災厄の悪魔は正義を嗤う   作:ひよこ饅頭

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次は戦闘回と言ったな、あれは嘘だ(キリッ)
すみません、ごめんなさい、申し訳ありません、石を投げないで下さい……(土下座)
おかしい……。
予想以上に、戦闘に入る前段階が長くなってしまった(汗)
戦闘を期待していた方、本当に本当に申し訳ありません………。


第19話 造られる舞台

「……な、なんだ…、これは……っ!!」

「一体どうなっている!? あれは一体何なんだ!!」

「王兄殿下、逃げましょう! ここは危険ですっ!!」

 

 突然起こった異変に、一気に周りが騒がしくなる。まるで蜂の巣を突いたような騒ぎようにウルベルトは内心で大きなため息をついていた。まったくもって騒がしいことだ、と心底呆れる。

 どうしたものかと白けた目で目の前の光景を眺める中、不意に扉が乱暴にノックされて、返事を持たずに外側から勢いよく開かれた。

 扉から姿を現したのは一人の聖騎士で、肩で大きく息をしながら荒々しく礼を取った。

 

「失礼いたします! 殿下、悪魔たちの襲撃です! 炎の壁と悪魔の軍勢により既に小都市ロイツは完全に包囲されています!!」

「「「っ!!?」」」

 

 絶望感が漂う声音での報告に、右往左往しながら騒いでいた男たちが同時に動きを止めて大きく息を呑む。見開かれた目に驚愕と恐怖の色を宿しながら、男たちは聖騎士と王兄へと忙しなく目を動かした。

 

「お、王兄殿下、これは一体どういうことなのですか!? あなた方は悪魔と亜人たちを退けていたのではないのですか!!」

 

 一番近くに立っていたコーエン伯がカスポンドへと声を荒げる。恐怖のせいで相手が誰か忘れてしまったのか、彼の瞳には見るからに激しい怒りが宿っていた。誰がどう考えても一介の伯爵が王の兄に向けてもいい視線や態度ではない。

 

「まさか、こんなに早く……。私たちを追ってきたのか!?」

「そんなことは今はどうでも良い! 何とかここから逃げなければ!!」

「おい、あのレメディオス・カストディオもここにいるのだろう!? 一体何をやっているんだ!!」

 

 しかし他の男たちは自分のことで手一杯なようで、コーエン伯の狼藉を咎めるような者は誰一人としていなかった。これでよく今まで亜人たちの侵攻を食い止めることが出来ていたものだ、と逆に感心してしまえるほどの狼狽ぶりである。

 一体これはどうしたものかと眺める中、不意に今まで黙って事の成り行きを見守っていたカスポンドが漸く動き始めた。まずは報告に来た聖騎士へと目を向ける。

 

「報告ご苦労だった。すぐに聖騎士と神官たちに招集をかけてくれ。場所は最上階の会議室だ。カストディオ団長は……確か、ちょうど昨日戻ってきていたのだったな」

「はっ」

「では、念のためモンタニェス副団長もつれて、すぐに彼女を呼んできてくれ」

「はっ、畏まりました!」

 

 カスポンドの指示に、聖騎士がキビキビとした動作で礼を取り、すぐに踵を返して部屋を出ていく。彼らの一連のやり取りを見て少なからず冷静になったのだろう、今まで無様なまでに取り乱していた男たちも漸く落ち着きを取り戻したようだった。

 気まずそうに互いを見やる男たちを横目に、ウルベルトはウルベルトで未だ繋がっている〈伝言(メッセージ)〉でエントマへと命を下した。

 

『……エントマ、都市周辺に配置している蟲たちはそのまま待機させろ。継続して悪魔たちの動きを監視させ、些細なことでも報告するように。オスカーとヴィジャーとハリシャとナスレネに〈伝言(メッセージ)〉を繋ぎ、部下全員を引き連れて司令部の下に待避するように伝えたまえ。その後、私の元まで来い』

『はい、畏まりました。すぐに御身の御傍に』

 

 どこまでも冷静で柔らかな声に、ウルベルトは湧き上がってきた満足感そのままに小さく頷く。頭の中で〈伝言(メッセージ)〉が切れるのを感じ取ると、続いて傍らに控えるように立っているネイアへと目を向けた。

 

「バラハ嬢、君は自身の部隊の元に戻りたまえ。恐らく街は混乱しているだろう。人々を落ち着かせ、いつでも動けるように部隊を編成しておいた方が良い」

 

 ネイアは既に一つの部隊を任されている。部隊の長である以上、すぐに部下たちをまとめに行った方が良いだろう。

 ウルベルトとしてはひどく当然のこととして言ったはずのその言葉は、しかしそれはネイア本人によってバッサリと断られた。

 

「いいえ、閣下。お気持ちは有り難いのですが、悪魔や亜人たちが襲撃してきた際の行動は既に部下たちに何度も言い含めていますので心配には及びません!」

「……えっ、いや、しかし……」

「それに私は一部隊の隊長である前に閣下の従者ですから、閣下と共に参ります!」

 

 決意に満ちた瞳で見上げられ、その圧力に思わず言葉に窮する。本当にそれでいいのか? と思わないでもなかったが、しかし取り敢えずは彼女の言葉を信じて頷くことにした。どうせヤルダバオトが姿を現せば別行動になるのだ、少しの間くらい一緒にいてもそう変わることはないだろう。内心で勝手に結論付けると、ウルベルトはカスポンドへと目を向けた。

 丁度こちらを見ていたのか、青い目と目が合う。

 一つ瞬きをして部屋の外へと促すカスポンドに、ウルベルトはそれに従って足を動かし始めた。カスポンドの元へと歩み寄り、彼の前を通り過ぎて扉へと向かう。

 扉の外では何人かの聖騎士が控えており、部屋から出てきたウルベルトへと近づくと、最上階へ続く階段へと促してきた。足早に案内する聖騎士の後に続き、階段を上って目的の部屋に入る。中には既にレメディオスやグスターボや何人かの聖騎士、神官たちが集まっており、部屋に入ってきたウルベルトやカスポンドたちに血走った目を向けてきた。

 

「遅れてすまない。全員揃っているか?」

「……いいえ、殿下。神官の方々はまだ集結中です」

「そうか……。しかし彼らを待っている時間はないな。状況を報告してくれ」

 

 彼らの元へと歩み寄りながらカスポンドがグスターボへ目を向ける。

 ウルベルトや後に続いて部屋に入ってきた南方貴族の男たちも視線を向ける中、グスターボは厳しい表情を浮かべながら手短に状況を説明し始めた。

 彼の話によると、解放軍が悪魔の軍勢に気が付いたのは数分前。見張りの者全員が接近に気が付かなかったことから、悪魔たちは地上を歩いて侵攻してきたのではなく、転移などの方法で瞬時に現れたのではないかと推測された。見張りの者たちが悪魔の軍勢に気が付いたのとほぼ同時に突然現れた炎の壁。頭上高く燃え上がるその壁によって視界が遮られ、どのくらいの悪魔が現れたのかも未だ分かっていないようだった。

 

「軍勢の規模だけでなく、ヤルダバオトがいるかどうかも未だ分かっておりません。しかし“蒼の薔薇”の方々の話によると、王国ではヤルダバオトがこの炎の壁を出現させたとのことです。奴がここに来ている確率は非常に高いと思われます」

「ふむ、そうか……。この炎の壁について他に何か情報はないか?」

「……普通に通り抜けることができるとは聞いておりますが、どのような効果があるのかなどは分かっておりません……」

「第一、普通に通り抜けられるのだとしても外に悪魔の軍勢がいるのでは意味がないではないか! むざむざ殺されに行くようなものだ!」

「本当に包囲されてしまったのか!? 抜け道などはないのか!!」

 

 カスポンドとグスターボの会話に、南方貴族の男たちの怒鳴り声が割って入ってくる。

 ギャーギャーと騒ぎ立てる男たちに場が騒然となり、敵は目の前にいるというのに話し合いは混迷を極めていた。これでは迎え撃つにしろ逃げるにしろ、作戦の一つも出すことができない。

 目の前のどうしようもない光景に、もし仮に魔導国で同じような事態に陥ったとしてもこうはならないようにしよう……とウルベルトは内心で場違いなことを決意した。

 ナザリックのメンバーだけであればこんな状態にはならないだろうとは思うけれど、今後外の世界の者たちを徐々にでも国政に携わらせていくのなら確率はゼロではなくなる。

 どうしたものか……と一人呑気に今後の魔導国の運営方法について思考を巡らせる中、不意に微かな音が聞こえることに気が付いて、ウルベルトはピクッと山羊の細長い耳を反応させた。人間よりも鋭い聴覚が一つの微かな音を捉え、無意識に音のする方向へと耳を傾けるように動かす。

 ミシ…ミシ…と何かが軋み悲鳴を上げているような異音。

 咄嗟にそちらへと視線を走らせれば、視線の先にあったのは一つの壁。

 人間の目には未だ何の変哲もないように見えるそれに、しかし悪魔であるウルベルトの視界にははっきりと異変が映り込んでいた。

 少しだけ内側――部屋の中側に膨らむように歪んでいる表面。まるで紋様のように細かく走り始めている小さな傷のような皹。

 それらを視界に捉えた瞬間、ウルベルトは反射的にネイアを背中に庇うように立つと、視線の先にある壁へと手を突き出した。

 

『ウルベルト様、てk……――』

「退け! 〈万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)〉!!」

 

 頭の中に一瞬響いた声に重なるようにして、ウルベルトの詠唱が高らかに響き渡る。

 巨大な雷がどこからともなく現れ、世界を引き裂くような轟音と眩い光と共にウルベルトの手を離れて壁へと突進した。ウルベルトの声に反応して反射的に退いた聖騎士たちの間を潜り抜け、雷は勢いよく壁へと激突する。大きな振動と共に壁は勢いよく吹き飛び、人が二人並んでも通れるほどの大きな風穴が空いた。瓦礫の殆どは外へと吹き飛んだものの、幾つかは中に四散して部屋の様相を一変させる。

 ぽっかりと覗いた外の景色に、誰もが呆然とそれを見つめた。

 そこに、ゆらりと一つの影がどこからともなく姿を現した。

 ヒシヒシと感じられる強大な存在感に、誰もがゴクッと生唾を呑み込んで全身を強張らせる。

 一見、人間の成人男性のように見える姿。

 顔を道化のような表情の青い仮面で覆い、手足の長いスラリとした身体に朱色の見慣れぬ衣装を纏っている。背後から覗く鋭利で平たく薄い触手の様な翼とゆらりと揺らめく長い銀色の尾だけが、その存在を人外であると知らしめていた。

 

「――……これはこれは、まさか突然このような歓迎を受けるとは思いませんでした」

 

 慇懃でいて優雅な物言いながら室内へとゆっくりと足を踏み入れてくる。徐々に距離が縮まるにつれてヒシヒシと感じられる威圧感に、この場にいる誰もが噴き出す冷や汗で全身を濡らした。

 そこにいるだけで分かる、圧倒的な存在感と強大な力。

 目の前の存在こそがヤルダバオト……。

 悪魔と亜人をまとめ上げ、世界を絶望に染める魔皇ヤルダバオトなのだ……――

 

「これは失礼した。私としたことが、ノックもなしに部屋に入ろうとしたのではないかと早合点してしまったようだ。私としては唯の警告だったのだがねぇ」

 

 この場にいる誰もがヤルダバオトの威圧感に呑まれる中、ウルベルトだけが一歩前に進み出てヤルダバオトと対峙する。

 瞬間、まるで呪縛が解けたかのように多くの者が忙しなく呼吸を繰り返す音が部屋中に響き渡った。

 しかしウルベルトは一切背後を振り返ることなく、真っ直ぐに目の前の悪魔を見つめていた。

 内心、何故デミウルゴス本人が来たのだろう……と小首を傾げる。聖王国の者たちには既にヤルダバオトの本性として憤怒の魔将(イビルロード・ラース)の姿を見せているため、てっきり今回は初めから憤怒の魔将(イビルロード・ラース)を出してくると思っていたのだ。

 しかし、出てきたのはデミウルゴス本人。

 こちらの動きを警戒してか、それとも何か狙いがあるのか……。

 じっとデミウルゴスの様子を観察し、思考をこねくり回す。

 しかし、ふと視界の中にゆらゆらと小さく揺れている銀色の尾が映り込んできて、ウルベルトはすぐに思い違いだと判断した。

 何のことはない、恐らくデミウルゴス自身も大いに楽しんで少し羽目を外してしまっただけなのだろう。

 聖王国の者たちは全く気が付いていないようだが、今もなおウルベルトの視線の先ではデミウルゴスの尾の先がウキウキとした様子で小さく跳ねるように動いている。

 もしかすれば、コキュートスのように自分と手合わせをしたいとでも思ったのかもしれない。

 まるで息子に遊ぼうとせがまれているようで、ウルベルトは緩みそうになる表情筋を必死に引き締めさせた。今は聖王国の者たちがいるのだから、と自身に言い聞かせ、何とか心を落ち着かせる。

 ウルベルトとしてはデミウルゴスと遊ぶ(・・)こと自体は大歓迎ではあるのだが、しかしこのままドンパチを始めるのは流石にマズすぎるのも理解していた。

 ここにはまだ多くの聖王国の人間たちや、支配下に置いた亜人たちがいる。このまま戦闘を始めてしまっては、この場にいる者たちの漏れなく全員が命を落としてしまうことだろう。今後のためにもそれだけは何とかして阻止しなければならない。

 さて、どうしようか……と思考を巡らせる中、まるでウルベルトの思考を読んだかのようにデミウルゴスが声をかけてきた。

 

「そうでしたか、では不運な行き違いと思っておきましょう。……それよりも、挨拶がまだでしたね。初めまして、あなたが災華皇(さいかこう)ウルベルト・アレイン・オードル………殿、ですね?」

「その通りだ。会えて嬉しく思うよ、魔皇ヤルダバオト」

 

 まるで親しい友人を歓迎するように、軽く両腕を広げながら柔らかな声音で語り掛ける。背後から驚愕や不安や疑念の視線を向けられるのを感じながら、しかしウルベルトは今のこの態度を止めようとはしなかった。

 “災華皇ウルベルト・アレイン・オードル”というキャラクターは、例え相手が敵であろうとも礼節を弁え、常に一定の親しみを込めて対応するような人物であると設定にしている。聖王国でもこの設定をなるべく崩さないように行動してきたはずだ。どんなに怪しまれようと、今この設定を崩せば逆に後で大きく怪しまれる。

 ウルベルトはなるべく自信満々に見えるように背筋を伸ばして胸を張ると、一度心の中で気合を入れた。

 

「……それで…、私がここにいるのを知っていて乗り込んできたということは、私と勝負をしにきたということでいいのかな?」

「ええ、その通りです。聖王国がここまで生き永らえることができたのは偏にあなたが原因。……今後のためにも手を打たせて頂きます」

「なるほど……」

 

 一度言葉を切り、動かぬままに互いに睨み合う。

 だんだんと空気が張り詰めていく中、不意に外から大きな破壊音が響いてきて反射的にそちらへと視線を走らせた。

 今いる場所から少し離れたところに建っている塔が土煙を上げながらボロボロと崩れて倒れて行っているのが目に飛び込んでくる。

 地面へと落ちる多くの瓦礫や煙に、不意にその中から姿を現した複数の人影。何枚もの符を駆使して戦いながら逃げるエントマと、ヤルダバオトと同じ仮面をつけた三人のメイドが各々の得物を手にその後を追いかけていた。

 彼女たちの姿を目で追いながら、ふと先ほどエントマから一瞬〈伝言(メッセージ)〉が来ていたことを思い出した。自身の魔法詠唱と被ったことに加えてすぐに切れてしまったため〈伝言(メッセージ)〉の内容は分からなかったが、もしかしたら敵側のメイドたちの襲撃を知らせようとしていたのかもしれない。今もなお〈伝言(メッセージ)〉を再度送ってこないのは、単純にその余裕がないのか、或いはアイテムか何かで阻害されたかのどちらかだろう。

 ウルベルトはエントマたちから視線を外して目の前のデミウルゴスへと戻すと、次には小さく金色の目を細めさせた。

 

「……では、早速勝負と行こうじゃないか。とはいえ、外野がうるさくては気が散ってしまうだろう? それに、弱い者たちがいくらいたとて意味はない、強者同士の勝負でこそ雌雄は決する。如何かな?」

「ええ、同意見ですね。時として、大量の生贄よりも一つの強者の死の方が、残された者たちの絶望は大きくなる。……あなたが死ねば、聖王国の者たちの心の柱は一気にへし折られることでしょうからね」

 

 暗に、ウルベルトの敗北こそが聖王国の敗北だと言われ、この場にいるウルベルト以外の全員が身体を強張らせて息を呑む。

 カスポンドもグスターボも聖騎士も神官も、ウルベルトの存在が聖王国の中で非常に大きくなり、多くの者の心の支えになっていることを知っていた。“ヤルダバオト”の言う通り、もしウルベルトが敗北し死んでしまえば、聖王国の殆どの者が絶望することになるだろう。それはヤルダバオトに勝つための手段がなくなると言う理性的な考えからくるものだけではない。言うなれば親を亡くした子供が持つような、絶対的な信頼と加護がなくなるという感情からくる心情的な絶望だった。

 しかし、その考えに思い至らない――ただ単に信じたくないだけかもしれないが――者が一人だけいた。

 

「そんなはずはない! 我々には聖王女様がいらっしゃる! そして彼女が唱えた正義が存在する! それらがある限り、聖王国は決して折れることはない!!」

 

 声を上げたのは聖騎士団団長である女。

 デミウルゴスは仮面に覆われている顔を女へと向けると、次にはやれやれとばかりに緩く頭を振ってきた。

 

「……全く現状が分かっていない者もいるようですが……。まぁ、それは良いでしょう。我々が成すべきことは変わりません。私はメイドたちと共に都市の中心部にある噴水の広場で待っております。都市の外にいる悪魔たちには手出しせぬよう、待機しているように命じておきましょう」

「そんなこと、信じられるわけがない! 悪魔の言葉など、信じると思うのか!?」

「信じる信じないはあなた方の勝手ですがね。ですが、私は偽りを口にしたつもりはありませんよ。誓っても構いません。……尤も、私が誓う存在はあなた方の信じる神々ではありませんがね」

「分かった、お前の言葉を信じよう。では私も準備が整い次第、すぐにそちらに向かおう」

 

 まだ何か言おうとしているレメディオスを遮り、ウルベルトは一つ頷いて了承の言葉を発する。

 デミウルゴスは一度ゆらりと尾を揺らめかると、こちらに背を向けて翼を大きく広げた。翼が羽ばたく度に激しい突風がウルベルトたちを襲い、ウルベルト以外のこの場にいる全員が悲鳴やら呻き声のような声を上げる。風が止んだ頃には既にこの場にデミウルゴスの姿はなく、ウルベルトは小さく息をつくと背後にいる聖王国の者たちを振り返った。

 

「それでは、行ってくる。君たちは部下や民たちを連れてこの都市から避難したまえ」

 

 デミウルゴスの登場ですっかり顔面蒼白となった面々を見やり、早く街から避難するよう声をかける。

 もしウルベルトかデミウルゴスどちらか一方でも本気を出せば、都市一つ消し飛ばすことなど非常に容易い。恐らく本気を出すことなどないとは思うが、それでも相応の被害は出ることだろう。街が半壊で終わればまだ良い方だ。全壊もあり得る激戦の中で、聖王国の人間たちが生き残れる可能性など数パーセントにも満たないだろうと思われた。

 だからこそ早急の避難を呼びかけているのだが、しかし当たり前のようにそれに異議を唱える者が存在した。

 それも、今回は二人も……。

 

「いいえ、私もお供します、災華皇閣下」

「私も行くぞ。今度こそあいつの首を斬り飛ばしてやる!」

 

 声を上げたのは従者の少女と、聖騎士団団長の女。

 ウルベルトはうんざりとした感情が顔に出ないように咄嗟に取り繕いながら、ネイアとレメディオスへと金色の瞳を向けた。

 一方は恐ろしい双眸にどこか妄信的な光を宿しており、もう一方はキリッとした双眸に狂気的な怒りと憎しみの光を宿している。

 どちらも覚悟を決めたものではあったが、それでもウルベルトの口にする言葉は決まっていた。

 

「いや、君たちも避難したまえ。ヤルダバオトは強者同士の戦いを望んでいる。はっきり言わせてもらうが、お前たちでは足手まといだ」

「何だとっ!!」

「カストディオ団長! 元々ヤルダバオトについては災華皇閣下に任せるという話だっただろう。君は君の役目を果たしたまえ。至急、街の人々を避難させるんだ!」

「……チッ……」

 

 カスポンドが鋭い声を発してレメディオスを止め、そのまま命を言い渡す。

 レメディオスは鋭い舌打ち零してカスポンドに鋭い双眸を向けながらも、それ以上反論の言葉を出すことはしなかった。グスターボや他の聖騎士たちを引き連れ、荒い足取りで部屋を出ていく。

 一方ネイアの方も全く納得してはいない表情を浮かべてはいたが、しかしウルベルトの“足手まとい”という言葉に否定の言葉を口に出すこともしなかった。いや、逆にそのことに関しては納得しているような表情すら浮かべている。恐らくネイア自身は自分が強者でないことを自覚しているのだろう。

 ウルベルトはネイアのこういった部分には好感を持っていた。

 勿論、彼女が弱者であるからと見下しているのではない。ネイアがウルベルトやデミウルゴスよりも弱いのは事実であり、自身が強者だと過信しているよりも余程事実を的確に捉えられていると言えた。

 では、事実を的確に捉えているはずの彼女が何故自分についていきたいなどと言ってくるのか……。

 それがウルベルトにはさっぱり分からなかった。

 ネイアがついてきたとしても、できることなど何もない。足手まといにしかならず、ただ無駄に命を落とすことは目に見えていた。

 確かに彼女はウルベルトのことをそれなりに慕ってくれてはいるようだが、しかし彼女の立場は決してナザリックのモノたちとは違うのだ。今は従者を務めてくれているとはいえ、本来ウルベルトは彼女の主ではないし、彼女自身もウルベルトのシモベではない。ナザリックのモノたちのように、ウルベルトに命をかけて付き従う必要も、それだけの忠誠心もないはずだ。

 内心で大きく首を捻るウルベルトに、ネイアは強くこちらを見上げたまま口を開いてきた。

 

「閣下、どうか私も一緒にお連れ下さい。恐れながら、閣下はこれまで多くの場面でお力を貸して下さり、そのせいで多くの魔力を消耗されました。それに、ヤルダバオトは先ほどメイド悪魔たちと一緒に待っているとも言っていました。お一人で行かれるのはあまりにも危険です!」

「それは少し違うな、バラハ嬢。確かに私の魔力は未だ完全に回復してはいないし、決して万全とは言えないだろう。しかし一人で行くわけではない。私も奴と同じくエントマは連れて行くつもりだ」

「しかし、それでも人数的には不利であることは変わりありません! それに団長の言った通り、ヤルダバオトが約束を守る保証はないではありませんか!」

「それについては心配は無用だよ。ヤルダバオトは誓うとまで言ったのだからね。人間はどうか知らないが、少なくとも悪魔にとっては、何かに誓うということは契約のような意味合いを持つ。契約以外の行動がとれるのは、相手側が承知するか、或いは相手側が契約違反をした場合のみだ。それに……」

 

 一度そこで言葉を切ると、ウルベルトは安心させるように山羊の顔に意識して柔らかな微笑みを浮かばせた。目の前の金色の頭に手を乗せ、鋭い爪で傷つけないように優しく撫でてやる。

 

「それにこれはチャンスでもある。ここでヤルダバオトを倒すことが出来れば、彼に従うメイドや悪魔たちを私の支配下に置くこともできるだろう。そうすれば、これ以上傷つく者もいなくなる」

 

 まるで諭すように、言葉を選びながら言い聞かせる。

 ネイアは暫く何事かを考え込むように黙り込んでいたが、次には再び強い光を宿した双眸でこちらを見上げてきた。

 

「……分かりました。しかし、失礼を承知で一つだけ言わせて下さい。危険だと思われたらすぐに逃げて下さい!」

 

 ネイアの決意に満ちた声音で発せられた言葉に、ウルベルトは思わず笑いが込み上げてきてしまった。まさかここまで悪魔である自分のことを心配してくれていたとは……とある意味感心すらしてしまう。

 とはいえ、多くのものが見えていないのも事実。

 良く言えば愚直、悪く言えば視野が狭い。

 それは未だ幼い故か、それとも信じるものに対して盲目的になりやすいという聖王国民の特性故か。

 どちらにしろウルベルトの答えは変わらず、ネイアの頭を撫でていた手を離して山羊の頭を緩く横に振った。

 

「それはできない相談だな。例え危機的状況に陥ろうと、私は逃げることなどできない」

「何故ですかっ!!」

「簡単なことだ。それは、私が災華皇として(・・・・・・)君たちを助けに来たからだよ」

 

 ネイアだけでなく、未だこの場に残っているカスポンドや幾人かの神官たちも一様に疑問の表情を浮かべてこちらを見つめてくる。

 ウルベルトは小さく金色の右目を細めさせると、少しでも威厳があるように見えるようにスッと背筋を伸ばして胸を張った。

 

「私は君たちを救うためにここに来た。もし私が逃げようものなら、ヤルダバオトは容赦なく君たちを殺すだろう。それに、私はウルベルト・アレイン・オードル災華皇としてこの場に来た。それはつまり、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の名を背負ってこの場にいるということだ。私が逃げれば、国の名をも貶めることになる。国を背負う王の一人として、それは決してしてはならない事なのだよ」

「しかし、王の御命は一介の民たちよりも余程大切なものです! それに、王の危機と安全に比べれば、後で誰にどう思われようと些細なことではありませんか!」

「ふふっ、君の気持ちは嬉しいが、そう言う訳にもいかないのだよ。王が交わした国同士の約束が大切だと言うことも勿論あるが、何より、臣民を守るのが王の務めだ」

「っ!!」

 

 ウルベルトの言葉に、ネイアはハッとしたように目を見開かせ、次にはどこか悔しそうに顔を歪ませた。同時に周りから複数の吐息のような音が聞こえてきて、ウルベルトはチラッとそちらへと目を向けた。避難することを忘れてしまったかのように呆けた表情を浮かべてこちらを見つめているカスポンドや神官たちの姿が視界に映り、思わずため息が零れ出そうになる。しかしそこは寸でのところで呑み込むと、努めて穏やかに避難を促すことにした。

 

「しかし、そんな事よりもまずは私の力を信じてほしいねぇ。私を誰だと思っている? 私は最強の魔法詠唱者(マジックキャスター)、ウルベルト・アレイン・オードル災華皇だぞ」

「そ、それは、勿論信じてはおりますが…!」

「では、私の言葉に従って避難してくれ。それから君たちも早く避難したまえ。ヤルダバオトがいつまで待ってくれるかは分からないのだからね」

「分かりました。すぐに我々も避難するぞ!」

「……閣下。……分かりました、私は閣下を信じます。どうかご武運を……!」

 

 カスポンドと神官たちが避難を始め、ネイアも漸く動き始める。

 未だ名残惜しそうな表情を浮かべるネイアに微笑みを返すと、ウルベルトは踵を返して壁に空いている穴へと歩を進めた。自身に〈飛行(フライ)〉の魔法をかけ、そのまま穴を潜って外に出る。

 足下に目を向ければ地上に見慣れた集団を見つけ、デミウルゴスの元へ行く前にそちらへと向かった。

 

 

「――……閣下っ!」

 

 ウルベルトが舞い降りてきたことに気が付いて声を上げてきたのはオスカー。彼の横では一先ず逃げ切ったのであろうエントマが礼を取っており、その後ろにはヴィジャーとハリシャとナスレネ、そして彼らの一族の者たちが一様に傅いて頭を下げている。

 ウルベルトはザッと彼らに視線を走らせると、全員が集まっていることを確認して漸く口を開いた。

 

「これから私はヤルダバオトと勝負をつけに行ってくる。エントマ、共に来い。オスカー、聖騎士や神官たちと協力して人々を避難させろ。ヴィジャー、ハリシャ、ナスレネ、一族の者たちを連れて都市の外の森に身を隠せ。エントマの配下の蟲たちがお前たちを守護する」

「「「はっ」」」

 

 矢継ぎ早に発せられる命に、各々が承知の言葉と共に再び頭を下げる。

 ウルベルトは一つ頷くと、エントマに〈飛行(フライ)〉の魔法をかけてクルッと彼らに背を向けた。デミウルゴスたちの待つ噴水広場へ向かおうと頭上へと舞い上がろうとする。

 しかし、その前に引き止めるように名を呼ばれて咄嗟に空中で停止した。

 振り返ってみれば、ヴィジャーが獣の顔を厳めしく顰めさせながらじっとこちらを見上げていた。

 

「……災華皇閣下…、本当にヤルダバオトに勝てるのか……?」

 

 ヴィジャーの言葉に、周りにいた他の亜人たちも動きを止めてこちらを振り返ってくる。向けられた顔はどれもが不安の色を浮かべており、如実に彼らの心境を表していた。

 彼らにとっても、ウルベルトの敗北は自分たちの死を意味する。もはや後戻りできないと分かってはいても、やはり不安を拭うことはできないのだろう。根っからの戦士気質であるヴィジャーが問うてきたことには少し違和感を覚えたが、もしかすればこの場にいるモノたちの心境を代弁しただけなのかもしれない。

 どちらにしても不安を抱かせたままではこれからの行動に支障が出るとも限らないため、ウルベルトは少しでも不安を和らがせようと努めて柔らかな微笑みを山羊の顔に浮かばせた。

 

「心配せずに、君たちは森の中で大人しく身を隠していたまえ。それに、私に万が一のことがあったとしてもお前たちの身は既に魔導国のものだ。私の身に何かがあった場合には、すぐに魔導国のアインズ・ウール・ゴウン魔導王の元へ行きたまえ。アインズがお前たちの身を保障してくれるだろう」

 

 手短にそれだけを伝えると、ウルベルトは彼らに背を向けてエントマと共に一気に頭上へと舞い上がった。背後でまだ誰かが何かを言っているような気がするが、敢えて無視することにする。

 建ち並ぶ建物の間を縫うように飛びながら、チラッと地上へと視線を走らせた。

 避難は既に殆ど完了しているのか、見る限りでは街中には人の姿も影も見当たらない。恐らく未だ街の中にいたとしても外側に少し残っている程度だろう。

 これであれば少しくらい派手に戦っても問題ないだろうと判断すると、ウルベルトは少しだけ飛行速度を速めた。

 数分も経たぬ内に目的の噴水広場が見えてくる。

 噴水の前では複数の人影が立っており、ウルベルトはその少し離れた場所に静かに降り立った。

 すぐ後ろを付き従うように飛んでいたエントマも、一拍後に傍らに舞い降りてくる。

 しかしそれ以降は一切動こうとしない。ウルベルトを守ろうと動くどころか身構えることすらせず、大人しく横に控えている。

 エントマや目の前のデミウルゴスたちの様子に、ウルベルトはこの場が閉じられている場であることを察して一つ小さく頷いた。

 

「……この場には我々以外の目も耳も既に無いと思っていいのかな?」

「はい。これよりの遊戯に参加するモノ以外は市街には残っておりません」

「ふむ……、なるほど………?」

 

 デミウルゴスからの返答に応じる言葉が思わず数秒遅れる。仮面に覆われている悪魔の顔や尻尾の様子を観察しながら、ウルベルトは小さく金色の瞳を細めさせた。

 果たして気が付いていないだけなのか、それとも嘘をついているのか、はたまた何かしらの思惑があるのか……。

 デミウルゴスに設定された能力などを思い浮かべ、気が付いていないという可能性を即座に削除する。加えてデミウルゴスもウルベルト自身の持つ能力をある程度知っているだろうから、彼が自分に嘘をつく意味はないだろうとも結論付ける。

 となれば、何かしらの思惑がある可能性のみが残る。

 未だご機嫌そうに揺れ動いでいる銀色の長い尾を眺めながら、ウルベルトは一度小さく肩を竦ませた。

 

「まぁ、そう言うのであればそれで構わないがね。それで……、お前が私と戦うということで良いのかな? てっきり憤怒の魔将(イビルロード・ラース)を出してくると思っていたのだが」

「本気の戦闘をお望みとのことでしたので……。勿論、わたくし共ではウルベルト様の足元にも及ばぬことは理解しております。しかし少しでもお楽しみいただき、また是非ご教授頂ければと思った次第でございます」

「なるほど。まぁ、私はそれでも構わないが……、しかし流石にお前たちを殺すわけにはいかないぞ。お前たちの代わりはどこにもいないのだからな」

「おおっ、何と身に余る御言葉、恐悦至極にございます……!」

 

 ウルベルトの言葉に、途端にデミウルゴスたちが歓喜に身を震わせながら頭を下げてくる。

 どこでも変わらぬ反応にウルベルトは内心で苦笑を浮かべながら、それでいてゆっくりと頭を上げる面々を注意深く観察していた。

 仮面を被ってはいても身に纏う色彩も髪型も服装も変わっていないため、ウルベルトは勿論のことナザリックのモノであればどれが誰であるかはすぐに察することができる。ヤルダバオトのシモベとしてこの場に集っているのは、ユリとルプスレギナとソリュシャンの三人。エントマは既にこちら側で、ナーベラルは冒険者ナーベとしての役割があるため、メイド悪魔としての役目までは担っていない。となれば、残りはシズの一人のみ。重要な場面で連れてきていないというのは考え辛いため、恐らく既にどこかに身を潜めさせているのだろう。とはいえ、声が聞こえるところにはいる筈だが……と思考を巡らせながら、意識をデミウルゴスへと戻した。

 

「それで、どうするつもりなのかな?」

「はい、まずは“ヤルダバオト”についてですが、機を見て私と憤怒の魔将(イビルロード・ラース)は入れ替わりますので、後はそのモノを倒して頂ければと思います。プレアデスたちも憤怒の魔将(イビルロード・ラース)が出たタイミングと同時に“人形”と入れ替わることになっております」

「なるほど、了解した。……とはいえ、それで終わってしまっては些かつまらない。お前もそう思っているのだろう?」

「……………………」

 

 軽い調子で問いかけ、しかしそれに返ってくる声は一切ない。

 デミウルゴスにしては珍しく、彼は仮面の奥で唇を引き結び、無言のままこちらを見つめていた。

 ただ銀色の長い尾だけがまるで同意を示すかのようにゆらゆらと揺らめいており、ウルベルトは思わずニンマリと唇を歪ませた。

 

「ちょっとした味付けのアレンジは如何かな、魔皇殿?」

 

 ワザとらしい言葉と、悪魔らしい笑み。

 それに応えるのは声ではなく、まるでダンスを踊る時にするような、胸の前と腰の後ろにそれぞれ手を添えて深々と頭を下げる礼一つ。

 二人の悪魔の思惑が重なり合い、凄烈な舞台への火蓋が切って落とされた。

 

 




次回こそは! 今度こそは戦闘回です!
なお、ウルベルトさんがデミウルゴスとの会話で意味深な反応や言葉を発していたりしていますが、その理由等は次回で描写されてる予定になっていますので、暫くお待ち頂ければと思います(深々)
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