それなのに前回と引き続き、今回も同じくらい長いです(滝汗)
どうしてこうなった……。
無事に捕虜収容所を落として聖王国の民たちを解放したウルベルトたちは、レメディオスたち解放軍と合流するために彼女たちが襲撃しに行った海辺の捕虜収容所へと向かっていた。
全員で移動しては亜人や悪魔たちに見つかる可能性が高いため、取り敢えずは解放した民たちとアルバとスクードをその場に残し、ウルベルトとネイアとヘンリーのみで
「……閣下、解放軍は無事に捕虜収容所を奪還できたでしょうか…?」
一番後ろに乗っているヘンリーが風の音に遮られないように少し大きな声で問いかけてくる。
彼の顔には不安の色が濃く浮かんでおり、しかし応じるウルベルトは動じる素振りも見せずに小さく肩を竦ませた。
「大丈夫だろう。何か不測の事態が起こった場合は知らせるようにモンタニェス副団長に〈
「………そうであれば、良いのですが……」
少し言いよどみながらも頷くヘンリーは、しかしその表情はどうにも優れない。
何かを危惧しているような彼の様子に内心で首を傾げながら、しかしウルベルトは前方に見えてきた光景に気が付いてそちらへと意識を向けた。
「そんなに心配ならば、自分の目で確かめると良い。目的地に着いたぞ」
ウルベルトの言葉に、後ろのネイアとヘンリーが前方の地上へと目を向けたのが伝わってくる。
彼らの視線の先には、ウルベルトの言葉通り広い海辺が広がっており、敵の捕虜収容所となっていた一つの村が鎮座していた。既に戦闘は終わっているようで、争いではない喧騒が上空まで微かに響いてきている。どうやら無事に捕虜収容所を解放できたようだな……と内心で安堵の息をつく中、ウルベルトは村へと降りるようにニーズヘッグへと短く指示を出した。
敵と勘違いされないためにわざと声を上げさせ、瞬間、ニーズヘッグの大きく開かれた口内から大音量の咆哮が勢いよく轟いた。
それは正に地獄からの呻き声のような音。
ウルベルトにしてみれば耳に心地よい音色でしかない鳴き声に、思わず小さな笑みを浮かべてしまう。
地上では多くの人間たちが俄かに騒つき始め、自分たちの存在に気が付いたのがこちらからでも感じ取れた。
ウルベルトの指示によって着陸の体勢となったニーズヘッグは、そのまま強い浮遊感と共に大きく翼を羽ばたかせた。急降下の感覚と衝撃に、内心で後ろのネイアとヘンリーは大丈夫だろうか……と少しだけ心配になる。とはいえこれに関してはウルベルトもどうしようもできないため、大人しくニーズヘッグに任せることにした。
ニーズヘッグは捕虜収容所の開けた場所に向かうと、強い風圧と共に地面へと無事に舞い降りた。
周りには多くの人だかりができ、中には聖騎士や神官だけではなく恐怖に顔を引き攣らせたみすぼらしい人間たちも多くを占めている。恐らく彼らはこの捕虜収容所に囚われていた民たちなのだろう。身に纏っている衣服は未だボロボロで、自分たちが解放した捕虜収容所にいた民たちと同じようにひどく痩せこけている状態だった。
「なんだ!? 何事だっ!!」
「おいっ、なんだ、この化け物はっ!!」
「いやぁあぁぁぁあぁあぁぁぁっ!!」
「……悪魔だ…、悪魔がいるぞっ!」
「ま、待て! あれは……、ま、まずい、武器を下ろせ!!」
「さっ、
「………おや、何やら大騒ぎになってしまったねぇ」
「………………そ、それは仕方がないことかと……ぅえっぷ……」
呑気に言葉を零せば、吐き気を抑えながらもネイアから力のないツッコミが飛んでくる。しかしすぐに顔を俯かせて不快感に耐えるネイアに、ウルベルトは小さく肩を竦ませてニーズヘッグの背から滑り降りた。
騒ぎを聞きつけたのか唐突に人垣が二つに別れ、グスターボや他の聖騎士たちを引き連れたレメディオスが姿を現した。
「災華皇閣下、ご無事でしたか!!」
まず初めに声をかけてきたのはグスターボ。
見るからに安堵したように息をつく彼に、どうやら相当心配をかけていたようだ。或は何か不測の事態が起こっており、ウルベルトの助けを求めたい状況にあるのかもしれない。
レメディオスの表情がいつも以上に陰りを帯びているのを見やり、何とも嫌な予感がジワジワと湧き上がってきた。
「そちらも無事なようで何より。捕虜収容所の方も無事に奪還できたようだね」
「………無事、…という訳にもいきませんでしたが……」
「ほう? 何かあったのかね?」
「……それよりも、そちらの方はどうなんだ。民たちどころか、共に同行させた神官の姿も見えないのはどういうことだ」
「団長……、そのように仰られるのは……」
「お前は黙っていろ。民たちや大切な人員の安否を確認することは重要なことなはずだ。……まさか、あれだけ大口を叩いておいて捕虜収容所を奪還できずに逃げ帰ったというわけではないだろうな。それに、その魔獣は何なんだ」
久しぶりに口を開いたかと思えば次々と出てくる攻撃的な言葉に、思わず出てきそうになったため息を咄嗟に呑み込むことに成功する。
しかし背後に控えているネイアやヘンリーから不穏な空気が漂ってきていると感じるのは自分の勘違いだろうか……。
ウルベルトはネイアとヘンリーを振り返りたい衝動に駆られながらも何とか耐え、ただレメディオスに向けて小さく肩を竦めるだけにとどめた。
「心配せずとも捕虜収容所は奪還し、ユリゼン君も捕虜にされていた者たちも全員無事だとも。ただ全員でゾロゾロと移動するのは危険と判断したのでね、捕虜収容所にそのまま待機させているのだよ。それから、この魔竜は私が召喚したモノだから安心してくれたまえ」
甘えるように顔を寄せてくるニーズヘッグに笑みを浮かべ、手を伸ばしてその面長の顔を優しく撫でてやる。
気持ちよさそうに目を細めさせて、猫のように喉を鳴らしながら頭を擦り付けてくる様が何とも可愛らしい。
ユグドラシル時代、かつてのギルドメンバーの一人がペットについて『非常に可愛らしく、癒しの存在なのだ!』と熱く語っていたが、もしかしなくても、正にこういった存在だったのかもしれない。ペットという存在と目の前のニーズヘッグの姿が重なり、正に癒しの存在だと内心で大きく頷いた。
しかし、いつまでもこんなことをしている場合ではない。
ウルベルトは名残惜しい気持ちながらもゆっくりとニーズヘッグから手を離すと、改めてレメディオスを真っ直ぐに見据えた。
「許可を貰えるのであれば彼らをここに移動させようと思うのだが、どうだね?」
まるでこれからお茶に誘うような気軽さで提案するウルベルトに、レメディオスだけでなくネイアやヘンリー、グスターボを含めた聖騎士たちまでもが全員呆気にとられた表情を浮かべる。
しかしウルベルトは一切視線を動かさない。ただ真っ直ぐに静かにレメディオスだけを見つめるのに、レメディオスは咄嗟に首を縦に動かしていた。
「それでは移動させるとしよう。少し場所を開けてくれたまえ」
促されるままにネイアたちが一、二歩と後ろへと下がり、ウルベルトを中心に場が開けていく。
ウルベルトは一度小さな息をつくと、次には何かを招き入れるかのように軽く両手を広げてゆっくりと口を開いた。
「〈
瞬間、目の前の空間に見上げるほどに大きな楕円形の闇が姿を現した。
突然の変事にレメディオスや聖騎士たちが咄嗟に剣を手に身構え、様子を窺っていた民たちからは恐怖の悲鳴が聞こえてくる。一気に騒然となる周囲に、ネメアとヘンリーからも心配そうな視線を向けられているのが感じ取れた。
しかしウルベルトは一切気にすることなく、ただじっと闇の中を静かに見つめていた。
数秒後、まるで水面に雫が落ちたかのように闇が小さく波打つ。
この場にいる全員が闇の中心を凝視する中、闇の中から一つの影が姿を現した。
誰もが思わず息を呑み、反射的に身体を強張らせる。
しかし闇の中から姿を現したのは人間の神官――森の中の捕虜収容所にいるはずのアルバだった。
アルバは最初は警戒するように周りを見回していたが、ウルベルトの姿を見とめた瞬間に見るからに安堵の表情を浮かべた。続いて何故か再び闇の中へと戻り、次に姿を現した時には後ろに多くの人間を引き連れていた。
闇の中から続々と出てくる人間たち。
疲弊した様子やボロボロの姿から、彼らが捕虜となっていた者たちなのだと分かる。
アルバの先導に従って闇の扉から吐き出されていく民たちを見つめながら、ウルベルトは密かに山羊の長い耳を全方向に忙しなく傾けさせて周囲の様子を窺っていた。
小さく騒つく聖騎士や神官、民たちからは驚愕の声しか聞こえない。歓声は無い代わりに畏怖の声もなく、現状それだけでも今は喜ぶべきなのかが少し悩み所だ。
そんな中、不意にネイアとヘンリーの小さな話し声が聞こえてきて、ウルベルトは咄嗟にそちらへと耳を傾けさせた。
「……敵の襲撃がなかったようで良かったですね」
「はい、そうですね……」
山羊の広い視界をフルに活用してチラッとネイアとヘンリーを視界の端に収める。
二人は小さな安堵の笑みを浮かべて民たちを見つめており、そこでやっと二人にとても心配されていたのだと気が付いた。ウルベルトとしてはスクードを護衛につけているため大丈夫だろうと判断していたのだが、どうやら二人はそうではなかったようだ。
これからはこういったところも気を配って声をかけたり何かと配慮した方が良いのだろうか……と内心で悩みながら、次には周囲の人だかりにも視線を巡らせた。
ネイアとヘンリーが安堵の笑みを浮かべている一方、こちらは小さく息を呑んだり驚愕の表情を浮かべている。最初は<
彼らの感情の正体と原因を探るために注意深く観察し、ふと彼らが一様にある一点を凝視していることに気が付いた。
一体何を見ているのかと彼らの視線を辿れば、そこには親に手を引かれていたり親に抱き上げられて眠っている子供たちの姿があった。
何故彼らが子供たちを凝視しているのか分からず、ウルベルトは思わず困惑の表情を浮かべる。
途端にまさか……という嫌な予感が湧き上がってくるが、しかし今ここであからさまに問いかける訳にもいかず、ウルベルトは努めて普段通りを心掛けながら全員が<
最後に出てきたのはスクードで、一つ小さな息をついてそちらへと足を踏み出す。
スクードはすぐにこちらに気が付くと慌てた様子でこちらに駆け寄り、次には跪いて深々と頭を下げてきた。
「私がいない間、何もなかったかね?」
「はっ、何も問題はございませんでした」
「ふむ、それは何より。それで、全員こちらに来たのかな? お前が最後かね?」
「全員こちら側に移動しましてございます」
「よろしい、ご苦労だったね。では〈
ウルベルトは一つ頷くと、まるで何かを振り払うように軽く手を振るった。瞬間、今まで大きな存在感を放っていた闇の扉が跡形もなく空気に溶けて消えていく。
ウルベルトは立ち上がったスクードを後ろに従えると、踵を返してレメディオスやグスターボの元へと歩み寄っていった。その際、アルバの横を通り過ぎる時に労いの意を込めて彼の肩を軽く叩く。
相手が誰で功績が何であれ、労われることに対して喜ばぬ者はいないだろう。以前デミウルゴスや悪魔たち、ナザリックのシモベたちを労った際は大いに喜ばれ、泣き崩れる者さえ続出したのだから間違ってはいないはずだ。
まさか悪魔である自分に労われても腹立たしさしか感じないとか、そんなことはないよな……と内心でドキドキしながら、しかし確認するのも怖くて振り返ることもできず、ウルベルトはただ平静さを必死に装いながらレメディオスたちの前まで歩み寄っていった。
彼女の目の前で足を止め、背後にいる民たちを示して見せる。
「これで全員だな。捕虜収容所奪還での被害者はゼロのはずだ。彼らの聴取や捕虜収容所の探索はしていないため、必要ならば君たちの方でしてくれたまえ。捕虜収容所への探索については、もし必要ならば人員の転移くらいは協力しよう」
ウルベルトの申し出に、しかしレメディオスたちはそれどころではないようだった。
レメディオスは捕虜となっていた子供たちを凝視したまま微動だにせず、グスターボも焦燥と困惑が入り混じったような表情を浮かべている。
グスターボは子供たちに向けていた視線をウルベルトへと向けると、恐る恐るといったように口を開いた。
「さ、災華皇閣下……、奪還した捕虜収容所には、敵がいなかったのでしょうか……?」
「そんなわけないだろ。山羊の亜人の……そうそう、バフォルクとかいう亜人たちがいたのでね、殲滅しておいたよ」
瞬間、再びザワッと周りが大きく騒めく。思わずチラッと周りを見回すも、誰もが驚愕の表情を浮かべていることしか伺えない。
先ほどから嫌な予感は感じていたのだが、やはり何かがあったのかもしれない。
しかしそうなると何故グスターボから知らせが来なかったのかが分からず、ウルベルトは思わず小さく顔を顰めさせた。
これは色々と聞く必要があるようだ……と内心でため息をつく中、まるで取り繕うかのようにグスターボが話しかけてきた。
「と、とにかく詳しい話は会議室で致しましょう。部屋は既に用意しておりますので閣下はどうぞこちらへ。神官たちは民たちの治療を。お前たちも作業に戻れ!」
ウルベルトを村の中へと促しながら、一方で周りの聖騎士や神官たちにも手短に指示を出していく。
グスターボの声に漸く我に返ったのか、驚愕以外の表情を浮かべて弾かれたように勢いよく動き出す聖騎士や神官たち。
神官たちはウルベルトの魔法によってこちらに到着した民たちに駆け寄り、傷や消耗が激しい者を先頭に村の違う方角へと促していった。周りの聖騎士たちも持ち場に戻るように村の至る所へと散っていく。
無言で村の奥へと踵を返すレメディオスをまるで追うかのように、グスターボもその後に続いた。
恐らく彼らに着いて行けばいいのだろう。
こちらに駆け寄って来たネイアやヘンリー、アルバを確認すると、ウルベルトは彼女たちとスクードを引き連れて村の奥へと足を踏み出していった。
後ろでは役目を終えたニーズヘッグが飛び立つ音と、それに驚いた者たちが上げた悲鳴が小さく聞こえてくる。しかしウルベルトは一切振り返ることはなく、ただレメディオスとグスターボに続いて歩を進めるだけだった。
村の奥へ奥へと進んでいき、前方に大きな家が見えてくる。
レメディオスは真っ直ぐに家の中へと入っていき、立ち止まってこちらを振り返ってきたグスターボも家の中へとウルベルトたちを促した。
恐らくここでも激しい戦闘が繰り広げられたのだろ、家の外にも中にも未だ至る所に血痕が染みつき、剣や爪による傷が深々と刻まれている。スンッと空気を吸い込めば微かに血生臭さも感じられ、如何にこの場の戦闘が激しかったのかが窺える。
広い視界で背後にいるネイアとヘンリーとアルバが青白い顔に深刻そうな表情を浮かべているのを捉えながら、ウルベルトは迷うことなく家の中へと足を踏み入れた。
室内も中々に広く、長い廊下を黙々と進んでいく。
どうやら最奥の部屋が会議室なようで、ウルベルトはグスターボに促されるがままに彼より先に部屋の扉を潜って室内へと足を踏み入れた。
部屋の中にはレメディオスは勿論の事、既に何人かの聖騎士や神官たちが揃っている。
ウルベルトに続いてネイア、ヘンリー、アルバ、スクードも室内へと入り、最後にグスターボが入室して扉が閉められた。
グスターボはすぐにレメディオスの横斜め後ろへと控えるように立ち、ネイアたち四人もまるで控えるようにウルベルトの後ろへと横一列に並ぶ。
室内には大きなテーブルが一つだけ置かれており、椅子などは一つもなく全員がテーブルの周りに佇んでいた。解放軍の長であるレメディオス用の椅子さえないということは、家具の被害も大きいのかもしれない。
ウルベルトからすれば立ったまま会議するのは別段構わないのだが、しかしウルベルトの事を至高の存在だと尊ぶスクードからすれば以ての外であったらしい。
一気に剣呑な雰囲気を醸し出し始める背後の悪魔に、目の前の聖騎士や神官たちは顔を真っ青にし、ウルベルトは思わず苦笑を浮かべた。
「スクード」
諌めるために名を呼ぶが、しかしスクードを落ち着かせるまでには至らなかったようだ。
「……至高の御方であらせられるウルベルト様に対し、お越し頂く準備すら出来ておらぬなど許されぬ大罪。もはや万死に値すると愚考いたします」
「そうは言うが、無い物を準備することはできないだろう。相手の状況などもある程度は考慮してあげなくてはいけないよ」
「何と慈悲深きお言葉……。……あぁ、それでは、僭越ながらわたくしめがウルベルト様の椅子を務めさせて頂ければと存じます」
「……は……?」
予想外の申し出に、思わず呆けた声と共に思考が停止する。
聖騎士や神官たちから冷たい視線を向けられていると感じるのは気のせいだろうか……。
一方スクードはと言えば、心なしか期待に満ちた恍惚とした表情を浮かべている気がしてならない。
Sであるはずの悪魔がMになってどうする! と内心でツッコミながら、しかし今は決して面には出さずにウルベルトは思考をフル回転させた。
自分に対するスクードの忠誠心は大したものであり、有り難いものでもあるのだけれど、ものには何事にも限度というものが存在する。重ねて言えば、他人という目を気にするというのも大いに重要である。
「…あー、いやー、お前の忠誠心は大したものであり、私としてもとても嬉しいことではあるが…、その、些かやり過ぎというかだな……」
「……? しかし、恐れながら以前、階層守護者であらせられるシャルティア様がアインズ様の椅子になると言う大変な名誉をたまw……」
「あーーっと、ストップだ、スクード! 待てだ! 待て!」
「は、はい……」
スクードは不思議そうな表情を浮かべながらも素直に従って口を閉ざす。
ウルベルトは内心で頭を抱えながら、必死にこの場を乗り越えるために思考を巡らせた。
スクードが口にしようとしたのは、もしかしなくてもリザードマンの集落を襲った際にアインズがデミウルゴス作の骨の玉座に座りたくないがためにシャルティアを椅子にして座った件のことだろう。
あの時は自分は内心で大爆笑していたのだが、まさか次は自分の番が来るとは夢にも思っていなかった。
いや、
ウルベルトは内心で唸り声を上げながらも、何とか言葉の羅列を頭の中で組み立てて口に乗せた。
「……あれは…、そう、そもそも罰としてやらせたものだ。お前は何も罰せられるようなことはしていないのだから、そんなことをする必要はない」
「し、しかし……ウルベルト様……」
「それに、お前は私が
ウルベルトの詠唱に応え、何処からともなく漆黒の玉座が現れる。
見るからに柔らかそうなダークワイン色のクッションに、まるで黒曜石のような柔らかな光を宿す背もたれや座、脚等の外枠部分。外枠部分には細かな紋様が繊細に彫り込まれており、見るからに超高級品であることが窺える。
呆然となっているネイアや聖騎士たちを尻目に、ウルベルトは当然とした様子で玉座に腰かけて後ろに控えるスクードを見やった。
「これで問題はあるまい、スクード」
柔らかな声音で問いかければ、スクードは無言のまま跪き、深々と頭を下げる。
ウルベルトは笑みを湛えて一つ頷くと、改めて未だ呆然としている面々へと目を向けた。
「失礼したね。では、話を始めてくれたまえ」
悪魔らしからぬ柔らかな声音でレメディオスではなくグスターボに向けて話しを促す。
グスターボを含むレメディオスを除いた全員が何か言いたげな表情を浮かべていたが、しかし最終的には諦めたように一つ咳払いを零した後、何事もなかったかのように会議が開始された。
まず初めに行われたのは、レメディオスたち解放軍が担当したこの場の捕虜収容所とウルベルトたちが担当した森の捕虜収容所、それぞれを奪還した際の状況や被害報告だった。
レメディオス率いる解放軍からの報告はグスターボが、ウルベルト側の報告はヘンリーが代表して報告していく。
報告内容が進むにつれ、解放軍側とウルベルト側のあまりの差に徐々に室内が重苦しい空気に包まれていった。
ヘンリーは奪還作戦の概要から参加した種族と人数に始まり、作戦開始から成功までの流れを事細かに報告していった。
まずスクードを含む十三体の
その後、ウルベルトを中心に真正面から捕虜収容所を襲撃。途中バフォルクに捕虜となっていた子供を人質に取られるも、ウルベルトの力によって傷一つなく救い出し、バフォルクたちは全員が殲滅された。
後は彼らも知っての通り、ウルベルト、ネイア、ヘンリーが先にレメディオスたちに合流し、ウルベルトの力によってアルバや民たちも無事にこの村に転移することが出来たのだ。
信じられないほどの戦果に、目の前の聖騎士や神官たちが言葉を失う。
次に報告するグスターボは顔面蒼白になっており、まるで今にも倒れそうな状態ながらも小刻みに震える唇をゆっくりと開いた。
彼の口から語られるのは解放軍側の報告。
レメディオス率いる解放軍は夜の暗闇に乗じて聖騎士と神官たちが召喚した天使たちで捕虜収容所に猛攻撃をかけたらしい。
最初は順調に事が進んでいたが、もうすぐ門が破れるという時になってバフォルクが捕虜となっていた子供を人質に取った。
ここまでは、投入された人数に差はあれど、大まかな状況や流れはウルベルト側とそこまで変わらない。
しかしここからがウルベルト側とは一気に違ったものとなっていた。
子供を人質に取られたことで聖騎士や天使たちは攻撃の手を止めざるを得ず、バフォルクたちは人質の価値を確固なものとするために人質に取っていた子供を目の前で殺し、次に新たな子供を再度人質として解放軍に突き付けたのだという。
一つ要求をするたびに、その要求が叶う度に、容赦なく殺されて新しく代わっていく人質たち。もはやバフォルクたちの要求を呑んだとしても人質は殺されるだけだと分かっているのに、もしかしたら助けられるかもしれない…という根拠のない希望的憶測で攻勢に踏み出すことが出来ない。
どうしようもない悪手の連続の中、それを断ち切ったのは一人の聖騎士だったらしい。
何もできず、ただ何か策はないかと声高に喚くだけのレメディオスを尻目に、その聖騎士は戦場に転がっていたバフォルクの長槍を拾い上げると、勢いよく投擲して人質にされていた子供諸ともバフォルクを串刺しにした。解放軍側もバフォルク側も動揺する中、その聖騎士だけが剣を高らかに掲げてバフォルクの殲滅を咆哮し、先陣を切って攻勢に出た。他の聖騎士や神官たちもその聖騎士につられる様にして攻勢に転じ、再び門に向かって何とか破り、まるで雪崩のように村の中へと侵攻していく。
しかし悲劇はそこで終わらなかった。
例えばバフォルク側がもっと動揺していれば、その悲劇は避けられたのかもしれない。或は他の聖騎士や神官たちにも先行した聖騎士ほどの覚悟があったなら、また違った結末になっていたのかもしれない。
しかしもはや全てが後の祭り。
動揺から回復したバフォルクたちは尚も残っていた子供たちを片手に持ちながら解放軍に応戦。子供を盾のように持ち、時には見せつけるように掲げ、時には解放軍の刃に晒してこちら側の動揺を誘ったらしい。
子供が全て駄目になれば次は女を。女が駄目になれば次は老人を。
まるでこちらの葛藤を嘲笑うかのように、救おうとしていた者たちを次々と盾として刃の前に突き付けてくる。
ある者は人質諸ともバフォルクを殺し、ある者は何とか人質を避けてバフォルクだけを倒し、ある者は成す術もなくバフォルクに殺され……。
最終的には何とかバフォルクたちを殲滅して捕虜収容所を奪還できたものの、全てが終わった後の被害はあまりにも大きく尋常ではなかった。
当初聖騎士は189人いたというのに、今回の戦闘で11人が死亡し、67人が重傷を負ったという。神官も71人中15人の死傷者を出し、捕虜となっていた国民の被害に至っては実に全体の三分の一が物言わぬ肉塊へとなり果てた。
苦々しい声音でのグスターボの報告に、ネイア、ヘンリー、アルバの三人は茫然自失。レメディオスやグスターボを含めた聖騎士や神官たちは重苦しい空気を纏い、ウルベルトは外面では優雅に足を組みながらも内心では頭を抱えていた。
あまりにも被害が大きすぎる。そして何より、そうなった理由と原因があまりにどうしようもなさ過ぎた。
これが
ウルベルトは思わず出そうになったため息を咄嗟に呑み込んだ。
これから、このどうしようもない連中を助けるために駆けずり回らなければならないのかと思うと非常に頭が痛くなってくる。
もう、普通に魔王に滅ぼされてもいいんじゃないかな……と内心で諦めモードになりながら、しかしウルベルトは何とか気を取り直して目の前のレメディオスやグスターボを見やった。
「……二つ聞きたいことがある。一つ目、私はモンタニェス副団長殿に有事の際には使うようにと<
もし仮に
聖騎士たちが目を逸らして顔を俯かせ、神官たちが非難の入り混じった視線をレメディオスやグスターボに向ける。
レメディオスは顔を大きく顰めさせて唇を噛みしめて黙り込み、グスターボはまるで彼女を庇うように少しだけ前へと足を踏み出してきた。
「……災華皇閣下。恐れながら、閣下はヤルダバオトを倒すために聖王国にお越し頂いた方です。既に他の捕虜収容所の奪還に力をお貸し頂いている中で、ヤルダバオトが出てきてもいないのに更にこちらのことまで閣下のお力添えを頂く訳にはいきません」
「……なるほど、理解した」
グスターボの言葉は実際に被害にあった国民たちからすれば唯の言い訳でしかなかったが、国同士や一勢力としての考えや理屈としては筋が通っているように思われた。
「ならば二つ目の質問だ。その勇気ある聖騎士殿は今どこにいるのかな?」
「そ、それは……」
ウルベルトの問いかけに、グスターボは何故か表情を翳らせて言いよどむ。
彼がここまで言葉に窮するのは珍しく、ウルベルトは何とも嫌な予感が湧き上がってくるのを感じた。
「……そんなことはどうでも良い」
更に問いを重ねようと口を開きかけ、しかし言葉を発する前にレメディオスの声がウルベルトとグスターボの間に割って入ってきた。
反射的にそちらに目を向ければ、剣呑としたレメディオスと目と目が合った。
「…それよりも、そちらの報告内容は本当に事実なのか?」
「………それはどういう意味かね?」
「本当に捕虜収容所にバフォルクはいたのか? 本当に子供を人質に取ったのか? もし本当に人質を取られたのなら、本当に被害をゼロで済ませられたのか? 一体どうやったっていうんだ。実は何人か犠牲が出て、それを誤魔化しているだけじゃないのか?」
シーンと静まり返る室内。レメディオスが一気に捲し立てた後、時間までもが一瞬止まり、一拍後、全てが一気に変化した。
グスターボや多くの聖騎士や神官たちが顔面を蒼白にし、ネイア、ヘンリー、アルバ、スクードの四人が憤怒の気配を爆発させた。
グスターボたちが放つ陰鬱とした空気とネイアたちが放つ激情が激しく鬩ぎ合い、どんどん室内の空気が緊迫していく。
しかしそんな中でもウルベルトとレメディオスだけは全く変わることはなかった。
レメディオスは未だ敵意剥き出しにウルベルトを睨み付け、ウルベルトもただ呆れた表情を浮かべてレメディオスを見つめている。
「……お前は馬鹿か…?」
不意にポツリと呟かれた言葉。
呆れ果てたようなウルベルトの表情と声音と言葉に再び場の空気が凍り付き、次にはレメディオスから大きな怒気と殺気が放たれた。
それはネイアたち四人の感情の激しさと勝るとも劣らない。
しかしウルベルトは顔色一つ変えることなく大きなため息をつきながら、やれやれとばかりに頭を振った。
「すべて事実に決まっているだろう。第一、こんな事で嘘をついたとしても少し調べればバレてしまうじゃないか。それが分からないほど、私は馬鹿でも愚か者でもないのだよ」
「…だが、そいつらや捕虜となっていた民たちに魅了の魔法をかければ、虚言を突き通すこともできるはずだ」
「確かに一時的に誤魔化すことはできるだろうがね。だが、魅了の類の魔法には時間制限が存在する。魔法も万能ではないのだよ」
「……………………」
未だ顔面蒼白ながらも魔法の知識が深い神官たちが深く頷くのに、レメディオスも苦々し気ながらも黙り込む。
ウルベルトは組んでいた足を組み変えながら再びため息をついてレメディオスを真正面から見据えた。
「確かに私は魔皇ヤルダバオトを倒すためにここに来たが、それと同時に魔導国という名を背負ってここに立っているのだよ。そうである以上、魔導国の格を落とすような言動をするつもりはないから安心してくれたまえ」
優しさや気遣いすら宿らせたウルベルトの声音に、緊迫していた空気が変に緩み、何とも言えない微妙な空気が流れる。
誰もが無言のまま互いの顔色を窺う中、グスターボが真剣な表情を浮かべてウルベルトを見つめてきた。
「わたくし共も閣下を疑う気持ちは微塵もございません。団長はただ人質を取られた際にそれを救える手立てがあったのなら知りたいと言おうとしていただけでして……。言葉が足らず、失礼をいたしました」
深々と頭を下げるグスターボの頬に、静かに冷や汗が流れて落ちていく。
恐らくグスターボ自身も苦し過ぎる言い訳だと分かっているのだろう。
ウルベルトは地面に落ちる彼の汗を眺めた後、自然な動作で目を逸らして見なかったフリをした。
「……ふむ…、まぁ、そういうことと納得しておこう。ただ、救う方法と言われてもねぇ……。私が使える魔法を駆使して、としか言いようがないねぇ」
「……左様でございますか…」
ゆっくりと頭を上げたグスターボから静かに目礼される。
しかしウルベルトが敢えて見なかったフリをしたのは善意でも同情でもなかったため、それさえもウルベルトは無視を貫いた。
「あー、後は私に付けてくれた従者たちに私が造った試作品を使ってもらっていたから、それも大きな要因だろうね」
ここでふとアインズから頼まれていたことを思い出し、ウルベルトは内心で慌てながら咄嗟にそう言い足した。
実は魔導国は現在ルーン技術を施した武防具を国の名産品にしようと画策している最中であり、アインズから聖王国でも宣伝するようにと頼まれていたのだ。それもあって今までも不審に思われないように“試作品を試してもらう”という名目でネイアたちにルーン技術を施した武具アイテムを貸し与えていたのだが、はっきり言って、この方法ではあまり効果がないかもしれないと思い始めていたのだ。
ならば、この機を利用して更なる宣伝をするしかない!
ウルベルトはルーン技術の存在や魔導国の独占技術であること、ルーン技術を施した武防具の効果を熱く語って聞かせた。
その様はさながら現実世界での一昔前のテレビショッピングのようである。
ルーン技術は元々絶滅危惧種のドワーフ技術。嘆き悲しむドワーフたちに、我々魔導国が救いの手を差し伸べました!
けれど、ただそれだけではないんです……。
元来、既に素晴らしい技術であったルーン技術ですが、この度、ウルベルト・アレイン・オードル主導の下、更に手を加えてより強力で素晴らしい技術へと生まれ変わりました!
皆さん、優れた武器や防具がほしいと思ったことはありませんか? しかしその一方で、優れた武器や防具に頼り切って自分自身の力が鈍り、強くなれなくなるのでは…と心配していませんか?
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「必要ない」
嬉々としたウルベルトの言葉を遮って声を発したのは、またもやレメディオスだった。
しかし先ほどとは一変し、彼女は真剣な表情を浮かべており、つり目がちの目にも怒りや憎しみの色は一切宿ってはいなかった。
「我々聖騎士は聖王女様への忠誠を自身の剣に誓っている。それ以外の剣を使うなど聖騎士にあるまじきことだ」
きっぱりはっきり言い切る様は、そうであると信じて疑っていないことが窺える。
背後でヘンリーが少し気まずそうに小さく顔を逸らしたのを感じながら、ウルベルトは思わず小首を傾げてレメディオスを見やった。
ヘンリーの時にも思ったが、やはりウルベルトにしてみれば納得しかねる考え方だった。
そういった考え方もある、というのは理解できる。しかし聖騎士でもなければ誰かに仕えたこともなく、ぶっちゃけて言えば現実世界では唯の貧困層の貧民の一人でしかなかったウルベルトにしてみれば、使える物があるのに使わないなど考えられないことだった。
「……ふむ、解放軍の長である団長殿がそう言うのであれば、私がこれ以上言うべきではないのだろう。ただ、一つだけ言わせて貰いたい」
一度言葉を切ると、ウルベルトはレメディオスから視線を外して彼女の背後や周りに立つ他の聖騎士たちに目を移した。
「私は、忠誠とは本来心に宿るものであって、物に宿るものではないと考えている。また、忠誠を証明するのに必要なのは結果であって、その剣を振るうこと自体ではないとも思っている。もしその剣を振るうことで結果が出なかった場合、それは本当に忠誠を誓っているとは言えないのではないかね?」
「……………………」
静かに紡がれるヘンリーにも語った言葉に、レメディオスは不快げに顔を顰めさせ、グスターボは困惑の表情を浮かべる。しかし他の聖騎士たちは一様にハッとしたような表情を浮かべ、中には自身の腰に差している剣を見下ろす者さえいた。
レメディオスと同じ聖騎士という立場であるはずの彼らの思わぬ反応に、ウルベルトは手応えのようなものを感じ取った。
何が要因なのかは分からないが、最初の時に比べれば劇的に
思わぬ好感覚に思わずニヤけそうになる中、まるでそれを押し留めるようにグスターボが再び口を開いてきた。
「…と、とにかく、この話は一旦このくらいにしましょう。次に、今後の動きについてですが……――」
「ちょっと待て」
次に相手の言葉を遮ったのはウルベルトの方だった。
自然と全員の視線が集まる中、ウルベルトは座っていた玉座から静かに立ち上がった。
「今後の行動方針や作戦を話し合うのであれば、私は失礼させてもらおう。バラハ嬢、後は頼んだよ」
「……あっ…、閣下…」
前回の時と同じように自分の代行としてネイアをこの場に残そうと思ったのだが、すぐにネイア自身から引き留めるように名を呼ばれる。
振り返って見てみれば何故かものすごい般若のような形相で憎々しげにこちらを睨み上げているのが目に飛び込んできた。あまりの恐ろしい表情に、普通の者であれば気圧されて後退ってしまうことだろう。
しかしウルベルトは正確にネイアの表情や感情を読み取ると、内心で大いに困惑した。
(……えっ…、何でそんな捨てられた仔犬みたいな感じになってるんだ!? まぁ、実際に捨てられた仔犬なんて見たことねぇけど……って、いやいや、それよりも、こいつらの方が本来の直属の上司だよな? 何でそんなに嫌そうなんだ!? 一体何があった!?)
ネイアの感情の理由も分からず、一体どうしたら良いのかも分からず、無駄にグルグルと混乱してしまう。
どうこの場を切り抜けるべきかと頭を悩ませる中、不意にこちらに歩み寄ってきたアルバに気が付いて反射的にそちらを振り返った。
「…災華皇閣下、従者バラハの代わりに私がこの場に残ってもよろしいでしょうか?」
「……ほう…?」
内心ではこの場を打開できる切っ掛けを作ってくれたアルバに拍手喝采しながらも、外面では落ち着いた態度を心がける。しかし感情を完全に抑えきることが出来ず、少しだけ目を不自然に細めさせてしまった。
「少々助けた国民の状態について報告したいことがありまして……。宜しければ、この場に残らせて頂きたいのです」
「…なるほど。では、この場は君に任せることにしよう。頼んだよ、ユリゼン君」
「はい」
深々と頭を下げるアルバに、ウルベルトは踵を返してネイアとヘンリーとスクードの三人を引き連れて会議室を後にした。グスターボを中心に多くの聖騎士や神官たちから引き留めたいような視線が送られて背中にグサグサと突き刺さるのを感じたが完全に無視をする。第一、一番最初にウルベルトは自分の意見を極力言わないと伝えているのだから、この場にウルベルト自身がいなくても何ら問題はないはずだ。
ウルベルトは無言で廊下を進むと、そのまま扉を潜り抜けて家の外へと出た。
外では聖騎士や神官、従者、多くの聖王国の民たちがそれぞれ作業を行っている。
しかしウルベルトの存在に気が付くと一様に驚いたように動きを止め、全員がこちらを凝視してきた。同時にもはや恒例になりつつある騒めきも響いてくるのだが、しかし心なしかその騒めきが以前よりも少し小さくなっているような気がした。
気のせいだろうか…と小さく首を傾げる中、すぐ近くの家から出てきた一人の聖騎士の男がこちらの存在に気が付いて慌てた様子で駆け寄ってきた。
「…さっ、災華皇閣下! 会議はもう終わられたのですか!?」
「いや、会議自体はまだ続いている。しかし私自身はこれ以上参加する必要はないと判断したのでね。一足先に退席させてもらったのだよ」
ウルベルトの言葉に聖騎士の男は更に慌てた様子を見せる。心底困ったような表情を浮かべるのに、ウルベルトは更に首を傾げた。
「何かあったのかね?」
「い、いえ、その……。…実は、閣下のお部屋を準備している所なのですが、閣下は最後まで会議に参加されるのだとばかり思っておりましたので……」
言葉を濁らせる聖騎士の男に、ウルベルトは彼が何を言いたいのか理解した。
つまり、予想が外れたためにウルベルトの部屋の準備がまだできていないのだろう。
(……まぁ、普通は会議を途中退場するとは誰も思わないもんなぁ。)
ウルベルトは内心で納得の声を上げると、安心させるように一つ頷いてみせた。
「なるほど。まぁ、私としてはどんな部屋でも別に構わないのだが……」
「い、いえ! そういう訳にはいきません!!」
「ふむ……、ならば少々時間を潰すとしよう。村を見て回っているから、準備が終わったら探しに来てくれたまえ」
「えっ!!?」
聖騎士の男の口から素っ頓狂な声が飛び出てくる。
しかしウルベルトは華麗に無視すると、そのまま心の赴くままに前へと足を踏み出していった。
当てなどなく、ただ目に飛び込んでくる道へと歩を進めていく。
村の至る所では壊れた家や壁などを修復していたり、怪我人の治療をしていたり、資材を抱えてどこかに運んでいたりと中々に忙しない光景が広がっていた。
しかしよくよく見てみれば、動き回っているのは聖騎士や神官や従者ばかり。見るからにみすぼらしい姿となっている民たちのほぼ全員は、神官たちの治療を受けているか、地面に敷かれている薄い布きれの上にまるで力尽きたように横たわっていた。
捕虜収容所奪還前までの作戦では彼らを戦力として勢力拡大を狙っていたのだが、この調子では全く使いものにはならないだろう。
はてさてどうするつもりなんだか…と他人事のように思う中、不意に一人の男と目が合ったような気がしてウルベルトは反射的に目を瞬かせた。
ウルベルトは良くも悪くもひどく目立つ存在であるため誰かと目が合うこと自体は何の不思議もない。しかし何故か男の視線がウルベルトの心に引っかかって仕方がなかった。
それはまるで何かの予感のよう。
そしてその感覚はすぐに“形”となってウルベルトの前に歩み寄ってきた。
「……あんたが魔導国から救援で来たっていう悪魔か…?」
声をかけてきたのはウルベルトと目が合った男。
男はウルベルトと目が合ってすぐに周りの人々に小声で声をかけると、多くの集団となってウルベルトの前までゾロゾロと歩み寄って来ていた。
集団は若い男が多くの割合を占めており、彼らの目や表情には一様に怒りや憎しみ、悲しみや殺気、嫌悪といったありとあらゆる負の感情が混ざり合って宿り、一直線にウルベルトを睨み据えていた。
男の言葉や彼らの態度はあまりにも無礼であり、ネイアが諌めるように口を開きかける。
しかしウルベルトが軽く片手を挙げてそれを押し留めた。右手を挙げた状態で集団を軽く見回し、最後に男へと金色の瞳を固定させる。
「如何にも。私がアインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配者の一人にして、今回聖王国を救うために来た、ウルベルト・アレイン・オードル災華皇である。…何か私に用でもあるのかね?」
威圧しないように気を付けながら柔らかな声音を意識して問いに答え、こちらからも問いかける。
彼らはウルベルトの言葉に驚いた表情を浮かべた……訳ではなく、全員が悲しみや憎しみに顔を大きく歪ませた。
「……あんたが奪還した捕虜収容所でも人質を取られたのに……被害はゼロだったと聞いた……。それは、本当なのか……?」
集団を代表するように問いかけてくるのは、最初に声をかけてきた男。
こけた頬に、棒のような細い身体。髪はボサボサで髭も伸び放題。ギョロッとした目で睨み付けられれば中々に迫力がある。
しかしウルベルトは全く見覚えがなく、一体誰なのか…と内心で首を傾げながらも男を凝視し続けた。
「…ふむ、君の言う通りだ。私が奪還した捕虜収容所にもバフォルクがいたのだが、子供を人質に取ったので全員処分させてもらったのだよ」
何てことはないとばかりに小さく肩を竦ませるウルベルトに、男たちは大きく息を呑み、次にはまるで狂犬のように口々に声を張り上げてきた。
「どうして! なんで俺たちを助けてくれなかったんだ!!」
「聖王国を救援に来てくれたのなら、何故俺たちも助けに来てくれなかったんだ!」
「そもそも、どうして解放軍と別行動なんて取っていたんだ! あんたがいてくれたなら、あの子は……っ!!」
彼らの口から飛び出てくるのは多くの嘆きと怒り。心の底からの慟哭。
相手が一国の王であることも、強大な力を持つ悪魔であることも忘れ、彼らは心の衝動のままに感情を爆発させ続けた。
言葉の内容からして、彼らはここの捕虜収容所に捕らえられていた民たちなのだろう。
亜人や悪魔たちによって地獄に突き落とされ、何とか生き延びても解放軍の進行によって大切な者を人質にされ、自分自身も戦闘に巻き込まれ、気が付けば大切な家族や友人たちが犠牲となって生きる気力をも奪われていた人々。
「お待ちを! 待って下さい!」
彼らの怒りが絶対的な力を持つウルベルトに向けられるのも、ある意味当然とも言えた。
しかし、彼らとウルベルトの間に割って入る者がいた。
今まで後ろに控えていたヘンリーがウルベルトと男たちの間に割り込むと、思わず口を閉ざした集団に向けて深々と頭を下げた。
「あなた方やあなた方のご家族を助けられなかったのは閣下のせいではありません! 全ては我々の至らなさが原因です」
ヘンリーは頭を下げた状態で今の戦況や自分たちの状況、ウルベルトの立ち位置や救援内容についてを切々と語って説明した。
「災華皇閣下は魔皇ヤルダバオトを倒すために聖王国に来られたのであって、本来ならば捕虜収容所の奪還まで閣下の力をお借りするべきではないのです。しかし閣下は我らの状況を見て、力を貸して下さった。ここの捕虜収容所奪還についても、何かあれば連絡するようにと連絡手段を解放軍に渡して下さいました。しかし解放軍は閣下に連絡することはなかった……。この捕虜収容所で起こったことに対して、責められるべきは我々解放軍であって、災華皇閣下ではありません!」
下げていた頭を上げてきっぱりと言い切る様はどこまでも潔く、どこか眩しさすら感じられる。しかしウルベルトは、そんなヘンリーの曇りない発言に対して少々呆れにも似た感情を抱いていた。
確かに正直であることは大きな美点であり、ウルベルトとしても好感が持てる。しかし正直に話すことによって彼らに与えてしまうであろう影響までをも考えると、素直に感心するわけにはいかなかった。
案の定、今までウルベルトに向けられていた彼らの怒りが、次はヘンリーへと向けられる。
彼らの中には国の守護者であるはずの聖騎士に対しての不満も既に少なからずあったのだろう。それがヘンリーが語った真実によって火がつき、一気に膨れ上がって爆発する。
何故自分たちを、大切な家族を、友人を助けてはくれなかったのか。
聖騎士は国の守護者であり、強いのではないのか。
まるで全ての元凶がヘンリーであるかのように、彼に詰め寄って憎悪の言葉を吐き出す。
ヘンリーも敢えて黙って彼らの言葉を受け止めており、そんな目の前の光景にウルベルトは湧き上がってきた不快感に小さく顔を顰めさせた。
「………気に入らないねぇ…」
騒音の何物でもなくなった集団からの嘆きと怒りの声に、ウルベルトの声がまるで覆い尽くすように響く。
先ほどの柔らかなものとは打って変わり、それはとても静かでいてひどく冷めた声音。
反射的にこちらを振り返った男たちやヘンリーの目に、どこか薄ら寒い気配を漂わせた悪魔がじっと自分たちを見据えている姿が飛び込んできた。
ウルベルトは蹄の足をゆっくりと動かし、集団に向けて一、二歩と歩み寄る。男たちはウルベルトの放つ不穏な空気を感じ取ったのか、顔を強張らせて小さく後ろへと後退った。
ウルベルトは小さくフンッと鼻を鳴らすと、ヘンリーの元まで歩を進めて、まるで労うように彼の肩を軽く叩いた。
こちらを振り返って不安そうな表情を浮かべているヘンリーに優しい眼差しを向けた後、次には睨むように男たちへと視線を移した。
「……全くもって気に入らない。まるで助けられて当然だとでも言いたげだねぇ。もし本当にそんなことを考えているのであれば、即刻その考えを改めるべきだと忠告しておこう。今の状況下では君たちの命の価値が一番低いのだよ」
「なっ、何だと!?」
ウルベルトの言葉に男たちは怒りに顔を歪めて食ってかかってくる。
しかしウルベルトは男たちの言葉に対して再びフンッと鼻を鳴らして吹き飛ばした。
「当り前だろう。まさか命は平等だと戯言でも言うつもりかね?」
「お、俺たちは、聖王国の民なんだぞ!!」
「それがどうした。命にはそれぞれの価値があり、決して平等などではないのだよ。確かに平和な世であれば君たち平民の命が一番価値があるだろう。しかし今は戦乱。戦えぬ平民よりも戦える聖騎士や、個を軍としてまとめられる王族や貴族の命の方が一番価値が高くなることなど馬鹿でも分かることだろう?」
ウルベルトの言葉は残酷なものではあったが、しかし一方で現実を見据えた真理でもあった。
“国は民である”という言葉があるように、確かに平和であれば国を支える平民が一番の価値を持っている。
しかし戦乱となれば話は別だ。
戦乱となれば戦える者や指揮できる者が一番に重宝される。戦えぬ……或は小さな兵力にしか成り得ぬ平民は、戦乱となれば一気にその価値を低下させるのだ。
命は決して平等ではない。
平等だと言うことが出来るのは、命の危機などない完全な平和を確立した世界でのみなのだ。
「今の状況で一番価値があるのは大きな戦力である聖騎士であり、平民である君たちではないのだよ。聖騎士の中では“力ある者が力無い者を守るのは当たり前”という考えがあるそうだが、私から言わせれば戦況が見えていない笑い話としか思えない。君たちは他人に頼らず、自分たちで立ち向かうべきだったのだよ」
「そんな…こと……、できる訳ないだろう! あいつらはものすごく強くて、俺たちだけじゃあ抵抗することもできない!」
「ならば諦めたまえ。君たちがこんな目に合ったのも、大切な者たちが犠牲になったのも、全ては君たちに力がなかったからだ。つまり自分たちのせいというわけだ」
「それは! ち、違う!! 俺たちが悪いんじゃない!! 攻めてきた亜人や悪魔どもが悪いんじゃないかっ!!」
「あんたは強いから、そんなことが言えるんだ!!」
男たちの口から放たれる、どうしようもない嘆きの叫び。
普通であれば同情してしまいそうな悲痛な叫びも、しかしウルベルトからしてみれば苛立ちを増幅させるものでしかなかった。
「ならば問うが、お前たちは何故生きているのだね?」
「……何だと…?」
「子供が、妻が、家族が、友人が、犠牲となった者たちがそんなに大切だったのなら、何故お前たちは身代わりになってまで助けなかったんだ。本当に大切ならば身代わりになってでも助けたら良かったんだ。そうしなかったのは、お前たちにとって彼らがそれほどの価値もなかったということだろう?」
「何を…言って……。あんたは……他人事だからそんなことが言えるんだ!」
死ぬことは怖い。
そんなことは誰だって知っていて、誰だって分かることだ。いくら大切であっても、自分の命を犠牲にしてでも護ることは難しい。
しかしウルベルトは、本当に大切ならば自身の命をも犠牲にすることが出来る人がいることを、身をもって知っていた。
「私は大切な息子や友人のためならば、この命を捧げることも厭わない。そして、大切な者を守るためにその命を犠牲にした者がいたことを知っている。……何より君たちは一つ勘違いをしているようだが、私は最初から強かったわけではない」
ウルベルトの言葉に、この場にいる全員が驚愕に目を見開かせてウルベルトを凝視してくる。
ウルベルトは少し躊躇し、しかし心を落ち着かせながらゆっくりと口を開いた。
「……私も、我が友アインズも、最初から強かった訳ではない。私もアインズも、そして私の父と母も……、元々は搾取される側でさえあった。父と母は私を守るために搾取者に命を捧げ、その身は塵と化した」
「っ!!?」
ネイア、ヘンリー、スクードから驚愕に息を呑む音が聞こえてくる。
ウルベルトは気を抜けば怒りで震えそうになる手を強く握りしめながら、まるで唸るように話し続けた。
「私自身も搾取され続け、ある時は大々的な“異形種狩り”に晒されて死にかけたことも幾度もある」
思い出される、現実世界での過酷な日々。
ユグドラシル時代に行われた“異形種狩り”に、幾度となくロストされそうになった苦い思い出。
「だからこそ、私もアインズも強くなろうと努力したのだよ。知識を集め、時には研究し、魔法を極めようと強者に挑み、時には
アインズはどう思っているのか知らないが、自分はこのアバターの力が実際に自分の力となったことに対して、決してラッキーな出来事だとは思ってはいない。
この力だとて、ゲームとはいえ自分たちが切磋琢磨して手に入れた力なのだ。ゲーム内でも力に拘らないプレイヤーはおり、また力に対して怠けるプレイヤーも存在した。ならばこの力は偶然手に入れたものでは決してなく、自分たちの努力の賜物であると断言してもいいのではないだろうか。
だからこそ、何の努力もせず、大切な者を助けるために身を犠牲にすることさえせず、ただ助けてくれなかったと嘆くだけの彼らに対して怒りと不快感しか感じなかった。
「私とて最初から弱いことが悪いとは言わない。だが、お前たちは強くなろうと努力したのかね? 大切な者たちを守ろうと何かを考え、対策を取っていたのか?」
ウルベルトの問いに、男たちは誰もが無言で顔を逸らす。
誰も何も言わなかったが、彼らの態度から彼らが何もしてこなかったのが見てとれた。
「聖王国は定期的に亜人からの脅威に晒されていたと聞く。そんな環境にありながら、何の対策も立てずに強くなろうともしなかったのなら、それは自業自得と言うものだ」
「……………………」
「もう一度言おう。命は決して平等ではない。大切な者の価値を見出すのは君たちでしかなく、それを守るのも君たちでしかありえないのだよ」
何処までも残酷で、冷酷と思える言葉。
しかし超越者であるはずの悪魔の悲惨な過去を知ってしまった後では、その言葉は何よりも重くネイアたち従者や男たちの心に伸し掛かった。
ウルベルトはすっかり意気消沈して黙り込む男たちを静かに見つめながら、どこか気怠さそうに小さな息をつくのだった。