東方点綴伝   作:Laplaceの悪魔

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先日誕生日を迎えたのでその記念に書きました.百合注意


魔理沙の誕生日

 瞼が重い。まるで気怠い眠気が重石となってそのまま伸し掛かっているようだ。顔もどこか腫れぼったく、全身の疲れが抜けきっているとも思えない。そう、これはいつもの感覚。つまりは睡眠不足だ。

 遮光カーテンにより外と隔離された部屋は、その隙間から最低限だけ陽光を受け入れており、日中であると言う以上のことは分からなかった。薄明りに照らされた中、ドロワーズの中へと手を突っ込み、懐中時計を探し当てるとそれを引っ掴む。寝ぼけ目を擦りながら時刻を確認すれば、短針は七と八の中間を示していた。

 多少寝過ぎだが許容範囲と言ったところだろうか。この時刻であればもう少しだけ微睡んでいても良いのではないか。そんな邪気がどこからともなく漂って来て、思わず身を任せそうになってしまう。

 確かにいつも通りの時間に起床する必要性があるわけでも無い。けれども、一度でも自身が定めたルールを破ってしまうと後に続かなくなってしまう。そのことを分かっているから、どうしても誘惑に負けず起き上がる必要があった。

 覚醒し切っていないためか意識と肉体が上手く繋がっていない。私の意思とは反して起き上がることができず、ベッドの上でもがくに終始した。

 眠気へのせめてもの抵抗としてベッドから落下すると、全身の節々に何やら固いものが接触し、その激痛により意識は眠気に勝ってしまった。収集癖の部屋が整頓されているはずも無く、どうやら片づけ忘れた本やらマジックアイテム、拾い物等が床に散乱したままになっていたらしい。そういえば昨日はろくに片付けもせずベッドに伏してしまったのだったか。

 一見すると散らかり放題のゴミ部屋ではあるが、生活するための最低限の秩序は保たれている。窓には目もくれずに支柱に掛けられた服と帽子を引っ掴み、心成しか軽くなった足取りで洗面所へと向かっていった。

 適当に身支度を済ませるつもりだったが、ふと鏡に映った自分の姿が目に止まった。

 日輪のように輝く金色の瞳に、寝癖で縺れ合った絹糸を思わせる瞳と同じ色の髪。西洋人の特徴とされるそれらと反するように黄色染みた肌。いつもと変わらない私の顔がそこにはあった。

 けれども、それが私であるとはどうしても認識できなかった。背丈はこんなにも高かっただろうか。ふくらみの兆候さえ見せなかった薄い乳房も、些かながら膨らんでいる気もする。

 そういえば、鏡を真摯に見つめたのはいつ以来だっただろうか。鏡が本当に自分の姿を映しているのか確証が持てない。気が付かない合間に私が成長したのか、あるいは久方に姿見を確認したために記憶が混濁しているのか。いずれにせよ、これではまるで私の知らない私だ。そんな非現実的とも思える実感が胸中で沸き立つのを感じ取った。

 私と違う何かが映っているはずがない。当然お伽話の魔法の鏡なんて洒落たものを立て掛けた覚えも無いし、何かしらの魔法を施したはずもない。だからこれは間違いなく私自身のはずなのに、少しだけ大人びて見えるそれを、自分自身の姿だとどうしても認識できなかった。

 私はどれだけ鏡と向き合っていただろうか。結局のところ、それが本当の自分であるかどうかという懐疑は平行線を描き、どこまでも交わることが無かった。鏡により左右反転しているためか、それとも光の当たり具合で美化されて見えるからだろうか。はたまた視界が映し出す映像は、自身の常識と言うフィルタに濾されているためか。

 結論付けることも馬鹿馬鹿しい。自分の視界を信じられないなら対応はとても簡単で、つまり客観的に評価してもらえばいい。

 そんなこじ付けがましい理由を付けて、いつも通り博麗神社へと赴いて行った。本当に成長しているならこの上なく喜ばしいことである。また、効果も定かでなく半ば惰性で続けてきた毎日の牛乳やら豊胸マッサージやらが実ったということでもあるのだろうからモチベーションの向上にも繋がる。違うなら違うで、自分の勘違いだったと納得し、内心で安心できるというものだ。

 そうと決まれば鏡に向き合って無駄に時間を潰すわけにもいかない。胃袋から情けない音が聞こえ始めたことも相まり、即座に行動に移すこととした。鏡も見るともなく眺めながら跳ねたままの寝癖を梳り、着たきり雀の洋服と帽子に着替えると、愛用の箒を片手に自宅を飛び出した。

 

「そんなこと言われても分からないわよ」

 即席で握ってもらったおむすびで空腹を、出涸らし茶で喉の渇きを紛らわせながら、霊夢に今朝の話を持ち出してみた。が、結局求めていた答えは得られなかった。

 言われてみて気づいたが、外見の変化とはそうすぐに起こるものではない。毎日のように会っている霊夢なら、服装や髪形の変化であれば目聡く気づけるだろう。だが微小な変化には気づけるはずもない。少しでも思考を巡らせればそのことに行き着くはずだが、私はいったいどうして霊夢のもとへとやって来たのだろうか。

 だがそもそもの話、霊夢は他人にそこまで関心が無い。玩具のマジックアームを河童の腕だと勘違いする程度には周りを見ていないのだ。ひょっとすると私のこともその程度にしか見ていないのでは?

 いつしか当初の目的も忘れ、霊夢のことを思い耽っていた。すると横合いから突然音量を上げた霊夢の声が耳朶を打ち、張り巡らせていた思案は妨げられることとなった。

「ねぇ、魔理沙。人の話聞いてる?」

「悪い、聞いてなかった。もう一度言ってくれ」

 霊夢は両頬を膨らませながら怒っている。ほおずきみたいに顔を赤らめているところを見るに、珍しく大事な話をしていたのだろうか。なら、いつものような適当な生返事をするわけにもいかない。話を聞き返すと霊夢は小さく息を吐き、手のひらから零れるか零れないかという程度の大きさの小箱を手渡してきた。

「どうしたんだ、それ?」

「あげる。私には必要ないから」

 小さく欠伸を交えながら答えた霊夢はどこか眠たげだった。そのことが気になって、霊夢の顔をまじまじと見つめてみる。すると目元に小さな隈ができているのが発見できた。昨夜は珍しく散歩にでも出かけたのだろうか。

 受け取った小箱は存外軽く、中身が入っているのか不安になるほどだった。試しに箱を振ってみると中から鈍い音が聞こえてきたため、どうやら空という訳でもないらしい。大人しい時ほど何か悪いことを企んでいるというのは常だが、霊夢の大人しさはそれに由来するものなのか、それとも眠気に由来するものなのか。

「開けてもいいか?」

「ええ、いいわよ」

 可愛らしい口を開き、欠伸を手で覆いながらそう言った。目もどこか虚ろで、眠らないための抵抗か、手を小さく仰いでいる。

 だが霊夢の昨夜の出来事よりも、箱の中身への好奇心が勝り、許可が出ると同時に右手は箱の蓋へと伸びていた。

 中身には見覚えがあった。竜の爪だ。いつかの邪竜が返礼として送ってくれたそれと色形が似通っていたため、正体にすぐ気づくことができた。

 獣のそれと見間違うほど小さいことから察するに、幼竜のそれだろう。長くそして鋭利なそれは象牙色をしており、白金のような光沢を放っている。実用性のみならず、装飾品や工芸品としても一級品であることが見て取れた。

 竜の爪はそう易々と手に入れることが叶うものでもない。魔法に関わるのみならず、収集家でさえ喉から手が出るほど欲しがる代物だ。これほどの品質であれば、これ一つで霊夢が貯めに貯めている香霖堂へのツケを返済するばかりか、なおも莫大なお釣りが返ってくることだろう。もっとも本人に払うつもりが無いのだが。

 霊夢は浮世離れしすぎているし、価値観も常識とはずれている。だが、それにしても限度がある。それとも霊夢からすれば入手が容易いのだろうか。自問して、それは無いと即座に自答する。

「どうしたんだ? これ」

「拾ったのよ」

 怒ったようにそっぽを向いて、うるさいと呟いていた。どうやら詮索せず受け取れと言う意らしい。そう言われれば余計に気になるものだ。再度尋ねようとしたところで、紅白の巫女服の白地部分がところどころ赤い斑紋で汚れているのを見て口を噤んだ。

 血生臭い贈り物だ。中身が竜の爪であったことを踏まえれば、大凡どこかの竜から剥ぎ取って来たのだろう。思い当たる節はそう多くなく、ゆっくりと考えればわかるだろうと結論付ける。

 何にせよ、貰えるものは貰うべきだ。訝しさが残るものの、深く考えることをやめにし、三角帽子の中へと丹念に仕舞った。

「そうそう、さっきの話だけど」

「え?」

 霊夢は先ほどと違い、和らいだ表情を見せた。よく変わる利発な表情は年相応の少女らしさを想起させる。

 思わず出た疑問符は、切り捨てられた質問が掘り返されたことに関する驚きか、霊夢のその表情に見惚れて聴き零したためなのかは自分でも分からなかった。

「あんた、去年より成長したんじゃない?」

 予想外の言葉だった。言葉は言霊となり頭蓋を揺らすのを感じる。光となって全身を貫き、そして爆ぜた。

 いつもより割増の霊夢の笑顔は、先ほどの竜の爪以上に輝いており、鮮烈なそれは網膜に焼き付いた。どことなく優しさも籠っているそれは、作り笑顔では決して作ることができないだろう会心の出来だった。

 それを受けて、狼狽した。恐らくは顔が真っ赤になっているのではないだろうか。

「そう、かな」

 いつもはどこか遠い空を眺めている瞳に、私の姿がくっきりと映し出されていることに気づく。霊夢の瞳の中の私はどことなく大人びていて、霊夢には私のことが成長して見えていたのだろう。けれど、これ以上ないほどに崩れた自身の照れ顔をこれ以上見られたくなかったから思わず顔を逸らした。そしてバレバレな喜色をひた隠しして、素っ気無い返事に努めた

 求めていた答え、そして希少品を貰えたこと以上に、先の笑顔が嬉しかった。その喜びを反芻していると背中で霊夢の音を聞いた。早鐘を打つ鼓動が押し当てられている。遅れてやって来たのは温かな肉の感触。

「霊夢?」

 振り返るとその拍子に目と目が触れてしまいそうだった。反射的に仰け反りそうになったが、手早く腰に回された霊夢の腕がそれを許さない。少し屈んでくれているのか、同じ高さに合わせられた霊夢の紅玉には私の金色が輝いている。絹糸を梳ったような黒髪からは甘い匂いが立ち上り、鼻孔を優しく擽った。

 霊夢の鼓動が一段と早まる。私の鼓動も呼応し、どちらのものとも判断がつかない共振が幾度となく耳朶を打ち付ける。唇の感触を予期した頭は酔いしれたように痺れている。

 とっさに何かを話しかけた私の唇は、それ以上早く動いた霊夢のそれに吸い寄せられ動かなくなる。柔らかい。そう知覚した神経が溶け墜ち、一つに混ざり合った体温が二人の間を循環する。熱い。毛穴が隅々まで開き、沸き上がり続ける熱を放散しているのだろう。

 ファーストキス。その単語が脳裏を過り、大人の階段を昇ってしまったことを感じ取った。けれどもそんな思考は熱によりすぐさま焼失し、霊夢のこと以外考えられなくなった。

 私達を核として時間が止まり、それ以外の全てが溶け落ちてしてしまったようだった。

 どれだけの時間そうしていただろうか。本の一刹那に過ぎないのかもしれないし、ひょっとしたら永遠にそうしていたのかもしれない。まだ終わりたくない、もう少しだけ感じていたい。肉欲のままに再度重ね合わせようとした私の唇は宙を掻いた。

 長らく閉じられていたらしい瞳をゆっくりと開くと、荒い息をしながら裾で顔を隠す霊夢の姿が映った。大部分が服で見えないが、狂おしいほどに紅潮している顔を隠しきれていない。対して私はどんな顔をしているのだろうか。想像したいような、したくないようなどっちつかずな想いだ。興奮も収まったのか、ゆっくりと開いた霊夢の口から飛び出たのは「誕生日おめでとう」と言う一言だった。

 そういえば、誕生日は今日だった。大切な日を忘れてしまっていたのは、否応なく回想してしまう家族との思い出を振り返らないためだろうか。なら、その心配はもうしなくていいだろう。先の感覚が脳裏に焼き付いて離れないのだから。

 なら、あのプレゼントは誕生日を迎える私のために取りに行ってくれたのだろうか。喜びが胸中で弾け、広く、強固に根を下ろしていく。感情の堰が決壊するまでそう時間は掛からないらしい。喜んで飛び回りたい感慨を必死に堪えて、まだ柔らかな感触が残る唇を動かし、小さく呟いた。「ありがとう」と。

 

 

 

 

 

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