佐藤心が隣にいる日常   作:グリーンやまこう

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 後書きに盛大なネタバレが書かれているので、気にしないって人以外は本編を読んでから後書きを読んでください。


旅行

 さて、俺たちが実家に帰省をしてから約5か月が過ぎ去ろうとしていた。季節は既に4月を通り越し、5月の中旬になっている。

 その間、初詣に行ったり、バレンタインがあったり、色々なことがあったのだが伝えるほどでもないので割愛させてもらう。そして現在、俺と心が何をしているのかというと、

 

 

「ねぇねぇ、京都までは新幹線でどれくらいかかるの?」

「えっと、大体2時間ちょっとくらいかな。まぁ、昨日も仕事だったわけだしのんびり揺られてればいいんじゃないか?」

「それもそうだね。大和も昨日は残業だったんでしょ?」

「アイドルの子たちの送迎とかが入ったりして、本来の業務があんまり進まなかったから仕方がないよ」

「もう大和は事務員じゃなくてプロデューサーとして雇い直してもらったら?」

 

 

 話していた通り、新幹線に揺られて京都に向かっている最中だった。もちろん、仕事ではなくプライベートの旅行である。それも一泊二日。

 普通なら連休明けで忙しいところなのだが、俺が4月の中頃にとあることを心のプロデューサーに話したところ、彼女のスケジュールを何とか調整してくれたのである。

 その代わりにGWはあってないようなものだったが、心と泊りで旅行に行けるなら安いものだ。プロデューサーも「うまくいったら報告よろしく!」と快く送り出してくれたし。まぁ心は、「どうしてGWにここまで仕事が入ってるんだよ……」ってぶつぶつ文句を言ってたけど、泊りで旅行に行くことが決まり多少留飲も下がったらしい。よかったよかった。

 取り敢えずその事については後で謝るとして、今はこの旅行を楽しむことにしよう。

 

 

「それにしてもなんだかんだ泊りで、しかも完全プライベートで大和と旅行に行くなんて、付き合ってからは初めてじゃない?」

「言われてみると。付き合ってからは何かと忙しくて泊りで旅行に行くなんてできなかったもんな」

「日帰りとかではよく出かけたりしたけど、結構バタバタでのんびりできなかったしね」

 

 

 クリスマスの時に泊まったりしたけど、あれは家からも近かったしそこまで一緒に居たわけではないのでノーカウントだろう。

 それに心の言う通り、日帰り旅行は時間が制約されていたので二人でのんびりというわけにもいかなかったのだ。次の日はお互い、普通に仕事が入っている場合も多かったし。

 

 

「だから、今日はのんびり京都を満喫しようぜ」

「うん! 前に仕事出来た時には全然観光名所とか回れなかったから、今日は思う存分回りつくそう!」

「もう20代も後半なんだから、はしゃぎ過ぎないようにな?」

「年齢の話をするなって☆」

 

 

 話をしている間にも新幹線は目的地に向かって進んでいく。楽しい旅行になりそうだ。

 そして、こっちの方が重要なんだけど……俺は隣にいる心にもう一度視線を移す。

 

 

「ん? あたしの顔に何かついてる?」

「……いや、何でもないよ」

 

 

 俺は今日、心にプロポーズをする。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「んん~! いやー、京都を満喫したね!」

「回りたかった所も回れたし、大満足だったな」

 

 

 そして夜。俺と心は今日泊まる予定の旅館に向かっているところだった。

 今日がGW真っ只中だったら、人が多すぎて予定よりも回れなかっただろう。まぁそれでもGWよりはましというレベルで、有名な観光地は観光客で溢れていたんだけど。

 清水寺とか久しぶりに行ったけど、外国人だらけで驚いた。日本に居ながら異国の地に降り立った気分になったのは心も一緒だろう。必要以上にキョロキョロしてたし。

 

 

「それにしても、今日行った甘味処であたしがアイドルの佐藤心って気付かれた時には流石にやばいと思ったよ」

「俺も俺も。だけど、店主の人がいい人でよかったな」

 

 

 実はとあるお店で心が見事に顔バレしたのである。しかし、店主の人が心の大ファンだったらしく色々とサービスしてくれたのだ。

 最初、「佐藤心さんですよね?」と聞かれた時は肝を冷やしたが、むしろ最後にはバレて良かったとすら思ったほど。もちろん、サービスしてもらって何も返さないわけにはいかなかったので、サインと写真を撮ってあげました。

 穴場スポットということと、大きな店ではなかったからできたことである。混みそうな時間を外したので俺たち以外、人もいなかったしね。

 

 

「あの人、よくあたしだって気づいたよね。眼鏡もかけて髪もおろしてたのに」

「ファンの人だとやっぱり気付くもんなんじゃないの? というか、俺にも「しゅがはさんの事をよろしくお願いします」って挨拶してきたし。お前、ファンに愛されてるな」

「愛されてるというよりは、過剰に心配されてるだけかも。今でさえ握手会とかでも「彼氏に逃げられない様に」とか言われるから……」

「キャラがキャラだから仕方ないんじゃね?」

「キャラとか言うんじゃねぇよ☆」

 

 

 本当のことだから仕方ないじゃん。でも店主の人に対して、一瞬でいつものしゅがはに戻ったのは流石だと思った(小並感)。

 

 

「ところで、今日泊まる旅館はどんなところなの?」

「それはついてからのお楽しみということで。あともうちょっとでつくからさ」

 

 

 歩くこと5分。目の前に今日泊まる旅館が見えてきた。

 

 

「あれ、この旅館って確か……」

「そう。宵乙女の楽曲撮影の時に使った旅館だよ」

 

 

 俺があらかじめ予約をしておいたのは、以前撮影でも使った旅館だった。

 

 

「どうしてここを?」

「自分で言ったことを忘れたのか? 撮影の日の夜、今度は二人で来たいって言ってたじゃん」

「えっ、確かに言ったけど覚えててくれたの?」

「忘れるわけないだろ。だって……」

「だって、なに?」

「……いや、何でもない」

 

 

 そういって俺は強引に心の頭を撫でる。言いかけてやめたのは、普通に恥ずかしかったから。その時に心の事を、一人の女性として意識してしまったと言いたくなかったからである。この事実は俺の中だけにとどめておこう。

 

 

「そこまで言われると気になるんだけど?」

「いいからいいから。ほらっ、さっさと受付に行ってチェックインしちゃうぞ」

 

 

 しつこく聞いてくる心を適当にあしらいつつ、俺たちはチェックインを済ませ今日泊まる部屋へ。

 

 

「おぉ~。一年ぶりくらいだけど、やっぱりいい部屋だね!」

「部屋も綺麗だし、広いしな。二人で止まるのが勿体なくなってくるよ」

「大分、高かったんじゃない?」

「今日くらいは贅沢したって誰にも文句は言われないって。それよりも、まずはご飯でいいか?」

「うん! 今日は動き回ったし、お腹減っちゃったよ」

 

 

 というわけでまずは夕飯ということになった。……風呂って言われなくて一安心である。実はこの部屋を選んだのにはとある理由があったのだが、それはすぐにわかるだろう。

 

 

「じゃあご飯の時間になるまで軽くこの部屋を見て回ろ……って、あれこの部屋って外に露天風呂ついてるじゃん!」

 

 

 心が露天風呂を見て驚きの声を上げる。説明する前に気付かれてしまった。まぁ、気付かないまま後でびっくりさせるより、今説明してしまったほうがいいだろう。それに部屋についている露天風呂をずっと隠し通せるわけがないし。

 

 

「前に泊った部屋にはなかったけど、調べたらこの部屋が見つかってさ。どうせならと思って」

「こんな部屋、テレビでしか見たことないよ。大和も中々粋なことをしてくれるねぇ~」

 

 

 心はそう言って笑ったが、俺にとって本題はここからである。何度も咳払いを繰り返した後、

 

 

「それでさ、今日の夜二人で入らないか?」

「うえっ!? ふ、二人で!?」

「二人で。部屋に備え付きの風呂なら誰かが入ってくることもないし」

 

 

 変な声を出したと思ったら、みるみるうちに心の顔が赤く染まっていく。平静を装ってるけど、俺の顔もきっと赤いはずだ。

 やることはやってるけど、一緒に風呂に入るということは一度もしたことがない。住んでいるマンションの風呂では狭いし、何となくお互いに恥ずかしかったのだ。

 

 

「いや、まぁ、確かにそうだけどさぁ……」

「もちろん、嫌ならいいけど」

「…………」

 

 

 しばらく心は髪をいじったり、落ち着かない様子だったのだが、

 

 

「……うん、いいよ」

 

 

 最後にはこくんと頷いてくれた。取り敢えず頷いてくれたので俺はホッと胸をなでおろす。しかし、まだスタートラインに立っただけである。むしろ、風呂に入ってからが本番であり……。

 その後は夕食を済ませ、あっという間に一緒のお風呂に入る時間となった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

かぽーん

 

 

「……ふぅ」

 

 

 夕食後。俺は一足先に常設されている露天風呂に浸かっていた。既に身体も洗い終えている。心はもう少ししたら入ってくるだろう。

 

 

(あぁ、やばい。緊張がやばい)

 

 

 そして、俺は風呂の中で柄にもなく緊張していた。理由は言うまでもないだろう。

 

 

「……お、お待たせ」

 

 

 今にも消え入りそうな声が聞こえて俺が振り返ると、タオル一枚で身体を隠す心が浴場に入ってきたところだった。思わず呆然と彼女の姿を見つめてしまう。

 

 

「あ、あんまりじろじろ見ないで……」

 

 

 そう言って心が身をよじる。しかし、目を逸らすなというほうが無理だった。

 肉付きのいい太腿やボディラインが惜しげもなく露わになり、俺は思わず生唾を飲み込む。更にタオルで身体を隠しているとはいえ、テレビの撮影のようにガッツリと隠しているわけではない。

 彼女が身体を少し動かすたびに、大事な部分がチラチラと見え隠れする。

 

 

「…………」

 

 

 いつもの活発さは鳴りを潜め、顔を真っ赤にさせしおらしく身体を隠す姿は嫌でも俺の情欲を掻き立てる。プロポーズをする予定でなければ、間違いなくこの場で襲っていただろう。

 ギリギリのところで踏みとどまった俺は彼女から視線を逸らす。

 

 

「わ、悪い」

「う、ううん……。じゃあ先に身体を洗っちゃうから」

 

 

 心は先ほど俺も使った洗い場へ向かう。シャワーの音が聞こえてきたところで俺は「はぁ~」と深くため息をついた。始まる前からこれでは先が思いやられる。しばしの間、心が身体を洗い終えるまで待つ。

 待つこと数分。

 

 

 

「お、お邪魔します」

 

 

 

 そう言って心が俺の隣に並ぶようにしてゆっくりと温泉に浸かった。。当然、風呂の中なのでお互い何もつけていない。ただし、人ひとり座れるくらいの距離は空けている。

 しばらくお互い、無言の時間が続いたのだが、

 

 

「……それで、今日は何か話すことがあったんじゃないの?」

「……バレてた?」

「じゃなきゃ、大和がこうして一緒にお風呂入ろうなんて言ってくるわけないもん」

 

 

 内容はともかく、俺が彼女に何かを話そうとしていたことはバレバレだったらしい。恥ずかしがっていても流石は幼馴染だ。

 しかし、問題はどうやって、どんな言葉で彼女に伝えるかである。さんざん考えてはきたけど、結局カッコいいセリフなんて見つからなかった。

 

 

「いや、確かに心の言う通りなんだけど……」

「何でそんなに歯切れ悪いの? もしかして言いにくいことだったりする?」

 

 

 言いにくいっていうよりは、ただ単に恥ずかしいというか……。しかし、俺が迷っている間に心の表情がどんどんと不安げなものに変わっていく。

 恐らく、俺が迷っている姿をみてよくない話と勘違いしてしまったのだろう。これはもううかうかしてはいられない。

 

 頭の中に浮かんでいたカッコいいセリフの数々はとっくに吹き飛んでいた。でも、そんなことは今となってはどうでもいい。俺は、俺らしい言葉で……。

 

 

 

「別に言いたくなければまた別の機会でも――」

 

 

 

「結婚するか」

 

 

 

「……………………えっ?」

 

 

 

 何気ない会話をするようなテンションで俺はそう心に告げた。緊張から若干声が上ずったのは言わない方向で。

 そして隣の心からは間抜けな声が漏れる。

 

 

「えっ……はぁっ!? えぇっ!? ちょ、ちょっともう一回」

 

「うるさいな。二度は言わん」

 

 

 プロポーズってこんなに恥ずかしいものだったんだな。恥ずかしさのあまり夜空を見上げ続けていると、

 

 

「はぁーーーーー」

 

 

 大きくため息をついた心はそのまま温泉に沈み込んでいく。しばらくぶくぶくした後、勢いよく顔を上げジト目を俺に向けてきた。

 

 

「普通、大事なプロポーズの言葉をそんな簡単に言う? 大和のテンションからして、悪いことを言われるもんだとばかり……。最初、あまりにもあっさりしすぎて聞き間違いだと思ったよ」

「いや、最初は色々考えてたんだけど、こうしたほうが俺らしいかなって」

「まぁ、確かにそうだけどさ。というか、恥ずかしかっただけじゃない?」

「黙秘します。……そ、それで、返事なんだけど」

 

 

 ここまでして失敗したとか一生立ち直れないレベルで笑えないんだけど……。混浴までしてプロポーズ失敗とか、黒歴史もいいところである。

 

 

「……もう決まってるよ。だけど、ごめん。ちょっとだけ待って」

 

 

 胸に手を当て、深呼吸を繰り返す心。心臓の音が痛いほどにうるさい。多分、俺は今人生で一番緊張しているだろう。俺も心に倣って深呼吸を――。

 

 

 

「大和」

 

 

 

ざぶんっ

 

 

 

 俺の名前を呼んだと思ったら、心が勢いよく俺の胸に飛び込んできた。温泉のお湯がバシャッと音を立てて水しぶきを上げる。水面に振動が波となって広がっていく。

 その振動が収まった時には、俺と心の身体はお湯の中でしっかりと密着しあっていた。

 

 

「し、心!?」

 

 

 驚きの声を上げる俺。しかし、次の彼女のセリフで驚きはどこかへ吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

「……よろしくお願いします」

 

 

 

 

 よろしくお願いします……。何度もその言葉が頭の中で反芻する。聞き間違いじゃないよな? 俺は心と……。

 

 言葉の意味を理解した瞬間、俺は彼女の身体を力いっぱい抱き締めていた。今、胸の中にいる彼女が愛おしくてたまらない。

 

 

「大和、流石に苦しんだけど?」

「ごめん。今はちょっと我慢して」

「……仕方ないなぁ」

 

 

 心も観念したのか黙って俺に身体をゆだねてくる。しばらく彼女の身体を抱き締め続けていると、

 

 

「ねぇ、大和」

 

 

 不意に名前を呼ばれた俺は、身体を少しだけ離す。なんだろうと首を傾げ――――。

 

 

 

「キスしたい」

 

 

 

 彼女のお願いを拒む理由はなかった。

 

 

 

「んっ……」

 

 

 

 唇を重ね、そのまま彼女の咥内へ舌を這わせる。舌を絡ませるたびに悩ましい嬌声が心の口から漏れる。彼女の瞳はトロンと潤んでいた。

 

 そのままキスを続け休憩の為に一度唇を離すと、二人の唾液が俺たちの間で糸を引いた。彼女の頬は桜色に染まり、のぼせているのか惚けているのかよく分からない。

 

 

 その時、心の口が僅かに動いた。「もっと……」と。俺は躊躇なくもう一度唇を合わせる。

 

 

 

「んちゅ……、ぁん……、んっ……ぁっ」

 

 

 

 気付くと俺たちはのぼせる寸前まで濃密なキスを繰り返していたのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「大和のせいでのぼせるところだったじゃん」

「悪い悪い。ちょっと我を失ってたというか、我慢できなくてつい」

「まったくもう……」

 

 

 あたしは髪を拭きながら大和に軽く文句を言っていた。今はお風呂から上がり、お互い浴衣に着がえている。

 気持ちが高揚したのは分からなくもないけど、のぼせる寸前になるまでキスをし続けないでほしい。まぁ、キスを止めるつもりのなかったあたしが言えることじゃないんだけど。

 それに、キスをせがんだのはあたしで、もっととねだったのもあたしなんだけどさ。おかげで身体の奥が熱くなって……ゲフンゲフン。

 

 

(それにしてもなんだか実感がわかないな~)

 

 

 部屋の中にある椅子に座りつつ、あたしはぼんやりと外を眺める。プロポーズされたとはいえ、身体がフワフワとしていまいち現実味がないのが本音である。

 既に結婚している人たちはみんな、こんな感じだったのかな。もしかすると、結婚式をあげればようやく実感がわくのかもしれない。

 と、ここで大和が何かを思い出したかのように声を上げる。

 

 

「あっ、そうだ。心、ちょっと目を瞑っててくれない?」

「どしたの藪から棒に目を瞑れだなんて? ……まさか、あたしに何かするつもりじゃ?」

「何かはするつもりだけど、悪いことじゃないからさ。ほらっ、さっさと目を瞑って」

「……変なことしたら容赦なく手、出すからね?」

「怖すぎだって。まぁいいや」

 

 

 あたしが目を瞑ったことを確認した大和は、立ち上がってどこかへ歩いていく。なんかガサゴソと音が聞こえてきたので、恐らく鞄を漁っているのだろう。

 一体何を出しているのか。その音もすぐにやみ、再び大和がこちらに近づいてくる。

 

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫だって」

「いや、そういって何か変な事するつもりでしょ!? 大和は変態だし」

「俺は別に心が目を瞑ってるからって、変な事するつもりは毛頭ないよ。あと、俺は変態じゃない」

 

 

 身構える私にため息をつく大和。だって、何されるか教えてもらってないから仕方ないじゃん。

 

 

「それじゃあ一体何してるんだよ?」

「せかすなせかすな。……よしっ、準備できたからもう開けていいぞ」

「う、うん……って、これは?」

 

 

 そう言われて目を開けると、大和は小さな箱を持って私の前に膝をついていた。

 

 

「まぁ、とにかく開けてみてくれ」

 

 

 差し出された箱を私は手に取る。もしかして、と思った私は自然と手が震えていた。そして箱を開くと中に入っていたのは、

 

 

「あんまり高いものじゃないけどな。結婚するなら必要だろ?」

 

 

 指輪だった。あたしは思わず手を口に当てる。

 

 

「な、なんで……?」

「言ったじゃん。結婚するなら必要だって。そんなわけで、ちょっと左手借りるな」

 

 

 言われた通り左手を差し出すと、大和はあたしの薬指に指輪をゆっくりとした仕草ではめる。

 

 

「……サイズもピッタリだ」

「心が寝てるときにこっそり調べたからな」

 

 

 いつの間に……。多分、仕事で疲れて熟睡していたところを狙われたのだろう。まぁ、あたしは寝つきがいい方なので、よっぽどのことをされない限り起きないんだけど。

 なんてことを思いながら薬指にはめられた指輪を見つめる。

 

 

(あたし、本当に大和と結婚するんだ……)

 

 

 指輪を眺めていると、大和との思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。楽しかった思い出も、悲しかった思い出も全部、ぜんぶ……。

 

 

「指輪を渡すだけなら、別に目を瞑らせる必要はなかったんじゃない?」

「いや、指輪だって悟らせたくなかったからさ。だから若干サプライズ感を――」

 

 

 大和の言葉が急に止まる。そして、

 

 

 

 

 

「……ったく、なんで今泣くんだよ?」

 

 

 

 

 

 胸の奥から熱いものが込み上げてきて、気付くとあたしの瞳から涙が溢れだしていた。拭っても拭ってもとめどなく溢れだしてくる。もう自分ではどうしようもなかった。

 

 

「……ふっ……、うぅ……」

「別に結婚するのが不安だとかで泣いてるんじゃないよな?」

「ち、……っ、ちがっ……っ、ちがうっ……」

 

 

 涙で言葉が声にならない。彼の言葉にあたしはふるふると首を横に振る。

 

 不安なんかじゃない。嬉しくてたまらないから、ずっと夢に見てきたから。

 

 薬指にはめられた指輪をみて、あたしは本当に大和と結婚するんだと実感した。ずっと隣にいてもいいんだと思うことができた。

 嗚咽の酷くなったあたしに、大和は優しい声で尋ねる。

 

 

「……嬉しくて泣いてくれてるのか?」

「……っ、ふっ……うぅ……。だ、だって……っ、ずっと……ぅっ……、や、やまとの、……っ、と、……隣に、……っ、いられるって……、思ったら……」

「はぁ……ほんと、ずるいよ」

 

 

 大和はそう言って、こつんとおでこを合わせてくる。相変わらずあたしは何も言うことができない。

 優しく頭を撫でられると、それだけで止まりそうだった涙がみるみるうちに溢れだしてくる。そんな涙を大和が指で拭うと、

 

 

「心、答えなくてもいいから聞いてくれ」

 

 

 今度は優しくあたしの身体を抱き締めてきた。

 

 

 

「簡単に幸せになろうなんて言えないけど、結婚しても俺たちらしくいような。バカなこと言って笑い合って、今日みたいにいろんなとこに出掛けて、たまに喧嘩して……そんな夫婦になろう」

 

 

 

 気の利いた言葉なんて何も返せなかった。彼の胸の中で何度も、何度も頷く。

 

 更に、あたしの今の精一杯の想いが伝わるように彼の身体を抱き締め返した。大和はそんなあたしの背中を優しくさすってくれている。

 

 結局、涙が引くのにはかなりの時間がかかってしまった。多分、今日は人生で一番泣いた日であり、これから大和に何度もいじられることになるだろう。だけど、その時のあたしは顔を赤くしながらもきっと笑っている。

 

 

 

 

 

 理由はもちろん……今日がこれまでの中で一番幸せな日になったから。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 帰りの新幹線でのお話。

 

 

「ん? 誰からだろう?」

 

 

 スマホが振動したので、何気なく開いてみる。多分、メッセージが送られてきたんだと思うけど……。そして、送られてきた内容を見た瞬間、あたしは絶句した。

 それは早苗さんや楓ちゃん、美優ちゃん(あと大和)という宅飲み組で作られたグループLINEなのだが、

 

 

『大和:大和が写真を送信しました』

 

『大和:プロポーズして指輪を渡したら、泣いて喜んでくれました』

 

 

 いつの間に撮ったのか、その写真は昨日指輪を大和に貰って号泣するあたしの姿だった。

 あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしていると、続けざまにメッセージが送られてきて、

 

 

『早苗:可愛い』

『楓:可愛い』

『美優:可愛い』

 

 

 三人は暇なのだろうか? いや、今はそんな事どうだっていい。横で笑いを堪えている大和の肩をガシッと掴む。

 

 

「やーまーと? これは一体どういうことかな?」

「ほんの出来心だったんです。悪気はあります」

「悪気しかないじゃねーか!! 消せ! 今すぐに!!」

「断ります。俺の奥さんになる人の可愛さをみんなと共有したいんで」

「あたしはしたくない!!」

 

 

 あの時流した感動の涙を返してほしい。

 結局、事務所に戻ってから早苗さんたちに滅茶苦茶いじられました。




 サブタイトルを『プロポーズ』にしてもよかったかもしれないけど、ネタバレになっちゃうからやめました。

 そして、次回は感動? の最終回です。早めにあげられるよう頑張ります。
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