強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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11. 調査

 バスが()いていたのは幸いだった。僕はちいさな声で通話に出る。

 

『待たせたな、中井(なかい)

「なにかわかった?」

『まあな。できれば直接、話したほうがいいと思うんだ。市内まで来れるか?』

「いいよ。いま内浦(うちうら)を出たところだから、あと三十分くらいかかると思うけど」

『内浦? もしかして、津島(つしま)さんのことで行ったのか』

 

 宮坂(みやさか)はあきれたように話した。

 

「そうだね」

『行動力あるんだな、お前。ま、ちょうどいいか。昨日の喫茶店に、先に行ってるよ』

「わかった。ありがとう」

 

 僕は通話を切ってスマートフォンをしまった。

 

 宮坂は善子(よしこ)さんの彼、石田(いしだ)についてどんな情報を手に入れたのだろう。期待と不安が、僕の胸で交錯(こうさく)した。

 

        ・

 

 空が夕焼け色に変わるころ、バスは沼津市街に入った。僕は喫茶店に近いバス停で降りる。

 

 僕が喫茶店に入ると、彼は先に来ていて僕に手をあげた。

 彼の向かいに腰を下ろし、店員にアイスコーヒーを頼んだ。

 

「わざわざありがとう、宮坂」

「いや、気にしなくていいよ。たいして手間をかけたわけじゃない」

 

 宮坂は微笑んだ。

 

「しかし、津島さん、すごいんだな」

「すごいって、なにが?」

「俺、スクールアイドルとかまったく知らなかったけど、結構な有名人じゃないか」

「まあね」

 

 僕は彼女がスクールアイドルを始める前から、彼女に恋をしていたんだけれど。

 

 店員がアイスコーヒーを置いていく。僕は今日もブラックで飲むことにした。

 

「彼女、たしかにお前と合いそうだな。堕天使とか悪魔とか、彼女、好きみたいだし」

 

 僕はうなずく。宮坂はしっかりと調べたらしい。

 

「それで、石田のことだけど」

 

 一向に本題にはいらない宮坂を僕はうながす。

 

「ああ、すまん。最初にいっておくと、心当たりは外れた。いまのところ、な」

「そうか……」

 

 僕は落胆する。やはり無理難題だったのだろう。

 気落ちする僕に、宮坂は続ける。

 

「あくまでもいまのところ、だ。いくつかわかったことは、ある。中間報告ってとこだな」

 

 宮坂は自分のスマートフォンを取り出した。なにか操作してから画面を僕のほうへ向ける。

 

「とりあえず、これを見てくれ。これ、津島さんじゃないか?」

 

 画面には一枚の写真が表示されていた。夜、どこかの店の前だろう。

 真ん中に、下卑(げび)た笑いを浮かべながらカメラにピースサインを見せる男子、石田がいる。そして彼の腕につかまりながら、顔をそらした女の子が写っていた。

 石田の体で隠れて、女の子の顔はすこししか見えない。それでもわずかに見える赤紫色の瞳から、僕はすぐにわかった。

 善子さんだった。

 そして彼女は、おそらく嫌そうな顔をしていた。

 

 僕は視線を戻して答える。

 

「間違いないよ」

「だよな、やっぱり」

 

 宮坂は大きくうなずいた。

 

 宮坂に頼んでよかった。この調子なら、石田が善子さんと真面目に付き合っているのかどうか、すぐにわかるんじゃないだろうか。

 

 もう一度写真を見てから、僕はスマートフォンを彼に返した。

 

「この写真、どこで……?」

「SNSだよ。ほら、この前、話した」

 

 たしかにしばらく前に高校の教室で聞いた。僕は情報収集に使っているくらいだけれど、宮坂はしっかり活用しているらしい。善子さんはアカウントを持っていないはずだ。

 

「でも、こんな写真、上げてるんだ」

 

 もし僕が上げたら、高校ですぐに噂になってしまうに違いない。翌日からの高校生活がいたたまれないものになりそうだ。

 

「いわゆる裏アカってやつさ。そういう友人同士だけで使う」

 

 そのSNSでは、クラスメイトなどいわば(おおやけ)に知らせる表のアカウントのほかに、趣味や嗜好(しこう)に応じた別のアカウントを持つことも多い。これもその手の――あまり趣味の良くない友人たちとのアカウントに上げられた写真ということだろう。

 ただ、わざわざわけるくらいだから、表のアカウントとの関連は隠すことがほとんどだ。

 

 それにアカウントに鍵をかけることも多い。そうしておけば投稿を読めるかどうかは承認制になる。つまり友人以外に見られることはない。

 

「それじゃ、石田の裏アカウント、見つけたの?」

 

 もしそうだとしたら、そこから色々な情報が得られるはずだ。

 

「いや、残念ながらそうじゃない。これは鍵をかけてない、石田の友人らしいアカウントに上がってた」

 

 宮坂は首を振った。

 

 この写真を善子さんに見せれば、善子さんは目を覚ますだろうか。いや、多少ショックは受けるだろうけれど、残念ながらそこまでとは思えなかった。

 では石田のクラスメイトに送ったら? いくら石田でもクラスメイトや先生に、知られていい写真だとは思えない。でも、もともとそういう男だと知られているなら、せいぜい嫌がらせのレベルだ。善子さんと別れる、という方向には行かないだろう。

 

「石田の裏アカ、なんとかしてわからないかな?」

 

 もしかしたら、そこから情報が得られるかもしれない。石田が善子さんのことを、どう思っているかがわかる情報が。

 しかし、と考え直す。鍵がかかっていたなら投稿を見ることはできない。

 承認してもらえば別だが、見ず知らずの他人を裏アカから承認してもらえるとは思えなかった。

 

「わかっても、投稿が読めなきゃ仕方ないな。外堀から埋める、っていっても限界がある」

 

 宮坂が僕の考えを裏付けた。外堀から埋める、というのは友人のアカウントから情報を集めることだろう。

 

 宮坂は尽力してくれた。でもこれが宮坂のいう通り限界なのだろうか。

 

 考えこむ僕に宮坂は、自分のコーヒーを一口(ひとくち)飲んで話す。

 

「だから俺は、いったん中井に相談しようと思って、来た」

「そうか、だから中間報告なんだね」

「そうだ。もし裏アカが特定できたなら、その先は、俺に計画がある。ただ、そのためにはちょっと手じゃなくて、足を動かす必要があるんだ」

 

 僕の心に希望がわいた。

 でも、足を? どういうことだろう。

 

「聞きたいか、中井?」

「もちろん」

 

 僕は即答した。善子さんのためならなんだってする。

 

「そういうと思ったぜ」

 

 宮坂はにやりと笑った。

 

「石田の裏アカは、さっきも話した通り見つからなかった。ただ俺がその写真を手に入れたアカウントは、石田の友人に間違いない」

 

 たしかに。

 そもそも石田の友人のアカウントを、宮坂がどう見つけたかも気になったが、いまは石田のほうが重要だ。

 

「だから、石田ともつながってるはずだ。俺はそこからつながってる鍵アカから、ふたつまで絞り込んだ」

「石田の裏アカらしい、アカウントを?」

「そうだ」

 

 宮坂はスマートフォンをもう一度僕に見せる。

 

「これと……」

 

 ひとりのプロフィール画面が表示される。「tammy(タミー)」という名前だった。アイコンは自撮りの写真だったけれど、スマートフォンで大きくさえぎられて顔はわからなかった。

 

 さらに宮坂は僕に画面を見せたまま操作する。

 

「これだ」

 

 もうひとり。今度は「うぃる」とあった。夜の街角の写真がアイコンに設定されていた。

 

「さっきの写真の会話に、このふたりが参加してた。ほかにもそれらしい投稿も、いくつか」

「なるほど、だからこのふたりが」

「間違いない。そして、ちょうど今晩、こいつらのうちの何人かが集まるらしい。近くのゲーセンにな」

 

 宮坂は「運がいいぜ」といって肩をすくめた。

 

「でも、それがどうかしたの?」

「お前、石田の顔、知ってるか?」

 

 質問に質問を返した宮坂に、僕はうなずく。

 

「よし。俺は奴らの会話を確認した。タミーは参加する。うぃるは参加しない」

 

 宮坂は、あとはわかるな、というように唇の端を上げた。

 

「……僕が、そこに行って確認すればいい」

「そうだ。石田がいれば、タミーだ。いなければ、うぃるだ」

「ありがとう、宮坂」

「どういたしまして」

 

 宮坂はコーヒーを飲みほした。

 僕もグラスを口にはこぶ。氷はすっかり溶けて薄く、生ぬるくなっていた。

 

「卒アル、いらなかったな。もうあまり、時間はないぜ」

「そうなんだ。場所は?」

 

 宮坂は駅前にあるゲームセンターの名前を挙げた。以前、彼と待ち合わせたのと別のところで、雰囲気はあまりよくない。時刻も、聞いた。

 

「一緒に行くか?」

 

 宮坂がいってくれた。でもこれ以上、彼に骨を折ってもらうわけにはいかない。

 

「いや、ひとりで行くよ」

「わかった。結果が出たらすぐに連絡してくれ」

「うん、そうするよ」

 

 僕は喫茶店の代金を支払った。あとで宮坂にはしっかりとお礼をしなくては。

 

 喫茶店の前で彼と別れる。

 

 よし、行くぞ。僕は大きく息を吸って、早足で駅前に向かった。

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