強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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15. 危機

 善子(よしこ)さんは僕の正面の席に腰を下ろした。

 

「善子さん、ひさしぶり」

「え? なによ、それ。この前、会ったばかりだし、昨日も電話したじゃない」

「そっか、ごめん」

「別にいいけど。今日は、おごってくれるんでしょうね」

 

 善子さんはツンとすましていう。

 

「もちろん。なんでも頼んでくれていいよ。でも、よかったら、その前にすこしだけ、話をしてもいいかな」

「あまり時間、ないんだけど」

「すこしだけだから。ドリンクバー、頼んであるんだ。なにか取ってくるよ」

「それじゃ、アイスココアでお願い」

 

 僕はいわれた通りに飲み物を取ってきて、彼女の前に置いた。

 

「ありがと」

「どういたしまして」

 

 椅子に座った僕に善子さんがいう。

 

「それで、話ってなに?」

 

 すこしいらいらしているのが、わかった。無理もない。

 僕はもう一度頭のなかで、どう話を進めるか整理する。

 

 唇をすぼめてココアを飲む善子さん。赤い、唇。ルージュが塗られているのだろうか。

 

 僕は頭を振って、口を開く。

 

「善子さん」

「だから、なによ」

「善子さんにとって、あまり気分のいい話じゃないと思う。もしかしたら、僕のことを嫌いになるかもしれない。いや、たぶん、嫌いになる」

(さとし)のことを?」

「うん。でも、僕は話さなきゃいけないと思うんだ。聞いてくれるかな?」

 

 善子さんは間を置いた。彼女のまつげがかすかに揺れていた。

 

「……わかったわ」

 

 彼女がうなずいたのを見て、僕はスマートフォンを取り出す。

 

「善子さんの彼、石田(いしだ)君っていうんだね」

 

 彼女は、はっと表情をかえた。

 

「どうして知ってるの?」

「友達から聞いたんだ。そして、その友達は、ほかにも教えてくれた。彼のことを」

 

 僕はゆっくりとスマートフォンを操作する。

 一枚目の画像を開いて、彼女の前のテーブルに差し出す。

 

 びくっと彼女の肩がはねた。

 

「これ、彼だよね」

「そう、だけど……」

 

 彼女を見ているのは(つら)かった。彼女の体が小刻みに震えている。

 

 僕はスマートフォンを置いたまま、画面を操作する。

 二枚目の写真が開く。

 いま、目の前で彼女がつけている、それの写真が。

 

 彼女が、声にならない叫びをあげた。

 

 僕は彼女にすまないと思いながら三枚目の写真を開く。

 

「嘘……でしょ」

 

 彼女は目をそらす。

 僕はゆっくりとスマートフォンを取り戻した。

 

「なによ、聡」

 

 ぽつりと彼女はいった。ばっと顔を上げて、腰を浮かす。

 

「こ、こんなの捏造(ねつぞう)してまで、私と彼の仲を引き裂きたいっていうの!」

 

 彼女の白い肌が、さらに白くなっていた。まるで漂白でもしたように。

 

「あなた、嫉妬(しっと)してるんでしょ! 見苦しいわ。見苦しいったら、ありゃしないわ……」

 

 彼女はすとんと腰を下ろした。

 可愛い顔が(ゆがめ)められていた。僕の視線に気づいた彼女は顔をそむける。

 

 ひっく、と彼女はしゃくりあげた。

 

 僕は黙って、彼女が落ち着くのを待った。

 

 善子さんは鞄からハンカチを取り出して、目元と口元をぬぐった。魔法陣の(がら)だった。

 ハンカチを握りしめたまま、いう。

 

「も、もう、あやうくだまされるところだったわ」

「でも、彼に間違いないと思うんだけど」

「……それは、そうかもしれないわよ。でも、しょせん、ネットの書き込みでしょ。わ、私だってちょっと、ふざけたりすることも、あるし」

 

 声が裏返っていた。

 

「……私と彼の、関係なんだから。私が彼を信じなくて、どうするのよ」

 

 彼女は自分にいい聞かせるようにいって、僕にぎくしゃくと微笑みを向けた。

 

 彼女の心境が痛いほどわかった。僕を信じたくないんだってことが。

 

「善子ちゃん」

 

 静かな声が聞こえた。

 

「ずら丸……なんで、なんであんたが、こんなところにいるのよ……」

 

 僕たちのテーブルの隣に国木田(くにきだ)さんが立っていた。

 善子さんは呆然(ぼうぜん)と国木田さんを眺める。

 

「僕が頼んだんだ。一緒にいてほしいって」

「聡、あなたって人は……」

「ごめん、善子さん。本当にごめん」

 

 善子さんは朱を帯びた顔で僕をにらみつけた。恥ずかしさと僕への怒り、そして自分への怒りが入り混じっているようだった。

 

 国木田さんは善子さんの隣にちょこんと座る。

 

「善子ちゃん。これからデートにいくんだよね?」

 

 無言でうなずく彼女。

 

Aqours(アクア)の練習をお休みして」

 

 善子さんはきっと唇を結ぶと、辛そうに下を向いた。

 

「ねえ、善子ちゃん。マル、善子ちゃんと一緒に、Aqoursを続けたいずら」

「そんな……ずるいわよ。そんなの。どちらか選ぶなんて、できるわけないじゃない」

 

 消え入るような声。

 

「……もう、彼には会わないほうがいいよ。彼のことは、忘れてほしいずら」

「でも、彼には私がいないとダメなのよ。魔力構造が、すでにヨハネを前提として、組みかえられているんだから」

「そんなことはないずら。彼は、彼は……」

 

 国木田さんは困ったように僕に視線を向ける。

 

「善子さん」

「なによ、科学的じゃないってわけ?」

 

 すねるような口調だった。

 

 科学的じゃない、と話すことはできた。そんなことはあり得ない、と。でもそれで、善子さんを説得できるだろうか。善子さんはよけい意固地(いこじ)になってしまわないだろうか。

 いまは善子さんと一緒に、なんとか石田に会うことが目的だ。それなら石田のことを逆手に取ってやろう。

 僕が善子さんをどのくらいわかってるのか。それが試されるときだ。

 

「もし、それが本当だとしても堕天使ヨハネの力は、そんなものなのかな?」

「えっ……?」

 

 あっけにとられる善子さん。

 

「天界から追放された堕天使なら、その魔眼で魔力構造を強制的に書き換えることだって、できるんじゃない?」

 

 僕はわざと、にやりと笑う。

 

「それは、もちろん、可能だけれど……」

 

 戸惑うように彼女はいった。

 善子さんは、善子さんだった。

 

 僕は笑みを浮かべたまま続ける。

 

「彼に会えばいいよ。会って、本当のことを聞けばいい。あの、ネットの書き込みの、本当の意味を。魔力構造が、どうなっているのかを」

「それは、いわれなくてもそうするわ」

「そのかわり、僕もついていくよ。かまわないかな」

「それは……」

「なんなら、離れて見ているだけでいい。声が聞こえるところで」

 

 善子さんは逡巡(しゅんじゅん)した。

 断られても勝手に尾行するつもりだった。でも、善子さんが許してくれるなら、そのほうがずっといい。

 

「善子ちゃん。マルもいくずら」

「ずら丸も……」

 

 善子さんは国木田さんと僕を交互に見てから、うなずいた。

 

「わかったわ。そのかわり、彼のあれが……」

 

 苦しそうに言葉を切る彼女。僕は抱きしめたくてたまらなくなる。でも、それは許されなかった。すくなくとも、いまはまだ。

 

「悪ふざけだったら、すぐ帰ってよね」

「わかった」

 

 善子さんはようやくすこし落ち着いたようすで、グラスを口にはこんだ。

 

「なにか頼む? 善子さん」

「食欲なんか、なくなったわよ。それに、もうすぐ時間だわ」

 

 会計をして店を出る。

 善子さんと彼との待ちあわせ場所は駅前のゲームセンターだった。石田が、tammy(タミー)が、友人と会った場所だ。

 

 ゲームセンターの店内だと、離れていては善子さんと彼の会話を聞くことは、とても無理だ。

 

「善子さん、一緒に会うよ」

「いいえ。私だけで会うわ。私に、たしかめさせてちょうだい」

 

 僕の提案に善子さんは力強く首を振った。

 

「それじゃ、せめて彼と話すのは、店の外に出てからにしてくれるかな。僕たちが聞けるように」

「わかったわ」

 

 彼女はうなずいた。まかせても大丈夫そうだった。

 

 僕は宮坂(みやさか )からのデータを彼女に転送する。彼女は確認のためかスマートフォンを手にして、悲しそうに顔をくもらせた。

 そしてスマートフォンを鞄に戻すと、僕にうなずき返した。

 

 ゲームセンターへ到着する。

 国木田さんと僕は、店の入り口からすこし離れた場所で物陰に隠れた。善子さんは店内に消える。

 

 待ち時間はとても長く感じた。

 もしかして裏口があったらどうしよう。そんなことを考え始めたとき、善子さんが店の外に出てきて、僕は安堵(あんど)する。

 

 善子さんは足早に歩き、しばらくしてあわてたようすでひとりの男子が店からあらわれた。石田だった。

 

 善子さんは次の交差点を曲がり、歩道のない通りへと入った。石田も続く。

 

 僕と国木田さんはうなずきあって、あとを追う。

 

 静かに角を曲がると、数メートル先でふたりが、微妙な距離をおいて対峙(たいじ)していた。幸い石田は僕たちに背を向けている。

 

 僕たちはいったん、近くの自販機の裏に隠れた。

 

        ・

 

 急に日が(かげ)る。振り返ると西の空に、入道雲がもくもくとわき始めていた。

 

「ねえ、タミエル、話があるのよ」

 

 善子さんの声に視線を戻す。石田のことはタミエルと呼んでいるらしい。

 

「ちょっと待っててくれよな」

 

 石田はそういってスマートフォンを操作した。

 

「よしっと」

 

 ポケットにスマートフォンを入れて続ける。

 

「で、なんだ、話って? ヨハネ」

「聞きたいことがあるのよ。……あなた、私のこと、どう思ってるの?」

 

 石田はポケットに両手を入れて肩をすくめた。

 

「俺の運命の人。地上に()ちた天使、タミエルの相棒にして伴侶(はんりょ)。前世では恋人同士だった。決まってるだろ」

 

 前世って――仏教じゃないんだし、と僕は突っ込みたくなる。

 

「最後の審判まで出てこないでほしいずら」

 

 隣で国木田さんがつぶやいた。

 

「そう。そうよね。私、わかってたんだから」

 

 善子さんはほっとしたようすで話した。

 

 まずい。

 僕はなんとか、彼女に合図しようとする。でも、彼女は気づいてくれなかった。

 

「話ってそれだけか?」

「待って、ほかにも聞きたいことが……」

「だったら、立ち話もあれだから、カラオケでも行こうぜ。最近、ぜんぜん行ってないじゃん」

「わ、私、今日はカラオケはちょっと」

 

 善子さんは半歩、下がった。

 石田はぐっと彼女との距離を縮める。

 

「実は、もう、呼んであるんだ」

「呼ぶって、なに?」

 

 善子さんが不安を浮かべて聞いた。

 

「……お、来たな」

 

 石田はそれに答えず、通りの向こうに視線を送る。

 だらしない感じの服装の男子がふたり、歩いてきた。僕や石田と同い年くらいで、片方はあの日、見た覚えがあった。

 

tammy(タミー)さん、ちーっす」

「お、中二病彼女、もう来てるんだ」

 

 石田は下卑(げび)た笑いを浮かべた。

 

「だから連れてくるっていったでしょ」

 

 石田と、あたらしいふたりに挟まれたような形になった善子さんは、通りの端まであとずさる。彼女の足が、震えているのが見えた。

 

 石田の隣までゆっくりと歩いてきたふたりは、善子さんに視線を向ける。

 

「やっぱ可愛いね、ヨハネちゃん。タミーにはもったいないね」

「撮影会しよ? 撮影会?」

 

 そういって石田と似た、いやらしい笑いを浮かべる。

 善子さんの顔に、(おび)えが走った。

 

「行くぞ、ヨハネ」

「い、嫌よ、私。帰らせてもらうわ」

 

 石田がふたたび善子さんに近づく。彼女のうしろは店舗の壁だ。

 

「ど、どうしよう、中井さん」

 

 隣で国木田さんがささやいた。

 どうしよう、といわれても。どうすればいいのか、まったくわからない。

 

「いいから来いって!」

「きゃっ!」

 

 石田が善子さんの手首をぐっとつかみ、彼女はたたらを踏む。

 

「ちょっと、離しなさいよ!」

「お前、最近、付き合い悪いんだよ!」

 

 ぐっと善子さんを引き寄せる石田。善子さんはきっ、と彼をにらみつける。

 

「おいおい、どうした」

痴話(ちわ)喧嘩(げんか)ですかー? 仲がいいことで」

 

 はやすようなふたりの声。

 

 僕は、胸の(ほむら)が熱くなるのを感じる。

 

 覚悟はしてきた。でも、ひとりだと思ったら、三人だ。

 怖くて怖くて仕方がない。

 だけど、行くしかない。ここで。善子さんのために。

 

「もし、なにかあったら、警察を呼んでください」

「中井さん!」

 

 僕は自販機の陰から飛び出す。

 

 僕はひとつのアイデアを思いついていた。それがうまくいくことに、賭けるしかなかった。

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