とある日の休日。
カーテンの隙間から覗く日差しに眩しさを感じた俺は、ゆっくりを目を開く。
「……ん~? まだ9時か。まだまだ寝れるな」
枕元に置いてある時計で時間を確認し、もう一度布団をかぶり直して目を瞑る。
平日なら完全に遅刻なのだが、今日は誰にも文句を言われない休日。思う存分眠らせてもらおう。
そして夢の世界に行こうとした、まさにそのタイミングだった。
ピンポーン
来客を告げるインターホンの音が聞こえてくる。
「……居留守を使うか」
多分怪しげな宗教の勧誘か、その他の勧誘だろう。
あいつらは基本的にこちらが出なければ帰っていくので問題ない。……と思ったんだけど、
ピンポーン
今回の勧誘者は、なかなかしつこい人物らしい。きっと上司から勧誘をとれるまで決して帰ってくるなと、くぎを刺されているのだろう。
しかし、そんな奴に同情するほど俺は甘くないのだ。そんなわけで早く帰ってほしい――
ピンポンピンポンピンポン……
「だぁーー!? うるせぇ!」
インターホンを連打された時点で勧誘ではないと悟った俺は、まだ眠たいと言っている身体を何とか起こし扉へと向かう。
チラッとインターホンのカメラで確認した限りでは見慣れた金色の髪が見えた気がするけど、気のせいだと思いたい。そのまま扉を開けると、
「おっ、やっと出てきたな♪ 全く、大和ってば寝坊助さん――」
取り敢えず扉を閉めた。直後、どんどんと扉を叩く音が響く。仕方がないのでもう一度扉を開ける。
「……近所迷惑なんでやめてもらえませんか?」
「お前が扉を閉めるからだろ? 喧嘩売ってるのか☆」
「悪質な勧誘とばかり思ってました」
「ぶっ飛ばすぞ☆」
インターホンを押していたのは俺の幼馴染であり、隣の部屋に住んでいる佐藤心だった。
しかもなぜか出かける気満々のようで、ポニーテールに伊達眼鏡と変装用の格好をしている。俺はため息をつきながら頭をかく。
「……で、なんだよ朝っぱらから? 今日はお前も休みだろ?」
「うん、だから大和と一緒にどこか出かけようと思って! いやー、大和も幸せ者だな。アイドルである私と一緒に出掛けられるなんて」
「大変魅力的なご提案ですが、私は日々の仕事の疲れを癒すため今日は家で休む予定です。どうぞお引き取りください」
「バカにしてんのか? いいから早く着替えてこい!」
どうやら、ここで押し問答を続けていても心が折れることはなさそうだ。くそっ、今日は昼まで寝て、その後はのんびり本でも読もうとしていた俺の計画がパーである。
「それじゃあ、心は部屋の中に入って待ってろよ。扉の前で待たれても申し訳ないしな」
「さっすが大和! 話の分かる男は違うね☆ それじゃあ、お邪魔します」
話の分かるって……ほとんどお前のごり押しだろ。
調子のいいことを言いながら、心は俺の後に続いて部屋に入ってくる。
「んー、相変わらず何もない部屋だね。何か新しく買ったりしないの?」
「特に趣味もないからな。必要最低限の物さえあれば十分だよ。そもそも、お前の部屋にモノが多すぎるんだよ」
今日来ていく服を考えながら心の質問に答える。先ほど答えた通り俺は趣味もなければ、物欲もほとんどないので、部屋にはテレビやテーブルといった必要最低限の物しか置かれていないのだ。
ちなみに心の部屋は小物などで溢れている。その為、俺がたまに部屋の掃除を行っていた。
「服も少ないよね~。あっ、そうだ! 今度はぁとが作った服を大和にあげるよ!」
「丁重にお断りします」
「ぶーぶー、何で~」
「だってお前の作る服は独特過ぎるんだよ。とても人前じゃ着れない」
作ってくれるのはありがたいのだが、こいつは男子の服に関しても独特のセンスを発揮するのだ。26歳、独身の男が着るもんじゃない。
そんな事を話しているうちに服も決まったので、俺は手早く着がえを済ませる。
「じゃあ、着替えも済んだし行こうか。ところでどこに行く予定なんだ?」
「実はね、プロデューサーから映画のチケットを2枚貰ったんだ。なんでもお仕事でもらったらしいんだけど、一緒に見に行く人もいないから誰かと見に行ってこいって」
「悲しいなぁ……」
「まっ、プロデューサーは仕事が恋人みたいなもんだから」
「余計に悲しいよ」
心はあっけらかんと言っているが、仕事が恋人とか悲しすぎる。仕事を休んでもいいから早く、支えてくれる人を見つけてください。
「でも、2枚貰ったんなら俺じゃなくて事務所の友達と行けばよかったんじゃないのか?」
「最初はそのつもりだったんだけど、誰も捕まらなくてさ~。結局一番暇な大和になったってわけ」
「暇で悪かったな」
しかし、昼まで寝ようとしていたのは事実なので仕方がない。俺は心と共に部屋を出て最寄りの駅まで歩き出す。
一番近くの映画館は、電車で4駅ほど行ったところにあるショッピングモール内にあった。
「そういえば、心とこうして出かけるのって結構久しぶりだよな」
「確かに! ありがたいことに最近はお仕事も貰えて忙しくなったからね」
心が346プロに入りたての頃は結構暇だったらしく、俺が休みの時によく外に連れ出されていた。こうして映画を見に行くこともあったし、少し遠出をすることも。
「ほんと、忙しくなれてよかった。プロデューサーには感謝しなきゃ☆」
「年が年だしな」
「だから、年の話はNGだって言ってるだろ?」
話しているうちに最寄り駅に到着したので、俺たちは駅の構内へ。そのまま駅にやってきた電車に乗り込む。
休日だけあって、電車は家族連れなどでそこそこ込み合っている。
「うーん、二人分座れる席はなさそうだな」
「別に4駅くらいだからいいんじゃない? それに年が年がって言ってるけどあたしたちはまだ26歳だし、立ってても大丈夫だぞ!」
そんなわけで扉の近くに移動する俺達。
「それにしても、髪形と伊達眼鏡をかけるだけでバレないもんなんだな」
俺は心の格好を見てそう呟く。
「あたしの場合は普段が普段だからね。ほんとは夢を壊さないためにも、いつも通りの格好をしてたいんだけどな♪」
「そんな恰好で隣を歩かれたら俺は他人のふりをするから」
「照れんなって☆」
「照れてないよ、俺は本気だよ」
メルヘンなんだか、ポップなんだか分からない格好をした奴と一緒に歩いてたらいろんな意味で注目を集めてしまうからな。そんなのまっぴらごめんである。
「ところで、今日はどんな映画を見る予定なんだ?」
「えっとね、最近よくCMでやってる映画だよ。いわゆるお涙頂戴系の映画!」
「そんな風に言うなよな。途端に魅力が半減するだろ」
話を聞くに、映画の題名は「余命半年の花嫁」。結婚を約束したカップルのうち女性の方が余命半年を宣告されるところから物語がスタートする、ノンフィクションの映画らしい。
ちなみに女性の方は、うちの事務所に所属している北条加蓮ちゃんが演じるみたいだ。
「だけど、面白そうではあるよな。あんまりそういう感動系の映画を見たことないし」
「加蓮ちゃんも『涙もろい人なら多分泣いちゃうかもね』って言ってたしね。まぁ、はぁとは絶対に泣かないけど!」
盛大なフラグが立ったことに心は気付いているのだろうか? 号泣したらハンカチくらいは貸してあげよう。
さて、電車の方は最寄り駅に到着したので俺たちは降車し、ショッピングモールへ歩いていく。5分も歩かないうちに到着し、自動ドアをくぐると中は大勢の人で賑わっていた。
「おー、久々に来たけど結構変わってるね! こんなところにお寿司屋なんてあったっけ?」
「俺も久々だから初めて見たよ。時がたつの早いなぁ」
「大和ってばじじくさいぞ?」
心にからかわれつつ、まずは映画館へ。何でも時間が指定されているらしく、ショッピングモールでうろうろするのは映画を見てからになりそうだ。
エスカレーターで三階に上がり、目的の場所に到着する。
「じゃあ適当に飲み物とかを買おうか。奢ってやるから頼むものを決めといてくれ」
「おっ、大和ってば太っ腹! あたしが奢ってあげようかなって思ってたんだけど」
「心に奢られるほど、俺はお金に苦しんでないよ」
飲み物などが売っているカウンターまで歩いていくと、店員さんが笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! お客様たちはカップルですか? 今、カップルの方を対象にした割引をしておりまして」
「あっ、いえ、俺たちは――」
「はい、カップルです!」
「はっ?」
断る前になぜか心が肯定し、俺の腕に絡みついてきた。
もちろん、心の持つ「ぼんっ」の部分がこれでもかと腕に押し付けられている。……こいつ、何してんの?
「はい、わかりました。それでは割引を適用させていただきますね。ご注文は何になさいますか?」
「ポップコーンの塩味と、コーラで! 大和君はどうする?」
「……アイスコーヒー」
外での大和君呼びと甘えるような声に悪寒が走ったが、何とか耐えることに成功した。
心が飲み物とポップコーンを受け取っている間に支払いを済ませる。そのまま係員の人にチケットを見せ、館内へ入る。
座席に座って一息ついたところで、先ほどの件を聞いてみることにした。
「俺たちって何時からカップルになったの?」
「何時からって、さっきからだぞ♪ しかも、映画が終わるまでの期限付き☆」
「カップルの概念って何だっけ?」
「まぁ、本当は割引のためだけに言った出まかせだけどね~。大和だって安い方がいいでしょ?」
「そりゃそうだけど、びっくりさせないでくれ」
「なになに? もしかしてドキッとしちゃった?」
「まさか。悪寒が走ったよ」
「ドン引きしてんじゃねぇよ☆」
話しているうちに映画泥棒のムービーが流れ始め、俺と心は会話をやめる。館内はCMを流していたかいあってか、かなりの人で埋まっていた。この光景を見たら加蓮ちゃんも喜ぶだろう。
そして加蓮ちゃん主演の映画が始まり最後まで見た結果、
「うぐっ……ぐすっ……」
「やっぱり泣くのかよ……」
案の定、心は号泣していた。見事なフラグ回収お疲れ様です。
ちなみに今は、映画のグッズなどが売られている売店近くの待機場所的なところに座っていた。
「ほらっ、ハンカチ」
「ぐすっ……ありがど」
差し出したハンカチを受け取り、涙を拭う心。
館内では他に泣いていた人もいた影響であまり目立っていなかったが、こんなところで泣き続けられると嫌でも目立ってしまう。何というか、喧嘩して彼氏が彼女を泣かせているみたいだ。
そんな風に思われるのは心外だが、そう見えてしまうのは仕方がない。
ちなみに映画はとても良かったです。特に加蓮ちゃんの儚げな雰囲気と話の内容がすごくマッチして、俺も泣きそうになってしまった。
「大和、ハンカチありがと」
「おう、気にすんなよ。それで涙は止まったか?」
「な、なんとか……」
心はそう言ってぐすっと鼻をすする。目は真っ赤だけど何とか涙は止まったらしい。
「ま、まあ、なかなかいい映画だったんじゃない? はぁと的にはそれなりに満足だったよ」
「号泣してたくせに何を強がってんだ。鼻も目も真っ赤にしてるくせに」
「うぐぐ……正直、期待してた以上に面白くて感動しました」
「素直でよろしい。それじゃあお腹も減ったし、昼めしにしようぜ。このショッピングモールには美味しい和食のお店があるらしいから。そこでいいよな?」
「うん、そこで大丈夫!」
心を連れて美味しいと評判の和食店へ。お昼時の一番込み合う時間から若干ずれたせいか、待つことなくお店の中に入ることができた。
悩んだ結果、二人ともA定食を注文することに。
「さて、この後はどうするんだ?」
「ふっふっふ、この後はあたしが大和の為に服を選んであげようと思ってるぞ☆ 大和って持ってる服の数が異様に少ないし」
「確かにそうだけどさ、ただ心が選ぶってなると俺は外を歩けない格好にされると思うんだけど?」
「バカにすんなって♪ はぁとのファッションセンスをなめんなよ?」
「いや、だって……ねぇ?」
こいつのセンスは知っての通りだ。悪いわけじゃないけど、独特過ぎて普通の人では着こなせない。
しかし、心は選ぶ気満々なので今回は彼女を信じてみることにした。
A定食を食べ終え(めっちゃおいしかった)、俺たちはショッピングモール内の服屋が密集してるエリアへ。
しかし、心はお洒落な服が置いてあるお店には目もくれず、俺もよく利用する〇Uへと入って行く。
「ここでいいのか? もっとお洒落な店もあったと思うけど」
「いいのいいの。むしろ今ではこっちの店の方が良かったりするんだよね! それに値段も良心的だし☆」
「ほんと、こういう所では頼りになるよ。それじゃあ服選びの方もお願いします」
「任せとけって♪」
鼻歌を歌いながら店内に歩いていく心。俺も彼女の後をゆっくりと付いていく。
「うーん、これは違うかな……。じゃあこっちは……」
意外にも心は真剣に服を選んでいる。こいつの事だからあそこにある『働いたら負け』Tシャツを着せてくるもんだと思ったけど……。
その後も真剣に服を選んでいき、
「よしっ、こんなもんかな。それじゃあ大和、更衣室へレッツゴー!」
俺は心の選んだ服を受け取り、更衣室へ。
「……おぉ、まともだ」
彼女の選んでくれた服を身に纏い、その姿を鏡で確認するあまりにまともだったので驚いてしまった。
独特のセンスは鳴りを潜め(そもそも、このお店に特殊な服は一着も置かれてないんだけど)、誰が見ても普通にお洒落だなという格好になっている。
「大和~、着替え終わった?」
「終わったぞ」
更衣室のカーテンを開くと、目の前にいた心が「おぉ~」と感嘆の声を上げる。
「心にしてはまともなセンスだったから驚いたよ」
「はぁとが本気を出せばこんなもんだって☆ やっぱり顔がそんなに良くなくても、服でいくらでも誤魔化せるな♪」
「顔に関してはどうしようもないから許してくれ」
「ふふっ、冗談だよ。大和の顔は一般の人が見たら中の上くらいだから☆」
「微妙過ぎて喜べないよ。まぁいいや。これ買ってくるから、外で待っててくれ」
サクッと元の格好に着替え、会計を済ませる。思ったよりも安くて驚いた。
「お待たせ、心」
「じゃあ次ははぁとの買い物に付き合ってくれ☆」
「了解。気が済むまでゆっくり選んでくれ」
俺の服を選んだあとは、心の気になったお店に入って行く。ぶらぶらと心の買い物に付き合っていると良い時間となったので、俺たちは帰ることに。
「うーん、今日は久々に羽を伸ばして遊んだな~。それに気に入った服も買えたから大満足♡」
「満足してくれたみたいで良かったよ。俺も久し振りに服を買えたし」
マンションまでの帰り道を並んで歩く。出ていくときは渋ったけど、楽しかったし出かけて正解だったかな?
今日の映画や服の話をしながら帰っていると、あっという間にマンションに到着する。
「じゃ、今日はありがとな。久しぶりに楽しい休日だったよ」
俺がそう言って笑顔を見せると、心もニコッと微笑んだ。そして、
「こちらこそ。また暇だったらデートに誘うから、ちゃんと準備しておくんだぞ? それじゃ!」
手を振って部屋に戻っていく心。一方俺は心の言葉を頭の中だけで復唱し、
「……今日ってデートだったのか」
今さらのことに気付き、思わず頭をかいてしまう俺だった。