佐藤心が隣にいる日常   作:グリーンやまこう

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 最終回目前だからって気合入れて書いたら9000文字超えました。まぁ、ゆっくり読んでいってください。




「いやー、悪いわね大和君。海に行こうと誘って車を運転させちゃって」

「全然構わないので大丈夫ですよ。むしろ、誘ってくれてありがたいと思ってるくらいですから」

 

 

 車を運転しながら後部座席に座る早苗さんに応える。今日は先ほども言っていた通り海へ向かっているところだった。

 メンバーはいつも通り、早苗さん、美優さん、楓さん、心となっている。うーん、どう考えても俺の場違い感が酷い。世の中の男が見ればその全員が嫉妬するような人たちと海に来ている。今日は刺されないように気をつけないと。

 

 

「免許を持ってるのはアイドルを送迎してるので知ってたけど、免許自体はいつ取ったの?」

 

 

 助手席に座る心が首を傾げている。そういえば、車の免許をいつ取ったなんて心に言ったことはなかったな。

 

 

「免許自体は大学時代に取ったんだよ。こっちじゃ乗る機会は少ないかもしれないけど、いつ必要になるのか分からないからな。現に、今だって使ってるし職場でも車を使う機会が多いし」

「なるほどね~」

 

 

 ちなみに自分の車は持っていないので、今運転している車はもちろんレンタカーである。東京だと車を持つ必要性は薄いし、何より持ってるだけでお金がかかるからね。地元だと必要不可欠なものになるんだけど。

 そして今日は5人を乗せており、荷物もそれなりに多くなったので大きめの車を借りていた。

 

 

「そう言えば大和さんは運転してるときは眼鏡をかけるんですね」

「確かに……たまに見ますけど、少しだけ新鮮です」

「普段生活する分には問題ないんですけどね。車を運転するときはちょっと怖いんで眼鏡をかけてます」

「眼鏡をかけてると頭よさそうに見えるな☆」

「悪かったな、頭の悪そうな見た目で……と言うか、眼鏡かけたらのくだりは心にもブーメランだろ?」

「あたしはいいんだよ☆」

 

 

 実際の所、頭はそれほどいいわけじゃないので心の言ってることは的を得ている。自分で言ったけど、悲しくなってきた……。

 からかってくる心に肩を落としつつ、俺は車を目的地まで走らせる。その後は休憩をはさみつつ、一時間ほどで無事到着した。

 

 

「よしっ、取り敢えず荷物をおろすか。早苗さんたちは先に着がえてきちゃってください。俺は荷物をおろして準備をしておきますから」

「悪いわね、何から何まで」

「気にしないで下さい。ただ、絶対に変装はしてきて下さいね。騒ぎになったらどうしようもないので」

「分かってるって☆ んじゃ、またあとでね!」

 

 

 四人を見送り、俺は「ふぅ……」息を吐く。正直、変装をしたところで意味があるのかと思うのだが気休め程度になればいい。

 そもそも、変装をしても美人であったりスタイルの良さは変わらないのでどのみち注目はされるだろう。はぁ……今から胃が痛い。

 ちなみに、バレたら撮影だとゴリ押すことになっている。まっ、心配ばかりしてもしょうがないのでさっさと準備をしてしまおう。

 

 荷物を持ちつつビーチに入ると、思いのほか人が少ないことに気付く。そう言えば今日は、前日くらいまで雨なんじゃないのかと言われていたのだ。

 俺たちは全員の休みが合う日がこの日しかなかったので変えようがなかったのだが、他の人は予定を変更したりしたのだろう。それにお盆前であったのも人が少ない要因かもしれない。

 

 

「それにしても今日は暑いな~」

 

 

 人目につきにくい場所にビーチパラソルを設置しつつ、照り付ける日差しを見て俺は目を細める。

 7月から8月に突入し、暑さは日に日に増してきていた。ほんと、何もなければ夏の間中家で過ごしていたい。そんな事を思いながら準備を続けていると、

 

 

「お待たせ、大和!」

 

 

 着がえを終えた心たちが俺の元にやってきた。皆さん、俺のお願いの通りサングラスをかけたり、パーカーを羽織ったりして変装を施している。

 施しているんだけど……ダメだ、パーカーやサングラス程度ではオーラを隠しきれていない。多分、本人だとはギリギリバレないと思うけど、一人でいたら確実に声をかけられるだろう。

 ……逆に四人で固まってれば、オーラが強すぎるから声をかけられないと思うけど。取り敢えず、今日はあまり人が多くなくてよかった。

 

 

「残りの荷物はアタシたちがやっておくから、大和君も着替えてきていいわよ!」

 

 

 早苗さんのお言葉に甘え、俺は着がえに一度車へと戻る。男なんて更衣室を使わなくても車の中で十分だ。

 サクッと着がえを済ませ、俺は心たちの元へ。既に心たちはビーチボールやイルカの形をしたボートを膨らませたりしていた。

 

 

「すいません、お待たせいたしました。手伝いますよ」

 

 

 その後は適当に準備を手伝い、あらかた準備を終える。

 

 

「……それじゃあ最初の荷物番は俺がしてるんで、皆さんは遊んできてくれて大丈夫ですよ」

「あらそう? 別に遠慮しなくてもいいのに」

「運転をしてきたんで、少しだけ休憩してから行こうかなって」

「それなら遠慮なく海で遊んでくることにしますね♪」

「遠慮せず、存分に遊んできてください。あっ、怪我だけはしない様にお願いします」

「分かりました」

 

 

 そう言って四人を見送り……なぜか心は遊びに行かずに残っていた。

 

 

「あれっ? お前も行かなくていいのか?」

「大和が一人で残ってると暇じゃないかなって。まぁ、ちょっとしたらあたしも行くけど☆」

 

 

 どうやら気を遣って少しだけ残ってくれるらしい。確かに一人では暇なので少しでも残ってくれるのはありがたい限りだ。

 

 

「ところで、日焼け止めって塗った?」

「いや、塗ってないけど。男だし、関係ないかなって」

「ダメだぞ! 男だってちゃんと日焼け止めを塗らなきゃ! ほらっ、あたしのを貸してあげるから」

 

 

 どうやら最近の紫外線は有害らしいので、ちゃんと日焼け止めを塗らないとダメらしい。そういえばテレビでも似たようなこと言ってたな。

 俺は心から日焼け止めを受け取ると、適当に塗り付ける。

 

 

「背中は塗りにくいと思うから、はぁとが特別に塗ってあげる☆」

「……普通に塗ってくれよ?」

「分かってるって~」

 

 

 そう言って俺の後ろに回り、日焼け止めを塗り始めたのだが、

 

 

「おい、手つきがなんかやらしいんだけど?」

「そっちの方が大和も喜ぶかなと」

「喜ばねぇよ。いかがわしいお店じゃないんだから。というか、後は俺が塗るから大丈夫だよ」

「ぶー、つまんないなぁ」

 

 

 心は文句を言っているが、彼女の手が背中に触れた瞬間、変な気分になりかけたとは口が裂けても言えない。というわけで、背中の残りの部分は適当に塗ってしまう。

 日焼け止めを塗り終えた俺を見て、心がそう言えばとばかりに声を上げる。

 

 

「あっ、そうだ! 大和、あたしの水着見てみたい?」

「ここで見たくないって言ってもどうせ見せてくるんだろ?」

「流石は幼馴染! よく分かってるじゃん☆」

 

 

 得意げな顔で心が羽織っていたパーカーを勢いよく脱ぎ捨てる。

 

 

「ふふっ、どうよ? アイドルしゅがーはぁとの水着姿は?」

 

 

 いつも通り彼女の水着姿を見て軽口をたたくつもりだった。「はいはい、似合ってる似合ってる」、こんな風に。

 しかし、それはできなかった。

 

 

(あぁ……これはヤバい)

 

 

 正直、好きな女のビキニ姿がこれほどまでに破壊力を秘めていたのは予想外だった。思わずボーっと心のビキニ姿を眺めてしまう。

 心の水着姿なんて高校生の時以来、ほとんど見たことなかったし、予想以上に似合っていたため俺は見惚れてしまったのだ。それに高校時代の時とはスタイルから何から雲泥の差がある。

 心の着ていた水着は白を基調としたシンプルなタイプのビキニだったのだが、そのシンプルさがいい感じで俺にギャップという魅力を与えていた。

 

 

「…………」

「えっと……、や、大和? その反応は予想外というか、じろじろ見られると流石に恥ずかしいというか……」

 

 

 何も言えずに黙っていると、心が恥ずかしそうに身をよじる。

 

 

「あっ! わ、悪い……」

 

 

 心の水着姿に見惚れすぎて、変な空気になってしまった。俺は急いで視線を逸らし、明後日方向を向く。

 心も心で、恥ずかしくなったのか顔を赤くして身体を腕で抱くようにして隠している。しかし、形のいい胸や肉付きのいい太腿はあまり隠せていない。何というか、そっちの方がエロいのは気のせいじゃないだろう。

 

 

「そ、それで、あたしの水着姿は変じゃない?」

「えっと……似合ってます」

「……あ、ありがと」

「そ、それじゃあ、早苗さんたちの所に混ざってきたらどうだ?」

「そ、そうする!」

 

 

 よしっ、これで空気も持ち直すだろう。しかし、現実はそう甘くはなかった。

 ニヤニヤしながら俺たちを見つめる早苗さんたちが目に入ったからである。

 

 

「あらあら、私たちがいない間に二人はいい雰囲気になっていたみたいですよ、早苗さんに、美優さん♪」

「全く、海に来ても見せつけてくれるわね~。アタシたちは完全に二人の引き立て役ってわけかしら?」

「心さんがこっちに残ったのはこういうわけですか。ふふっ、素直に言ってくれればいいのに」

『…………』

 

 

 三者三様、様々ないじり方をされて俺と心は顔を真っ赤にして俯く。そんな俺たちの様子を見て三人はますます生温かい視線を俺たちに向けてきた。

 

 

「さ、早苗さん! はぁと、急にイルカのボートで遊びたくなってきたから! ほらっ、楓ちゃんや美優ちゃんも行くよ!!」

 

 

 無理やりにもほどがある言い方で、はぁとが早苗さんの腕を引っ張る。

 

 

「……はぁとちゃん、もっと大和君とイチャイチャしててもいいのよ?」

「行、き、ま、す、よ!!」

「ふふっ、それじゃあ大和さん。申し訳ないですが、心さんが落ち着くまでの間荷物番お願いします」

「わ、分かりました」

 

 

 心が早苗さんを引っ張っていき、美優さんと楓さんは微笑みながら海へと戻っていった。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 一人になった俺は、ビーチパラソルの下に敷いたレジャーシートに腰を下ろす。ようやく一息つくことができた。そのまま海で遊ぶ心たちを遠目で眺める。

 目で見える限りでは、心が水鉄砲を持ち早苗さんたちを追い回している。きっと先ほどの憂さ晴らしをしているのだろう。

 あっ、美優さんの顔面に水鉄砲から放たれた水が命中した。そのまま海の中へと倒れる美優さん。ほんと、同い年だけど可愛い人だ。

 微笑ましい光景に思わず目を細める。プロデューサーさんなら、この光景でいくら採れるとか考えるんだろうな~。

 さっきも見たけど、この四人は顔もよければスタイルもよい。目の保養にはうってつけである。

 というわけで俺は目の前の光景を脳裏に焼き付けることにした。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「ふぅ、結構遊んだな~」

 

 

 恥ずかしさを誤魔化すために早苗さんたちに水をかけたり、水鉄砲で遊んだりしていたのだが、予想以上に楽しみ過ぎてしまった。

 今頃荷物番をしている大和は暇している頃だろう。

 

 

「早苗さんに楓ちゃん、一回大和の所へ戻ってもいいですか?」

 

 

 あたしは美優ちゃんに水をかけて遊んでいる二人に声をかける。

 美優ちゃんは水をかけられると「や、やめてくださぃい……」と可愛く反応をするので、すっかり二人のお気に入りになっていた。楓ちゃんは一応年下なんだけど……。

 まぁ、あたしも一緒になって遊んでいたので気にしないことにしよう。

 

 

「確かに結構遊んじゃったし、そろそろ戻りましょうか」

 

 

 皆も今回は茶化すことなく了承してくれたので、あたしたちは大和が暇しているであろうビーチパラソルの元まで戻る。すると、

 

 

「あれっ? 大和さん、誰かと話しているようですけど……」

 

 

 美優ちゃんの言葉に視線を向けると、確かに大和が誰かと……女の人二人と話しているのが見えた。

 何を話しているのかまでは分からないけど……気分は良くない。

 

 

「あれは……多分、逆ナンね」

 

 

 冷静な表情で早苗さんが目を光らせる。恐らく早苗さんの言うことはあたっているはずだ。

 女の二人は笑顔だし、大和も笑いながら受け答えているのが見える。まぁ、大和の方は見慣れた愛想笑いなんだけど。

 

 

「どうします? 今行くと色々面倒なことになりそうですけど」

「もう少しだけ待ってみましょうか。それに、大和君が今更なびくとも思えないしね」

 

 

 早苗さんの言葉通り、待っていると女の二人は手を振りながら大和の元を去っていった。

 一方大和は『やっと行ってくれた……』とばかりに息を吐いている。その光景を見て少しだけイライラは収まったのだが、まだ完全ではない。我ながらめんどくさいと思うのだが、乙女心とは複雑なのだ。

 というわけであたしは、まだ海水の入っている水鉄砲を構えながら大和の元へ。

 

 

「あっ、戻ってきた……って、心? どうして水鉄砲を?」

「…………」

「わぷっ!?」

 

 

 無言で水鉄砲を発射した。海水を顔面で浴びた大和は突然の事に目を白黒させている。

 

 

「何すんだよいきなり!?」

「……ちょっとイライラしてたから」

「イライラって……まさか、さっきのやつ見てた?」

「べっつに~。大和が逆ナンされてデレデレしてた姿なんて見てないよ」

「やっぱり見てたんじゃねぇかよ……あと、デレデレなんてしてないから」

「ふんっ! どうだか」

 

 

 イライラのせいでどうしても口調が強くなってしまう。このままここにいると思ってもいない言葉を大和にぶつけてしまいそうだ。

 その為あたしは水鉄砲を大和にポイッと投げる。

 

 

「おいっ! 急に投げんじゃねぇよ」

「……ちょっとそこら辺、歩いて来るから」

「はぁっ!? 何言って……ちょっと待てって」

 

 

 大和の制止を無視してあたしは当てもなく足早に歩き始める。5分ほどふらふら歩いたところであたしは「はぁ……」とため息をついた。

 

 

(あとでちゃんと大和に謝ろ)

 

 

 今さらながら後悔の念に襲われる。なんてめんどくさい女なんだろう。勝手に嫉妬して空気を悪くして……。あたしらしくもない。

 いつの間にか完全に人気のない岩場に来ていたあたしは、その場にすとんと腰を下ろす。

 

 

(前までのあたしなら、からかって笑い話にしてたところなんだけどな……)

 

 お祭りで大和と手を繋いでから、自分の気持ちに嘘がつけなくなっている。

 期待したいという気持ちと、まだ大和にとってあたしはただの幼馴染で期待はするなという気持ちのせめぎ合い。胸のもやもやは収まらないままだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

 あたしがもう一度深くため息をつくと、

 

 

「ため息をつきたいのはこっちだ」

 

 

 こつんと、あたしの頭を小突かれる。見ると、大和が肩で息をしながらあたしの事を見下ろしていた。

 

 

「全く、予想以上に遠くまで来やがって。追いかけてくるこっちの身にもなってくれ」

「……別に、あたしは追いかけてきてくれなくてもよかったし」

 

 

 またこれだ。拗ねたようにそっぽを向きながら頭の中だけでをため息をつく。

 本当は嬉しいのに、変な意地を張ってまた空気を悪くする。今日のあたしは本当にダメダメだ。

 

 

「……心。取り敢えず戻ろうぜ。早苗さんたちも心配してたから」

「…………」

 

 

 引っ込みはつかなくなっていたが、早苗さんたちという言葉に取り敢えずあたしは立ち上がる。

 すると、大和にグイッと腕を引っ張られ、

 

 

 

「はぇっ!?」

 

 

 

 気付くとあたしは大和の胸の中にいた。

 

 

 

「…………」

 

「えっ!? や、大和!?」

 

 

 

 いきなり抱き締められたあたしは目を白黒させる。勝手に抱き締めた事はあっても、こうして大和の方から抱き締められるのは初めてだった。

 でも大和があたしを抱き締めていたのは一瞬ですぐに身体を離す。

 

 

「や、大和? 今のは……」

 

 

 ドキドキがおさまらないまま、あたしは大和を見上げる。しかし大和はあたしのチラッと見ただけで質問には答えず、スタスタと歩き始めた

 

 

「……機嫌も直ったみたいだし、早く早苗さんたちの所へ戻るぞ」

 

 

 確かに直ったけど……直ったけど!! 

 

 聞きたかったのはそんな答えではない。先ほどまでとは別のもやもやが心の中を覆う。

 普通に考えれば、機嫌を直すためにわざわざ抱き締めたりなんてしない。仮に抱き締めるにしても、好きでもない女を抱き締めたりなんてしないだろう。それはつまり……、

 

 

(好き……なの?)

 

 

 先を歩く大和の表情が見えなければ、気持ちが分かるわけでもない。でも、そうとしか考えられなかった。

 都合のいい妄想かもしれないし、自分本位の解釈と笑われるかもしれない。

 

 

(あたしは大和の事が好きだよ。大和は? 大和はどう思ってるの?)

 

 

 無言で彼の背中に問い掛ける。もちろん答えが返ってくるわけがない。そもそも答えを聞く勇気なんてあたしの中にあるわけなかった。

 

 その後はあたしも大和もどこか上の空のまま帰途についたのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 早苗さんたちを送り届け、レンタカーを返却したあたしたちは既にマンションへと帰って来ていた。

 今はあたしの部屋で荷物の整理をしているところである。しかし、胸のもやもやは収まらないままだった。お互いに口数も少ない。というか、ほぼゼロだった。

 早苗さんたちが気を遣って、何も聞いてこなかったのが唯一の救いだろう。今度謝んなくちゃ……。微妙な雰囲気のまま荷物整理を続ける。

 

 

「……よしっ、取り敢えずこんなもんか」

 

 

 そうこうしているうちに荷物の整理も終わってしまう。いつもならあたしの部屋でのんびりしているところだが、今日はとてもそんな気分にはならなかった。

 

 

「それじゃ俺は自分の部屋に帰るな」

「うん……」

 

 

 玄関まで大和を見送る。

 

 靴を履く寸前に大和は一度立ち止まり……少しだけ逡巡した後、あたしに顔を向けないまま口を開いた。

 

 

 

「……海では急に抱き締めたりしてごめんな。今日は楽しかったよ」

 

 

 

 そう言って大和は今度こそ靴を履いて部屋を出ようとする。しかし、とある言葉があたしの中で引っかかった。

 

 

 

(…………ごめんって、なんだよ)

 

 

 

 まるであの時の事をなかったかのようにする言い方。

 

 気付くとあたしは大和の背中に抱き付いていた。

 

 

「……心?」

「バカ大和。……自分一人で完結してんじゃねぇよ。あたしは何にも分からない……分からないんだよ」

 

 

 大和の背中に顔を埋めながら呟く。想いが溢れて止まらない。

 

 

「あたしの気持ちも知らないで……。急に抱き締めんなよ……ごめんって何だよ。ちゃんと、言葉にしてくれなきゃわかんない……わかんないの」

 

 

 あたしが大和に対して嫉妬していたのは、何も今日が初めてというわけではない。

 大和が他のアイドルたちと話してた時、ずっとモヤモヤしていた。ずっと不安だった。

 もちろん大和もアイドルの子たちも悪くない。あたしが勝手に嫉妬していただけ。

 でも今日の出来事が引き金となって、今までの嫉妬や不安が抑えられなくなった。

 

 

「……なのに、急に抱き締めてきて……ふざけんなよ。……勘違いしちゃうじゃん。もしかしたらって、期待しちゃうじゃん……」

 

 

 あたしの声に涙の色が混ざる。もしかしたら大和はこんなあたしを見てすごく困っているかもしれない。

 だけどこんな風に気持ちを押さえられないほど……あたしの心はぐちゃぐちゃになっていた。

 

 

「こんなことされたらあたし……気持ちが抑えられなくなる……」

 

 

 高校時代から……ううん、多分気持ちは中学時代からずっと同じだった。あたしは大和の事が好きで……。

 

 そう告げようとした瞬間、大和が身体を反転させあたしの身体を抱き締めてきた。

 

 

「ごめん、心。海での出来事やさっきまでことは俺が全部悪かった。俺が逃げてるだけだった」

「……あたしこそごめん。海では勝手に怒ったり、今だって勝手な事ばっかり言って」

「帰り道でもずっと考えてたんだ。俺はどうするべきなんだって。心は俺にとってアイドルってだけじゃない。……大切な幼馴染だから」

 

 

 あたしを抱き締める手が震えている

 

 

「心地のいい今の関係を壊すことが嫌でずっと逃げてた。……でも、逃げてたからこそ心に嫌な思いをさせてたんだよな。だから、ごめん」

 

 

 多分、大和はあたし以上に二人の関係を考えていたんだと思う。ただ、考えがまとまっていないままあんなことになって……。今になってその事に気が付いた。

 

 

「……本当にごめん。大和の気持ちを考えずに……」

「別にお互い様なんだから気にするなよ。元はと言えば俺が悪いわけだし」

「で、でも……やっぱりちゃんと謝らないと気が済ま――」

「いいから、もう謝んな」

 

 

 謝ろうとしたあたしの身体を大和はきつく抱き締める。これ以上喋らせないためだろう。少しだけ苦しいけど、全然嫌じゃない。

 今まで散々一方的に大和に抱き付いてきた中で、今回のが一番温かくて、優しくて、安心できた。すれ違いかけていた想いが通じ合って嬉しかった。

 

 しばらく大和の身体に自分の身体を預ける。そして力が少しだけ緩んだところで、一番大事なことを確認するために口を開いた。

 

 

「ねぇ、大和」

「どうした?」

「……あたしの気持ち、もう何となく伝わっちゃったでしょ? まぁ、それは大和にも言えることだけど」

 

 

 あんなに色々と口走って、これでもまだ伝わっていなかったら大和をぶっ飛ばしているところだ。そういうことが許されるのはラノベのキャラだけって相場は決まっている。

 しかし、大和はなぜかそこで歯切れが悪くなる。

 

 

「い、いや、まぁ、その、分かったには分かったんだけど……」

「なに? 嬉しくないの?」

「めちゃくちゃ嬉しい」

「そ、そう……」

 

 

 ここで素直になるのはやめてほしい。て、照れるから……。

 

 

「ただ、俺としてはこんな風になるとは思ってなくて、正直焦ってる」

「いいじゃん別に。恋が突然なら、告白も突然だよ」

「妙に納得できることを言わないでくれ……あのさ、心。お前って今度の休みが一週間後だろ?」

「そうだけど、それがどうかした?」

「えっと、この告白とかもろもろの事を……改めてその休みの日にやり直したいんです」

 

 

 あたしが顔を上げ、大和の顔を見るとバツが悪そうにそっぽを向いていた。

 どうやら本当にこの状況になることを想定していなかったらしい。まぁ、さっきはあんな風に言ったけど、想定していろと言うほうが土台無理な話だからね。

 

 

「……うん、じゃあそれでいいよ。その代わり、ちゃんとやり直すんだぞ? あたしも大和も納得できる形でね!」

「分かってるよ。それに、色々な準備とか根回しも必要だし……」

「準備?」

「今のはこっちの話だから気にしないでくれ」

 

 

 何の準備が必要なのだろう? あっ、デートプランの準備かな? どこに連れて行ってくれるのかは分からないけど、今から楽しみになってきた。

 そこで大和はあたしを抱き締めていた手を解く。

 

 

「というわけで、また詳しいことは決まり次第連絡するから。一週間後、よろしくな」

「こちらこそ! ……あっ、大和最後にちょっといい?」

「ん? どうかした――――」

 

 

 あたしは少しだけ背伸びをして大和の唇にそっとキスをした。触れるだけの簡単なもの。でも、アタシと大和にとって、初めてのキス。これが今できる精一杯のアピール。

 ただし、大和には効果抜群だったようで頬を赤らめながら戸惑い……と言うよりは「やってくれた……」という表情を浮かべていた。

 一方あたしは、顔が真っ赤になっていると知りながらも少しだけ悪戯っぽく微笑む。

 

 

「これで大和もヘタレることなくあたしに気持ちを伝えることができるな!」

「……ヘタレないから安心しろって」

 

 

 色々あったけどあたしは一週間後、大和とデートをすることになった。

 

 ちなみに、大和が部屋に戻った後、心は自分の行動(キスしたこと)に今更ながら恥ずかしくなり床をゴロゴロと転がり悶え苦しんだのはまた別のお話。




 次回最終回です。
 なお、作者の都合で投稿は二週間後になりそうです。早く投稿できれば投稿します。
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