強がりの堕天使に祝福を   作:Kohya S.

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9. 計画

 自宅に帰った僕は本物の、熱いシャワーを浴びた。真夏とはいえ、僕の体は冷え切っていた。

 

 部屋着に着替えてようやく、僕は人心地がついた。

 

 雨のなかの決意は、僕の胸にちいさな、でもたしかな(ほむら)となって残っていた。

 本棚の「マー」が今日は炎の色に見えた。

 

 善子(よしこ)さんを救うといっても、一筋縄ではいかないことはわかっていた。もっとじっくり戦略を練らなくては。

 

 考えるべきことは、山のようにあった。

 

        ・

 

 僕は砂糖をたっぷり入れたコーヒーを用意した。飲みながら考える。

 

 やはり最初の鍵は、彼、石田(いしだ)だろう。

 石田のことをもっと知るには、中学のときに同じクラスだったという宮坂(みやさか)に頼むのがよさそうだ。まずは宮坂に聞いてみよう。

 

 もし石田がいいかげんな付き合いをしているなら、それを彼女にわからせればいい。

 

 しかし、すくなくとも今日のように、単純に話すだけではだめだ。それは間違いなかった。

 単に「彼は君のことを愛してはいない」といっても、善子さんは説得できないだろう。私の愛で振り向かせる、くらいのことをいいかねない。

 

 なにか証拠を、突き付ける必要がある。

 

 しかし。

 もし石田が真剣に善子さんのことを考えていたら? あの態度もいわゆる高校デビューということなら、どうしようか。

 

 それならいい。いいのかもしれない。彼女の幸せを考えれば。

 

 でも――僕はそう単純に割り切れなかった。

 

 単なる横恋慕(よこれんぼ)だ。笑われていもいい。それでも僕は、善子さんを(あきら)めきれなかった。

 

 なにかしたかった。彼から彼女を、奪いたかった。

 

 善子さんはAqours(アクア)に真剣に取り組んでいるらしい。

 それは最初に彼女が、恥ずかしそうにAqoursに加入したことを教えてくれたときからずっとで、彼と付き合い始めても、幸いにもかわっていないように思える。

 

 Aqoursには乗り気でないという彼。

 もし善子さんが僕の推測通りにAqoursを休みがちで、善子さん自身がそれを()いているのなら。

 このあたりに勝機――あまりよくない表現だけれど、そうとしかいえない――がありそうだ。

 

 天秤(てんびん)にかけさせるようなことは、普段ならしたくない。でもいまは、なりふりかまっていられない。

 

 善子さんにAqoursのことをもう一度、考えてもらう。

 

 善子さんとAqours、両方を知っている人がいれば、力を貸してくれるのではないだろうか。

 

 僕の心に、ある女の子が浮かぶ。

 

 善は急げだ。

 僕はコーヒーを飲みほして、スマートフォンを手にした。

 

        ・

 

 僕はまず連絡先から宮坂を選んだ。メールやメッセージではなく、通話にする。とにかく急ぎたかった。

 

『どうした、中井(なかい)?』

 

 ついさきほど別れたばかりの彼は不思議そうに聞いた。

 

「ちょっと、頼みがあって」

 

 僕は頭のなかを整理する。

 どこまで彼に話そうか。

 

 これからのことを考えたら、思い切って話したほうがいい。宮坂の協力は不可欠だ。

 幸い宮坂は僕に同情的だった。すくなくとも僕が善子さんのことを気にしている、ということは伝えるべきだろう。

 

 そう結論が出るまでは、すぐだった。

 

「津島さんのことなんだけど」

『彼女がどうした?』

「津島さんの彼氏、真面目に付き合ってるのかな」

『急にそんなこと、いわれてもなあ』

 

 宮坂が首をかしげるのが見えるようだった。僕はうまい表現を探す。

 

「その、可愛い女の子なら誰でもいい、俺のものにしたい、っていうか」

『うーん、(からだ)目当(めあ)てってことか?』

 

 その言葉は鋭く僕の胸を刺した。さっきの、雨のなかでの想像がよみがえりそうになって、首を振る。

 

『……すまん、いい過ぎた』

 

 なにも答えられなかった僕に、彼がいった。

 

「うん、大丈夫」

 

 僕は深呼吸してから、彼女が塾を休んでいること、部活も休んでいること(Aqoursについてはとりあえずふせておく)、そして彼と会っていることを話す。

 無理矢理そうさせられている、という僕の考えも伝えた。あくまでも憶測だが、と断った上で。

 

「石田が、本当に彼女のことを好きなのか、きちんと想ってるのか、知りたいんだ」

『なるほど。でも、俺も高校に入ってから会ってないし、この前、見かけただけだからな』

「誰か彼のこと、知ってる人とかいないかな」

『石田の友人とか? もともとあいつとはたいして親しくないし……あまり心当たりはないな」

「そうか……」

 

 たまたま中学のクラスが同じ、というだけで僕と大差ないのだろうか。

 

『津島さんのことが気になるのか』

「まあね」

 

 気になるどころではないけれど。

 

『白馬の騎士、気取(きど)りか』

 

 どこか面白そうに宮坂はいった。

 

「まあ、ね。……笑われてもいいよ」

『いや、好きだぜ、そういうの。しかし、中井がそこまで入れ込むとはな』

「そこは放っておいてくれ」

『意外に熱い奴だったんだな、お前』

 

 電話口で宮坂は絶対に、にやけているだろう。

 でも、僕も自分自身が意外だった。まさか僕が女の子に――いや、善子さんなら、そうなって当然だ。

 

 しかし、宮坂も知らないとなると。

 

 これからどうしよう、と考えていると、彼が口を開く。

 

『……そういうことなら、心当たりは、ないでもない』

「本当か?」

『あまり期待しないでくれ。あいつ次第だから。……そうだな、明日にはまた連絡するよ』

「ありがとう」

『そういえば、中井が彼女に会ったのは、先週の木曜日か?』

「うん、そうだけど」

『何時ごろだ?』

 

 僕は塾の時間を思い出して彼に教える。

 

『わかった。それじゃ』

 

 宮坂は通話を切った。

 彼のいう心当たりがなんなのか、見当もつかない。明日まで待つしかなさそうだった。

 

        ・

 

 ちょうど親に夕食に呼ばれる。僕は親にあきれられるくらい、急いでかきこんだ。

 

 見たい動画配信があるから、とかなんとか言い訳して、早々に自室に戻った。

 

 次に僕は、善子さんとAqoursを知る人物――国木田(くにきだ)花丸(はなまる)さん――に、どう連絡を取ろうか考える。

 

 まずは、Aqoursで善子さんがどうしているのか、それを知りたかった。

 そしてもし、善子さんが推測通りで、国木田さんが僕と同じように、危惧(きぐ)(いだ)いているなら――きっと力を貸してくれるに違いない。

 

 国木田さんの連絡先は、わからない。

 

 津島さんに聞いておけばよかったのだけれど、残念ながらいままでそんな機会はなかった。次に会ったときに聞くのは不自然すぎるし、遅すぎる。

 Aqoursのブログからメールで連絡することは可能だ。でもそれだと国木田さん以外のメンバーが読む確率が高い。

 

 ただ、僕にはアイデアがあった。

 

 まず、彼女の家はお寺だそうだ。だからいわゆる電話帳に載っているのではないだろうか。

 

 またブログにもヒントが隠れていた。

 国木田さんが一緒に(かよ)っているという黒澤(くろさわ)ルビィさん。黒澤家が内浦(うちうら)の名家だということはすぐにわかった。

 ということは、彼女も内浦に住んでいるということだ。

 

 内浦のお寺をネットで検索してみる。候補は十件弱だった。思ったよりも多くて、僕は頭をかかえる。

 

 しかし何件かはすぐに住職さんの名前がわかり、候補から外すことができた。

 

 さらに僕は残りのお寺について電話番号を調べ、それでネット検索してみる。いくつか電話の持ち主の名前がわかった。そのなかに「国木田」はなかったが、候補は三件まで絞られた。

 

 そのどれかが、たぶん国木田花丸さんの家だ。

 

 僕はスマートフォンの時刻表示を確認する。かなり遅い。すくなくともイエデンにかけるには。明日にまわすしかなさそうだった。

 

 外では雨が降り続いていた。

 

 その日、僕はなかなか寝付けなかった。当たり前だろう。こんなことがあったのだから。

 それでもようやく眠りが訪れて、僕は夢を見た。

 

 幸いというべきか、彼は出てこなかった。でも、もっとよくない夢だった。

 

 彼女がAqoursを辞めて、Aqoursは八人になっていた。

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