強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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16. 対決

 いきなり飛び出した僕に三人の視線が集中した。

 

「タミエル、おぬし、なにをしているのだ?」

 

 僕は精一杯の虚勢(きょせい)を張って、胸をそらし、堂々と、おなかの底から声を出した。

 石田(いしだ)がぎょっとした目で僕を見る。

 

「た、タミエルって、いきなりなんだよ、お前」

 

 あわてているのがわかる。

 

「タミエルよ、私を忘れたのか。この堕天使の(おさ)、バラキエルを。天界の(ことわり)に導かれ、こうしてお前の(もと)顕現(けんげん)した、この私を」

 

「おい、やべーやつが来たぞ」

「バラキエルだと。クソダサ」

 

 石田の友人のふたりがひそひそと会話するのがわかった。いい調子だ。

 

「お、お前! タミエルとか、なんで知ってるんだよ!」

 

 石田は善子(よしこ)さんから手を離し、裏返った声で叫んだ。

 

積年(せきねん)の因縁を、ここで晴らすときが来たようだな、タミエル。ほら、さっさと正体をあらわすがいい。私に遠慮することなく」

 

 口から出まかせもいいところだ。

 

「だってさー、タミー」

「やっぱ、タミーちゃん、そういうお友達、多いんだね」

 

 からかうような声に石田の顔が赤くなる。

 

「こんなやつ、知らねーよ。くそっ、お前、ちょっとこっちこいよ」

 

 石田は僕の腕をぐっとつかみ、狭い裏通りのほうへと引っ張る。

 

「先、行ってるぜ」

「因縁、解決するといいねー」

 

 ふたりの友人の声が遠ざかっていく。

 僕のアイデアは、奇跡的にうまくいったらしい。僕はひとまず胸をなでおろした。

 

        ・

 

 裏通りに入り、ぱっと石田は僕の腕を離した。僕は握られた箇所の鈍い痛みを無視する。

 すこし離れて善子さんが不安そうに、片手を胸に当てて見守っていた。

 

 最大の危機はとりあえず去った。でもまだまだ、まずい状態は続いている。

 

「なんだよ、お前。邪魔しやがって。なにがバラキエルだ、ふざけるんじゃねえぞ」

 

 石田は僕をにらみつけた。体格は、彼のほうが若干大きい。相当な迫力だ。

 

「痛い目を見たくなかったら、さっさと消えるんだな、くそが」

 

 僕にのしかからんばかりに身を乗り出す石田。震える声を懸命に隠して、僕は胸を張り、彼に顔を近づけて、いう。

 

「ヨハネの守護者だよ。彼女、君に話があるらしい」

「そうよ!」

 

 絶妙なタイミングで善子さんが叫んだ。

 

「はい? 津島(つしま)善子、まだ話があるのかよ」

 

 石田は僕の前から一歩、下がった。僕は気づかれないように、ふうっと息を吐く。

 

「善子じゃなくて……」

「はいはい、ヨハネね。で、ヨハネさんはどうかしましたか」

 

 彼の投げやりな言葉遣(ことばづか)いに戸惑(とまど)いを見せながら、善子さんはスマートフォンを取り出した。素早く操作して、画面を彼に突きつける。

 

「ねえ、タミエル。これ、どういうこと。あなたでしょ、これ」

 

 ぐっと石田はへんな声を上げた。

 

「それに、これはなに?」

 

 善子さんは次の画像を見せる。彼の顔が白くなるのがわかった。

 

「そして、これは。ねえ、どういうことなの、タミエル?」

 

 善子さんは懇願(こんがん)するような口調で、彼に迫った。

 

「それは……」

 

 目を泳がせる石田。

 いいぞ、その調子だ。

 

「……それは、ちょっと友達に冗談、いっただけだよ。たまにはあるだろ、そういうこと」

 

 善子さんはぴくりとも動かなかった。

 予想通りの展開に、僕は不安になる。

 

「ヨハネ、君は俺の、運命の人なんだよ。ほら、わかるだろう」

 

 石田は妙に甘い声でいった。善子さんの体が、ぐらっと動くのがわかる。

 国木田(くにきだ)さんが視界の端に映る。僕と同じく不安そうな顔。

 

「ねえ、それ、ほんと?」

 

 善子さんがささやいた。

 

「もちろん」

 

 石田が笑いながらうなずく。

 

「ほんとにほんと?」

「ああ、愛してるよ、ヨハネ」

 

 奇妙な沈黙が、流れた。

 

 そして、善子さんが――微笑んだ。

 

 僕はがつんと頭が殴られたような衝撃を受ける。

 

 でも、善子さんは善子さんだった。

 

 善子さんは微笑んだまま、すっと目を細める。

 

「馬鹿ね。いまさらそんなこといわれても、信じられるわけないじゃない」

 

 石田が呆然と口を(ひら)いた。

 僕は心のなかで快哉(かいさい)を叫んだ。

 

 この調子ならあとは石田に認めさせて、僕が念を押せばよさそうだ。

 彼も焦りを感じたのか早口で話す。

 

「なあ、ヨハネ、俺が悪かったよ。ヨハネがあまりに美しいから、つい、自慢したくなったんだ」

「嘘。いいかげんにしてよね」

「ほんとだって」

「さっきのこと、忘れてないわよ。なあに、あのふたりは? 私、嫌だっていったじゃない」

「それは……」

 

 石田は黙り込んだ。

 僕は善子さんに呼びかける。

 

「善子さん。彼に聞いてくれ。本当のことを」

「お前は黙ってろ!」

 

 石田が叫び、僕に向けて右手をぐっと握りしめた。僕はかろうじてあとずさることなく、彼を見返す。

 そんな僕を無視するように、くるっと善子さんに向きを変えて石田は続ける。

 

「なあ、ヨハネ。さっきのは悪かったよ。もう二度と、やつらを呼んだりしないから」

「いまさら信じられないわよ」

「こいつになにをいわれたか知らないけど、本当に俺は、君のことを愛してるんだ」

「また口から出まかせをいって」

「嘘じゃない。俺には、君しかいないんだ。……そうだ!」

 

 石田は芝居がかった仕草(しぐさ)で胸に手を当てる。

 

「もう俺の魔力構造は、すっかり君に依存しているんだ。天界の干渉により結界が(ほころ)んでいる。ヨハネだけが頼りなんだ」

「……そんなわけ、ないじゃない」

 

 善子さんの口調がかわるのを、僕は感じた。

 石田は妙に口がうまかった。きっとこの調子で善子さんをその気にさせたに違いない。

 

「石田」

 

 これ以上、彼になにかいわせたくなかった。

 

「はあ? これは俺とヨハネの問題だぜ。口をはさむなよ」

 

 石田はふんと鼻を鳴らした。挑発するように顎を上げる。

 

「それともあれか、やるっていうのか?」

 

 にやっと唇の端をゆがめて僕に一歩、近づく。

 

 僕は背中に冷たい汗がにじむのを感じる。

 

 でも、ここで逃げるわけにはいかなかった。善子さんのために。それに――僕の見立てが正しいなら、彼だってきっと、僕と似たようなものだ。

 それなら僕は、僕なりに、違う方向から攻めてやる。

 

 僕は息を吸い込み、すこしでも迫力がこもっていることを願いながら、低い声でいう。

 

「……それならいますぐここで、SNSに投稿しろ」

「はあ? どういうことだ?」

「ルツさんやキリさんに、私はヨハネを愛しています。魔力構造と結界が堕天使ヨハネを必要としています、と投稿しろ」

「んなこと、できるわけねーだろ!」

 

 石田は吐き捨ててから、はっと善子さんのほうを見る。顔面を真っ白にした善子さんが、そこにいた。

 

「……タミエル?」

「そ、それは違うんだ、ヨハネ。俺はかりそめの姿が、あきらかになるのを恐れて……」

 

 そこまでいって気づいたのか、僕のほうを振り向く。

 

「さっきお前、ルツさんとキリさん、っていったよな」

「さあ、どうだろうね、タミー」

「……なんでお前、俺の裏アカ、知ってるんだよ!」

 

 石田は明らかに動揺していた。

 

「僕には凄腕(すごうで)のハッカーが、ついてるのさ」

 

 僕はにやりと笑ってみせる。これは文句なしに、間違いなかった。

 

「なんだと……?」

「それとも僕が、投稿してあげようか。さっきの、君の姿を。ヨハネに愛をささやく姿を。魔力が欲しいとお願いする姿を。君の友人に向けて」

 

 録画なんてしてなかった。はったりもいいところだ。

 

「君が彼女を愛しているなら、なんの問題もないよね?」

 

 善子さんがうなずくのが視界のすみで見える。

 

「くそっ、勘弁してくれよ」

 

 石田は頭をかかえた。

 これであとは、彼が善子さんを愛してないと、認めてくれれば、それで解決だ。

 

 僕は一歩、下がった。

 

「ねえ、タミエル」

 

 善子さんと石田の視線が交錯(こうさく)する。

 

「あなた、私のこと、愛してくれているの?」

 

 善子さんが彼を見つめて、聞いた。その声と、(うれ)いを帯びた表情に、こんな場面なのに僕は嫉妬に狂いそうになる。僕に向けて、ささやいてくれたなら――。

 

「それは……」

「答えて」

 

 善子さんの一言(ひとこと)に、なにかいいかけた石田は黙る。

 

 彼女も、僕も、なにもいわなかった。

 

 僕は、彼がなにをいおうと、覚悟ができていた。

 でも、もし彼が認めたら――石田が投稿してもいい、といったら、そのときには僕はとんでもない道化だ。

 もしかしたら墓穴を掘ってしまったのかも知れなかった。雨降って地固まる、というように、彼と彼女の絆を深めただけで。

 

 僕は自分自身と善子さんを信じて、待った。善子さんと出会ってからの数か月を、「マー」を、国木田さんとAqours(アクア)を、信じて、待った。

 

「……ははっ」

 

 沈黙を破ったのは、石田の乾いた笑い声だった。

 

「ったく、笑っちゃうぜ」

 

 のけぞって大声を上げる石田。びくりと善子さんが、体を震わせる。

 彼は善子さんに向けて続ける。

 

「ああ、そうだ。俺はお前のことなんか、愛してなんかいないよ。最初っからな」

 

 善子さんがふらりとよろけた。いつのまにかすぐ近くに来ていた国木田さんが、彼女をささえる。

 苦い勝利感がわき上がる。でもそれが、僕の反応を鈍らせたのかも知れない。

 

「まったく、すこし話をあわせてやったら、ホイホイついてきて。本当に笑っちゃうぜ。誰がこんな、中二病全開の彼女と、マジに付き合うかよ」

 

 もう十分だ。もう十分、彼女には伝わった。彼女は真実を知った。これ以上は彼女を傷つけるだけだ。

 

「体だよ、からだ。俺は、お前の体が目的で、最初から……」

「やめろ、石田!」

 

 僕は遅ればせながら叫んだ。善子さんのほうを、見ることができなかった。

 彼は僕のほうへ向き直って続ける。

 

「でもな、こんないい女と別れるのはもったいない。そうさ、こいつはずっと、俺のものだ。誰だか知らないが、お前のものになんかならないぜ」

「どういうことだ……?」

「俺はな、写真、撮っておいたんだよ。()()()()()()()()()

 

 なんの効果を狙ってか、石田は言葉を切った。ようやく勝利をつかもうとしていた僕の、僕の胸の(ほむら)が、すうっと消えていった。

 

「もし、別れるっていうなら、俺はその写真をネットに公開する」

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