強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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4. Aqours(アクア)

 それ以来、善子(よしこ)さんとは塾で会えば話をして、一緒に帰るようになった。

 話題は、オカルトのことだったり、それとは全然関係のない学校のことだったり。

 

 ちなみに「マー」は次に会ったときに返してもらった。市販の、ちょっと高級なチョコレートが一粒だけ一緒に添えられていたことに、僕はとても感動した。

 

 彼女は沼津市内のずっと南、内浦(うちうら)にある(うら)(ほし)女学院の一年生だった。小さな女子高ということで僕が制服に見覚えがなかったのも無理はないと思う。

 

 魔術や占いについて話す彼女は楽しそうだったけれど、どこかそれに、うしろめたさを感じているようだった。本気になっていないというか、一歩腰が引けているというか――ノリノリで話しそうになって、ぷつっと止めてしまうのだ。

 

 虚構(きょこう)だとわかっていて楽しむでもなく、本気で信じているわけでもなく、僕のように可能性をすこしだけ保留しながら付き合っていくわけでもない、中途半端な状態なのだろう、

 

 どの選択でもいい。いずれにしても僕の前なら気にしなくてもいいのに、と思うととても残念だった。

 

 ただそれを除けば、善子さんはおしとやかで上品という最初の印象とは異なって、ボディランゲージが意外に派手で、言葉(づか)いもくだけた感じの、でもやはりどこかに気品を感じる、可愛いらしい女の子だった。

 

 緑道を歩くのはわずか十分ほどだけれど、僕にとってそれはとても幸せな時間だった。

 なにしろ僕は、彼女に恋をしていたのだから。

 

        ・

 

 七月に入ったある日、塾の帰り道。

 緑道の花は入れかわり、このときはオレンジの大輪の花がいくつも咲いていた。

 

 その日、善子さんはどこか落ち着かないようすだった。

 善子さんの制服は夏服にかわり、ノースリーブに近い上着からすらりと伸びる白い腕は、僕には目の毒だった。

 

「ねえ、(さとし)

 

 話が途切れて僕が次の話題を探していたとき、彼女は僕の名前を口にした。呼び捨てのそれを何度聞いても僕はドキリとするが、それを押し殺して、さりげなく聞こえるように返事をした。

 

「なに?」

「笑わないで聞いてほしいんだけど……」

 

 善子さんは目をふせた。ほんのりと頬が赤くなっているのが、街灯の光でもわかった。

 いままでそんなことはなかったので――「マー」を貸したときくらいだ――僕には意外だった。

 僕はあさはかにも、もしかして告白されるんじゃないか、と思ってしまった。

 

 彼女はたっぷり数秒置いてから、続けた。

 

「私ね、スクールアイドル、始めることにしたの」

 

 僕の期待はあっさりと裏切られた。

 

 でも、スクールアイドルか。部活動の一環としてアイドル活動をおこなうもので、たしか僕の高校にも部活があった。ラブライブという全国大会もあったはずだ。

 

 でも、アイドル。歌って踊る。

 

「善子さんが、アイドル」

 

 思わず口に出してしまった。

 

「な、なによ! 悪い?」

 

 彼女は立ち止まり、両手を広げて前のめりになって、すこし見上げるように僕を見つめた。

 

 すらっと鼻筋の(とお)った端正な顔。いまは上気した頬。開かれた赤紫色の瞳。それらをふちどる(つや)のある髪。特徴的なお団子。

 そうそう、検索してみてわかったのだが、このお団子のことはシニヨンと呼ぶらしい。

 

「悪く、ないんじゃないかな」

「悪くない、ですって?」

 

 今度は腕を組んで胸を張り、身長は僕のほうがずっと高いのに、顎を上げて僕を見下ろすようにした。そのポーズはとても善子さんに似合っていた。

 

 悪い、って聞かれたから、悪くない、って答えたんだけど。理不尽じゃないかな。そう一瞬思った。

 

 でも、いちいち挙動がオーバーな彼女は、きっとステージでも映えるだろう。

 

 それに、善子さんの声。普段は落ち着いていて耳に心地よい。ときどき妙に低かったり裏返ったりするけれど、それも愛嬌(あいきょう)があった。

 

 僕の結論は明白だった。アイドルには――向いているんじゃないかな。

 

「ごめん。すごく、いいと思うよ」

「ほんと?」

 

 すこし不安そうに。

 

「うん」

「ほんとにほんと?」

 

 今度は期待をこめて。

 

「もちろん」

 

 彼女はふわっと笑顔になった。いままでで一番、屈託(くったく)のない笑顔だった。

 

「ありがと、リトルデーモン」

 

 リトルデーモン?

 僕の顔に浮かんだ疑問に、彼女はなにか答える責任を感じたのだろう。でもまだどこかに、照れがあったのかもしれない。

 

「ほら、その。……なんとなく感じなさいよ!」

 

 彼女はぷいっと横を向いた。やっぱり善子さんは、とても可愛い。

 僕はくすりと笑ってしまった。

 

「もう、なに笑ってるのよ。笑わないで、っていったのに!」

 

 スクールアイドルを始めたことじゃなくて、善子さんが可愛くて、なんだけど。

 でもそんな言い訳を彼女は聞いてくれそうになかった。

 

「ごめんごめん。それじゃ、ライブとか、やるんだ?」

「まあ、そのうちね」

 

 彼女は歩みを再開してまだ赤みの残る顔でうなずいた。

 善子さんがライブ。どんなライブになるのだろうか。いや、そういえば肝心の情報をまだ聞いていなかった。

 

「浦の星女学院のグループだよね。なんていう名前なの?」

Aqours(アクア)よ。つづりは、検索してちょうだい。すぐ見つかると思うから」

「わかった」

 

 彼女は誇らしそうに話した。

 彼女がスクールアイドルを始めたことは、きっと彼女にとってプラスになるだろう。僕は彼女の笑顔を見て、そう確信した。

 

        ・

 

 僕はその日、自宅に帰ってすぐAqoursについて検索した。善子さんの話していた通りにいくつかの動画とブログが見つかった。

 

 びっくりしたことにAqoursはこの五月に結成されたばかりだった。最初は二年生の三人で、善子さんを始めとした一年生三人がつい先日加入して、いまは六人だ。

 体育館らしいところで撮影された三人のファーストライブの動画。決してすごく上手だというわけではないけれど、ひたむきな感じが伝わってきて、僕はすっかり引きこまれてしまった。

 

 そして次の動画を見て、僕は笑ってしまった。

 ライブ動画ではなくて部活紹介の動画で、堕天使を名乗る善子さんがしっかりと中央にいた。

 メンバーたちはゴスロリ風というのだろうか、黒と白を基調にした(ひとりだけクリーム色だけれど)フリルの多いドレス姿で、善子さんは丁寧にも頭上に黒い天使の輪と、背中に同じく黒い羽までつけていた。

 それにポーズと決め台詞。絶対にこれは善子さんの製作総指揮だ。

 彼女の趣味がこんなところで生かされて、僕は本当に嬉しくなった。

 

 ブログはメンバーが入れかわりで書いていて、善子さんの書いた回は書き出しからして見事だった。

 

「待たせたわね、リトルデーモンたち。天界からのドロップアウター、堕天使ヨハネ! 沼津の内浦に降臨よ!」

 

 そして一番大事なこと。Aqoursのメンバーはもちろんみな可愛かったけれど、僕には善子さんがとりわけ輝いてみえた。

 

 次に塾で一緒になった日。僕は帰り道で早速、動画の話題を口にした。

 

「み、見たの?」

「もちろん」

 

 検索して、っていったのは善子さんだ。

 

「その、どうだった?」

 

 不安そうに聞く彼女。

 

「うん、すごく可愛かった。ドレスもそうだし、台詞とかポーズも」

「そう。それはよかったわ」

 

 表情を(やわら)らげて善子さんはうなずいた。

 

「これからずっと、Aqoursはあの路線で行くの?」

「そ、そんなわけないじゃない。あれは、その、たまたま今回だけよ」

「そうなんだ」

 

 ちょっと残念な気もした。

 

「……でも、ひょっとしたら、またいつか堕天使が降臨することもあるかもね」

 

 善子さんは微笑んだ。僕のことを思っていってくれたなら、いいんだけれど。

 

        ・

 

 それからというもの善子さんは、いわゆるオカルトについてあまり隠さなくなった。

 

「雨。あまりに美しいこの私の美貌(びぼう)、きっと天が嫉妬して(おお)い隠そうとしているのだわ」

 

 ある日、善子さんはうっとりと語った。申し訳ないのだけれど僕はつい口をはさんでしまう。

 

「うーん、それはどうかな。たぶん梅雨(ばいう)前線が停滞してるだけだと思うけど。あと、美しい美貌、って馬から落馬、みたいになってるよ」

「う、うるさいわね! ずら丸みたいなこといって」

 

 ちなみに「ずら丸」について、僕はきっとAqoursの国木田(くにきだ)花丸(はなまる)さんだと見当をつけた。どうしてそんな不思議なあだ名なのかは、わからなかったけれど。

 

「それに、なによあなた、魔法の存在は否定しない、なんていったくせして!」

 

 彼女は傘を傾けて僕をにらみつけた。

 

「それはそうだけど。普通に天気のせいって考えたほうが科学的だし」

「それじゃ、どうして私ばかり、雨に降られるのよ」

「確率の問題かな? (かたよ)ることは十分ありえるし」

「ぜんっぜん科学的じゃないわ!」

 

 彼女はぷいっと顔をそむけた。

 

 また別の日、僕が宇宙人の存在について熱く語ると善子さんは疑問を投げかけた。

 

「でも、それならどうして、まだ地球にあらわれてないのよ?」

「それは、たぶん、観察してるだけなんじゃないかな」

「ずいぶん奥ゆかしいのね。もし地球人がどこかの星に行ったら、さっさとコンタクトすると思うんだけど」

「まあ、そうだね」

「やっぱり存在してないんじゃないの?」

 

 善子さんの話はもっともだった。「フェルミのパラドックス」と呼ばれて議論されている。でも、世界中で議論のネタになるくらいだから、僕にはすぐに答えることはできなかった。

 

「まだ、堕天使が降臨するほうがありそうだわ」

 

 彼女はふふん、というように笑った。

 

 こんな感じで僕たちの議論はときどきかみ合わなかったが、「マー」の発売日には大いに盛り上がった。この月から、善子さんはしばらく()めていたという「マー」の購入を再開していた。

 

 また、善子さんはいつも、Aqoursのことを話した。新しい曲ができたこと。ステップがうまくいったこと。花丸とルビィが意外にやること。

 Aqoursについて話す彼女は、とても楽しそうだった。

 

 僕は「マー」について語れる友人ができて、また僕が恋する人がとても幸せそうで、彼女との関係をどう進めるかは悩みどころだったけれど、それなりに幸せだった。

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