蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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前話でアンデッドを全てアンデットとしていた誤字に細やかな訂正ありがとうございます。
私が決闘者なのがバレましたが、これからもよろしくお願いします。



手と手を取って

「なぜ俺はこんな事を……」

 

 目の前にはピカピカに磨かれた大理石の大広間。

その中央でくるくると見事に踊っているのは友人のイエレミアスとその甥であるエリアス。

エリアスのリードで踊るイエレミアスは男性だと言う事を忘れるほどたおやかだ。

 それは別にイエレミアスが華奢という訳ではない。

確かに上背は長身のエリアスと比べると低いが、身体は程よく締まっており実年齢よりは若く見える。むしろひょろりと痩せているエリアスの方が頼りなく見えるだろう。

 その彼らは今、呼吸を合わせてステップを踏んでいる。

素人目に見ても違和感はない。むしろ引き込まれるものすらある。

 

「どうかな?」

「よくわからないけどすごいです」

 

 一曲が終わり、少し休憩を入れるのだろう。次の曲の準備の為、魔法が使われた蓄音機に足を運びつつイエレミアスが意見を求めてくる。

 それに素直な感想を返すと、少し照れたようだった。

 

「じゃあもう一曲見てもらったら次は実践でやってみようか!」

 

 実践という言葉にない頬が引きつる。しかしとてもではないが、モモンガが彼の言葉をはねのける事は出来ない。なんと言ってもこれは自分の為なのだ。

 何故モモンガとイエレミアス、そしてエリアスが一堂に会し、踊りの練習をしているのか?

 

 それは二日前に遡る。

 

 

 

 

 

 仕立て屋の対応に現実世界では考えられないほどの気を使い、疲労無効のはずなのに疲れ果てた翌日。モモンガは改めて後見人として世話になるエリアスの部屋に来ていた。

 十分な広さの部屋のはずが、机に並べられた紙の束のせいで狭く感じてしまう。そんな紙の間に埋もれるようにして部屋の主はいた。

 

「もう少し待ってください」

 

 書類から目を逸らさずに言われたモモンガは大人しく待つ。無理難題を言った上に良いように計らってくれている相手に強く出れるはずもない。付き添いで来ていたイエレミアスも気にした風もなく視線を別の方向にやっている。

 そうして暫く経った後、ペンを走らせる音が終わり、エリアスは椅子から立ち上がった。

 

「お待たせした。この部屋が一番盗み聞きなどの対策がされているので呼んだんだが、椅子も無いところに立たせてしまったようですね。すみません」

「いえいえ大丈夫ですよ。それよりも忙しい中すみません。私のことで色々とお心遣いいただいたようで」

「こちらこそ命を救っていただいた上に賊を倒していただいた方を長い時間放っておいてしまって……。このくらいの事で許していただけるのならばお安い御用です」

 

 モモンガの気分はすっかり仕事中だ。

 相手はとても大きな老舗の若い社長。自分は道に迷っているところを一回助けたことがあるだけの営業平社員。相手は恩を感じていてくれるようだが、だからと言って恩着せがましくする事は決してできない。

 当たり障りの無い会話の応酬に終止符を打ったのはエリアスだった。

 

「ところで。モモンガ殿が落ち着かれたならいずれ領民や他の者達へ紹介をしたいと考えているのですが、ひとまずは慣れられましたかな?」

「え、ええ、まあ慣れました。でも大丈夫なのですか? エリアスさんの母方の親戚と言ったら有名な貴族じゃないんですか? そこの縁者だなんて、私は貴族の礼節なんて欠けらもわからないですし」

「不安に思う気持ちもわかるが、モモンガ殿でしたら心配いらないでしょう。その物腰の柔らかさは十分な教育を受けた者しか持っていないものですから」

 

 そう。

モモンガはここに滞在する間エリアスの親戚という事になったのだ。それは身元の保証をできない者がいきなり大貴族のもとに現れ、重用される事に他の貴族がいい顔をしない為だ。貴族は平民を見下している。更に魔術師ともなればその偏見は更に強くなる。怪しげな術を使ってレエブン侯爵を誑かした────そんな噂を流されてしまうだろう事は簡単に予想がつく。

 それを一気に解決するのがモモンガを貴族にしてしまう事だ。

モモンガの身元を保証できる存在は現在ここにはいない。ロックマイアーの知り合いが居たあの武具屋にあった仮面、あの製作者なら可能だろうが、──とても期待できるものではないだろう。

 しかしそれが仕方のない事だとは言っても不安が付きまとう。そもそもモモンガが生きた時代に貴族などは居ない。近い存在としてアーコロジーの中の人間達が居るが、領地を持って領民と共に管理する事などしていない。

 モモンガの中にある貴族という存在からは遠くかけ離れた存在だ。

 そもそもの問題として一平民、むしろ貧困層であるモモンガには気の遠くなる話だ。

イエレミアスは太鼓判を押してくれたし、エリアスも心配いらないと言ってくれるからと完全に信用できるはずもない。

 

「さて、モモンガ殿。改めてこのレエブン領に住む事になったからには君は私の家臣になるのだが、そこは良いのか?」

「いや、むしろ今まで色々と失礼な事をして来た自覚があるんで。寧ろアンデッドである私を本当に受け入れても良いんですか?」

「うむ。色々考えたし、モモンガ殿には悪いと思ったが色々この一週間ぐらいで異常がないかの調査はさせてもらった。その結果受け入れても問題ないという結論が出たのだ。それに、まあ、叔父の友人は私の友人も同じだからな。家臣の前に友人として君を迎え入れるよ」

「調査ですか?」

「墓地のアンデッドの活性化などだ。それを考慮した上で問題ないと判断した。つまりは、これからよろしく頼む、と言う事だ。」

 

 差し出された手にモモンガも手を差し出そうとする。しかしそこでガントレットをしたままな事を思い出す。

モモンガは考えた後、ガントレットを外してエリアスと手を重ねた。

 

 

「では改めてよろしくだな。ナインズ・オウン・ゴール殿」

 

 歓迎すると力強く握り返された後、その爆弾は投下された。

 

「ところで、二ヶ月後に帝国で舞踏会があるので、そこでナインズの正式なお披露目を考えているのだが、ダンスの腕はどのくらいなのだ?」

 

 

 

 

 イエレミアスと共に最も基本的なステップの確認をしているモモンガ──ナインズ・オウン・ゴールの足さばきを見ながら、エリアスは深いため息をついた。

 一日共に過ごしてわかったのだが、言葉遣いや物腰は問題ない。目下の者にも敬語を使うのはいただけないが。

 しかしその後、ダンスやテーブルマナーなどは全くと言ってど素人だと発覚した。テーブルにつき使用人がワインを注ぐのを遮り、お疲れ様でした、という言葉とともにモモンガが注いだ時には目を疑ってしまった。それに、食べ終わった皿を重ねて置いておくなど、とても貴族らしい行為とは言えなかった。

 もっとも、アンデッドであるモモンガが食事をとることは無いだろうが。

 そういう訳で、現在のモモンガはパーティなどの大勢の貴族が集まる場に連れて行くのに相応しくない状態であった。特に身分を偽り、大貴族である自分の縁者として連れまわすには些か以上に見苦しい。

 不幸中の幸いは、叔父であるイエレミアスは政治の事には疎いが、こういったマナーを教える事には長けている事だろう。本人も周りも昔から言っていた。もしエリアスの祖父が男子を三人授かっていたならばイエレミアスは執事や教師として大成した事だろうと。事実一度だけ教師として出向いたウロヴァーナ辺境伯の子女は立派な紳士淑女として評価されている。

 しかし現実は、次期領主である父とその弟である叔父の男子は二人だけ。父に何かがあった時のスペアとして苦手な分野を詰め込まれ、苦手な分野に放り出された叔父は出来損ないとして嘲笑の対象となってしまった。

 

「そうそう! 良いよモ──ナインズ君! だいぶぎこちなさが無くなってきた。先ずは動きに慣れることが一番だから! 綺麗にやろうなんて考えない!」

 

 イキイキとした目で指導するイエレミアス。

モモンガを見ると確かに、練習をはじめて一刻も経ってない割には様になって来たようだ。エリアスは一言二人に断りを入れて部屋を後にする。領主であるエリアスにやるべき事は山のように多く、彼らだけに関わっている訳にはいかないからだ。

 

 エリアスが退出した後、しばらくモモンガと共にステップの確認をしていたイエレミアスは額に浮かぶ汗を拭きながら体を休めた。若い頃は何時間でも踊れていたというのに、やはり自分の身に押し寄せる年の波には逆らえない。

 自分の休憩中も真摯にステップを繰り返す友人の体が羨ましくなる。疲労のない骨の体は確かに、人間である自分たちには奇怪で不吉なものだ。

人類がこうして身を寄せ合って暮らすようになってからは特に。墓地に湧くアンデッドは倒さなければならない敵の象徴のようなものであり、スケルトンに似た彼もまた墓地にいたのならば討伐の対象だっただろう。

 しかし、彼は特別だ。

通常意思を持たず、生者を憎み襲ってくるだけのアンデッドとは違う。元が人間で、人間の心を持った掛け替えのない友人。短い付き合いながらも彼の性格はしっかりとわかる。誠実で優しくて、孤独に臆病な子供なのだ。

 こうして自分やエリアス、領民など多くの人と関わって、そしていつかその孤独が無くなれば良い。

つい、人生の先達として思ってしまう。

 考え事でぼんやりとしていた意識は、いつのまにか広間を飾っていた音色が消えていた事で元にもどった。魔法の蓄音機からはブツリブツリという雑音が聞こえる。

 

「ごめんねナインズ君。少しぼんやりとしていたようだ」

 

 謝ってから再びレッスンの為に音楽をかける。もっともイエレミアスが得意な三拍子の曲だ。

 

「じゃあこれが終わったらお昼にしよう。モ──ナインズ君はどの匂いのお茶にするか決まっているかい?」

「あー。えっと、じゃあこの間もらったオレンジの香りがする奴がいいです」

「わかったよ。ナインズ君は柑橘系の爽やかな香りが好みなのかな?」

「え? いや。やっぱりさっぱりした気持ちになるから昼間はそういうのが嗅ぎたくなるというか……」

「ああ、わかるぞ! じゃあ今日は私も食後のお茶は同じものをいただこうかな」

 

 動かない筈の骸骨の表情が柔らかくなった気がした。

 共に食事をとれないとしても共に喜びを分かち合う。友人として健全な関係を結ぶ二人は、目の前の課題に意識を移した。

 

 





プレプレプレアデスで、パンドラナイズされた「アインズ様」が「ナインズ様」に聴こえる呪いにかかってしまいました。

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