翌日、僕は高校にも「マー」を持って行った。
昼休み、食堂や中庭で食べる生徒もいるので、教室の人口密度は授業中の半分くらいになる。
購買で買ったサンドイッチという昼食を食べ終えて、僕は雑誌を取り出した。
「お、また『マー』が出たな」
隣の席の友人、
「まあね」
宮坂とは高校に入ってから知り合った。たまたま席が隣になり、言葉を交わすうちに話が合うとわかった。普段からよく話すし、昼休みもなんとなく一緒に食事することが多い。
「俺、どうにも嘘っぽくて読めないんだよな、そういう雑誌。魔術とかありえない、って思っちゃってさ」
宮坂は昨日の
彼の「立ち位置」は知っているので、僕はいまさら驚いたり怒ったりはしない。
「僕も、そう思ってるよ」
これは本音だった。ただ、ないって証明されていない限り否定はできない、というだけで。
僕は続けた。
「どっちかというと、僕も魔術とか占いの記事より、古代文明とか
いわゆるオカルトだが、おおざっぱにオカルトとは、あまりいいたくなかった。
「あまり変わらない気がするけどなあ」
「いや、そうでもないよ。現代科学では製法が解明できない出土品があるのは事実だし、UMAの存在もすべて否定されてるわけじゃない。宇宙人の存在は肯定している科学者も多いし」
そう、だからそういうものに興味を持つのは科学的にも間違ってないし、なにより僕はロマンを感じるんだ。
「
飲み終えたパックを机に置いて宮坂は頭を振った。
「それで十分だよ」
僕はうなずいた。
彼はすくなくとも頭ごなしに否定することはしないし、好奇の目で僕を見ることもない。だから僕も彼には本音を話せたし、関係も続いているのだろう。
「どっちかというと、俺はそういうのはフィクションとして楽しむ派、だな」
「フィクションね」
それもありだと思う。僕もSF小説などは好きなほうだ。
「ああ。いまやってるゲームも、まあその手のゲームだしな」
そういって宮坂はスマートフォンを取り出した。
たしか先日聞いたことがあった。なんでも銀河を舞台にした、文明のぶつかりあいを再現したゲームだそうで――。
「中井は始めてないのか?」
「いや、僕はまだ。興味はあるんだけど」
「面白いぜ。そのうち一緒のクランでプレイしよう」
「考えておくよ」
宮坂はかなりスマホゲームをやりこんでいるらしいが、僕はそれなりだ。彼の紹介してくれたゲームも面白そうだけれど、逆に、はまりそうで怖くもあった。
ゲームをプレイし始めた彼の横で、僕は雑誌を開いた。
・
数日後。僕は放課後、塾へ向かった。
ちなみに僕は地学部だけれど、塾のある日は早めに帰らせてもらっていた。そういう生徒はほかにも何人かいた。そのあたりは進学校ということらしい。
その日も晴れていて、傾いた日の光は柔らかく、気持ちのいい陽気だった。僕は緑道へと足を向けた。
アジサイはすっかり花開き、前回とはまた別の花も咲いていた。
もうすこしで塾への曲がり角、というところで僕は前を行く津島さんに気づいて、自然に速足になった。
彼女は両手で鞄を体の前に持ち、背筋を伸ばして歩いていた。
僕はクラスの女子にはない優雅さを感じた。あとからわかるように、それは彼女一流の、かりそめの姿だったのだけれど――。
ビルの入り口のところで津島さんに追いついた。気のせいでなければ、
ちょうど扉を開こうとした津島さんに僕は声をかけた。
「こんにちは、津島さん」
「あら、こんにちは、中井君」
こちらも気のせいでなければ、彼女は僕を見てすこしだけ顔を明るくしたと思う。僕は嬉しくなった。
扉を開けて彼女を通した。
「ありがと」
「どういたしまして」
ホールで僕は聞いた。
「階段で行く? 三階だから、すぐだけど」
彼女は一瞬戸惑い、すぐに微笑んだ。僕の嬉しさはさらに増した。
「エレベータでいいわよ」
僕はうなずいて呼び出しボタンを押した。
やってきたエレベータにふたりで乗った。
狭い空間で、女の子に免疫のない僕は動悸が速くなる。前回よりもずっと意識してしまったのは、彼女との距離が縮まったせいだろうか。
彼女はずっと扉を向いていた。
外国だとエレベータの中で乗り合わせたら、にこっと笑うのだそうだ。でも、ここは日本だ。親しく会話するには、まだすこし
だから僕は彼女の横顔を見つめる。まだ数回しか会っていないけれど、やはりどこか沈んでいるように見えた。
エレベータを降りたら話しかけよう。僕がそう思った矢先に、彼女は僕と視線をあわせずに、ぽつりと漏らした。
「私、ちょっと、エレベータって……」
「うん」
僕は興味を引かれてうなずいた。
しかし彼女はぎゅっと唇を結んでから、続けた。
「……なんでもないわ」
扉が開いた。「開」ボタンを押した僕に、彼女は微笑んだ。
・
結局、授業の前には話しかけられなかった。
ただこのまま、なにもなしに帰るのは嫌だった。彼女がどんな「立ち位置」なのか、知りたくてたまらなかった。
ときどき横目でちらっと眺める彼女は、相変わらずとても可愛かった。
それに彼女は意外なほどに表情が豊かだった。
しかめっ面をしてみたり、ぱっと笑みを浮かべたり、ほっぺたをふくらませたり。授業中でなければ、ずっと見つめていたかった。
長くて短い授業時間が、ようやく終わった。
僕は素早く勉強道具を片付けて、津島さんのようすをうかがった。
大丈夫。きっと彼女は、うん、といってくれる。
僕は自分にいい聞かせた。そして彼女が椅子から立ち上がったところで、声をかけた。
「あの、津島さん」
なあに、というように彼女は僕を見つめた。
僕は
「よかったら、一緒に帰らない? すこし話ができれば、って思うんだけど」
彼女は目を――ぱっちりとしてちょっと釣り目気味で、でも愛らしい――わずかに大きくした。
一瞬の、とても不安になる、時間。
「ええ、いいわよ」
僕は、止めていた呼吸を再開した。
エレベータのなかで、僕はすこし浮かれていたのかもしれない。いつも思っていたことを、つい口にしてしまった。
「エレベータって、不思議な感じがするよね」
「不思議な感じ?」
繰り返す彼女。
「うん。なんていうか、異界に連れていかれる、っていうか。扉が開いたら、そこに別の世界が広がってるじゃないか、って」
ポーンと鳴る電子音。ガコッという音とともにゆっくり扉が開いた。
僕に会釈した彼女に続いてホールに出た。
「面白いこというのね、中井君」
「そうかな」
背中を向けた彼女の表情はわからなかった。へんなことをいって、あきれられただろうか。
「ええ」
そこまでいって津島さんは上半身で僕に振り向いた。
「私も、そう思うわ」
彼女は口角を上げて目を細めた。