佐藤心が隣にいる日常   作:グリーンやまこう

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 今回の話を書くにあたって、いくつかサブタイトルを変更している話があるのでご了承ください。
 ちなみに風邪(裏)の後にもう一個話がくっついてます。


宅飲み(裏)・風邪(裏)

宅飲み(裏)

 

 

 

「じゃ、はぁとちゃん。私たちは帰るわね。大和君の事、よろしく」

「は、はい……」

 

 

 やっとあの地獄のような時間が終わる……。艶々とした笑顔を浮かべる早苗さんたちとは対照的に、私はげっそりとした表情を浮かべていた。

 ちなみにげっそりとした表情の原因は今現在、机に突っ伏して眠りこけている。気持ちよさそうな寝顔だ。

 大和はあまりに飲むと記憶が無くなるタイプなので、今日の事は何も覚えていないだろう。羨ましい……。あたしはこんなに辱められたというのに。

 

 

「……二人っきりで大和君が眠っているとはいえ、襲わないようにね?」

「っ!? お、襲いませんから!!」

「ふふっ、冗談よ。ほんと、大和君の事になると可愛いわね」

 

 

 瑞樹さんにからかわれたあたしは顔から火が出そうになった。手を振りながら去っていく三人を見送り、玄関で大きく息を吐く。

 

 

「……後で今日の事は絶対に他言無用だって言っとかないと……」

 

 

 スマホをいじりつつリビングに戻ると、大和は相変わらずの状態で眠っていた。あたしは少しだけ残っていたビールの缶などを片付けながら大和の顔を覗き込む。

 

 

「……すぅ」

「…………これで寝顔が可愛いからムカつく」

 

 

 彼のあどけない寝顔に若干イラッとし、あたしは大和の頬をつんつんとつつく。しかし、大和は気持ちよさそうに目を細めるばかり。

 普段はどっちかというとキリっとしている分、ギャップを感じる。

 

 

「……まったく」

 

 

 頭をそっと撫でたあたしは、片付けを再開する。そして、その片付けも全て済んだところで、大和の後ろに座り込んだ。

 

 

「……今日は沢山恥ずかしい思いをしたんだから、ちょっとくらいいいよね?」

 

 

 自分に言い聞かせるようにした呟いた後……あたしは眠っている大和の背中にギュッと抱き付いた。

 

 

(たまにおぶってもらう時も思うけど、大和の背中って大きくて温かくて安心する……)

 

 

 顔を埋めるようにして抱き付くあたし。そのまま息を吸い込むと、大和に匂いで身体が満たされる。

 

 

「……すぅ……はぁ、……大和の匂い」

 

 

 あたしは大和の匂いが好き。定期的に嗅ぎたくなる。正直、いつも嗅いでいたい。……やばい、これじゃただの変態だ。いや、風邪を引いた大和を看病した時の事を考えれば今更である。

 

 

「すぅ……はぁ、……すぅ……はぁ」

 

 

 というか、本能に逆らえるわけがなかった。大和がいい匂いなのがいけない。

 責任を大和に押し付けつつ、たっぷり15分ほど大和の匂いを堪能したあたしは名残惜しくも身体を離す。

 

 

「さて……大和をどうしよう?」

 

 

 このまま机に寝かせても……しかし、自分のベッドに運んでいくとなると途中で起こしてしまいそうだ。

 仕方がないので一度大和を近くのソファにもたれかからせた後、机をどかしてその場所にお客様用の布団を敷く。

 

 

「今日はここで寝てもらうか」

 

 

 布団に寝かし、タオルケットのようなものを大和の身体にかける。彼が起きないのを確認し、あたしはシャワーを浴びに浴室へ。

 

 

「ふぅ、さっぱりした~」

 

 

 シャワーを浴び終え、髪を拭きながらリビングへと戻る。

 大和は先ほどとは寝相が変わって、あたしが普段使っているクッションを抱きかかえながら眠っていた。

 あのクッションは普段あたしが抱き締めたりしてるわけで……い、いかんいかん。変な気分になってきた。このままだと色々まずいと感じたので、あたしはクッションを大和の腕から外し頭の方へ移動させる。これなら流石に大丈夫だろう。

 

 

「さて、あたしも今日はもう寝ちゃおうかな」

 

 

 そろそろ日をまたぐくらいの時間になるし、明日も普通にお仕事だ。それにテレビを見ようと思ってもこのタイミングで見たら大和を起こしちゃうかもしれないからね。

 というわけであたしは大和の寝顔をもう一度確認した後、寝室へ。今日も色々あったけど楽しい一日だった。いい夢が見られそう。

 

 

「…………」

 

 

 しかし、ベッドに入ったのはいいけどなかなか眠気が襲ってこない。いつもならとっくに寝ててもおかしくない状況なんだけど……。

 ベッドの上でゴロゴロする事約15分。

 

 

「……水飲んでこよ」

 

 

 さっぱり眠れなかったので一度、あたしは水を飲むためにキッチンへと向かう。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 水を飲み干したあたしは再び寝室に……戻ることなく大和が寝ている布団の傍へ。

 

 

「……この布団に入ったら眠れるかな」

 

 

 彼の布団の中で一緒に寝たいという欲望がむくむくと湧き上がり……気付くとあたしは大和の眠る布団の中に入っていた。

 布団に入って少し顔を上げると、至近距離に大和の顔がある。一緒の布団で、しかもこんな近くで眠るのなんて小学校の3,4年以来かもしれない。

 

 

(これはヤバい……)

 

 

 この季節にしては少しだけ暑い気がしないでもないのだが、別に不快な暑さではなかった。むしろ、彼の温もりと匂いで安心するまである。

 この際、何をしても一緒だと悟ったあたしはギュッと眠る大和の腕に抱き付く。こんな抱き心地のよい抱き枕は初めてだ。しかもいい匂いだし。

 大和は起きてたらきっと嫌がるんだろうけど。いや、起きてなくても十分まずいか……。

 

 

「んぅん……」

 

 

 その時大和が少しだけ声を上げ、こちら側に身体を反転させる。更に、よい抱き枕を見つけたとばかりにあたしの身体を優しく抱き寄せた。

 

 

(なになになになになにっ!?)

 

 

 もちろん、急に抱き寄せられたあたしは大パニックである。体温が急上昇するわ、恥ずかしいやら、嬉しいやら……。もちろん、彼が寝ぼけているのは分かっているけど、それでもこの状況は聞いていない。

 しばらくパニックに陥ったあたしだが、一周回ってふと冷静になる。

 

 

(……でもこの状況、幸せだからいいや。それにこれも役得ってやつだし)

 

 

 あたしの方からも彼の背中に手をまわし、胸に顔を埋める。

 

 

(意外と筋肉あるんだな……、胸板厚いな……、それに、やっぱり大和の匂い好き)

 

 

 この状況、大和が気付いたらやばいけど、あたしが先に起きれば何も問題ない。それに、お酒を飲んでべろべろの大和が先に起きるとも思えないしね。

 気付くとあたしの意識は夢の中へと落ちていた。

 

 ちなみに次の日、早く起きたのは大和の方だった。しかし、状況が状況だったため、心が起きるまで寝たふりを続けたのはまた別のお話。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

風邪(裏)1

 

 

 

 大和が風邪をひいて家で寝込んでいる時、事務所では。

 

 

「……いや~、佐藤の奴弾丸のような勢いで飛び出していきましたね」

「ほんとですね、プロデューサーさん。キャラも忘れてたくらいですし」

 

 

 心のプロデューサーと千川さんがお茶を飲みながら話しているところだった。傍には美優と早苗さんの姿も。

 話題はもちろん、心の事である。

 

 

「あんな心ちゃん、初めて見ました……」

「飲み会で聞いた事あるけど、大和君って風邪ひいた事全然ないらしいから、余計に心配したのかも」

「というか、俺としては八坂君が佐藤に風邪の事を伝えてなかったのが意外でしたよ。てっきり伝えたもんだと思ってましたから」

「多分、幼馴染だからこそ伝えなかったんじゃないですか? ほらっ、八坂さんってかなり気遣いのできる人ですから」

 

 

 弾丸のように飛び出していったとはどういうことなのか。二人は心に大和が風邪であると伝えた時の事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

「どうだったプロデューサー? 今日もはぁとのお仕事は完璧だったでしょ☆」

「前に出過ぎなければもっと完璧だったよ」

 

 

 午前中の仕事をこなしてきた心はプロデューサーと共に事務所までの歩いていた。

 今日はゲストとして出演したバラエティ番組の収録で、テレビ局まで足を運んでいたのである。

 

 

「ちなみに今日はもう仕事終わりだっけ?」

「今日はもう終わりだよ。だから事務所に残ってレッスンしてもいいし、帰ってもいいけど」

「うーん、昨日は夜にシュークリームを食べちゃったからレッスンしてこうかな」

「太るのだけはやめてくれよ。ただでさえ、贅肉が落ちにくい年齢に突入してるんだから」

「はぁとのお腹を見るなよ☆ 太ってねぇよ☆」

 

 

 話しているうちに事務所の扉が見えてきたので中を入る。すると中には千川さん、それに普段から仲の良い美優と早苗さんらの姿が見えたのだが、いつもの机に幼馴染の姿がないことに気付く。

 

 

「あっ、お疲れ様です心さん」

「おつかれ、はぁとちゃん」

「お疲れだぞ、二人とも☆ ところで大和は? もしかして誰かを迎えにいってる?」

「あれ? 八坂さんから聞いてないんですか?」

 

 

 千川さんの言葉に心は首を傾げる。自分は大和から何も聞いてないんだけど、何かあったのだろうか?

 

 

「八坂さん、風邪を引いたらしくて今日は休んでいるんです」

「えっ? か、風邪!?」

 

 

 風邪と知らされた心は思わず目を見開く。びっくりする心を他所に千川さんは「さらに」と付け加える。

 

 

「電話越しでしか声を聞いていないんですけど、かなり調子が悪そうで……。最初電話がかかってきた時、誰だか分かりませんでしたもの」

 

 

 かなり調子が悪そうと聞いた時点で心は、頭の中で近くのドラックストアで買っていくものを考え始めていた。

 そんな心の姿をプロデューサーがキョトンと見つめる。

 

 

「ん? どうした佐藤? 考え事をしてるみたいだけど」

「……プロデューサー、やっぱり今日はレッスンをしないでそのまま帰る。明日の予定は一応頭に入ってるけど、一応メールでも送っておいて」

「えっ? お、おう、分かった……って、まさか大和君の家に?」

「じゃ、あたしは帰るから。……ったく、調子が悪いんだったらあたしに言えよな」

「あっ、こら佐藤! ……行くのは構わないけどちゃんと手洗いうがいをしてマスクを――」

「お疲れ様です!!」

 

 

 プロデューサーの言葉を最後まで聞くことなく事務所を飛び出していく心。あまりの勢いに、美優も早苗さんもびっくりして心の出ていった扉を見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……いいわよね~、はぁとちゃんと大和君の関係。あたしも大和君みたいな幼馴染が欲しかったわ」

「分かります、早苗さん。俺も幼馴染と呼べる人は一人もいませんから」

 

 

 そう言って心のプロデューサーと早苗さんが『はぁ~……』とため息をつく。

 

 実は、心と大和の関係を羨むアイドルの子たちは意外と多い。友達以上恋人未満な関係がじれったいところなのだが、むしろそれがいいという子たちもいる。

 

 

「まぁまぁ、二人の関係はあの二人だからこそですから。それにプロデューサーさんは何時までも夢を見てると結婚できませんよ?」

「……結婚できないに関してはちひろさんにもブーメランですね」

「……来週のお仕事、倍にしておきますから♪」

「…………」

 

 

 心のプロデューサーが絶望の表情を浮かべる中、早苗さんと美優はちひろさんが言ったあの二人だからこそ、という言葉に妙に納得していた。

 

 

「まっ、確かに心ちゃんと大和君だからこそだもんね」

「あの二人は私の目から見ても、相性ピッタリって感じがしますから」

「いやー、いつおめでたい報告をしてくれるのか楽しみ!」

「ふふっ、もしそうなったらみんなで心さんをお祝いしてあげましょうね♪」

 

 近い将来、起こるかもしれないことに期待を膨らませる二人だった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

風邪(裏)2 

 

 

 

 大和の服を受け取ったあたしは浴室へ向かう。その洗濯物を洗濯機の中に……入れることはなくその服を抱き締めた。

 

 

「んふぅ……すぅ」

 

 

 そして躊躇なく服の匂いを嗅ぐ。大和は嫌がってたけど、これが目的だったので仕方がない。

 大和が言っていた通り、汗のにおいが鼻につく。でも、大和の匂いと混ざって全然嫌じゃない。むしろ、癖になる。

 多分……と言うよりは確実にあたしは匂いフェチだ。大和の匂い限定の。

 

 

「すぅ……はぁ。……すぅ」

 

 

 ここが大和の部屋であることを忘れてあたしは彼の洗濯物を嗅ぎ続ける。

 

 

「はぁ……はぁ……。すぅ……」

 

 

 媚薬を飲んだのかと勘違いするほど身体が熱くなってきた。頭がポーっとして、思考が回らなくなる。

 チラッと鏡越しにあたしの顔が見えたのだが、そこには完全に発情しきった顔が映っていた。とても人様に見せられるような表情ではない。

 それでもあたしは嗅ぐことをやめなかった。だんだんと息が荒くなってくる。

 

 

(もうっ……だめ)

 

 

 手があらぬところに伸びかけ……ハッと我に返った。伸びかけていた手で自分の頬を軽くはたく。そこでようやくまともな思考に戻ることができた。

 あ、あたしは興奮していたとはいえ大和の部屋でなんてことをしようとしたんだろう。こんなところでしていたら、一生の黒歴史になるところだった。

 リビングからそんなに離れていないため、声が大和にまで漏れる心配もある。ほ、本当によかった。

 

 取り敢えず一度深呼吸し、大和の服を洗濯機の中に放り込む。あれはいけない。あたしを惑わす凶悪的なアイテムだ。もう一度深呼吸をし、あたしは大和がいる部屋へと戻る。

 体感では30秒くらいにしか感じていなかったのだが、あたしがこちらに来てから大体5分ほどが経過していた。

 そのため、大和に「ちょっと時間かかってたみたいだけど?」と言われてた時に動揺したのは言うまでもない。

 

 ただ、動揺したからといって身体の火照りが収まるはずもなく……心は自分の部屋に戻るとすぐにベッドにもぐりこんだ。

 

 

 そして次の日、彼女のベッドシーツは外に干されていた。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

八坂大和の憂鬱

 

 

 

「そうなんですか! それならはぁと、次も呼んでくれたら頑張っちゃいますよ☆」

 

 

 視線の先で心がとある番組のディレクターと話をしている。今日、俺はまたまた心のプロデューサーが忙しいとのことで、とあるテレビ局まで彼女を迎えに来ていたのだった。

 

 

「そうかい? それなら次の番組も多分、呼んであげるよ」

「多分じゃなくて、絶対だぞ☆」

「いやー、やっぱり君はとても面白いなぁ」

 

 

 心が番組のディレクターと話すのは今に始まったことではないので、特に気にすることではない。気にすることではないのだが、

 

 

(なんか最近、あの光景を見るとすごくイライラするんだよな……)

 

 

 心が誰かと……男と話しているところを見るとイラッとするのだ。以前はこんな事なかったのだから嫌になる。

 この原因はよくわからな……いや、イライラの原因から目を逸らしているだけかもしれない。これを認めてしまうと今後、心をまともに見れなくなってしまうからだ。

 更に最近は心が話しかけるというよりはむしろ、ディレクターの方から話しかける機会が増えている気がするのも、イライラを助長させている。

 

 そして先日のお祭りの件……頭が痛くなってきた。俺は勢いに任せてなんてことを……。頭を抱える俺の元に、話を終えた心が駆け寄ってくる。

 

 

「あっ、お待たせ大和☆ ちょっと番組のプロデューサーと話し込んじゃって」

「……いや、気にしなくていいぞ。それじゃあ帰ろうか」

 

 

 先ほどまで考えていたことを頭の片隅に追いやると、俺は心を連れてテレビ局を後にする。

 

 

「今日の収録はどうだった?」

「うーん、まぁまぁだったかな? ほんとならもっとガツガツ前に出てもよかったんだけど☆」

「前に出過ぎるとまーた、心のプロデューサーさんに怒られるから気をつけろよ?」

「あんなの出過ぎのうちに入らないって☆ まだまだ、はぁとは本気を出してないから☆」

「あれでまだ本気を出してないのかよ……」

 

 

 最後の方しか見てないけどアイドルにしては十分すぎるくらい、前に出てたと思うんだけどな。まぁそれが心の良さでもあるので気にしないことにしよう。

 そんな感じで車を走らせていると、

 

 

「……ねぇ大和。なんか怒ってる?」

 

 

 ふと心が口にした言葉に、内心俺はため息をつく。こいつはほんと……。

 

 

「別に、怒ってねぇよ」

「絶対うそ。幼馴染だから何となく分かるの」

 

 

 幼馴染というのはこういう所で厄介だ。友達同士なら気付かないほどの変化にまで気付かれてしまう。

 

 

「…………」

「……あたしには言いにくい事?」

 

 

 俺が黙っていると少しだけ心配そうな声色で尋ねてくる。

 

 

「確かに言いにくいことだけど、お前が原因で怒ってるわけじゃないから」

「そっか。ならいいけど」

 

 

 気を遣わせちゃったかな? 窓の外に視線を移す心を車内のミラーで見ながら、心の中だけで反省する。俺が勝手に嫉妬して勝手に怒っていただけで、心は全く悪くない。

 だけど心は気にしてしょぼんと眉を下げている。少し考えた後、俺は口を開いた。

 

 

「なぁ、心」

「ん? どしたの?」

「今日、久しぶりに二人で飲みに行かないか?」

「珍しいね、大和の方から誘ってくるなんて。どういう風の吹き回し?」

「いや、別に理由なんてないよ。ただ、心の二人で飲みたかっただけ」

「ふぅ~ん。まぁいいや。あたしもちょうど飲みたいと思ってたところだし!」

 

 

 心が嬉しそうに了承してくれたため、俺はホッと息を吐く。本当は自分の気持ちを確認したかったからだけど、その部分を言うわけにもいかないので黙っておいた。

 その後は事務所に帰り、自分の仕事を片付け俺たちは揃っていつも通りの居酒屋へと足を運んでいた。

 

 

「それじゃかんぱーい!」

「乾杯」

 

 

 今日もいつも通り何気ない話をしながら、お酒を飲み進めていく。何も変わらない、いつも通りの飲み会。

 でも、先ほどまで俺の心を覆っていたもやもやはすっかり晴れてしまっていた。その理由は……言うまでもないだろう。

 

 

「大和!」

 

 

 彼女が俺の名前を呼ぶだけで、笑顔を見せてくれるだけで、俺の不安なんてどこかへ飛んでいってしまう。

 お祭りの時もそうだったけど、いつまでも気持ちは隠しきれない。そもそもナンパに大人げなく嫉妬したり、手を繋いだりした時点でお察しだろう。

 

 

(俺は心の事が好きだ)

 

 

 ただ、意識しだしたのは中学時代、あるいは高校時代から。でも、心とは幼馴染という気持ちが強く今の関係を極力崩したくはないという想いから、この気持ちには目を背け続けていた。

 しかし、先ほども言った通り彼女への気持ちは小さくなるどころか大きくなりすぎている。目を背け続けられないほどに……。

 

 

「おーい、大和」

「……えっ?」

「なんかボーっとしてるけど、大丈夫? もしかして働き過ぎて調子が悪いとか?」

 

 

 そう言って心が俺のオデコに自分の手を当てる。

 

 

「……うーん、熱はないみたいだけど」

「いや、熱なんてないから。ちょっと考え事をしてただけで」

「考え事ってお仕事の事?」

「まぁ、そんなところだよ」

 

 

 もちろん大嘘である。ただ、ほんとの事を言うわけにもいかないので心が勘違いをしてくれたみたいで助かった。

 

 

「全く、こういう時くらい仕事の事は考えないの! 目の前にはピッチピチのアイドル、はぁともいるんだからさ☆」

「いや、心に関してはド〇クエのスラ〇ムなりに見慣れてるから新鮮さは感じないなって」

「アイドルをスラ〇ムに例えるんじゃねぇよ☆」

 

 

 いつも通りのやり取りの後、俺と心は笑い声をあげる。やっぱりこいつと一緒に飲んでいる時は楽しい。

 だからこそ俺はそれ以上を望んでしまうのだろう。

 

 その後はいい時間まで飲み続けて居酒屋を出た俺たちだったのだが、少し歩いたところで心がクイッと俺の服の袖を引く。

 

 

「ん? どうかした?」

「い、いや、その……、お祭りのときにさ……」

 

 

 妙に歯切れ悪くモゴモゴと呟く心。でも、お祭りの言葉が出たことと、彼女の視線が俺の右手に注がれていたことで何となく察した。

 俺は未だにモゴモゴ言ってる心の左手を優しく掴む。

 

 

「これでいいか?」

「……うん」

 

 

 心が頷いたことを確認して、俺たちはマンションまでの道のりを再び歩き出す。

 

 お祭りの時は勢いでやったけど、いざこうして繋いでみると結構恥ずかしい。ほんと、自分の気持ちを全力で押さえていなかったらどうなっていたか分からないだろう。それくらい今の心は魅力的で――

 

 

 

「…………もっと強く握って」

 

 

 

 ……こいつは俺気持ちも知らずに。でも、俺は彼女の気持ちに応えるように握る右手の力を強くする。

 幼馴染だから、幼馴染というだけの関係が少しずつ崩れていき、男女の関係へと近づいていく。

 俺たちの間には今までに経験した事のない空気が流れ、鼓動が勝手に早くなった。繋いでいる手がより熱を持つ。

 

 

『…………』

 

 

 お互いが今以上の関係を望んでいる気がした。もう、ただの幼馴染では嫌だと……。

 

 この日は特に何もなく、マンションの部屋の前で解散となった。しかし、心への気持ちは飲み会前よりも確実に大きくなっていた。

 それは心にも言えることだったのだが、大和が知る由もない。




 残り二話で完結です。
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