなかった。

 改めてネイアを見つめ、そして扉付近の壁側に控えるように立っているスクードへと目を移す。

 自分のためならば簡単に命を投げ出すであろうシモベを見つめ、ウルベルトは苦笑にも似た笑みを浮かばせた。

 

「我がシモベたちは、私やアインズのためならば簡単に命を投げ捨ててしまう。その忠誠心は有り難いが、だからこそ私は彼らに、決して私の許可なく勝手に死なぬように命じているのだよ」

 

 ナザリックのシモベたちは自分たち至高の主のためならば簡単に自身の命を投げ捨ててしまう。例えば守護のためや命じられたこと以外でも、不興を買ってしまった場合でも迷いなく簡単に自害しようとするのだ。

 その度にウルベルトは何度も何度も彼らに言って聞かせてきたのだ。『お前たちの全てが私たちのものだと言うのなら、私たちの許可なく勝手に命を捨てようとするな。何が何でも生きて、私たちの手の中に戻ってこい』と。

 正直、彼らがこの言葉をどれだけ深く捉えてくれているのかは分からない。

 しかし、この気持ちを彼らに伝えることは決して無駄ではないと信じていた。

 

「バラハ嬢、命をかけると言うのなら、自分自身の命も決して諦めないことだ。例えそれがどんなに困難であったとしても、自分の命を投げ捨てる前提での意志など、唯の偽善でしかないのだからね」

 

 ウルベルトはネイアへと視線を戻すと、どこまでも優しい声音で、まるで諭すように言葉を紡いだ。

 ネイアは傍から見ればひどく険悪な表情ながらも真剣な様子でウルベルトの言葉に耳を傾け、最後にはゆっくりと大きく頷いてくる。

 どうやら目の前の少女は自分が思っている以上に冷静な判断力を持っているようで、ウルベルトは知らず小さく顔を綻ばせた。加えて、上から目線で偉そうなことを言った手前、少しは彼女が生き残れるように力を貸すべきだろうと判断する。

 ウルベルトは徐にアイテムボックスを開こうとペロースの中に手を突っ込んだ。

 しかし、その時……――

 

『災華皇閣下、オスカー・ウィーグランでございます。入っても宜しいでしょうか?』

 

 不意に響いてきたノック音とオスカーの声。

 ウルベルトはペロースの中に突っ込んでいた手をゆっくりと元に戻すと、少し間を開けてから扉の向こうへと入室許可の言葉を発した。

 一拍後、扉が静かに開いて漆黒の鎧を身に纏ったオスカーが姿を現す。

 しかし彼は一人ではなく、後ろにはヘンリーやアルバ、そして何故かマクランの姿さえあった。

 オスカーやヘンリーたちは扉の前で一礼した後に続々と室内へと入ってくる。マクランだけは驚愕の表情を浮かべながら目だけでキョロキョロと忙しなく室内を見回していたが、恐る恐るといったようにオスカーたちに連れられて部屋の中へと入ってきた。

 

「これはこれは……。聖騎士や神官が勢揃いとは。オスカーは分かるが、他の面々は一体何用かな?」

 

 ある程度の予想はしながらも敢えて何も気が付いていない振りをして問いかける。

 オスカーは壁側に控えるように立っているスクードの横に並んで立ち、ヘンリーとアルバとマクランの三人だけがウルベルトの前に立って礼をとった。

 

「……災華皇閣下、急にお尋ねしてしまい、大変申し訳ありません。しかし、どうしても閣下に聞き届けて頂きたいことがあり、無礼を承知でお伺いさせて頂きました」

「ふむ……。まぁ、聞くだけ聞いてみるとしようか。一体何事かね?」

「それよりもまず一つだけ確認させて下さい。今回の戦いに閣下は参加されないと聞いたのですが、それは事実なのでしょうか?」

 

 ウルベルトの問いに答える前に更に問いを投げかけてきたのは厳しい表情を浮かべたアルバ。

 礼を失する行動にネイアやスクードが顔を顰めさせる中、しかしウルベルトは一向に構うことなく一つ頷いて返した。

 

「ああ、事実だ。私は今回の戦いに参加するつもりはない」

「……その理由をお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

 ウルベルトの返答に、この場の空気が一気に重苦しいものへと変わっていく。しかしウルベルトは更なるアルバからの問いに対して軽く肩を竦ませるだけだった。

 

「何故と言われてもねぇ……。私はこれまで幾度となく魔法を使用してきた。そのため、残された魔力量に些か不安が出てきてしまっているのだよ。この先魔皇ヤルダバオトとの戦いも待っている以上、ここで更に魔力を消費することは避けなければならない。私は今回の戦いには参加せず、魔力の回復に努めるつもりだ」

 

 きっぱりはっきり言うウルベルトに、ヘンリーとアルバとマクランは困ったように顔を見合わせる。少しの間視線だけで会話をした後、再びこちらに向き直ってヘンリーが口を開いた。

 

「……閣下、そこをなんとか参戦して頂けませんでしょうか? このままでは我々は亜人共に負け、殲滅されてしまいます」

「そう言われてもねぇ……。純粋な魔法詠唱者(マジックキャスター)にとって、魔力は戦う手段そのものだ。君が剣がなければ戦えないように、魔法詠唱者(マジックキャスター)も魔力がなければ第一位階の魔法ですら一つも唱えられない。それが何を意味するのか……、君たちも分かるだろう?」

「それは………、分かっている……つもりです……」

 

 ヘンリーは表情を歪ませ、そのまま顔を俯かせる。

 解放軍の現状や彼らの気持ちも分からなくもないが、ウルベルトとしても今ここで参戦すると言う訳にはいかなかった。

 

「魔皇ヤルダバオトがいるのであればまだしも、そうでなければ私はこれ以上魔力を消費させるわけにはいかない」

 

 ウルベルトはきっぱりと言い切り、重苦しい空気が室内に漂う。

 ヘンリーやマクランが表情を翳らせる中、ただ一人アルバだけは大きく顰めさせた表情そのままに一歩前へと進み出てきた。

 

「……災華皇閣下。聖王国の民たちが、今回の戦いに閣下は参加されるのかと騒いでいることはご存知でしょうか?」

 

 アルバから唐突に投げられた問いかけ。

 この場にいる殆どの者が驚愕や困惑の表情を浮かべる中、ウルベルトとアルバだけは一切表情を変えることはなかった。

 飄々とした表情を浮かべるウルベルトと、険しい表情を浮かべるアルバ。ウルベルトの金色の瞳とアルバの紫紺の瞳が鋭くかち合う。

 

「………そういった声があることはオスカーから聞いている。それが何か?」

「……閣下は既に聖王国の多くの民たちから支持を得始めています。しかしここで戦いに参加しなければ、彼らは裏切られて見捨てられたと感じることでしょう。折角得られる筈だった支持も全てなくなってしまう可能性があります。閣下はそれでも宜しいのですか?」

「「「っ!!」」」

 

 部屋中に驚愕に息を呑む音が複数響いて消える。

 だが、それも当然の事だろう。

 アルバが口にした内容は明らかに挑発や脅迫まがいのものだ。一介の神官が一国の王に対して口にして良いものでは決してない。

 誰もが固唾を呑んで二人の様子を窺う中、ただ一人ネイアだけは険しい顔を更に凶悪なものへと変えてアルバへと足早に歩み寄っていった。

 

「ユリゼンさん、今の言葉はあまりにも閣下に対して失礼です。元より、閣下はヤルダバオト討伐のために聖王国に来て下さっただけなのですから、今回の戦いに参加する義務などないはずです!」

「だが、その前に聖王国が滅びてしまっては元も子もないでしょう。それに私は事実をご報告しただけに過ぎません」

「だとしても、先ほどの言い様はあまりに無礼ではありませんか! 閣下は聖王国を救って下さった恩人とも言うべき御方なのですよ!」

「聖王国は未だ脅威に晒され、窮地に立たされている。救われたと言うにはまだ早いと思いますが?」

 

 ネイアとアルバの間で見えないはずの火花が激しく散る。二人を中心に険悪な空気が渦を巻き、正に一触即発の状況となっていた。あまりに張り詰めた空気に周りの面々は一言も発することが出来ず、注意深く二人の様子を窺っている。

 いつ何が起こるか分からない緊迫した状況の中、不意に何かが弾けるような小さな音が空気を震わせた。

 ハッと誰もが音の方向へと視線を向ける。

 そこにいたのは顔を俯かせたウルベルト。

 ウルベルトは右手で口元を抑えながら両肩を小刻みに震わせていた。クックックッ……と小さな弾けた音がなおもウルベルトから聞こえてくる。

 ウルベルトは必死に口元を抑えながら、喉の奥で小さく笑い声をたてていた。

 

「……か、閣下…っ!」

 

 笑われていると気が付き、今まで険悪な表情を浮かべていたネイアが顔を真っ赤にして声を上げる。アルバも憮然とした表情を浮かべており、ウルベルトは漸く笑いを治めると俯かせていた顔を上げて二人を見やった。

 

「いやぁ、すまないすまない。別に悪気があったわけではないのだよ」

「……そう仰りながらも、今も顔が笑っておられるような気がするのですが」

 

 眉間にしわを寄せながら、アルバが不機嫌そうに言ってくる。

 ウルベルトは小さく肩を竦ませると、次にはフフッと柔らかな笑い声を零した。

 

「いやいや、本当に悪気はないのだよ。逆に好ましく思っていた」

「「「っ!!?」」」

 

 ウルベルトの言葉に、誰もが驚愕の表情を浮かべる。アルバも大きく目を見開いており、呆然とウルベルトを見つめていた。何を言っているのか分かりませんとばかりに呆然としている面々に、ウルベルトは再びフフッと小さく笑い声を上げる。

 彼らに向けられた金色の瞳は、挑発された者とは……悪魔とは思えないほどに穏やかで優しい色を湛えていた。

 

「お前たちは本当にこの国を愛しているのだね。それにお前たちは回りくどく私を利用しようと考えるのではなく、真正面から私に懇願し、また真正面から挑んで見せた。誰にでも出来ることではないよ」

 

 愉快で仕方がないとばかりに再び笑い始めるウルベルトに、ネイアやヘンリーたちは未だ困惑の表情を浮かべながら互いを見つめ合う。しかしどこかウルベルトに認められたような気がしてきて、彼らも知らず柔らかな笑みや苦笑を浮かばせていた。未だ危機は去っていないというのに、室内の空気は柔らかく解け、穏やかなものへと変わっていく。

 ウルベルトは一つ小さく息をついて笑いを治めると、未だ穏やかな表情でまずはネイアへと視線を向けた。

 

「ネイア・バラハ、まずは私の事を思って発言してくれたことに礼を言おう」

「い、いえ! その……閣下に感謝して頂けるようなことは、何も……」

 

 ウルベルトの言葉に、ネイアは途端に顔を真っ赤にして俯かせる。

 未だにごにょごにょと何事かを呟いている少女を暫く見つめ、続いてウルベルトはアルバへと目を移した。

 

「アルバ・ユリゼン。君の覚悟は見事だが、やはり私はこの戦闘に参加するわけにはいかない。魔皇ヤルダバオトと今布陣している亜人の大軍。どちらかを相手にする場合、君たちがまだ勝てる可能性があるのは亜人の大軍の方だ。ヤルダバオトは私一人に任せてもらっても構わない。だがその代わり、この戦いで君たちも私を助けてはくれないか?」

「……………………」

 

 まるで幼子を諭すように言われ、アルバは再び憮然とした表情を浮かべて黙り込んだ。少しの間顔を俯かせて絨毯が敷かれた地面を睨み、続いてゆっくりと顔を上げて真っ直ぐにウルベルトを見つめた。

 

「……災華皇閣下、先ほどは少々言葉が過ぎたようです。申し訳ありません」

 

 謝罪の言葉と共に深々と頭を下げるアルバに、ウルベルトは緩く頭を振った。

 

「いや、あれは聖王国を思っての発言だろう? 私は気にしていない。逆に、私に喧嘩を売るほどの覚悟を持っていた事を誇りに思うと良い」

 

 面白そうな笑みを浮かべてそう言ってやれば、アルバは一瞬呆けたような表情を浮かべた後、次には小さな苦笑を浮かばせる。そのまま深々と一礼するアルバに、ウルベルトは一つ頷くことでそれに応えた。

 もはやこの話は終わりだと、無言のまま彼らに示す。

 しかし、不意に壁に控えていたスクードが一歩ウルベルトへと進み出てきた。

 

「……ウルベルト様、一つだけ宜しいでしょうか?」

「……? 構わないが……、どうした?」

 

 あまりに珍しいことに、思わずスクードを見つめながら小首を傾げる。

 スクードはウルベルトのすぐ傍らまで歩み寄ると、改めて跪いて深々と頭を下げてきた。

 

「この度の戦い……、私が参戦することをお許し頂けないでしょうか?」

「「「っ!!?」」」

 

 スクードからの思わぬ申し出に、誰もが驚愕の表情を浮かべる。しかしウルベルトだけは静かな双眸で目の前の悪魔を見据えていた。

 冷たい光を宿した金色の瞳は、まるで何もかもを見透かそうとするかのように悪魔を凝視している。

 やがて一度だけ目を瞬かせると、徐に閉ざしていた口をゆっくりと開いた。

 

「……理由を言え、スクード」

 

 部屋に響いた声音はどこまでも凛として静かなもの。聞く者の心境によって、責められている様にも諌められているようにも聞こえたことだろう。

 スクードの耳には一体どのように聞こえたのか……。

 どちらにせよ、スクードは一切感情を感じさせない態度で一層頭を深く下げるのみだった。

 

「……私がウルベルト様のシモベであることは、既に解放軍の人間であれば誰もが知っていること。私だけでも戦場に出れば、人間たちはウルベルト様に対する不満を募らせ難いのではないかと愚考いたしました」

「つまり……、お前が私の名代を務める、と?」

 

 その言葉に、初めてスクードの漆黒の身体がビクッと反応する。怯えたようなその動きに、ウルベルトは金色の双眸を静かに細めさせた。

 スクードの狙いは一体何であるのか。本当に言葉通りの理由なのか。そしてこの申し出に頷いた場合、どのようなメリットとデメリットがあるのか……。

 無言のまま思考を巡らせるウルベルトに焦りを感じたのか、スクードが頭を下げたまま再び口を開いてきた。

 

「私のようなモノが御方様の名代を務めるなど、分を弁えぬ愚かなことであるのは十分承知しております。しかしウルベルト様のシモベとして、ウルベルト様がかt……人間どもに悪し様に言われるなど黙って見ている訳には参りません」

「……………………」

「また、戦場に立ち解放軍を守ることは、延いてはウルベルト様の御身の安全に繋がると愚考いたしました」

「………なるほど、な……」

 

 スクードの言葉に、ウルベルトは一つ頷きながら思考を巡らせた。

 確かにスクードの言う通り、ウルベルトが戦場に出ない以上、ウルベルトのシモベである彼だけでも戦場に出るのと出ないのとでは聖王国の人間たちの感情に少なからず影響を与えることだろう。加えて、この小都市にウルベルトが留まる以上、解放軍を守ることで間接的にウルベルトの身の安全を高めると言う言葉も納得できた。デメリット……というよりかはスクードの身の危険については高まるだろうが、しかしそれでもメリットの方が大きいように思われた。

 ウルベルトは瞼を閉じてフゥッと大きなため息をつくと、緩く頭を振って瞼を開いた。

 目の前に傅く悪魔を見下ろし、金色の双眸に柔らかな光を宿らせる。

 

「……そこまで言うのであれば仕方がない。スクード、お前の好きにするが良い」

「っ!! 感謝いたします、ウルベルト・アレイン・オードル様」

 

 ウルベルトの許しを得て、スクードが地面に額を擦り付ける勢いで深々と頭を下げてくる。

 ウルベルトは小さな苦笑を浮かべると、スクードから視線を外してオスカーへと移した。

 

「オスカー、お前もこの戦いに参加するが良い。私のシモベとして、存分に力を振るって来たまえ」

「……災華皇閣下、宜しいのですか…?」

「どうせ“自分も戦場に立ちたい”と言い出すつもりだったのだろう?」

「……やはり、お気付きだったのですね…」

「当り前だ、私を誰だと思っている? ……お前が聖王国に尽くせる時は少ない。精々心残りがないように戦ってくるが良い」

 

 向けられた金色の双眸も、かけられた声音も、全てが柔らかく優しい。

 まるでウルベルトに祝福されているかのようで、ネイアは彼らが羨ましく感じてしまった。

 そもそもネイアと彼らとでは立場が似ているようで全く違う。

 スクードもオスカーも、正真正銘ウルベルト直属の配下である。一方ネイアはと言えば、いくら今はウルベルトの従者を命じられているとはいえ、彼直属の配下では決してなかった。ネイアはあくまでも聖王国に属する者であり、聖王国の聖騎士見習いなのだ。彼女がこの戦いに参加するのは当然の義務であり、ウルベルトの許可が必要であるわけでもなければ、ウルベルトが反対する権限もありはしない。

 今のウルベルトのようにネイアに祝福を与える者がいたとすれば、それは聖騎士の頂点であるレメディオス・カストディオか、現段階で唯一生存が確認されている王族であり解放軍に身を置いているカスポンド・ベサーレスのどちらかになるだろう。

 しかし王兄ならばまだしも、レメディオスからの祝福などネイアは断固拒否したい思いだった。彼女からの祝福を受けたところで、少しも嬉しくなどない。

 自分自身の想像に思わず顔を顰めさせるネイアに、不意にウルベルトの声が響いてきた。

 

「今回の戦いは激しいものになるだろう。くれぐれも気を付けるように。……私の言葉を忘れるな」

「っ!! は、はい、災華皇閣下!」

「スクード、出来得る限り彼女を守ってやりなさい。それがお前を今回の戦場に出す条件だ。分かったな?」

「はっ、畏まりました」

 

 ウルベルトの言葉に、スクードとネイアとオスカーが跪いて頭を下げる。ヘンリーとアルバとマクランも跪くことはしなかったものの深々と頭を下げた。

 無言のまま退室を促され、オスカーを先頭に一礼と共に部屋を出ていく。

 ウルベルトは最後の一人が部屋を出るまで無言で見送り、室内に自分一人だけが残されてからやっと一つ大きな息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、退室したネイアたちもまた扉の前で大きな息を吐き出していた。

 誰もが疲れたような表情を浮かべる中、マクランだけが興奮したような笑みを浮かべている。

 

「……あ、あれが災華皇閣下…! 何度かお話ししたことはありましたけど、やっぱりすごいですね! 何て言うか……貫禄が違うと言うか……っ!!」

 

 圧倒されて声をかけることもできなかった……と頬を赤く染めるマクランに思わず苦笑のような笑みを浮かべる。

 しかしネイアはすぐに表情を引き締めさせると、真剣な表情を浮かべて何事かを考え込んでいるアルバへと歩み寄っていった。

 

「ユリゼンさん、今後、災華皇閣下に失礼なことは仰らないで下さい。閣下は十分、聖王国のために力を貸して下さっています。私は閣下に“聖王国は恩を仇で返すような国である”と思ってほしくありません」

「………あなたは…、災華皇閣下を中心に考えているのだな……」

「……え……?」

 

 アルバから投げられた言葉に、しかしネイアは彼が何を言いたいのかが分からなかった。彼がどこか冷めたような視線を自分に向けてくる理由も分からない。

 アルバ・ユリゼンという男はネイアやヘンリーたちよりも悪魔という存在に嫌悪感を持ってはいるが、しかしそれでも他の聖騎士や神官たちとは違ってウルベルトを悪魔だからと決めつけて判断するような人物ではない。いつも冷静で客観的に物事を考えられる人物。

 そんな彼が何故こんなことを言ったのか……。

 困惑した表情を浮かべるネイアに、アルバは大きなため息を吐き出した。

 

「恩人には敬意を払うという考えは素晴らしいものだと思います。他国の王に対して礼儀を尽くすのも決して間違ってはいないでしょう。……しかし、それは時と場合によって変わることもあるのですよ」

「なっ!? 閣下に無礼を働いても良いような時も場面もありはしません!」

「普通であればそうでしょう。そして一般の者からすれば、それが当然であると私も認めます。しかし国同士となれば全てがそう簡単にはいかないのですよ。もし閣下に無礼を働くことで聖王国が救われるのであれば、私はいくらでも無礼を働きましょう。私は聖王国に仕える神官なのですから」

 

 さも当然のように言ってのけるアルバに、ネイアは激しい怒りが込み上げてきた。

 どうしてそんな恥知らずな考えができるのかが全く理解できなかった。ウルベルトの下で共に戦ったことのあるアルバがそんなことを言うことに、まるで裏切られたような気がした。

 

「勿論、カストディオ団長殿や他の聖騎士や神官たちのやり方に賛同している訳ではありません。今は悪魔だ何だと拘っている場合ではないと思っています。しかし、あなたのように全てを受け入れるだけでは何も救えないのです」

「それは……っ!!」

「恩があるからですか? 閣下に我々を救う義理などないからですか? しかし、それに大人しく頷いていては多くの民が殺され、聖王国は滅んでしまう。……恩ある聖王国を救うためならば、私は何度でも喜んで先ほどと同じ行動をとるでしょう」

「………そんなことをしてまで救うことに、意味はあるのですか……? そこに正義はあるのですかっ!!?」

「正義があろうがなかろうが関係ありません。あなたたち聖騎士はやたらと“正義”を重要視しますが、いくら正義を貫いたところで滅んでしまえば……死んでしまえば正義も糞もないでしょう。私の行動が正義で無かろうと無礼であろうと構いません。国際問題に発展すると言うならば喜んでこの命を差し出しましょう。……それで聖王国が救えるというのなら安いものです」

「……っ!!」

 

 アルバの覚悟に、ネイアは思わず小さく息を呑む。

 しかしアルバはそんなネイアの様子に気が付いていないのか、紫紺色の双眸を鋭く細めさせた。

 

「……厳しいことを言うようですが、あなたは一体何に……誰に仕えているのですか?」

「……っ!!」

 

 ネイアは咄嗟に口を開きかけ、しかし何も言うことが出来なかった。

 立場を考えれば『聖王国に仕えている』と答えるべきだ。もしくは『聖王、或いは聖王女に仕えている』と言うべきである。

 しかしネイアはそう口に出すことが出来なかった。

 頭にウルベルトの姿が過ってしまい、言葉が喉の奥に引っかかって音にもならなかった。

 そして遅まきながら気づく。

 自身の今までの考えはウルベルト直属の配下やウルベルトに恩を感じている普通の民であれば許されるものだが、聖王国の国家機関に所属する者が持つにはあまりにも危険なものであるのだ、と。

 

 

 

「……もうそのくらいにしておけ、アルバ」

 

 思わず呆然となる意識の中に、不意に飛び込んできた鋭い声。

 無意識に俯かせていた顔を上げれば、ヘンリーがアルバの肩に手を乗せて諌めている所だった。

 アルバは不機嫌そうに黙り込み、ヘンリーは困ったような表情を浮かべてネイアを振り返ってくる。

 

「アルバが大変失礼なことを言いました。申し訳ありません」

「……い、いえ。その……大丈夫、ですので」

 

 自分でも何が大丈夫なのか分からない。しかし、それ以外に言いようがなかった。アルバの覚悟や指摘の言葉が胸を突いて、それ以外の言葉を紡ぐ余裕がなかった。

 ヘンリーもネイアの状態に気が付いてくれたのか、それ以上は何も言ってこない。

 少々気まずい空気が流れる中、ヘンリーとアルバは持ち場に戻るために短い別れの言葉と共にこの場を後にし、オスカーも無言のままその後に続く。マクランも彼らの後に続こうとして、しかし不意に足を止めてネイアを振り返ってきた。

 

「……あの、バラハさん。くれぐれも気を付けて下さいね」

「……え……?」

「ユリゼンさんが災華皇閣下に言ったことは本当です。多くの民が、閣下がこの戦いに参加されることを望んでいます。そして恐らく、バラハさんも民たちに“閣下はこの戦いに参加するのか”と聞かれるでしょう」

「……………………」

「だから、くれぐれも気を付けて下さい。……答え方ひとつで、民たちの士気は一気に下がることも上がることも考えられます。もし士気が下がるようなことになれば……、この戦いは確実に負けます」

「………ぁ……」

 

 軽く頭を下げて去っていくマクランの背を呆然と見送りながら、ネイアは呆けたような声を小さく零す。まるで現実を突きつけられたかのような感覚に、足から力が抜けて頽れそうになってしまった。何とか足を踏ん張って倒れることは免れたものの、それでも闇に突き落とされたような気分は晴れることはない。自分はどうしてこんなにも考えなしだったのだろう……と後悔のような気持ちが押し寄せてきた。

 先ほどまでネイアの心にあったのは、ウルベルトを利用しようとする者たちへの怒りと、ウルベルトがこの戦いに参加しないことでウルベルトが悪く思われはしないかという不安だった。

 しかしアルバたちが言っていたのは全く違うことだったのだ。

 ウルベルトが与える聖王国への影響や、それによって否が応にも変わるであろう戦況。この戦に負けた場合に待ち構えているであろう絶望。

 

(………ああ、私はいつから……こんな……。)

 

 漸くアルバの言っていた言葉の意味を理解する。

 いつの間にか自分の考えの中心は聖王国ではなくウルベルトへと変わっていた。

 聖王国のために……聖王国に生きる民たちのために命をかけて戦うと言っておきながら、自分が最も心配していたのは聖王国の未来ではなくウルベルトの存在だった。

 自分は一体何をしているのだろう、と強く思う。いつからこんなにも変わってしまったのだろう、と何故かとても泣きそうになってきてしまう。

 しかしそれらに対する後悔は何故か一切なく、ただ何も見えていなかった自分自身に対する不甲斐なさが強く胸を締め付けさせた。

 

 

 

「――……話しは終わったようだな。では、我々も持ち場に向かうとしよう」

 

 不意に聞こえてきた、どこまでも平坦とした声音。

 ハッと我に返って傍らを振り返れば、スクードが何も変わらぬ表情で黄色の目でネイアを見つめていた。しかしスクードはすぐに目を逸らすと、まるでネイアに構う様子もなく踵を返してしまう。そのままネイアの持ち場である西門方向へと歩き始めるのに、ネイアは慌てて大きく足を踏み出した。

 半分以上反射的な行動ではあったけれど、それに促される様にスクードの背を追いかけるために足を動かし始める。それにつられる様にして深く沈み込んでいた心も徐々に浮上していき、ネイアはまるで何かを決意するように鋭い双眸に強い光を宿らせた。

 未だにアルバに言われた言葉は胸に深く突き刺さっている。しかし、今はそんなことを気にして気に病んでいる場合ではない、と半ば無理矢理自分自身を奮い立たせた。

 今はこの戦いに勝つことが先決だ。

 そして、何が何でも生き抜くのだ……!

 ネイアは何度も自分に言い聞かせながら、スクードを追って戦場へと足を踏み出していった。

 

 




本当は戦闘まで行きたかったのですが、そうすると一話が長過ぎになってしまうので一旦ここまででUP!

今回の話は賛否両論あるかと思うのですが、当小説では少し(?)ネイアには悩んでもらうことにしました!
原作でのネイアの言動は読者からすればとても頷けるもので好意的に見えるのですが、しかしそれは私たち読者がアインズたち偏見であることも一つの要因になっているのではないかと思います。実際に聖王国側の人間として考えれば頷けない部分もあるのではないでしょうか。まぁ、それでもレメディオスとかよりかは全然好感が持てるキャラではあるのですが(笑)
と言う訳で、当小説ではネイアちゃんの更なる成長を期待したいと思います!
頑張れ、ネイアちゃん!
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