なりすまし? それも、女子高生に? どうやって?
「さすがに昨日作ったアカウントじゃ怪しまれるから、とりあえず俺の音ゲー用のサブアカウントを使った。女子高生としてはおかしい投稿を消して、それっぽい投稿をいくつか追加する。プロフィールもいかにもな感じにする」
「そこまでしてくれたんだ」
「まあ、たいしたことじゃない。そうすれば音ゲー好きの女子高生ができ上がり、と。それから
僕はひどく感心した。
「ばれても、どうとでもごまかせる。承認されたのが、今日の昼さ」
「そうか……。結構、たいへんだったろ」
それからいままで、いろいろ調べてくれていたに違いない。
「まあね。でも、面白かったぜ」
宮坂はにやりと笑った。
ここまでしてくれた宮坂には感謝しかない。
「ま、俺のサブアカのフォロワーは、びっくりしただろうな。実は女子高生でした、っていうんだから」
宮坂はもう一度、自分のスマートフォンを操作した。僕のスマートフォンが鳴る。
「石田のIDと、俺の女子高生アカウントのIDとパスワードを送っといた。石田の投稿を確認するには、それを使ってくれ。でも、正体がばれるような投稿はするなよ」
「わかった。宮坂、本当にありがとう」
「ま、中井の意欲を買って、だ」
宮坂は首を振ってコーヒーを飲んだ。
僕もグラスを口にはこぶ。コーヒーは昨日よりもいくぶん甘く感じられた。
「ここまでしたんだから……。あとはわかってるだろうな?」
そうだ。
さっきの写真と会話。思い出すのも嫌だけれど、忘れることはできそうにない。でも、この画像があればきっと善子さんは。
「うん。全力を出すよ」
「そうしてもらわなきゃ困る。で、これからどうするんだ?」
「もちろん、
宮坂は僕をじっと見つめて、いう。
「……ショックだろうな、彼女」
そうに違いない。しかし、それしかなかった。善子さんに真実を知ってもらうしか――。
宮坂は続ける。
「もし、これはすべて演技だ、私の前の彼が本物だ、って彼女がいったら?」
「それは……」
これだけ証拠があれば十分では? いや、ありえる。
それを僕が説得できるだろうか。
確実に、善子さんにわかってもらうには。
結論が出るまでは、一瞬だった。
「……僕が直接、会うよ。石田に。善子さんと一緒に」
正直、怖い。僕は根っからの文化系だ。体力に自信はまったくない。昨日見たときだって、石田の奴は僕よりずっと迫力があった。
それでも必要なら――善子さんのために必要なら、逃げたくはない。
「よし、その意気だ」
宮坂は笑い、すぐに表情を引き締める。
「なにかあったら、いつでも呼んでくれ。すぐに行くから」
「ありがとう」
本当にありがたかった。
まさか宮坂がここまでしてくれるとは思っていなかった。彼のいうとおり、これを無駄にはできない。
僕はとりあえずせめてものお礼として喫茶店の代金を払う。
「それじゃ、がんばれよな。事態が進んだら連絡してくれ」
「うん、必ずそうする」
彼とは喫茶店の前で別れた。
アーケードの屋根の外に出ると、すっかり日は落ちて夜空に月がかかっていた。
僕は緑道を歩いて帰る。
月光のなか、この前は気づかなかった
・
自宅に帰り僕は用意されていた夕食を急いで食べた。
善子さんと
善子さんには連絡できなかった。メールやメッセージでは、伝わらない気がした。なにより無視されてしまいそうだった。
かといって電話では、なにを話していいかわからなかった。さっきの写真と会話が、僕の頭に焼き付いて離れなかった。
だから僕はまず、国木田さんに電話をかけた。イエデンではなくスマートフォンのほうだ。
「国木田さん。夜遅くすみません」
『こんばんは、中井さん。どうしましたか?』
「あの、善子さんの彼について、わかったことがあります」
『えっ、もうですか』
そうか。国木田さんに会ってからまだ一日しかたっていない。僕にはもう、何日も前のように感じられた。
「はい。その……」
国木田さんにどう説明したらいいだろう。石田のことを。あの画像を。僕が受けた、衝撃を。
仕方なく僕は言葉を
「詳しくはいえませんが、間違いなく、彼は善子さんのことを、想ってはいません」
『それは、どうしてわかったんですか?』
「細かいことはまた話しますが、ネットの会話で彼が、その、ひどいことを」
『そうですか……』
国木田さんはそれきり黙ってしまう。
あまりにも急すぎて、信じてもらえないのだろうか。もしかして、全部、僕の
僕は早口で話す。
「あの、国木田さん。一緒に行ってくれませんか。僕が善子さんに会うときに。急には信じてもらえないかもしれませんけど……」
僕が続けようとすると、彼女はいう。
『中井さん』
「はい」
『中井さんはそれを、信じていますか? 善子ちゃんの彼が善子ちゃんのことを、想ってはいないって』
あのすべてが演技、ということがあるだろうか。裏アカの、あれが。
僕が彼を見たのは、スピリチュアル・グッズの店とゲームセンターの、二度。そのときの印象で、僕が決めつけているのだろうか。彼が本気ではないと。
とてもそうは、思えなかった。
仮に彼が、善子さんのことを愛していたとしても、あんなふうに裏アカで彼女を
僕に迷いは、まったくなかった。
「僕は、信じています」
国木田さんは無言だった。僕が不安になり始めたころ、彼女の声が聞こえた。
『中井さん、善子ちゃんは明日はお昼で、
僕の胸がすっと冷たくなる。塾はそもそも、夕方からだ。午後まるまる休む必要はないはずだ。
『だからマルも、一緒に沼津に行くことにします』
「国木田さんも?」
『中井さん、善子ちゃんに会ってあげてください。マルも見守ります』
「ということは……」
『はい。マル、中井さんのことを信じます。そこまではマルの勘も、鈍ってはいないと思うから』
国木田さんが電話の向こうで、僕をはげますように微笑むのが、見える気がした。
「ありがとう」
『どういたしまして。これからが本番ずら』
まったくその通りだ。
僕の胸は温かさを取り戻していた。
「それじゃ僕は、善子さんに連絡して、お昼に会ってもらえないか聞いてみます」
善子さんが彼に会う前に。
『そうしてください。もし、善子ちゃんが断ったら、マルが食事にでも誘いますから、中井さんはそこに来てください』
そこまでしてくれるのか。僕はもう一度お礼をいう。
「ありがとう、国木田さん」
『いいえ。お礼をいわなきゃいけないのは、マルのほうかもしれないずら』
そうなってくれれば、いいのだけれど。
・
国木田さんとの通話を終えて、僕は善子さんへ電話する気力を取り戻していた。国木田さんの優しい声が、僕を後押ししてくれる気がした。
深呼吸して、僕は連絡先から善子さんを選んだ。
呼び出し音が鳴る。三回。五回。
善子さんは出てくれるだろうか。あんなことがあったあとだ。もしかしたら出てくれないかもしれなかった。
彼女の写真が、宮坂がみつけてくれた写真が、脳裏にちらつく。
もしかしたら、電話に出られない状態なのかもしれなかった。
七回。八回。
彼と一緒にいるのかもしれなかった。
善子さんの白い肌を彼の手が
プツッとノイズ音がして電話がつながる。
「善子さん?」
僕の声は悲しいくらい震えていた。
『めずらしいわね。どうしたの、
善子さんの声を聞いて、僕は涙が出そうになった。愛しい君の声。ましてや僕のことを
単なる友人として、だ。それは間違いない。それでも僕は、嬉しかった。
「うん、大丈夫だよ。善子さんは?」
『私は平気よ。雨は、慣れてるから』
彼女の声。たった二日しかたっていないのに、僕は何十日も、たっている気がした。
「あの、善子さん、
『ああ、そのこと……』
善子さんは黙った。僕は気長に待つ。
『その、私もいいすぎたわ。ごめんなさい。ちょっと、急だったから』
僕はすっと気が楽になる。善子さんは、善子さんだ。
「それで、あの、善子さん」
『なあに?』
「急で悪いんだけど、明日、お昼ご飯でも一緒にどうかな?」
『本当に急ね。仲直りのお礼ってこと?』
彼女はあきれるように話した。
『でも、だめね。明日は、午前も午後も、予定があるから。そんな時間はないわ』
塾に行くの? それとも、彼に会うの? そんなことを聞きたくなるけれど、僕は我慢する。
「すこしでいいんだ。大事な話だから。場所も、善子さんの都合がいいところで」
善子さんは答えなかった。僕は、これが、これからの運命を左右する正念場だと知る。
「僕は、善子さんに、笑っていてほしいから」
善子さんは答えなかった。かわりに、ふうっと息をはいた。
『……へんなの。わかったわ、それじゃ、一時間だけ』
「ありがとう、善子さん」
僕がその言葉にどれほどの想いをこめたか、彼女に伝わることは永遠にないだろう。でも、それでよかった。
『本当に、へんね。場所は、どこにするの? M書店の近くだと、ありがたいけど』
彼女はいつも行く本屋の名前をあげた。僕は急いであたりを思い出して、近くのファミリーレストランの店を告げた。
『わかったわ。それじゃ、十二時半にそこで、どうかしら』
「うん、それでいいよ」
『それじゃ、おやすみなさい』
「おやすみなさい。天界の祝福のあらんことを」
思いついて付け加えた僕の台詞に、善子さんはふふっと笑う。
『
「そっか。ごめん」
『って、あなた、なにをいわせるのよ! 本当にへんなんだから』
「ごめん。おやすみなさい」
『もう、調子狂うわ。おやすみなさい』
彼女は電話を切った。
いよいよだ。びっくりしたことに、一昨日、善子さんと塾で会い、そして別れてから、まだ四十八時間、足掛け三日しかたっていなかった。
このあいだに、僕は宮坂と国木田さん、それに石田と会い、彼の真実を知った。
本当に
そしてそれは、明日も続くに違いない。
僕は国木田さんに、明日の時間と場所をメールする。
僕の胸の
明日、それがどうなるのか。
まさに神のみぞ知る、だ。
――いや、神ではなくて、サタンだろうか。