そして戦闘描写がとてつもなく書き辛い……orz
スクードと共に西門に到着したネイアは、マクランの予想通り食事や物資を運んでいた民兵たちに声をかけられた。
話の内容は、こちらも予想通り『
彼らの表情には見るからに不安と期待が入り混じっており、否が応にもマクランに言われた忠告の言葉が頭を過ぎる。ネイアはできるだけ騒ぎにならないように言葉には気を付けながら、ウルベルトは今回の戦いには参加しないことを伝えた。
瞬間、ネイアを中心に騒めく周囲。何も話さず聞き耳だけを立てていた他の民兵たちも、見るからに恐怖や絶望に染まった表情を浮かべている。
肌で感じられるほどに一気に下がった士気に、ネイアは思わず危機感を覚えた。
やはりマクランの言う通りになってしまった、と……――
しかし幸いなことに、一人の民兵が納得の言葉を零したことによって、それ以上の混乱は起きることはなかった。
彼が口にしたのは、ウルベルトが以前多くの民たちの前で言った言葉の数々。
『大切なものの価値を決めるのは、最終的には自分自身でしかない』
『大切なものを守れるのは、自分自身でしかありえない』
他の者たちも次々と同意の言葉を零し、頷き合っている。彼らはウルベルトの言葉を直接聞いていた者たちであり、同時にあの時ウルベルトに怒りをぶつけて非難していた者たちだった。
彼らは自分たちの甘い考えを後悔し、訝しむ他の者たちにも詳しい内容を語って聞かせた。その際、絶対の力を持つはずのウルベルト自身の壮絶な過去についても熱く語る。
そして最後に誰もがこう付け加えた。
自分たちの大切なもの――家族や友人や自分自身の命を守るためには、自分自身で戦うしかないのだ、と。
この場にウルベルトの配下であるスクードがいたことや、ウルベルトがアルバに『ヤルダバオトを倒すために私を助けてほしい』と言っていたことを伝えたのも、混乱を治める一つ要因になっていたのかもしれない。
そして今。
昼過ぎ頃に動き出した亜人の大軍を目の前に、ネイアは緊張と恐怖にゴクッと大きく唾を呑み込んでいた。
一面に広がる、視界を覆い尽くさんばかりの黒の蠢き。亜人たちが一歩足を踏み出す度に、地面や市壁が大きく揺らぐ。
圧倒的な力の差と暴力を体現したようなその光景に、至る所から引き攣ったような小さな悲鳴の声が上がった。
ネイアも正直に言えば、湧き上がってくる恐怖に手指が震えそうになっている。しかし傍らにいる存在が、何とかネイアの恐怖心をギリギリのところで抑え込んでくれていた。
ネイアの傍らに立っているのは、ウルベルトの直属の配下であり、あのレメディオス・カストディオと同等の強さを持つとされる
彼は暫くのろのろと動き始めている大軍を見つめた後、次には黄色の双眸をネイアへと移してきた。
「……ネイア・バラハ。お前の今の装備は非常に心許ない。これを装備していろ」
淡々とした声音と共に差し出されたのは、今までスクードが装備していた黒いアメジスト色の籠手。
それはネイアの持つ“イカロスの翼”と同じく、スクードがウルベルトから下賜されたルーン技術の防具だった。
「でも……、これを私が着けたら、スクードさんは……」
「私はウルベルト様よりお前を守るように命じられた。私よりもお前がこれを着けた方が良い」
尚もズイッと差し出してくるのに、どうやら一切引き下がる気はないようだ。刻一刻と亜人の大軍との距離が縮まる中、悠長に考えている暇などない。ネイアは未だ躊躇しながらも、短く礼を言ってスクードから籠手を受け取った。
自身の腕に巻かれていた革製の籠手を外し、素早くスクードの籠手を装備する。
瞬間、何かに護られているかのような気配に包まれ、ネイアは思わず驚愕に目を見開かせた。今まで感じていた恐怖もスッと治まり、平常心を取り戻す。
スクードはネイアの様子に一つ頷くと、次には視線を市壁の奥の亜人の軍勢へと戻した。ネイアもつられるようにして籠手に向けていた視線を亜人の軍勢へと戻す。
瞬間、目に飛び込んできた“それ”に思わず目を見開かせて小さく息を呑んだ。
「……なっ!?」
「………おいおい…、嘘だろ……」
周りからも呆然とした声が小さく響いてくる。
ネイアたちの視線の先には、こちらに進み出てくる複数の
不意にどこからともなく響いてくる太鼓の音。
何かの合図だろうと咄嗟に判断した瞬間、大きな地響きと共に市壁が大きく揺らめいた。
ネイアや民兵たちは近くの壁に手をついて何とか身体を支え、直立不動で微動だにしていないのはスクードのみ。
揺れが治まったと同時に慌てて周りを見回せば、市壁の至る所に巨大な穴が空いているのが目に飛び込んできた。
陥没した壁には、ネイアの身長ほどもある槍のような巨大な矢が深く突き刺さっている。ネイアや民兵のような力の弱い人間に当たれば、間違いなくひとたまりもなく即死するだろう。今回の攻撃では幸いなことに誰一人として巻き込まれることはなかったようだが、しかし何度もこんな幸運が起こるとは思えなかった。
オーガたちへと視線を戻せば第二射の準備をしている真っ最中で、ネイアは思わずザッと血の気を引かせた。
どうすればいいのか分からず、死への恐怖と焦りばかりが募っていく。
しかし、相手は決して待ってなどくれない。
オーガたちの手によって第二の矢が放たれ、瞬間、視界が真っ暗に染まったとほぼ同時に激しい揺れがネイアたちを襲った。
「……っ!!?」
何が起こったのか分からず、声さえ上げることが出来ない。焦燥感だけが募る中、唐突にネイアたちの視界を覆っていた暗闇に皹が走り、次にはボロボロと崩れ始めた。反射的に崩れたものに視線を向ければ、それはまるで空気に溶けるかのようにスゥッと静かに消えていく。残ったのは何もない空間と壁の影のみで、ネイアは思わず傍らに立つスクードを見上げた。
「……先ほどのは、スクードさんがやったのですか?」
「影を防壁代わりに使っただけだ。耐久力はあまりないが、あれくらいならば一度防ぐことくらいはできる」
スクードの言う“あれくらい”とは、亜人側のバリスタの攻撃のことだろう。
一度の攻撃を防いだだけで崩れてしまうようでは確かにあまり耐久性はないように思えるが、しかしそれさえできないネイアたちにとっては、それだけでも非常に心強いものだった。
後は、この影の壁をどのくらいの範囲で何回まで創り出すことが出来るのかが問題だった。
「スクードさん、先ほどの影の壁はどのくらいの範囲まで出すことが出来ますか?」
「あまり広範囲にまでは発動できない。精々三メートルほどか……」
「……では、あと何回まで出すことが出来ますか?」
「四回だな」
淡々と返されるスクードからの返答に、ネイアは思わず小さく顔を翳らせた。
亜人側の矢が後どのくらいあるのかは分からないが、四回という数字はとても少なく感じられた。加えて、防御できるのが三メートルほどというのも、ひどく心許なく感じられる。
しかしそうは思っても、ネイアはそれらを決して口に出すことはしなかった。
自分はそれ以下もできないというのにスクードを責めるような言葉を口にするのは筋違いであろうし、正直に言えばそんなことを言っている暇も余裕もありはしなかった。
この場はスクードのおかげで未だ被害はないにしても、他の市壁には確実に被害が出ている。加えて再び第三射の用意を始めているオーガたちに、何か対処法はないかと考える方が先決だった。
再び太鼓の音が鳴り響き、一拍後に槍のような矢が幾つも放たれる。
スクードが再び影の壁を出現させて防御するのに、しかし他の場所は攻撃を諸に受けて激しい音と共に市壁全体が大きく揺らめいた。
矢の幾つかが民兵の身体を貫き、血を舞わせて悲鳴が轟く。
チラッと視線を向ければ人間がまるで標本の虫のように壁に磔になっており、中には複数人がまとめて串刺しにされているところもあった。
口から飛び出そうになる悲鳴を、咄嗟に唇を噛みしめることで堰き止める。恐怖が一気に湧き上がり、壁に磔となった民兵の死体から視線を外すことが出来なかった。自身を奮い立たせることも、この場から逃げることもできず、只々頽れそうになる身体を何とか支えて悲鳴を噛み殺すことしかできない。
完全に恐怖に支配される中、不意に闇よりも深い漆黒がネイアの視界の端に映り込んできて、ネイアはハッとそちらを振り返った。
救いを求めて漆黒を視界に映し、しかしそこにあったのは細身の漆黒の悪魔。
求めた存在ではなかったことに落胆を覚え、しかしその一方でネイアは幾らか正気を取り戻すことが出来た。手に持つ“イカロスの翼”を両手で握りしめ、そっと額に当てて短く祈りを捧げる。
瞬間、今までなかった空を切るような音が聞こえてきて、ネイアはハッと弾かれたように頭上を見上げた。
頭上を飛ぶのは幾体もの最下位の天使たち。彼らは火炎壺と松明を手に、真っ直ぐに亜人の軍へと飛んでいっていた。
恐らく頭上から攻撃するつもりなのだろう。しかし亜人側もむざむざ制空権をこちら側に与える訳がない。
亜人軍から幾体もの
しかし全てが失敗に終わったわけではなく、幾体かの天使たちは火炎壺に炎を灯して亜人たちへと落とすことに成功した。
鮮やかな炎の赤が勢いよく舞い上がり、亜人たちへと襲い掛かる。
亜人の中には炎に対して耐性を持っているモノもいるだろうが、持っていないモノも勿論いる。全員が全員無傷で済むことはないであろうし、何よりバリスタにダメージを与えられれば御の字だと言えた。
オーガたちは炎に慌てふためき、小さくない混乱が亜人軍に広がる。
ネイアは“イカロスの翼”を強く握りしめながら、果たして自分の腕で今の混乱に乗じて攻撃ができるだろうかと思考を巡らせた。
通常の自分の実力では、矢をオーガたちの元まで飛ばすことさえ難しい。しかし、この“イカロスの翼”を用いれば矢を届かせることはできるだろう。問題は、矢が届いたとしても狙った場所に当たるかどうかだった。
「………スクードさん、あのオーガたちを攻撃する術は持っていますか?」
自分はダメでも傍らに立つ悪魔であればどうだろう……と短く問いかける。
しかし返ってきた言葉はどこまでも平坦で、この状況を打破できるようなものではなかった。
「できなくはないが、オーガたちを攻撃するにはこの場を離れてあの場に行かなくてはならない」
「それじゃあ……!」
「私がこの場で最優先するのはお前の守護だ。この場の安全を確保できていない以上、この場を離れるつもりはない」
「……………………」
きっぱりと言い切るスクードに、ネイアは思わず黙り込む。
本音を言えば、自分の守護などよりもこの場の危機を打開するために動いてほしいと思う。しかし一方で、いやに冷静な部分がネイア自身の考えを必死に引き留めていた。
刻一刻と危機が迫る中、ゆっくりと思考を巡らす行為は愚かなことなのかもしれない。しかしネイアは、焦る自身の感情を抑え込みながら、もう一方の冷静な自身の思考について熟考することにした。
スクードがあのように言った以上、オーガたちの元へ行って攻撃すること自体はできるのだろう。しかし問題なのは、攻撃した後。そして、スクードの攻撃できる範囲だった。
例えば攻撃自体が成功したとしても、亜人たちも大人しくやられたままにはしないだろう。スクードに反撃するのは必然であり、そうなった場合、スクードに逃げる術や耐える術があるのかは不明だった。
例えばこれがレメディオスであればどうだろう……と思考を巡らせ、しかしネイアはすぐにその考えを打ち消した。
はっきり言って、多勢に無勢で間違いなく命を落とすだろう。となれば、大きな戦力となるであろう彼をわざわざこのタイミングで死地に向かわせるのはどう考えても愚策に思えた。
次にスクードの攻撃できる範囲だが、例えば彼が範囲攻撃を得意とするのであれば話は変わってくる。
自身を中心に広範囲を攻撃できるのであれば、その間に隠れるなり逃げるなり出来るかもしれない。加えて一撃の範囲が広ければ広いほど、市壁に向けられる攻撃を少なくすることもできるだろう。しかし範囲攻撃手段がなく接近戦しかできないのであれば、スクードの身の危険だけでなく、こちら側の守備にも大きな影響が出てしまう。
「……スクードさんは範囲攻撃はできますか?」
「出来るには出来るが、足止め程度だ。殺傷力は皆無だし、発動できる回数も少ない」
スクードの言葉に、ネイアは更に思考をこねくり回し、しかし最終的には現状維持という判断を下すことしかできなかった。
スクードという存在は強さで言えば非常に心強いことは間違いなかったが、しかし使い勝手はあまり宜しくないと思わざるを得なかった。
いや、そう思うこと自体が間違っているのかもしれない。
誰しもが何でもできる訳ではない。ネイアも民兵も聖騎士も神官も、あの聖王国最強と名高いレメディオスとて、一人で出来ることなど片手で足りてしまうだろう。それが当たり前だと分かっていたはずなのに何故それを失念していたのかと言えば、それは今までいつも彼女の傍にいた存在が最も大きな原因だった。
アインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配者の一人、ウルベルト・アレイン・オードル災華皇。強大な魔法の力と、海のように深く広い叡智を併せ持った大悪魔。
彼の王はどんな苦境をも跳ね除けてしまえるほどに強く、思慮深く、それこそできないことなどないのではないかと思えるほどに何でも卒なくこなしてしまう偉大な存在だった。
だからこそ、同じ悪魔という種族であると言うだけで、スクードにもできるかもしれないと無意識に思ってしまっていたのかもしれない。もしスクード自身がこんなネイアの思考を知れば、『ウルベルト様と同じように思うなど恐れ多い!』と慌てふためいてしまうかもしれない。
まるで現実逃避のようにつらつらと思考を移らせていくネイアに、不意に警告の怒鳴り声が鼓膜を打った。
「――……来るぞっ! 伏せろっ!!」
ハッと我に返ったとほぼ同時に反射的にその場にしゃがみ込む。瞬間、視界が暗闇に染まり、一拍後に今までで一番大きな揺れがネイアたちを襲った。
しかしそれは市壁が大きなダメージを負っているからだけでは決してない。
確かに市壁は今までのバリスタの攻撃により所々が陥没し、相応のダメージを受けている。これに更に大きなダメージを受ければ、それだけの衝撃がきて当然だ。しかしネイアたちが今まで以上の揺れを感じたのは決してそれだけが原因ではなかった。
スクードが再び発動させていた影の壁がボロボロと崩れて消えていくと、そこには何本もの大きな矢が力なく地面へと転がっていた。
何故一か所にこんなにも矢が転がっているのかというと、それはつまり、今まで満遍なく市壁全体を攻撃していたオーガたちが、今回はネイアたちがいる場所を中心に攻撃してきたということに他ならなかった。
勿論狙いが上手くいかず、矢があらぬ方向へと飛んでいっているものも少なくはない。しかし回を追うごとに狙いが正確になってきているのも確かだった。偶然攻撃が集中したとは考えにくい。恐らく攻撃する度に出現する影の壁を警戒して、集中的に攻撃してきたと考えた方が自然だった。
何本も転がっている矢を見下ろし、ネイアは思わず冷や汗を流した。
スクードが創り出せる影の壁は、後三回。今回のようにこちらを集中して攻撃され続ければ、スクードの影の壁はすぐに回数が尽きてしまう。そうなれば自分たちがどうなってしまうかなど、火を見るより明らかだった。
加えて民兵たちがスクードが創り出す影の壁の存在に気が付いてこちらに殺到していることも問題だった。
誰も死にたくなどないため、安全だと思われる場所に逃げるのはもはや生存本能と言ってもいいだろう。しかしそのせいで、今のネイアたちはもはやギュウギュウ詰めのおしくらまんじゅう状態になってしまっていた。スクードの影の壁の回数が尽きてしまえば、ネイアを含む多くの民兵たちは一瞬で命を落としてしまうだろう。ネイアや近くに配置されていた聖騎士が散らばるように必死に声を上げるも、全く効果は得られない。
どんどんと増していく圧迫感に身動きも難しくなる中、再び響き渡る太鼓の音と共に視界が闇に染まった。続いて全身に感じられる大きな衝撃。
影の壁の残り回数は後二回……――
心の中でカウントしながら、焦りだけが増していく。
恐らくスクードも同じだったのだろう。
「人間ども、今すぐ伏せろっ!!」
スクードの怒鳴り声にも似た声に続いて、再び響き渡る太鼓の音と放たれる何本もの矢。ネイアたちが咄嗟に地面にうつ伏せになる中、スクードは細長い両腕を振るって飛んでくる矢を弾き飛ばした。
ガキンッという硬い金属音のような音と共に何本もの矢が弾かれて地面へと落ちる。しかしたった二本の腕で大量の矢を全て捌くことはできなかったらしく、二、三本はスクードの痩躯を襲った。流石は悪魔というべきか、細く薄い身体であるにも拘らず矢がその身を貫くことはなかったが、それでも相応のダメージは受けているのかもしれない。
「……ス、スクードさん………っ!」
「ネイア・バラハ、良いと言うまで低く伏せていろ」
頭だけを上げて一人だけ立つスクードを見上げる。しかしスクードは一切ネイアを振り返ることなく、黄色い双眸を亜人の軍へと向けていた。
何度も鳴り響く太鼓の音と、その度に襲い掛かってくる何十本もの矢。
その度にスクードは影の壁を出すことなく、自身の両腕と細い身体でもって全てを弾き返し、全てを受け止めていった。
悪魔であるスクードに文字通り身を挺して守られている状況に、多くの民兵たちが複雑そうな表情を浮かべているのがネイアの目に留まった。
「………もう良いようだ……」
不意に鳴り響く四度の太鼓の音と共に、スクードがポツリと言葉を零す。彼の言葉に従ってうつ伏せていた身体を起こしたネイアたちは、大分崩れた市壁の隙間から亜人の軍を見やった。
スクードの言う通り、バリスタを持ったオーガたちの姿は既に無く、代わりに亜人軍全軍が進軍を開始していた。
右翼と左翼は横陣のまま進軍し、中央は魚鱗の陣形で門へと進軍している。更には違う一軍が都市を迂回するような形で動き出していた。
しかしネイアたちの視線は横陣に進軍する軍に釘付けになっていた。
多くの種族によって構成された混成軍。手には市壁にかけるのであろう梯子が握り締められており、腰には人間の幼子が括り付けられていた。
泣き叫んでいる者もいれば、ぐったりとしている者もいる。しかし全員が生きているのは確かだった。恐らく、これまでの時と同じように人質として使うつもりなのだろう。
周りの民兵たちが動揺から騒めく中、ネイアは苦々しく大きく顔を顰めさせた。
思わずウルベルトの姿が頭を過ぎる。
彼の御方ならば、こんな状況でも子供たちを救うことが出来るのかもしれない。いや、きっと救うことが出来るのだろう。
しかしネイアはブンブンと大きく頭を振ってその考えを打ち消した。
ウルベルトがこの戦いに参戦しないことは既に決まっていることであるし、今更ウルベルトを呼んだところで間に合わないことは明白だった。
この場を切り抜けられるのは自分たちしかいない。そして自分たちには子供たちを救う力などありはしない。
ならば、することは……自分たちにできることは、一つしかない……!!
「…………っ!!」
ネイアは“イカロスの翼”を鋭く構えると、その矢尻を亜人の軍へと向けた。
ギリギリと弦を引き、歯を食いしばり、狙いを定めて一息に矢を放つ。解き放たれた矢は閃光の如く空を切り裂くと、一直線に一体の亜人の腰に括りつけられた子供の心臓と亜人そのものを貫いた。
しかし、それだけでネイアの動きは止まらない。
矢を番えては解き放ち、矢を番えては解き放ちを繰り返す。
その全ては狙いを外さず、幼子諸とも亜人たちを貫いて地面へと沈めていった。
「……おいっ、あんた何してるんだっ!!」
背後にいた民兵の男が大声を上げて止めるように肩を強く掴んでくる。
しかしそんなことを気にかけている場合でも余裕もありはしなかった。
ネイアは男を振り返ることなく肩の手を振り払うと、新たな矢を弦に番えながら口だけを開いた。
「あなたたちも早く攻撃しなさい! 弓矢を扱えない者は石を投げなさい! 私たちには人質を助けることはできない!!」
ネイアの鋭い言葉に、男たちは衝撃を受けたように目を見開いて息を呑む。顔に困惑と焦りのような表情を浮かべ、恐怖にかそれとも怒りにか、身体を小刻みに震わせた。
「だ、だが……相手は子供だぞ! あんな小さな子を攻撃するなんて……!!」
「ここで動かなければ、私たちは殺されて、この場は突破されてしまいます! そうなれば、あなたたちの大切な人たちに危険が及ぶんですよ!」
「だからと言って……! ……そ、そうだ、災華皇閣下ならきっと……、閣下を呼びに……っ!!」
「今さら閣下を呼びに行ったところで間に合いません! 早く攻撃しなさい!!」
怒鳴るように声を張り上げながら、なおも矢を番えて的へと放つ。
まさか人質諸とも攻撃してくるとは亜人たちも思ってはいなかったのだろう、明らかに動揺したように軍の動きが鈍る。
しかしネイア一人ではどう考えても限界があった。
どうして攻撃しないのか、と思わず矢を放ちながらも横目で少し遠くに佇む聖騎士たちを睨む。
戦うことを生業としていない民兵たちならばまだしも、指揮する立場にある聖騎士たちが率先して動かずしてどうすると言うのだ……!!
苛立ちが募る中、しかし不意にネイアの持ち場から遠く離れた市壁の端近くから、亜人の軍へと飛んでいく多くの矢の姿が目に飛び込んできた。
矢の向かう先にいたのは、亜人たちと人質となっている子供たち。まるで人質など最初からいないかのように矢は容赦なく亜人軍へと襲い掛かっていく。
子供たちは、ある者は泣き叫びながら、ある者は絶望に表情をなくしながら、そしてある者は安堵のような表情を浮かべながら矢に貫かれ、自身を括り付けている亜人と共に事切れて地面へと倒れていった。
「………ウィーグランさん……」
今もなお亜人たちへと矢を放ち続けている場所を見つめ、ネイアはふと漆黒の騎士の姿を頭に蘇らせた。
確かあの場所はオスカーが配置されている場所だ。ならば恐らく指揮をとって攻撃しているのはオスカーだろう。彼はそれが出来るだけの強さも覚悟も持っている。
ネイアは思わず“イカロスの翼”を握り締めている手にギュッと力を込めると、しかしその時、不意に複数の影が頭上を通り過ぎたことに気が付いて反射的に頭上を見上げた。
視線の先には新たな最下位の天使が複数体、ものすごい速さで空を駆けていた。
天使たちが向かう先は亜人軍。先ほどの矢と同様、人質となっている子供諸とも亜人たちを攻撃し、少しでも時間稼ぎと数を減らそうと亜人軍に群がっていた。
「………ユリゼン、さん……」
天使たちの思わぬ行動に、咄嗟に冷めた表情を浮かべたアルバの姿が脳裏を過ぎる。
天使を動かしたのが本当にアルバかどうかは正直分からなかったが、しかしネイアは妙に彼の仕業であると確信を持っていた。聖王国を守るためならば何でもすると言ってのけた彼の冷酷なまでの声も姿も未だ鮮明に記憶に残っている。彼ならば、必要と判断すれば容赦なく非道な行動も起こすことが出来るだろう。
しかし、それが理解できる者は少なく、誰もが納得できるものではない。その証拠に、目の前に広がる正に地獄絵図のような光景に、ネイアの周りにいる民兵の男たちは苦悶の表情を浮かべてはらはらと涙をこぼしていた。
ネイアだけではない。聖騎士が放たせたであろう多くの矢が、神官が生み出したのであろう多くの天使たちが、子供たちを容赦なく殺している。まるで、どうしようもない残酷な現実を突きつけられているようで、逃げようとするかのように後退る者が何人もいた。
しかし、そんなことが許されるほどこの場は生ぬるい場所ではない。
ネイアは奥歯が砕けんばかりに強く歯を噛みしめると、“イカロスの翼”を構え直して再び亜人軍へと矢を放ち始めた。
多くの矢に混じって、ネイアの矢が天使たちの横を通り過ぎて子供と亜人を捉える。
新たな矢を番えて狙いを定めながら、ネイアは視線を向けることなく周りの民兵たちへと再び声を張り上げた。
「早くあなたたちも攻撃しなさい! 私たちではどうにもできないことくらい分かるでしょう!!」
「………くっ、そぉぉっ!!」
「ちくしょう……、こんな……こんな………っ!!」
「……ああ、何で……。……ごめん、ごめん…」
「俺には無理だ……!! 誰か……誰か………、災華皇閣下……っ!!」
「………いやだ……、……いやだ……。………閣下……、閣下……」
目の前に広がる残酷な現実とネイアからの声に、民兵たちも漸く動き出す。しかしその反応と行動は、大きく二つに別れた。
ネイアと同じく現実を見据え、覚悟を決めて攻撃を始める者たち。
そして現実に耐え切れず、他者からの助けを願うことしかできない者たち。
ネイアは亜人軍への攻撃を続けながら、内心では嘆きと苛立ちが入り混じった呻き声を零していた。
こんなところでも感じ取れてしまう、ウルベルトという大きな影響。
ウルベルトの言葉によって、多くの者たちが犠牲という名の覚悟を持つことが出来たのは確かだ。しかしその一方で、ウルベルトが何度も解放軍を窮地から救ったことで、ウルベルトに救いを求めれば何とかなるという心をも多くの者たちに植え付けてしまっていた。
もし仮にウルベルトが解放軍を救った際に人質となっていた子供を助けず見殺しにしていたなら、ここまで彼らがウルベルトに依存することはなかったのかもしれない。何かを成すためには、誰であろとも少なからず犠牲や代償を払わなければならないのだと、もっと多くの者が覚悟を持てたのかもしれない。しかしウルベルトは“人質となっていた子供の解放”という誰もが出来なかったことを、彼らの目の前でいとも容易くやってのけてしまった。ある意味彼らがここまでウルベルトに依存するのも仕方がないことなのかもしれない。
ネイアは取り敢えず彼らの説得を諦めると、今は目の前の危機を少しでも軽くしようと戦闘に集中することにした。
既に亜人軍は目と鼻の先に迫っており、数分もしないうちに市壁に到着するだろう。
亜人軍は進軍しながらも先ほどのバリスタの攻撃を再開させており、ネイアの周辺に飛んでくるものは全てスクードが弾き飛ばし、またはその身を盾として受け止めてくれていた。
「来るぞっ! 剣に持ち替えろ!!」
聖騎士の鋭い声とほぼ同時に、長い梯子の端が市壁の向こうから姿を現す。何十何百もの多くの梯子が次々と市壁に掛けられ、遂に多くの亜人たちが梯子を上り始めた。
こちらも長い棒を使って押し返したり、石を落としたり、天使たちに梯子を破壊させたりするのだが、あまりにも数の差があり過ぎて対処が間に合わない。ネイアも市壁から半身を乗り出して梯子を上っている亜人たちに矢を放つも、焼け石に水状態で状況を緩和させることすらも難しかった。
しかし、何事もやらないよりかはマシである。
亜人軍もバリスタや
しかしそうはいっても、やはり限界は存在する。
徐々にではあるが市壁の上に上がりきった亜人の数が増え始め、解放軍側は亜人軍に押され始めていた。聖騎士を筆頭に何とか持ち堪えてはいるものの、いつこの均衡が崩れるか分からない。
どうすればこの危機的状況を打開できるのかと思わず焦りの表情を浮かべる中、不意に
「ラゴン族、ジャジャン様が指揮官の首を取ったぞ! さぁ、てめぇらぁ、殺せぇ! 人間どもを殺せぇ!」
「……っ!!?」
幾つもの悲鳴と共に聞こえてきた大きなどら声。
慌てて声の方を振り返ると、立派な体躯の一頭のストーンイーターが一つの首を片手に掲げ持って周りの亜人たちを鼓舞していた。
掲げられている首を凝視し、思わずネイアは戦慄した。
切断された首から血を滴らせている首級の顔が、間違いなく近くで戦っていた聖騎士のものだったからだ。
まずい……と思った瞬間、勢い付いた亜人たちが我先にと身を踊り出してきた。防波堤の役目を担っていた聖騎士が殺されたことで、一気にこの場の戦況が悪化していく。ジャジャンと名乗ったストーンイーターの背後から幾つもの梯子が掛けられ、多くの亜人たちが次々と市壁の上へと躍り出てきた。
雪崩のように数を増やし襲い掛かってくる亜人軍に、聖騎士を失った民兵たちがまともに抗えるはずがない。聖騎士と民兵との強さの差は天と地ほどにも大きな開きがあり、民兵だけではもはやこの場を抑えきることができなかった。
「………ネイア・バラハ、他の人間どもと共にいろ」
「……っ!!? ……スクードさん!?」
不意にかけられた声に咄嗟に振り返った瞬間、漆黒の細い影が視界をものすごい速さで横切った。
黒い影の正体など、誰に言われずとも分かる。
咄嗟にその名を呼ぶも影の動きは止まらず、その細身が地面の影に吸い込まれるように消えていったとほぼ同時に、次にはその細身はジャジャンの目の前に姿を現した。突然のことに反応できず目を見開くだけのストーンイーターに、スクードが鋭い両爪を両側からクロスするように振り下ろす。ナイフのように細長く鋭い漆黒の両爪が容赦なく皮膚を切り裂き、肉を断ち切り、骨を砕いてストーンイーターを細切れの肉片へと姿を変えさせた。
突然のスクードの登場とジャジャンが一瞬で物言わぬ肉片となった事で、周りにいた亜人たちが見るからに動揺を見せる。その隙にスクードは再び自身の影に潜ると、次にはネイアの傍らへと姿を現した。
一瞬で傍らに戻って来たスクードに、ネイアは自分が考え違いをしていたことに気が付いて思わず苦々し気に顔を歪ませた。
そうだ、彼は自分自身の影に潜って移動することもできたのだ……と思い出して、数分前の自分の至らぬ頭に苛立ちすら込み上げてくる。やはりオーガによるバリスタの攻撃時にスクードに攻撃しに行ってもらえるよう頼むべきだったと後悔が押し寄せてきた。
しかしネイアは苦い感情を大きく呑み込むと、意識を切り替えるように努めて冷静になるように自身に言い聞かせた。
後悔も反省も後回しだ。今は目の前のことに集中することが大切なのだ、と何とか感情を鎮めさせる。
「………スクードさん……」
「……亜人共の相手は私がする。ネイア・バラハ、お前はその間に矢の補充をしておけ」
スクードの言葉にハッと背中の矢筒を確認すれば、確かに収まっている矢の数は残り一本となってしまっていた。自分の矢の残数すら把握できていなかったことに思わず冷や汗が流れる。
その間にスクードは一歩二歩と歩を進めながら周りの民兵たちにも手短に指示を出していた。
「貴様らも命が惜しくばネイア・バラハと共に下がっていろ! この者の傍を決して離れるな! もし離れれば、私の守護の元から離れることと知れ!」
忠告とも警告とも取れるスクードの言葉は、絶大な効果を発揮した。周りにいた民兵たち全員がネイアを中心に周りへと集まり、彼女とスクードと亜人との距離が開けていく。
この状況に、ネイアはスクードの目的を正確に理解して思わず血の気を引かせた。
スクードはつまり、彼ら民兵たちを何かあった時のネイアの肉壁に使うつもりなのだ。
『大切なものの価値を決めるのは、最終的には自分自身でしかない』
『大切なものを守れるのは、自分自身でしかありえない』
戦闘前に民兵たちと話していた会話が脳裏に蘇り、思わず唇を強く噛みしめる。
スクードにとってネイアは大切な存在ではないのだろうが、しかし彼にとって何よりも優先すべき存在からネイアの守護を命じられているため、どんな非道なことでもしてみせるのだろう。
本音を言えば、こんな事などしてほしくはない。守るべき民であり、今は共に戦う仲間である民兵たちを自身の肉壁にするなど、決して許されることではない。
しかしそう思う一方で、先ほど自分たちを守るために幼い子供たちを手に掛けた自分がスクードに対して非難する資格はないとも思ってしまった。
一体自分はどうすべきなのか。
何が正しくて、何が間違っているのか。
何が……正義であるのか……――
ネイアは自身の考えに緩く頭を振ると、一つ息をついて無理矢理意識を切り替えた。
スクードの行動に意見できないのなら、せめてそうならないように自分が動けばいいだけだ。民兵たちを犠牲にしたくないのなら、自分が彼らを守ればいいだけだ。
ネイアは必死に自分に言い聞かせると、近くにいた民兵に矢を譲ってもらい、スクードの援護をして彼らを守るべく“イカロスの翼”を鋭く構えた。
◇◆◇◆◇◆
スクードはゆっくりと歩を進めながら、目の前の亜人たちを冷静に観察していた。
亜人たちは悪魔の登場に動揺して警戒しているようで、こちらの様子を窺って無暗矢鱈に攻撃してこない。スクードもある一定の距離まで進んだ段階で歩みを止め、これからの行動について思考を巡らせた。
この場でのスクードの任務は、崇拝する主であるウルベルト・アレイン・オードルの名代と、ネイア・バラハの守護。
しかしそれ以外にももう一つ、ウルベルトにも言ってはいない目的が存在した。
それは、この身と命をもってこの場の礎となり、悪魔の……延いてはウルベルト・アレイン・オードルの存在と影響力を確固たるものとすること。
この命令は、ナザリックの第七階層守護者であるデミウルゴスから秘密裏に下されたものだった。
思い出されるのは、ウルベルトがナザリック地下大墳墓第七階層で催した悪魔たちによる大晩餐会の夜。既に大晩餐会はお開きとなり、他の悪魔たちがそれぞれの持ち場に戻った後にスクードだけがデミウルゴスに呼び止められた。そこで命じられたのが、この身とこの命をもってウルベルトの栄光への礎となることだった。
この命令が果たしてウルベルトの望んでいることなのかは、下賤な身であるスクードには推し量ることすら出来ない。
しかし少なくとも、ウルベルトのためになることだけは分かっていた。そして、彼の第七階層守護者がウルベルトのためにならぬことを命じるはずがないことも理解していた。
はっきり言えば、この場にいる全ての亜人たちを相手取ったとしても、スクードが死ねる確率はあまりにも小さい。自身の、或いは敵味方の影を巧みに使えば、これくらいの亜人たちを葬り去ることなどシャドウデーモンであるスクードにとっては決して難しいことではなかった。
しかし、それではいけない。スクードはウルベルトのために、この場でネイア・バラハや多くの人間たちを守って死ななければならないのだ。
スクードは少しだけ考え込むと、取り敢えずはこれ以上影に潜ることはしないことにした。
このような状況では幸いというべきか、シャドウデーモンであるスクードの防御力はそれほど高くはない。レベルの低い亜人たちであっても、攻撃が届けばある程度はスクードにダメージを与えることもできるだろう。
スクードは少しだけ身を屈めると、そのままゆらりと揺らめいたと同時に亜人たちへと真正面から突っ込んでいった。
まずは目の前にいた
亜人たちもここで漸く応戦する覚悟を決めたのか、我先にと己の鉤爪や得物を振るってスクードに襲い掛かってきた。
スクードも不自然に見えない程度に亜人たちの攻撃を躱し、時には受け流し、しかし適度に攻撃を受けてはダメージを蓄積させていく。不意に頭上から舞い降りてきたプテローポスが攻撃に加わり、徐々にスクードの身に降りかかるダメージの量が増えていった。
時折スクードを援護するように飛んでくる矢はネイア・バラハのものだろう。こちらの事よりも自身の安全にだけ気を配ればいいものを……と少しだけ呆れの感情が湧き上がってくる。
しかしスクードはその感情にすぐさま蓋をすると、今は自身の目的を果たすために腕を振るい続けた。亜人たちの注意を一身に受け、その一つでもネイア・バラハや他の人間たちに向かないように細心の注意を払いながら立ち回る。
腕を振るう。
攻撃を避ける。
肉を切り裂く。
剣を腕で受け止める。
槍が腹に突き刺さる。
目の前の胴体を薙ぎ払う。
右腕に噛み付かれる。
頭を握りつぶす。
左目を射抜かれる。
心臓を突き刺す。
切り裂く。
引き裂く。
受ける。
切られる。
避ける。
避ける。
砕かれる。
「――………スクードさん……っ!!」
不意に名を呼ばれたと同時にぐらりと視界が揺らぐ。
いや、視界が揺らいでいる訳ではない。体勢が崩れて倒れそうになっていたのだ。
気が付けば全身はボロボロになっており、視界も時折翳んでいるような状態になっていた。
いつの間にか上がっていた呼吸の中、スクードは思わずフッと小さな笑みを浮かばせた。
周りを見回せば大量の亜人の死体が転がっており、目の前に立ちはだかっている亜人の数は片手の指で足りる程に少なくなっている。数十分もすれば新たな亜人たちが集まってくるだろうが、それでも今目の前の亜人たちを倒せば自分が死んでも少しの安全は確保できるだろう。
スクードは一つ腕を振るってまとわりついている大量の血を振り払うと、一つ息をついたとほぼ同時に残りの亜人たちに向かって勢いよく突撃していった。
一体を切り裂いたとほぼ同時に背に刃を受け、もう一体の心臓を貫くとほぼ同時に腹を切り裂かれる。
しかしスクードの動きは止まらない。
全ては至高の御方、ウルベルト・アレイン・オードルのために。
最後の瞬間に視界に映ったのは、最後の一体である亜人ではなく、こちらに柔らかな笑みを浮かべる凛々しくも美しく、悪魔の頂点に相応しき彼の至高の姿だった。
「………ウルベ…ト……イン・オ……さ……ま………」
翳む視界と意識の中、漆黒の影が言の葉と共にボロボロと崩れてった。
「――………スクード……?」
耳に煩い喧騒の中、小さな声がポツリと零れてかき消される。
黄金色の瞳が西門に向けられ、ゆらりと小さく揺らめいた。