蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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遅くなりましたが連載再開です。
大変お待たせいたしました。



若き蝙蝠侯爵と死の支配者
死の支配者とその友人


 

気の合う友人は実はモンスターでした。

そんな一生に一度もないだろう事態に、生来小心者であるイエレミアスの心臓はバクバクと音を立ててなる。広いとは言えない馬車の対面に座る友は、その仮面に隠された顔を晒していた。皮膚も肉もないその隠された顔は、白い骨でできており、黒く塗りつぶされた眼窩には赤い光が灯っている。歯は覆う肉が無いため剥き出しで、その整った歯列を見せつけていた。

彼の冷静な声の調子も、身につけた服も、雰囲気すら変わっていないというのに。イエレミアスは耐え難い重圧を感じた。夜の墓場の、陰気な邪気を彼が発しているかのようだった。

 

「君は死者の大魔法使いなのかい?」

 

よく声が震えなかったものだと自分を褒めたい。

顔にこそ汗をかいていないが、背中から腕から、服で見えない部分はびっしょりと濡れている。幼少からの嫌っていた訓練の成果。それに今日ほど感謝した日は無かった。嫌味のない笑顔の作り方も、相手を不快にさせない言葉遣いもだ。もしここで下手なことを言ってしまったら自分の命が無い。

下級アンデッドは意思を持たない。ただ生者が憎いという本能で生き物を襲っている。しかし、今までの様子から目の前のモモンガは確固たる自我と理性を持っている。それができるのはもっと上位の存在であるアンデッドだ。

上位のアンデッドはただそれだけで強い。そんな相手に暴れられたら非力な人間であるイエレミアスは一瞬で死んでしまうだろう。

 

「いえ。死者の大魔法使いよりもっと上位の種族です。死の支配者と言うんですが」

「聞いたことはないな」

 

出来るだけ今までと変わらない声の調子を意識してイエレミアスは笑顔を作る。しかし信じられない告白に、顔が白くなるのはどうしようも無かった。その表情に気がついたのだろう。モモンガは窺うような声色で問いかける。

 

「すみません。迷惑でしたよね。友人なんて言われて舞い上がってしまって。未だに自分がアンデッドになったなんて自覚が無いんです。気がついたらこうなっていたもので」

「実感がない?」

「この姿になったのはここ数日の事なんですよ。瞬きをしたらこの姿で森の中にいました。まあ、十数年間仮装をして遊んではいたのですが……」

 

まさかこんな事になるとは、と、そう言うモモンガの顔は表情が無いのに寂しそうだった。それにイエレミアスの罪悪感がちくりと刺激される。

彼は上位貴族にあるまじき程に愚かなお人好しだった。陰謀渦巻く貴族社会には太刀打ちできない程良識に溢れた彼を、親は失敗作だと教育を早々に諦め、兄はそれもまた一つの性格だと受け入れ、甥は愚物だと蔑んだ。そんな立場故に疎まれていた性質は、今ここで一人の孤独なニンゲンを救おうとしていた。

 

「大丈夫だ。心配はいらない」

 

男は度胸。

新しい風変わりな友人の為ならば苦労の一つや二つしてみせる。

 

「私から甥には話しておこう。甥も君の事は慕っているみたいだし、何。モモンガ君はとても人間らしい。今まで人間だと疑ってなかった私が保証しよう! それに元が人間なら受け入れてくれるだろう。我が甥御殿は柔軟な思考の持ち主だからな!」

 

ニヤリと笑い歯をみせる。気障ったらしいその仕草は、滑稽でありながらイエレミアスにとても似合っていた。

 

 

 

 

 

「果てしなく面倒な安請け合いをしてくれたな、叔父上殿……!」

 

恨めしそうにこちらを睨むのは優秀な兄の優秀な子供。先日正式にレエブン侯爵となったエリアスだ。

前領主の暗殺から続く新しい領主のお披露目の準備に伴う事務処理、それと並行して通常の業務も山積みになっている。ただでさえ陰気な顔がその諸々で幽鬼の様相を呈していた。

その形相で行われたお披露目は土砂降りの雨の中という事もあり陰惨な儀式のようだったとはある領民の言だ。そのあまりにあまりなできにも、仕事が積まれているエリアスは落ち込むことができないでいた。

そんな顔の甥からの視線に、イエレミアスは目をそらす。事務仕事が苦手だからと全てを押し付けている立場ではとても直視できなかった。

 

「アンデッドだと……。まさか……いや、これは好機なのか?」

 

一頻り睨み終えた後、エリアスはぶつぶつと呟きだした。自分の思考の中に潜ったようだ。

手持ち無沙汰になってしまって、イエレミアスは現在いるエリアスの執務室を見回す。

大貴族の執務室としては狭いが、対魔法の防壁が物理的にも魔法的にも張られている。その部屋幅いっぱいの机は貴族として十分及第点の豪華さだ。もっとも、椅子の方は長時間座っても疲れない事を第一に考えられた無骨なものな為、イエレミアスの趣味とは合わない。肘掛のところにもっと精巧な彫り物をするべきだし、椅子の背もたれと座面に張る革には牛の黒革ではなく、赤毛狒々の燃える炎の様な毛皮を張ってこそだ。そちらの方が威厳が出る。

 

「叔父上」

 

目に見える調度品に対する批評が終わり、頭上の照明にまで思いを馳せていた。キラキラと反射する永続光から正面のエリアスに視線を戻す。

 

「叔父上殿。モモンガ殿の服装、任せてもよろしいですか?」

「そう言ってくれるという事は、モモンガ君はここに居てもいいって事でいいのかな?」

「不本意だが、今更放り出す訳にもいかない。何より別の勢力に与されては大変だからな」

「モモンガ君強いからねぇ。最初エリアスが連れてきたときはもう命は無いと思ったよ」

 

初対面の夜の事を思い出し、快活に笑う男を恨めしそうに見た後、ゆっくりと椅子にもたれかかる。目を閉じて目頭を揉み込み一息をつく。

 

「ともかく。領主の就任式は終わった。近々あるパーティでモモンガ殿をお披露目出来そうなものは王国の記念式典と帝国貴族の立食会だ。どちらが妥当だと思う?」

「モモンガ君をどの様な形で紹介するかにもよるだろうけれど、領主としてはやっぱりレエブル領の筆頭魔術師として紹介したいんだろう?」

「役職としてはな。しかし、それでは繋がりが弱い。母方の親戚筋の人物として魔術に傾倒した変わり者、などというのが理想だ」

「じゃあ貴族風の名前を決めなければいけないな。悩みどころだが、まあそこは本人に相談すれば良いか」

 

自分の得意分野の仕事に声が弾むのが抑えられない。モモンガに似合いそうな服を考えるたびに頰が緩む。

 

「とりあえずは服と仮面だな。時間がかかるその二点を揃えなければ!」

 

そうと決まればとイエレミアスは執務室を後にする。通りがかりに使用人へと馴染みの商人と仕立て屋を呼ぶように言いつけると自分の部屋へと向かう。

一等お気に入りである私室の扉は白に金箔で鳥の意匠がこらされている。この鳥は不死鳥と呼ばれる死んでもまた蘇るという伝説を持つ鳥だ。その鳥が咥えている賢者の杖が、取っ手になっている。このアイディアは我ながらよく思いついたものだ。二度、その取っ手を撫でた後にゆっくりと扉を開く。

すると、昼の日差しを取り込む開放的な間取りの部屋に行き着く。内装もまた白をふんだんに使った清潔感のあるものになっている。しかしそこの中で一点だけ、夜の闇よりも黒い存在がいた。

 

「お帰りなさいイエレミアスさん。エリアスさんはなんとおっしゃっていましたか?」

 

存在感に似合わぬ行儀の良い彼は、実は恐ろしいアンデッドなのだ。今は黒い薄衣に隠された顔も白磁のような白、骨である。

厚手の手袋を重ねた手も、肉は付いておらず角ばった骨が謎の力で動いているだけだ。彼こそが自分とエリアスの頭痛の原因である異国からの旅人、モモンガだ。

 

「エリアスは君を是非、我が領の筆頭魔術師としたいという事だ」

「筆頭魔術師だなんてそんな大役私には無理ですよ!」

 

手と首とを左右に振って否定する彼に、イエレミアスは疑問に思う。モモンガの魔術の腕は確実に英雄級だ。もしかしたら過去に居たという魔神に迫る強さかもしれない。それなのに大役などと言うなどなんと謙虚なのだろうか。

その人格者ぶりはとても好感が持てる。

 

「まあ落ち着いて。何も他の魔術師の手本になれなどと言うつもりはない。モモンガ君に相応しい地位を用意しなければ他からの勧誘が面倒だと思ってね」

「相応しい地位だと言うのなら領民で十分ですって! そもそも私は一市民だったんですから!」

「まあまあそう言わずに。何にせよ人前に出るのに服と仮面は必要だろう? もう少ししたら仕立て屋が来るからそれまでに顔をなんとかできないか?」

 

仮面職人に素顔を見せない訳にはいかないが、だからといって目測では良い仮面はできない。

顔の形だけでも、とイエレミアスは思っていた。

イエレミアスは政治手腕の才能は無かったが、代わりにその審美眼は確かだった。国内外にパーティ衣装の相談に乗って欲しいと言う顧客が居るほどである。その他にも小物や調度品にも造詣が深い。

その彼にとって、友人が身につける物にはいつも以上の拘りをみせたかった。自分の一番得意な分野で友人に褒められる、認められるといった経験は今までに無い。程よい緊張感に包まれていた。

 

「幻覚を見せられる魔法は知ってますけど、見抜かれる危険性があるからあまり使いたくは無いなぁ」

「そんな魔法もあるんだね。ならばもしもの時に下にはその布を被ったままにしよう。ばれた時には酷い傷を負った顔なので人には見せられないとでも言えばいいからな」

「でも直接触られたら骨の硬い感触ですぐにばれてしまいますよ?」

「大丈夫大丈夫。私の成人の衣装も作ったお抱えだからちゃんと言って聞かせよう」

 

仮面や衣装を作るのに相手に触れるなというのは横暴だろう。しかし、王国の貴族にはそれが許される。六大貴族ともなると尚更だ。

 

イエレミアスとモモンガが軽い打ち合わせをしている途中でイエレミアスの呼んだ仕立て屋達が到着した。

その日、彼らはとっぷりと日が暮れるまで採寸をし、デザインを考えた。ようやく仮面と三着分の衣装が仕上がった時には夜も遅い時間になってしまっていた。

急ぎの仕事だということで、仕立て屋達はその後も休むことなく縫製に入る為工房へと帰って行った。

彼らを見送った後には充実した顔のイエレミアス、そして、アンデッドだと言うのにどこか生気に欠けたモモンガがいた。

 


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