佐藤心が隣にいる日常   作:グリーンやまこう

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佐藤心との日常

「お疲れ様です八坂さん」

 

 

 事務処理をしていた俺の机にお茶の入った湯飲みが置かれ、俺は顔を上げる。

 

 

「あ、わざわざすいません、千川さん」

「いえいえ、気にしないで下さい」

 

 

 お礼の言葉に笑顔を浮かべるのは千川ちひろさん。俺の同僚である女性の方だ。今日もいつも通り、緑のスーツに身を包んでいる。

 

 

「お仕事もほどほどにしてくださいね。別に今は忙しい時期でもありませんから」

「この仕事を終わらせてから帰るつもりだったんで大丈夫ですよ。お気遣い感謝です」

 

 

 俺も千川さんに向かって笑顔を浮かべる。

 この人は一部のプロデューサーさんから悪魔だのなんだのと言われているが、こんなに美人で気遣いの出来る人が悪魔なわけがない。おかしな人もいるもんだなぁ。

 たまに何かしらのドリンクをプロデューサーの方に配っているが、あれも差し入れの一種だろう。

 

 

「それなら良かったです。だけど、無理は本当に禁物ですからね?」

 

 

 そう言って再び笑顔を浮かべる千川さん。やっぱり彼女は天使だな。悪魔とか鬼とか言ってるやついい加減にしろ。

 

 さて、そろそろここが一体どこで、俺が一体どこで働いているのかを説明しなければいけない。ここは346プロダクション。

 芸能プロダクションとして古い歴史を持つ老舗であり、歌手や俳優が多数所属している。社内に撮影設備を有するなど、事務所の規模は961プロや建物が拡張しきった状態の765プロ以上。

 所属する芸能人を売り出すのみならず、映像コンテンツの企画立ち上げも行っているなど、その活動の幅も広い。

 

 その中でも3年前に創立されたアイドル部門からは多くの有名アイドルユニットが誕生するなど今、最も勢いのある部門と言っても過言ではないだろう。他にもプロジェクトルームであったり、オフィス、資料室など様々な部屋が存在している。

 

 そんな中、俺はアイドル部門の事務として働いていた。名前は八坂大和。年齢は26歳でもちろん独身。

 大卒四年目の社会人で、都内のマンションで一人暮らしをしている。最初こそ、別の部署で働いていたのだが、二年ほど前に人事異動でこの部署にやってきたのだ。何でもアイドル部門の人気急上昇による人手不足なんだとか。

 もちろん、アイドル部門だけあってこの事務所には大人から子供まで様々なアイドルたちが在籍している。事務所は基本的に出入り自由で、仕事までの待ち時間や暇な時間に来ている子が多い。

 

 

『お疲れ様です!』

「あっ、お疲れ様です卯月ちゃん。それに凜ちゃんと未央ちゃんも」

 

 

 もちろん、こうして仕事をしている間にもこんな風に誰かしらアイドルが入ってくる。今入ってきたのはニュージェネの三人組だ。

 島村卯月、渋谷凛、本田未央の三人で組まれている今事務所でも一押しのユニットだ。

 

 

「大和さんもお疲れ様です!」

「お疲れ、三人とも。今日は撮影?」

「はいっ!」

「大和さんはお仕事中?」

 

 

 未央ちゃんが後ろから俺越しにパソコンを覗き込んでくる。彼女の距離の近さに最初は驚かされたものの、最近は慣れたものだ。というか、この事務所のアイドルたちは距離が近すぎる気がする。

 

 

「そうだよ。今日までに終わらせないといけないんだ」

「それにしても、大和さんってよくこんな場所でお仕事出来るよね。話しかけてる私たちが言うのもあれだけど、この事務所って結構うるさいと思うんだけど?」

「どっちかというとうるさいほうが集中できるんだよね。ほらっ、人の声って安心できるからさ」

「そうなんだ」

 

 

 凜ちゃんの言葉に「そうなんだ」と頷く。俺は静かな空間で仕事をするよりも、若干うるさいくらいの場所で仕事をした方が捗るのだ。千川さんやプロデューサーさんもここで仕事をしてることが多いしな。

 それに色々なアイドルの子たちと話すことが楽しいということもある。この事務所には個性的なアイドルも多いので話していると楽しいのだ。まぁ、たまに個性の強すぎるアイドルもいるんだけど……。

 

 そんなわけでニュージェネの三人が帰るまで適当に話していたのだが、その三人も帰ってしまった為、俺は残った仕事を黙々と片付けていく。そしてようやく残っていた仕事が一段落した。

 仕事を片付けている間に多数のアイドルが出入りしていたが、今の事務所には俺しかいない。千川さんも既に帰宅している。

 

 凝り固まった身体をほぐすために大きく伸びをしていると、

 

 

「お疲れさまっ☆ しゅがーはぁとからの差し入れだぞっ!」

 

 

 今度は湯飲みではなく缶コーヒーが俺の机に置かれる。作られたようなぶりっ子口調に俺はげんなりしつつ顔を上げ、渋々お礼の言葉を口に出した。

 

 

「……ありがとうございます、佐藤さん」

「だから、しゅがーはぁとだって言ってんだよ☆ というか、何で渋々お礼言ってんだ?」

「佐藤さんにお礼を言うのは何となく屈辱的で」

「ぶっ飛ばすぞ♪」

 

 

 視線の先にいたのはしゅがーはぁとこと、佐藤心。彼女も346プロに所属する正真正銘のアイドルだ。アイドルらしく? 露骨にキャラを作っている。もはやここまでキャラを作れたら感心するレベルだ。

 

 ちなみに俺と彼女の間にはとある関係があるのだが……まぁ、多分すぐにわかるのでその時にでも説明します。

 

 

「それでどうかしたんですか? 差し入れをしてくるってことは何か裏があると思うんですけど」

「いや、後どのくらいでお仕事が終わるのかなって☆」

「たった今ひと段落したところですよ。もう今日の仕事はお終いです」

「おっ、ナイスタイミング♪ それならこの後一緒に……どうかな?」

「別にいいですよ。ただ……そのいかにも『しゅがーはぁとです!』って格好は何とかしてください。ただでさえ、佐藤さんは目立つ格好をしているので」

「えぇ~、いいじゃん別にぃ~。この格好可愛いでしょ?」

「痛い」

「正直すぎるだろ☆ もっとオブラートに包めや♪」

 

 

 なんてやり取りの後、素直に更衣室へと向かう佐藤さん。

 その間に俺はパソコンの電源を落とし、帰る準備をしておく。というか、帰る準備をしておかないと佐藤さんが「早くぅ~、早くぅ~」とうるさい。

 

 

「お待たせっ♪」

 

 

 そして帰ってきた佐藤さんは、Tシャツにジーパンというラフな格好になっていた。髪もトレードマークであるツインテールからポニーテールへと変貌している。

 伊達眼鏡もかけているので、これならアイドルの佐藤心だって誰にも気づかれないだろう。

 

 

「んじゃ行きますか」

「レッツゴー!」

 

 

 戸締りをして事務所を後にする。そして事務所から10分ほど歩いたところで目的のお店が見えてきた。俺は扉を開けて中に入る。

 

 

「いらっしゃいませー! 何名様で?」

 

 

 やってきたのは近くにある居酒屋だった。この居酒屋は料理もお酒も美味しいのでそこそこの頻度で来ている。

 

 

「二名なんですけど」

「カウンター席か、奥の座敷になりますがどうしますか?」

「それじゃあ奥の座敷でお願いします」

「かしこまりました。それではご案内いたします」

 

 

 店員さんの案内で奥の座敷へと向かう。そして俺と佐藤さんが座ったところで店員さんが再び口を開く。

 

 

「ご注文がお決まりでしたらお呼びください」

「あっ、取り敢えず生を二つと、焼き鳥の盛り合わせをお願いします」

 

 

 店員さんが戻っていったところで俺はスーツを脱ぎ、ネクタイも外してラフな格好に。

 すると、すぐにジョッキを持った店員さんが戻ってきた。

 

 

「お待たせしました。生二つです」

「ありがとうございます」

 

 

 ジョッキを受け取り、俺はジョッキを軽く掲げる。

 

 

「それじゃあ乾杯」

「かんぱーい!」

 

 

 カチンッとジョッキを合わせ、ビールを喉へと流し込む。疲れた体にキンキンにビールが染み渡り、思わず「あ~」と声を出してしまった。

 そんな俺を見て佐藤さんがニヤニヤとした笑みを浮かべる。

 

 

「おっさん臭いぞ、大和君♪」

「口の周りにビールの泡をつけてる佐藤さんに言われたくないですよ……って、もう敬語はいいのか。心もそのぶりっ子口調をやめて大丈夫だぞ」

「ぶりっ子口調って言うなよな☆ ……まぁ、やめるけど」

 

 

 そう言って再びビールのジョッキを傾ける心。あっという間に心のジョッキが空になってしまった。今日は少しだけピッチが速い。

 そんなタイミングで店員さんが焼き鳥の盛り合わせを持ってきた。

 

 

「お待たせいたしました。焼き鳥の盛り合わせです」

「あっ、生をもう一つ! 後はこれとこれもお願いします」

「かしこまりました」

 

 

 止める間もなかった。心がビールと適当なおつまみを注文し、店員さんが再びジョッキを片手に戻ってくる。

 それを受け取った心は上機嫌でビールを飲んでいる。

 

 

「おいおい、ピッチが速いぞ。空きっ腹に酒を入れると酔いが早いから、もっとゆっくり飲めって。焼き鳥もあるんだし」

「固いこと言うなよ。それに明日の仕事は午後からだから大丈夫だって」

 

 

 ケラケラと笑う心に俺は「はぁ……」とため息をつく。大丈夫って、酔いつぶれたら運ぶのは俺なんだぞ? 

 

 さて、俺の仕事と同様、そろそろ心との関係を説明しないといけない。簡単に言えば腐れ縁の幼馴染である。小学生の頃、俺の住んでいた家の隣に引っ越してきた。

 詳しいことは省略するが引っ越して以来、紆余曲折を経て偶然にも同じ会社で事務員とアイドルとして働いているというわけである。ほんと、偶然にもほどがあるよな。ちなみに口調を仕事とプライベートで変えているのは、仕事に私利を挟まないためである。

 そんな中、あっという間にジョッキの半分を飲み干した心は少しトロンとした瞳を俺に向ける。

 

 

「……それに、こうして大和と飲める時は多くないんだからたくさん飲みたいの。大和と飲んでると楽しいから」

「……そっか」

「あっ、今照れたでしょ? 照れたでしょ? あっはっは!! 大和ってばかわぁい~い~」

 

 

 畜生、とろんとした瞳と少しだけ染まった頬に騙された。どうやら心は俺をからかうために今の発言をしたらしい。

 顔だけは美人とはいえ、酔っぱらいに騙されるとは何という屈辱。ニヤニヤとした顔で俺を見つめる心を睨みつけるも、まるで効果はなかった。

 

 

「お待たせいたしました。たこわさとエイヒレです」

「ありがとうございます。すいません、強めの焼酎をロックでお願いします」

 

 

 おつまみを持ってきた店員さんに、若干やさぐれながら注文をする。というか、心が注文したおつまみってたこわさとえいひれっておじさんかよ。

 

 しばらくして運ばれてきたお酒(焼酎のロック)を勢いよくぐびっとあおる。

 

 

「まぁまぁ、そんなに拗ねんなよって。大和と飲むのが楽しいってのはほんとだからさ」

「もう騙されねぇぞ」

「騙してねぇぞ。だって大和と飲むときはキャラを作らなくてもいいから楽だし、何より一緒に居て落ち着くからな」

 

 

 たこわさを食べながらにへらと頬を緩ませる心。事務所やテレビの前ではあまり見せない緩んだ表情。

 その表情を見て怒る気が失せてしまった俺は、心が注文していたエイヒレを箸で摘まみ、口の中に放り込む。

 

 

「たこわさを食べながら言われてもなぁ~。説得力皆無だぞ」

「あっ、たこわさをバカにしたな。たこわさは美味しんだぞ!」

「別にたこわさはバカにしてない。バカにしてるのは心だけだ」

「はぁっ? ちょっと表出ろや」

「落ち着けって。冗談だから。というか、女子がそんなおっかないこと言うなって」

 

 

 立ち上がりかけた心をどうどうと落ち着かせる。ただ、心は別に本気で怒っているというわけではない。至っていつも通りの俺たちである。

 これくらいの軽口をたたき合えるのも腐れ縁だからこそだ。

 

 

「全く、言っていい冗談と悪い冗談があるんだからな」

「ごめんごめん。悪かったよ。心だからいいと思ってさ」

「ビール、ジョッキ一杯で許す!」

「はいはい。すいませーん。店員さん、生一つ」

 

 

 そんな感じで心との飲み会は楽しく進んでいき――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぷっ……の、飲み過ぎた。気持ちわるぃ……」

「知ってた」

 

 

 帰り道。俺の肩に掴まっている心は青い顔で頭を押さていた。アイドル佐藤心は見る影もない。

 あれからそこそこのペースで飲み進めていたので、ある意味当然である。心の暴走を止められなかった俺にも責任はあるのだが、それ以上に飲みまくっていた心も悪い。

 

 

「や、大和は毎回平気そうだよね。あれだけ飲んでたのに……」

「俺は強いからな。そもそも俺まで潰れてたらどうやって帰るんだよ?」

 

 

 一回、俺も心もべろべろに酔ってしまった時があったのだがあれは酷かった。もう二度と思い出したくないくらいに。

 

 

「確かに……うぷっ!?」

「あーあー、もう何も話すな。家まで歩けそうか?」

「む、無理ぃ……」

「口調が森久保みたいになってるぞ。はぁ、全く毎度毎度……ほら、背中に乗れって」

 

 

 組んでいた肩を外し、心の目の前で屈みこむ。そして彼女がしっかり背中に掴まったことを確認して、立ち上がった。

 

 

「よしっ、それじゃあ改めて帰りますか。……背中では吐くなよ?」

「ぜ、善処します……」

「こりゃ、急いで帰らないと……」

 

 

 しかし、急いで帰ろうとして背中を揺らすともれなく吐しゃ物が降りかかってくるので、振動は最小限に抑える必要がある。何とめんどくさい酔っぱらいだろうか。

 この居酒屋から心の住むマンションまで10分程度なのが唯一の救いである。

 

 

(心を運ぶのは慣れたけど、背中の感触にはいつまでたっても慣れないな……)

 

 

 彼女のスリーサイズは公式でも『ボン・キュッ・ボン』とふざけた表示がなされているため、正式なサイズは分からないのだがかなりいいほうだと思う。

 こうしておんぶしている俺が言うんだから間違いない。Tシャツ越しに押し付けられる二つの双丘はかなりの破壊力がある。

 

 

「うー……うー……」

「……はぁ」

 

 

 耳元で吐き気に耐えるうめき声さえ聞こえなければムラムラしていたところだろう。俺はため息をつきながらマンションまでの帰路を急ぐ。

 そして、彼女が限界を迎える前に何とかマンションへとたどり着いた。運よくエレベーターも一階にとまっていたため、それに乗り込んで心の住む部屋の階に向かう。

 

 

「や、やまとぉ……そ、そろそろやばい……」

「頑張れっ! あと一分もしないうちにつくから!!」

 

 

 スーツに危機を感じた俺は、必死に心を励ます。彼女の部屋がある6階に到着し、彼女が吐かないよう細心の注意を払いながら歩みを進める。

 

 

「おい、鍵はどこに入ってる!?」

「ジーンズの、右ポケット……」

「なんでそんなところに……セクハラとか言うなよ」

 

 

 俺は一旦、心を降ろしてからジーンズの右ポケットに手を突っ込む。目的の物はすぐに見つかった。

 鍵を取り出した俺は急いで扉を開け、心と共に部屋の中へ。彼女をトイレの中に放り込んだところでようやく一息ついた。

 

 

「無駄に疲れたな……」

 

 

 げんなりしつつ俺はスーツを脱いでからキッチンへと向かう。取り敢えずスーツが汚れなくてよかった。

 

 

「冷蔵庫に水は……おっ、あったあった」

 

 

 食器棚から二人分のグラスを取り出してペットボトルの水を灌ぐ。それをリビングへと持っていき、ソファに腰を下ろす。

 俺がグラスの水を半分ほど飲んだところでげっそりとした心がトイレから戻ってきた。先ほどよりはましになっているのだが、それでも酷い。ほんとアイドルがしちゃいけない顔をしている。

 

 

「大丈夫か?」

「さ、さっきよりは……」

「ほらっ、取り敢えず水飲めって」

「ありがと」

 

 

 俺の隣に腰を下ろした心は、差し出した水をゆっくりと飲んでいく。彼女が水を飲み干したのを確認してからグラスを預かり、もう一度キッチンへ。

 水をグラスに入れてまた戻ってくる。

 

 

「ほらっ、もう一杯は飲んどけ」

「ありがとう。……悪いね、いつもいつも」

「もう慣れちゃったよ。一緒に飲みに行くと三回に一回は酔いつぶれるから」

「ふふっ、流石大和。頼りになる~」

「褒めても何もでないぞ」

 

 

 その後は心の様子を見守っていたのだが、大丈夫そうだったので俺は立ち上がる。

 

 

「んじゃ、もう大丈夫そうだし俺もう帰るわ。明日も仕事だし」

「あたしも仕事だけど、午後からだからもう大丈夫」

「遅刻しないよう、一応目覚ましだけはちゃんとかけとけよ?」

「分かってるって~。ほんと大和ってお母さんみたい」

「お母さんみたいに心配させる心が悪いんだよ。それじゃあまたな」

「ありがとね~。また今度お礼はするから」

「期待せずに待っとくよ」

 

 

 そう言って俺は、脱いでいたスーツを持って心の部屋を出る。そして……左隣の部屋の鍵を開けて中へと入っていった。

 

 

 これが俺と佐藤心のちょっとした日常。恋人とは言えないけど、友達ともいえない絶妙な距離感。

 

 俺はこんな日常を過ごしながら346プロで働いています。

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