――ああ、これで終わりか。
少女は無気力に、目の前で嬲られ、死体に変えられた両親を眺めていた。
――仕方がない。だって、里の皆のためだもの。
――ここに住まう“神様”に生贄を捧げなくちゃ、皆疫病で死んでしまう。
――だから、仕方がない。
『おお、神よ……!
どうか、どうか里の病をお鎮めください……!』
そんな風に、両膝を立てて頭に面を被った司祭が、私達親子をここに連れてきて、そう言っていたのだ。
だから、私達が生贄に捧げられれば、神様は流行り病を治してくれる。
――それにどうせ、短い命なのだし……。
「けほっ、けほっ……」
無気力に呟いた少女は、咳と共に血痰を吐き出すと、虚ろな目で二人が
正直な気持ち、こんな光景を見るのはイヤだ。
お父さんとお母さんと、私はまだずっと一緒に暮らしていたかった……。
――こんなことになったのは、すべてあの疫病のせいだ。
少女は目から流れ出る血涙を拭こうともせず、ただ無気力に――いや、空虚に、その光景を眺めていた。
バリ、ボリ、グチャ、ゴリュ。
そんな、正気を保っていたならここで今すぐ発狂してもおかしくない光景と音響に、諦めきった私は、ただただ自分の番がやってくるのを、空虚に待ち構えていた。
――と、その時だった。あの黒い神様の脳天に雷が落ちたのは。
「……え?」
⚪⚫○●⚪⚫○●
俺は魔力感知を通して、あのデカイ魔物の座標を確認すると、まだ本殿にたどり着くまでもなく、魔法を発動した。
「《ドナーシュペア》!」
すると、俺が狙った地点の上空に、八芒星の輝く2つの巨大な魔法陣のエフェクトが現れ、それを貫通するように雷の矢が一閃、貫いた。
――ズガァァァァァ!!
轟音を立てて落雷する魔法。
究極火魔法Modの、究極雷魔法《ドナーシュペア》。
ウィザードレベル100で獲得できるこの魔法は、俺が使える中で最も強力で、尚且つ疾く効果範囲が狭い魔法だった。
だがしかし――。
「ちっ、防がれた!」
魔力感知と気配探知に映るその『手足の生えた球体』は、それがまるで苦ではないとでも言うのか。
上空に魔法陣が出現したのとほぼ同じタイミングで、強力な魔力障壁を展開して防いでみせた。
「え、あれを防いだんですか!?」
俺のついた悪態に、イルマが驚きの声を上げる。
それとほぼ同時に本殿へと辿り着いた俺は、転がり込むようにして中に入ると、そのモンスターの正体をその目に映した。
バリ、ボリ、グチャ、ゴリュ。
プシュッと、まるで噴水のように赤い液体が、咥えられた死体から噴き出した。
「うっ……」
イルマちゃんが、あまりにもショッキングな絵面に耐えかねて吐き気を催す。
人間のような、巨大な口。
剥き出された、真っ赤な歯。
顔面にはそれ以外のものはなく、額には小さな般若の面のようなものが浮き出ていた。
その巨体は、まるでボールのようで、そこから血にまみれた人間のような手が四本、四足動物のように生えている。
ただ、それだけの黒い何か。
「……まるでホラー映画だな」
試しに鑑定スキルを使ってみると、奴のレベルは100だった。
レベル差、13。
……勝てるのか?
俺はそのステータスに慄くが、しかしここまで来てこいつが逃してくれるとは思えなかった。
……なら、取るべきは一つだけ。
「イルマちゃん、その子を連れて、今すぐここから離れて。
俺、本気出すから」
本気出さないと、勝てる気がしないしな。
それにもし本気出しても、勝てるかどうかもわからない。
最悪死ぬ危険性だってある。
だったら、生きている二人だけでも、ここから逃げてほしい。
そう考えるのは、ワガママではないはずだ。
「……」
イルマは無言で頷くと、倒れている子供を抱きかかえてその場を去ろうとした。
が、そのときだった。
俺の視界に、ヤツの魔力のゆらぎが見えた。
魔法を使う前兆だ!
『ワシが逃がすと思っとるのか?』
「《ルーク・オブ・ソリサズ》!!」
次の瞬間、真っ黒な触手が、俺が魔力操作で二倍の魔力を消費して構築した結界に触れて、轟音を上げた。
――ガゴォォン!
青いエフェクト光が弾けて、その触手が弾かれる。
同時、ウィンドウを開いてマップを展開する。
「《ラド・テレート》!!」
次の瞬間、俺の背後にいた二人の気配が、その場から消え去った。
空間魔法を使って、二人を強制的に安全な場所へと隔離したのだ。
『ほう……。
ワシの攻撃を防いだうえ、ガキ共を逃したのか』
球体オバケは野太い声でそう推察を述べると、その巨大な口を一層大きく開いて、ニヤリと笑った。
『さっきの雷といい、久しぶりに面白くなりそうだ!』
その声を聞いた瞬間、俺は直感した。
いや、ヤツの魔法の発動速度や魔法の威力、そしてさらに俺の《ドナーシュペア》を防いだ魔力障壁を感じたときから、俺は既にやつの攻略法を頭の中に並べ立てていた。
だから、そのやつの余裕そうな言葉を聞いて、俺は判断したのだ。
(守りに徹していれば、いずれ魔力が切れて死ぬ……!
なら、こちらから攻めるべきだ!)
俺はそう判断すると、縮地を発動させて、壁の後ろから飛び出した。
それと同時に、召喚魔法で《アチャラ・ナータ》を2体召喚し、《INT上昇》の付与魔法を使う。
『ほう?
召喚魔法とは、面白いものを使うのう?』
球体オバケ――ハンプティダンプティは楽しそうに笑うと、再度黒い触手を伸ばして攻撃してきた。
その触手の速度は、目で追うのもやっとのものだった。
だがしかし、俺の召喚した《アチャラ・ナータ》は、それを難なくその手に持った大盾と大剣で捌き切ってみせた。
それどころか、少し反撃も加えてさえいる。
『ほう、こいつはなかなか……』
ハンプティダンプティは楽しそうにニヤリと口を歪めると、その触手の速度を引き上げた。
「な……っ!?」
徐々に引き上げられる触手の速度に、《アチャラ・ナータ》が追いつかなくなっていく。
球体オバケは楽しそうにニヤニヤと笑いながら、まるで弄ぶかのように速度を上げていく。
『さぁて、どこまで耐えられるかな?』
気づけば、いつの間にか反撃を与える暇もなく、防御に徹するのみになる《アチャラ・ナータ》。
不味い、このままでは押し切られる。
そう考えた俺は、更に召喚獣を追加した。
『ほほう、そう来たか』
いっそう楽しそうに口角を上げる怪物。
俺が追加したのは、ナイトクラスに分類される攻撃特化型の召喚獣《メヘト・フォリス》だ。
《メヘト・フォリス》はHPが満タンのときのみ、攻撃速度と回避率が飛躍的に上昇する召喚獣で、ファルシオンを装備した鎧の姿をしている。
そんな召喚獣を追加したというのに。
しかしヤツはまだまだ余裕そうな顔をして、その触手を鞭のように振るい続けた。
すると、次の瞬間。
俺の召喚した《アチャラ・ナータ》と《メヘト・フォリス》が一瞬で細切れにされ、消えてしまった。
俺は《アチャラ・ナータ》に攻防を任せている間に、《ドナーシュペア》や障壁、召喚に使った魔力をポーションで回復させると、さらに《アチャラ・ナータ》と《メヘト・フォリス》を召喚した。
今度は、魔力操作でパラメータを二倍に強化した状態で。
『ふん、何度も同じことよ』
ハンプティダンプティはそう嘲笑うと、再びその触手を召喚獣へと向けた。
そして、俺はその隙きを狙って、貫通力と速度を増した《ピアシングランス》を、ハンプティダンプティの胴体にお見舞いする。
『こうも細々と突かれては喧しいものよな!』
ハンプティダンプティはそう一吠えすると、一気に触手を薙ぎ払って、《アチャラ・ナータ》をいとも容易く弾き飛ばしてしまった。
それと同時に、俺の放った《ピアシングランス》も打ち消されてしまう。
《ピアシングランス》の爆風が、拝殿の壁を弾き飛ばす。
「ぐ……っ!」
延長線上に伸ばされた触手の横薙ぎを、俺は《アンスール・ロッド》を使って受け止める。
かなりの威力が込められていたが、俺は吹き飛ばされずにその場に留まった。
『ほう?
これを人間が受け止めるか』
理由は簡単だ。
三週間ほど前に、フィールドボスの白イノシシによる突進の吹き飛ばし効果を無効化するためにあのとき準備して装備していた、装飾品による効果だ。
俺は歯を噛みしめると、付与魔法で自身のSTRを強化する。
「《エオロー・シェル》……!」
そして、それとほぼ同時に、その触手に対して結界術の《エオロー・シェル》を発動した。
《エオロー・シェル》は、内と外に関係なく、その壁に触れた魔法やスキルを発動者へ跳ね返す。
それを、もし敵に対して発動したならどうなるのか。
先のコカトリス戦で思いついた手法だ。
まだ実験すらしていない、ただの賭けだったが――。
『ぬおっ!?』
次の瞬間、その触手が結界の中で爆発し、鑑定スキルによって可視化されたハンプティダンプティのHPが申し訳程度に減少したことを確認する。
どうやら賭けには勝ったみたいだ。
俺はニヤリと笑うと、さらに魔法を畳み掛けた。
「《ピアシングランス》ッ!」
相手が怯んだ隙きをついて、俺は速度重視の上位火魔法を叩き込んだ。
……が、しかしそこまでこいつは甘くはなかったようだ。
『小賢しい!』
ハンプティダンプティはそう唸ると、四足(いや、手か?)の一つを使って、俺の魔法を握りつぶした。
ドガン、というくぐもった爆発音が、ヤツの手中から鳴り響いた。
(くそ、これも駄目か!)
俺は歯噛みをすると、今度は《ピアシングジャベリン》を放った。
相手の属性はおそらく闇。
なら、光か火属性で攻めればなんとかなると考えたのだ。
俺の放った《ピアシングジャベリン》は、魔力操作によって速度を強化され、ヤツの額にある般若の面へ直撃した。
『ぐぬぅ……!?』
「よしっ!」
俺は心の中でガッツポーズを決めると、ハンプティダンプティのHPを確認した。
(結構ダメージ入ったな。
てことは、あそこがウィークポイントか!)
ウィークポイントは敵の弱点部位。
つまり、他の部位に攻撃するよりも、多量のダメージを与えられる場所だ。
そこに、おそらく弱点属性なのだろう光属性の魔法を叩き込んだんだ。
効かないわけがない……!
(《ドナーシュペア》を少しオーバーな魔力障壁で防いだのも、そういうことだったのか……!)
つまり、さっきと同じように気づかれさえしなければダメージは与えられる!
(勝機が見えてきた!)
『小僧……!
痛かったぞぉお!』
次の瞬間。
ハンプティダンプティは大声を上げると、周囲に黒い球体を発生させ、こちらへ向けて撃ってきた。
「ッ!?《エオロー・シェル》!」
俺は《エオロー・シェル》を使って反射的に防御する。
が、しかしその弾丸のすべてを弾くことは
「ぐほっ!?」
黒い弾丸が、俺の腹を貫通した。
内臓をかき混ぜられるような、そんな気持ち悪さと吐き気、傷口の痛みの情報が、一気に俺の脳へと殺到する。
「ぐっ……!?」
ボタボタ、と流れる血液。
可視化された自分のHPは、半分ほどまで削られていたが、それも俺の自動回復スキルによって、急速に復活していく。
(秒間、40ってところか……)
俺は三度《アチャラ・ナータ》を召喚すると、自分の周囲に《エオロー・シェル》を張り直した。
『ふん、調子に乗るからよ』
「ぐぼはっ……」
嘲笑う球体オバケを睨みながら、俺は治癒魔法を使って更に回復を促進させる。
奴がその間何もしてこなかったということは、それだけの余裕が、コイツにはあるということらしい。
(ほんと、ムカつく……!)
俺は復活した体の具合を確かめると、ポーションを一気に呷ってから《エオロー・シェル》を解いた。
『さあ、復活したか人間の娘よ?
では今一度、戦いを再開しようではな――!?』
――だが、俺にはそんな余裕はない。
だから、わざわざコイツの台詞をすべて聞いてやる義理はない!
「《ピアシングジャベリン》!
《ピアシングランス》!
《ピアシングフリーズ》!」
俺は奴の台詞が終わる前に、上位魔法を3つ畳み掛けた。
『相手の話はちゃんと聞け!!』
しかし《ピアシングランス》を除いてすべての魔法を弾き飛ばした球体オバケは、そう怒鳴るなり再度あの黒い弾丸を放ってきた。
今度はさっきの二倍の量はある。
俺は防御するのは無理だと判断し、縮地を使って、さっきの《ピアシングランス》の爆風で開いた壁の穴から、本殿を飛び出した。
黒い弾丸が高速で床に打ち付けられ、柱を破壊し、天井を落とす。
砂埃を盛大に巻き上げて、本殿が倒壊する。
(これで自滅、なんてあるわけないよね……!)
その俺の予想は正しく、本殿が倒壊した直後、その崩れ落ちた瓦屋根を触手で弾き飛ばしながら、黒い球体オバケはその姿を現した。
『まったく、ちょこまかちょこまかと!』
ハンプティダンプティは怒りの雄叫びを上げると、その巨大な口をガパッと広げて、こちらへとその四手を蠢かせて突進を開始した。
黒い球体オバケは、蠢かせた人間の手のような形をした巨大な足で瓦を弾き飛ばしながら、こちらへと突進してきたのだ。
「うげっ!?」
俺は思わずそんな悲鳴を上げると、縮地を使ってその突進を間一髪で回避する。
すると、俺か先程までいた場所で盛大に“ガチン!”という、およそ生物の口が立ててはならない、凶悪な音を立てて、その大口が噛み合った。
「うおっ!?」
ちょっとだけ、俺の着ていたメイジローブ(改)の裾が破けた気がする。
(ヤバイ……!
あんなのに捕まったら、一瞬で殺られる……!)
俺はそんな奴の行動に戦慄を覚えると、早期決戦を目指して魔法を放った。
「《ピアシングジャベリン》!」
魔力操作で速度を極限まで上げた光属性の魔法。
しかしヤツはそれに見向きもせずに、ただ直感なのか、その4つの手をググッと一瞬撓ませると、俺の方へ向かってジャンプしながら回避、同時にその巨大な口を開いて、俺を喰い殺さんと襲い掛かってきた。
「《ピアシングランス》!」
俺は縮地を使って後方へと回避しながら、その大きく広げられたでかい口に向かって《ピアシングランス》を叩き込んだ。
咄嗟のことで、魔力操作で強化する暇もなかった。
俺の咄嗟の回避はどうやら成功したらしく、本当に間一髪でその地獄の斬首台から逃れることができた。
『ぐぅ――っ!?』
口蓋に着弾して爆ぜる上位火魔法に、ヤツは一瞬動きを止めた。
(今だ!)
「《シャイニングジャベリン》!」
《ピアシングジャベリン》よりも、更に速度重視の上位光魔法が、ヤツの面を直撃する!
どうやら口内で起きた爆発のせいで、魔力障壁を張るタイミングを失ってしまっていたらしい。
『ぐあっ!?』
可視化されたHPバーが、ものすごい勢いで減少していく。
大して俺のヒットポイントは未だ全快。
(いける……!
コイツを斃せる……!)
だが、次の瞬間。
やつのデカイ人間の手のような形をした足が、俺の体を叩き潰さんと左右から接近した。
俺は咄嗟に縮地を使って間一髪攻撃を回避すると、召喚魔法で《アチャラ・ナータ》を三体召喚した。
「ぐっ……!?」
すると、その直後。
俺の頭に物凄い激痛が走った。
思わず、ガクンと膝をつく。
慌てて可視化された自分のMPを確認すると、もう魔力残量が半分を切っていた。
度重なる高位召喚獣の召喚のせいで、思ったよりもかなり魔力を食われていたようだ。
(くっそ……!
まだあいつのHP半分も削れてないのに……!)
そんな俺の様子に何かを悟ったのか。
ハンプティダンプティはニタリと口を微笑ませると、三度俺に向けてその大口をガパリと開いた。
その中には、赤く光る光球が輝き、徐々にその大きさを巨大化させていっていた。
「!?」
まずい、あれを受けたら確実に塵も残らない……!
そう判断した俺は、頭の激痛を気力で捻じ伏せて、縮地と《風圧操作》を同時に使用して緊急離脱した。
刹那、俺の背後にあった地面が蒸発して消し飛んだ。