強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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5. 友人たち

 次の土曜日。僕は沼津市街の商店街まで買い物に行った。雨だったので自転車ではなく、傘を差して歩いた。幸い商店街にはアーケードがあった。

 

 傘を(たた)んで、いつもの土曜日よりも()いた商店街を歩く。屋根にあたる雨音が通奏低音(つうそうていおん)のように響いていた。

 

 いくつかの店で買い物をして最後に書店へ行った。本は重いので最後にするのがいつもの僕のルートだった。

 

 文庫やコミックもそれなりに読むものの、僕の目当てはやはりオカルト関連の棚だ。この書店にはかなりの量が揃っていた。

 超古代文明や宇宙論に魔術や魔法、ファンタジーに都市伝説、さらに開運術まで同じ場所に並んでいるのは玉に(きず)だったけれど。

 

 手に取った新刊本はなかなか興味深く、僕はまったく彼女に気づかなかった。

 

「あれ、(さとし)じゃない」

 

 僕は本を取り落としそうになる。善子(よしこ)さんだった。

 今日は制服ではなくて私服姿で、(えり)だけが白い七分袖(しちぶそで)の黒のブラウスに、白いスカートをあわせていた。とても似合っていた。

 

「善子さん。今日はAqours(アクア)の練習は休み?」

 

 僕はオカルト関係というだけで、ごちゃまぜの棚を作った本屋に感謝した。

 

「ええ、雨だから中止になったわ。聡は、部活とかないの?」

「僕は、もともと今日は休みだから」

 

 文化部なんて、どこもそんなものだと思う。Aqoursは土曜日にも練習をしているらしい。どちらかというと運動部なのかも。

 

「ふーん、そうなのね。なにか面白い本、ある?」

 

 彼女は僕の隣まで来て棚を眺めた。ふわりと、彼女の付けている香水かなにかの匂いがして、僕はドキリとした。

 

「どうかな。善子さんが好きなような本は、よくわからないから」

「ふふ、そうかもしれないわね。……あら、これちょっと面白そうじゃない」

 

 善子さんは「新約・神秘学の理論と技法」という題名の本を手にしてパラパラとめくった。

 ちょっと話題になった本で、僕は、いわなければいいのについ口に出してしまった。

 

「あ、その作者、あまり評判よくないよ。歴史を無視して自己流の解釈で書いてるから」

 

 彼女はジトっという目で僕を見て、ふうっとため息をついた。

 

「科学的じゃないってわけ?」

「まあ、ね」

 

 善子さんはパタンと本を閉じて棚に戻した。

 

 すこし体をかがめて、彼女は本を探した。

 まん丸のお団子(シニヨン)が僕の目の前にあった。これを解いたらどんな感じになるのだろう。きっとまた雰囲気が違って、そう、お嬢様っぽくなるのかもしれない。

 そして善子さんが僕の前で、いつか髪を解いてくれることがあるのだろうか。

 

 僕はそんな思いを振り払って、彼女に話しかけた。

 

「善子さんは、今日はひとり?」

 

 もちろん、ひとりならなにかに誘ってもいいんじゃないか、と僕は思ったのだけれど。

 

「友達と一緒よ」

 

 あっけなくその思いは打ち砕かれた。

 

「善子ちゃん」

 

 そのとき僕の背後から声がした。

 

「噂をすれば、ね」

 

 僕は善子さんの視線を追う。そこにはAqoursの動画で見た女の子、国木田(くにきだ)花丸(はなまる)さんがいた。

 国木田さんは茶色の髪、すこし垂れ気味の優しそうな目をしていて、動画で見たよりもずっと可愛かった。

 

「ずら丸、今日はわりと早かったわね」

 

 善子さんはそういって微笑み、付け加えた。

 

「それに、善子じゃなくてヨハネよ」

 

「ずら丸」についての僕の推測は裏付けられた。

 でも、ヨハネは――そう、Aqoursのブログでも見た、善子さんのニックネームだ。友達にはヨハネと呼んでもらいたい、ということかもしれない。僕は善子さんにいわれたことがないけれど。距離感の違いだろうか、と思った。

 

 僕がすこし通路の中央からよけると、なんとなく三人で会話するような形になった。

 

「雨だから、すこし控え目にしておいたずら」

 

 そういう国木田さんの背中には、緑の風呂敷包みが背負われていた。お(つか)いにでもいくような風情(ふぜい)だった。

 

「それで控え目、ねえ」

 

 善子さんは風呂敷を見ながらあきれたようにいった。ということは、中身は本らしい。

 

 国木田さんはちらっと僕のほうを見てから善子さんに聞いた。

 

「善子ちゃん、お友達?」

「ええ、そうよ。中井(なかい)君。塾で知り合ったの」

「そういえば善子ちゃん、授業の遅れを取り戻すっていってたね」

「え、ええ、そうよ」

 

 善子さんは国木田さんの言葉にかぶせるように話した。

 

「ほら、聡、なにかいいなさいよ!」

 

 突然、話を振られてびっくりしたけれど、彼女の期待を裏切らないように僕は話した。

 

「えーと、中井聡です。城斉(じょうさい)高校一年。よろしく」

 

 オカルト趣味とか「マー」のことはいわないほうがいいだろう。

 

「国木田花丸です。善子ちゃんと同じクラスです。よろしくお願いします」

 

 彼女は丁寧に頭を下げた。そして気になるのか僕をじっと見つめた。

 僕がなにかいおうとしたとき彼女は口を開いた。

 

「善子ちゃんの趣味のお友達かな?」

 

 きらっと彼女の目が輝いた。

 

「うん、まあ、そんな感じかな」

 

 僕は彼女の鋭さに驚いたけれど、冷静に考えれば、書店のこの売り場にいるのだからわかって当然だった。

 

「なるほど。善子ちゃんをよろしくお願いします」

 

 国木田さんはぺこりと頭を下げた。

 

「なによ、ずら丸。その『よろしくお願いします』って!」

「言葉通りの意味だよ、善子ちゃん。なにかおかしい?」

「べ、別におかしくないけど……。なにか気になるわ、その言い方」

「気にしすぎずら。……善子ちゃん、先に帰る?」

 

 国木田さんは可愛らしく首をかしげた。

 

「帰らないわよ! もう、なによ、ずら丸」

「えへへ。マル、ルビィちゃんを呼んでくるね」

 

 国木田さんはもう一度僕に会釈してから、売り場の奥のほうへ歩いていった。

 あれは、どうなんだろう。気を回してくれたのだろうか。嬉しいけれど戸惑いのほうが大きかった。

 

「花丸、へんに鋭いのよね」

 

 善子さんは肩をすくめた。僕はそこにはノーコメントだった。かわりに気になったことを話した。

 

「面白い言葉遣いだね、国木田さん」

「ああ、彼女、お寺の子で、おばあちゃんっ子だから」

 

 お寺か。たしかにブログの文章にもそんな雰囲気はあった。僕はうなずいた。

 

 そして国木田さんと善子さんの気のおけない感じから、ふたりはとても仲がいいんだな、と思った。

 

「それで、どうする、聡?」

 

 善子さんが聞いた。

 たぶんこのままここにいたら、黒澤(くろさわ)ルビィさんにも紹介されるのだろう。

 

「僕は、帰るよ」

「そう。わかったわ」

 

 善子さんはそれがいいと思う、というようにうなずいた。

 

        ・

 

 次の月曜日、高校での昼休み。

 購買で昼食を買ってきて教室の自分の席に落ち着くと、ゲームをプレイしていたらしい隣の席の宮坂(みやさか)が、スマートフォンから顔を上げた。

 

「なあ、中井」

「ん?」

 

 宮坂は小声で話した。外で食べる組はすでに教室を出て、僕たちのまわりには話を聞かれるような生徒はいなかった。

 

一昨日(おととい)の土曜日、M書店にいただろ」

「うん、それがどうかした?」

 

 そう答えた瞬間に思い出した。善子さんと国木田さんに会ったことを。

 果たして、宮坂は続けた。

 

「誰だ、あの可愛い子?」

「誰って、誰だろう」

 

 とりあえず僕はとぼけてみた。

 

「黒髪をお団子にまとめた子だよ。なんか楽しそうに会話してたぜ」

「ただの友人だよ」

「へえ、友人ね。クラスの女子ともろくに話さないのに、ずいぶん親しくなったんだな。付き合ったりはしてないのか?」

「まさか」

 

 僕は首を振った。そうなればどれだけよかったか。

 

「なんだ、つまらないな」

「余計なお世話だよ」

 

 僕は知らんぷりしてサンドイッチのパッケージを開けた。

 彼は僕の気も知らずに――または知りながらあえて、話を続けた。

 

「いったいどこで知り合ったんだ? 他校だろ、あの感じだと」

「たまたま、塾で」

 

 しかしどうして他校だとわかるんだ。

 僕の疑問を察したのか宮坂はいった。

 

「だってあんな可愛い子、うちの高校にいたら、すぐわかるだろ」

 

 それはそうだ。

 

「しかし、塾か。なるほど、そういう出会いもあるんだな」

 

 宮坂は感心したようにつぶやいた。一方的に色々いわれるのも(しゃく)なので、僕は質問を返した。

 

「そういう宮坂はどうなんだ? 彼女とか、いないのか?」

「俺は、いないなあ」

 

 彼はわざとらしく大きなため息をついた。

 

「まったく、中井がうらやましいぜ。いまは友人かもしれないけど、そのうち彼女になるかもしれないだろ」

「どうなんだろう」

 

 僕にはわからなかった。そうなってくれれば嬉しいし、そう願っていた。このときは。

 でも――たしかに知り合えたことだけでも、幸せなことに間違いはなかった。

 

 スマートフォンに顔を戻そうとする宮坂に僕は聞いた。

 

「ゲームに出会いは、ないのか?」

「ないなあ。むしろどっちかというと、SNSかな。お前も使ってるだろ?」

 

 彼は僕にもおなじみのソーシャルネットワークサービス( S N S )の名前を告げた。あまり活発に使ってはいないけれど、僕もアカウントは持っている。

 

「あっちなら、結構、親しく話してる面子(めんつ)がいるぜ」

「へえ、すごいじゃないか」

「ただ、性別年齢不詳だから、難易度が高いな。そうだ、中井。その子のアカウントとか、聞かなかったのか?」

「いや、それは知らないよ」

 

 メールアドレスは交換したけれど、黙っていた。

 

「そうか、友人でも紹介してもらおうと、思ったんだけどな」

 

 宮坂は首を振ってゲームを再開した。

 

 でもたぶん、善子さんはSNSは使っていないんじゃないかな、と僕は思った。

 

        ・

 

 次に会ったとき、僕はさりげなく善子さんに聞いてみた。やはり彼女はSNSは使っていなかった。そのかわりというわけではないけれど、僕は彼女と電話番号を交換することに成功した。

 

 そのしばらくあと、Aqoursの新しい動画が公開された。

 

 今回は新曲を紹介する動画で、「夢で夜空を照らしたい」という題のその曲は、六人になったことでぐっと奥行きが増していた。

 衣装も、前回の動画とは異なって、大きなリボンと半透明の生地で作られたフリルが目を引く、とても可愛らしいものだった。

 

 曲に組み合わせられた映像には、夕焼けの内浦の海と空。それを背景に、空に昇っていく無数の光。幻想的で美しかった。

 

 そしてこれが、僕が初めて聴く善子さんの曲だった。

 

 彼女の歌は素晴らしかった。贔屓(ひいき)目かも知れないけれど、Aqoursの誰に勝るとも劣らない、そう感じた。優劣はともかく、とにかく心を揺さぶられたことは間違いなかった。天使の歌声というのは、こういうのをいうんじゃないかと思った。

 

 そしてもちろん、彼女はとても愛らしくて、美しかった。

 

 夏休み前、Aqoursは東京のスクールアイドルイベントに参加した。

 僕は動画で確認しただけだが、Aqoursのパフォーマンスは悪くなかったと思う。でも、他のグループがそれ以上に(すご)すぎた。そこでの順位は惨憺(さんたん)たるものだったらしい。

 

 塾の帰り、善子さんはさすがに落ち込んでいるように見えた。でもそれは、彼女がそれだけ真剣にスクールアイドルに、Aqoursに取り組んでいたことの裏返しなのだろう。

 

 次に会ったときには彼女はまた、例の自信を取り戻していて、僕は安心したのだった。

 

 こうして僕はすこしずつ、僕の勘違いでなければ彼女との距離を縮めていった。知り合えただけで幸せ、そう思いながら、どうしても僕はさらにその先に、思いをはせてしまった。

 

 しかし、それは突然、暗転することになる。一通のメールとともに。

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