災厄の悪魔は正義を嗤う   作:ひよこ饅頭

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今回は前半と後半で視点が変わっております。
読みにくかったらすみません……(汗)


第7話 変化

 ウルベルトがオスカーと契約して己の従者とした日の翌日。

 解放軍は新たな捕虜収容所を解放すべく進軍を行っていた。

 強行軍ともいえるこの行動には主に食糧事情が関係していた。ウルベルトが解放した捕虜収容所にも、解放軍が解放した捕虜収容所にも、期待するほどの食糧が備蓄されていなかったのだ。

 捕虜となっていた国民を解放したことで解放軍の勢力自体は拡大されたものの、しかしそれは、それだけ食い扶持が増えたとも言える。このままでは亜人たちと戦う以前に、飢えによって人間同士が争う羽目になる。

 加えて亜人たちは規定日数ごとに近郊の小都市から食料を運び込むシステムを採っており、このままでは小都市を支配している亜人たちに捕虜収容所が奪還されたのを知られ、こちらの動きがバレてしまう危険性もあった。

 レメディオス率いる解放軍が選択したのは“バレる前に小都市を襲って落とす”という荒療治。

 グスターボとしてはもう少し慎重な行動をとりたかったのだが、しかし代案が思いつくこともなく、解放軍は聖騎士や神官や多くの民兵を連れて捕虜収容所となっている小都市へと向かうのだった。

 

 グスターボは騎乗している馬の手綱を握り直しながら、チラッと目だけで後ろを振り返った。

 彼の後ろには部下である聖騎士や神官たち。そしてみすぼらしい装備を身に纏った民兵たちがふらつく足取りでよろよろと歩を進めている。

 彼らは捕虜収容所から解放された民たちであり、その殆どがウルベルトが解放した捕虜収容所に囚われていた民たちだった。

 解放軍が解放した捕虜たちは、その際の争いに巻き込まれて全体の三分の二まで数を減らしてしまっている。加えて命は取り止めたものの重症である者も多く、武器を持って動ける者が少数しかいなかったのだ。

 ウルベルトが担当した捕虜収容所と解放軍が担当した捕虜収容所での圧倒的な差。

 それは被害の数だけに留まらず、こんなところにまで影響を与えてしまっていた。

 民兵の比率と民たちの状態を報告した時のレメディオスの表情が忘れられない。

 まるで信じられないというかのように……失望と怒りを綯い交ぜにしたような彼女の表情を思い出して、グスターボはその場に自分しかいなかったことに心の底から安堵した。

 とてもではないが、あの時の彼女のあんな表情は部下の聖騎士たちには絶対に見せられない。民たちに見せるのは以ての外だ。

 グスターボは目の前を進むレメディオスの背を見つめ、次にはウルベルトやオスカーのことを思い出して零れ出そうになったため息を咄嗟に呑み込んだ。

 そのことを考えただけでも胃がキリキリと痛みを訴えてくる。

 オスカーがウルベルトと契約を交わしてウルベルトの従者になったことを報告した時は、民兵について報告した時以上にレメディオスは表情を歪めて荒れに荒れまくった。

 まぁ、彼女にしてみればオスカーは聖騎士にあるまじき罪人であるため、怒り狂うのは当然だろう。自分とて、罪人であるないに拘らず、聖騎士が悪魔であるウルベルトと契約して従者となること自体が信じられず、また信じたくなかった。

 しかしそれでもグスターボが最終的に認めたのは、少しでもウルベルトに貸しを作り、ウルベルトよりも優位に立つためだった。

 ウルベルトの影響力は末恐ろしいものがあった。

 当初、グスターボはウルベルトが聖王国に来るにあたり、聖王国に与える影響力に関してはそれほど危険視してはいなかった。どちらかというと、悪魔であるウルベルトを嫌悪し、その矛先がウルベルトを招いた自分たちにまで向けられる可能性の方を心配していたのだ。

 しかし、実際に彼が聖王国に来てみれば、どうだろうか……!

 最初は確かに誰もが忌諱し、嫌悪や憎悪の表情を浮かべる者さえいた。

 だというのに、気が付けば一人の聖騎士と神官がウルベルトの指揮下に入ることを望み、他の聖騎士や神官たちも彼の強すぎる力や深い叡智に重きを置き始め、実際に虐げられてきたはずの民たちですらウルベルトに対して負以外の感情を向けていた。

 彼が強いのはグスターボにも分かる。実際に戦ったところは未だに見たことはないが、伝え聞く実力や彼が召喚した魔獣や悪魔たちを見れば、彼がどれほどの力を持っているのかは嫌でも理解できる。

 しかしグスターボが最も危険視したのは、強力な力でも深い叡智でもなく、悪魔とは思えぬほどの慈悲深さと寛大さ。そして何よりその身から滲み出る王気とも言うべき気品とカリスマ性だった。

 「悪魔であるのに……」という意外性の効果も少なからずあるのだろう。

 しかし非常に頭が痛いことに、ウルベルトのそれらを更に強調してしまっている原因があることをグスターボは気が付いていた。

 それは全聖騎士の頂点である団長であり、解放軍の長でもあるレメディオス・カストディオの存在。

 今や現段階の聖王国の頂点とも言うべき彼女は、残念なことに全てにおいてウルベルトに劣ってしまっていた。

 力は勿論の事、先ほど上げていた慈悲深さも寛大さも、上に立つ者としての威厳もカリスマ性も、全て……。

 レメディオス・カストディオという存在は、力は勿論の事、戦闘センスがずば抜けて高いことが知られている。加えて彼女はその地位に反して偉ぶったところがなく、深く物事を考えずに感情のままに言葉を発してしまう所は相手によっては馬鹿と捉える者もいたが、しかし同時に裏表がないと親しみとして捉える者もまた多くいたのだ。だからこそ彼女の評判も信頼も聖王国の中では決して悪くはなく、逆に高い分類に入っていた。

 しかしヤルダバオトが現れて聖王女や彼女の妹が行方知れずとなってからは全てが悪い方向へと向かっていってしまった。考えなしの発言は愚か者だと思われるだけのものになり、感情に素直な言動は狭量だと判断された。

 ウルベルトとレメディオスが同じ空間にいるだけで、ウルベルトの度量や寛大さが彼女の言動によって周りに強調されてしまっている。

 これは決して軽視していて良い問題ではなかった。

 このまま彼を御しきれずに思うがまま振る舞われたら、聖王国は……聖王国に生きる者たちの感情は一体どうなってしまうのか……。

 そう考えるとどうしても嫌な予感にゾッとしてしまう。

 だからこそ、少しでもウルベルトの手綱を握るために“貸し”を作って彼の行動を抑制する。

 正直どこまで効果があるのかは分からないが、何もしないよりかはマシだろう。

 グスターボは胃の痛みが増したように感じて鳩尾辺りを撫で摩りながら、ふとオスカーの事について思考を巡らせた。

 正直、レメディオスの判断と行動はグスターボからしてみてもやり過ぎだと思わざるを得ない。

 しかしレメディオスの語ることや目指すものは聖騎士としての理想そのものでもあるため、同じ聖騎士であるグスターボがそれを否定することも、また決してできなかった。

 恐らく部下である他の聖騎士たちも自分と同じだろう。加えて彼らの場合、レメディオスは絶対に従うべき上官でもある。亜人や悪魔たちと争っている戦時中において、上官に逆らって輪を乱すなど愚の骨頂なのだ。

 オスカーの事を思えば気の毒としか言いようがないが、こればかりは副団長であるグスターボにもどうすることもできなかった。

 今はせめて、せっかく助かった命を無駄にしてほしくないと、何とも自分勝手に願うことしかできなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 薄暗い闇の中で、多くの人間の集団がゾロゾロと歩を進める。

 周りには自分と同じように痩せ細り生気が抜け落ちた表情を浮かべた者たちがよろよろと機械的に足を交互に動かしている。ここからでは見えないが、遥か前方には自分たちを率いている聖王国の聖騎士たちが自分たちと同じように前進しているはずだ。

 未だ夜も明けぬ早朝。

 陽の光に白けるどころか星の煌めきすら未だ薄っすらと見える頭上の空を見上げ、民兵である男……ノズマはギョロッとした目を小さく細めさせていた。

 ずっと薄闇の中にいたせいか、未だに太陽の明るい光は慣れない。今のような夜に輝く月や星の光が丁度良いと感じてしまう自分にノズマは思わずギリッと小さく歯を軋ませた。

 

 ……あれからどのくらいの時間が経ったのか……――

 

 亜人や悪魔たちの襲撃にあい、捕虜となった時から幾度となく思った言葉を再び胸の中で呟く。

 漸く捕虜の身から解放されたというのに、何故か平和は訪れず戦いは続いている。

 すっかり痩せ細ってしまった骨のような両手の指で槍代わりの長い棒きれを握りしめ、言われるがままに新たな戦いへと機械的に足を進めていた。

 

 もう十分だ、もう解放してくれ!

 

 これ以上動きたくなくて、何も考えたくなくて、硬く引き結ばれた唇の奥で心が悲鳴を上げているのを感じる。しかしいくらその言葉を口にしたところで何も変わることなどないと知っているため、ノズマは決して口を開こうとはしなかった。

 空へと向けていた目を元に戻し、続いてチラッと自分の背後へと小さく振り返る。

 後ろには前や横と同じく、多くの民兵が人形か何かのように同じ動作を繰り返してそこにいた。しかしノズマはまるで見えない何かを睨み据えるように目の光を鋭くさせた。

 ここからでは見えないが、自分たちの後ろにいるはずなのだ、あの山羊頭の悪魔が……。

 聖王国を救うために魔導国から来たという悪魔、ウルベルト・アレイン・オードル災華皇(さいかこう)

 最初にその存在を知ったのは他の捕虜収容所から助けられたのだと言う集団から話を聞いた時だった。

 子供たちを大切そうに抱いている母親。

 妻を労わるように肩を抱き叩く男。

 疲れ果てて死んだように眠っている老人に布をかけてやる子供たち。

 彼らは彼女たちは一様にウルベルト・アレイン・オードル災華皇と名乗る悪魔の強さや、彼が語ったという言葉をノズマたちへ話して聞かせてくれた。

 聞けば聞くほど信じられないほどの力。悪魔とは思えぬ思考回路。

 しかしノズマが一番強く感じたのは驚愕でも関心でも感心でもなく、ただドロドロに燃え立つような怒りだった。

 ふざけるな、と思った。

 この国を地獄に変えた悪魔と同じ種族であるくせに、上から目線であることが酷く気に食わなかった。

 それと同時に、何故自分たちの時も助けに来てくれなかったのかという何処か矛盾した怒りも同時に湧き上がってくる。

 だから、だろうか……。

 村で初めてその姿を見て、その金色の片目と目が合った時、悪魔という種族に対する恐怖は一切湧き上がっては来なかった。

 湧き上がって来たのは、話を聞いた時と同様の煮えたぎるような憤怒と憎悪。

 気が付けば、同じ思いを滾らせる仲間たちと共に悪魔へと怒りの丈をぶつけていた。

 災華皇に対して感じている感情は、決して自分一人だけのものではない。同じ捕虜収容所に囚われていた者たちの多く……それこそ全員とも言うべき割合がノズマと同じ感情を抱いていた。

 だから……と言うわけではないが、あの時はノズマは自分自身でも驚くほどに一切の恐怖を感じることなく感情を爆発させていた。

 しかしノズマたちに返されたのは謝罪の言葉でも悪魔らしい嘲りの笑みでも理不尽な怒りでもなく、何処までも確信を突いた辛辣な言葉だった。

 悪魔は自身の過去を語り、こちらの態度を批判すらしてきた。

 “大切な者を救いたかったのなら、何故自分たちで行動しなかったのか”と。

 “弱いと自覚しているのなら、何故強くなる努力をしなかったのか”と……。

 正直に言って胸に鋭く突き刺さるように感じはしたが、それでもノズマは怒りの方が勝っていた。

 ふざけるな……、と思った。

 俺たちのことを何も知らないくせに、知った風に非難してくるのが気に入らなくて腹立たしかった。

 他人事だからそんな偉そうなことが言えるんだという思いが消えなかった。

 “自分も元は搾取される側だったのだ”と、“自分も最初から強かったわけではない”と言われても、まったく信じられなかった。

 悪魔の言葉など信じるに値しないとすら思えた。

 只々……、憎くて悲しくて苦しくて、仕方がなかった……――

 

 

 

 

 

「――……これより戦闘を開始する! 行くぞっ!!」

「「「おおぉっ!!!」

 

「……っ!!」

 

 思考の渦に沈んでいたノズマは、唐突に聞こえてきた声にハッと我に返った。

 反射的に前方へと目を凝らせば漸く白け始めた空を背景に遠くの方に市壁と思われる物が見え、整列を汲んだ聖騎士たちが突撃するのが見てとれた。最前線を務める聖騎士に続き、家の木の壁を盾のように持った民兵が後に続いている。気が付けば目的地である捕虜収容所に着いていたようで、ノズマは途端に大きな恐怖が湧き上がってくるのを感じた。

 一応聖騎士たちからは“民兵たちは戦闘は避けるようにして、もしどうしても戦わなくてはならない場合には複数で一人を相手にして助けが来るまで時間を稼ぐように”と言われている。

 しかし実際に戦闘になれば、そんなに上手くいくはずがないとノズマは理解していた。

 こちらが本気ならばあちらとて本気なのだ。相手が人間よりも基礎能力が高い亜人であれば尚の事、そう上手くいくわけがない。

 ノズマは激しく震え出した両手で必死に木の棒を握りしめて必死に歯を食いしばった。すぐに顎が疲れて痛みを訴えてくるが、そうでもしていなければ歯が打ちあってカチカチと鳴ってしまいそうだった。

 先ほどまではいっそのこと死んで楽になってしまいたいと思っていたというのに、やはり実際に死に直面すると強烈な恐怖が湧き上がってくる。

 

 今すぐにでも逃げ出してしまいたい!

 ここではないどこかに逃げて、何もかも忘れて、蹲ってしまいたい!!

 ほら、今ならまだ逃げられる。

 自分一人逃げても、きっと今なら戦闘の方を優先されて誰も追ってはこないだろう。

 生きたいなら逃げるべきだ。

 踵を返して、今すぐ逃げろ……。

 逃げろ、逃げろ。

 走れ、走れ、走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れ走れはしれはしれはしれはしれはしれはしれはしれ………っっ!!

 

 しかしどんなに心の中で急き立てても何故か足は鉛のように動こうとしない。逆にすぐ前の列が動き始めると、まるでそれに引き摺られるようにして足が前へと動き始めた。

 徐々に近づいていく市壁と戦闘の音。

 頭上を多くの天使たちが通り過ぎ、一直線に市壁へと飛んでいく。

 市壁の上には多くのバフォルクが立っており、聖騎士や天使たちに向けて長い槍を何度も繰り出していた。ここからでは見えないが、恐らく門の方でも激しい攻防が繰り広げられているのだろう。石落としから熱湯が降り注ぎ、湯気だけでなく激しい水音までもがこちらにまで聞こえてくる。

 どんどん大きくなってくる喧騒。

 それに比例してどんどん大きく激しくなっていく恐怖と全身の震え。

 思わず持っていた木の棒を落としそうになったその時、まるでそんなノズマを励ますかのように前方から力強い歓声と獣のような悲鳴が聞こえてきた。

 ハッとそちらへと目を凝らせば、遠目からでも門の鉄格子が大きくへしゃげているのが見てとれる。

 恐らく歓声を上げたのは聖騎士たちで、悲鳴のような声を上げたのはバフォルクたちなのだろう。

 思わぬ良い流れにノズマの表情も少しだけ明るくなり、震えも小さくなっていく。

 これならば自分は何もせずとも全てが上手くいって戦闘が終わるかもしれない……。

 そんな甘い考えが頭を過ったその時、次はまるでそんな考えを嘲笑うかのように怒鳴るような声とどよめきがさざ波のように聞こえてきた。

 

「………一体、何なんだ…」

 

 好転してきた感情に水を差されて、ノズマは思わず小さく呟いて一、二歩と歩を進めた。前にいる男や老人たちをかき分けながら門へと近づき、目を凝らして耳を聳てる。

 実は亜人たちの襲撃を受ける前までは狩人として生計を立てていた彼は、普通の者よりも目は良く、聴覚も鋭かった。

 なるべく門へと距離を詰めながらそれらを最大限に利用して何が起こっているのか探ろうとする。

 徐々に門近くの動きが鮮明になっていき、騒めきも大きくなっていく。

 睨むように目を凝らし、耳に意識を集中していくノズマに、唐突に若い女の声が飛んできた。

 

「――……天使たちを後退させてくれ! そうしなければ奴らは子供を殺すつもりだ!」

 

「っ!!」

 

 切迫したような声と言葉の内容に、それを聞いたノズマの思考が真っ白に染まる。

 反射的に門の奥へと目を凝らせば、一頭のバフォルクが人間の幼子を片手に掲げて何事かを喚きたてていた。

 子供が人質に取られていると分かった瞬間、一気に身体中の血の気が引く。思わず聖騎士たちの方に視線を走らせれば、信じられないことに聖騎士たちは一カ所に集まって何事かを話し合っているようだった。

 何をしているんだ…! と燃える様な怒りが湧き上がってくる。

 まるでその感情に突き動かされる様に更に人波をかき分けて聖騎士たちの元まで歩み寄って行けば、彼らの言い争うような声が徐々に鮮明に聞こえてきた。

 

「やはり彼らと交渉すべきだ!」

「団長! あれだけ散々議論したではありませんか! 時間があっても、どれだけ考えても、手はなかった。我々ではあの子供を救うことはできません!」

「もはや犠牲なく戦いに勝利することはできません! 一を切り捨て、多くを救うべきです!」

「それは聖王女陛下の戦いではない! 我々は聖王女陛下の剣だ! この国の全ての民が安らかに生きることを望む聖王女様の!」

「しかし聖王女様は……!!」

 

 子供を救うべきだと主張する一人の女聖騎士と、子供を救うことは無理だと女聖騎士を説得している他の聖騎士たち。

 彼らの口振りからして、恐らくあの女聖騎士がこの解放軍の長であり、聖騎士の頂点と名高いレメディオス・カストディオなのだろう。

 人質や戦いをそっちのけで言い争う聖騎士たちに、ノズマは頭が混乱するようだった。

 子供を救う方法を話し合うどころか聖王女の話へと変わっていくことに混乱が更に増していく。

 

「次なる聖王様はまだお立ちになられていない! であるなら剣を捧げた聖王女様のお考えを守っていくべきではないか! 忠義を誓いながらそれを破ってどうする! 違うか! お前たちは何に剣を捧げた! 何の儀式を経て、聖騎士として認められたんだ! この騎士団は誰に仕えていると思っている!」

 

 もはや女聖騎士の目には自分の周りに立つ聖騎士の姿しか見えていない。

 彼女は今までの激情が嘘であったかのように、次にはひどく冷めたような底冷えのする表情を浮かべた。

 

「……それとも何だ? 弱き民に幸せを、誰も泣かない国を、という聖王女様の願いが間違っているというのか?」

「間違ってなどおりません! ですが、状況によって……変える必要はあります」

「誰が、だ? 誰が変える? それに聞かせてもらおう。誰一人として死者を出さないということ以上の正義が存在するのか!?」

 

 彼らの討論はまだまだ続いて終わりを見せない。

 ノズマは彼女の彼らの言い分に怒りが再び燃え上がってくるのを感じていた。ノズマからしてみれば彼女たちの言葉の内容は全てが無意味で茶番としか思えなかった。

 何が聖王女だ……。

 何が忠誠だ……!

 何が正義だっ!!

 一般市民でしかないノズマでも、女聖騎士の言う“誰一人として死者を出さない”というのが一番良いことなのは分かっている。いや、これは誰でも分かることだろう。しかしそれと同時に、その考えはあくまでも理想論でしかないことも誰でも分かることだった。多くの犠牲者が出ている現状において、一人の子供が人質に取られている今、そんなことを語ることに何の意味があるというのか。

 本当にそれが正しく、それしか道がないというのなら、さっさとあの子を助けるべきだろう!

 それが出来ないのなら正義なんて糞くらえだ!!

 激情が頭の中で渦巻き響き渡る中、一方で冷めている思考が冷ややかに彼女たちを見つめていた。

 

(………あぁ、あの時(・・・)もこうだったのか……。)

 

 激情の片隅でどこまでも冷めた言葉が零れ落ちる。

 恐らく自分たちが囚われていた捕虜収容所でも今と全く同じことが起こっていたのだろう。

 幼い子供たちがバフォルクたちによってどこかに連れ去られ、人質にされ、聖騎士たちは成す術もなく言葉を並べ、最終的には捕虜の多くが死んでしまった……。

 思考がそこに辿り着いた瞬間、ノズマの心にすっかり忘れていた死への恐怖が再び勢いよく湧き上がってきた。

 

 今の状況がもし、本当に自分たちの時と同じであったのだとしたら……。

 ならばこの捕虜収容所に囚われている人たちに……、今ここにいる自分たちに待っている未来は………。

 

 ノズマの視線が無意識に門の奥へと戻され、未だ幼い子供を人質に何かを喚いているバフォルクを視界に映す。

 生気のない表情でされるがままに掲げられている子供を見た瞬間、ノズマは握り締めていた木の棒を手放して地面へと落としていた。カランッ……と乾いた音が小さく響くも耳に入らず、無意識に自分の背へと手を伸ばす。

 彼の背には手入れもされていないボロボロの弓。

 いつ壊れてもおかしくないそれは、そうであるが故に木の棒以外にも持つことを許された物だった。

 ノズマとて狩人の習慣としてあくまでもお守り代わりとして所持を願い出た物であり、これを武器として使うつもりなど欠片もなかった。しかし気が付けばノズマは背の弓を両手で掴むと、先ほどの戦闘で使われたのだろう地面に突き刺さり転がっていた矢を拾い上げて弓に番えていた。弦をギリギリと引き絞り、矢の先を門の奥のバフォルクと人質へと向ける。

 彼らに狙いを定めながら、ノズマの頭の中では数多の感情や言葉が浮かんでは大きな渦を作り出していた。

 自分には愛する妻がいた。

 可愛く大切で宝物である娘がいた。

 しかし妻は最初の亜人たちの襲撃によって命を落とし、娘は先の捕虜収容所の争いによってバフォルクに連れ去られ、次に見つけた時には物言わぬ無残な姿へと成り果てていた。

 どうして助けてくれなかったのだと今でも怒りを覚える。

 聖騎士がもっと強かったなら、あの悪魔が解放軍と共に行動してくれてさえいれば…と今でも思う。

 しかし悲しいことに、悔しいことに、今この状況で全て分かってしまった。

 あの悪魔が言っていた言葉を理解してしまった。

 『命は決して平等ではない。大切な者の価値を見出すのは君たちでしかなく、それを守るのも君たちでしかありえないのだよ』

 ああ、そうだ。

 全くもってその通りだ……。

 胸糞悪いことに自分は今、あの幼い子供と自分の命を秤にかけて自分の命を選ぼうとしている。

 あの子供から先の捕虜収容所奪還の光景を重ねて、聖騎士たちが最初の時に人質を殺すなりしてバフォルクの意表を突いていたなら自分の娘は助かったのではないかと考えてしまっている。

 分かっている、理解している。

 それでも……っ!

 

 

「――…おいっ、何をしている!?」

 

 ノズマの行動に気が付いて、聖騎士の一人が声を荒げてくる。いや、本当は荒げていなかったのかもしれないが、少なくともノズマにはそう感じた。同時に焦りにも似た感情が湧き上がってきて、弓を持つ手に汗が噴き出し、矢の先も小刻みにブレだす。

 自分の腕では的に正確に当たるかも分からない。もしかしたら矢が外れて更にバフォルクたちを興奮させてしまうかもしれない。

 しかし自分の命を選択してしまった以上、もはやノズマは覚悟を決めるしかなかった。

 弓を持つ手に更に力を込め、少しでもブレないように息を止める。こちらに近づいてくる鉄の足音が集中力を乱してきて焦りばかりが増していく。

 しかしノズマは一層弦を引き絞ると、次には勢いよく矢から手を離した。

 ノズマの手から解放され、一本の矢は勢い良く宙を切り裂く。

 向かうは門の奥。バフォルクと、バフォルクに囚われている幼い子供。

 それらの命を奪わんと突き進んでいく矢は、しかし、途中でピタッとその動きを止めた。

 

 

 

 

 

「………よく覚悟したものだ。私は君のその強さに敬意を示そう」

 

 

「っ!!?」

 

 

 聞こえてきたのはひどく柔らかく優しい声音。

 見開かれた視界に映るのは風にたなびく漆黒と昇り始めた日の光に輝く黄金色の捻じくれた角。グローブ越しにでも分かるほどに細く骨ばった手が掌を上にして軽く挙げられている。

 親指と人差し指と中指が何かを摘まむように折り曲げられており、その三本の指の間にノズマが先ほど放った矢が軽く挟まれていた。

 こちらに背を向けた状態でノズマたちとバフォルクたちの間に割って入ってきた一つの存在。

 勢いよく放たれた矢を摘まんで止めるという信じられない行動をやってのけたのは、最後尾にいる筈のウルベルト・アレイン・オードル災華皇だった。

 ノズマたちだけでなくバフォルク側までもが驚愕に制止する中、ウルベルトは柔らかな微笑を浮かべて矢を放ったノズマを振り返った。ノズマの姿を捉えた瞬間に少し意外そうな表情を浮かべた後、何故かすぐに面白そうな笑みを浮かべて小さく金色の瞳を細めさせる。しかしその目が聖騎士たちへと移された瞬間、穏やかな金色の瞳は一瞬で冷たい光を宿した。

 

「……全く、本来先導すべき者が手を拱いて、本来先導されるべき者が覚悟を決めて行動するとは、一体どういう訳なのかねぇ」

 

 紡がれる声音はどこまでも穏やかながらも誰が聞いても分かるほどに呆れ果てたような響きを宿らせている。

 

「……申し訳ありません、災華皇閣下」

「………全くお恥ずかしい限りです…」

 

 いつの間にいたのか、ウルベルトの傍らに控えるように立つ見覚えのある従者の少女と見覚えのない漆黒の鎧の騎士がそれぞれウルベルトへと頭を下げている。

 ウルベルトは二人をチラッと見ると、次には小さく頭を傾けさせて肩を竦ませた。

 

「まぁ、私が言っても仕方がないことではあるのだがね」

 

 ウルベルトは一つ小さなため息を吐き出すと、手に持っていた矢をポトッと手から零れ落とした。

 次にはフワッと漆黒の身体が舞い上がり、高い上空から自分たちを見下ろしてくる。

 

「聞け、解放軍の諸君! 私はこの戦いにおいて一切手を貸すつもりはなかったが、そこの一人の民兵の勇気と覚悟に敬意を表して、ここからは私が攻め手を務めよう!」

 

 突然の思わぬ言葉と申し出に、誰もが困惑の表情を浮かべる。

 しかし続いて門の方へと振り返るウルベルトに、バフォルクたちは我に返ったようだった。戸惑ったような色は残しながらも注意深くウルベルトを見やり、子供を人質に取っているバフォルクは鋭い牙を剥き出しにして再び吠えたて始める。

 

「おい! なんだ貴様は!」

「何で悪魔があちら側に……?」

「そんなことは今はどうでもいい! 少しでも変な真似をしてみろ! こいつの命はないぞ!!」

 

 ウルベルトに対して恐怖でも感じているのか、今までなかった必死さで喚き散らす。首を掴んでいる手に力がこもり、捕まれている子供は顔を苦痛に歪ませた。

 瞬間、ウルベルトの金色の瞳が怪しい光にゆらりと揺らめく。

 

「……全く一つ覚えのように…、虫唾が走るねぇ。私は何事にも美学があると思っているが、人質を取って力押しするだけの君たちは全くもって美しくない。逆に見苦しいだけだ」

 

 ウルベルトはフンッと小さく鼻を鳴らすと、次には右手をゆっくりと軽く掲げた。顔の横まで掲げた右手がパチンっと高く指を鳴らす。

 瞬間、彼の足元の地面に複数の黒い霧がどこからともなく現れた。

 黒い霧は紫の燐光を時折散らしながら質量のある存在を形作っていく。

 

「「「っ!!」」」

 

 ノズマの周りで複数の息を呑む音が聞こえてくる。いや、ノズマ自身も小さく息を呑んで驚愕に目を見開いていた。

 黒い霧が形作ったのは十二体もの闇色の馬に跨った闇色の騎士。

 その手に持つ巨大な(ランス)も身に纏う全身鎧(フルプレート)も陽の光を一切反射せずに全てを呑み込んでいる。背に流れるボロボロのマントも漆黒で、風に舞い上がる様は悪魔の皮膜の翼のよう。騎士を乗せている馬も漆黒の全身鎧(フルプレート)を纏っており、騎士はスリットから一対の紅の光を、馬は鎧の隙間から三対もの紫の光を覗かせていた。

 

 多くの騎士から……、そして何より上空に浮かぶ漆黒から大きすぎる存在感と力が感じられて、ノズマは知らず圧倒されて魅了された。

 

 

 

 

 

「さてさて、では始めるとしようか……」

 

 

 ポツリと響く、どこか楽し気な声音。

 

 誰の目も届かないところで、漆黒はニヤリと悪魔らしく嗤った。

 

 




ちょっと長すぎるので一度ここで切ってUPさせて頂きます!
続きは次回へ!
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