災厄の悪魔は正義を嗤う   作:ひよこ饅頭

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第18話 忍び寄る影

 薄暗く静寂に包まれた空間に、サワサワと微かな葉の音だけが響いて消えていく。

 徐々に白け始める空を見上げながら、ウルベルトはただ静かに独りポツリと佇んでいた。

 彼が立っているのは深い深い森の中。周りには大小様々な木々と茂みしかなく、生物の影は一切見られない。

 何をするでもなく、ただぼぅっと空を眺めているウルベルトに、不意に二つの影が森の奥から歩み寄ってきた。

 

「……災華皇(さいかこう)閣下」

 

 かけられた声に、ウルベルトはゆっくりと上向かせていた顔を元に戻して二つの影に視線を向けた。

 彼の視線の先にいたのは二体の亜人。一体は獣身四足獣(ゾーオスティア)のヴィジャー・ラージャンダラーであり、もう一体は石喰猿(ストーンイーター)のハリシャ・アンカーラ。

 急いてはいないゆっくりとした足取りで歩み寄ってくる二体に、ウルベルトは小さく金色の瞳を細めさせながら彼らと向かい合うために足先を彼らへと向けた。

 

「首尾はどうかな?」

 

 軽い口調ながらも手短に状況を問いかける。問われた二体はウルベルトの目の前で膝をついて頭を下げると、そのままの状態で報告を始めた。

 

「……無事に制圧を完了した。我が一族と石喰猿の一族は殆どのモノがこちらに投降。向かってきたモノは全て排除し、逃走しようとしていたモノも残らず殲滅した」

「こちら側の被害は?」

「ヒヒヒ、一つの拠点を落とした割には驚くほど軽く済みましたわい。軽傷のモノが大体二十くらいでしょうかな……」

「それは上々」

 

 二体からの報告にウルベルトは満足そうな笑みを浮かべて大きく頷く。ヴィジャーとハリシャは下げていた頭を上げてウルベルトを見やると、ヴィジャーは訝しげな、そしてハリシャは不思議そうな表情を浮かべてじっとウルベルトを凝視してきた。彼らの頭上に幾つもの疑問符が浮かんでいるように見えて、ウルベルトは小首を傾げながら無言のまま言葉を促してやる。ハリシャは兎も角ヴィジャーはあまり物怖じしない性格であるため、こういった動作一つで素直に疑問を口にしてきた。

 

「……幾つかお伺いしたいことがあるのだが、宜しいだろうか?」

 

 それでも一応前もって許可を求めてくるところは、曲がりなりにも十傑だと感心するべきなのだろうか。

 馬鹿ではあるが決して愚かではないヴィジャーの態度に、ウルベルトは込み上げてくる笑みを押し留めながら一つ頷いてやった。

 

「……何故閣下はそこまで損害を気にするのだろうか? 閣下は召喚魔法を使えるはず。我々が使えなくなったとしても、閣下には痛手は全くないのでは?」

「痛手が全くないわけではないよ。召喚魔法が使えたとしても、魔法を使えば魔力は消費する。手段は多く持っていた方が何事も有利となる。それに、君たち一族は既に我が加護下に入っている。約束した以上、君たちに対して心を配るのは当然だと思わないかね?」

「では、何故閣下は表に出られないのだろうか? これまでは閣下が先頭に立って何事も行ってきたと聞いている。我々の犠牲を思うというのであれば、閣下が出れば損害はゼロになるのでは?」

 

 聞く者によっては不満を言っていると判断されかねない物言い。恐らく相手がデミウルゴス扮する“ヤルダバオト”であったなら、問答無用でヴィジャーを地獄の底へと突き落としていただろう。しかしヴィジャーは不満を言っている訳ではなく、あくまでも疑問に思っていることを口にしているだけだと分かっているため、ウルベルトは取り立てて何かしようとは思わなかった。

 

「犠牲は出るとも。逆に私が表に出た方が犠牲は出ると思うがね」

「それは……、どういう意味ですかな?」

 

 ヴィジャーだけでなくハリシャまでもがいつも浮かべている笑みを引っ込めて問いかけてくる。

 ウルベルトはひょいっと肩を竦めると、次には小さく頭を振ってみせた。

 

「おやおや、分からないのかね? 確かに君たちを降すまでは私は前面に立っていたがね。しかしそうなると敵側の損害は大きくなってしまうのだよ。今私に敵対しているモノの中にはお前たちの一族のモノも多くいる。私が出るよりも長たるお前たちが前に出た方が、双方とも損害が少なく済むのだよ」

「……確かに、閣下の言う通りですな」

「……ふむ……」

 

 ウルベルトの説明に、二体は納得したように大きく頷いてくる。

 聖王国の聖騎士たちに比べれば余程素直な態度に内心好感を持ちながら、ウルベルトは亜人たちの手によって制圧されたという拠点に向かうべく漸く足を動かし始めた。徐に歩き始めた漆黒の背に、ヴィジャーとハリシャも傅いていた体勢から立ち上がって後に続く。無言のまま大人しく付き従ってくる二体の気配を背中で感じながら、ウルベルトはこれまでのこととこれからのことについて思いを馳せた。

 小都市ロイツを取り戻そうと攻めてきた亜人の大軍を退け、再び各地に存在する捕虜収容所を各個撃破するべく行動を開始してからもうすぐ一か月。聖騎士団団長のレメディオスが率いる騎士団が制圧した拠点の数はまだ片手の指で足りるほどだったが、ウルベルトとオスカーがそれぞれ率いる悪魔・亜人・聖騎士・神官の二つの連合軍は倍以上の数を既に制圧していた。

 大きな拠点こそ未だ制圧してはいないものの、それでもヤルダバオト側と解放軍側との状勢は急激に解放軍側に大きく傾き始めている。しかし、そうであるにも拘らずヤルダバオト側がこれといった動きを見せていないことに、ウルベルトは不気味さを感じていた。カスポンドに扮しているドッペルゲンガーの報告によると、レメディオスやグスターボを含めた解放軍の上層部も気にはしているらしい。しかし、これといった予想や対策は出せていないようだった。ウルベルト自身も何度か意見を求められたが、それに関しては一切何も口に出してはいない。しかし内心では考えさえ出せない解放軍に呆れのため息を零していた。

 思考が止まっているのか、はたまた物を考える能力が低下しているのか……。

 彼らの知能レベルに疑問が浮かんできてしまう。ウルベルトとてデミウルゴスやアルベドたちほど頭が良いわけではないが、それでもあちら側の狙いについては幾つか見当がついていた。

 考えられるのは三つ。

 一つ目はこちらの防備を薄くするため。

 敵拠点を制圧するということは、それだけ護るべき場所の数や面積が増えることを意味している。使える人材が多くいれば問題はないが、正直に言ってそんな人材は非常に少なく、捕虜となっていた聖王国の人間たちに関しては全く使いものにならない状態だった。良くて肉壁として使うか、或いは唯の数合わせくらいにしか使い道はないだろう。唯一ウルベルトが続々と配下に加えている亜人たちが新たな戦力として数えられるものの、それも限度はある。そして防御が薄くなればそれが隙となり、相手側の最適なタイミングで突き破られる危険性があった。

 二つ目は、こちら側の疲労を狙っているというもの。

 人間は異形と違い、疲労を蓄積してしまうというデメリットがある。また、それは亜人たちも例外ではなく、動けば動くほど疲労は溜まっていってしまう。加えて解放軍の食糧事情も深刻な問題だった。捕虜収容所を制圧して捕虜となっていた聖王国の民たちを次々と解放している一方、悪魔・亜人連合軍の備蓄があるであろう大きな拠点は未だ小都市ロイツ以外は一つも制圧できていない。つまり、食い扶持は増えていく一方であるのに、それを養うだけの食糧を未だ満足に確保できていないのだ。人間も亜人も等しく飲食を必要とする種族だ。小都市ロイツに備蓄されていた食糧や攻めてきた悪魔・亜人連合軍が持ち込んできた食料を亜人たちに選別させて少しでも確保しようとはしているが、その殆どが生肉であることもあり、状況はあまりにも芳しくなかった。保存食にするために燻製にしようにもそれ専用の木材が必要であり、それがなければ肉は腐っていく一方だ。疲労と飢えは解放軍にとって大きな問題であると言えた。

 そして最後の三つ目は、聖王国には未だ南にも勢力があるということだった。

 ヤルダバオトはもしやこちらではなく、まずは南側の対処に回ったのではないか、と……。

 ナザリックの最終目的が聖王国の支配である以上、北だけでなく南にも対処するよう動くのは当たり前のことだ。そして解放軍に身を置いている以上、ウルベルトが南側にまで手を回すことは非常に難しい。ならばヤルダバオト側としては幾つもの捕虜収容所を囮にして一番厄介なウルベルトの動きを止め、その間に先に南側の攻略を進めた方が非常に効率的だと思われた。

 ウルベルトでさえ考え付いたのだ、デミウルゴスがこれらを考え付かないはずがない。

 しかし実際に様子を見に行かせた十傑のムゥアー・プラクシャーやヘクトワイゼス・ア・ラーガラーたちからは何の知らせも来ておらず、また北の連合軍側を探りに行かせた影の悪魔(シャドウデーモン)たちからも一切報告が来ていないことに、ウルベルトは嫌な予感を覚えて胸を騒めかせていた。

 

「閣下、こちらだ……」

 

 いつの間にか先導するように前に進み出ていたヴィジャーがウルベルトを促してくる。騒めく心を落ち着かせながら案内に従って歩を進めれば、数分も経たぬ内に一つの捕虜収容所が姿を現した。

 今回制圧したのは深い森の中に建てられた比較的小さなもので、連合軍に占拠される以前からあまり重要視されていなかったのだろう、壁や塀はひび割れが目立ち、防御力はさほど高くないように見受けられた。これであればヴィジャーたちが少ない損害で制圧できたのも頷ける。

 視線を巡らせれば解放された聖王国の民たちと、その治療にあたっている聖騎士や神官たち。そして彼らとは少し離れた場所にヴィジャーやハリシャの配下のモノたちや降伏した亜人たちが傅いて頭を下げており、ウルベルトは亜人たちの方へと歩み寄りながら内心では苦笑を浮かばせた。

 ここが人間とは違うところだな……とチラッと遠巻きにこちらを見ている人間たちを見やりながら改めて思う。

 亜人たちは何よりも力を重視する。力よりも地位や権力や金や種族などを重視するのは人間の悪いところだと、これまでの聖騎士たちのことを思い浮かべながら内心で何度も頷いた。勿論、人間の中にはネイアやオスカーといった者もいるため一概に言えることではないとは分かっているものの、それでも彼らの様な存在が少数派であることは疑いようのない事実だった。加えて、自分は人間よりもやはり人外の方が性に合っているのだな、と思い至る。自分にとっては人間たちよりも余程悪魔や亜人たちの方が好感を持てる。自身が悪魔と化した影響か、それともウルベルト本来の性質故かは今となっては不明だが、それでもそれはウルベルトにとっては決して苦にはならないものだった。

 

「……閣下、御言葉を」

 

 呑気に亜人たちを眺めていると、不意にヴィジャーから言葉をかけられる。

 ウルベルトは気を取り直すように一つ頷くと、未だ頭を下げている亜人たちへ言葉をかけるべく口を開こうとした。

 その時……――

 

 

『ウルベルト様』

「っ!!」

 

 不意に頭に響いてきた少女の声に、ウルベルトは驚愕と共に咄嗟に開きかけた口を閉ざした。

 聞き間違えようはずがない、頭に響いてきたのはエントマの声。

 突然の接触に、ウルベルトはヴィジャーたちに軽く片手を挙げながら頭の中の声へと意識を集中させた。

 

『エントマ、何かあったのか?』

『聖王国の南部軍の者だと名乗る人間たちが小都市ロイツに現れました』

『南部軍……!? ……分かった、すぐにそちらに戻ろう』

『はい、お待ちしております』

 

 頭の中に響いてきた言葉に、思わず金色の瞳を小さく見開かせる。続いて大きく顔を顰めさせると、挙げていた手を下ろしてこちらの様子を窺っている亜人たちへと目を向けた。

 

「諸君、私が新たな主であるウルベルト・アレイン・オードル災華皇だ。これからは私の命令に従ってもらう。以上だ」

 

 今までに比べれば非常に短く端的過ぎる言葉。

 何かあったのかとこちらを凝視してくるヴィジャーとハリシャに、ウルベルトはこちらも手短に言葉を発した。

 

「緊急事態だ、今すぐ小都市ロイツに戻るぞ。〈転移門(ゲート)〉」

 

 言葉を紡ぎ終えたとほぼ同時に発動する魔法。

 どこからともなく目前に現れた闇の扉に、解放された人間たちと投降した亜人たちが一様にどよめきの声を上げた。

 大きな驚愕と困惑と戸惑い。そして恐怖にも似た畏怖。

 それらの音を多分に含んだ声に、しかしウルベルトは一切振り向こうとはしなかった。ヴィジャーもハリシャも、そして聖騎士や神官たちもこれが初めてではないため勝手についてくるだろうと判断し、さっさと闇の中へと足を踏み入れる。一瞬闇に染まった後すぐに開けた視界に、ウルベルトは現れた景色の中へと躊躇することなく足を進めていった。

 〈転移門(ゲート)〉の先にあったのは小都市ロイツ。

 突然の悪魔の登場に道行く人々は最初こそ驚愕と恐怖の表情を浮かべたが、その悪魔がウルベルトだと気が付くと殆どの者が安堵や歓喜の笑みを浮かべてきた。絶え間なく響いている喧騒の中に新たな騒めきの音が加わる。未だ悪魔に対しての嫌悪や憎悪を含んだ視線や声はあるものの、それらの数は日を追うごとに確実に減ってきていた。今では好意的な視線や声の方が圧倒的割合を占めている。

 動きを止めて頭を下げてくる人々に思わず小さな苦笑を浮かべる中、不意にこちらに近づいてくる複数の小さな足音に気が付いてウルベルトはピクリと山羊の耳を反応させた。無意識に細長い耳を小刻みに揺らしながら、足音が聞こえてくる方へと視線を向ける。こちらに駆けてくる小さな影に、ウルベルトは山羊の顔に柔らかな微笑を浮かばせた。

 

「王さま~!」

「お帰りなさい、王さま!」

 

 満面の笑みと共に駆けてきたのは聖王国の子供たち。

 彼らはウルベルトを少しも怖がることなく、嬉々として細長い獣の足に纏わりついてきた。

 

「ああ、ただいま。今日も元気なようで何よりだね」

「うん、元気だよ! でも僕のお爺ちゃんは最近あまり体調が良くないみたい」

「お父さんとお母さんが言ってたんだけど、最近体調不良の人が増えてるんだって」

「きっとお腹が空いてるんだよ! 僕もお腹空いたな~。だっていつも配られる分だけじゃ足りないんだもん!」

「私のお父さんは傷がまた痛むようになったって言ってたけど……」

 

 子供たちはウルベルトにじゃれつきながら次々と自身の周りのことを話してくる。ウルベルトはその一つ一つに頷いてやりながら、獣の爪で傷つけてしまわないように気を付けながら子供たちの頭へと順に手を乗せた。

 

「それは心配だ。君のお爺さんと君のお父さんには、もし希望するなら治療をすると私が言っていたと伝えてくれるかね? 食料についてはもう少しどうにかならないかカスポンド殿に相談してみよう」

 

 子供たちの頭を一人一人撫でてやりながら柔らかな微笑みと共に声をかけていく。

 その何とも和やかながらも奇妙な光景に、しかし周りの大人たちは慣れたもので殆どの者が穏やかな笑みを浮かべるだけだった。ウルベルトの背後では聖騎士や神官たちに引きつられた人間たちや、ヴィジャーとハリシャに引きつられた亜人たちが次々と〈転移門(ゲート)〉から出てきており、ウルベルトと子供たちの様子を視界に入れては奇妙なものを見たとばかりに複雑そうな表情を浮かべている。

 漸く最後の一人が〈転移門(ゲート)〉から出た後、ウルベルトが声を発する前に再びこちらに歩み寄ってくる足音が複数聞こえてきた。いつの間にかできていた人だかりを裂くように、三つの人影がウルベルトの目の前へと進み出てくる。

 

「お帰りなさいませ、ウルベルト様」

「お帰りなさいませ、閣下」

「お帰りなさいませ、災華皇閣下!」

 

 言葉は殆ど同じでも、発した声音は全て違う。

 ウルベルトの前に進み出てきたのは、エントマとオスカーとネイアの三人だった。

 

「三人とも、出迎えご苦労」

 

 手短に三人に声をかけ、未だ傍にいる子供たちへと視線を戻す。ウルベルトは懐へと手を突っ込むと、そこにアイテムボックスを開いて中から一抱えほどの布の包みを取り出した。視線を合わせるように腰をかがめ、一番近くに立っていた子供に代表として布の包みを渡してやる。

 

「今日はこれをあげよう。独り占めはせずに、きちんと皆で別けるように。……聖騎士や神官たちには内緒だぞ」

 

 口元に人差し指をあてて片目を瞑れば、子供たちはぱあぁっと輝かんばかりの笑顔を浮かばせた。

 

「ありがとう、王さま!」

「うん、皆できちんと別けるね! ありがとう!」

 

 秘密だと言うウルベルトの言葉を忠実に守るように、包みを渡された子供は自身の服の中へとそれを隠して周りの子供たちと笑顔を交わし合う。子供たちは礼の言葉と笑顔と共に走り出すと、そのまま人混みの中へと消えていった。

 暫くその背を見送っていたウルベルトは、一度自身の背後に控えている亜人たちへと目を向けた。

 

「ヴィジャー、ハリシャ、ご苦労だった。お前たちは配下を連れて一足先に戻っていろ。何か面倒事に巻き込まれた場合は私の名を出したまえ」

「……はっ、畏まった」

 

 ウルベルトの言葉に、ヴィジャーとハリシャと亜人たちが一様に傅いて頭を下げる。

 聖王国の者にとって、彼ら亜人は憎悪の対象であり、脅威そのものだ。それが一様にウルベルトに対して恭しく傅く様に、この場にいる全ての人々は無言のまま静かにウルベルトと亜人たちを注視していた。彼らがその光景を見て何を感じ、どう思ったのかはそれこそ人それぞれだろう。しかしウルベルトと亜人たちのその姿が彼らに強い印象を与えたことは確かだった。

 亜人たちは傅いていた体勢からゆっくりと立ち上がると、もう一度だけウルベルトへと頭を下げる。そのままヴィジャーとハリシャを先頭に都市の奥へと去っていくのに、ウルベルトは暫くその大きな背を見送った後に次は聖騎士の一人へと目を移した。

 

「君たちもご苦労だった。私はこの三人と話しがあるから、君たちは解散したまえ。負傷者と解放した者たちに関しては治療を受けさせるように手配しておいてくれ」

「了解しました」

 

 ウルベルトの指示に、平坦な声音と礼が返ってくる。

 先ほどの亜人たちと同じようにゾロゾロと街の中へと消えていく聖騎士と神官と解放された人間たちに、ウルベルトは微かな息を吐き出してから漸くエントマたちを振り返った。

 

「待たせたね。エントマから南部軍の者たちが来たと知らせを受けたのだが……、まずはそれ以外で何か変わりはなかったかね?」

 

 三人に順に目を向けながら手短に問いかける。

 ネイアとオスカーは去っていく聖騎士たちの背を見つめていたために反応が遅れ、代わりにエントマが一歩ウルベルトの前へと進み出た。

 動かぬ口の奥、顎の辺りから発せられる可愛らしい少女の声。落ち着いた声音と口調で報告される内容は、ウルベルトにとってはどれも緊急性のない穏やかなものだった。

 レメディオス率いる聖騎士団やオスカー率いる連合軍が解放した捕虜収容所について。以前報告された時点から更に増えた人間と亜人それぞれの数。現在の小都市ロイツの設備整理の進み具合と新たに出ている問題と対策状況。聖王国の人間たちとウルベルトの支配下に入った亜人たちとの距離感などなど……。

 問題や課題はまだまだ多く、解放軍の上層部はそれこそ頭が痛い状況であろうことが察せられた。

 しかし、ウルベルトとしては大変だな~と思う程度だった。

 これらはあくまでも聖王国側が解決する問題であって、ウルベルトはあくまでも部外者であるためどこまでも他人事だ。つまりウルベルトには一切の義務も責任もないため、彼らがどんなに困窮しようとも知ったことではなく、気楽なものだった。

 とはいえ、勿論そういった感情を面に出すわけにはいかない。見た目には真剣に話を聞いて心を配っている素振りを見せながら、ウルベルトはエントマとネイアとオスカーを引き連れて街の奥へと歩を進めていった。

 ウルベルトが向かっているのは街の中心部。聖王国王兄カスポンドの住居兼解放軍の司令部となっている一つの建物だった。

 エントマが言ったように来訪者が本当に南部軍の者なのであれば、高確率で本部であるこの建物にいるはずだ。

 このタイミングで何故彼らがこの地に来たのか、その理由を知る必要があった。

 とはいえ、どういった形で接触すべきか……と少し思い悩む。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国の代表として接触するのは勿論だが、何事も最初が肝心だ。やはりここはカスポンドに紹介してもらう形で接触するのが一番無難だろう。であれば、まずはカスポンドに会った方が良いだろう、と思考を巡らす。

 ちょうど目の前に辿り着いた目的の建物を見上げると、ウルベルトは一度足を止めて後ろに付き従っているエントマたちを振り返った。

 

「報告をありがとう。私はこれからカスポンド殿に会いに行ってくる。他にも報告すべきことがあるなら、また後で聞こう。……バラハ嬢、共に来たまえ。オスカーは亜人たちの元へ問題が出ていないか見に行ってくれたまえ。エントマ、少し気がかりなことがある。隠密能力に長けた蟲を使役し、ロイツ周辺を警戒及び監視せよ。小さな異変であってもすぐに報告するように」

「「「畏まりました」」」

 

 ウルベルトの言葉に、エントマたちはすぐさま承知の言葉と共に頭を下げてくる。

 エントマとオスカーは頭を上げるとそのまま背を向けてそれぞれの方向へと去っていき、ウルベルトは一人残ったネイアへと目を向けた。

 

「では、行くとしようか」

「はい、閣下!」

 

 大きく頷いて返事をしてくる様は非常に嬉々としていて嬉しそうに見える。凶悪な顔ながらもそれくらいならば読み取ることができるウルベルトは、彼女の反応に内心で小さく首を傾げた。何がそんなにも嬉しいのだろう、と疑問が浮かんでくる。或いはこの後何か楽しみにしていることでもあるのだろうか……と頭の片隅で考えながら、しかしそのことについて問いかけることはせずにウルベルトは止めていた足を再び動かし始めた。

 建物内へと入り、すぐ近くの扉を守護している聖騎士に声をかけてカスポンドへの取次ぎを頼む。聖騎士はウルベルトの突然の来訪に心底驚いているようだったが、暫くこの場で待つように言い置いてからすぐに踵を返して扉の奥へと駆け込んでいった。

 そんなに慌てずとも良いのに……と内心で苦笑を浮かべながら、聖騎士の言葉に従ってその場で待つことにする。

 数分後、目の前の扉が開いて先ほどの聖騎士を後ろに引き連れたカスポンドが姿を現した。

 

「これは閣下。お待たせしてしまって申し訳ない」

「いや、構わないよ。こちらこそ、忙しいのにわざわざカスポンド殿直々に出迎えられるとは思ってもいなかった。貴殿の心遣いに感謝しよう」

 

 様子を窺っている聖騎士やネイアの視線に気が付きながら、ウルベルトとカスポンドは和やかに挨拶を交わす。招き入れられるがままに扉の奥へと足を踏み入れると、ウルベルトはカスポンドの導きに従って歩を進めていった。ウルベルトが何の目的でここに来たのか説明されずとも分かっているのだろう、先導する王兄の歩みには惑いがない。

 何回か階段を上った後、カスポンドは一つの扉を開けて中へとウルベルトを促した。ウルベルトは迷うことなく室内へと足を踏み入れ、ネイアもすぐにその後に続く。

 部屋の中にいたのは見知らぬ六人の男たちで、ウルベルトたちが入室したことに気が付いて一斉に視線を向けてきた。

 驚愕の表情と共にこちらを凝視する男たちの姿は、正に悲惨の一言に尽きるものだった。

 身体中泥と血であろう赤黒い汚れに濡れ、身に纏っている服や鎧はボロボロ。どの顔も非常に血色が悪く、疲労と絶望の色が濃く宿っている。

 彼らの姿や様子から、恐らく死に物狂いでここまで来たのだろう。男たちは貴重な食料や酒が乗ったテーブルを囲むように椅子に腰かけており、漆黒の異形が突然部屋に入ってきたことに驚愕と恐怖の表情を浮かべて素早く椅子から立ち上がった。本能か、それとも魂に異形への恐怖を刻み込まれてしまったのか……情けない悲鳴と共に我先にと部屋の壁や隅に逃げていく男たちに、最後に室内に入ってきたカスポンドが笑顔のまま男たちへと声をかけた。

 

「途中で席を外してしまい失礼した。紹介させて頂こう。こちらは先ほどお話した、我が聖王国を救うために来て下さった、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の統治者の一人であるウルベルト・アレイン・オードル災華皇閣下だ」

 

 “救う”という言葉と“魔導国の統治者”という言葉に反応したのだろう、男たちの顔から徐々に恐怖の色が抜けていき、代わりに困惑の色が前面に出てくる。しかし未だ微塵も動くことのない男たちに、カスポンドは小さな苦笑を浮かべながら次はウルベルトへと視線を向けてきた。

 

「閣下、こちらは南方に領地を持つ者たちです。向かって右からボディポ侯、コーエン伯、ドミンゲス伯、グラネロ伯、ランダルセ伯、サンツ子爵です」

 

 カスポンドが説明している間に何とか気を取り直したのか、男たちは未だ困惑と小さな恐怖の表情を浮かべながらも恐る恐る部屋の壁や隅から身を離させ始める。ウルベルトから五歩ほどの距離まで慎重に歩み寄ると、次にはジロジロと不躾な視線を向けてきた。どこか疑っているような、それでいて怯えをも多分に含んだその視線に、しかしウルベルトはそれを指摘する様な事はしなかった。

 ウルベルトとて、そんな小さなことを突っつくほど野暮でも意地悪でもない。いや、場が許すのであれば大いに指摘して揶揄ったかもしれないが、ウルベルトとて空気を読むくらいはできる。

 失礼極まりない男たちの視線を敢えて無視してやりながら、ウルベルトはにっこりとした笑みを浮かべて軽く会釈して見せた。

 

「これはこれは、お会いできて光栄だ。南方領域から来られたとは、さぞや長く厳しい道のりであったと見受けられる」

 

 ウルベルトの金色の瞳が、まるで観察するように男たちのボロボロの服や鎧に向けられる。

 その視線に男たちも気が付いたのだろう。自分たちの身に纏っている物とウルベルトが身に纏っている装備を目だけで素早く見やると、ある者は恥じ入るような色を浮かべ、ある者はどこか苛立たしいような色をそれぞれ自身の瞳に浮かべてきた。それは一瞬のことですぐに全員が取り繕うように隠したが、ウルベルトは彼らの変化を見逃さず、ほんの微かに仮面に隠れていない左目を細めさせた。

 今ウルベルトが装備しているのはいつもの神器級(ゴッズ)装備ではなかったが、それでもこの世界では目を瞠るほどの物であることは間違いない。例え彼らの身に纏っている物がボロボロな状態ではなく新品だったとしても、ウルベルトの装備に比べれば天と地以上の差があっただろう。

 今回ウルベルトが身に纏っている装備は、顔右半分を覆い隠す“知られざる眼”と、首にマフラーのように巻いて後ろに垂らしている“慈悲深き御手”以外は全て神器級(ゴッズ)には一歩劣る伝説級(レジェンド)で統一されていた。

 頭を飾る漆黒の華奢な王冠と、右耳に付けられた純銀のイヤーカフ。首に巻いた“慈悲深き御手”の下には薄灰色のローブを着ており、胸下から下は漆黒の翼がまるでコルセットからの腰布のように両側から包み込むように覆い隠していた。薄灰色のローブは裾の丈が肘辺りまでしかなく、最後の部分から一気に長く大きく広がっている。そのため肘から下は剥き出しになっており、山羊の毛に覆われた細い二の腕や人の形をした掌、左の薬指以外の全ての指に填められた様々な指輪、そして黄金色に輝く長い爪までもが晒されていた。

 一目で異形であり、魔術師であり、王であることが分かる姿。

 主装備ではないためユグドラシルでは身に着ける機会があまりなかったものの、ウルベルトの中では五本指に入るほどに気に入っている一式だった。

 ウルベルトは内心ではふふんっと得意げに鼻を鳴らすと、しかしそれを一切面には出さずに小さく首を傾げさせた。

 

「長旅でお疲れだろう。座っては如何かな?」

 

 自身も近くにあった一人用のソファーに腰かけながら、カスポンドや男たちにも座るように促してやる。カスポンドは心得たようにウルベルトの隣の椅子に腰かけ、男たちは先ほどまで自分たちが座っていた椅子やソファーにそれぞれゆっくりと腰かけ始めた。ネイアはウルベルトの後ろに控えるように立ち、そこで漸く場の空気が幾らか落ち着きを取り戻したようだった。

 とはいえ、ウルベルトと初対面である南方貴族の男たちはまだ警戒を緩めていない様子である。

 警戒の原因であるウルベルトが声をかけるわけにもいかず、代わりにカスポンドが男たちへと目を向けた。

 

「それで、先ほどまで話していた内容に戻ろうと思うのだが……、悪魔と亜人の連合軍に南方が敗れたというのは本当なのか?」

 

 男たちへと向ける顔には既に先ほどまでの笑みはなく、カスポンドは真剣な声音で問いかける。

 男たちは薄汚れている顔を蒼白にすると、互いにチラチラと目を見交わしながらも一様に頷きを返してきた。

 

「その通りです、王兄殿下。我々は長い間、亜人たちからの侵攻を食い止め、持ち堪えていたのですが……」

「王兄殿下、奴らは強すぎます! 亜人だけならば何とかなっていたかと思いますが、あの悪魔たちの強さは異常です!」

「我々は何とか難を逃れることが出来ましたが、恐らく他の者たちは既に殺されているか……、最悪囚われてしまっているでしょう……」

 

 彼らの口振りから、どれだけ必死にここまで逃げてきたのかが窺える。恐らく今回亜人だけではなく悪魔たちも加勢して一気に南方に侵攻してきたのだろう。亜人は兎も角、悪魔たちの強さは下位のモノでもこの世界では脅威の分類に入る。彼らの言う通り、彼ら以外で無事な者はいないだろう。

 そもそも、彼らが無事にここに辿り着けたこと自体が信じられないことなのだ。亜人たちならばまだしも、悪魔たちがみすみす彼らを逃すとは考えられない。

 ならば考えられる理由は、ウルベルトは一つしか思い浮かばなかった……――

 

 

 

 

 

『ウルベルト様、小都市周辺と上空から突如複数の気配を感知いたしました。恐らく囲まれt……――』

 

 ゴォォッ!!

 

「「「っ!!?」」」

 

 

 突然入ったエントマからの〈伝言(メッセージ)〉と、それを遮るように突如響き渡った空気が焦げる音。

 この場にいるウルベルト以外の全員が驚愕の表情と共に息を呑み、反射的にこの部屋に備え付けられている窓を振り返った。

 窓から見えたのは遥か上空へと燃えて立ち上る巨大な炎の壁と、赤々とした色と光に染まった街並み。炎の隙間から小さく覗く空には無数の影が浮かんでおり、ウルベルトは一人静かに金色の目を細めさせた。

 

(一手一手が的確で素早いな。流石は俺のデミウルゴスだ、これは相手が俺じゃなくてぷにっと萌えさんでもきつかったんじゃないか?)

 

 周りが恐慌状態に陥る中、ウルベルトだけが一人呑気にそんなことを思う。

 赤々と染まっている景色を見つめながらウルベルトは内心でニンマリとした笑みを浮かばせた。次に訪れるであろう展開に、顔にまで笑みが浮かんできてしまいそうで仕方がない。

 しかしそれをグッと堪えると、ウルベルトは心置きなく遊べる(・・・)ように、準備をするべく立ち上がった。

 

 




長くなるので、一度ここで切ります!
次回は私の苦手な戦闘回……。
少しでも迫力のある文章になるよう頑張ります!

そして、今回の災華皇閣下の御姿に関して、うまく文章で描写することができず、やむなくイメージイラストを出すことにしました!
イラストに頼るなんて……って感じですが、全ては私の文章力のなさが原因です……orz
文章力が欲しい!!
お目汚しかと思いますが、少しでもご参考にして頂ければと思います。
イメージを壊したくない方はスルーして下さいませ(深々)






災華皇閣下:

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