エリュシオンにて息子からの報告書を読んでいたメディアは途中で手を取め、目頭を押さえて深く溜息を吐く。町を縄張りとするリアスの管理の不出来さや見た感じの未熟さを上げ、巧妙に実力を隠す強者で切れ者、力の片鱗も見抜けない自分が情けないと記されている。
「何でそうなるのかしら……」
貴族の子女としての学びも放棄し、実家も補佐官をつけずに任せているのだから無能なはずがないという根拠らしいが、世の中には実力も自覚も足りないのに立派な仕事や自信だけは有る者が居ることを何故理解していないのか、メディアは少しだけ息子を箱入りにし過ぎたのではと心配になった。
「エリュシオンは選ばれた英雄が受け入れられる場所だからな。まあ、これから学べば良いさ」
「……そうだけど」
慰めるようにメディアの肩に手を置く男性。枯れ草色の髪を短く切りそろえ、肉体は戦士特有の引き締まった戦うための物。精悍な顔立ちで有りながら落ち着いた雰囲気も持つ。彼の名はアキレウス。女神テティスの子にしてトロイヤ戦争の英雄。死後はエリュシオンに招かれメディアと夫婦になった。
「彼奴は俺とお前の息子だぜ? この程度の失敗なんて簡単に乗り越えるさ」
「そうね。あの子を信じることにするわ」
夫の言葉で不安が消え去ったのか、メディアは微笑むとお茶を持ってこさせるべく使用人を呼び出すためのベルを鳴らした。
「……そういやジークを連れて行ったから使用人達が不満そうにしてるぞ。モフモフが欲しい、仕事の合間の癒しだった、って」
「それについては私も同感なのだけど、絶対に連れて行くって聞かなくって。それに親に育児放棄されたジークを育てたのはゼオンだし、一番懐かれているから強く言えなくって。……それに、まだ幼体だから大丈夫だろうし」
「あー、そっちの心配もあったか。まあ、ゼオンとヘラクレスが居るし町一つ消滅とかは起きないだろ、多分……」
平気だと口にしてはいるものの、アキレウスの顔には不安の色が隠せないでいた。
「うちのジークですが、普通のケルベロスとは違って……いえ、普通のもブサ可愛いですが、この子の可愛さは格が違います。このキラキラ光るつぶらな瞳に愛嬌のある顔、プニップニの肉球にフサフサの尻尾、何よりお腹の毛がモフモフしていて触っていると時間を忘れるのです。性格も無邪気で素直。私をお兄ちゃんと呼んで甘えてきて……」
「まあ! 黄金の毛並みの上に喋るのですかっ!?」
日本に来てから最初の休日のこの日、ゼオンは異能力者との交流を口実に魔物使いの名門一族の安倍清芽とのお茶会をしていたのだが、途中からペット自慢に切り替わってしまう。先程から歯の浮くような口説き文句を横で聞かされていたヘラクレスは先ほど以上にウンザリした様子だ。
「これがジークちゃんの写真ですか。……確かにこれは可愛らしい。是非ジークちゃんを譲って……」
「……そういえばスキュラという怪物を知っていますか? いえ、身内の犠牲者なのですが、女性の上半身に魚の下半身、腹部からは複数の犬の上半身が生えた姿をしていまして、私の師であり大叔母の呪いによるものなので、例えば、例えばですが、先輩程度なら私でも同じ姿に変えることが出来るのですよ。……それで私の可愛いジークがどうかしましたか?」
「ジ、ジークちゃんの写真を焼き増しして欲しいなと思いまして。おほほほほ!」
「おや、その程度なら構いませんよ。先輩のように気品と美しさと知性を併せ持つ上に趣味の合う素敵なレディが喜ぶのなら私も嬉しい。では、後日お渡ししますので、その時はランチでも如何ですか?」
あの時、本気の目をしていたと清芽は後々語り、ヘラクレスは、色々な意味でギリシャ神話の女神の血を引き継いでいるな、と、しみじみ思ったそうだ。
「今日も毛並みが最高だなぁ」
「むにゃむにゃ。もう食べられないよぉ」
自宅のソファーの上でジークを膝に乗せてご満悦のゼオン。ベタな寝言を呟く子犬の三つの首元を指先で擽ると小さな体が時折反応して動く。
「しっかし、さっきのアレはどうかと思うぜ? ジークを可愛がっているのは分かるけどよ」
「ええ、私も反省していますよ。あの様に可憐なレディを怖がらせてしまった事は。後で花束でもお贈りしましょう。どうも私は執着心が強い。……血ですかね?」
「間違いなく血だな。お前の母ちゃんや大叔母さんも大概ヤンデレだしよ」
苦言を呈するヘラクレスにゼオンは反省の意を表する。メディアもキルケーも好意を持った相手のために常軌を逸した行動に出たエピソードが残されており、幼い頃から本人達から見習うなと言われてきたが、血は争えないことを危惧したのだとこの時も思った。
チャイムが鳴ったのはその時だ。来客の予定はなく、誰だろうと思った時、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「すいやせーん。来ちゃいましたー」
少し変わった雰囲気の少女の声。ヘラクレスが誰の声か理解した瞬間、ゼオンの姿がかき消えた。ジークは犬用高級ベッドに優しく置かれ、寂しくないようにとヌイグルミまで置いている。瞬時の早業だが、ヘラクレスからすれば慣れたものだ。だが、玄関先で繰り広げられる光景には慣れたくなかった。
「貴女と会えない日々は本当に辛かった。一日千秋の思いでこの時を待っていましたよ、ハニー」
「あっしもでやんす。クソ親父が今後利用するために悪魔との兼ね合いも考えろと言いやがって。……もっと強く抱き締めて欲しいでやんす」
少女の名はベンニーア。最上級死神オルクスと人の間に生まれた子であり、ゼオンとは見ての通りの関係だ。互いに相手を強く抱きしめて熱い眼差しで見つめ合う。顔を合わせた瞬間に既に一度、会話の合間に数度、唇を何度も合わせる姿は無数のハートを幻視させた。ラブラブだ。
「……あー、畜生。気の強い美女にお前の子が欲しいって言われてぇ。あっ、前世で言われたわ。そんでヘラに騙されて殺したわ」
「所で他の女の人と遊んだりしてないでやんすよね?」
「ととととっ、当然ですよハニー!? あの、先輩とはお茶をしただけでっ!?」
「先輩? 少し詳しく聞かせて欲しいでやんすねぇ」
前世のわりと黒歴史を思い出して辟易した頃、雲行きが怪しくなる。ヘラクレスはそっとジークを抱き上げた。
「……頑張れ」
ベンニーアに踵で足の指を踏まれながら助けを求める視線を向けるゼオンと目を合わせずヘラクレスは部屋を後にする。散歩用のリードと糞を入れるためのビニール袋は持った。人相が悪い巨漢のヘラクレスだが、散歩のマナーをきちんと守る常識人だ。
そしてジークを起こして散歩に出かけた先で、ボンテージ姿の女悪魔と遭遇した。革製のマスクで顔の下半分を隠し、短いソレ用の鞭を振り上げて笑っている。
「ほーっほっほっほっほっ! アンタが噂のギリシャ神話の使者ね? もう一人と合わせてこのエスディス様の奴隷にしてあげるわっ!」
「……うへぇ。痴女だ、痴女が出た。……リアス・グレモリーは静観か? 何で泳がせてるんだよ。……俺達に遭遇させて力を見る気か? だったら行動パターンを分析してるって事だよな。情報漏洩……スパイが居るのか?」
「ねぇ、ヘラクレス。ちじょ、ってなぁに?」
「子供は知らなくて良いことだ。って言うか知ったらゼオンが悲しむから聞くな。俺が殺される」
ウチの子の前で何を言っているんですか、と激怒するゼオンの姿を鮮明に思い浮かべながらエスディスを観察する。確かS級のはぐれ悪魔で他人を洗脳する力に長けて居るはずだと直ぐに思い当たる。先程から彼女の周囲に集まる一般人らしき集団の目は虚ろで、道路標識やベンチなど常人が軽々持ち上げるなど不可能な物を持って命令を待っている。ヘラクレスの言葉が癪に障ったらしい彼女に操られている彼らの肉体は無理に力を引き出されているのか悲鳴を上げていた。
(ありゃ長くは持たねぇな)
小刻みに震える全身には血管が浮き出し、ミシミシと軋む音が聞こえてくる。ヘラクレスはエスディスに視線を向け、口笛を軽く吹いた。
「アンタ達みたいのは一般人を見殺しに出来ないんだろっ! 大人しく私の下僕に……」
言葉の途中でエスディスの視界に異変が起きる。一歩も動いていないのに視界は後ろに下がっていくのだ。あり得ない光景にあり得ないものが加わる。首のない自分の体が鞭を振り上げた姿勢で固まり、声を出そうとしても出ない。ふと向けた視線の先、ヘラクレスの足元のジークの姿が消えており、直ぐに発見する。
「よーし。そのまま焼いちまえ」
「
ジークは直ぐ側にいた。目にも留まらぬ速度でエスディスの首を食いちぎり、頭を咥えた口の奥が赤く光る。エスディスの視界は意識が途切れる瞬間に赤く染まった。
「……さてと。事後処理どうすっかね? 俺は隠蔽関連の魔法苦手なんだよな」
洗脳が解けたからか糸が切れたように倒れる犠牲者の応急措置をしながら困り果てるヘラクレス。携帯は置いてきたし、ゼオンは取り込み中だろうから念話も出来ない。
「僕出来るよ! お兄ちゃんに習ったの! 凄いでしょ、えっへん!」
「あー、凄い凄い。なら早速記憶処理をして、事故の偽装を……おいおい」
誇らしそうに尻尾を振るジークの後方。地面に倒れる犠牲者の一人から強い神器の力が放たれていた……。
ぶっちゃけ短編で恋の悩みを受けたのに即座に魅了って提案するリアスに恋愛云々を語って良いとは思えないんだが…
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