ポケットモンスター虹 オペレーション・ブレイブバード   作:真城光

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かたやぶり

「作戦はフェイズ2に移行しました!」

 

 司令室に声が響いた。

 ペガスシティにある本部に急遽作られた司令室は、機能として最低限しか揃えておらず、場所も狭い。

 そんなところに普段は最高の施設を利用している本部の職員が詰め込んでいるのだから、不平不満はあちこちから漏れていた。

 しかしこのときばかりは、誰も文句は言わなかった。世紀の作戦の行動中である。

 簡素ながらも最新鋭のものである。3D表示されたマップに、敵飛行船の表示があった。その周囲を飛び回る九つの点を観測しながらも、新たに表示された四つの点に注目が集まった。

 

「ここまでは順調だね」

 

 そう言ったのはマスターボールのバッヂをつけた男、アストンだった。紫のボールは最高位の証であったが、彼のそれは地位を示すものではない。彼のあげた功績を讃えるものであった。

 無論のこと、実力の証左でもある。空挺隊の設立に口を添えた上、その初めての作戦の指揮を任されたのは、厄介払いか。重い任を負わされたものの、彼はいつも通り対処していた。

 だが、普段の彼であればもっとかしこまった口調で話すのだが、このときはつい崩してしまった。それは作戦の順調さを受けてか、あるいは隣にいる人物のせいか。

 

「そうでなくては困る」

 

 金色の髪をいじりながら、アシュリーがそう言った。

 ラフエルでも知らぬ者はいないと言われる名家の生まれである二人がいるその空間は、狭いながらも王宮の一室を思わせた。戦いの最中であれば将軍のテントだろうか。

 

「やっぱり心配なの? 訓練校の友だちなんだよね」

「誰が!」

 

 声を荒げそうになって、アシュリーはすぐに抑える。いらぬ不安を部下に与えてはいけない。

 

「戯言はそれくらいにしてくれ。私も君も、ここでは上に立つ者だ」

「……うん、そうだね」

 

 顔を引き締めて、アストンは言う。視線はモニターに注がれた。空中を踊るように舞う点は敵の攻撃を避けているのだろう。それであっても基本の隊列は崩していない。彼らがどれほどの鍛錬を重ねてきているかがうかがえた。

 地上からの支援を行うことはほとんどできない。こうして状況を確認しながら、情報を提供し続けるだけだ。キリエは「それで十分だ」と言うだろうが、アストンの性分からして歯がゆい状況であることには変わりなかった。

 それはアシュリーも同じだろう。わずかに隊列が崩れそうになるたびに、拳を強く握りしめている。

 

「ボクがキリエさんを推薦した理由は」

 

 唐突にアストンはそのように切り出した。

 その場にふさわしい話題とは思えなかった。いまさらキリエの能力を疑っている者はこの場にはいない。例え万年アシュリーの後塵を拝していたとしても、その実力はトップクラスである。例年にも増して豊作と呼ばれる代において、稀代の女傑二人組の前評判は嘘ではない。

 だが、アストンはそれでも足りないと判断したのだ。いま、不安を覚えているのは自分ではなく、アシュリーなのだ。彼女の不安は伝播する。カリスマ、というのは人を信じさせる力であると同時に、ある一人の思いをシンクロさせてしまうことでもあった。

 

「彼女がPGで唯一、空への対策を提言した者だからだ」

「そんな話、聞いたことがない」

「キリエ隊長は『雪解けの日』より以前に二回、空の部隊を整えることを提案した。一度は直属の上司に捨てられ、二度目は会議にまでこぎつけたようだが、却下された。空はポケモンレンジャーの領分であるという固定観念か、あるいは何か金銭が動いていたのか、ともあれ憂き目を見たわけだ」

 

 アストンはそう言った。幸いにしてデータは廃棄されたわけではなく、アストンは彼女のレポートを読むことができた。もし『雪解けの日』に、このレポートの通りの部隊を運用できていたならば……。そうおもわずにはいられないほどの内容であった。

 権力を使うのには躊躇いがあった。まして、アストンは自身のマスターボール勲章を自分の功績とは思えなかったのだ。

 けれども、力は力だ。これから役立てていけばいい。

 そして、最初に発したのは、「空の部隊」についてであった。

 無論のこと本当の権力ではない、借り物の権威では周囲に言うことを聞かせるだけの力はなかった。それでも、それが後押しになったのか、ネイヴュ復興の次に取り組まれる課題になった。

 

「ボクは迷わずに、キリエさんを推した。彼女こそがその部隊を指揮するに相応しいとね」

「……彼女はいつもそうだ。教科書通りにすればいいものを、ひとつだけ裏切ろうとする。土壇場になって、試したいことがあると言って、無茶をやるんだ」

 

 アシュリーはそう言った。苦い思い出が蘇ったのか、顔をしかめている。

 

「たったひとつの尺度で測ろうとするのが無理なんだ」

 

 そう言ったのはキリエだったな。とアシュリーは思う。その通りだ。そして、誰かの尺度からいつも外れようとするキリエを、アシュリーは憎しみにも似た感情で見つめることしかできないのだった。

 くすり、とアストンは笑った。じろりとアシュリーの視線が寄る。幼馴染が怖いから何も言わなかったが、胸ではこう呟いていた。「君も信じているんだろう、彼女を」と。

 

「尖峰部隊、エンゲージします!」

「きたか」

 

 通信士の声で、二人は再び視線をモニターに移した。

 光が飛行船に接近していた。

 

 

   *    *    *

 

 

 

 宙に飛び出せば、当然のように迎撃が飛んでくる。

 しかし角度がよかった。敵は真下へと攻撃を繰り出すことは難しいようだ。ひこうタイプのポケモンも多く出してきていたが、ものともせず突っ切って行く。

 ムクホークは、ここが見せ場だとばかりに張り切って飛んでいくが、それに乗っているウェインは冷や汗が止まらなかった。歯はガチガチ鳴っている。

 攻撃を避けるために、一時的に隊列を解いたときなど生きた心地がしなかった。

 

「飛行船までもうすぐだ、行くぞ!」

 

 キリエからの声に、ウェインは気を引き締める。

 高速移動の状態から、飛行船にとりつく。それがいかに難しいことかは言い表せない。あえて言うなら、それは誰もやったことがないことだ、ということだけだ。

 飛行船に近づく。とんでもない大きさだ。縦に40メートル、横には250メートルほどだろうか。ホエルオーに換算して縦に3匹、横に10匹と言えば大きさは通じるはずだ。

 飛行船の真上をとって、水平に飛行する。着地タイミングまで脳内でカウントを始める。ムクホークと飛行船の飛行速度を同調させた。相対的に、飛行船のガス袋が地面のようにも見えるから不思議である。

 それからゆっくり足を下ろそうとしたときだった。

 電撃が走る。横を見れば、そこにはレアコイルがいた。この飛行船に乗っているバラル団のものだろう。

 痺れとともに、ウェインは投げ出される。一瞬の浮遊感と、すぐに衝撃が襲ってくる。

 高度にして1500メートルである。投げ出されては敵わない。背骨のように伸びているロープをどうにか掴んでバランスをとった。

 

「ムクホーク、戻れ!」

 

 モンスターボールを掲げると、雷で羽根を焦がしたムクホークが戻る。いまはその傷を癒す暇もなかった。

 すとん、ともうひとり、足をつけた気配がした。同じようにロープに手をかけているキリエがそこにいた。

 

「おめでとう、お前が飛行船に着地するという無茶をやり遂げた、その第1号だ」

「う、嬉しくないっすね」

「余裕を持て、ウェイン。できることもできなくなるぞ」

 

 そう言うと、視線を空へとさまよわせる。彼女のウォーグルは翼をはためかせて、隊列の中に入っていく。自立してそこまで行動ができるのか、と驚きが隠せなかった。

 さらに視線をさまよわせると、ローズとドットが飛んでいるのが見えた。どうやら二人は着地に失敗していたようだった。持ち直して周囲を旋回している。

 キリエは通信機器に口をあてると声を飛ばした。

 

「こちらホワイトウイング1、本部応答願う。ホワイトウイング5とともに着地した」

 

 返答はない。何度か呼びかけたもののノイズが聞こえて来るのみだった。

 早々に交信を打ち切ったキリエであったが、むしろ笑顔を浮かべている。

 この強さだ、とウェインは思った。彼女はいかなる逆境であっても笑って乗り越えるのだ。余裕などないはずなのに。はったりか、己への鼓舞なのか。

 

「どうやら応援はない。私たち二人でこの飛行船に潜入する」

 

 それは予期できていたこと。真っ先に飛行船に取り付いた者が中に潜入し、この飛行船を奪い取るという算段だった。

 

「飛行船の行き先はリザイナシティという見立てだ。到着まであと3時間というところか」

「言うほど余裕はないっすね」

 

 時計を見ながら、ウェインは言った。

 リザイナシティといえば、ラフエル地方の頭脳とさえ呼ばれる学園都市であった。教育機関のみならず、各研究所が一堂に集まっている。ここで知ることができないのは恋愛くらいだ、というのは誰の言葉だっただろうか。

 そこをバラル団が狙う、というのはわからないことではなかった。いかなる被害であってもラフエルは大きな打撃を受けるだろう。それこそネイヴュのような目に遭ってしまえば、今後10年は立ち直ることができないかもしれない。

 だが、ウェインは少し引っかかる。その引っかかりの正体はわからないが、このままでは済まない予感があった。

 轟音が響いた。どこかでポケモンがかみなりを打ったのだろうか。

 

「急ぐぞ。用意はいいか」

「……これ、マジでやるんすか?」

 

 ウェインは自身で潜入の用意しながら、信じられない思いでいる。

 

「飛行船の構造は頭に叩き込んでいるな? これが一番、侵入できる確率が高い。そもそもゼロから始まっているんだ。方法があるだけ良いと思え」

「そ、そうは言ってもすね、これは」

 

 そう言いながらウェインが掲げたのは、持参したロープであった。

 キリエはすでにそれを腰に巻いており、飛行船側のロープと結んでいた。

 第3フェイズ、飛行船への侵入。それは飛行船のガス袋を足場にして伝い、側面ハッチから入り込むというものだった。

 ロッククライミングの逆版、あるいはエイパムごっこ、などと作戦説明中に自分の神経をごまかしていたものだが、実際に目の前にすると限界があった。

 並の山よりも高い場所から、ほとんど壁に等しい、しかも中にガスの内包している足場をロープ一本で降りるなど、あまりにも馬鹿らしい。

 

「バンジージャンプ、とかのレベルじゃないっすよ」

「鳥ポケモンの気持ちを味わえるぞ」

「それはさっき十分に!」

「ロープが切れる心配はない。周りから仲間が見張っててくれる。これ以上に安全に乗り込むことはできん」

「ああもうこの人は!」

 

 答えながら先に進んで行くキリエを見て、ウェインは意を決して一歩を踏み出したのだった。

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