八神はやての一日は殆ど毎日変わらない。足のせいで学校にも行けないため、病院に行く以外だと図書館でゆっくりと好きな本を読むだけ。
(うーん、今日は何を借りようかな)
最も、その内容は時として同い年の少年少女が読むことはまず無い歴史文学や神話等の本もあるが、大抵図書館の子供向けの本は読みきってしまったため、意外と知識欲のある少女にはこちらの方が寧ろ面白かったりする。
(あ、これなんかええかも)
と、まだ読んでなかった本で面白そうなものを見つけた彼女は、車イスに座る小さい体から手を伸ばし懸命に取ろうとするが、微妙に奥に入ってて指が掛からない。
「これ、ですか?」
「あ、はい」
と、その様子に気付いたのだろう。見知らぬ誰かが取ろうとした本を取り、こちらに差し出してくれた。
彼女は車イスを動かして取ってくれた誰かの正面を向くように直す。
「ありがとうございます」
と、少女は彼女の顔を見てふと思い出した。彼女は何度かここで見たことのある顔だったことに。
「へぇ、同い年なんだ」
「うん、時々見かけてたんよ。同い年ぐらいの子があるな~って」
「ふふ、実は私も」
お互いの言葉に私達二人は静かに笑った。
「えっと、私、月村すずかです」
「すずかちゃん……私、八神はやていいます」
「はやてちゃん……」
そこでまた二人して静かに笑った。思えば同い年の女の子と話すことなんて何年ぶりだろうか、ヴィータは見た目同い年くらいやけど、中身はごっつ大人……大人?
私達はそこから静かに自分達の事を話し合った。好きな本、お互いにおすすめな本、夕焼けの時間だというのになぜか時間が延びたように感じるほどにゆっくりとした時間を二人で喋った。
その時、ふとマナーモードにしていた携帯電話のバイブがなった。何事かと確認してみると、それはシャマルからのメールだった。
(用事が出来て迎えにこれない、か。ザフィーラが家に居るみたいやし、何とかなるやろ)
ここ最近、用事で外に出掛けることの多くなった家族に少し疑問に思いながらも、別段問題ないと思い、私はメールで早めに帰ってくるように連絡を入れる。
「また今度……会える?」
「うん、また今度ね、はやてちゃん」
ぎこちなく新しい友人へ別れの挨拶を済ませ、私は借りる本を手続きし、膝へ乗せて外へ出る。
久しぶりの一人での帰宅は思ったよりも寂しく、朝の夢や幻覚のようなものも含めて何かあるんやろか、そんなことを思ってしまう。
「……」
せやから私は気付かんかった、私のことを眺める一人の少女の存在に。
例の少女を尾行していたとき、突如として携帯のバイブ音が響く。
「……私だ」
『俺だ、調子はどうだ……って、聞く必要もねぇか。今日も護衛のように家族擬きが着いてるんだろ』
「残念だったな、今やつは都合良く一人だけだ」
『マジかよ。珍しいこともあるもんじゃねぇか』
男の軽い口調に私は辟易としながら、私は奴に気取られない用に離れながら監視を続ける。
『そんなら調度いい、偶然を装ってアレを確認してこい』
「……言っておくが、アレは私にも被害が大きい事を忘れるな」
『んなこと言ったってしょうがねぇだろ。態々渋谷から海鳴なんていうへんぴな場所に、こっちでの生活もあるお前を長期滞在なんてさせられねぇんだからよ』
男の言葉は最もだった。私にとって重要な彼と離れているというだけでも苦痛に近いため、さっさと終わらせて帰りたいという気持ちは大きい。
『頼むぜ、今のところ、手持ちで動かせる手札はお前だけなんだからよ』
「……分かった。が、今回のことが終われば暫くは事由に動かせてもらう」
それだけ伝えると私は携帯に付けられた、もうだいぶ使い古したカエルのキーホルダーを数回握り、少し早足で彼女の帰宅ルートの交差点を先回りするように走り出した。
「ん~、今日の夕御飯は何にしようかな~」
昨日は唐揚げやったし、中華もええな~、そんな事を考えながら私は何時も通る公園の遊歩道を車イスで移動する。
「あ!!」
「へ?」
と、何やら驚いたような声が聞こえてきて、思わず振り返ってみると、そこにはどんな状況か上から落ちてくる年上の少女の姿が。
ドッシーン!!
「だ、大丈夫ですか!?」
まるでアニメのように、それはもう見事に顔面から遊歩道の道に直撃した目の前の少女に驚きながら、私は大慌てで確認する。
「う、うん。平気平気……」
目の前の少女……特徴的なピンクと紅の中間色のような赤い髪に童顔、ぶつけたダメージ故か鼻から血を垂らしてる少女は、若干苦笑いで立ち上がった。
「いったい何しとるんです?」
「あ~、ちょっと大事なキーホルダーが樹に引っ掛かっちゃってね。取ってたんだ~」
そう言って見せてくれたのはだいぶボロボロな、もう音も出なさそうな程に握られたカエルのようなストラップだった。
「それにしてもゴメンね、まさか人が目の前にいる状況で落ちちゃうなんて思わなかったよ~」
「それは別にエエですけど」
「ホントにゴメンね。じゃあ私はこれで」
少女はそう言って走り去るのを私は呆然と眺めていた。
「……嵐みたいな人やったな」
そんな感想を呟き、気を取り直して家路に着こうとしたその時、ふと足下に見慣れぬものを見つけた。
それはまるでお相撲さんのようなヘンテコなシールで、恐らくあの人が落としたものかと思い拾い上げる。
次の瞬間、まるで心が凍りつくような嫌な感触が身体中を襲い、そのシールから嫌な視線を感じた。
「ヒッ!!」
普段心霊番組とかは良く見る方だが、これはそれとは全く別の不快感で、思わず私はそのシールを投げ捨てた。
途端、まるでさっきまでの不快感や視線が嘘のように消え、身体中から鳥肌が立った。
「……な、なんなんや今のは」
思い出すのも嫌なそれから逃げるように呟きながら、私は急いで家路に車イスを走らせる。ここに居たくない、そんな感情に当てられたのか普段よりもかなり早く進んでいく。
「……」
その姿を、先程の少女が見ているということを知らずに。