強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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2. 再会

 翌日、僕は高校にも「マー」を持って行った。

 

 昼休み、食堂や中庭で食べる生徒もいるので、教室の人口密度は授業中の半分くらいになる。

 購買で買ったサンドイッチという昼食を食べ終えて、僕は雑誌を取り出した。

 

「お、また『マー』が出たな」

 

 隣の席の友人、宮坂(みやさか)和人(かずと)が紙パックのお茶を飲みながら話した。

 

「まあね」

 

 宮坂とは高校に入ってから知り合った。たまたま席が隣になり、言葉を交わすうちに話が合うとわかった。普段からよく話すし、昼休みもなんとなく一緒に食事することが多い。

 

「俺、どうにも嘘っぽくて読めないんだよな、そういう雑誌。魔術とかありえない、って思っちゃってさ」

 

 宮坂は昨日の津島(つしま)さんと同じことをいった。

 彼の「立ち位置」は知っているので、僕はいまさら驚いたり怒ったりはしない。

 

「僕も、そう思ってるよ」

 

 これは本音だった。ただ、ないって証明されていない限り否定はできない、というだけで。

 僕は続けた。

 

「どっちかというと、僕も魔術とか占いの記事より、古代文明とかUMA(ユーマ)とか宇宙人とか、そっちのほうに興味があるし」

 

 いわゆるオカルトだが、おおざっぱにオカルトとは、あまりいいたくなかった。

 

「あまり変わらない気がするけどなあ」

「いや、そうでもないよ。現代科学では製法が解明できない出土品があるのは事実だし、UMAの存在もすべて否定されてるわけじゃない。宇宙人の存在は肯定している科学者も多いし」

 

 そう、だからそういうものに興味を持つのは科学的にも間違ってないし、なにより僕はロマンを感じるんだ。

 

中井(なかい)は、前もそういってたな。まあ、それは認めるけどさ」

 

 飲み終えたパックを机に置いて宮坂は頭を振った。

 

「それで十分だよ」

 

 僕はうなずいた。

 彼はすくなくとも頭ごなしに否定することはしないし、好奇の目で僕を見ることもない。だから僕も彼には本音を話せたし、関係も続いているのだろう。

 

「どっちかというと、俺はそういうのはフィクションとして楽しむ派、だな」

「フィクションね」

 

 それもありだと思う。僕もSF小説などは好きなほうだ。

 

「ああ。いまやってるゲームも、まあその手のゲームだしな」

 

 そういって宮坂はスマートフォンを取り出した。

 たしか先日聞いたことがあった。なんでも銀河を舞台にした、文明のぶつかりあいを再現したゲームだそうで――。

 

「中井は始めてないのか?」

「いや、僕はまだ。興味はあるんだけど」

「面白いぜ。そのうち一緒のクランでプレイしよう」

「考えておくよ」

 

 宮坂はかなりスマホゲームをやりこんでいるらしいが、僕はそれなりだ。彼の紹介してくれたゲームも面白そうだけれど、逆に、はまりそうで怖くもあった。

 

 ゲームをプレイし始めた彼の横で、僕は雑誌を開いた。

 

        ・

 

 数日後。僕は放課後、塾へ向かった。

 ちなみに僕は地学部だけれど、塾のある日は早めに帰らせてもらっていた。そういう生徒はほかにも何人かいた。そのあたりは進学校ということらしい。

 

 その日も晴れていて、傾いた日の光は柔らかく、気持ちのいい陽気だった。僕は緑道へと足を向けた。

 アジサイはすっかり花開き、前回とはまた別の花も咲いていた。

 

 もうすこしで塾への曲がり角、というところで僕は前を行く津島さんに気づいて、自然に速足になった。

 

 彼女は両手で鞄を体の前に持ち、背筋を伸ばして歩いていた。

 僕はクラスの女子にはない優雅さを感じた。あとからわかるように、それは彼女一流の、かりそめの姿だったのだけれど――。

 

 ビルの入り口のところで津島さんに追いついた。気のせいでなければ、憂鬱(ゆううつ)そうな表情をしていた。塾が嫌なのだろうか。その気持ちはわからなくもないが――。

 ちょうど扉を開こうとした津島さんに僕は声をかけた。

 

「こんにちは、津島さん」

「あら、こんにちは、中井君」

 

 こちらも気のせいでなければ、彼女は僕を見てすこしだけ顔を明るくしたと思う。僕は嬉しくなった。

 扉を開けて彼女を通した。

 

「ありがと」

「どういたしまして」

 

 ホールで僕は聞いた。

 

「階段で行く? 三階だから、すぐだけど」

 

 彼女は一瞬戸惑い、すぐに微笑んだ。僕の嬉しさはさらに増した。

 

「エレベータでいいわよ」

 

 僕はうなずいて呼び出しボタンを押した。

 

 やってきたエレベータにふたりで乗った。

 狭い空間で、女の子に免疫のない僕は動悸が速くなる。前回よりもずっと意識してしまったのは、彼女との距離が縮まったせいだろうか。

 

 彼女はずっと扉を向いていた。

 外国だとエレベータの中で乗り合わせたら、にこっと笑うのだそうだ。でも、ここは日本だ。親しく会話するには、まだすこし(へだ)たりがあった。

 だから僕は彼女の横顔を見つめる。まだ数回しか会っていないけれど、やはりどこか沈んでいるように見えた。

 

 エレベータを降りたら話しかけよう。僕がそう思った矢先に、彼女は僕と視線をあわせずに、ぽつりと漏らした。

 

「私、ちょっと、エレベータって……」

「うん」

 

 僕は興味を引かれてうなずいた。

 しかし彼女はぎゅっと唇を結んでから、続けた。

 

「……なんでもないわ」

 

 扉が開いた。「開」ボタンを押した僕に、彼女は微笑んだ。

 

        ・

 

 結局、授業の前には話しかけられなかった。

 ただこのまま、なにもなしに帰るのは嫌だった。彼女がどんな「立ち位置」なのか、知りたくてたまらなかった。

 

 ときどき横目でちらっと眺める彼女は、相変わらずとても可愛かった。

 

 それに彼女は意外なほどに表情が豊かだった。

 しかめっ面をしてみたり、ぱっと笑みを浮かべたり、ほっぺたをふくらませたり。授業中でなければ、ずっと見つめていたかった。

 

 長くて短い授業時間が、ようやく終わった。

 

 僕は素早く勉強道具を片付けて、津島さんのようすをうかがった。

 

 大丈夫。きっと彼女は、うん、といってくれる。

 

 僕は自分にいい聞かせた。そして彼女が椅子から立ち上がったところで、声をかけた。

 

「あの、津島さん」

 

 なあに、というように彼女は僕を見つめた。

 僕は(つば)を飲んで、続けた。

 

「よかったら、一緒に帰らない? すこし話ができれば、って思うんだけど」

 

 彼女は目を――ぱっちりとしてちょっと釣り目気味で、でも愛らしい――わずかに大きくした。

 

 一瞬の、とても不安になる、時間。

 

「ええ、いいわよ」

 

 僕は、止めていた呼吸を再開した。

 

 エレベータのなかで、僕はすこし浮かれていたのかもしれない。いつも思っていたことを、つい口にしてしまった。

 

「エレベータって、不思議な感じがするよね」

「不思議な感じ?」

 

 繰り返す彼女。

 

「うん。なんていうか、異界に連れていかれる、っていうか。扉が開いたら、そこに別の世界が広がってるじゃないか、って」

 

 ポーンと鳴る電子音。ガコッという音とともにゆっくり扉が開いた。

 

 僕に会釈した彼女に続いてホールに出た。

 

「面白いこというのね、中井君」

「そうかな」

 

 背中を向けた彼女の表情はわからなかった。へんなことをいって、あきれられただろうか。

 

「ええ」

 

 そこまでいって津島さんは上半身で僕に振り向いた。

 

「私も、そう思うわ」

 

 彼女は口角を上げて目を細めた。

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