「それじゃあこの後は一回事務所に戻って、そこから大和君との待ち合わせ場所に送ってくから」
そして12月25日。仕事の終わったあたしは、プロデューサーの運転で事務所まで戻っているところだった。
「おう、頼んだぞプロデューサー☆ 今日は予定よりも早く仕事も終わったし! ところで、どうして一回事務所に戻るんだ?」
今言った通り、当初の予定より一時間ほど早く今日の仕事が終わっている。あたしとしては別に事務所なんかに戻らなくていいから、逆に自宅マンションに送ってほしいところだったんだけど。
「……いや、ちょっとやることがあってな。まぁ、気にしないでくれ」
「そう? それならいいけど。取り敢えず安全運転で頼むぞ☆」
話し出す前に少しだけ間があった気がする。だけど、気にしないでくれって言ってるし気にしないようにしよう。
10分くらいで事務所に到着し、あたしは中へ。すると、
「ふっふっふ、待ってたわよはぁとちゃん!」
なぜか早苗さんや川島さんがドヤ顔で仁王立ちをしていた。
「えっ、なに?」
「楓ちゃん、美優ちゃん、はぁとちゃんを捕まえて」
「分かりました♪」「はい!」
「えっ、だからなにっ!?」
訳が分からないまま左腕を楓ちゃんに、右腕を美優ちゃんにがっちりと掴まれる。意味が分からないし、早苗さんは質問に答えてくれないし……。
「ぷ、プロデューサー!?」
「大丈夫。早苗さんたちに任せておいたら大丈夫」
何が大丈夫なのか、その理由を頼むから説明してほしい。しかし、プロデューサーは早苗さんたちなら大丈夫だからと頷くばかりである。
こっちは何も大丈夫じゃないんだけど。
「はい、はぁとちゃん。そこに座って。暴れないようにね?」
いや、腕をがっちりつかまれて暴れるも何もないと思う。……そこ、頑張れば抜けられるんじゃね? とか言うんじゃねぇよ☆ 流石に無理だぞ☆ はぁとは女の子だからな☆
取り敢えず抵抗してもしょうがないのであたしは指定された椅子に腰かける。
「それじゃあちょっと時間かかるかもしれないけど、悪いようにはしないから」
川島さんの言葉にあたしは覚悟を決める。なにをされるか分からないけど、ここまでくればなるようにしかならないので仕方がない。
「分かりました。でも、約束の時間に遅れる前に終わらせてください」
「そこら辺は任せて頂戴! それじゃあ早速――」
そこから約30分が経過し、
「よしっ、これで完璧よ!」
あたしは早苗さんたちによって……完璧にコーディネートを施されていた。あたしはげんなりとしつつ、早苗さんたちを見つめる。
「メイクとか髪とか、セットしてくれるんなら最初からそう言って下さいよ……」
「いやー、ただでやっても面白くないかなって。でも、安心して。いまのはぁとちゃん、最高にスウィーティだから」
川島さんの言う通り、今のあたしは鏡で見た限り多分過去最高くらいにスウィーティだと思う。
いい感じに化粧を施した顔、髪も普段のツインテールではなく今回はおろして軽くウェーブさせている。ドレスもいつものふりふりは鳴りを潜め、清楚でシックなオレンジ色のドレスとなっていた。
「うんうん、これで大和君へのサプライズも完璧ね」
「大和さんの驚く顔が目に浮かびます♪」
「確かにびっくりするかもね。あたしがこんなに気合入れてる姿なんて、想像もしてないだろうから」
一応、お店の雰囲気的に普段よりはしっかりした格好をしてきてくれって言われてたけど、流石にここまでは大和の予想の範囲外だろう。
「よしっ、これで準備の方はバッチリだな。時間も迫ってきてるし、大和君の所に向かおうか」
「ほんとだ。それじゃあ、送迎よろしくなプロデューサー☆ みんなもわざわざありがと☆」
「気にしないで。私たちが好きでやってるんだから。でも……お土産話は期待して待ってるわね」
「あ、あはは……まぁ、期待しないで待ってもらえると助かります」
どうせ根掘り葉掘り聞かれることになるんだろうけど……。多分、あたしをメイクしてくれた理由の8割は、お土産話を期待しての事だろう。後の2割は善意と信じたい。
(でも、メイクとかをしてくれたのは素直に嬉しかったから、今度お土産話片手に何かしてあげないとな~)
そう思って少しだけ口元が緩むあたしだった。
☆ ★ ☆
「さて、そろそろ心が来る頃かな……」
腕時計を見ながら既に暗くなった夜空を見上げる。今日は一日中いい天気で、今も夜空には星が煌めいている。ホワイトクリスマスにはならなかったけど、これはこれでいいものだ。田舎なら、もう少し綺麗に星が見えると思うと少しだけ残念な気がしないでもないけど。
ちなみに今日の服装はスーツだ。お店の雰囲気的に正装の方が無難かなと思ったからである。もちろん心にも伝えてあるが……心配だ。フリフリのドレスなんか着てきそうで。
(まぁ、流石にないとは思うけど)
しかし、我が道をいくアイドルの典型例的な存在なので心配っちゃ心配だ。そんな心配をする俺の視線の端に見慣れた車が一台、近づいてくるのが見える。
その車は俺の目の前で止まり、助手席の扉があくと……中から知らない女性が出てきた。
「ありがとな、プロデューサー☆ 早苗さんたちにもよろしく! ……ふぅ、ごめんな大和。待たせちゃったみたいで」
固まる俺を他所に、その女性はフランクな感じで話しかけてくる。
「…………」
「ん? おーい、大和? おーいってば! あれー、寒すぎて凍っちゃったのかな?」
こんな美人で、スタイルもよくて、美人な知り合い俺にはいない。だけど、俺に話しかけてきてるってことは知ってる人ってことだよな。
確かに声や容姿は俺の彼女によく似ていて……。
「……もしかして、いつもよりスウィーティーなはぁとの姿に声も出ないって感じ? いやーん、はぁと照れちゃう☆」
見知った台詞が彼女の口から飛び出す。あっ、この人は俺の知ってる人だ。
「痛いセリフで確信したよ。お前、心だな?」
「バカにしてんのか☆」
一瞬、美人になり過ぎて取り乱してしまったが、目の前にいる彼女は佐藤心で間違いない。元々痛い言動さえ除けば容姿はほぼ完ぺきと言われている彼女なので、少し工夫するだけでその魅力が倍近くになるのだろう。
「ごめんごめん、バカにはしてないけどちょっとびっくりしてさ」
「ふぅ~ん。……それで聞きそびれてたけど、いまのあたしをみて大和はどう思った?」
そう言われて俺はもう一度、心の姿を見つめる。……まぁ、言うことなんてほとんど決まってるようなもんなんだけど。
「すごく綺麗だよ。正直、驚いた」
「ふふっ、やっぱりさっき固まってたのはあたしのスウィーティーな姿に悩殺されたって感じ? 大和も可愛いところがあるなっ☆」
得意げに笑顔を見せる心。俺はそんな彼女の耳を隠していた髪をかき上げる。すると、隠れていた耳は真っ赤に染まっていた。
多分、さっきの言葉は照れ隠しだったのだろう。
(これだから俺の彼女は困る……)
今度は心が固まり、俺はポンッと彼女の頭を軽く撫でる。
「照れるんだったらちゃんとわかるように照れてくれた方が、可愛げがあって俺はいいと思うんだけど?」
「う、ううう、うるさいっ!!」
「よし、時間にもなったしさっさと行きますか」
「ちょっ!? あたしの話はまだおわ――」
ギャーギャーうるさい心の手を取ってホテルの中へ。エレベーターで目的の階に向かう。
「ちなみに、そのドレスとかメイクとかは早苗さんたちが?」
「相変わらず察しがいいな。一時間くらい仕事が早く終わって事務所についたら早苗さんたちがいて……気付いたらこんな感じになってたんだよ」
「……もしかして、仕事自体は元々それくらい終わる予定で、心のメイクアップ込みで今日の時間だったんじゃ?」
「多分……っていうか確実にそうだと思う」
「こりゃ、プロデューサーと早苗さんたちに一本取られたな。まぁ、俺からしてみたら貴重な心の姿を見れてラッキーだったけど」
「心はアイドルだからどの姿も貴重だぞ☆」
「普段の姿はお腹一杯」
「ふざけんな☆」
冗談はさておき、俺たちの乗ったエレベーターは目的の階に到着し、その階にあるレストランへと向かう。
「予約してた八坂ですけど」
「八坂様ですね。それではどうぞこちらの席へ」
受付の方に案内され、俺と心は窓側の席に座る。他にもお客さんの姿はかなり見受けられたが、幸いにも二人の世界に入っているカップルが多かったので、心だとバレずに済んだ。
まぁ、今の姿は普段が普段なだけに分かる人は少ないと思うけど。
「それではどうぞごゆっくり」
グラスにワインを注いでウェイターの方は一度下がっていく。俺と心はワイングラスを持ち、
「それじゃあ乾杯」
「乾杯!」
カチンとグラスを合わせ、ワインを口に含む。ワインなんて普段は飲まないけど、こういう所で飲むワインは景色も相まってとてもいいものだ。心も同じことを思っているのか、うっとりと目を細めている。
こうしてみると、普段の服装や髪形が違うだけでほんと別人に見えるから不思議だ。そのうちに料理も運ばれてきたので、適当に会話をしながら料理を楽しむ。
「それにしても大和の言ってた通り、景色のいいところだよね」
ある程度食事も進んだところで、心が改めて窓の外に視線を移す。眼下には言葉では表現できないほど綺麗な夜景が広がっており、このレストランの評価が高いのも納得だ。料理の味や接客態度も文句なしに良かったし。
「写真で見た感じは普通に綺麗だったけど、こうして自分の目で見るとそれ以上に見えるな」
「うん。あっ、でも大和は夜景よりも目の前にいるはぁとに魅了されちゃった感じかな?」
「あー、はいはい。そうですね」
「魅了されたって、心を込めて言えよ☆」
ホテルに着いた時からずっと魅了されっぱなしだから……なんて絶対に言ってやらない。言ったら絶対調子にのるからな。
「うーん、料理も美味しかったし大満足だよ!」
デザートまで食べ終え、心は満足げな表情を浮かべる。
「それなら良かったよ。……じゃあ忘れないうちに」
俺はそう言ってラッピングされた箱を取り出す。
「ほい、ベタだけどメリークリスマス」
「……おぉ、大和にしては珍しい、ちゃんとラッピングされたプレゼントだ」
「余計なこと言うんじゃねぇよ。去年までは付き合ってなかったんだし、幼馴染だったからあんまり気にしてなかったんだ」
驚きの表情を浮かべる心に、俺は少しだけ頬を赤くしながら答える。
去年もクリスマスプレゼントをあげていたのだが、ラッピングをせずにそのまま渡していた。ラッピングして渡すのが何となく気恥ずかしかったためである。
「……というか、お前だって去年のプレゼントはそのまま渡してきたじゃん」
「あれっ? そうだったっけ? 去年の事はもう忘れちゃった☆」
都合のいい奴め……。そこが心らしくていいところなんだけど。
「まぁまぁ、取り敢えずありがとね、大和。ちなみに中身は?」
「それは食事が終わってからのお楽しみってことで」
「あたしからもお返し。プレゼントはもちろんは――」
「そう言うのいいから」
「せめて最後まで言わせろや☆ ……全く。はい、本当にプレゼント」
心も俺と同じくラッピングされた箱を取り出す。
「ありがとな。これも食事が終わってからゆっくり見させてもらうよ」
「結構頑張って選んだから期待して!」
自信ありげな心の様子に俺も笑みを浮かべる。多分、ふざけたようなプレゼントじゃなくてきちんと選んだものだから開けるのが楽しみだ。
「食事も終わったし、プレゼント交換も済んだから、後はタクシーでも拾って帰ろっか」
「いや、今日は帰らないぞ」
「えっ? どゆこと?」
「ここのホテルの部屋を一つ取ってあるから」
キョトンとした表情を浮かべた後、心は心底驚いたような顔をする。
「……ほんと、今日の大和は大和じゃないみたいだな」
「大きなお世話だよ。取り敢えずチェックインだけ済ませちゃうから」
心の手を引いて、ホテルのフロントへ向かう。
「八坂様ですね。お部屋まで案内させていただきます」
案内された部屋はネットの評判通り、二人で止まるには広すぎるくらいの部屋だった。まぁ、今日はクリスマスだしこれくらいの贅沢をしても文句は言われないだろう。
「うわぁ、広いね! 布団もふかふかだし」
二つあるベッドのうち、1つに腰掛けた心がベッドを手でポンポンと叩いている。俺の部屋にあるベッドよりも明らかに寝心地はよさそうだ。
「頑張って結構いい部屋取ったからな」
「なんか、これだけいい部屋に泊ると後で罰が当たりそう」
「お互い普段は仕事を頑張ってるんだし、罰なんか当たらないよ。それより、ドレスがしわになっちゃいけないから先にシャワーを浴びてきたらどうだ?」
「確かにそれもそうだね。じゃあお言葉に甘えて」
「着替えはもう用意してあるみたいだから、それを使ってってさ」
「了解!」
心が浴室へ向かった後、俺もスーツの上を脱ぎネクタイを緩めつつ外の夜景に視線を移す。
(去年の今頃はこんなことになるなんて想像もしてなかったな)
去年のクリスマスも心と一緒に過ごしたけど、特別な雰囲気になることなんてもちろんなかった。まだ心はアイドルをはじめたばかりで、俺も社会人三年目でようやく仕事にも慣れてきた頃。
お互いの事を意識してはいたのだが、関係を先に進める余裕なんてほとんどなかったのだろう。
「お待たせ大和。お次どうぞ」
「……おう」
一瞬、湯上りの心に見惚れてしまったのは内緒だ。あいつの湯上り姿なんてもう何度も見ているはずなのに……。彼女の雰囲気がそうさせるのか、はたまたいつもと違う部屋だからなのか。理由は分からないけど、俺も早くシャワーを浴びてしまおう。
シャワーを浴び終えて戻ってくると、心はベッドの端に腰掛けていた。手には先ほど渡したプレゼント。俺も彼女に倣ってベッドの端に腰掛ける。
「……開けてもいい?」
俺が頷くと心は丁寧にラッピングを解き、箱を開ける。
「これってネックレス?」
「そうだよ。センスがないかもだけどそれは許してくれ」
心に選んだプレゼントはネックレスだった。彼女は普段、自分で作った小物なんかは持っていても、ネックレスとかのアクセサリーは衣装とかでしか見たことがなかったので選んで見たのである。
……まぁ、選ぶにあたっては早苗さんや川島さんに相談したんだけど。
「大丈夫、大和にしてはセンスがあると思うから!」
「大和にしては、が余計だよ」
「ねぇねぇ、ネックレス着けてくれない?」
「えっ、俺が?」
「そう、大和が!」
言うがままにネックレスを手渡してきたので、俺は彼女の首にネックレスをつけることに。
ネックレスなんて着けたことなかったから若干手間取ったけど、何とかつけることができた。
「どうかな?」
「……似合ってるよ」
「あれ~、今の間は何かな大和くーん?」
ニヤニヤといじる気満々の声色。こうならないよう注意してたのに結局間が空いてしまった。理由? 今さら言わせんなよ……。
「ふふっ♪ 取り敢えず傷ついちゃいけないから箱の中に戻して」
ご機嫌なままネックレスを箱に閉まった後、改めて心が驚きの声を上げる。
「このネックレスといい、このホテルといい、普段の大和はどこに行っちゃったの? あたし、こんな大和は知らないんだけど?」
「だから、今日は特別なんだよ。恥ずかしいからあんまり言わないでくれ」
不貞腐れてそっぽを向く。はぁ、やっぱり慣れないことをするもんじゃないな。俺が少しだけ後悔していると、心はなぜか俺の後ろに回り込み、
「うそうそ、冗談だよ。……ほんとは全部照れ隠しなんだ」
腰に手をまわして、背中に顔を埋めてきた。そしてボソッと呟く。
「嬉しかった。ずっと、こんなクリスマスを大和と過ごせればいいなって思ってたから。だから……ありがとね、大和」
我慢できなかった。俺は腰にまわされていた手を優しく解くと、彼女の方に向きなおる。
「あっ……」
心の顔は真っ赤で瞳は涙で潤んでいた。そんな彼女を躊躇なく自分の胸へと引き込む。
「お前さ、ほんとにずるいよ。さっきまで散々言ってたくせに……最後に素直になるのはほんと卑怯」
「う、うっさいな……」
そのまま心を抱き締め続ける。お互いの身体が熱い。
「心……」
少し力をいれると、彼女の身体は驚くほど簡単に後ろに倒れた。そのせいではだけた胸元が俺の劣情を煽る。
「大和……」
俺の名前を呼んだその唇に吸い寄せられるようにしてキスをする。
「んちゅ……っ、……ぁん……んふぅ……」
舌を絡ませると彼女の口から艶めかしい嬌声が漏れた。その甘い声が俺の興奮をさらに増強させ、夢中になって舌を動かす。
更に右手で心の胸を優しく包み込むようにして撫でると、彼女の身体がピクッと跳ねる。
「やっ……だめっ、やまと……んんっ、……っ……んちゅ」
キスを継続しつつ、胸の愛撫はやめない。
しばらくして唇と手を離すと、瞳がとろとろに蕩け頬を紅潮させる心と目が合った。
「はぁ、はぁ……、いいよ。……我慢しないで。あたしだってもう、我慢できないから」
俺たちはもう一度キスをし……身体を重ね合ったのだった。
ちなみに心が大和にあげたプレゼントはマフラーでした。