強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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14. 対面

 その日、きっと寝付けないだろうと思ったけれど、意外にも僕はすぐに眠りについた。

 翌日はいつも通りの時刻に起きた。いつになく爽快(そうかい)な目覚めだった。

 

 決意がしっかりと固まったせいかも知れなかった。宮坂(みやさか)国木田(くにきだ)さんの助力を、無駄にしてはならないと思った。

 

 昼までの時間を使って、僕は宮坂から教えてもらった、彼のサブアカのIDとパスワードでSNSにログインする。

 そして石田(いしだ)のアカウントの投稿を過去からたどっていった。

 

 開設されたのは四月の後半だった。やはり高校デビューということらしい。

 友人との他愛ないやり取りがずっと続き、僕はそのあたりを飛ばした。

 

 善子(よしこ)さんが登場したのは七月、夏休み前だった。僕が彼女から打ち明けられたのと同じタイミングだ。

 最初は単純な自慢話が続いた。

 

 そのうちに善子さんの中二病設定が友人たちにバレたらしい。からかうような投稿が出てきたけれど、彼はむしろ、それを楽しむような余裕を見せていた。

 

 流れが変わったのは、鍵アカが(から)むのでよくわからないが、中学時代の彼のことを暴露(ばくろ)する投稿があってから、のようだった。

 彼はむきになってそれを否定し、彼女のことをあからさまに笑うようになった。そして自分は嫌々(いやいや)付き合っているだけだ、と。

 

 僕はほんのわずか、彼に同情する。でも、嫌悪のほうが何倍も(まさ)っていた。ともすれば消えそうになる気力を奮い起こして、続きを読み進めた。

 

 善子さんのことを皮肉る投稿。性的な魅力をアピールする投稿。

 宮坂から紹介された投稿にも出会った。僕はもう一度、吐き気を覚える。

 それでも、あれ以上にひどい写真も、投稿も、なかった。

 

 僕は一連の投稿を、証拠として保存した。善子さんに見せるために。

 

 もうこれ以上は見たくない。そう思いながらアプリを閉じようとしたとき、通知音が鳴る。

 宮坂か国木田さんか、それとも善子さんだろうか。

 

 僕は通知のタイトルを見て、驚く。石田からのメッセージが届いていた。なぜ、と一瞬考えてから気づく。いまログインしている、このアカウント向けだ。

 

 もしかして、正体がバレたのだろうか。データは保存したけれど、できればこのアカウント自体を善子さんに見てもらいたかった。

 

 僕は通知をタップして、SNSのメッセージを読む。

 

『こんにちは、kazzちゃん! 音ゲー、好きなんだ。俺もなんだよね! 沼津住みなら今度、一緒に遊ばない?』

 

 予想外の内容に僕は笑いだしそうになる。なんだ、このメッセージは。石田は、本当に、なんなんだ。

 

 僕はスマートフォンを壁に投げつけそうになって、かろうじてベッドへと軌道修正した。

 スマートフォンが大きく跳ねる。どんな偶然だろう。それはそのまま僕の手元に飛んできて、僕はパシッと、それをつかんだ。

 

 単なる遊びへの誘いか? それとも別の意味が? 彼女がいるのに?

 

 女子高生のふりをして、彼氏がいなくて寂しい、とでも返信しようかと思ったけれど、僕は宮坂の警告を思い出す。

 

 どっちでもいい。石田の下劣さには大差ない。

 

 いいじゃないか。やってやろうじゃないか。

 

 僕の胸の(ほむら)が燃え上がる。本棚の「マー」のように。

 

        ・

 

 焦燥感に駆られながらそれでも昼近くまで待ち、そろそろ家を出ようかというころ、国木田さんからメッセージが届く。

 善子さんと一緒に内浦を出たとのことだった。時間から考えると、おそらく善子さんはいったん帰宅してから、待ち合わせの場所へ向かうらしい。

 国木田さんと話す時間は、たっぷりありそうだった。

 

 僕はレストランへ先に行っていると、国木田さんに伝えた。

 

 僕も家を出る。

 すでに気温は三十度を超えているだろう、夏の日差しがじりじりと照り付けていた。天気予報は晴れ。それでも僕は、念のため折り畳み傘を持った。

 

 レストランに着いてとりあえずドリンクバーだけを注文して待つ。

 

 飲み物の氷が溶けるまえに、国木田さんがやってきた。

 

「こんにちは、中井(なかい)さん」

 

 制服姿の彼女は僕のところへ来てぺこりと頭を下げた。

 

「こんにちは、国木田さん。わざわざすみません」

「いいえ、こちらこそ」

 

 僕は彼女のために同じくドリンクバーを注文した。彼女の希望――緑茶だった――を持ってきて、テーブルに置いた。

 

「ありがとうございます」

 

 僕は向かいに腰を下ろして聞く。

 

「今日は、善子さんには伝えたんですか? 国木田さんが一緒だってことを」

「ううん。沼津に用事があるっていってあります」

「それじゃ、どうしますか?」

 

 僕が善子さんに話すときに。

 

「マル、近くで聞いています。姿を隠して。そしてもし、善子ちゃんがどうしても信じないようなら……。そのときには、マルも、お話しします」

 

 たしかにそれがいいだろう。

 

「それで、中井さん」

 

 国木田さんは体をすこし乗り出した。

 

「はい」

「善子ちゃんの彼のこと、聞かせてほしいずら」

 

 真剣なまなざしだった。

 

「わかりました。すこし……その、ショックかもしれません。国木田さんには。それでもかまいませんか」

 

 こんな可愛らしい女の子だ。あれを読んだらどう感じるだろう。

 

「はい。だって善子ちゃんのことだから。マル、覚悟しています」

 

 国木田さんはきゅっと唇を引き結んだ。

 

 そう、それをいったら善子さんだって同じだ。僕は善子さんにあんなことをした彼のことを、ますます許せなくなる。

 

「これを、見てください。石田がネットに投稿した写真と、友人との会話です」

 

 僕はスマートフォンで、宮坂からもらった画像を見せる。

 

 善子さんと彼の自撮りの写真と、それに続く会話。国木田さんは、はっとした表情になった。

 僕は国木田さんの目が動くのを見守る。

 

「これだけですか?」

 

 僕は次の画像を見せる。国木田さんの顔がさらにくもった。

 そして、もう一枚。

 

 国木田さんは眉をひそめて、顔をそらした。

 

「ひどい……」

 

 彼女がちいさな声でつぶやくのが聞こえた。

 

「わかって、もらえましたか」

「……はい」

 

 僕の言葉に彼女はささやくように答えた。

 しばらく国木田さんはなにもいわなかった。僕はずっと待った。

 

「中井さん」

 

 やがて彼女は顔を上げる。

 

「ありがとうございます。善子ちゃんに、伝えてください。彼のことを」

「はい」

「いまならまだ、間にあうかもしれないずら」

 

 彼女の声が震えていた。

 それなら――それならいいのだけれど。

 

「きっと善子さん、すごく……その、ショックを受けると思います。そのときは、国木田さん、ぜひ彼女のことを……」

 

 僕がこんなことをいうのは、おこがましいのかもしれない。それでもいわずにはいられなかった。

 

「わかりました」

 

 彼女はこくりとうなずいた。

 国木田さんがいてくれて本当によかった。そう思う。

 

「中井さんは、どうやってこれを?」

 

 緑茶を飲み、いくぶん落ち着きを取り戻したようすで国木田さんは話した。

 

「詳しくは省略しますが……友人に頼んで、手に入れてもらいました」

「そうですか。頼りになるお友達ですね」

「はい、感謝してます。……国木田さん、これが全部、その……演技だってことはあるでしょうか。友達への悪ふざけということは」

 

 僕は気になっていたことを聞く。

 彼女は一度、目を見開いてから、ゆっくりと首を振る。

 

「それは……ないと思います。二枚目の写真のチョーカー、ご覧になりましたね」

 

 うなずく僕。

 

「チョーカーは支配のメタファーです。彼が、善子ちゃんを、従えたい。そう思っているのは、きっと、間違いないずら」

 

 僕がなんとなく思っていたことを、彼女はしっかりと言葉にしてくれた。

 

 あとはこれを、善子さんに信じてもらうだけだった。

 

 そのとき僕のスマートフォンが電子音を鳴らす。指定の時刻のすこし前に、僕が設定しておいたアラームだった。

 

 国木田さんは自分の鞄から、フードの付いたクリーム色のパーカーを取り出した。

 (そで)を通すと、僕に微笑む。

 

「マルは、すこし離れて聞いています。中井さん、よろしくお願いします」

「わかりました」

 

 国木田さんはフードをかぶって、隣のテーブルにこちらに背を向けて座った。店内が()いていてよかった。

 

 僕は善子さんに、先についたので待っているというメッセージを送る。

 すぐに、すこしだけ遅れるという返信がある。彼女が来てくれることが確定して、むしろ僕は嬉しくなった。

 待ち合わせをしていると店員さんに話して、もうひとりぶん、ドリンクバーを注文しておく。

 

 それから、ずっとレストランの入り口を気にしながら待った。

 

 十二時半を五分ほどすぎたころ。何度目かの入店音とともにドアが開いた。

 

 善子さんだった。

 私服姿の善子さん。いったん帰って着替えてきたのだろう。黒をベースに白がアクセントに入ったワンピースは、彼女に似合っていて可愛かった。いつまでも見ていたかった。でも、大きく出た肩、短いスカートは、僕の好みにくらべたら、ちょっと大胆すぎた。化粧もずいぶん濃い。

 そして、首元には、今日もチョーカーが結ばれていた。

 

 一瞬、写真のなか、石田の隣にいる善子さんがフラッシュバックして、目の前が暗くなる。

 

 僕は(つば)を飲み込んで、彼女に軽く、手を振る。

 彼女が僕に気づいて、微笑んだ。

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