なんか、長くなりましたがゆっくり読んでいただけると幸いです。
「はっ? 俺と心の過去の話をしてほしい?」
首を傾げる俺に、早苗さんたち三人がうんうんと頷く。今日はいつものメンバーで宅飲みをしていたのだが、そこそこお酒も回ったところで早苗さんたちがそう言ってきたのだ。
「でも、過去の話って前、俺が出張に行ってた時にしたって心が言ってましたけど?」
「確かにしてくれたんだけど、それはあくまでかいつまんでだったの。アタシたちはもっと深いところまで知りたいというか、むしろ知り合った当時の事から知りたいのよね」
「そうなんです。私たちは二人がどのような出会いをして、どのように男女として意識していったのか。その部分が知りたいんです!」
妙に熱の入った早苗さんと楓さんの言葉。美優さんは苦笑いを浮かべているが止めていないところを見るに、彼女も多少なりとも興味があるのだろう。
「え、えっと、俺は別にいいんですけど……心は?」
「私も別に大丈夫だよ。隠しておくほどの話でもないし。まぁ、私たちが若干恥ずかしい思いをするんだけどね」
確かに、黒歴史的なことも言っていたりするので俺たちにとっては恥ずかしかったりもする。しかし、心の言う通り隠しておくほどの事でもないので、ここで言ってしまっても問題ないだろう。
「面白いかどうかは分かりませんけど、それじゃあ。本当に期待しないで下さいね?」
「大丈夫よ。前回、心ちゃんから一部を聞いただけでも期待できる内容だったから」
興味津々の四人に俺は苦笑いを浮かべつつ、昔の事を思い出しながらぽつぽつと話し出したのだった。
☆ ★ ☆
小学生時代はこれといって出来事もなかったので手短に。
小学校一年生の時に俺が心の家の隣に引っ越してきた事から、俺たちの関係は始まった。
「どうも。この度、引っ越してきた八坂です」
「お隣の佐藤です。ほらっ、心も挨拶して」
「さとうしん、ですっ! よろしくおねがいします!」
「あらあら、元気な女の子ですね。こちらこそ、よろしくお願いします。大和も挨拶して頂戴」
「…………やまとです」
「もうっ! ちゃんと挨拶しなきゃ駄目でしょ?」
「いいんですよ。落ち着いている子で、羨ましいです。心にこの落ち着きを分けてほしいくらいですよ」
とまぁ、こんな感じに引っ越しの挨拶を済ませたのだが、見てわかる通り心は元気が取り柄の女の子。一方俺は、恥ずかしがり屋で無口の男の子といった感じだった。
今でこそ、普通に話せているのだがそれは心の影響が大きいと思って言っている。そして、元気な子と無口な子が出会ったらどうなるか。
「大和君って言うの?」
「…………うん」
コクッと頷いた俺を見て、心はにぱっと子供らしい無邪気な笑みを浮かべる。
「じゃあ大和君、私と一緒に遊ぼうよ!!」
「えっ!?」
いきなり右手を掴まれて引っ張られる俺。この出会いを機として、俺と心は一緒に遊ぶことが多くなったのである。
小学生時代は特にこうして心に引っ張られるような形で遊ぶことが多かった。元気いっぱいの心のお蔭で怪我もしたし、喧嘩も多かったのだが、とても楽しい小学生時代を過ごすことができたと思っている。それまでは少なかった友達もできたからな。
まぁ無口は相変わらずで、俺の性格を理解していないと何考えているのか分からないって言われることが多かったんだけど。
こんな形で小学生時代は終わりを迎え、俺と心は地元の中学校に進学することになる。この中学時代に、俺と心の関係を変える一つの出来事が起こったのだ。
それは中学二年の二学期に起こった。
「なぁ、大和。あの話、知ってるか?」
「知らない」
「知らないって……お前、もっと興味を持てよな」
中学時代、同じ部活で仲が良かったとある友人から声をかけられる。しかし、人のうわさ話に興味のなかった俺が適当にあしらうと、友人はあからさまにがっかりしたような声を上げる。
「だって、本当に興味ないし」
「まぁまぁ、最後まで聞けよな。その話って言うのはお前の幼馴染、佐藤の事なんだよ」
「……心の事?」
幼馴染の名前が出てきたので、俺は思わず反応してしまう。それを見た友人が食いついたとばかりに続きを話し出した。
「それがさ、この学校で一番カッコいいって言われててモテる先輩がいるだろ? 佐藤の奴、どうやらその先輩に告白されるみたいなんだよ」
「へぇ~、そうなんだ」
「そうなんだよ! 佐藤が先輩の告白を受け入れることは確実って言われてるんだ」
先輩と心の噂を話しながらうきうきと楽しそうな友人。まだ告白されたわけでもないのに、受け入れることは確実。
俺は先輩の事はよく分からないけど、心は幼馴染の目から見ても可愛いと思うのできっとお似合いのカップルになるだろう。
話を聞いた当時はそんな事をぼんやりと考えていた。あとは友人のテンションが高くて鬱陶しいなと。
しかし、その考えが間違いだったのに気付いたのは放課後。部活終わりの帰り道。
俺は部活が終わるのを待っていた心と並んで帰っていたのだが、
「えっ? 先輩からの告白断ったのか?」
「うん。というか、大和でも告白されたこと知ってるんだね」
断ったと呑気に話す心の横で、俺は驚いたような表情を浮かべていた。失礼なことを言われた気もするのだが、まさか断るとは思っていなかった分、ツッコめなかったのである。
「だけど、その先輩はカッコいいんだろ?」
「別に、私はカッコいいって思わなかったもん。なんていうか、自分に酔ってる感じで。だから断ったの」
学校で一番カッコいいと言われている先輩を、自分に酔っている感じがすると一蹴する心。彼女の周りに流されない姿勢は俺の尊敬している部分でもある。俺もこうなりたいものだ。
「そうなんだ」
「そうなの! それより大和聞いてよ。今日大和の部活が終わるのを待ってた時なんだけど――」
告白されたことについてもう興味がないと言わんばかりに話題を転換する心。俺はそんな彼女の話を聞きながら、その都度相槌を打つ。
二人で帰る時、主に話しているのは心だ。俺は話をするより聞いている方が好きなので必然的にこのようになっている。それに心の話は、色恋沙汰の話なんかよりも退屈しないしな。
この日の帰り道もいつも通り、たわいのない話をしながら帰った。異変が起こったのは次の日の事である。
「ふぅ、疲れたな」
「俺はお前の相手でもっと疲れたよ。ったく、大和はうまいのに容赦なさすぎだよ」
「容赦なんかしてたらうまくならないだろ?」
「お前の性格を理解してなかったら喧嘩になってると思うんだけど……」
部活の朝練を終え、友達と共に教室に入った時の事だった。
「……あれ? なんか雰囲気おかしくない」
友達の言葉に教室内を見渡すと、確かにギスギスといった様な気まずい雰囲気を感じ取ることができる。なんだろうと思いつつ、理由もよく分からないので取り敢えず自分の席へ。
すると俺の前に座っていた女子が小声で耳打ちをしてくる。
「ねぇねぇ、大和君はもちろん知ってるんだよね?」
「はっ? 何が?」
「心ちゃんが先輩の告白を断ったこと」
「……あぁ、そういえばそんな事言ってたな」
昨日、帰り道での会話を思い出す。
「実はその件が○○ちゃんに伝わっちゃって……今こんな雰囲気になってるってわけなの」
「ちょっと意味が分からないんだけど?」
「まったく、相変わらずだなぁ大和君は……」
呆れられているものの、本当に分からないのだから仕方がない。首を傾げる俺に前の席の女子は更に小声となり、
「○○ちゃんがその先輩の事が好きだったからすごく怒っちゃって……それで今朝、「心ちゃん、調子乗ってるから皆で無視しよう」って言ったの。○○ちゃんはこのクラスの中心にいる子だから余計にこんな雰囲気に……」
なるほど。どうりでみんなの視線が心に集まっているわけだ。
「くっだらな」
本心からそう呟いていた。俺の呟きに目の前の女子が驚いたように表情を変えている。
「そんな、幼稚園児みたいな理由で……バカじゃねぇのそいつ」
「ちょ、ちょっと大和君!? 流石に声が大きいって。しかもそいつ呼び」
「いいだろ、俺はそいつに好かれる気なんてさらさらないし。そもそも、顔もよく分からないし」
「大和君らしいっちゃらしいんだけど、一応一緒のクラスなんだし、もう二学期なんだし、顔と名前くらいは覚えておこうよ。……もしかして私の名前も覚えてない?」
「えーっと……鈴木さん?」
「望月だよ!!」
目の前で憤慨する望月さん(今覚えた)を他所に、俺はもう一度心に視線を向ける。
見た感じはいつもと変わらない。変わっているのはいつも、心の周りに集まっている友達の姿がないことくらいだ。
きっと、くだらないことを提案した奴を恐れているのだろう。ほんと、この手のやり方は中学生ながらくだらないと感じてしまう。そんな俺はゆっくりと席を立つと、
「おい、心」
「……へっ!? な、なに大和」
「英語の宿題忘れたから見せてくれない?」
「っ! ま、まったく、仕方ないな大和は。ほらっ、貸してあげるから授業までに返してよ?」
「ありがと」
心からプリントを受け取り、自分の席に戻る。そんな一部始終をクラスの連中は驚きの表情で見つめていた。
注目されることは分かっていたのだが、元々プリントを借りようとしていたので俺からしてみれば何もおかしなことはない。
「お前はやっぱりすげぇよ」
テニス部の友人からはポンッと肩を叩かれたけど。
☆ ★ ☆
「ねぇ、大和。これからは無理して一緒に帰ってくれなくてもいいよ。それに教室でも話してくれなくていいから」
「……急にどうした?」
クラスの雰囲気がおかしくなり始めてから大体2週間くらいが経過したある日。そんなことになっても俺は気にせず一緒に帰っていたのだが、心から突然そんな事を言われて戸惑う。
「別に、急でもないよ。大和は気にしてないみたいだけど、いつまでも私と一緒に居たら今度は大和が標的になっちゃう」
悲しげな笑顔を浮かべる心。俺はその笑顔を見て、ギュッと心臓を掴まれたような感覚に襲われた。その痛みを忘れるように俺は答える。
「……そんなことできるわけないだろ。俺と心は幼馴染なんだから」
「そっか……やっぱり大和は優しいね」
俺がそう言っても心の表情は晴れない。むしろ、先ほどより辛く歪んでいるようにすら感じる。
「でも、無理しなくていいから。大和が離れたいって思ったらいつでも離れていっていいからね?」
無理をしてるのはどっちだよ……思わずその言葉が口から出かけた。今だって、とても離れていってほしそうな口ぶりではない。
口に出した言葉と本当の気持ちがまるで一致していないと感じてしまう。
「お前に心配されなくても、離れたいなんて思わないから。お前が離れたいって言ってもまとわりついてやる」
「……ふふっ。今の言葉相当気持ち悪いけど、自覚してる?」
「うっせ」
今度は作ったような笑顔ではなく、自然に出た笑顔を見れたので俺は少しだけ安心する。これで自体が良くなるといいんだけど……。
しかし事態はなかなかよくならなかった。むしろ、時間が経過するとともに悪化していったのである。
自分に出来ることならなんでもしようと思った。これまで心には散々助けられてきたのだ。ここで何かしないのは幼馴染失格である。
でも、心はこの話に触れてほしくないのか一切その事を俺に話しては来なかった。俺がその話をしようとしても、強引に話題を変える。聞こえなかったふりをしてそれまで話していた話の続きをする。
その時の顔はいつも悲しげで、苦しみに染まっていた。俺もそんな心の顔を見るのは嫌だったけど何もできないまま悪戯に日々だけが過ぎて行って、気が付くと心がクラスで浮き出してから一か月が経過していた。
でも俺はその間も心と一緒に帰ることをやめなかったし、教室で話すこともやめなかった。その間も友達からは「お前も標的になるぞ」なんて言われたけど、別に標的になることくらいどうということはなかった。
心はそんな状態の中、ずっと一人で耐えている。それなのに俺の一方的な感情で、彼女から離れるわけにはいかない。
心にはこれまで沢山助けられてきて、沢山の思い出を貰ってきていたのだから。
心が放課後の待ち合わせ場所に現れなかったのは、そんなある日の事だった。
「……心の奴、何してんだよ」
部活を終えて、いつも通りの待ち合わせ場所に来ていたのだが心が一向に現れない。普段なら俺の方が遅いので心が来ていないのはおかしいのだ。
「もう帰っちゃったのかな?」
帰ったのなら帰ったで構わないので俺は一度昇降口まで行き、靴があるかどうか確認に向かう。すると、
「靴はある……ってことはまだ校内にいるのか」
放課後の校内で一体何をしているのだろう。俺はひとまず靴を脱ぎ、教室へ向かう。すると教室の中で心が一人、自分の席に座っているのが見えた。そして人の気配を感じたのか、心がこちらに振り返る。
「っ!!」
驚いたような表情を浮かべる心。俺はため息をつきながら彼女に近づく。
「何で教室にいるんだよ」
俺の言葉に心は一瞬、泣き出しそうな顔になった。しかし、その表情をすぐに引っ込めるとプイッと俺から視線を逸らす。まるで私は大和と話したくないと言われているみたいだ。
仕方がないので俺は心の座る前の席に腰を下ろす。
「結構探したんだぞ?」
「……別に、私は探してなんて一言も言ってない」
不貞腐れたような態度の心。俺と視線を合わせようともしない。
『…………』
しばらくお互いの間に気まずい雰囲気が流れる。
そんな雰囲気を切り裂いたのは彼女の怒声だった。
「…………して」
「えっ?」
「どうして来たの!? あたしの事なんてほっといてよ!!」
驚くほど大きな声が二人しかいない教室に響き渡った。俺はびっくりして思わず心を見つめる。
「…………」
彼女の瞳には涙の雫が溜まり、唇は真一文字に引き締められている。今度は、早くここからいなくなれと言わんばかりの表情で俺の事睨みつけている。
「私に構ってたら大和まで嫌われるって言ってるじゃん! なんでそれが分からないの? 私は、私のせいで大和に傷ついてほしくない!! だからもう、私の事なんて構わなくていい! ほっといて!!」
心はそう言って真っ赤な目を見開き、泣かないように歯を食いしばる。見たことのない敵対心をむき出しにする心。
そんな彼女の様子にしばらくの間呆然としていた俺だったのだが、すぐに冷静になる。気持ちはとっくに固まっていた。
「……うるせえ。そんなの俺の勝手だ」
俺は彼女の気持ちを無視して、前の席から動かなかった。いや、動けるわけがなかった。
悲し気な表情を浮かべる幼馴染を一人きりになんて、できるわけがない。今、心を一人きりにして帰ったら絶対に後悔する。
そして、今度は心が驚きの表情を浮かべる番だった。
「……なんで、……なんでよ」
「何でも何もねぇよ。俺がお前の事をほっときたくないからこうしてるんだ」
なんでと言いたいのはこっちの方だった。
どうしてこんなになるまでため込んでたんだよ?
どうして何も相談してくれなかったんだよ?
俺達、幼馴染だろ?
「心」
「……えっ?」
しかし、今更彼女の事を責めてもしょうがない。やらなきゃいけないことは、伝えなきゃいけないことはもう決まっている。
だからこそ俺は彼女の名前を呼び――。
「俺はお前になんて言われても隣にいる。だからさ、何かあったらちゃんと言えよ」
それだけ言って窓の外に視線を移す。こんな恥ずかしいことを言って心の事を見つめられる自信はなかった。
「……ふっ、……う、……ぐすっ」
心の嗚咽が聞こえてきたのはまさにそのタイミングだった。最初は静かだった嗚咽がどんどんと大きくなっていく。
俺は無意識に彼女の右手を自身の左手で握り締めていた。涙の雫が一つ、また一つと左手の甲に落ちてくる。
「…………」
「…………ぐす……っ、……ふっ…………大和」
多分、心が俺の前で涙を見せるのなんて初めてだったと思う。喧嘩をしてもいつも心が勝っていたし、母親に怒られたとしても泣くのを我慢していたからだ。
そんな彼女が、強いとばかり思っていた幼馴染が、目の前で涙を流している。弱々しい声で俺の名前を呼んでいる。
今度は俺が彼女の事を守っていく番だと思った。
「じゃ、帰るか」
「……うん」
10分か、15分ほどが経った頃だろうか。心が落ち着いたところで俺は彼女の手を引いて昇降口に向かう。
時間も遅いということで、俺たち以外に人影は見えない。まぁ、誰かがいたとしてもこの手を離すことはなかったと思う。靴に履き替えるときだけ手を離し、そしてすぐにまた繋ぎ直す。
「…………」
「…………」
帰り道はお互い無言だった。視線が合うこともなく、ただ真っ直ぐに帰り道を歩く。でも、繋いだ手だけは絶対に離さなかった。
この時は力の加減も分からず、ただただ離さないように、心がどこにもいかない様に彼女の右手を握り締めていた。
今思うと、この時俺と心は初めて手を繋いのだが、とてもそんな事を意識する余裕なんてなかった。心もきっと、意識してなかっただろう。
そのまま手を繋いで帰り、心の家の前まで到着する。すると、家の中からちょうど真のお母さんが出てきた。
「あらっ?」
いつもと様子の違う俺たちを見て、心のお母さんが少しだけ驚いた表情を浮かべる。しかし、すぐにその表情を引っ込めると、
「お帰りなさい心。それに大和君」
いつも通り、優し気な笑みを浮かべて俺たちの事を迎え入れてくれた。
「心、もうお風呂沸いてるから先に入ってきちゃいなさい」
「うん、わかった。……じゃあね、大和」
心が家の中に入って行き、俺と心のお母さんだけになった。そこで、
「ありがとね、大和君。今日も送ってもらって。それと……心の事、よろしくね? 私は家の中だけでしかあの娘をフォローできないから」
「はい、大丈夫です」
よろしくといった意味が分からないほど俺もバカじゃない。
多分、心のお母さんは娘の様子がおかしいことにずっと前から気付いたいのだろう。そして今日の俺たちを見て何かがあったのだと察した。でも、その理由を聞かないところに彼女のお母さんの優しさが見える。
「だって……俺は心の幼馴染ですから」
その言葉に心のお母さんはもう一度、優しく微笑んだのだった。
☆ ★ ☆
「うーん、甘酸っぱい青春って感じがしていいわねぇ~」
早苗さんが俺たちの話を聞いて、にこにこと笑みを浮かべながらお酒を飲んでいる。
「青春って感じですかね? あたしたちからしてみれば、結構恥ずかしい話だなって思ってるんですけど。あたしなんて大和の前で号泣したわけだし」
「いや、それに関してはしょうがないだろ? そもそも俺にしてみれば、心の言うことなんて聞かずにさっさと先生に報告すればよかったって後悔してます」
「そんなことないですよ! 二人とも、とても素敵な幼馴染で羨ましいです!」
珍しく美優さんが興奮した様子で前のめり気味になっている。彼女にとっては俺たちの話はとても面白かったらしい。
「でも、大和君は凄いわね。普通、中学時代は男女で仲良くしてるとからかわれるし、恥ずかしいって思う年代だと思うんだけど?」
「そこら辺は、あんまり気にならなかったんですよ。不思議なことに」
「大和は昔から変わってたからね~」
「昔からとはどういう意味だよ? 俺は別に変な奴じゃねぇ」
「……でも、その大和に助けられたのは事実だからさ。だからありがと」
ニコッと微笑まれ、俺は思わず口を噤んでしまう。言おうとしていた文句が全て引っ込んでしまった。……ほんと、俺はとことん心には甘いらしい。
「ところで気になったんですけど、その後はどうなったんですか?」
美優さんの質問に心が不思議そうな顔をして答える。
「実は二日後くらいからパッと噂が流れなくなってね。それからはみんな普通に話してくれるようになったの。よく分かんないんだけど」
「……大和さんは何もしていないんですか?」
「……してません」
妙なところで勘のいい楓さん。俺は微妙な表情を浮かべながら視線を逸らす。しかし、それが逆に答えとなってしまっているようなものだ。
実を言うと、この話にはもう少しだけ続きがある。それは心と手を繋いで帰った次の日の放課後の事。
俺は部活が終わってから忘れ物に気付き、教室に戻ったのだがそこに噂を流していた張本人である女子生徒たちがいたのである。
最初はこんな時間にいるなんて珍しいなと思いつつ、忘れ物を探していたのだが、
「ねぇ、大和君」
「ん?」
そのうちの一人が俺に声をかけてきた。
「あなたってまだ、心と一緒に帰ったりしてるのよね?」
「……それがどうかしたのか?」
「一緒に帰るのをやめてくれないかな? あと、教室で話すのも。大和君がいるからあいつ、甘えちゃってるけど、大和君が離れればきっとあいつも反省して――」
下卑た笑みを浮かべるその女子生徒。そこまで聞いてようやく俺は理解できた。こいつが心を苦しめていた張本人であると。
腹の底から抑えようのない怒りが込み上げてくる。心からは大和に迷惑をかけるから、出来るだけこの件に関わるのはやめてくれと言われていた。
迷惑をかけると言った心の顔は悲し気に歪み、俺も彼女の意志を尊重して何もしていなかったのである。でも……、
「……悪い、心」
それまでは何とか自分を押さえていたのだが、心の涙を見ていた俺はもう我慢の限界だった。
「ねぇ? 聞いてるの?」
「うるせぇよ」
ブチ切れた俺は気付くと、そいつの胸倉を掴み上げていた。
「な、何するのよ!?」
「お前が心を苦しめてたんだな。あいつがこの一か月間、どれだけ苦しんだと思ってる? どれだけ悲しんだと思ってる? お前にその苦しみが、悲しみが分かるのか?」
「ちょ、ちょっと! ○○ちゃんに何してるのよ!?」
後ろにいた別の女子が狼狽した声を上げるも、激昂した俺の耳には届かない。ただ、怒りに燃える瞳を目の前にいる女子に向け続ける。
「お前がくだらねぇことをしたから心は沢山傷ついた。この一か月間、ずっと苦しそうだった。しかも、昨日は涙まで流した。いつも明るくて、笑顔を見せてくれる心が泣いてたんだぞ? お前らにこの意味が分かるのか? くだらない噂を流して人を傷つけて笑っていたお前たちに!!」
怯えた瞳を俺に向ける女子に向かって俺は最後に言い放つ。
「今後、またくだらねぇ噂を流してみろ。俺はその場でお前を容赦なく殴るからな? お前が女だからって関係ない。別に俺が停学になろうと、退学になろうと関係ない。お前には、心が味わった痛みと同じくらいの痛みを味わってもらうから。言っとくけど、俺は本気だからな? 」
それだけ言ってそいつの胸倉から手を離すと、俺は荷物をまとめてさっさと教室を後にする。後ろから何か聞こえてきたが相手にすることもなかった。
これが事の顛末というわけである。その後の事を友達から聞いたところによると、俺にブチ切れられた女子生徒が必死に「心をいじめるのはもうやめよう!」と言っていたらしい。
なんでも、普段無口で何を考えているのかよく分からない俺があれだけ怒ったのが相当怖かったみたいだ。友達にその事について二週間ほどいじられた。
しかし、今思い返すと本当に恥ずかしい出来事であり、もっと穏便に解決できなかったものかと思っている。
あの時は怒りに任せて言いたい放題、やりたい放題してしまった。言動もくさいし、恥ずかしいし……。だから俺は思いだしたくないのだ。
心はその日、予定があるとかで早めに帰っていたのだが、それは本当に良かったことである。これで教室に心が来ていたら目も当てられない。
結果として噂が流れることもなくなり、心とクラスの関係もこれまで通りに戻ったのだが、それはあくまで結果論である。下手すると、心にもっと迷惑をかけていた可能性もあるわけだったからな。
ちなみに、心はよく分からないと言っていたけど薄々、俺が何かをしたんだなということを感じ取っているはずだ。でも、俺が話したがらないので気を遣って分からないふりを続けているのだろう。個人的には凄くありがたい。
「……さて、中学時代の話は以上になりますけどこれで満足しましたか?」
「うんうん、大満足よ。ねっ、楓ちゃんに美優ちゃん?」
早苗さんの言葉に二人もうんうんと頷いている。まぁ、楽しんでくれたみたいで何よりです。
「それじゃあ続いて、高校時代の話をしてくださいますか?」
「えっ? 高校時代もですか?」
「はい! 私は是非、聞いてみたいです」
「楓ちゃんの言う通りね。私はむしろ、そっちの方がききたかったのよ。二人がお互いを異性として意識し始めた時期でもあるわけだから」
見ると、美優さんも聞きたそうに瞳を輝かせていた。これはとても断れそうもないけど……一応、心に視線を送る。
「どうする?」
「中学時代の話もしちゃったし、別にいいんじゃない?」
「確かにいいんだけど……」
「あー、もしかしてキスした事を言おうか悩んでる?」
「お、おいっ! そのことは――」
「あっ!」
『キス?』
口を滑らせた心に、早苗さんたちの視線が集中する。いきなりキスなんて言われたら、気になるのも当然だろう。
「キスってどういう事なの? 二人がキスしたのって、付き合ってからが初めてじゃなかったっけ?」
「いや、それは……あはは」
「諦めろ心。これは口を滑らせたこっちが悪い」
三人からの視線がより一層強くなり、益々話を逸らせない雰囲気が強くなる。これはもう、高校時代の話をするついでに言ったほうがいいだろうな。俺と心からしてみれば、これもあまり言いたい話じゃないんだけど……。
「それじゃあ高校時代の話もしちゃいますか。その前にお酒とおつまみの補充をして……」
準備を整え、昔話は高校時代へと突入していくのだった。