佐藤心が隣にいる日常   作:グリーンやまこう

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風邪

 心と共に休日を過ごしてから数日が経った。

 俺は今日も今日とて、熱心に仕事に励んでいる。日々の小さな積み重ねが、今後の昇進や昇給に繋がっていくんだ。多少残業をしてでも頑張らないと。

 

 ちなみに最近は、働き方改革の推進とやらで残業を抑えめにしろと指令がきている。……俺たちを抑制する前に、まずはプロデューサーさんたちの業務を抑えめにするのが先だと思うんだけどなぁ。たまに顔が死んでるぞあの人たち。

 

 その後は普通に仕事を進めていたのだが、外から雨音が聞こえてきたため俺は窓の外へ視線を移す。

 

 

「うわぁ、降ってきちゃったか」

 

 

 現在時刻は午後の9時。今日は夜に雨が降ると言っていたのだが、深夜だと言っていたため大丈夫だと思ったんだけど……。

 やはり天気予報というのは当てにならない。もちろん、降らないと信じていたため傘は持ってきていなかった。しかもだんだんと本降りになりつつある。

 

 

「こりゃ、いつ帰っても同じだな。よしっ! もう少しだけ進めちゃうか」

 

 

 取り敢えずもう一時間ほど仕事を進め、きりもよかったので俺はパソコンの電源を落とす。戸締りをして346プロを後にしたのだが、まだいくつもの部屋に灯りがついていた。本当にプロデューサーの皆さんはお疲れ様です。

 

 

「走って帰れば大丈夫だよな」

 

 

 大丈夫というのは風邪をひく心配があったからである。

 今日は雨も降っている影響で肌寒く、最近は寒暖差も激しかった。風邪をひく条件がこれでもかと揃っているのだが、まぁ大丈夫だろう。ここ数年は一度も風邪をひいてないし。

 

 俺はその場で入念にストレッチをし、走る準備を整える。

 昔は平気だったけど、今は運動不足も相まっていきなり走ると足がつる恐れがある。だからこそストレッチは非常に重要なのだ。……年は取りたくないものである。

 

 

「……うしっ、このくらいでいいだろ」

 

 

 ストレッチを終えた俺は鞄を抱えて走り出した。予想以上の雨の強さに顔をしかめながら走り続ける。

 

 そしてマンションまで残り5分という所で、見慣れた金髪ツインテールが傘をさして歩いている姿を見つけた。

 右手にレジ袋を持っているので、恐らくコンビニにでも行ってたのだろう。

 

 

「悪いっ、ちょっと入れてくれ」

「えっ!? だ、誰……って、大和じゃん! どしたの、そんなびしょ濡れで?」

 

 

 急に傘に入ってきた俺を見て驚く心。格好はツインテール以外、非常にラフな格好だ。

 

 

「いや、傘を忘れて事務所から走ってきたんだ」

「もうっ! 今日は雨降るって天気予報言ってたでしょ?」

「深夜に降るって言ってたから大丈夫だと思って」

「天気予報は当てにならないから、ちゃんと持っていかなきゃ駄目だぞ? 全く、ちょっと傘持ってて」

 

 

 傘を俺に預けた心は、ポケットから取り出したハンカチで顔を拭いてくれる。なんだかんだ優しいのが心のいいところだ。

 顔を拭き終わったのか、ハンカチをポケットにしまう。

 

 

「取り敢えず顔だけはオッケー♪ それ以外は家に帰ってちゃんを拭くこと!」

「傘に入れてくれたことも含めてありがとな。もう足がパンパンで限界だったんだよ」

「普段から運動しないからだぞ☆ あと、遅れてくる筋肉痛には要注意♪」

「それは心にも言えることだろ?」

「うるせぇよ☆」

 

 

 一つの傘を二人で使いながらマンションまでの道を歩く。いわゆる相合傘状態なのだが、俺も心も気にした様子はない。相合傘でワイワイキャーキャー盛り上がれるのはせいぜい中学、高校生までだ。

 

 

「ところでコンビニで何買ってきたんだ?」

「ん? これっ? 甘いものが食べたくなっちゃってシュークリームを……」

「夜の間食は体重増加の元だぞ?」

「明日、レッスンで死ぬほど頑張るから平気だって☆ というか、今日は大分遅かったね。またお仕事?」

「残ってた仕事を片付けてたんだよ。それに、沢山仕事をすればそれだけ昇進への道が早まるかもしれないからな」

「昇進のためとはいえ、程ほどにしとけよ~。最近は某大手広告会社で過労死が起きたばかりだし」

 

 

 流石に過労死するほど働きたくはない。お金があっても死んでしまえば意味ないからな。

 

 

「それに、あたしは大和に体調を崩してほしくない……」

「えっ……?」

「だって……飲みに行って潰れても、大和がいれば家まで運んでくれるから☆」

「一瞬でも嬉しいと思った俺がバカだったよ」

 

 

 いつも通り話しているうちにマンションの自室前に到着したので心と別れる。部屋に入ってからまずは濡れていたスーツをハンガーに通し、その辺にかけておく。明日は予備のスーツで出社だな。ワイシャツとズボンも同様にする。

 そのまま下着などを洗濯機に放り込み、浴室へ。シャワーを浴び終えた後は、しっかりと髪も乾かし早めに寝ることにした。

 

 ……早めに寝たんだけど、

 

 

「ごほっ……うぅ、頭が重い」

 

 

 次の日、俺は見事に風邪をひいてしまっていた。頭と喉が痛く、咳と鼻水もでる。他にも寒気が酷い。

 ベッドから何とかして起き上がり、体温計を探して熱を測る。すると、38度2分もあった。こんな状態ではとても職場になんていけないだろう。

 それに、アイドルが多いうちの事務所で風邪をうつしてしまっては大変だ。俺は枕元に置いてあったスマホで千川さんに連絡をする。

 

 

「……あっ、おはようございます千川さん。八坂です。朝早くにすいません。えっとですね、風邪をひいてしまいまして……はい。アイドルのみんなにうつすわけにもいかないので今日はお休みさせていただきます。……はい、はい。本当に申し訳ないです。それじゃあ失礼します」

 

 

 千川さんへの連絡を済ませた俺は、ベッドに倒れ込むようにして潜り込む。本当なら病院に行きたいところなのだが、節々が痛すぎてとても動ける様な状態ではない。

 

 

(心には……伝えなくていいか。余計な心配をさせても悪いし)

 

 

 そのまま俺は気絶するようにして眠りに落ちたのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

 ……ポーン、ピンポーン

 

 

「……んっ、なんだ?」

 

 

 遠くから聞こえてきたインターホンの音に俺は目を覚ます。時計を見ると丁度お昼の12時。

 

 

(誰だろう……)

 

 

 俺は重たい身体を何とかして起こし、インターホンのカメラを確認する。

 

 

「はい」

『あっ、やっと出た! よかった生きてて。返事ないから死んでるのかと思ったぞ。風邪薬とか色々持ってきたからあけてくれ』

 

 

 インターホンを押していたのは心だった。取り敢えず扉をあけに行く。

 

 

「大丈夫か大和……って、うわっ!? 顔色わるっ! 本当に大丈夫なのか?」

「一応な。朝よりは大分ましになった……あっ」

 

 

 視界がグラッと歪み、俺は心の方へと倒れ込む。胸に思いっきり顔を突っ込むようにして倒れてしまったが、気にしていられるほど頭は回っていない。

 

 

「うわわっ!? 全然大丈夫じゃないじゃんか! ほらっ、肩に掴まって」

「悪い……」

 

 

 そのまま心の肩に掴まってベッドへと戻る。

 

 

「はぁ……はぁ……。心、うつっちゃいけないからもう帰って大丈夫だぞ。後のことは一人でもできるから。風邪薬とか買ってきてくれてありがとな」

「こんな状態の大和を残して帰れないよ! どうせ家は隣同士なんだから気にすんなって。ほらっ、病人は病人らしく気なんか使わないでちゃんと休む」

 

 

 ぺしっと軽く俺のオデコをはたいた心は、持ってきていた袋の中をごそごそと漁る。

 

 

「風邪薬を飲む前に何かお腹の中に入れておきたいんだけど、ヨーグルトとかなら食べれそうか?」

「……何とか」

 

 

 正直、ヨーグルトですら食べたくないのだが、薬を飲むためなので仕方がない。俺の言葉を聞いて心が袋からヨーグルトとスプーンを取り出す。

 上半身だけ起き上がったのを確認してヨーグルトをスプーンですくうと、

 

 

「はい、あーん」

「……自分で食えるからいいって」

「今の大和が一人で食べたらこぼして布団汚すかもしれないだろ? それに今日は存分にはぁとに甘えとけって。だから、あーん♡」

「…………あーん」

 

 

 心と言い争いをする体力も残っていなかったため、俺は渋々心の差し出してきたスプーンをくわえる。その様子を見て心は満足そうだ。

 ヨーグルトを食べ終え、薬を飲んだところで俺はもう一度ベッドに横になる。一応熱を測ってみたのだが、朝と変わっていなかった。

 

 

「ちょっとおでこ失礼するな。冷えピタ貼っとくから。あと、アイス枕も持ってきたからこれを頭の下に置いて」

 

 

 冷えピタとアイス枕の冷たさに少しだけ気分がスッキリする。

 

 

「……何から何まで悪いな」

「気にすんなよ。幼馴染じゃんか。だから今はちゃんと休んで」

 

 

 布団をかけ直していた心が優しく微笑む。

 

 

「……さんきゅ」

 

 

 彼女の言葉に安心した俺は、薬の影響もあってすぐに眠りに落ちてしまったのだった。

 

 

 

 

☆ ★ ☆

 

 

 

 

「……ん?」

「あっ、悪い。起こしちゃったか?」

 

 

 目を開けると、目の前にいた心と視線が合う。彼女の右手が俺の前髪をかき上げているので、恐らく冷えピタを替えてくれようとしていたのだろう。

 

 

「いや、大丈夫。どのくらい寝てた?」

「今が夕方の5時だから、大体5時間くらいかな」

 

 

 結構寝てしまっていたみたいだ。視線だけ窓の外に移すと、外はすっかり夕焼け色に染まっている。

 心も一度家に帰ったのか、服が普段着に変わっていた。

 

 

「ちょっとうなされてて、汗も酷かったから冷えピタを変えてあげようと思ってたんだ。ちょっと待ってて。今すぐに新しいのに張り替えるから」

 

 

 そう言って手際よく冷えピタを張り替える心。再びおでこにひんやりとした感触が広がる。

 

 

「どう? 体調は良くなった?」

「……昼間よりは大分ましになったよ。ありがとな、心」

「良かった。それで大和が寝ている間にお粥を作っといたんだけど、食べられそう?」

「……心ってお粥作れたんだ」

「無駄口が叩けるようなら大丈夫そうだな。待ってろ、今温めてくるから」

 

 

 心は立ち上がり、キッチンへと向かう。

 ちなみにさっきはあんなこと言ったのだが、心は普通に料理もできる。俺も一人暮らしが長いだけあってそれなりにできるけど、心の方が断然うまい。

 

 

「ほい、お待たせ」

 

 

 お盆を持った心が帰ってくる。作ってくれたのは玉子粥らしい。湯気が立ち上って美味しそうだ。俺は上半身だけを起こす。

 

 

「それじゃあまた食べさせてやるからな。はい、あーん♡」

「あーん」

「やけに素直じゃん?」

「今日はもう素直に甘えることにしたんだ」

「……調子狂うな」

「ん? どうした?」

「何でもないよ。ほらっ、あーん」

 

 

 心の差し出してくれたレンゲを口に含むと、玉子粥の優しい味が口の中に広がった。

 

 

「美味しい……」

「ほんと、今日は気持ち悪いくらい素直だな」

 

 

 苦笑いを浮かべる心。しかし、どこか嬉しそうだ。

 心の作ってくれた玉子粥を食べながら、やけにリビングが綺麗になっていることに気付く。洗濯籠に入れておいた洗濯物も畳まれており、外の物干しざおには洗濯機に突っこんでおいた服が干されていた。

 

 

「もしかして掃除してくれた?」

「……何もすることなくて暇だったからな」

「暇なら帰ってくれてよかったのに」

「だーかーら、気にすんなって言ってんの。あたしがしたくてしてるんだからさ」

「心が優しかったって、今日初めて気が付いたよ」

「はぁとはずっと優しいぞ☆ もっと敬え♪」

 

 

 話している間にも心の玉子粥を食べ続け、すっかり完食してしまった。何とも言えない満足感、幸福感が広がる。

 

 

「ふぅ……ごちそう様。美味しかったよ」

「お粗末様。これだけ食べれるのなら体調も大丈夫そうかな」

「一応熱を測ってみるか」

 

 

 体温計を受け取り熱を測ってみると37度4分まで下がっており、体調も朝よりは大分ましになっていた。

 

 

「おっ、だいぶ下がってる。これもはぁとの看病のお陰だな☆ はぁとに感謝しろよ?」

「正直、安静にしてたら今くらいに体調も良くなったと思うけど」

「ぶっ飛ばす☆」

「怒るなって。冗談だから。……ありがとな、色々」

「ん、よろしい!」

 

 

 満足げに頷く心。彼女が来なければ多分、俺はもっと苦しんでいただろう。

 大学生の時から一人暮らしをしているのだが、一人の時に風邪をひくほど苦しくて寂しいことはない。

 だからこそ今日、心が文字通り隣にいてくれたことは本当にありがたかった。

 

 

「そういえば、今大和が着てるシャツって汗で気持ち悪くない?」

「言われてみると、寝ている間に結構汗かいてたかも」

「さっき畳んだシャツあるからそっちにかえなよ。ついでにお湯とタオルも持ってきてあげるからさ」

 

 

 そう言って心は一度浴室へ向かい、タオルとお湯の入った洗面器を片手に戻ってくる。

 

 

「それじゃあ、あたしが身体を拭いてやるから服脱いで」

「いいよ、これくらいなら自分で出来るから」

「遠慮すんなって。もしかして照れてんのか?」

「いや、普通にできるんで大丈夫です」

「マジトーンと真顔はやめろ☆」

 

 

 結局、身体は自分で拭くことに。普通に考えて26歳の大人が同じく26歳の大人に身体を拭かれるとかどうかと思う。

 そのままシャツを脱ぎ、そのシャツを渡すかわりに心からタオルを受け取る。

 

 

「……ふぅ、タオルで拭くと大分気持ちよくなるな」

「せっかくあたしが拭いてあげようと思ったのに……」

「だから何でそんなに残念そうなんだよ」

 

 

 なぜかいじける心を他所に、俺はタオルで身体を拭いていく。

 

 

「……よし、このくらいでいいだろ」

「じゃあ片付けてくるから。そのシャツも洗濯機に入れてくるよ」

「いや、シャツは俺が自分で洗濯機に入れるから。こんな汗臭いシャツ、心も触りたくないだろ?」

「タオルもあるわけだし、そもそも幼馴染なんだから今更だって。ほらっ、さっさと渡す」

 

 

 渋々、着ていたシャツを渡すと心は洗面器や渡したシャツを持って浴室へ。俺はその間に心が畳んでくれたシャツを着る。

 5分ほど待っていると心が浴室から戻ってきた。

 

 

「ちょっと時間かかってたみたいだけど、どうかしたのか?」

「えっ? ……、あー……えっと、洗面所が汚れてたから少し掃除してたんだよ」

「マジか。なにからなにまで悪いな」

「……う、うん。大丈夫だから」

 

 

 何だか歯切れが悪いけど、気にしないことにしよう。その後は心と話したりしていたのだが、

 

 

「じゃあ大和も大丈夫そうだし、あたしはそろそろ自分の部屋に戻るな」

「いや、むしろ今までずっといてくれて申し訳なかったくらいだよ。ありがとな」

「もしまた体調が悪くなったらちゃんと連絡しろよ? あたしならいつでも大丈夫だから」

「都合のいい女で助かるよ」

「言い方に気をつけろ☆」

 

 

 いつも通りのやり取りを繰り返した後、心は自分の部屋へと戻っていった。

 そして俺はもう一度眠りに落ちる前に、綺麗になった部屋を何気なく見渡す。

 

 

「……風邪が治ったら俺の奢りで飲みに誘おう」

 

 

 その時ばかりは、心がどれだけ酔いつぶれても構わないと思う俺だった。




 最近は某オーディオコメンテーターの動画を見るのにハマっています。
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