自宅に帰った僕は本物の、熱いシャワーを浴びた。真夏とはいえ、僕の体は冷え切っていた。
部屋着に着替えてようやく、僕は人心地がついた。
雨のなかの決意は、僕の胸にちいさな、でもたしかな
本棚の「マー」が今日は炎の色に見えた。
考えるべきことは、山のようにあった。
・
僕は砂糖をたっぷり入れたコーヒーを用意した。飲みながら考える。
やはり最初の鍵は、彼、
石田のことをもっと知るには、中学のときに同じクラスだったという
もし石田がいいかげんな付き合いをしているなら、それを彼女にわからせればいい。
しかし、すくなくとも今日のように、単純に話すだけではだめだ。それは間違いなかった。
単に「彼は君のことを愛してはいない」といっても、善子さんは説得できないだろう。私の愛で振り向かせる、くらいのことをいいかねない。
なにか証拠を、突き付ける必要がある。
しかし。
もし石田が真剣に善子さんのことを考えていたら? あの態度もいわゆる高校デビューということなら、どうしようか。
それならいい。いいのかもしれない。彼女の幸せを考えれば。
でも――僕はそう単純に割り切れなかった。
単なる
なにかしたかった。彼から彼女を、奪いたかった。
善子さんは
それは最初に彼女が、恥ずかしそうにAqoursに加入したことを教えてくれたときからずっとで、彼と付き合い始めても、幸いにもかわっていないように思える。
Aqoursには乗り気でないという彼。
もし善子さんが僕の推測通りにAqoursを休みがちで、善子さん自身がそれを
このあたりに勝機――あまりよくない表現だけれど、そうとしかいえない――がありそうだ。
善子さんにAqoursのことをもう一度、考えてもらう。
善子さんとAqours、両方を知っている人がいれば、力を貸してくれるのではないだろうか。
僕の心に、ある女の子が浮かぶ。
善は急げだ。
僕はコーヒーを飲みほして、スマートフォンを手にした。
・
僕はまず連絡先から宮坂を選んだ。メールやメッセージではなく、通話にする。とにかく急ぎたかった。
『どうした、
ついさきほど別れたばかりの彼は不思議そうに聞いた。
「ちょっと、頼みがあって」
僕は頭のなかを整理する。
どこまで彼に話そうか。
これからのことを考えたら、思い切って話したほうがいい。宮坂の協力は不可欠だ。
幸い宮坂は僕に同情的だった。すくなくとも僕が善子さんのことを気にしている、ということは伝えるべきだろう。
そう結論が出るまでは、すぐだった。
「津島さんのことなんだけど」
『彼女がどうした?』
「津島さんの彼氏、真面目に付き合ってるのかな」
『急にそんなこと、いわれてもなあ』
宮坂が首をかしげるのが見えるようだった。僕はうまい表現を探す。
「その、可愛い女の子なら誰でもいい、俺のものにしたい、っていうか」
『うーん、
その言葉は鋭く僕の胸を刺した。さっきの、雨のなかでの想像がよみがえりそうになって、首を振る。
『……すまん、いい過ぎた』
なにも答えられなかった僕に、彼がいった。
「うん、大丈夫」
僕は深呼吸してから、彼女が塾を休んでいること、部活も休んでいること(Aqoursについてはとりあえずふせておく)、そして彼と会っていることを話す。
無理矢理そうさせられている、という僕の考えも伝えた。あくまでも憶測だが、と断った上で。
「石田が、本当に彼女のことを好きなのか、きちんと想ってるのか、知りたいんだ」
『なるほど。でも、俺も高校に入ってから会ってないし、この前、見かけただけだからな』
「誰か彼のこと、知ってる人とかいないかな」
『石田の友人とか? もともとあいつとはたいして親しくないし……あまり心当たりはないな」
「そうか……」
たまたま中学のクラスが同じ、というだけで僕と大差ないのだろうか。
『津島さんのことが気になるのか』
「まあね」
気になるどころではないけれど。
『白馬の騎士、
どこか面白そうに宮坂はいった。
「まあ、ね。……笑われてもいいよ」
『いや、好きだぜ、そういうの。しかし、中井がそこまで入れ込むとはな』
「そこは放っておいてくれ」
『意外に熱い奴だったんだな、お前』
電話口で宮坂は絶対に、にやけているだろう。
でも、僕も自分自身が意外だった。まさか僕が女の子に――いや、善子さんなら、そうなって当然だ。
しかし、宮坂も知らないとなると。
これからどうしよう、と考えていると、彼が口を開く。
『……そういうことなら、心当たりは、ないでもない』
「本当か?」
『あまり期待しないでくれ。あいつ次第だから。……そうだな、明日にはまた連絡するよ』
「ありがとう」
『そういえば、中井が彼女に会ったのは、先週の木曜日か?』
「うん、そうだけど」
『何時ごろだ?』
僕は塾の時間を思い出して彼に教える。
『わかった。それじゃ』
宮坂は通話を切った。
彼のいう心当たりがなんなのか、見当もつかない。明日まで待つしかなさそうだった。
・
ちょうど親に夕食に呼ばれる。僕は親にあきれられるくらい、急いでかきこんだ。
見たい動画配信があるから、とかなんとか言い訳して、早々に自室に戻った。
次に僕は、善子さんとAqoursを知る人物――
まずは、Aqoursで善子さんがどうしているのか、それを知りたかった。
そしてもし、善子さんが推測通りで、国木田さんが僕と同じように、
国木田さんの連絡先は、わからない。
津島さんに聞いておけばよかったのだけれど、残念ながらいままでそんな機会はなかった。次に会ったときに聞くのは不自然すぎるし、遅すぎる。
Aqoursのブログからメールで連絡することは可能だ。でもそれだと国木田さん以外のメンバーが読む確率が高い。
ただ、僕にはアイデアがあった。
まず、彼女の家はお寺だそうだ。だからいわゆる電話帳に載っているのではないだろうか。
またブログにもヒントが隠れていた。
国木田さんが一緒に
ということは、彼女も内浦に住んでいるということだ。
内浦のお寺をネットで検索してみる。候補は十件弱だった。思ったよりも多くて、僕は頭をかかえる。
しかし何件かはすぐに住職さんの名前がわかり、候補から外すことができた。
さらに僕は残りのお寺について電話番号を調べ、それでネット検索してみる。いくつか電話の持ち主の名前がわかった。そのなかに「国木田」はなかったが、候補は三件まで絞られた。
そのどれかが、たぶん国木田花丸さんの家だ。
僕はスマートフォンの時刻表示を確認する。かなり遅い。すくなくともイエデンにかけるには。明日にまわすしかなさそうだった。
外では雨が降り続いていた。
その日、僕はなかなか寝付けなかった。当たり前だろう。こんなことがあったのだから。
それでもようやく眠りが訪れて、僕は夢を見た。
幸いというべきか、彼は出てこなかった。でも、もっとよくない夢だった。
彼女がAqoursを辞めて、Aqoursは八人になっていた。