強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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13. 約束

 なりすまし? それも、女子高生に? どうやって?

 

 宮坂(みやさか)は続ける。

 

「さすがに昨日作ったアカウントじゃ怪しまれるから、とりあえず俺の音ゲー用のサブアカウントを使った。女子高生としてはおかしい投稿を消して、それっぽい投稿をいくつか追加する。プロフィールもいかにもな感じにする」

「そこまでしてくれたんだ」

「まあ、たいしたことじゃない。そうすれば音ゲー好きの女子高生ができ上がり、と。それから石田(いしだ)の鍵アカにメッセージを送ったのさ。適当に友人を選んで、そいつから紹介されました、って」

 

 僕はひどく感心した。

 

「ばれても、どうとでもごまかせる。承認されたのが、今日の昼さ」

「そうか……。結構、たいへんだったろ」

 

 それからいままで、いろいろ調べてくれていたに違いない。

 

「まあね。でも、面白かったぜ」

 

 宮坂はにやりと笑った。

 ここまでしてくれた宮坂には感謝しかない。

 

「ま、俺のサブアカのフォロワーは、びっくりしただろうな。実は女子高生でした、っていうんだから」

 

 宮坂はもう一度、自分のスマートフォンを操作した。僕のスマートフォンが鳴る。

 

「石田のIDと、俺の女子高生アカウントのIDとパスワードを送っといた。石田の投稿を確認するには、それを使ってくれ。でも、正体がばれるような投稿はするなよ」

「わかった。宮坂、本当にありがとう」

「ま、中井の意欲を買って、だ」

 

 宮坂は首を振ってコーヒーを飲んだ。

 僕もグラスを口にはこぶ。コーヒーは昨日よりもいくぶん甘く感じられた。

 

「ここまでしたんだから……。あとはわかってるだろうな?」

 

 そうだ。

 さっきの写真と会話。思い出すのも嫌だけれど、忘れることはできそうにない。でも、この画像があればきっと善子さんは。

 

「うん。全力を出すよ」

「そうしてもらわなきゃ困る。で、これからどうするんだ?」

「もちろん、善子(よしこ)さんに会うよ。そして、このデータを見せる」

 

 宮坂は僕をじっと見つめて、いう。

 

「……ショックだろうな、彼女」

 

 そうに違いない。しかし、それしかなかった。善子さんに真実を知ってもらうしか――。

 

 宮坂は続ける。

 

「もし、これはすべて演技だ、私の前の彼が本物だ、って彼女がいったら?」

「それは……」

 

 これだけ証拠があれば十分では? いや、ありえる。一昨日(おととい)、塾でもそうだったじゃないか。

 それを僕が説得できるだろうか。

 

 確実に、善子さんにわかってもらうには。

 

 結論が出るまでは、一瞬だった。

 

「……僕が直接、会うよ。石田に。善子さんと一緒に」

 

 正直、怖い。僕は根っからの文化系だ。体力に自信はまったくない。昨日見たときだって、石田の奴は僕よりずっと迫力があった。

 

 それでも必要なら――善子さんのために必要なら、逃げたくはない。

 

「よし、その意気だ」

 

 宮坂は笑い、すぐに表情を引き締める。

 

「なにかあったら、いつでも呼んでくれ。すぐに行くから」

「ありがとう」

 

 本当にありがたかった。

 まさか宮坂がここまでしてくれるとは思っていなかった。彼のいうとおり、これを無駄にはできない。

 

 僕はとりあえずせめてものお礼として喫茶店の代金を払う。

 

「それじゃ、がんばれよな。事態が進んだら連絡してくれ」

「うん、必ずそうする」

 

 彼とは喫茶店の前で別れた。

 

 アーケードの屋根の外に出ると、すっかり日は落ちて夜空に月がかかっていた。

 

 僕は緑道を歩いて帰る。

 月光のなか、この前は気づかなかった向日葵(ひまわり)が、いくつも咲いていた。

 

        ・

 

 自宅に帰り僕は用意されていた夕食を急いで食べた。

 

 善子さんと国木田(くにきだ)さん、どちらに先に連絡するか、一瞬迷う。

 

 善子さんには連絡できなかった。メールやメッセージでは、伝わらない気がした。なにより無視されてしまいそうだった。

 かといって電話では、なにを話していいかわからなかった。さっきの写真と会話が、僕の頭に焼き付いて離れなかった。

 

 だから僕はまず、国木田さんに電話をかけた。イエデンではなくスマートフォンのほうだ。

 

「国木田さん。夜遅くすみません」

『こんばんは、中井さん。どうしましたか?』

「あの、善子さんの彼について、わかったことがあります」

『えっ、もうですか』

 

 そうか。国木田さんに会ってからまだ一日しかたっていない。僕にはもう、何日も前のように感じられた。

 

「はい。その……」

 

 国木田さんにどう説明したらいいだろう。石田のことを。あの画像を。僕が受けた、衝撃を。

 仕方なく僕は言葉を(にご)す。

 

「詳しくはいえませんが、間違いなく、彼は善子さんのことを、想ってはいません」

『それは、どうしてわかったんですか?』

「細かいことはまた話しますが、ネットの会話で彼が、その、ひどいことを」

『そうですか……』

 

 国木田さんはそれきり黙ってしまう。

 

 あまりにも急すぎて、信じてもらえないのだろうか。もしかして、全部、僕の一人芝居(ひとりしばい)だとでも思われているのだろうか。

 僕は早口で話す。

 

「あの、国木田さん。一緒に行ってくれませんか。僕が善子さんに会うときに。急には信じてもらえないかもしれませんけど……」

 

 僕が続けようとすると、彼女はいう。

 

『中井さん』

「はい」

『中井さんはそれを、信じていますか? 善子ちゃんの彼が善子ちゃんのことを、想ってはいないって』

 

 あのすべてが演技、ということがあるだろうか。裏アカの、あれが。

 僕が彼を見たのは、スピリチュアル・グッズの店とゲームセンターの、二度。そのときの印象で、僕が決めつけているのだろうか。彼が本気ではないと。

 

 とてもそうは、思えなかった。

 

 仮に彼が、善子さんのことを愛していたとしても、あんなふうに裏アカで彼女を揶揄(やゆ)するのが、本当の愛だろうか。

 

 僕に迷いは、まったくなかった。

 

「僕は、信じています」

 

 国木田さんは無言だった。僕が不安になり始めたころ、彼女の声が聞こえた。

 

『中井さん、善子ちゃんは明日はお昼で、Aqours(アクア)の練習を抜けて、塾に行くそうです』

 

 僕の胸がすっと冷たくなる。塾はそもそも、夕方からだ。午後まるまる休む必要はないはずだ。

 

『だからマルも、一緒に沼津に行くことにします』

「国木田さんも?」

『中井さん、善子ちゃんに会ってあげてください。マルも見守ります』

「ということは……」

『はい。マル、中井さんのことを信じます。そこまではマルの勘も、鈍ってはいないと思うから』

 

 国木田さんが電話の向こうで、僕をはげますように微笑むのが、見える気がした。

 

「ありがとう」

『どういたしまして。これからが本番ずら』

 

 まったくその通りだ。

 僕の胸は温かさを取り戻していた。

 

「それじゃ僕は、善子さんに連絡して、お昼に会ってもらえないか聞いてみます」

 

 善子さんが彼に会う前に。

 

『そうしてください。もし、善子ちゃんが断ったら、マルが食事にでも誘いますから、中井さんはそこに来てください』

 

 そこまでしてくれるのか。僕はもう一度お礼をいう。

 

「ありがとう、国木田さん」

『いいえ。お礼をいわなきゃいけないのは、マルのほうかもしれないずら』

 

 そうなってくれれば、いいのだけれど。

 

        ・

 

 国木田さんとの通話を終えて、僕は善子さんへ電話する気力を取り戻していた。国木田さんの優しい声が、僕を後押ししてくれる気がした。

 

 深呼吸して、僕は連絡先から善子さんを選んだ。

 

 呼び出し音が鳴る。三回。五回。

 善子さんは出てくれるだろうか。あんなことがあったあとだ。もしかしたら出てくれないかもしれなかった。

 

 彼女の写真が、宮坂がみつけてくれた写真が、脳裏にちらつく。

 もしかしたら、電話に出られない状態なのかもしれなかった。

 

 七回。八回。

 

 彼と一緒にいるのかもしれなかった。

 善子さんの白い肌を彼の手が()でて、彼女が吐息を漏らす。そんな想像が僕を(さいな)んだ。

 

 プツッとノイズ音がして電話がつながる。

 

「善子さん?」

 

 僕の声は悲しいくらい震えていた。

 

『めずらしいわね。どうしたの、(さとし)? そういえば、雨、大丈夫だった?』

 

 善子さんの声を聞いて、僕は涙が出そうになった。愛しい君の声。ましてや僕のことを気遣(きづか)ってくれている。

 単なる友人として、だ。それは間違いない。それでも僕は、嬉しかった。

 

「うん、大丈夫だよ。善子さんは?」

『私は平気よ。雨は、慣れてるから』

 

 彼女の声。たった二日しかたっていないのに、僕は何十日も、たっている気がした。

 

「あの、善子さん、一昨日(おととい)はごめん」

『ああ、そのこと……』

 

 善子さんは黙った。僕は気長に待つ。

 

『その、私もいいすぎたわ。ごめんなさい。ちょっと、急だったから』

 

 僕はすっと気が楽になる。善子さんは、善子さんだ。

 

「それで、あの、善子さん」

『なあに?』

「急で悪いんだけど、明日、お昼ご飯でも一緒にどうかな?」

『本当に急ね。仲直りのお礼ってこと?』

 

 彼女はあきれるように話した。

 

『でも、だめね。明日は、午前も午後も、予定があるから。そんな時間はないわ』

 

 塾に行くの? それとも、彼に会うの? そんなことを聞きたくなるけれど、僕は我慢する。

 

「すこしでいいんだ。大事な話だから。場所も、善子さんの都合がいいところで」

 

 善子さんは答えなかった。僕は、これが、これからの運命を左右する正念場だと知る。

 

「僕は、善子さんに、笑っていてほしいから」

 

 善子さんは答えなかった。かわりに、ふうっと息をはいた。

 

『……へんなの。わかったわ、それじゃ、一時間だけ』

「ありがとう、善子さん」

 

 僕がその言葉にどれほどの想いをこめたか、彼女に伝わることは永遠にないだろう。でも、それでよかった。

 

『本当に、へんね。場所は、どこにするの? M書店の近くだと、ありがたいけど』

 

 彼女はいつも行く本屋の名前をあげた。僕は急いであたりを思い出して、近くのファミリーレストランの店を告げた。

 

『わかったわ。それじゃ、十二時半にそこで、どうかしら』

「うん、それでいいよ」

『それじゃ、おやすみなさい』

「おやすみなさい。天界の祝福のあらんことを」

 

 思いついて付け加えた僕の台詞に、善子さんはふふっと笑う。

 

下手(へた)ね、聡。そこは、このナハトに堕天使も傷ついたその羽を休めるがよい、でしょ』

「そっか。ごめん」

『って、あなた、なにをいわせるのよ! 本当にへんなんだから』

「ごめん。おやすみなさい」

『もう、調子狂うわ。おやすみなさい』

 

 彼女は電話を切った。

 

 いよいよだ。びっくりしたことに、一昨日、善子さんと塾で会い、そして別れてから、まだ四十八時間、足掛け三日しかたっていなかった。

 このあいだに、僕は宮坂と国木田さん、それに石田と会い、彼の真実を知った。

 

 本当に怒涛(どとう)の三日間だった。

 

 そしてそれは、明日も続くに違いない。

 

 僕は国木田さんに、明日の時間と場所をメールする。

 

 僕の胸の(ほむら)は、一昨日よりも、昨日よりも、輝きを増していた。

 

 明日、それがどうなるのか。

 まさに神のみぞ知る、だ。

 ――いや、神ではなくて、サタンだろうか。

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