僕は商店街のアーケードを出てから、さらに街中を歩いた。
駅前、背の低い雑居ビルや飲食店が並ぶごみごみとした一角に、そのゲームセンターはあった。ゲームセンター特有のあの
待ち合わせの時間までは十五分ほどで、僕は店内に入る。
とりあえず店内を一周したけれど、それらしい男子高校生の集団はいない。
僕はあまりゲームセンターでは遊ばない。得意なゲームもない。しかしなにもせずに待つわけにはいかなかった。
僕は紙幣を両替した。そして、適当に遊んで、次の台を探すふりをして店内をうろうろして、またすこし遊んで、という感じで待った。
待ち合わせの時間をすぎたころ。ゲームセンターの一角、自動販売機の近くに、僕と同い年くらいの男子がふたりいるのに、僕は気づいた。ふたりとも
僕はその近くの台に移動して、さらに待つ。
繰り返すけれど僕はあまりゲームが得意ではない。硬貨はみるみるうちに減っていった。
しばらくするとひとり増えて三人になった。おそらく彼らが石田の友人たちだろう。まだ石田は来ていない。「うぃる」で決まりだろうか。
そう思ったころ、耳に切れ切れの会話の断片が飛び込んできた。
「
「バイトらしいけど、どうだか」
やった。ということは、タミーが石田で間違いないだろう。でも僕は直接、たしかめたかった。石田の顔をもう一度、見たかった。
最後の硬貨を僕は投入する。
僕は両替をするために自販機のほうへ行く。両替機と自販機の場所が近いのはありがたかった。
さらに僕は、自販機で適当なジュースを買った。
そして彼らとはすこし離れて――話は聞こえるけれど怪しまれない距離で、ゆっくりとそれを飲んだ。
ジュースが残りわずかになったとき。
「すみませーん、遅くなりましたー」
新しい声に僕は視線を向ける。
石田だった。
「バイトが長引いちゃいました」
軽薄な口調で仲間に話す。
「今日はタミーのおごりだな」
「ルツさんそりゃないっすよ」
「中二病彼女、元気?」
「だからバイトだって。それに彼女っていうか、むしろ下僕だし」
中二病彼女?
僕の視界が急に狭くなる。
彼を問い詰めたい。むしろ一発、殴ってもいい。
でも、そんなことは僕には、ここでは、不可能だった。
僕は思わず、手にした缶に力をこめる。薄っぺらいスチール缶は、
幸い、それは四人の注意を引かなかった。
もし善子さんが合流するようなことがあったら、どうしよう。善子さんに先に連絡して、来ないように警告するか?
しかし、僕が話しても――善子さんのことを下僕だと呼んでいた、と話しても、彼女は聞いてはくれないだろう。
指をくわえて見ているしか、ないのかもしれない。僕はそれがとても怖かった。
彼らは、しゃべりながらゲームセンターを出ていく。
僕は缶を手にとりあえずあとを追う。
「今日は来ないの、中二病彼女?」
「呼んだけど断られちゃってさ」
「だっせーの」
「でも、キリさんが他校の女子、誘うらしいぜ」
「ほら、ちょうどいいでしょ」
彼らは駅のほうへと歩いていき、僕は足を止めた。
善子さんは今日は来ないらしい。それだけが救いだった。
石田の言葉を録音しておけばよかった。証拠のひとつになったかもしれない。そう気づいたけれど、もう手遅れだった。
僕は残りのジュースを飲みほして、缶を思い切り、近くのごみ箱に投げつけた。
今日はいい。でも、明日は。その次は?
僕は深呼吸をしてから
タミーが石田だったと報告すると、彼は話す。
『よし、わかった。ちょっと試してみる。結果が出たら、また連絡する』
「ありがとう」
『あまり期待するなよ』
「うん、十分だよ。それで、どのくらいかかるかな」
『さあ、石田
僕はもう一度お礼をいって通話を切った。
いまは宮坂が頼りだった。もし諦めろといわれたら――。そのときのことは、考えたくもなかった。
・
結局、その日は宮坂からの連絡はなかった。
翌日、僕はじりじりしながら待った。部活も休んだ。塾がないのは幸いだった。
そして、夕方。
とうとう僕のスマートフォンに宮坂からの通話が入る。
彼は石田の裏アカウントがみつかった、といった。そこになにが書かれていたかを聞いた僕に、宮坂はやはり直接会ったほうがいい、といい、さらに
『心の準備、しておけよ』
そんな、気になる台詞を残した。
昨日と同じ喫茶店で僕たちは落ちあった。これでもう、三日連続だ。
席について注文をして僕は宮坂に話す。
「石田の裏アカウント、承認してもらったんだ」
「まあね。特定できたからな」
宮坂は肩をすくめた。
どうやったのかは気になる。しかしそれ以上に、いまは石田の投稿のことが気になった。
昨日の「下僕」という言葉と、あの石田の態度。それらが彼の本心ではなく、友人への一種の――照れ隠しということがあり得るだろうか。
僕はもう、石田の本心を確信していた。
でも、果たして裏アカに、善子さんに真実をわかってもらえるようなものが、あったのかどうか――。
「それで、石田は……善子さんのことを、どう思ってるんだろう」
表情を硬くする宮坂。証拠があったのか、なかったのか。どちらとも取れた。僕の心に不安が黒い雲のようにわく。
「いまからいくつか、石田の裏アカの投稿データを送るから、それを見て判断してくれ」
宮坂が手元のスマートフォンを操作すると、すぐに僕のポケットから電子音がした。
宮坂からのメールを僕は開く。
本文にはいくつかのスクリーンショットの画像が添付されていた
僕はごくりと唾をのんで、そのうちのひとつをタップする。すぐに画像が拡大され、SNSの会話画面が表示された。
会話相手のいくつかは、さらに別の友人の鍵アカなのだろう、投稿の半分ほどが欠けていたが、それでも大まかな流れはわかった。
『今日も彼女と一緒でーす』
善子さんと石田の自撮り写真が貼られていた。彼女は戸惑いと嫌悪の入り混じった表情。服装は昨日、宮坂に見せてもらった写真と同じだ。
『例の中二病彼女か』
『お前も中二病なんだろwww』
『話、あわせてるだけだし。誰がマジになるかよ』
『堕天使とか悪魔とか、ウザすぎね?』
『俺も困ってるよ! ま、その設定のせいで、俺の言いなりだけどwww』
『でもtammyの彼女、マジかわいいぜ。そそる』
『ルツさんわかってらっしゃる!!!』
昨日の石田の態度で、ある程度、心の準備はしていた。それでも想像を上回る内容に、僕はめまいがした。
震える指で別の画像を開く。
『彼女にプレゼントしたぜ!!!』
チョーカーの写真。
『なにこれ首輪?』
『tammyお前そういう趣味なんだ』
『まあこれで永遠に俺のものですかね』
『ワンって鳴いてもらうのかwww』
『それもいいですねwww』
『動画!動画!』
あのチョーカー。あれが、プレゼントか。僕は頭を殴られたような衝撃を受ける。
次を開く。
『はーい、今日はコスプレしてもらいましたー』
また別の善子さんの写真。メイド服姿だ。スカート
『超似合うじゃん。tammyクッソうらやま』
『どこに行けば会えますか』
『でしょでしょ』
『早く脱がしてwww』
『
『まだヤッてないんだろ、ダサ』
『見せてあげませーんwww』
僕は吐き気を覚える。
この会話はなにを――意味しているのだろう。善子さんはもしかして、もう――。僕はそれ以上、考えられなかった。
画像は、それが最後だった。
僕は顔を上げる。
「これ以外に、なにか、あった?」
声が、震えた。もしもっと――もっと具体的で、もっとひどい内容があったら――僕はどうしていいか、どうしてしまうのか、わからなかった。
宮坂は硬い表情のまま、首を振る。
「一応、津島さんに関しては、とくにひどいのはそれが全部だ。ほかにも細かいのはいくつもあったけどな」
僕はほんのわずか、
それとともに、石田へ抱いていた疑念が、軽蔑と怒りにかわっていった。
そして、善子さん。とてもとても、善子さんには悲しいことだけれど、これできっと彼女は、信じてくれるだろう。
「……ありがとう、宮坂」
「まあ、たいしたことはないぜ」
宮坂は僕に同情するように微笑んだ。それが
画像のことを――これからどうするかを考えたくなくて、とりあえず僕は会話を続ける。
「僕も直接、石田の投稿は見ることはできる? その、宮坂と同じ方法で承認してもらうとか」
「それは、ちょっと難しいな。でも、承認済みのアカウントのIDとパスワードは、教えてもいいぜ」
僕は耳を疑う。いくら親しくてもSNSのパスワードを教えるとは、正気とは思えない。
宮坂は自分のコーヒーを
「俺がどうやったか、知りたいか?」
いつの間にか注文が届いていた。僕もコーヒーを飲み、すこしだけ落ち着きを取り戻す。
「できれば」
もしかしたら、なにかの役に立つかもしれない。
僕の言葉に、彼はふうっと息を吐いてから続ける。
「まず、裏アカのほうからいくか」
「うん、どうやってそもそも、石田の裏アカをふたつまで絞り込んだの?」
「最初は、俺の中学時代の友人で、石田と同じ高校にいったやつの表アカウントを調べた。そこからフォロー関係をたどって、石田の表アカウントを見つけたんだ。ここまでは簡単だ」
僕はうなずく。
「それで、石田の表アカウントでの交友関係を知る。何人か、仲のよさそうな奴がみつかった」
「そうだろうね」
「あとはもう、地道に調べるだけさ。表アカと裏アカとのつながりは基本、ないけど、たまにミスって、裏アカにメンションを飛ばすやつがいる」
メンションとは投稿の送信先として相手を選択することだ。
「そうすると、会話の流れから裏アカと表アカが結びつく。あと、表から裏をフォローしてる奴とかな。裏アカはたいてい、鍵がかかってるけど、そうしてないやつもいる。そうするとそこから裏アカ同士の関係が浮かび上がってくる」
なるほど、と僕は思う。
「俺は最初、石田の奴は鍵をかけてないだろう、と考えてた。お前から聞いて、ずいぶん所有欲が強そうだって思ったんだ」
昨日の発言なんてまさにその通りだ。
「そんな奴が可愛い女の子を手に入れたなら、いつも自慢したくなる。それこそ
「それがこの前、話していた、心当たり?」
「そうだ。でも、そこまで甘くなかった」
鍵がかかっていた、ということだ。
「だから、ひとつには絞り切れなかった。それで、中井に頼んだ、というわけだ」
なるほど。聞いてみれば納得だった。
「特定まではわかったよ。でも、宮坂、承認してもらえたのか?」
鍵アカにしているくらいだ。見ず知らずの人は承認しないだろう。
しかし宮坂はうなずく。
「まあね」
「名前を出して?」
「まさか。中学時代の顔見知りだぜ。そんなことしても、絶対に承認されない」
宮坂はまた
「女子高生になりすましたのさ」