災厄の悪魔は正義を嗤う   作:ひよこ饅頭

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よ、予想以上に長くなってしまった……。
読むのに疲れてしまったら申し訳ありません……(汗)


第4話 数多の推測と感情

 ウルベルトとグスターボとネイアが今後の方針について話し合った日から数日後。

 聖騎士と神官で構成されているレメディオス率いる解放軍は、悪魔や亜人たちに囚われている多くの民を救うために拠点からできるだけ離れた場所にある海辺の捕虜収容所に向かっていた。

 しかし彼女たち解放軍の中にウルベルトの姿はない。

 夜の闇に紛れるように進む解放軍の先頭で厳しい表情を浮かべて前方の暗闇を睨んでいるレメディオスに、グスターボが物音を立てないように気を付けながら素早く駆け寄って来た。

 

「団長、やはり呼び戻すべきです。今ならまだ間に合います!」

「………またその話か…」

災華皇(さいかこう)の提案を呑むなど、何を考えておられるのですか! それもあんな少数で向かわせるなど! 災華皇に何かあれば、亜人たちやヤルダバオトを何とかできたとしても今度は魔導国と戦争になります!!」

「……魔導王とは既に“災華皇の身に何があったとしても、我々に責任は負わせない”という契約を交わしているだろう」

「現状や状況で、そんなものは簡単に覆せます!! 魔導王との契約には“我々が災華皇に対して協力した上で”という前提条件が付いています! それは団長も分かっているでしょう!!」

「煩い、声を落とせ」

 

 気が高ぶってだんだん声が大きくなっていくグスターボに、すかさずレメディオスから鋭い声が飛ぶ。グスターボが咄嗟に口を噤む中、レメディオスは変わらず前方の闇を睨むように見据えながら、どこまでも抑揚のない低い声音で言葉を紡いだ。

 

「……私たちはあくまでも奴の提案を呑んだだけだ。それに単身で良いと言う奴に少数ではあるが人員を与えてさえやったんだぞ。これで奴の身に何か起こったとしても、私たちには一切非はないはずだ」

「………人員を与えたと言いますが、たったの二人……いえ、ネイア・バラハを入れても三人ではありませんか。……団長の言い分を魔導王が理解し、納得してくれるといいのですが……」

 

 その可能性は限りなくゼロに近いだろう……。

 続けそうになったその言葉をグスターボは咄嗟に呑み込んだ。

 安易にそんなことを口に出してしまえば、レメディオスならば深く考えもせずに『ならばそんな横暴なアンデッドなど滅ぼしてしまえばいい』と平気で言ってきそうな気がした。もしそんな言葉を聞いてしまったら、グスターボはほぼ間違いなく胃に穴を開けてしまう自信があった。

 グスターボはレメディオスの横顔を盗み見ると、思わず小さなため息を吐き出した。

 彼女がウルベルトに斬りかかろうとした時のことを思い出し、その時に見た魔導王の反応も思い出してしまって思わず恐怖と不安で背筋を凍りつかせる。

 グスターボは懐から覗く一本の巻物(スクロール)をチラッと見やると、今度は重く深いため息を吐き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃ウルベルトはと言えば、ネイアとスクードと一人の聖騎士と一人の神官を引き連れて優雅に空を飛んでいた。もっと詳しく言えば、空飛ぶ蛇のような竜に乗って夜の闇を音もなく進んでいた。

 ウルベルトたちが乗っているのは、ウルベルトが〈使役魔獣・召喚(サモン・コーザティヴ モンスター)〉の魔法で呼び出した地獄の魔竜、怒りに埋まるモノ(ニーズヘッグ)

 体長三メートルを優に超える蛇のような巨体に、しかし頭には捻じくれた大きな角が二本生えている。全身は鎧のような蒼を帯びた漆黒の鱗で覆われ、群青色のヒレが鬣のように首回りや背筋に生えていた。長い胴体には二本の腕が存在し、しかしそれは巨大な皮膜の翼へと変化している。後ろ足は存在せず、何とも奇妙な体形だ。

 しかし同乗しているネイアや聖騎士や神官は決してニーズヘッグを侮るようなことはしなかった。いや、できなかったと言った方が正しいだろうか。

 目の前に存在しているだけで感じられる圧倒的な存在感と圧迫感。目が合っただけで、まるでドラゴンの舌の上に立っているような絶望と恐怖が湧き上がってくる。

 この竜だけでヤルダバオトを倒せるんじゃないだろうか…と誰もが思ったことだろう。

 ネイアは落ちないように震える手で必死に目の前の群青色のヒレを鷲掴みながら、チラッと前方に跨っているウルベルトの背を見つめた。

 こんな強力な竜を召喚して使役するウルベルトが信じられず、畏敬にも似た感情を湧き上がらせる。

 しかしそれと同時に少し心配になってくる。

 こんな強力な存在を召喚すれば、それだけ多くの魔力を消費するはずだ。加えて、これから一つの捕虜収容所をたった数人で落として捕虜となっている民たちを解放しなくてはならない。ウルベルトの協力は必要不可欠であり、更なる魔力消費を強要してしまうことになるだろう。

 ウルベルトはヤルダバオトを倒すために聖王国に来てくれたというのに、こんなところで多くの魔力を消費してしまって大丈夫なのだろうか……。

 ネイアはウルベルトからの提案をレメディオスが認めた時のことを思い出し、思わず苛立ちと腹立たしさに普段から鋭い双眸を更につり上がらせた。

 単身での捕虜収容所の解放を提案したウルベルトは、慌てて止めるグスターボやネイアを笑顔と共に宥めながら、さっさと団長であるレメディオスにも提案してしまったのだ。どうか反対して止めてくれるよう願うグスターボとネイアの思いも虚しく、レメディオスはひどくあっけらかんとした様子でウルベルトの提案を認めてしまった。それも“単身で”という言葉も全て含めて、である。

 いくら悪魔という存在を嫌悪しているからと言って、一国の王をたった一人で戦場に向かわせるなど何を考えているのか、とネイアは思わず怒鳴り散らしそうになったものだ。しかもレメディオスの顔には“やれるものならやってみろ”という見下した色も滲んでいるように見えて、今思い出しただけでも怒りのあまり吐き気さえ込み上げてくる。

 しかしそんな中、何故今ウルベルトの同行者が増えているのかというと、グスターボが慌てて止めに入る中で彼らの会話に割って入る人物がいたからだった。

 その人物は洞窟内を案内し、ウルベルトに与えられた部屋の入り口を警護していた聖騎士の男だった。

 まさか相手が聖騎士とは思わず、誰もが驚愕の表情を浮かべたものである。いつ名前を聞いていたのか、ウルベルトは彼の名前さえ呼んで首を傾げていた。

 彼はウルベルトやレメディオスたちに“ウルベルトはあくまでも聖王国と協力関係にある”という部分を強調し、捕虜収容所から解放した民たちの混乱を避けるためにも聖王国の人間がウルベルトに同行すべきだと主張した。

 しかしレメディオスの不愉快気な表情は一切変わらない。彼女は解放軍から割ける人員など存在しないと宣い、聖王国の人間での同行者ならばネイアがいるとまで言い放った。

 しかしネイアはただの従者であり、彼女の立場程度ではウルベルトを見て恐怖し混乱するであろう多くの民たちを鎮められるだけの影響力は持ち得ない。誰もが知るレメディオスが同行すべきだとまでは言わないが、せめて聖騎士の同行は必要不可欠だと思われた。加えて解放した民たちが衰弱していたり怪我を負っていたりする場合もあるため、できるなら神官の同行も望ましい。

 声を上げた聖騎士の男もネイアと同じことを考えていたようで、自分の同行を認めてほしいと言ってきた。彼は許可を貰えるなら知り合いの神官も連れて行きたいと主張し、レメディオスを更に不愉快にさせた。

 彼女からしてみれば、同じ聖騎士の中からまさかウルベルトの同行を願い出る様な者が出てくるとは思ってもみなかったのだろう。信じられないと思うと同時に、もしかしたら聖騎士の男に対して裏切り者だとさえ思ったのかもしれない。

 レメディオスは嫌悪と怒りと殺気が入り混じった凄まじい形相で聖騎士の男を睨み付けると、次には切って捨てるように許可の言葉を言い捨ててどこかへと立ち去ってしまった。

 果たして聖騎士の男と、男の知り合いだと言う神官の計二名が同行者に加わり、今ウルベルトやネイアと共に青い顔をして竜に跨っているのだった。

 

 

 

「……おっ、見えて来たな。君たち、地上に降りるからくれぐれも気を付けたまえ」

 

 これまでの事を思い出していたネイアにウルベルトの声が飛んでくる。

 ハッと我に返って地上に目を向ければ、ウルベルトの言った通り、遠目に森に囲まれた捕虜収容所が見えていた。

 ウルベルトが言い終わるのとほぼ同時にニーズヘッグの翼の動きが少し変わり、一気に巨体が急降下していく。

 臓器が浮き上がってくるような強い浮遊感に背筋を凍らせながら、ネイアたちはニーズヘッグのヒレにしがみ付いてひたすら耐えた。

 数十秒後――ネイアたちには数分にも感じられたが…――ウルベルトやネイアたちを乗せたニーズヘッグは、ウルベルトの指示に従って捕虜収容所からは少し離れた森の中へと無事に着地した。

 いつも通りに優雅でいて素早くニーズヘッグの背から飛び降りるウルベルトとは打って変わり、ネイアたちはよろよろと這うように背から滑り落ちる。数秒の強烈な浮遊感で一気に気分が悪くなったネイアたちを尻目に、ウルベルトは甘えるように顔を寄せてくるニーズヘッグを優しい笑みと共に撫でてやっていた。

 

「……ふむ、大丈夫かね?」

「だ、だいじょうぶ…です……」

「は、はい……。わたしも…だ、大丈夫です……」

「……も、もうしわけありません…。わたしはちょっと……」

 

 未だニーズヘッグを撫でたままのウルベルトからの問いかけに、ネイア、聖騎士、神官という順に何とか返事を返していく。

 一番最初に立ち直ったのは聖騎士の男で、吐きそうになっている神官の背を甲斐甲斐しく撫でてやっていた。

 

「まぁ、仕掛けるのはもう少し後だから時間はある。その間にゆっくりと休んでいたまえ」

 

 ウルベルトはニーズヘッグの顔から手を離すと、まずは自身の影に潜んでいたスクードを呼び出した。

 続いて〈中位悪魔創造〉の特殊技術(スキル)を発動させる。

 跪いて命令を待っているスクードの背後に、更に複数の影が浮かび上がった。

 一拍後にはスクードの後ろには彼と同じ十二体もの影の悪魔(シャドウデーモン)が跪いて深々と頭を垂れていた。

 

「…行け」

 

 一言短く命じるウルベルトに、スクードを含めたシャドウデーモンたち全員が自身の影に沈んで消えていく。濃厚だった強者の気配も消え失せ、彼らがどこかに移動したのだとネイアたちは理解した。

 

「あの、閣下……。シャドウデーモンたちは一体どこへ……?」

「うん? 捕虜収容所だよ。捕虜たちがどこに囚われているのか知る必要があるだろうからねぇ」

 

 ウルベルトとネイアが会話する中、漸く立ち直ったのか、未だ顔色は青白いものの神官が聖騎士と共にこちらに歩み寄ってきた。

 

「おや、もう良いのかな、ユリゼン君?」

「……はい、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。もう、大丈夫です」

「災華皇閣下、我々はいつ行動を開始すれば良いのでしょうか? もたもたしていては、夜が明けてしまいます」

 

 ユリゼンと呼ばれた神官――アルバ・ユリゼンの隣で、聖騎士の男――ヘンリー・ノードマンがウルベルトへと問いかける。

 ウルベルトはアルバに向けていた金色の瞳をヘンリーへと移すと、次にはフフッと小さな笑い声を零した。

 

「むしろ私は夜明けを待っているのだよ。それまで君たちはゆっくりしていたまえ」

 

 ウルベルトの言葉に疑問を覚え、ネイアは勿論の事ヘンリーやアルバも不思議そうに首を傾げた。

 

「……何故、夜明けを待つのでしょうか? 解放軍は夜の闇に紛れての奇襲を行うと聞きましたが……」

 

 ヘンリーの言う通り、レメディオスたち解放軍は夜襲をかけるべくウルベルトたちよりも早く拠点を出発していた。今頃はまさに捕虜収容所を襲っている真っ最中かもしれない。

 しかし亜人種は人間とは違い、種族特性として夜目が非常に効く者が殆どだ。

 今回レメディオスたちが行う夜襲には奇襲という意味合いしか持たず、彼女たちよりもよっぽど選択肢と打つ手が多数あるウルベルトにしてみれば無理に夜襲に拘る必要性も意味もありはしなかった。

 ウルベルトが狙うのは夜中ではなく、むしろ夜明け頃。夜目が効く効かないに拘らず、疲労を感じ、睡眠を必要とする生き物であれば殆どの者が気を緩めてしまうだろう時刻。

 ウルベルトにとって相手側の意表を突くという意味合いでは、むしろこの時刻の方がよっぽど効率が良かった。

 

「捕虜収容所という場所を攻める場合、時間をかけるのは何よりの愚策。また、こちらが不利となる確率も大きいからね。より良い時間帯を選び、打つ手は打ち、勝つための条件を揃えていかなくてはね」

 

 最後にそう締めくくると、ウルベルトは再びニーズヘッグの相手に戻ってしまった。

 邪悪な竜と戯れるウルベルトの姿に、ネイアとヘンリーとアルバは無言で互いに顔を見合わせ、大人しくウルベルトの言葉に従うことにした。

 近くに転がっている岩や地面に直接腰を下ろし、身体を休めながら時を待つ。

 しかしどうも無言でただ座り続けるのも気まずく感じ、ネイアはチラッとすぐ近くに座るヘンリーやアルバへと目を向けた。

 

「……えっと、ノードマン様、ユリゼン様。この度は災華皇閣下や私と行動を共にして下さり、ありがとうございます」

 

 顔は凶悪ながらもおずおずとした様子で礼を口にするネイアに、ヘンリーとアルバは一度顔を見合わせ合って再び彼女へと目を向けた。

 

「……我々の同行の件よりも、まず一つ……。我々の事を様付けで呼ぶ必要はありません。どうぞもう少し気軽に読んで下さい」

「えっ!? し、しかし……私はただの従者ですし……」

「本来はそうであったとしても、今はあの災華皇とかいう悪魔の従者でもあるのですから、そう畏まらなくても良いと思いますがね」

「……おい、アルバ」

 

 どこか刺々しい声音で“災華皇とかいう悪魔”と口にするアルバに、すかさずヘンリーから注意するような声が飛ぶ。しかしアルバは小さく肩を竦めるだけで全く取り合おうとしなかった。

 どうやらアルバはウルベルトに対してあまり好意的ではないようだ。

 まぁ、聖王国の人間で悪魔に好意的な人物など殆どいないのかもしれないが……。

 

「それに我々の同行に関しても、あなたが礼を言う必要はありませんよ。私はこの男に無理やり連れてこられただけですから」

 

 恨みがましげにヘンリーをじろっと睨むアルバに、ネイアは胸の中が酷く重く沈んだような気がした。

 仕方がないことだと、頭では理解している。

 しかしそれでも、何も知らずにただウルベルトが悪魔だからというだけで否定されてしまうことが酷く悲しくて、どうしようもなく心を憂鬱にさせた。

 

「えっと……ユリゼン、さん…の同行の理由は分かりました。では、ノードマン…さん、はどうして同行を願い出て下さったのでしょうか?」

 

 四苦八苦しながらも何とか問いかけるネイアに、ヘンリーは少し考え込むような素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「………簡単に言えば、災華皇閣下に興味が湧いたから、でしょうか」

「興味……ですか……?」

 

 何とも聖騎士らしからぬ言葉に、ネイアは思わず小さく首を傾げた。

 しかしヘンリーはどこまでも真剣な表情を浮かべて大きく頷いてきた。

 

「私が災華皇閣下についての話を聞いたのは使節団の仲間から洞窟の案内を命じられた時のみです。そして実際にあの方を見て言葉を交わしたのは、最初の洞窟での案内時での時だけ。あの方が話す言葉を聞いたのは、団長たちの会談に参加して団長たちに足跡について知らせ、解決策を提示された時のみでした」

 

 ヘンリー自身、まるで自分の考えを整理するようにしながら言葉を紡いでいく。

 

「私が手にする災華皇閣下の情報はあまりにも少なく、実際に見て聞いて、言葉を交わした時間も非常に短く、微々たるものです。だからこそ、あの方を知るために同行を願い出たのです」

「……でも、何故知りたいと思ったのですか? 悪魔が……憎くはないのですか……?」

 

 聞くのが怖いと思いながらも、どうしても我慢できずに問いかける。

 ヘンリーは再び考え込むような素振りを見せた後、変わらぬ真剣な表情を浮かべたまま小さく頷きを返してきた。

 

「勿論、悪魔が憎いという気持ちはあります。しかし、それは災華皇閣下とて同じなはずです。悪魔である閣下にとって我々聖騎士は敵であるはず。なのに閣下は、単身で我々を助けに来て下さった。だからこそ、知りたいと思ったのです。……それに」

 

 一度言葉を切ると、ヘンリーは真剣な表情から少し困惑したような表情を浮かべた。

 

「私は何故か、あの方が唯の残虐な悪魔だとはどうしても思えないのです。あの方の言葉を聞いたのも、実際に言葉を交わしたのも、本当に短く微々たるものだったというのに……。あの方から感じるものは、普通の悪魔から感じられるものとはまるで違うのです」

「………まぁ、確かに姿を見ずに言葉だけ聞けば、悪魔とは思えないですね」

 

 神妙な表情を浮かべて頷くアルバに、ヘンリーは何かを思い出したように小さな苦笑を浮かばせた。

 

「それに私は、唯の下っ端の聖騎士にわざわざ名を尋ね、それもずっと覚えているような人物を閣下以外に見たことがありません」

 

 どこか照れたような色を滲ませて苦笑を深めさせるヘンリーに、ネイアは内心で納得の声を小さく上げていた。

 恐らくヘンリーはネイアと同じく、ウルベルトの寛大でいて大らかな心に触れることが出来たのだろう。もしかすればウルベルトはネイアの時と同じように、大きな慈愛と心遣いでもってヘンリーにも接してくれたのかもしれない。

 

(それでも、亜人や異形に……それも悪魔に対して憎しみが強いはずの聖騎士まで魅了してしまわれるなんて……。やっぱり閣下はすごい。)

 

 ネイアはヘンリーの言葉を嬉しく思うと同時に、悪魔という身でありながら聖騎士の心をも惹きつけてしまうウルベルトに対して純粋な尊敬の念を感じた。

 

 

「……随分と仲良くなったのだねぇ。いや、実は最初から仲が良かったのかな?」

 

 不意に聞こえてきた声に、ネイアたちは弾かれたようにそちらを振り返る。

 いつ戻って来たのか、後ろにスクードを引きつれたウルベルトがこちらに歩いてくるのが見えて、ネイアたちは慌てて立ち上がってウルベルトへと向き直った。

 

「そろそろ時間だ。準備は良いかね?」

「勿論です、閣下」

 

 ネイアが肩にかけている“イカロスの翼”を握りしめて頷き、ヘンリーとアルバも顔を引き締めさせて一つ頷く。

 ウルベルトはフッと小さな笑みを浮かべると、次には小さく息をついて肩を竦ませた。

 

「……とはいえ、君たちはあくまでも聖王国の者であり、大切な預かり者でもある。私が指揮する中で死なれてしまってはいろいろと問題が出てくるだろう。君たちは後ろに下がって……と言うわけにもいかないようだねぇ……」

 

 ネイアたちの表情を見やり、ウルベルトはやれやれとばかりに苦笑を浮かばせる。

 少しだけ考え込んだ後、ウルベルトは徐にマントの中へと手を突っ込んだ。

 

「……ならば折角だ。君たちにも少しばかり協力してもらおう。今回はこの武器を使用したまえ」

 

 ウルベルトは嬉々とした笑みを浮かべると、マントの中へと突っ込んでいた手を引き抜いた。ウルベルトの手には何か長いものが握られており、そのままずるっと引き抜かれて姿を現す。

 

「「「っ!!」」」

 

 “それら”を見たネイアたちは、三人ともが思わず驚愕の表情を浮かべて大きく息を呑んだ。

 ウルベルトの手に握られていたのは一振りの剣と一本の杖。更にはウルベルトは一度それらを背後のスクードに持たせると、再びマントに手を突っ込んで次は盾を引っ張り出している。

 あのマントのどこにそんな物を入れるスペースがあるのだろう……と頭の片隅で疑問の声が囁く中、しかしネイアたちの心境はそれどころではなかった。

 ウルベルトが取り出した剣も杖も盾も、全てが美しく、圧倒的な存在感を放っていた。

 

「これらはバラハ嬢に渡した“イカロスの翼”と同じく、ルーンという技術で作った私の試作品の一つなのだよ。君たちにはバラハ嬢と同じく、これらの性能を確かめてほしい。きっとこれらが君たちの力となり、君たちの身を守ってくれるだろう。……まずはノードマン君」

 

 ウルベルトはヘンリーの名を呼ぶと、彼に向けて剣と盾を差し出した。

 剣は柄が漆黒で剣身が蒼を帯びた銀色に輝くロングソード。剣身の腹部分には縦一直線に幅の広い樋が彫られており、まるでその樋を囲むように装飾のような紋様が細かく連なって刻まれている。

 盾は丸い円形の小型のバックラーで、中心には丸い紋様が刻まれており、そこから八等分に細い線が放射状に走っていた。一見“イカロスの翼”やロングソードに刻まれているような――恐らくルーンの技術であろう――紋様は見当たらないが、もしかしたら何か特別な処置が施されているのかもしれない。

 

「剣の方が“モール・エクラ”、盾の方が“イモータル・プロテクション”という。さぁ、受け取りたまえ」

 

 困惑の表情を浮かべるヘンリーに、ウルベルトがズズイッとばかりにロングソードとバックラーを差し出してくる。

 しかしヘンリーはネイアの時と同じように焦りの表情を浮かべて必死に頭を振った。

 

「い、いえ! このような物を受け取るわけにはいきません! それに私は聖騎士ですので、この剣に国や聖王様への忠誠を誓っております。ですので、この剣と盾以外の物で戦うわけには参りません!!」

 

 必死に拒否するヘンリーに、ウルベルトの動きがピタッと止まった。マジマジとヘンリーの顔と腰に下げている剣や盾を交互に見やり、次には小さく首を傾げる。

 徐々に悲しげな表情を滲ませ始める山羊頭の悪魔に、ネイアだけでなくヘンリーまでもが大きな罪悪感に襲われた。

 

「………聖騎士がそういうものであるなら、私がこれ以上言うことはできないが……」

 

 諦めたような言葉を口にするウルベルトにヘンリーが安堵の息を吐き……。

 

「だが、君たちに万が一のことがあったら私の立場が少々危うくなることも分かってくれるだろう……?」

 

 全く諦めていなかったことにネイアが思わず苦笑を浮かばせた。

 

「それに忠誠とは本来心に宿るものであって、物に宿るものではない。また、忠誠を証明するのに必要なのは結果であって、その剣を振るうこと自体ではない。もしその剣を振るうことによって君の尊い忠義が果たせなかった場合、それは本当に忠誠を誓っていると言えるのかね?」

「そ、それは……」

 

 思わず言い淀むヘンリーに、ネイアも思わず小さく目を伏せて考え込んだ。

 ネイアにはウルベルトの言葉が真理をついているように思えた。

 ヘンリーの言うことも理解できる。

 しかしウルベルトの言う通り、ウルベルトの申し出を断って本来の剣を使用し、それによって信義が果たせなかった場合、それは本当に正しいと言えるのだろうか。

 “正義を果たす”という聖騎士の誓いを……、忠義を果たしていると言えるのだろうか……。

 これが例えば警護であったり何か違った任務であったならまだ良い。しかし今回は多くの民の命がかかっているのだ。

 もしウルベルトが差し出してくれた剣と盾を使うことでより多くの命を救えるのなら、聖騎士のあり方に拘るよりもよっぽど正しいのではないだろうか。

 

「勿論、使ってみてやはり自分の剣と盾の方が良いのであればすぐに戻してもらっても構わない。まずは使うだけ使ってみてくれないかね?」

 

 優しい声音で伺いを立ててくるウルベルトに、ネイアは思わず苦笑を深めてしまうのを止められなかった。

 最近気づいたことなのだが、この王は決して自分たちには命令してこない。

 他国の者だから、という理由もあるのだろうが、思い返してみれば直属の部下であるスクードに対してもあまり命令しているところを見たことがなかった。大抵は“命令”ではなく“お願い”で、こちらの気持ちも考慮しながら声をかけてくれるのだ。

 何とも悪魔らしくない方だと少し思ってしまうけれど、これもウルベルトが前に言っていた“悪魔もそれぞれ違う”ということなのだろう。

 ネイアやアルバが見守る中、ヘンリーは最終的には受け取ることに決めたようだった。

 ゆっくりと腰に下げていた剣と盾を取り外し、横にいたアルバに預けてウルベルトの前で片膝をつく。そのまま頭を垂れて両手を差し出すのに、ウルベルトはにっこりとした笑みを浮かべて剣と盾をヘンリーの両手の上にそっと乗せた。

 

「本来の剣と盾は持ち歩けば邪魔になるだろうし、ここに置いておくのも気が引けるだろう。良ければこちらで預かろう」

 

 ウルベルトからの申し出に、アルバが確認するように無言でヘンリーを見やる。ヘンリーは一つゆっくりと頷き、アルバも頷き返してウルベルトに剣と盾を手渡した。

 ウルベルトは聖騎士の剣と盾をマントの中に入れると、次の瞬間にはその手には何も握られてはいなかった。

 恐らく魔法なのだろうが、やはりどうなっているのか非常に気になる。

 しかしそんなネイアたちの疑問に気が付いているのかいないのか、ウルベルトは変わらぬ笑みを浮かべたまま、次には金色の瞳をヘンリーからアルバへと移した。

 

「次は君だな、ユリゼン君。君も受け取ってもらえると嬉しいのだが」

 

 ウルベルトはスクードから杖を受け取ると、そのまま両手で持ってアルバへと差し出してきた。

 ウルベルトの手に握られているのは全長約120センチほどもある長めの(ロッド)で、先が三日月のように二股に別れて綺麗な弧を描いていた。三日月部分には美しい紋様が細かく全体的に刻まれており、また、両端にはそれぞれ淡い光を宿した紫紺色のクリスタルが飾られている。夜の闇の中でも美しく輝くクリスタルの根元からは薄紫色でいて半透明な布が長い帯状となって垂れ下がり、微かな風にもゆらりと揺らめいていた。

 何とも美しい杖にアルバとヘンリーは驚愕に目を見開き、ネイアは思わず感嘆の息を零していた。

 

「この杖の名は“レーツェル”。きっと君の魔力を補助し、力となってくれるだろう」

 

 杖を一撫でして差し出してくるウルベルトに、アルバは少しの間杖を凝視した後、徐にウルベルトへと歩み寄って杖へと手を伸ばした。ヘンリーのように跪くことはなかったが、それでも深いお辞儀をしながら恭しく杖を受け取る。

 杖を手にした瞬間、身体の奥底から魔力が湧き上がってくるような感覚に襲われて、アルバは思わずほぅっと小さな息を零しながら己の手にある杖に見入った。

 しかし徐に話し始めたウルベルトに気が付いて、慌ててそちらへと意識を向けた。

 

「……さて、それでは本題に入ろう。シャドウデーモンたちが捕虜となっている聖王国の民たちを発見した」

 

 何よりの朗報に、ネイアたちの表情が見るからに明るく輝く。

 しかしウルベルトはそれを止めるように軽く片手を挙げてみせた。

 

「しかし亜人どもは捕虜たちを幾つもの区分に別けて捕えており、ここにいるシャドウデーモンたちでは全ての捕虜を守ることはできない。また、亜人たちに見つからないように事前に捕虜たちを逃がすこともリスクが大きい。そのため、シャドウデーモンたちには村の至る所に潜伏し、監視と随時状況報告をしてもらおうと思う」

 

 山羊頭に真剣な表情を浮かべて説明するウルベルトに、ネイアたちも真剣な表情を浮かべて彼の声に耳を傾けた。

 しかしウルベルトの語る作戦は何とも簡潔でいて簡単で簡素なものだった。

 

 一つ、シャドウデーモンたちは村中に展開し、亜人たちの行動を監視及び随時ウルベルトに報告する。

 一つ、早急に捕虜収容所を落とすために、亜人たちの相手はウルベルトが担当する。

 一つ、ニーズヘッグは上空で待機。捕虜収容所から亜人たちが逃げないように監視し、逃げた場合は即撃破する。

 一つ、ネイア、ヘンリー、アルバはウルベルトとニーズヘッグの補助に勤め、また、捕虜の解放を主に担当する。

 以上……――

 

 

 

「………えっと…、詳しくはどう動くのでしょうか……?」

 

 あまりに簡単すぎる説明に、ネイアが困惑の表情を浮かべながらウルベルトに問いかける。

 しかしウルベルトは悪戯気な笑みを浮かべるだけだった。

 

「フフッ……、まぁ、臨機応変に、という感じかな」

 

 楽しそうな笑い声を零し、スクードやニーズヘッグに指示を出すためにさっさと踵を返してしまう。

 ネイアとヘンリーは困惑の表情を浮かべたままウルベルトの背を見送り、アルバは未だ呆然とした表情を浮かべていた。何とはなしに互いの顔を見やり、途端にアルバが不機嫌そうに顔を顰めさせる。

 

「……何なんだ、あの悪魔は…。本当に俺たちに説明する気があるのか? それともわざと詳しく説明せずに、何かを企んでいるのか?」

 

 今までの口調とは一変し、少し苛立たし気に粗野な口調で言葉を零すアルバに、ネイアは少々驚きながらも何も言い返せずに小さく顔を俯かせた。

 ウルベルトはそんな人物ではない、と言い返したいのに、では何故きちんと説明してくれないのだと更に言い返されてしまえば自分は何も言えなかった。

 何故、ウルベルトは自分たちにきちんと説明してくれないのだろう……と困惑と少しの寂しさが胸に湧き上がってくる。

 もし彼に説明する価値もないと思われているのだとしたら……。

 不意にそんな考えが湧き上がったかと思うと、ネイアは一気に背筋が凍り付いたような気がした。

 

 

「………もしかしたら、わざと詳しい説明をされなかったのかもしれない…」

 

 ネイアの隣で考えに耽っていたヘンリーが唐突に言葉を零す。

 ネイアが驚愕と困惑と傷ついたような表情を浮かべる中、アルバも更に顔を顰めさせてヘンリーを見やった。

 

「なんだ、なら本当に何か企んでいるっていうのか?」

「そうではない。……私たちに考えさせるために、わざと説明されなかったのかもしれない」

 

 ヘンリーの言葉にネイアは困惑の色を濃くし、アルバは訝しげに首を傾げる。

 一体どういうことだ、と無言で見つめるネイアたちに、ヘンリーは神妙な表情を浮かべながらチラッとウルベルトの背を見つめた。

 

「……災華皇閣下は魔導国の王だ。ヤルダバオトを倒すために聖王国に来られたのであって、ずっとここにおられるわけではない。……もし、亜人の軍勢を打ち滅ぼす前にヤルダバオトを倒せた場合、恐らく閣下は魔導国に帰国されてしまうだろう。そうなってしまった時、聖王国は……私たちは、私たちの力だけで残りの亜人たちの軍勢を打ち滅ぼさなくてはならなくなる」

 

 ヘンリーの説明に、ネイアとアルバはハッと目を見開かせた。

 きっとそうだ! いや、そうとしか考えられない!

 ネイアは胸の中で淀んでいた悲しみの霧が一気に晴れるのを感じ、それと同時に熱いものが勢い良く胸に込み上げて溢れてくるのを感じた。

 ヘンリーの言う通り、ウルベルトはずっと聖王国にいる訳ではない。ヤルダバオトを倒してしまえば、ウルベルトはすぐにでも魔導国へ去ってしまうのだろう。ウルベルト自身が今少し残ろうとしてくれたとしても、あの魔導王がそれを許すとも思えなかった。魔導王と交わした契約はあくまでもヤルダバオト討伐のための救援であり、例え未だ他の強大な悪魔や亜人の軍勢が残っていたとしても、もはやウルベルトの力も知恵も借りることができなくなるだろう。

 恐らくウルベルトは、仮にそうなっても良いように、わざと詳しく説明せずに自分たちで考えるようにさせたに違いない。

 なんて思慮深く、優しい方なのだろう……。

 ネイアは少しでもウルベルトを疑ってしまった自分が恥ずかしく思えて仕方がなかった。

 

「そんなの……、お前の勝手な推測だろう……」

 

 アルバが困惑したような表情を浮かべながら目を逸らし、苦し紛れにそう言ってくる。

 ヘンリーはその言葉に一つ頷きながらも、真剣な表情を浮かべたまま真っ直ぐにアルバを見つめた。

 

「確かに、これはただの私の推測だ。しかし、閣下はそう考えてもおかしくない御仁だ」

「ほう、やけにあの悪魔の肩を持つじゃないか」

「あの方はいつもご自身や我々の立場を考えながら行動していらっしゃる。それはお前も分かっているだろう? ……あの方は私たちが考えている以上に思慮深く、叡智高き方かもしれない」

「……………………」

 

 ヘンリーの言葉に何か思い当たることでもあるのか、アルバは顔を顰めさせたまま黙り込む。暫く睨むようにヘンリーを見つめた後、次には諦めたように大きなため息をついた。

 

「……分かったよ、この件についてはこれ以上何も言わん。俺なりに、あの悪魔が本当にお前が言うだけの存在なのか見極めさせてもらうさ」

 

 口調と言葉は軽薄ながらも表情はどこまでも真剣なアルバに、彼なりの決意のようなものが感じられる。

 何とも言えない緊張感にネイアが思わず生唾を呑み込む中、何とも呑気な声が彼女たちの張り詰めた空気を吹き飛ばした。

 

「何をしている? さっさと来ないと置いていくぞ」

 

 慌てて振り返ればウルベルトが一人立ってこちらを見つめていた。傍らにはスクードもニーズヘッグもおらず、どうやら彼らは既にウルベルトの命に従って行動を開始したようだ。

 先ほどの言葉通りさっさと一人で村の方へと行きそうなウルベルトに、ネイアたちは慌てて彼の元へと駆けていった。

 置いて行かれないようにウルベルトの傍らに駆け寄り、それぞれが定位置と思われる場所につく。

 いくら亜人たちの相手をするのがウルベルトであり、自分たちは補助する立場だとはいえ、全員が王である彼の後ろに隠れている訳にはいかない。前衛であるヘンリーはウルベルトの盾になるように前につき、後衛であるネイアはウルベルトの斜め後ろ、アルバはウルベルトの背後にそれぞれついた。ウルベルトは少し何か言いたげな素振りを見せたものの、すぐに思い直したのか無言のまま肩を竦めるだけだった。

 鬱蒼とした森の中を無言で進み、十数分後には視界が開けて高く頑丈そうな門と防壁が姿を現す。

 普通であれば破城槌を用意して門を破壊するのだが、しかしウルベルトは何も用意せずにただ真っ直ぐに門へと歩み寄って行った。

 門との距離が徐々に縮まり、見張り台にいる亜人たちがこちらの存在に気が付いてざわつき始める。

 思わずネイアたちが得物を手に身構える中、しかしウルベルトが動く方が数秒早かった。

 

「君たち、目を瞑りたまえ。……〈魔法最強化(マキシマイズマジック)閃光弾(フラッシュ・バン)〉」

「「「っ!!?」」」

 

 ウルベルトの声とほぼ同時に真っ白な光の爆発が視界を埋め尽くした。

 ネイアたちは咄嗟に瞼をきつく閉じ、更には腕などで目を庇う。瞼を閉じていてもなお感じられる強い光にネイアたちは反射的にその場に立ち尽くし、只々身を強張らせた。

 

「……〈転移(テレポーテーション)〉…」

 

 不意にポツリと聞こえてきた小さな声。

 しかし今なお感じられる光に、どうしても反応することが出来ない。

 瞬間、目の前にあったはずの強大な気配が掻き消えて、ネイアは思わず心臓を跳ねさせた。途端に大きな不安に襲われて思わず目を開きかける。しかし未だ光り輝く強すぎる光に阻まれて、すぐさま再度目を閉じてしまった。

 今何が起こっているのか把握することができない。閉じている瞼の外では多くの物音や悲鳴が聞こえてくるというのに……。

 恐らくウルベルトが自分たちのために戦ってくれているというのに、自分たちは補助をするどころか見届けることすらままならない。

 ネイアはウルベルトとの力の差や自分のあまりの弱さや不甲斐なさに思わず唇を噛み締めた。

 あぁ、力がほしい……と心の底から思う。

 自分にもっと力があったなら、今もウルベルトと共に戦えていたかもしれないのに。

 何より、今も苦しんでいるだろう多くの人々を一刻も早く救うことが出来るのに……。

 ネイアが自分の無力さを嘆く中、いつの間にか瞼を閉じていても感じられていた強い光がなくなっていることに気が付いた。

 恐る恐る閉じていた瞼を開けながら、まずはヘンリーとアルバの姿を確認する。自分と同じように困惑の表情を浮かべながらも無事な様子に取り敢えず安堵の息をつくと、次いでネイアは周りの様子を見回し、絶句した。

 彼女たちの目に飛び込んできたのは多くの亜人たちの成れの果て。

 切り裂かれたような大きな傷を負っている者もいれば、焼け焦げたような者もいる。中には、どうやったのかは分からないが、まったく外傷はないのに事切れている者さえいた。

 多くの死体が転がっている中、しかしウルベルトの姿は見られない。

 大きな困惑と小さな畏怖の色を浮かべるネイアたちに、不意に重苦しいほどの重低音と軋んだような小さな音が同時に聞こえてきた。

 弾かれる様にそちらを振り返って見れば、丸太を連ねて造られている門がゆっくりと内側から開き始めている。

 敵かと咄嗟に得物を手に身構えるネイアたちに、しかし門から姿を現したのは見慣れ始めた姿だった。

 

「災華皇閣下!!」

 

 彼を呼んだのは果たしてネイアだけだったのか、それともヘンリーたちもだったのか。

 優雅な動作で開き切った門から姿を覗かせるウルベルトに、ネイアたちは無意識に笑みを浮かべて彼の元へと駆け寄っていた。

 

「ご無事でしたか!」

「無論、無事だとも。心配は無用だよ、バラハ嬢」

「先ほどの光は一体……。それに捕虜にされている民たちは……!!」

「先ほどの光については目くらましの魔法だ。捕虜に関しては、残念ながら未だ奪還はできていない。第一、亜人たちも見張りと門の護りのみしか倒せていないし……、っと、そう言っている間に来たようだねぇ」

 

 矢継ぎ早に尋ねるネイアたちに対応しながら、不意にウルベルトが自身の背後へと目を向ける。

 ウルベルトの背後……村の奥から次々と出てくる亜人の姿に、ネイアたちは一気に気を引き締めさせて鋭く得物を構えた。

 この捕虜収容所を管理しているのはバフォルクという二足歩行の山羊の姿をした亜人だった。一見ウルベルトとひどく似通った姿をしており、レメディオスがウルベルトに斬りかかったのもこれが大きな理由の一つであったりする。ネイア自身も最初はウルベルトを観察する度にバフォルクに似ていると何度か思ったものだが、しかし今ではその考えはすっかり改めていた。

 バフォルクは見るからに粗野でいて暴力的な雰囲気を漂わせており、王者の威厳と気品に満ち溢れたウルベルトとは感じられる気配すら似ても似つかない。むしろ似ていると思うことさえ失礼だ、と今のネイアは考えていた。

 何はともあれ、異常に気が付いて集まってきたバフォルクの大群に、ネイアたちはいつ戦闘が起こっても良いように得物を持つ手に力を込めた。ネイアとヘンリーは亜人たちの間合いを計算し、アルバはいつ詠唱を始めても良いように唾を呑み込んで喉を湿らす。

 しかしそれらはウルベルトによって遮られた。

 ウルベルトが止めるように軽く片手を挙げ、次には軽い足取りで一歩二歩とバフォルクたちへと歩み寄っていく。

 無防備な様子で近づいていくウルベルトにネイアたちはひどく慌て、殺気立っていたバフォルクたちもウルベルトの姿や身に纏っている穏やかな気配に思わず困惑したように動きを鈍らせた。突進していた足を止め、困惑と警戒の視線でウルベルトやネイアたちを交互に見やる。

 やがてこの場の責任者だと思われる体格の良い一頭のバフォルクが前へと進み出てきた。

 

「貴様は何者だ! 何故、悪魔が人間を引き連れて我らに牙を向く!!」

「私は、ここより北東に位置するアインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配者の一人、ウルベルト・アレイン・オードル災華皇である。聖王国の使者の願いにより、お前たちを打ち払いに来た。武器を捨て、投降したまえ。大人しく投降するのであれば、我が名において命は助けてやろう」

「何っ!? 何故、悪魔が人間の味方をする!!」

「我らがアインズ・ウール・ゴウン魔導国は多種族が共存する国。友好国と成り得る者たちからの要請であれば、それが例え人間であったとしても手を貸すのは吝かではないのだよ」

「………裏切り者か…」

「……………………」

 

 ウルベルトの言葉を聞き、バフォルクが嫌悪するように吐き捨ててくる。

 ウルベルトは一瞬黙り込み、じっとそのバフォルクを見つめた。

 瞬間……――

 

 

 

「………悪魔たちを裏切ったと言われるのは不快だな」

「っ!!?」

 

 ウルベルトの姿が掻き消え、次の瞬間、彼の姿は先ほどまで話していたバフォルクのすぐ背後に現れた。

 誰もが反応する間もなく、ウルベルトの手指が優雅に優しくバフォルクの首部分を撫で下ろす。

 

「っ!!」

 

 瞬間、ビクッと震える白銀の巨体と軋んだような息の音。

 バフォルクは目を限界まで見開いた状態で頭上を仰ぐと、そのまま力尽きたように地面へと倒れ伏した。

 誰もが何が起こったのか分からず呆然と立ち尽くす中、ただウルベルトだけが他のバフォルクたちにゆっくりと金色の瞳を向けた。

 

「……さて、では降伏しないと判断して、君たちを残らず処分(・・)することとしよう」

「………うっ、うわあぁぁああぁぁぁぁぁぁあぁああぁぁあぁっ!?」

「ばっ、化け物があぁぁっ!!」

 

 ウルベルトの声が引き金となり、一気にバフォルクたちが騒ぎ始める。ある者は長剣を振り上げ、ある者は長大な槍を構えて我先にとウルベルトへと突進していった。

 ネイアたちも慌ててウルベルトの元へと向かう中、しかし彼女たちはすぐにその足を止めることになった。

 

「感情のままに向かってくるか……、愚か。〈魔法最強化(マキシマイズマジック)獄炎の壁(ヘルファイヤーウォール)〉」

 

 ウルベルトが気のない素振りで軽く手を振るった瞬間、突如闇の炎がバフォルクたちの前に燃え立ち、そのまま襲いかかってきたバフォルクたちを尽く呑み込んでいった。まるでバフォルクたちが燃料であるかのように、彼らを呑み込む度に炎が赤黒く燃え上がる。

 しかしそれも瞬きの間で、一瞬の後には地獄の炎は跡形もなく消え失せていった。

 残ったのは地面に倒れ伏したバフォルクの多くの死体と、優雅に佇んでいる山羊頭の悪魔。そして呆然と立ち尽くすネイアたちと、炎に巻き込まれずにすんだ少数のバフォルクたちだけだった。

 

「おや、全員がかかってきた訳ではなかったのだね。全員が全員、愚かではなかったということか……」

 

 ウルベルトが小首を傾げながら呑気に言葉を紡ぐ。

 しかし次の瞬間、何かを感じ取ったかのように平べったく長い耳をピクッと小さく動かすと、次には呆れたように大きなため息を吐き出した。

 

「………と思ったが、やはり尽く馬鹿だったようだねぇ……」

 

 やれやれ、と大げさなまでに頭を振り、肩を竦ませる。

 彼が何を言っているのか分からずネイアたちが困惑する中、“それ”はすぐに起こった。

 

 

「…お、おいっ、悪魔野郎! こいつ(・・・)の命が惜しけりゃあ、ここから出て行きやがれ!!」

 

 突然響いてきたのは焦りの色を宿した恫喝。

 慌てて声の方へと目を向ければ、一頭のバフォルクが前に進み出てきながらウルベルトへと声を張り上げていた。

 バフォルクは片手に持っているものを、まるで見せつけるかのように高らかに掲げている。

 

「「なっ!!?」」

 

 バフォルクが持っているそれ(・・)を見た瞬間、ヘンリーとアルバが揃って声を上げる。ネイアも声こそ上げなかったものの、つり目がちの目を驚愕に大きく見開かせていた。

 バフォルクが掲げていたのは人間の子供。

 痩せこけ、傷だらけで、真冬だというのに身に纏っている衣服はボロボロで布きれのよう。首を掴まれてぶら下げられているのに身動ぎ一つせず、生気のない表情でただ掲げられるがままにぶらぶらと肢体を揺らめかせていた。

 

「こいつの命が惜しくないのか!? 早く出て行け!!」

 

 バフォルクが急き立てるように手に持っている剣を子供へと突き付ける。

 思わず大きく顔を顰めさせて歯噛みするネイアたちに、しかし次に響いてきたのは大きなため息の音だった。

 

「………ここまで愚かだとは救いようがないな…」

 

 ため息の発生源は呆れた表情を浮かべた山羊頭の悪魔。

 気怠さそうに小首を傾げるウルベルトに、バフォルクは焦りの色を浮かべたまま、なおも子供に剣を突き付けた状態で必死に捲し立てた。

 

「なっ、何を言ってやがる!! どういう意味だ!!」

「……お前たちは私が悪魔であることを理解しているのだろう? ならば聞くが……、悪魔に対して人間の人質が有効であると本気で思っているのかね?」

「っ!!?」

 

 バフォルクたちは限界まで目を見開かせると、まるで喘ぐように鋭く息を呑んだ。困惑と焦りにたじろぎながら、恐怖を振り払うようになおも食ってかかる。

 

「だ、だがっ、だけどっ、お前は人間たちの仲間なんだろ!? こいつらを助けに来たんじゃないのか!!?」

「確かにその通りではあるのだがねぇ……。ふむ、では少しばかり質問を変えようか」

 

 今はそれどころではないはずなのに、ウルベルトがまるで教師が出来の悪い教え子を諭すように優しく語り掛ける。

 バフォルクたちも得体の知れない恐怖に支配されているようで、問答無用で襲い掛かることも人質の子供を振りかざすこともなく、ただ固まったようにウルベルトの言葉に耳を傾けていた。

 

「お前は私に敵わないと判断して、その子供を人質に取ったのだろう? 普通であれば、それも一つの手ではあっただろう。だが、今回の相手は私なのだよ」

 

 バフォルクたちの方から荒い息遣いや息を呑む音が微かに聞こえてくる。

 彼らの目は全てウルベルトに釘付けで、もはやネイアたちには一切意識を向けていないようだった。

 

「悪魔に人間の人質など何の意味もなさない。もし意味をなせたとするならば、それは私にとって大切なものということになる。お前たちは……、私の大切なものを人質にして私を不快にさせても大丈夫だとでも思っているのかね?」

「「「っ!!?」」」

 

 バフォルクたち全員が身体を強張らせ、目を見開き、呼吸を止める。後ろの方で更なる人質として人間の子供たちを用意していたバフォルクたちも同様に、一斉に動きを止めて身体を硬直させた。

 ウルベルトの言葉を聞き、自分たちの中で消化し、完全に理解した瞬間……、しかし全ては遅すぎた。

 彼らに残されたのは死に物狂いの抵抗か逃走。

 しかし彼らに許された結果はただ一つしか存在しなかった。

 狂ったように襲い掛かってくる者にも、踵を返して転げるように逃げようとする者にも、それは平等に訪れた。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)魔法の弾(マジック・バレット)〉」

 

 詠唱と共にウルベルトの背後に浮かび上がった四十五個の光球。

 加えて〈魔法の矢(マジック・アロー)〉の光球よりも一回りほど大きく、それらが閃光となって次々とバフォルクたちへと襲い掛かっていった。

 全ての光球が狂いなくバフォルクの頭や心臓を貫いて地面へと沈めていく。

 更に何度も同じ魔法を繰り返し唱えるウルベルトに、ヘンリーとネイアも参戦して次々とバフォルクたちを狩っていった。

 

 

「……ふむ、これで終わりかな?」

 

 数分後、この場に立っているのはウルベルトやネイアたちのみで、バフォルクたちは全員が地面に倒れ伏していた。

 人質として連れてこられていた人間の子供たちは、全員が呆然とした表情を浮かべて地面に座り込んでいる。

 

「シャドウデーモンたち、生き残りのバフォルクたちは残ってはいないか? ……そうか、宜しい。ではバラハ嬢とノードマン君を捕虜たちの元へと案内せよ」

 

 ウルベルトがまるで独り言のように、ここにいないはずのシャドウデーモンへと声をかける。恐らく〈伝言(メッセージ)〉の魔法で会話しているのだろう。

 ネイアたちが大人しく次の指示を待つ中、会話を終えたウルベルトがこちらに視線を向けてきた。

 

「ここの捕虜収容所は完全に掌握したようだ。バラハ嬢とノードマン君は捕虜となっている民たちを救い出しに行くと良い。ユリゼン君は私と共にここに残り、子供たちを癒してやりたまえ」

「はっ、畏まりました」

 

 すぐさま跪いて応じるヘンリーの横で、ネイアも戸惑いながらも頭を下げる。

 ネイアとしては、本心ではウルベルトの従者という役目を仰せつかっていることもありウルベルトの傍らから離れたくないという思いが強いのだが、しかしこの場には人手が少なすぎるのも事実だった。この場でネイアができることがない以上、ただここに残りたいと言うのは我儘でしかない。今は我儘を言っていられるような状況ではないし、第一ウルベルトに呆れられてしまったら……と考えるだけで、何故が胸がひどく寒々しく感じられた。

 ネイアは下げていた頭を上げると、後ろ髪を引かれる思いながらもヘンリーと共に村の奥へと駆けていった。

 途中ですぐにシャドウデーモンたちに出会い、捕虜たちの元へと案内される。

 捕虜たちはウルベルトの言葉通り幾つもの区画に別けられて収容されており、全員がガリガリに痩せてひどく衰弱していた。身体だけでなく精神的にも追いつめられていたのだろう、助けに来たネイアやヘンリーの姿を見ても、最初は怯えの表情を浮かべるのみだった。

 しかし悪戦苦闘ながらも何とか彼らを説得し、励まし、牢獄から出しながら順々に他の収容場所を回っていく。

 収容場所は全部で十五個。ウルベルトが召喚したシャドウデーモンたちの数よりも多く、また、捕らえられていた人間の数も予想以上に多い。

 全ての収容場所を回った後には傷ついた人間の大きな団体が出来ており、彼らがウルベルトを見た時の反応がとても気がかりになりながらもネイアたちはウルベルトやアルバが待つ正門へと彼らを先導していった。

 やがて正門が見えてきた、その時……――

 

 

「……お、おいっ! あれを見ろ!!」

「バフォルクだっ! まだバフォルクがいるぞっ!!」

「いやあぁぁあぁぁあっ!!」

「何で…! 全部倒したんじゃなかったのかよっ!!」

 

 ウルベルトの姿を視界に捉えた瞬間、やはりと言うべきか、捕虜となっていた民たちが悲鳴のような声を上げて騒ぎ始めた。

 アルバは治療に専念していたようで驚いたようにこちらを振り返り、ウルベルトはただじっとこちらを見つめている。

 まるで逃げるように後退ろうとする彼らに、ネイアとヘンリーは落ち着かせようと慌てて口を開くが、しかしウルベルトが動く方が早かった。

 

「落ち着きたまえ、ローブル聖王国の民たちよ。私はウルベルト・アレイン・オードル災華皇。アインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配者の一人である。此度は聖騎士たちによる聖王国の使節団からの救援要請に応え、私が君たちを助けに来た。……あと、私はバフォルクなどではなく、悪魔だ」

 

 少し不機嫌そうに顔を歪めて最後に付け加えるウルベルトに、しかし民たちの恐怖と混乱は止まらない。“悪魔”という言葉に更に顔を恐怖に歪め、まるで縋るようにネイアやヘンリーに目を向ける。

 ネイアたちはしっかりと彼らの視線を受け止めると、ウルベルトの言葉を肯定するために大きくしっかりと頷いてみせた。

 

「閣下の仰られる通りです。我々は魔導国に救いを求め、その声に応じて閣下が来て下さったのです」

「だっ、だけど! あいつは悪魔なんだろっ!?」

「そうだ! 悪魔が俺たちを助けるなんて……っ!!」

 

「――……ジュリアン!!」

 

 多くの者たちが恐怖と疑念の声を上げる中、不意に悲鳴のような声が響いて来た。

 反射的に身を強張らせる中、一人の男が慌てた様に人波をかき分けてウルベルトの横にいるアルバへと駆けていった。

 いや、アルバというよりも、アルバが治療をするために抱えていた人間の少年に駆け寄っているようだった。

 男は少年の前まで駆け寄ると、少年が生きていると知ると同時にアルバから奪うように引き寄せて抱きしめた。

 

「……良かった、本当に良かった……!!」

 

「……ニーナ!?」

「カルディアっ!!」

「アンナ! アンナなのね!!」

「ルディク!!」

 

 最初の男を皮切りに、子供たちの親であろう男や女が次々と名を呼んで子供の元へと駆け寄っていく。

 息子や娘が生きていることに涙を流して喜ぶ彼らに、他の者たちも恐怖や疑念を困惑の色に塗り替えてネイアたちやウルベルトを見やった。

 

「神官様がこの子たちを救って下さったのですね! ありがとうございます!」

「い、いえ……その子たちを助けたのは私ではありません。…その……、全ては災華皇閣下が成されたことです」

 

 喜びの涙を流していた女が近くにいたアルバに礼を言うが、アルバは小さく頭を振って近くに立っているウルベルトへと目を向ける。そうすれば女や彼女たちの話を聞いていた他の親たちも一様にウルベルトを見やり、次には他の者たちと同じように困惑の表情を浮かべた。悪魔にしてはひどく理知的で優雅さすら感じられるウルベルトの佇まいに更に恐怖や疑念が薄れ始め、困惑の色を濃くしていく。

 アルバに礼を言った女はじっとウルベルトを見上げると、次には恐る恐る口を開いてきた。

 

「……あ、あなたが本当に悪魔なら……何故、私たちを助けてくれたのですか……?」

「何故……? 救援要請に応じたのだから、君たちを助けるのは当然だと思うがね。……まぁ、完全な慈善行為ではないから君たちが気にする必要はない」

「それは……、一体どういうことでしょうか?」

 

 まさか不味い取引でもしたのだろうか……と途端に顔を青くする彼女たちに、ウルベルトは可笑しそうにフフッと小さな笑い声を零した。

 

「フフッ、別に物騒なことではないのだがね。……まぁ、君たちの国との交渉だ、君たちにも教えておくとしよう」

 

 ウルベルトは一度小さく咳払いすると、次には堂々と胸を張って大きな声でネイアたち使節団とアインズ・ウール・ゴウン魔導王が交わした取引内容を高らかに語って聞かせた。

 レメディオス率いる使節団の要請に従い、ヤルダバオトを倒すために支配者の一人であるウルベルトが聖王国まで助けに来たこと。

 その代わり、報酬としてヤルダバオトが率いるメイド悪魔を支配下に置いて魔導国に連れ帰ること。

 重要機密とも言うべき国同士の交渉内容を何の迷いもなく語るウルベルトにネイアたちは大いに慌てたが、ウルベルトは全く気にしていないようだった。

 逆に、そういう訳だからメイド悪魔を支配下に置いた場合には怨みは忘れてくれ、と堂々と言ってのける。

 

「まぁ、それは追々でいいだろう。今は自分や自分の大切な者たちが生きて助かったことに、感謝でもしておきたまえ」

 

 ウルベルトが柔らかな笑みを浮かべたまま、何故か皮肉気な言葉を紡いで零す。

 それが本当に皮肉のような意味となってしまうことに、今のネイアたちは知る由もなかった。

 

 




*今回のウルベルト様捏造ポイント
・〈使役魔獣・召喚〉;
フレズベルク、ガルム、ニーズヘッグを召喚する召喚魔法。詠唱者のレベルによって一度に召喚できる数や魔物が決まる。主に前衛や守護、騎獣、情報収集に使役する。レベルは三体とも90台。
・〈中位悪魔創造〉;
アインズの特殊技術〈中位アンデッド創造〉の悪魔版。一度に最大十二体が限度。
・〈閃光弾〉;
〈閃光〉の上位魔法で第五位階魔法であり、目くらましの魔法。強く白い光が爆発し、一定時間視界を眩ませる。〈閃光〉よりも規模が大きく、範囲魔法となっている。また、目くらましの効果時間も〈閃光〉よりも長い。
・〈運命の三女神の判決〉;
接触した対象の寿命の長さを定める。殆どの者が即死魔法として使用するが、相手とのレベル差や即死抵抗や無効化などの効果により、定めた死のリミットを少し引き延ばされる場合もある。対象と接触しなければならないこともあり、何かと使い勝手の悪い魔法。
・〈魔法の弾〉;
〈魔法の矢〉の上位魔法。〈魔法の矢〉よりも光球が大きく、威力も強い。光球の最大数は十五個。
・怒りに埋まるモノ《ニーズヘッグ》;
〈使役魔獣・召喚〉によって召喚される使役魔獣。レベル90台。蒼を帯びた漆黒の巨大な魔竜。頭には捻じくれた大きな角が二本生え、群青色のヒレが鬣のように首回りや背筋を覆っている。細長い身体には二本の腕があり、そこから被膜の翼へと変化している。防御力が物理、魔法ともにマックスであるため、ウルベルトには盾として使役されることが多い。

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