強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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12. 真実

 僕は商店街のアーケードを出てから、さらに街中を歩いた。

 

 駅前、背の低い雑居ビルや飲食店が並ぶごみごみとした一角に、そのゲームセンターはあった。ゲームセンター特有のあの混沌(こんとん)とした電子音が、正面の自動扉から漏れていた。

 

 待ち合わせの時間までは十五分ほどで、僕は店内に入る。

 

 とりあえず店内を一周したけれど、それらしい男子高校生の集団はいない。

 

 僕はあまりゲームセンターでは遊ばない。得意なゲームもない。しかしなにもせずに待つわけにはいかなかった。

 僕は紙幣を両替した。そして、適当に遊んで、次の台を探すふりをして店内をうろうろして、またすこし遊んで、という感じで待った。

 

 待ち合わせの時間をすぎたころ。ゲームセンターの一角、自動販売機の近くに、僕と同い年くらいの男子がふたりいるのに、僕は気づいた。ふたりとも石田(いしだ)ではない。

 

 僕はその近くの台に移動して、さらに待つ。

 

 繰り返すけれど僕はあまりゲームが得意ではない。硬貨はみるみるうちに減っていった。

 

 しばらくするとひとり増えて三人になった。おそらく彼らが石田の友人たちだろう。まだ石田は来ていない。「うぃる」で決まりだろうか。

 そう思ったころ、耳に切れ切れの会話の断片が飛び込んできた。

 

tammy(タミー)のやつ、おせーな」

「バイトらしいけど、どうだか」

 

 やった。ということは、タミーが石田で間違いないだろう。でも僕は直接、たしかめたかった。石田の顔をもう一度、見たかった。

 

 最後の硬貨を僕は投入する。

 (うわ)(そら)でのプレイは、あっという間にゲームオーバーになった。

 

 僕は両替をするために自販機のほうへ行く。両替機と自販機の場所が近いのはありがたかった。

 

 さらに僕は、自販機で適当なジュースを買った。

 そして彼らとはすこし離れて――話は聞こえるけれど怪しまれない距離で、ゆっくりとそれを飲んだ。

 

 ジュースが残りわずかになったとき。

 

「すみませーん、遅くなりましたー」

 

 新しい声に僕は視線を向ける。

 石田だった。

 

「バイトが長引いちゃいました」

 

 軽薄な口調で仲間に話す。

 

「今日はタミーのおごりだな」

「ルツさんそりゃないっすよ」

「中二病彼女、元気?」

「だからバイトだって。それに彼女っていうか、むしろ下僕だし」

 

 中二病彼女? 善子(よしこ)さんのことか? そして、下僕? 善子さんが?

 

 僕の視界が急に狭くなる。

 彼を問い詰めたい。むしろ一発、殴ってもいい。

 でも、そんなことは僕には、ここでは、不可能だった。

 

 僕は思わず、手にした缶に力をこめる。薄っぺらいスチール缶は、非力(ひりき)な僕でも大きくへこんで、派手な音を立てた。

 

 幸い、それは四人の注意を引かなかった。

 

 もし善子さんが合流するようなことがあったら、どうしよう。善子さんに先に連絡して、来ないように警告するか?

 しかし、僕が話しても――善子さんのことを下僕だと呼んでいた、と話しても、彼女は聞いてはくれないだろう。

 指をくわえて見ているしか、ないのかもしれない。僕はそれがとても怖かった。

 

 彼らは、しゃべりながらゲームセンターを出ていく。

 僕は缶を手にとりあえずあとを追う。

 

「今日は来ないの、中二病彼女?」

「呼んだけど断られちゃってさ」

「だっせーの」

「でも、キリさんが他校の女子、誘うらしいぜ」

「ほら、ちょうどいいでしょ」

 

 彼らは駅のほうへと歩いていき、僕は足を止めた。

 善子さんは今日は来ないらしい。それだけが救いだった。

 

 石田の言葉を録音しておけばよかった。証拠のひとつになったかもしれない。そう気づいたけれど、もう手遅れだった。

 

 僕は残りのジュースを飲みほして、缶を思い切り、近くのごみ箱に投げつけた。

 

 今日はいい。でも、明日は。その次は?

 

 僕は深呼吸をしてから宮坂(みやさか)に通話する。

 タミーが石田だったと報告すると、彼は話す。

 

『よし、わかった。ちょっと試してみる。結果が出たら、また連絡する』

「ありがとう」

『あまり期待するなよ』

「うん、十分だよ。それで、どのくらいかかるかな」

『さあ、石田次第(しだい)だな。早ければ今夜。明日中にわからなかったら、(あきら)めたほうがいい』

 

 僕はもう一度お礼をいって通話を切った。

 

 いまは宮坂が頼りだった。もし諦めろといわれたら――。そのときのことは、考えたくもなかった。

 

        ・

 

 結局、その日は宮坂からの連絡はなかった。

 翌日、僕はじりじりしながら待った。部活も休んだ。塾がないのは幸いだった。

 

 そして、夕方。

 とうとう僕のスマートフォンに宮坂からの通話が入る。

 

 彼は石田の裏アカウントがみつかった、といった。そこになにが書かれていたかを聞いた僕に、宮坂はやはり直接会ったほうがいい、といい、さらに

 

『心の準備、しておけよ』

 

 そんな、気になる台詞を残した。

 

 昨日と同じ喫茶店で僕たちは落ちあった。これでもう、三日連続だ。

 席について注文をして僕は宮坂に話す。

 

「石田の裏アカウント、承認してもらったんだ」

「まあね。特定できたからな」

 

 宮坂は肩をすくめた。

 

 どうやったのかは気になる。しかしそれ以上に、いまは石田の投稿のことが気になった。

 

 昨日の「下僕」という言葉と、あの石田の態度。それらが彼の本心ではなく、友人への一種の――照れ隠しということがあり得るだろうか。

 僕はもう、石田の本心を確信していた。

 

 でも、果たして裏アカに、善子さんに真実をわかってもらえるようなものが、あったのかどうか――。

 

「それで、石田は……善子さんのことを、どう思ってるんだろう」

 

 表情を硬くする宮坂。証拠があったのか、なかったのか。どちらとも取れた。僕の心に不安が黒い雲のようにわく。

 

「いまからいくつか、石田の裏アカの投稿データを送るから、それを見て判断してくれ」

 

 宮坂が手元のスマートフォンを操作すると、すぐに僕のポケットから電子音がした。

 宮坂からのメールを僕は開く。

 

 本文にはいくつかのスクリーンショットの画像が添付されていた

 

 僕はごくりと唾をのんで、そのうちのひとつをタップする。すぐに画像が拡大され、SNSの会話画面が表示された。

 

 会話相手のいくつかは、さらに別の友人の鍵アカなのだろう、投稿の半分ほどが欠けていたが、それでも大まかな流れはわかった。

 

『今日も彼女と一緒でーす』

 

 善子さんと石田の自撮り写真が貼られていた。彼女は戸惑いと嫌悪の入り混じった表情。服装は昨日、宮坂に見せてもらった写真と同じだ。

 

『例の中二病彼女か』

『お前も中二病なんだろwww』

『話、あわせてるだけだし。誰がマジになるかよ』

『堕天使とか悪魔とか、ウザすぎね?』

『俺も困ってるよ! ま、その設定のせいで、俺の言いなりだけどwww』

『でもtammyの彼女、マジかわいいぜ。そそる』

『ルツさんわかってらっしゃる!!!』

 

 昨日の石田の態度で、ある程度、心の準備はしていた。それでも想像を上回る内容に、僕はめまいがした。

 震える指で別の画像を開く。

 

『彼女にプレゼントしたぜ!!!』

 

 チョーカーの写真。

 

『なにこれ首輪?』

『tammyお前そういう趣味なんだ』

『まあこれで永遠に俺のものですかね』

『ワンって鳴いてもらうのかwww』

『それもいいですねwww』

『動画!動画!』

 

 あのチョーカー。あれが、プレゼントか。僕は頭を殴られたような衝撃を受ける。

 次を開く。

 

『はーい、今日はコスプレしてもらいましたー』

 

 また別の善子さんの写真。メイド服姿だ。スカート(たけ)はとても短い。今度は顔は隠れていて、僕はかろうじて、読み進める気力を維持した。

 

『超似合うじゃん。tammyクッソうらやま』

『どこに行けば会えますか』

『でしょでしょ』

『早く脱がしてwww』

kiri(キリ)さんこれ以上は別料金となります』

『まだヤッてないんだろ、ダサ』

『見せてあげませーんwww』

 

 僕は吐き気を覚える。

 

 この会話はなにを――意味しているのだろう。善子さんはもしかして、もう――。僕はそれ以上、考えられなかった。

 

 画像は、それが最後だった。

 

 僕は顔を上げる。

 

「これ以外に、なにか、あった?」

 

 声が、震えた。もしもっと――もっと具体的で、もっとひどい内容があったら――僕はどうしていいか、どうしてしまうのか、わからなかった。

 

 宮坂は硬い表情のまま、首を振る。

 

「一応、津島さんに関しては、とくにひどいのはそれが全部だ。ほかにも細かいのはいくつもあったけどな」

 

 僕はほんのわずか、安堵(あんど)する。

 それとともに、石田へ抱いていた疑念が、軽蔑と怒りにかわっていった。

 

 そして、善子さん。とてもとても、善子さんには悲しいことだけれど、これできっと彼女は、信じてくれるだろう。

 

「……ありがとう、宮坂」

「まあ、たいしたことはないぜ」

 

 宮坂は僕に同情するように微笑んだ。それが(つら)くて、僕の胸は痛んだ。

 画像のことを――これからどうするかを考えたくなくて、とりあえず僕は会話を続ける。

 

「僕も直接、石田の投稿は見ることはできる? その、宮坂と同じ方法で承認してもらうとか」

「それは、ちょっと難しいな。でも、承認済みのアカウントのIDとパスワードは、教えてもいいぜ」

 

 僕は耳を疑う。いくら親しくてもSNSのパスワードを教えるとは、正気とは思えない。

 

 宮坂は自分のコーヒーを一口(ひとくち)飲んで話す。

 

「俺がどうやったか、知りたいか?」

 

 いつの間にか注文が届いていた。僕もコーヒーを飲み、すこしだけ落ち着きを取り戻す。

 

「できれば」

 

 もしかしたら、なにかの役に立つかもしれない。

 僕の言葉に、彼はふうっと息を吐いてから続ける。

 

「まず、裏アカのほうからいくか」

「うん、どうやってそもそも、石田の裏アカをふたつまで絞り込んだの?」

「最初は、俺の中学時代の友人で、石田と同じ高校にいったやつの表アカウントを調べた。そこからフォロー関係をたどって、石田の表アカウントを見つけたんだ。ここまでは簡単だ」

 

 僕はうなずく。

 

「それで、石田の表アカウントでの交友関係を知る。何人か、仲のよさそうな奴がみつかった」

「そうだろうね」

「あとはもう、地道に調べるだけさ。表アカと裏アカとのつながりは基本、ないけど、たまにミスって、裏アカにメンションを飛ばすやつがいる」

 

 メンションとは投稿の送信先として相手を選択することだ。

 

「そうすると、会話の流れから裏アカと表アカが結びつく。あと、表から裏をフォローしてる奴とかな。裏アカはたいてい、鍵がかかってるけど、そうしてないやつもいる。そうするとそこから裏アカ同士の関係が浮かび上がってくる」

 

 なるほど、と僕は思う。

 

「俺は最初、石田の奴は鍵をかけてないだろう、と考えてた。お前から聞いて、ずいぶん所有欲が強そうだって思ったんだ」

 

 昨日の発言なんてまさにその通りだ。

 

「そんな奴が可愛い女の子を手に入れたなら、いつも自慢したくなる。それこそ誰彼(だれかれ)かまわず。だから公開してるんじゃないか、ってさ」

「それがこの前、話していた、心当たり?」

「そうだ。でも、そこまで甘くなかった」

 

 鍵がかかっていた、ということだ。

 

「だから、ひとつには絞り切れなかった。それで、中井に頼んだ、というわけだ」

 

 なるほど。聞いてみれば納得だった。

 

「特定まではわかったよ。でも、宮坂、承認してもらえたのか?」

 

 鍵アカにしているくらいだ。見ず知らずの人は承認しないだろう。

 しかし宮坂はうなずく。

 

「まあね」

「名前を出して?」

「まさか。中学時代の顔見知りだぜ。そんなことしても、絶対に承認されない」

 

 宮坂はまた一口(ひとくち)飲んで、さらっと意外なことを口にする。

 

「女子高生になりすましたのさ」

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