いきなり飛び出した僕に三人の視線が集中した。
「タミエル、おぬし、なにをしているのだ?」
僕は精一杯の
「た、タミエルって、いきなりなんだよ、お前」
あわてているのがわかる。
「タミエルよ、私を忘れたのか。この堕天使の
「おい、やべーやつが来たぞ」
「バラキエルだと。クソダサ」
石田の友人のふたりがひそひそと会話するのがわかった。いい調子だ。
「お、お前! タミエルとか、なんで知ってるんだよ!」
石田は
「
口から出まかせもいいところだ。
「だってさー、タミー」
「やっぱ、タミーちゃん、そういうお友達、多いんだね」
からかうような声に石田の顔が赤くなる。
「こんなやつ、知らねーよ。くそっ、お前、ちょっとこっちこいよ」
石田は僕の腕をぐっとつかみ、狭い裏通りのほうへと引っ張る。
「先、行ってるぜ」
「因縁、解決するといいねー」
ふたりの友人の声が遠ざかっていく。
僕のアイデアは、奇跡的にうまくいったらしい。僕はひとまず胸をなでおろした。
・
裏通りに入り、ぱっと石田は僕の腕を離した。僕は握られた箇所の鈍い痛みを無視する。
すこし離れて善子さんが不安そうに、片手を胸に当てて見守っていた。
最大の危機はとりあえず去った。でもまだまだ、まずい状態は続いている。
「なんだよ、お前。邪魔しやがって。なにがバラキエルだ、ふざけるんじゃねえぞ」
石田は僕をにらみつけた。体格は、彼のほうが若干大きい。相当な迫力だ。
「痛い目を見たくなかったら、さっさと消えるんだな、くそが」
僕にのしかからんばかりに身を乗り出す石田。震える声を懸命に隠して、僕は胸を張り、彼に顔を近づけて、いう。
「ヨハネの守護者だよ。彼女、君に話があるらしい」
「そうよ!」
絶妙なタイミングで善子さんが叫んだ。
「はい?
石田は僕の前から一歩、下がった。僕は気づかれないように、ふうっと息を吐く。
「善子じゃなくて……」
「はいはい、ヨハネね。で、ヨハネさんはどうかしましたか」
彼の投げやりな
「ねえ、タミエル。これ、どういうこと。あなたでしょ、これ」
ぐっと石田はへんな声を上げた。
「それに、これはなに?」
善子さんは次の画像を見せる。彼の顔が白くなるのがわかった。
「そして、これは。ねえ、どういうことなの、タミエル?」
善子さんは
「それは……」
目を泳がせる石田。
いいぞ、その調子だ。
「……それは、ちょっと友達に冗談、いっただけだよ。たまにはあるだろ、そういうこと」
善子さんはぴくりとも動かなかった。
予想通りの展開に、僕は不安になる。
「ヨハネ、君は俺の、運命の人なんだよ。ほら、わかるだろう」
石田は妙に甘い声でいった。善子さんの体が、ぐらっと動くのがわかる。
「ねえ、それ、ほんと?」
善子さんがささやいた。
「もちろん」
石田が笑いながらうなずく。
「ほんとにほんと?」
「ああ、愛してるよ、ヨハネ」
奇妙な沈黙が、流れた。
そして、善子さんが――微笑んだ。
僕はがつんと頭が殴られたような衝撃を受ける。
でも、善子さんは善子さんだった。
善子さんは微笑んだまま、すっと目を細める。
「馬鹿ね。いまさらそんなこといわれても、信じられるわけないじゃない」
石田が呆然と口を
僕は心のなかで
この調子ならあとは石田に認めさせて、僕が念を押せばよさそうだ。
彼も焦りを感じたのか早口で話す。
「なあ、ヨハネ、俺が悪かったよ。ヨハネがあまりに美しいから、つい、自慢したくなったんだ」
「嘘。いいかげんにしてよね」
「ほんとだって」
「さっきのこと、忘れてないわよ。なあに、あのふたりは? 私、嫌だっていったじゃない」
「それは……」
石田は黙り込んだ。
僕は善子さんに呼びかける。
「善子さん。彼に聞いてくれ。本当のことを」
「お前は黙ってろ!」
石田が叫び、僕に向けて右手をぐっと握りしめた。僕はかろうじてあとずさることなく、彼を見返す。
そんな僕を無視するように、くるっと善子さんに向きを変えて石田は続ける。
「なあ、ヨハネ。さっきのは悪かったよ。もう二度と、やつらを呼んだりしないから」
「いまさら信じられないわよ」
「こいつになにをいわれたか知らないけど、本当に俺は、君のことを愛してるんだ」
「また口から出まかせをいって」
「嘘じゃない。俺には、君しかいないんだ。……そうだ!」
石田は芝居がかった
「もう俺の魔力構造は、すっかり君に依存しているんだ。天界の干渉により結界が
「……そんなわけ、ないじゃない」
善子さんの口調がかわるのを、僕は感じた。
石田は妙に口がうまかった。きっとこの調子で善子さんをその気にさせたに違いない。
「石田」
これ以上、彼になにかいわせたくなかった。
「はあ? これは俺とヨハネの問題だぜ。口をはさむなよ」
石田はふんと鼻を鳴らした。挑発するように顎を上げる。
「それともあれか、やるっていうのか?」
にやっと唇の端をゆがめて僕に一歩、近づく。
僕は背中に冷たい汗がにじむのを感じる。
でも、ここで逃げるわけにはいかなかった。善子さんのために。それに――僕の見立てが正しいなら、彼だってきっと、僕と似たようなものだ。
それなら僕は、僕なりに、違う方向から攻めてやる。
僕は息を吸い込み、すこしでも迫力がこもっていることを願いながら、低い声でいう。
「……それならいますぐここで、SNSに投稿しろ」
「はあ? どういうことだ?」
「ルツさんやキリさんに、私はヨハネを愛しています。魔力構造と結界が堕天使ヨハネを必要としています、と投稿しろ」
「んなこと、できるわけねーだろ!」
石田は吐き捨ててから、はっと善子さんのほうを見る。顔面を真っ白にした善子さんが、そこにいた。
「……タミエル?」
「そ、それは違うんだ、ヨハネ。俺はかりそめの姿が、あきらかになるのを恐れて……」
そこまでいって気づいたのか、僕のほうを振り向く。
「さっきお前、ルツさんとキリさん、っていったよな」
「さあ、どうだろうね、タミー」
「……なんでお前、俺の裏アカ、知ってるんだよ!」
石田は明らかに動揺していた。
「僕には
僕はにやりと笑ってみせる。これは文句なしに、間違いなかった。
「なんだと……?」
「それとも僕が、投稿してあげようか。さっきの、君の姿を。ヨハネに愛をささやく姿を。魔力が欲しいとお願いする姿を。君の友人に向けて」
録画なんてしてなかった。はったりもいいところだ。
「君が彼女を愛しているなら、なんの問題もないよね?」
善子さんがうなずくのが視界のすみで見える。
「くそっ、勘弁してくれよ」
石田は頭をかかえた。
これであとは、彼が善子さんを愛してないと、認めてくれれば、それで解決だ。
僕は一歩、下がった。
「ねえ、タミエル」
善子さんと石田の視線が
「あなた、私のこと、愛してくれているの?」
善子さんが彼を見つめて、聞いた。その声と、
「それは……」
「答えて」
善子さんの
彼女も、僕も、なにもいわなかった。
僕は、彼がなにをいおうと、覚悟ができていた。
でも、もし彼が認めたら――石田が投稿してもいい、といったら、そのときには僕はとんでもない道化だ。
もしかしたら墓穴を掘ってしまったのかも知れなかった。雨降って地固まる、というように、彼と彼女の絆を深めただけで。
僕は自分自身と善子さんを信じて、待った。善子さんと出会ってからの数か月を、「マー」を、国木田さんと
「……ははっ」
沈黙を破ったのは、石田の乾いた笑い声だった。
「ったく、笑っちゃうぜ」
のけぞって大声を上げる石田。びくりと善子さんが、体を震わせる。
彼は善子さんに向けて続ける。
「ああ、そうだ。俺はお前のことなんか、愛してなんかいないよ。最初っからな」
善子さんがふらりとよろけた。いつのまにかすぐ近くに来ていた国木田さんが、彼女をささえる。
苦い勝利感がわき上がる。でもそれが、僕の反応を鈍らせたのかも知れない。
「まったく、すこし話をあわせてやったら、ホイホイついてきて。本当に笑っちゃうぜ。誰がこんな、中二病全開の彼女と、マジに付き合うかよ」
もう十分だ。もう十分、彼女には伝わった。彼女は真実を知った。これ以上は彼女を傷つけるだけだ。
「体だよ、からだ。俺は、お前の体が目的で、最初から……」
「やめろ、石田!」
僕は遅ればせながら叫んだ。善子さんのほうを、見ることができなかった。
彼は僕のほうへ向き直って続ける。
「でもな、こんないい女と別れるのはもったいない。そうさ、こいつはずっと、俺のものだ。誰だか知らないが、お前のものになんかならないぜ」
「どういうことだ……?」
「俺はな、写真、撮っておいたんだよ。
なんの効果を狙ってか、石田は言葉を切った。ようやく勝利をつかもうとしていた僕の、僕の胸の
「もし、別れるっていうなら、俺はその写真をネットに公開する」