ポケットモンスター虹 オペレーション・ブレイブバード 作:真城光
この時は、アシュリーとの出会いから数日した頃。作戦開始の二日前である。
「ウェインさーん、起きてくださーい」
目を開けると、飛び込んできたのは元気な少女だった。
自分より暗い色の茶髪を揺らす彼女を見て、ウェインは怪訝な顔を浮かべる。あまり会いたくない同僚の顔だった。
「……ローズ。騒がしい」
「こんなところで寝てるのがよくないんですよ」
こんなところ、と彼女が言ったのは第一空挺隊の訓練所の裏手である。
ポケモンレンジャーとの共同訓練……という名目で一方的にノウハウを学んでいるこの場所では、自分たちはアウェーであった。
そんな場所で昼寝などをしているウェインを見れば、お咎めがあるのも当然だろう。ローズも気安く話しかけているが、実際は無用な騒ぎを起こしたくないというのが本音であるかもしれない。
「アランさんから頼まれてたレポート、出せてないって」
「そんなはずは……いや、くそ、もう時間か。忘れてた」
厳密に言えば、それは指導官を買って出たポケモンレンジャーであるアランからの課題ではなくキリエからの課題だった。付き合わされているのはアランの方だ。だが、彼は真面目であるから、ひとつひとつきちんとチェックしているのだろう。
うっかり忘れてしまったウェインであったが、疲労の度合いも深くなってきた頃合いだった。このあと数日の休暇があるとは言え、こういうミスを繰り返しては部隊に影響を与える……、などと自分も真面目に考えていて笑ってしまった。
「そういえば、ウェインさんはキリエさん直々の推薦らしいじゃないですか。こんなミスしちゃダメなんじゃないですか〜?」
「うっせ」
いちいち癪に障るやつだ、と思わずにはいられなかった。
ウェインはこのローズという女性が苦手だった。ほとんど同い年ではあるが、妙に馴れ馴れしかったり、かと言えば異様に踏み込んできてはさっと引いてみせる。距離感がいまいち測れない相手である。
第一空挺隊はみながみな、エースと呼べる実力の持ち主であった。各支部の中でも確かな実力を持ち、柔軟性も兼ね備えている者であるとして推薦を受けてやってきた精鋭ばかりだ。
そんな中にいるから、ウェインの劣等感はより強くなる。ポケモンバトルも、実務や書類業務においても遅れをとってばかりである。卑屈な性格に拍車がかかったらどうするんだ、とキリエを恨まずにはいられなかった。
「お二人はどういう出会いだったんですか?」
「恋愛みたいに言うんじゃない」
「あれ、違いました? ウェインさんは、キリエ隊長にお熱なのだとばかり! 乙女の直感、大外れですね」
「うっぜえ」
憚らずそう言ったウェインは、携帯端末からメールでレポートを提出する。期限は過ぎていたが、許してくれるだろうか。
「それで、どういう出会いなんです?」
「懲りないやつだな……」
と言っても、きっかけなど大したものではない。空の部隊に関する噂があがった頃、食堂で対面したのが最初だった。
右利きの自分に対して、左利きのキリエの腕がぶつかった。顔を合わせれば、次に聞いた言葉は「うちの隊に来ないか」であった。
あのとき、どうして二つ返事で答えたのかさっぱりわからなかったが、後悔はしていない。
「え、それだけなんです?」
「意外か?」
「なんというか、もっとドラマティックなことでもあったんじゃないかって思うんですよ。暴漢に襲われたキリエさんを助けただとか、実は生き別れた兄弟だったとか」
「適当なことを言うな」
だが、確かに簡単に過ぎるように思うのは当然だ。他ならぬウェイン自身がそう思っている。
これから重要な立ち位置になる試験的な部隊に、ぽっと出の、とりわけ優秀でもない者を引き込むなど何を考えているのかと、咎められてもおかしくはない。
先ほども言ったように、場違いなのだ。日陰に生きていたはずなのに、急に日の元に出されたような気分だ。
そういうことをされると、自分の無能さを自覚するだろ。
目の前にいるローズだって、こんな言動をとってはいるが、誰とでも打ち解けるところがあった。単に自分とは反りが合わないだけである。それに、バトルも優秀で、後発での参加であったが一番最初に習熟訓練を終えたのも彼女であった。空挺部隊に選ばれるだけの実力はあるのだ。
「あれれ、なに見つめてるんですか。えっ、だめですよ私は。炎の体なのでやけどします」
「馬鹿なことを言うな」
ウェインは空を眺める。何度も飛んだ空、慣れることのなかった空、未だ眩しい空が、そこにあった。
「もうすぐですよ」
ローズがそう呟いた。ウェインは視線をそちらに向ける。彼女もまた、空を眺めていた。
心ここにあらず、という様子だった。彼女にしては珍しい。いつだって明るく飾っている彼女が、このときばかりはすべてを削ぎ落としたような、無垢な姿でいるようにも見えた。
「任務、きっともうすぐです」
「乙女の直感ってやつか」
「あ、そのフレーズ気に入ってもらえました?」
それには答えず、ウェインは踵を返した。待ってくださいよ、と言いながらローズを無視する。
彼女の言葉が正しい、と知ったのはこの二日後のことであった。
* * *
暴風に晒されながら、ウェインは指示を待った。
隣にいるムクホークは、今回の部隊配属にあたって与えられた新しいポケモンであった。ニックネームはないが、わずかな特徴から自分のものであると判断できるほどには共にいた相手であった。いまでは相棒に数えてもいいほどに息があっている。
その羽根を撫でながら、ウェインは胸のうちを反芻する。
コールサイン……行動中に関係者にのみ通じるように暫定的に定められた名はホワイトウイング7であった。同じ部隊の面々を見ながら、それぞれの名を確認する。
ふと、ホワイトウイング13:ローズと目があった。微笑んで手など振ってくる。こんなときでも余裕なのか、と思いながらも、もしかすると余裕を持っていないのは自分だけなのかもしれないとすら思えた。
「時間だ、総員配置につけ」
ホワイトウイング1:キリエからの指示が下された。
全員がムクホークの背にまたがる。総勢十三名の精鋭部隊が、戦闘の準備を整えたのだった。
先頭に立つキリエだけがムクホークではなく、ウォーグルを己の乗騎としていた。種族として、力が強く耐久にも優れたポケモンではあったが、ムクホークほどの速さはなかった。
しかし彼女のウォーグルは育ち方が違うのか、あるいは人を乗せたときにその力強さからムクホークよりも安定するからか、遜色ないどころか素早く飛んでみせるのだ。
「無線確認。チャンネル合わせよし。感度良好。お前たち、行けるな?」
おう、と頷く隊員たち。ウェインも同じように頷いた。
満足げに笑ったキリエは、息を大きく吸うと、ゴーグルを下ろした。隊員たちもそれに続いてゴーグルを下ろす。
「第一空挺隊、発進!」
助走をつけて、ウォーグルが飛び立った。それに続くようにしてムクホークたちも飛び立つ。
後方の9騎が3騎で編隊を組み、空高くへと飛び立っていく。まっすぐバラル団の飛行船群へと向けて強襲を始める。
だが、キリエをはじめとしたウェイン、ローズ、そしてあとひとりドットという隊員はまっすぐ降下し、森の中へと入っていく。
厳密には木と触れるか触れないか程度の低い高度を飛行している。翼を使うことなく、ポケモンのわずかな重心移動によって木々を避けながら突き進んでいく。
『ホワイトウイング2、エンゲージ』
無機質な声が響く。上空ではバラル団の飛行船と、空挺隊の戦闘が始まった。
この状況はどうしても空挺隊の不利である。あらかじめ上をとっている地理的有利、部隊の規模の圧倒的な差、そしてこちらがムクホークしか使えないのに対して、足場を確保しているバラル団たちは遠距離攻撃のできるポケモンを使うことができる。
万全の迎撃が行われていたものの、空挺隊はわずか半年の訓練期間の中でそれらの攻撃を避けるほどの動きを身につけていた。隊列を崩さないままにれいとうビームやエレキボールなどを巧みに躱していく。
一方のウェインは、気が気ではなかった。目前に迫る木々を避けるので精一杯である。ムクホークは自分である程度判断ができるとは言え、乗り手の言うことを聞くように躾けられているから、事故が起ころうとそれはウェインの力不足ということになるのだ。
横を見れば、ローズとドットも精一杯といった雰囲気であったが、上手く操っていた。気を引き締めて、ウェインは改めて前を見る。
キリエはというと、こちらは危うげなく飛んでいた。もとよりウォーグルは彼女のポケモンだ。すでに長年の相棒なのである。ウォーグルの育成は最難関の一角と言われており、それを自分の手で相当なレベルにまで育て上げた彼女の手腕が窺い知れる。
「総員、よく聞け。これより10カウント後に尖峰チームによる飛翔を開始する。10、9、8……」
カウントダウンが始まる。ちらりと上空を見れば、バラル団の飛行船群の中で、とりわけ大きいものの真下に回っていた。
作戦の内容としては、後方部隊の9騎が上空で撹乱をしている間に、尖峰の4騎が木々に紛れながら飛行し、敵飛行船の真下へと入る。そこから急上昇し、敵の飛行船へと取り付く。
空戦をしたことがないから、どれだけ効果を発揮するかはわからなかった。幸いにしてバラル団からの攻撃は一切なくここまでやってくることができた。あとは上へと向かうだけ。
息を呑んだ。これから主戦場へと向かうのだ。これほど大規模な作戦に投入されたのもまた初めてである。初めて尽くしの自分が、果たして役に立てるのだろうか。この期に及んで、そんなことを思ってしまうのだった。
「ときにウェイン、お前は女のケツを追いかけた経験はあるか?」
「え、へ、は?」
「ふっ、その様子ではないようだな。初めてを奪うことを許せよ。……0、上昇開始! お前たち、ついてこい!」
掛け声に、訓練の成果か、身体は嫌でも従ってしまう。無意識のうちにムクホークに指示を出して、ウェインは空へと登っていく。
身体が空気と重力に押し返される。わけがわからないままに、ウェインは青空へと飛び出したのだった。