「そう言えば大和って事務所のクリスマス会、参加するの?」
「参加するよ。というか、俺は強制参加だって千川さんに言われた」
「まぁ大和は半分プロデューサーみたいなものだし、参加しろって言われても仕方ないかもね☆」
「アイドルの子たちと面識あるからいいけどさ」
季節は早いもので12月。それも、もうすぐクリスマスという所まで来ていた。
そして今、話していたのは毎年事務所のアイドルやプロデューサーの人たちが集まって行われるクリスマス会の事である。
お酒は未成年の子たちもいるから出ないけど、色々な料理が出たり、プレゼント交換会、豪華景品をかけたビンゴ大会なんかも行われたりするので、基本的に忙しくなければアイドルの子たちはみんな参加していた。
日付は12月24日。心も参加するし、俺は先ほど言った通り。まぁ、このクリスマス会には一年間お疲れさまでしたという意味もこもっているので、豪華な賞品も出るみたいだ。
去年、俺も参加したがビンゴ大会でギフト券が当たり地味に嬉しかったのは記憶に残っている。というか、やたら景品が豪華だったのは俺の気のせいじゃないだろう。明らかに「これ、景品にしていいの?」って商品もあったし。
「心も参加するんだっけ?」
「おう! 24日の仕事は午前中までだから問題なく参加できるよ。……まぁ、問題はあたしたち二人がいると、質問攻めをくらうかもしれないってことだけど」
「あー、確かにそれはあるだろうな。早苗さんたちは別として、他の子たちにはあんまり話してなかったわけだし」
二人揃ってげんなりとした表情を浮かべる。早苗さんたちですらあれだけグイグイ聞いてくるのだ。
女子中学生、女子高生のアイドルたちは、二人揃った俺たちを見ればそれこそ水を得た魚のようにグイグイ来るだろう。年齢的にも恋バナが大好きだったり、恋に憧れたりするんだから余計に。
小学生くらいのアイドルたちなら質問も可愛いだろうし、いいかもしれないけど。あとは大人組も大人組で厄介だ。そっちから俺たちに絡んできたのに、最終的には話を聞いて「惚気ないで!」とか言われそう。
お酒が入っていないだけましである。入っていたらと思うと……これ以上は考えないほうがよさそうだ。
「だけど、俺たちが傍にいなければいいんじゃないか?」
「それもそれで『ねぇねぇ、大和さんの傍に行かないの!?』とか『喧嘩でもしてるの!?』って言われて五月蠅そう……」
「うーん、それだと当日は何も考えずにいたほうがよさそうだな。変にかわそうとすると墓穴を掘りそうな気がするし」
「大和の言う通りだね~。じゃあ当日はそんな感じで頼んだぞ☆」
「任せとけ。それと……25日の夜は大丈夫そうか?」
俺は気になっていたことを心に尋ねる。
「あっ、それについては大丈夫! プロデューサーが必死にスケジュールを調整してくれて夜を開けてくれたから☆」
「それを聞いて安心したよ。行ける前提で予約はしてたけど、これでダメだったらお店をキャンセルしなきゃいけなかったからさ。心のプロデューサーさんにはお礼を言っておかないと」
実を言うと、俺たちのクリスマスは25日の方が本番だった。今も言った通り、心と一緒に食事に行く予定である。
元々、クリスマスはデートでもしようかと話していたのだが心の方に仕事が入ってしまい、食事だけということになったのだ。
しかし、最初は夜まで仕事が入っていたことを考えれば、スケジュールを調整してくれた心のプロデューサーさんには感謝しないといけない。
「ところで、その日のお店って分かる? 夜を開けてくれたとはいえ、待ち合わせの時間ギリギリまで仕事が入ってるんだよね。だから、プロデューサーがその場所まであたしを送ってくれるみたい」
「マジか。そうしてくれた方が俺も助かるからありがたいよ。遅れると色々面倒だから」
「まっ、あたしとしては当然だと思うけどね。まだイベントで受けた辱め、忘れたわけじゃないからさ☆」
結構根に持ってたんだな、あの時の事……。久しぶりに心の黒い笑顔を見た気がする。
まぁ、あの時は相当恥ずかしかったみたいだし、仕方ないかもしれない。もしかすると、スケジュール調整、心の方から何かしらの圧力をかけたのかな? ごめん、心のプロデューサーさん。
「えっと、それじゃあお店の名前、まぁホテルでもあるんだけどそこの名前と住所を教えておくから、メモ帳にでも書いておいてくれ」
「ホテルで食事なんて大和も粋なことをするようになったね☆」
「クリスマスだしな。それにご飯も美味しいらしいし、夜景も綺麗だって有名だからいいかなって。時期が時期だし、予約が取れるのかが一番心配だったんだけど、無事にとれてよかったよ」
「それじゃあ25日はすごーく期待して待ってるからな?」
「すごーくはちょっと自信ないけど、ある程度だったら期待していいから、お仕事頑張ってくれ」
「任せとけって☆」
そんなわけでお互いに仕事をこなしているうちに、まずはクリスマス会の行われる12月の24日になった。
☆ ★ ☆
「それでは今日は普段のお仕事、お疲れ様という意味も込めてみんな楽しんでください。かんぱーい!」
『かんぱーい!!』
アイドル部門のお偉いさんの音頭の後、会場の至る所からコップをカチンと合わせる音が聞こえてくる。
そんな俺も多分に漏れず、近くにいたプロデューサーさんたちとグラスを合わせていた。中身はもちろん烏龍茶。前も言ったけど、お酒は飲めないからね。まぁ、一部のアイドルたちからは不満の声が上がったらしいけど。
会場は、346プロ内にあるかなり広めの部屋を貸し切る形となっている。まぁ、346プロのアイドルたちはかなりの数がいるので、広くなるのも仕方ないだろう。俺だってまだ知らない人がたくさんいるわけだし。
「いやー、大和君も今日までお仕事お疲れさん」
「まだ年末まで少しだけ仕事は残ってますけど、ひとまずお疲れ様です」
えっと、この人は主に小学生のアイドルの子を担当しているプロデューサーだったはずだ。例えば千枝ちゃんとか桃華ちゃんとかいった感じである。
最近は小学生のアイドルたちのユニットで『ドレミファクトリー!』を歌っていたのも記憶に新しい。
「この前のイベントお疲れ様でした。大成功みたいで良かったですね」
「いやー、結構苦労もあったんだけど無事成功してくれてよかったよ」
達成感溢れる表情を浮かべるプロデューサーさん。小学生たちだけのユニットは色々と大変だと思うので、疲れるのもある意味当然だと思う。
「それにしてもちょっと見てくれよ。この前の仕事の写真なんだけど」
ん? 一体何だろう。ニコニコしながら写真を見せてくるプロデューサーさんのスマホを覗き込む。その写真というのがこの前のイベントで撮ったものらしいのだが、
「いやー、みんな可愛いだろ? 特に晴なんて最高だよな? ほんとに可愛くなっちゃって」
うーん、字面も絵面も相当に悪い。別に写真は普通で、実に微笑ましいものなんだけど、その写真を見ていい大人が「可愛い、可愛い」と連呼するから途端に事件性を感じる。
事情を知らない人が今のプロデューサーと写真を見たら、ロリコンを発見したということで白い目で見られるだろう。最悪通報される。
「最初は可愛い衣装着るのに抵抗があったのに、何とか自分の魅力に気付いてくれて衣装を着てくれてさ。そしたらやっぱり可愛いんだよ! というか、晴に似合わない衣装なんてないと思う――」
その後、プロデューサーさんによる怒涛のマシンガントークが繰り広げられ、解放されたのは10分ほど経った頃だった。
「つ、疲れた……」
俺はため息をつきながら烏龍茶を口に含む。彼は良いプロデューサーだけど、道を踏み外さないことを祈るばかりだ。
「あっ、大和さんだ! やっほー!」
「ん? って、加蓮ちゃんか」
声をかけてきてくれたのは北条加蓮ちゃん。後ろには渋谷凛ちゃんと神谷奈緒ちゃんもいる。
この三人は同じユニットのメンバーでもあり、仲もいいので一緒にクリスマス会を楽しんでいたのだろう。ただ、何となく嫌な予感がする。
「俺なんかに声をかけてくるなんてどうかしたの?」
「いやー、ちょっと聞きたいことがあってね。はぁとさんとクリスマスは一緒に過ごさないの? 今日も二人してクリスマス会に参加してるわけだし」
「……あー、やっぱりそれを聞いてくるんだ」
嫌な予感は的中した。誰かには聞かれると思ったけど最初は加蓮ちゃんだったか。まぁ、事務所で付き合ってるのは非常に珍しいので、女子高生でもある加蓮ちゃんたちが気になるのもある意味当然だろう。ただ、特に隠すことでもないので明日の予定を三人に話すことにする。
「俺たちは明日の夜、食事に行く予定なんだよ。だから今日のクリスマス会に参加してるってわけ」
「あっ、そうだったんだ! てっきり、予定が合わなかったのかと」
「それは、心のプロデューサーさんが必死に調整してくれたらしい」
「だから、この前はぁとさんのプロデューサーの目が死んでたんだ」
どうやら心が圧力をかけたということは間違ってなかったらしい。苦笑いの凜ちゃんの表情と言葉で全てを察する。
「だけどいいのか? 明日食事に行くとはいえ、今日も一緒に居なくて?」
奈緒ちゃんが遠くで奈々さんや、早苗さんたちとはしゃいでいる心に視線を向ける。
「心配してくれてありがとう。だけど、大丈夫だよ。普段から一緒に居るわけだし」
「ふ、普段からっ!?」
顔を真っ赤にして奈緒ちゃんが叫ぶ。あれっ? ほぼ同棲状態ってこと事務所の中に伝わってなかったっけ?
早苗さんとか、楓さんとかがてっきり話してるもんだと思ったんだけど。アイドル部門に俺たちの情報がどれだけ伝わっているのかがよく分からない。
「加蓮ちゃん、俺たちがほぼ同棲してるって事務所内に伝わってないの?」
「アタシは知ってるよー!」
「私も聞いてるかな」
「はぁっ!? なんで二人は知ってるんだよ!?」
「事務所にいれば何となく伝わってくるでしょ? 逆に奈緒が知らなかったのにびっくりだよ」
「奈緒ってよくわかんないところで抜けてるよね」
「い、いやいや、あたしと同じで知らない人も絶対にいるって!!」
「えぇ~、奈緒だけじゃない?」
「奈緒だけだね」
「ふ、二人とも!!」
気付いたら奈緒ちゃんが二人にいじられていた。ほんと、この三人は仲がいいなぁ。取り敢えず分かったのは、やはりほぼ同棲しているという情報は事務所内に伝わっているということ。隠してるわけじゃないので別にいいんだけどさ。
そんな三人を残して俺は料理を取りに行く。
「あらっ? 大和さんじゃない」
「大和さん、久しぶりだね!」
声をかけてきたのは速水奏ちゃんと城ヶ崎美嘉ちゃん。二人は先ほどの三人と同様、同じユニットに所属しているので仲がいいのだろう。
「二人とも、楽しんでる?」
「えぇ、楽しんでるわよ。こうして皆と過ごすクリスマスもいいものね」
「あたしも楽しんでるよ! あっ、でも大和さんははぁとさんと一緒に過ごさなくてもいいの?」
ニヤニヤとした表情で俺を見つめてくるのは美嘉ちゃん。これまた隠す必要もないので、先ほど加蓮ちゃんたちに話した内容と二人に聞かせる。
「……なるほど、だから今日は二人して事務所のクリスマス会に参加してるのね」
「そういうこと。まぁ、クリスマス本番は明日ってところかな」
「だけど、大和さんも結構ベタな事するのね。てっきりそういうのは嫌いなタイプだと思ってたけど」
「時間が取れなかったってのもあるけど、せっかく付き合い始めたんだ。クリスマスくらいはベタでもいいかなって思ったんだよ」
「ふふっ、大和さんのそう言う所嫌いじゃないわよ?」
色っぽく微笑む奏ちゃん。その笑顔からは大人の魅力がこれでもかと溢れだしている。
……こうして話してると忘れちゃうけど、この子まだ高校生なんだよなぁ。バーカウンターに座って、カクテルを飲んでいても高校生だと疑われないと思う。
「でも、大和さんとはぁとさんって意外としっかりカップルやってるんだね」
「意外とって、酷いなぁ美嘉ちゃん」
「ごめんって★ だけど、大和さんってそんなにグイグイ行くようなタイプに見えないからさ。はぁとさんが、やきもきしてるんじゃないかって思ったんだ♪」
「……そうだ。ねぇ美嘉。カリスマギャルとして大和さんにクリスマス当日のアドバイスをしてあげたらどうかしら?」
「へっ!?」
奏ちゃんからのキラーパスに美嘉ちゃんが目を白黒とさせる。これは完全に美嘉ちゃんをからかう時の奏ちゃんだ。心なしか声も弾んでいる気がする。
「そうだな。俺もクリスマスに食事に行くのは初めてだから、カリスマギャルである美嘉ちゃんに教えを請おうかな」
「や、大和さんまで!?」
だからといって、助けるということはないんだけど。事務所のみんな、美嘉ちゃんが純粋で真面目だってことは知っているのでからかうのは非常に面白いのだ。
「大和さんもこういってるし、美嘉もちゃんと答えてあげないと」
「え、えぇーっと……ま、まずは、はぁとさんの事を車で迎えに行ってから、助手席にはぁとさんを乗せて食事場所まで行って、食事の後は『綺麗な夜景があるんだけど』って大和さんからはぁとさんを誘って……」
頬を真っ赤にして俺にアドバイス(美嘉ちゃんの妄想)を伝えてくる。うんうん、カリスマアイドルはやっぱり言うことが違うな。すると奏ちゃんが冷静にツッコミを入れる。
「……美嘉ってば大和さんの事なのに、自分とプロデューサーとの妄想を大和さんに押し付けちゃ駄目でしょ? そういうことは実際に美嘉のプロデューサーとしてから言わないとね」
俺の言いたかったことを素直に言ってくれる奏ちゃん。そして美嘉ちゃんは案の定、奏ちゃんの言葉に顔を真っ赤にさせた。
「っ!? かッ、かなッ、かなッ、かなぁ~~ッ!!」
「ふふっ、セミかしら? それじゃあ大和さん、私はこのへんで失礼するわね」
スタスタと去っていく奏ちゃんを美嘉ちゃんが「かなかな」言いながら追いかける。今日も美嘉ちゃんは可愛かった。
その後は別のアイドルの子たちと話したり、ビンゴ大会が行われたり、プレゼント交換会が行われたりと、クリスマス会は好評のまま幕を閉じることになった。
明日、後半部分投稿します。