ホームビデオ
「ホームビデオの撮影?」
「そ! 今度のテレビの企画でさ、取ってきてほしいんだと」
とある日の夜。テレビを見ながらくつろいでいると、心がそんな話を俺に振ってきた。
「まぁ、ホームビデオっていうよりはプライベートの撮影って感じかな。ほら、テレビでたまにやるじゃん?」
「あー、自分の趣味を見せたり、新婚だったら旦那とこんなことしてますって見せるやつね」
「そうそう。流石大和、話が早い! 1スウィーティポイントをプレゼント☆」
「だからそのポイントは、還元率が悪いからいらないって何度も言ってるだろ」
「いらないとか禁句な☆ いらないって言われても押し付けてやるぞ☆」
「理不尽すぎだろ」
ちょっと話が脇道に逸れたが、要するにテレビ側からの要請で心の新婚生活(ギャグではない)を、視聴者にお見せしたいということなのだろう。需要があるのかどうかは別として。
「実際に需要はあるみたいだぞ」
「心を読むんじゃない」
「大和が分かりやすいだけ。まぁ、需要があるのは事実みたいだから!」
「アイドルの結婚は珍しいからとか、そんな理由?」
「そんなとこ!」
グッと親指を立てる心。実際の所、彼女は男女問わずファンも多いし、視聴者受けもいいからな。
アイドルのプライベートを覗きたいって言う一部のファンがいるのも納得はできる。ただなぁ……、
「俺、一応一般人だから、いいリアクションとか取れる気がしないんだけど」
「別に一般人の大和に、そこまで視聴者も期待してないから大丈夫だよ。むしろ、素のリアクションの方が重要だって!」
「うーん、一理あるかも」
確かに心の言う通りかもしれない。それにさっきも言ったけど、一般人の俺にリアクションを期待するのも土台無理な話だしな。
「そこまで言うのなら、俺は大丈夫だよ」
「オッケー! じゃあちっひーにも連絡しとくね。ビデオとかの機材は事務所が用意してくれるし、編集とかもやってくれるから」
「俺らがやることは撮影するってだけね。了解」
そんなわけで数日後、ホームビデオの撮影をし、事務所へ提出したのだった。
☆ ☆ ☆
「それで、なぜ俺はここに?」
「一応、テレビで流す前に確認をしてほしんだってさ」
「ごめんなさい、お仕事終わりなのに」
「まぁ、変な映像とかあったら困りますし大丈夫ですよ」
放送日まであと数日と迫った中、俺は仕事終わりにちひろさんに呼び出されていた。
別に呼び出されること自体は問題じゃない。問題があるとすれば俺たち以外に人影があること。
「楽しみですね~」
「ほんとね。一緒に飲むことはあってもプライベートの姿は知らないわけだし」
「わくわくします!」
「どうして楓さんと瑞樹さん。更には美優さんまでここに?」
「どうしてって、ちひろさんが面白いビデオを見せてくれるって誘ってくれたから」
「私は瑞樹さんに誘われました♪」
「わ、私は楓さんに誘われました」
結局のところ、元凶はちひろさんみたいだ。俺はキッと彼女を睨む。すると、
「てへっ☆」
ペコちゃんの如く舌を出すちひろさん。年上だけど引っ叩いてやろうかと思った。おのれ緑の悪魔。
「な、なんだかすいません。私も好奇心には抗えませんでした……」
申し訳なさそうな三船さん。俺はそんな彼女に大丈夫ですよと首を振る。
「三船さんはいいんですよ。好奇心とは言いつつ、いつもの如く断り切れなかっただけだと思いますから」
「相変わらず美優ちゃんには甘いんだから」
呆れた様子の心。いつも通りの事でもあるので、そこまで気にしてないみたいだけど。
「まぁまぁ、大和さんとそんなに気にしないで中身を見ましょうよ。まだ途中ですけど、結構頑張って編集もしてますから」
「そうそう。どのみちテレビで流れるんだし気にしなくていいでしょ」
「むぅ……確かにそれもそうか」
心の言葉に俺は仕方なく頷く。
「だけど、そんなに面白いシーンってありました? むしろ普通すぎてつまらないVTRだなと思ってたんですけど」
「その普通さが、今回は良かったんですよ。二人しか出せない空気感が良かったです。それに――」
『それに?』
「いや、これは実際に見てもらったほうが早いですね。それじゃあ早速再生しますね~」
気になるけど、この後どうせ流れるから問題ないか。ちひろさんが再生ボタンを押すと、既視感のある映像がテレビに流れ始めた。
『……これってもう撮れてるのかな?』
『えっと……うん。撮れてる撮れてる』
「おー、二人で写ってる姿を見るってなんだか新鮮!」
「確かに……普段は絶対に見ることのない光景だな」
画面内に写る俺と心。アイドルである心はともかく、俺まで一緒に写ることは普通ありえないからな。
「ちなみに、俺の顔はモザイクをかけるんですよね?」
「もちろんですよ。一応、大和さんは一般人ですからね」
そこら辺の配慮は十分にしてくれるらしい。芸能人の旦那や嫁って意外と顔を出すパターンも多いけど、俺は絶対にごめんだからな。
「それにしても、結構苦戦してるみたいね」
「これまでビデオカメラなんて触る機会、あまりなかったですから」
「はぁとも、いつもは取られる側だから全然使い方わかんなかったし」
説明書を読みながら、確認しながらって感じで進めたからな。予想以上に時間がかかったのはご愛敬。
「でも、いい予行練習になったんじゃないですか?」
ニヤッと、悪い笑みを浮かべるのは楓さん。俺はその言葉の意味が分からないほど鈍くはない。しかし、
「楓ちゃん、それってどういう意味?」
俺の嫁は鈍いみたいだった。素で分かっていないみたいである。
「いえ、いずれ撮る機会が訪れるだろうな~って」
「?? 大和、楓ちゃんは何を言ってるの?」
「……何を言ってるんだろうな~」
「ふふっ♪ 大和さん、私は楽しみにしてますね」
楓さんめ……遠回しに俺たちの間にできる子供の事について話してやがる。ちなみに、つけないでやってるけどまだ予定はありません。
というか、心は何で気付かねぇんだよ……。恨みがましい視線を彼女に向けると、
「ほえっ?」
ほえっ? じゃねぇよ。なんだそのとぼけ顔は。可愛いから許すけど。
「楓さん、何を言ってるんでしょうか?」
ここにも心と同類がいた。美優さんは、そのままピュアピュアな美優さんでいてください。
その後は番組用のVTRが流れていく。そして、
『以上、アイドル佐藤心のラブラブ新婚生活でした☆』
アイドルスマイルを浮かべた心が締めの言葉を述べ、動画は終了した。ラブラブって言ってたけど、そんなシーンなかった気がする。
ほんと、何でもない、普通のVTRだった。本当にこんなので視聴者は満足してくれるのだろうか?
まぁ、そこは番組の人が何とかしてくれるだろう。さて、動画が終わって……、終わって……。
「……って、あれ? ちひろさん、映像が終わらないんですけど」
「ほんとだ……あっ! もしかして、あの時止めてたつもりが止まってなかったとか?」
「正解です! だからもう少しだけ映像が続きますよ♪」
うわぁ、滅茶苦茶いい笑顔。そんなにへんてこな映像が残ってたのか? 俺の心配をよそに、動画は続いていく。
画面では撮影が終わったと思い込んでいる俺たちが、盛大に弛緩している姿が映っていた。
『……あ~、なんかいつものカメラとはまた違った難しさがあった』
『俺もなんだか疲れたよ』
ソファに座り込みながら答える心。
「はぁとちゃん、思いっきりプライベートな声になってるわね」
「普段、よく聞く声になりました♪」
「ひ、人聞きが悪いなぁ二人とも!」
「事実だし、仕方ないだろ」
「大和は黙ってろ☆」
「あ、あはは……」
そんな会話を他所に、完全プライベートなシーンは流れていく。
『よっし! 疲れを吹き飛ばすべく夜ごはん、サクッと作っちゃうから』
『今日の献立は?』
『豚の生姜焼き!』
『おー! 心が初めて俺に作ってくれた料理じゃん! 調味料の配分を間違えて滅茶苦茶しょっぱくなったやつ』
『余計なことを言うんじゃねぇよ☆ まぁ、あの時の生姜焼きがあるおかげで今の生姜焼きがあるってわけ!』
『それもそうだな。じゃあ、料理はよろしく。俺は風呂を沸かしてくるから』
『合点承知!』
そう言って心は料理、俺は風呂を沸かしに浴室へ。しばらく画面には何も映らない状況が続く。すると、瑞樹さんがぽそっと一言。
「なんだか……普通ね。普通の夫婦生活って感じね」
「普通です。つまらないです」
「普通で何が悪いんですか。むしろ、リアルはこんなもんですよ。てか、つまらないは流石に酷すぎじゃないですか!?」
「いや、ちひろちゃんがいい笑顔だったから、もっとラブラブしてる映像が流れるもんだと思ったのよ」
「わ、私もです。あの笑顔は、絶対にそういった類の映像が残ってた時の笑顔でした」
まぁ、瑞樹さんが言ってることも分かるけどな。俺だってそう思ってたし。地味に美優さんがちひろさんに対して酷いことを言っていることはスルーで。
その後は、俺が戻ってきてテレビを眺めている映像が流れる。
『よしっ! 大和~、晩御飯完成したから食器とかの準備よろしく!』
『ほいほい』
晩ご飯が完成したようで、俺が一時画面からいなくなる。そして、食器を机の上に並べる音などが聞こえてきた後、
『いただきます』『いただきまーす』
『……うん。しょっぱくない』
『どんな感想だよ☆』
『冗談だよ。めちゃくちゃうまい』
『ふふっ、ありがと』
映像は相変わらずソファとテレビを移しているので、俺たちの姿は見えない。声だけが聞こえてきている状態だ。
そんな中、再び瑞樹さんが声を上げる。
「……えっ、何この理想の夫婦。うらやま……理想的過ぎて、場合によっては死人が出るわよ」
「死人って……結婚して一年くらいですし普通じゃないんですか?」
「分かってないわね大和君は。独身者にとって、この幸せな映像は全身にライフル弾を撃ち込まれてると動議なのよ!?」
「意味が分かりませんって……」
瑞樹さんの暴論は放っておいて再び視線を映像に戻す。
いつの間にやら晩ご飯の終わっていたようで、俺たちは現在、隣同士並んでテレビを眺めている。映像でテレビを眺めている姿を見るのは、何だかおかしな感じだ。
『……おっ、この前の総選挙の様子じゃん』
『ほんとだ。最近の事のように感じるけど、実は意外と前の話なんだよね~。……そういえば、旦那として嫁の総選挙の順位はどうだったわけよ?』
『正直、なんかの間違いだと思った』
『ぶっ飛ばすぞ☆』
感想を述べた俺に、心がアイドルが浮かべちゃいけない表情を浮かべている。……いや、いつもの事か。
『ごめんごめん。だけど、びっくりしたのは否定できなくて』
『いやまぁ、確かに想定外に良い順位だったから驚いたけどさ~』
『それだけ、お前がファンから愛されてるって事じゃねぇの?』
『ありがたい話だけどね。……けどさ、大和からしてみれば複雑だったりするの?』
『えっ、何で?』
『いや、一応あたしもアイドルやってるわけで、応援してくれる男性ファンもいるわけで……嫉妬とかないのかな~って』
『あぁ、そういうこと。……別に、嫉妬してないわけじゃないよ』
俺の言葉に心は少し目を見開く。そして同じく、隣からも意外だと言わんばかりに声が漏れる。
「大和君もちゃんと嫉妬するのね」
「ちょっぴりびっくりです」
「いやいや、人の事をなんだと思ってるんですか」
「正直、あたしも言われた時は意外だった」
「嫁さんにまで言われるとは……」
散々な言われようだけど、俺だって一人の男であるわけだし、当然嫉妬だってする。だけど、次に俺が話す言葉が全てであって――。
『だけど、やっぱ嬉しいじゃん? 俺の嫁さん、こんなに人気なんだぞ。こんなに愛されてるんだぞって。だから、ちょっとくらいの嫉妬は我慢しようって思ってるんだよ』
そこで俺は微笑を浮かべ、
『特に、お前が大変だった時代も知ってるからな』
心の頭をポンッとなでる。俺の言葉に心は先ほどよりもさらに目を見開き、
『……ずるいよ』
何かをぼそっと呟く。そして潤んだ瞳で俺を見つめた後……彼女は俺の胸に顔を埋めるようにして抱き付いてきた。
『うおっ! なんだよ急に』
『んーん。何でもない』
『何でもないなら離れろよ。暑い』
『やだ☆ あたしは暑くないもん』
『やだって、子供じゃないんだから……まぁ、いいけどさ』
『ほんとは嬉しいくせに~』
『うっせ』
『ほれほれ~。可愛い嫁がくっついてるんだからもっと喜べ☆』
『可愛いとか自分で言うなよ』
『……可愛いって思ってないの?』
『…………』
『ふふっ♪ そういう素直なところも好――』
突然ぷつっという音が響き映像が途切れる。どうやら、ビデオカメラの電源が切れたらしい。
「うーん、ここで切れちゃったのが残念ですね~。もう少しでもっと面白い映像が撮れたかもしれないのに」
悪魔のような台詞を呟くちひろさん。やはり彼女は、悪魔の生まれ変わりだったか。
それにしても……やばい。客観的に自分たちのイチャイチャシーンを見るのはしんどいが過ぎる。
心も同じようで途中から「うがぁ……」と、おおよそアイドルが出しちゃいけないような声を出しながら悶えていた。
「……楓ちゃん、美優ちゃん。私たちは一体何を見せられたのかしら?」
「新婚当初の気持ちを忘れない、フレッシュなイチャイチャシーンですね」
「これは……かなり効くわね。ギリギリ致命傷で済んだってところかしら」
「み、瑞樹さん、お気を確かに!」
そして真っ白に燃え尽きている瑞樹さん。ただ、致命傷で済んだのであれば大丈夫か(錯乱)。
それにしても、あそこで映像が切れてくれて本当によかった。だってあの後は――。
「ちなみに、大和さん。あの後、心さんとはどうなったんですか?」
「どうもなってませんよ。そのまま寝ました」
「心さん、大和さんの言葉は本当ですか?」
「ほ、ほんとだぞ☆ あの日は疲れてたからそのまま寝ちゃって――」
「…………嘘ね」
『へっ?』
「絶対あの後、ピーピーピー(自主規制)」
「わぁっ! み、瑞樹さん!? い、いいい、いきなりなんてことを!?」
どうやらあまりに衝撃的な映像を見すぎたせいで、瑞樹さんの心が壊れてしまったみたいだ。瑞樹さんの言葉に顔を真っ赤にする美優さんが可愛い。
バーサーカーモードに入ってしまった瑞樹さんを元に戻すのには、少々の時間を要しました。
ちなみに一番最後、心が俺に抱き付いたシーンはもちろん放送されませんでした。しかし、この映像が入らなくてもVTR自体は大反響だったようです。
書きたい衝動にかられて復活。今後も不定期に投稿するかもです。