強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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3. Fall In Love

 エントランスから外に出ると、あたりはすでに暗くなっていた。

 

 緑道へ向かって歩きながら、どう話しかけようか迷った。でも、さっきの、エントランスホールでの津島(つしま)さんの表情が、ずいぶん僕の気を楽にしてくれた。

 

 とっかかりとしてはやはり、あれがいいだろう。

 

「津島さん、『マー』とか興味あるの?」

「えっと……」

 

 彼女は明らかに逡巡(しゅんじゅん)した。

 

 それはわかる気がした。僕だって中学や高校で、好奇の目で見られることがあった。ましてや女の子なら。

 いや、待てよ。占いとか魔術なら、女の子のほうがふさわしい気がするけれど――。

 でも、きっとそう単純ではないのだろう。スクールカーストとか、いろいろ面倒なことがあるのかもしれない。

 

 だから僕はじっくりと待った。

 

 彼女はやがて、ふうっと息を()いた。

 

「多少、ね」

 

 こころもち恥ずかしそうにうなずいた。

 認めてくれただけでも嬉しかった。

 

 緑道へ曲がった。

 

 幅五メートルほどの散歩道。真ん中に舗装された歩道があって、両側は芝生や植え込みになり、背の高い木が随所に植えられていた。

 街中(まちなか)の通りにくらべると街灯の数はぐっと減って、ぽつりぽつりと照らすだけになる。

 いままで気にしていなかった月の光が、急に存在感を増した。

 

「やっぱり、占いとか、そういうのが気になる?」

 

 無難なところから僕は聞いた。

 

「そうね、嫌いじゃないわ」

「僕はもっぱら読むだけだけど……。津島さんは自分で占ったりも、するのかな」

「まあ、やらなくもないわね」

「タロットとか?」

「基本よね」

 

 にやりと笑う津島さん。わりと本格的らしいな、と僕は思った。

 

 初めて会った人と――特に趣味の分野で――お互いの立場を探っていく感じは、なにか趣味を持っている人ならわかってくれるだろう。

 僕と津島さんの会話もまさにそんな感じで、友人の宮坂(みやさか)とも最初はこうだった。

 

 僕はそちらの方面から話題を広げてみた。

 

「クラスでも人気なんじゃない? 占いとか、友達にやってあげると」

「く、クラスのことは放っておいてちょうだい!」

 

 津島さんは意外なことに語気強く否定した。すぐに彼女はばつが悪そうに微笑んだけれど、なにか地雷を踏んだかな、と僕はいったん黙った。

 

 次になにを話そうか考えていると。

 

「……そういう中井(なかい)君は、魔法とか魔術とか、どうなの? 興味ある?」

 

 津島さんがさりげなく、でもまさに興味津々(きょうみしんしん)というようすで聞いた。

 

 僕は、どうしよう、と思った。

 率直にいうと、あまり興味はない。津島さんの関心を引くならそのふりをしてもいいが、きっとあとでバレる。趣味人の嗅覚(きゅうかく)をなめてはいけない。正直に話したほうがいいだろう。

 

「僕は、どちらかというと超古代文明とか超科学とかかな」

 

 彼女はふーん、というように目を細めた。

 この感じも、わかる。ちょっとだけ場所が違う、お隣さんへ示すような中途半端な関心。

 僕はあわてて付け加えた。

 

「あ、それでも、興味がないわけじゃなくて……そういう記事も、毎月読んでるよ」

「そう」

 

 ()()なかったけれど僕は彼女が嬉しそうなのを感じた。

 

 なんとなくだけれど、僕は彼女のことがわかってきた。いわゆる中二病的なものとの付き合い(かた)は、僕のほうがすこしだけ先に進んでるみたいだ。

 だから軽くぶつかってみることにした。

 

「津島さんは魔術の存在とか、信じてるほう?」

「そ、そんなの信じてるわけないじゃない」

 

 ぷいっと顔をそらす津島さん。でも、横目では僕を見たままだ。

 

「……中井君はこの前、いってたわよね。あるかもしれないって。あれ、本気なの?」

 

 ちょうど街灯の下を通って、彼女の頬が赤く染まっているのがわかった。

 

「もちろん」

 

 僕は彼女の目を見ていい切った。彼女の顔がこちらを向いたのを確認して続けた。

 

「でも、残念だけど、僕は魔法は使えないよ。津島さんは?」

「わ、私は……私だって、その……実践(じっせん)には(いた)っていないわ」

 

 面白い表現だった。僕は唇をゆるめた。

 

「でも、同じように僕は……そうだな、ピアノは弾けない。でも、ピアノを弾ける人がいることは否定しない」

「そりゃそうよ。だって、ピアノを弾ける人なんて、すぐ近くにいるもの」

「じゃあ、それが、見たこともないような楽器だったら? なんでもいいけど、たとえば古代アンデスの遺跡から出土した。演奏することはできるんだろうか」

「それは……誰かが演奏できることは、間違いないと思うわ。だって、そこに楽器があるわけでしょ」

 

 僕はうなずいた。

 

「それと同じかな、って思うんだ。魔法だって、誰かが使えるかもしれない。たまたま僕たちが使い方を知らないだけで」

「……そんなのって、あるのかしら。なにか、だまされてるような気がするわ」

 

 津島さんは首を振った。

 

「ごめん、ちょっと言葉遊びがすぎたかも」

「そうね。……でも、面白かったわ」

「ありがとう」

 

 彼女の笑みに、僕は微笑み返して続けた。

 

「それはともかく、僕は科学的であろうとしてる。だから魔法についても証明されてないことを否定したりは、しないよ」

「科学的、ね。そういう考え方もあるのね」

 

 僕はうなずいた。それがずいぶん前に見つけた、僕なりの付き合い方だった。わかってくれる人もいれば、わかってくれない人もいる。津島さんはきっと前者だと思った。それで十分だ。

 

 交差する通りを渡ると、足元がアスファルトから石畳にかわった。

 植えられている木も変わったのだろう、白い、すこしバラに似た花がいくつも咲いていた。夜気(やき)に乗って、濃厚でどこか記憶にある香りがした。

 

 津島さんがどこまでこの緑道を行くのかわからないけれど、僕が曲がるところまでは、もう半分ほども来ていた。

 

「津島さんは、超古代文明とかUMA(ユーマ)については、どう思うの」

「私? そっち方面はあんまり興味ないわね」

「そっか」

 

 ちょっと残念だった。

 ただ、彼女は言葉を()いだ。

 

「……でも、存在してもおかしくないと思うわ。悔しいけど、よっぽど魔法とかより、ね」

「そう聞いて嬉しいよ」

 

 僕は笑った。話の内容よりも彼女が率直に、興味がないと話してくれたことが、飾らないようでむしろ好ましかった。

 

 彼女の横顔を月光が照らした。

 気がつけば彼女が今日、ずっとまとっていた憂鬱(ゆううつ)そうな気配がどこかに消えていた。それが僕のせいならいいのだけれど。

 

 視線を感じたのか津島さんが僕を見て話した。

 

「ねえ。ひとつ、いいかしら」

「なに、津島さん」

「その津島さん、っていうの、()めてくれない? どうにも落ち着かなくて」

「うん、かまわないけど……。善子(よしこ)さんでいいかな?」

 

 彼女は黙った。善子さんがだめなら、なんていえばいいんだろう。「つーちゃん」とか「よっちゃん」とか、あだ名で呼べばいいのだろうか。

 沈黙ののち、彼女はいった。

 

「……それでいいわ」

「わかった、善子さん」

 

 女の子を名前で呼ぶ。まったく意識していなかった小学生のころを除けば、初めてではないだろうか。

 

「私も(さとし)って呼ぶわよ。いいわね」

「もちろん」

 

 こちらも同じように初めてで、大歓迎だった。

 彼女はふんっというように鼻を鳴らした。

 

 それきり僕らはしばらく、会話せずに緑道を歩いた。

 かつかつという彼女のローファーの音が石畳に響いた。

 

 僕はかすかな声を耳にする。

 

「……月の光。魔力の源。感じます。傷ついた堕天使ヨハネの(はね)が、徐々(じょじょ)(よみがえ)るのを」

 

 僕はなにをいえばいいのか悩み、結局、なにもいわないことにした。

 

 県道を通る自動車の音が聞こえてきた。

 

「善子さん」

 

 なにかささやいていた彼女は、はっとしたように僕を見た。僕は知らんぷりをして続けた。

 

「僕はあの県道で右折なんだけど、善子さんは?」

「私は左ね」

「そっか、じゃあそこまでだね」

「そうね」

 

 そっけなくうなずく善子さん。

 これでお別れだ。そう思うと僕は寂しくなった。そこで思い出した。

 

「『マー』、持っていく?」

 

 僕の一言(ひとこと)は爆弾のような効果を発揮した。彼女はピタッと足を止めて、大きくのけぞった。

 僕は鞄から雑誌を取り出して、差し出した。

 

「ま、まあこういうことなら、仕方ないわよね。お友達からのお誘いだし、不可抗力だし」

 

 彼女は聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいてから、僕に、とても可愛らしく頬を染めて、すこし恥ずかしそうに、いった。

 

「……借りてもいいかしら」

「うん、どうぞ。もう読み終わったから」

「じ、じゃあ今月だけ」

 

 彼女はおずおずと手を伸ばして、僕の手から雑誌を取った。一瞬、その顔が明るく輝くのを、僕は見逃さなかった。

 

「次か……その次のときに、返してくれればいいから」

「わかったわ。()()()()読ませてもらうわ」

「そうだね」

「ありがと、聡」

 

 呼び捨てだった。どうにも彼女の距離感は、よくわからなかった。でも彼女らしい気がした。

 僕はその距離感に甘えてもう一歩、踏み出してみた。

 

「よかったら連絡先、教えてくれるかな。善子さん」

 

 彼女はじろっと僕をにらんだ。失敗したかな、と思いながらも僕はあくまで平静を(よそお)った。

 善子さんはふうっと息を吐いた。

 

「仕方ないわね。メールアドレスでいい?」

「もちろん」

 

 なんだって歓迎だった。

 彼女はスマートフォンを取り出して僕に画面を見せた。写真に撮ってもよかったのだけれど、僕はあえてメールアドレスを直接、入力した。彼女といる時間をすこしでも伸ばしたかったから。

 それでもできる限り素早く入力してメール送信ボタンを押すと、彼女のスマートフォンからメール着信音が鳴った。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

 彼女はふっと肩をすくめた。

 

 県道までもうすこし、というところで、善子さんはひとりごとのように話した。

 

「世界は不思議に満ちあふれているわ」

 

 そして僕に向けて続けた。

 

「ねえ、聡。あなたもそう思うでしょ?」

「うん、間違いないと思うよ」

 

 彼女は我が意を得たりと、目を細めた。

 その笑顔は神秘的(ミステリアス)幻想的(ファンタスティック)で――僕は胸に、なにか熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

 

 善子さんは手に持っていた鞄を肩にかけると、急に足を速めた。

 

 県道の水銀灯が彼女だけのスポットライトになって彼女を照らした。

 

 県道に出るところの銀色の車止め。

 

 光のなか、彼女はまるで飛び箱でも飛ぶように、車止めに両手をついて、ひょいっと飛び越えた。僕は彼女の背中に、天使の羽を幻視した。それはたしかに、黒ではなくて、白い羽だった。

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