蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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目と目を合わせて

 

 

二ヶ月という時間はあっという間に過ぎ去った。

元々コツコツとした努力は得意であるモモンガと、指導に向いたイエレミアスのコンビはダンスの習得を余裕をもって終えた。最後にエリアスとその婚約者にお墨付きを貰ったところで旅支度を始める段になった。近々エリアスと結婚予定の彼女は、ぎこちなさの抜けないモモンガのダンスを見て一言、「悪く無いと思います」と言ってくれた。その第三者の言葉によって、終わりが見えなかった特訓は終わりを迎えたのだった。

そして、ダンスの特訓がひと段落したら次は衣装の調達だった。

以前イエレミアスの仕立ててくれた服達は平時用とされ、もう一段階質の良い服がいると、また一日仕立て屋達との共同作業がはじまった。アンデッドの為一切の肌を見せる事ができないモモンガに、唸りながら煌びやかな布をあてがう人々。決まったエスコートの相手が居るのならばその女性のドレスと合わせるのだろうが、モモンガにそんな相手がいる訳でもなく、最終的にはエリアスの着る衣装をアレンジしたものへと落ち着いた。

 

そして、瞬く間に出発の日取りとなった。

帝国までの道のりは片道二週間。全てが馬車での移動となるので仕方が無いが、途中の街での買い足しを考えても大量の食料を乗せて行くことになる。それの準備に追われるエリアス達を横目に、自分の荷物の準備だけを言われていたモモンガは用意された馬車に乗り込む。元々嵩張る持ち物があった訳ではないので、最低限の衣装を侍従に預けて仕舞えばそれでお終いだ。荷物を持たされた侍従のアランはいつもの少し不機嫌な顔で立ち去る。モモンガにエリアスが与えた侍従は三人おり、その内もっとも身分の高い者がアランだ。エリアスの領地近くに領地を持つ子爵の五男であり、きちんとした教育をされた者であるらしい。そんな彼が、今回モモンガの供回りをする事になっている。

適度に硬い座面に座り、なぜ今回帝国へと行くことになったのかをおさらいする。

きっかけは帝国の高位貴族であるフェメール伯爵招待の舞踏会だ。

フェメール伯爵の領地はレエブン侯爵領と二国を分つ大森林を中心とした対称の位置にあるらしい。何十年も前に一度森が荒れた時があったらしく、森の西と東で同じだけの被害が起きた。その被害の対策を、同じ被害にあった者同士で考えたのが交流を持つようになった最初であったらしい。

その後も季節の手紙を交わす、隔年でパーティに呼び合うなどの交流が続いていた。そんな中で起こったのが帝国の大改革。鮮血帝が行った大粛清だった。幸い、フェメール伯爵家は領地の没収を免れ、生き残った貴族の中でも中々の規模を保って存在している。

エリアスはそれが帝国の新しい重鎮足り得ると期待されているからなのか、それとも箸にも棒にもかからない無能だからなのかを見極めつつ、新しい人脈と人材の確保が目的だ、と語っていた。

つまり、モモンガのお披露目は副目的なのだ。

その説明を受けた時、やっと肩に入っていた力を抜くことができた。モモンガがこの舞踏会に誘われた時に最初に言われたことが、自分の紹介の為に連れて行く、という内容だった為だ。しかしその心配は無く、自分のお披露目がおまけ程度だと分かれば心労も少なくなる。

舞踏会でのマナーも、招待されているであろう貴族の名前も事前にイエレミアスに教えて貰っている。なんとか社交界デビューとしては及第点をもらえるだろう。

(でも、イエレミアスさんはこれないのかぁ……)

しかし、不安な事もある。

そも、この招待を受けているのはエリアスのみである事だ。勿論、エリアスの婚約者であるシェスティンも人数には入っていただろうが、モモンガは急遽としての参加だ。速達で相手側の許可を取ったとは聞いているが、全く関係のないイエレミアスまでは連れて行くことができない。友人の不在にむくむくと不安が育ってしまう。

そんなモモンガの脳内に若い少年の声がはいってくる。目線を下げると馬車の外には癖のない金髪を切りそろえた少年──侍従であるアランがいた。その服装は使用人の中でも上位の存在であると知らせるように質が良く、太陽の光を反射して光沢をだしている。

 

「侯爵閣下の支度ができましたので間も無く出発いたします」

 

真っ直ぐに見つめる瞳に了解の返事を返すと、アランは一度上から下までジロリと見た後、再び扉を閉めて直ぐに消える。どうやら疎まれているらしい事はわかるのだが、どう接すれば良いのかは全くわからない。イエレミアスが見立ててくれた仮面も服も、多少派手に感じるものの十分センスが良いと思う。イエレミアスに相談した時に彼が伯爵家の五男だと知った。おそらく急に現れて主人に取り入ったこちらを敵視しているのだろう。

そして間も無く馬車は動き出した。

ガタゴトと舗装されていない道を走る馬車は初めての体験で、それを共有できない事に少しの寂しさを覚えた。

 

 

今回赴くのは帝国の中心である帝都だ。その道のりはエ・レエブルを出て南下し、エ・ランテルからカッツェ平野の北側を通り帝国内を北上する道のりになっている。

本来の最短ルートを思えば、トブの大森林を横断する事だが、勿論、モンスターがおり道も途中で休憩の取れる村も無いルートは通れない。その地道で長い移動時間に、モモンガは暇を持て余していた。最初の頃は物珍しさから窓の外を昼も夜も飽きずに見ていたが、それも4日目ともなると見飽きる。

時折馬を休ませる為の休憩にエリアス達と談笑する以外は寝る事も出来ず、さりとて仕事があるわけでもない。食事の時間さえ必要ないモモンガにとって、この時間は苦痛になりつつあった。

(こんな事ならイエレミアスさんに薦められた本をもって来れば良かった……)

異国の文字が読めないモモンガに、挿絵の多い図鑑を進めた友人を思い出す。ものや動物の名前が書いてある本は興味深かったが、それよりも外の景色が楽しみだと辞退した自分。

アランは御者台の横に座っており、もし何かあった際には応じてくれるだろうが、とてもではないが世間話はしてくれないだろう。

仕方がないので、モモンガは何故か使えるインベントリの整理をする事にした。ゲーム時代の名残なのか、良く使うものは比較的手前にある。しかし物持ちの良いモモンガ──けしてエリクサー症候群ではない、蒐集家ではあるかもしれないが──は自分のインベントリにある品を完全には把握していなかった。適度にギルド内の宝物庫や自室に預けたりしていたのだが、その量は膨大だ。

結局、途中のカッツェ平野の霧や帝国の建物の様式の違いなどに目を奪われつつ、モモンガの旅はその大半をインベントリの整理にあてられた。

 

 

「長旅はどうだったかね、ナインズ」

「思ったよりも退屈だったので、何か暇を潰せるものを帰り道は用意しなければいけないです。暇というのも大変なものですね」

 

エ・レエブルよりも大きな城郭を抜け、綺麗に舗装された石畳を抜けた先に帝国での仮の宿があった。

馬車を降りてこれから暫く滞在する屋敷を見る。なんでも、他の懇意にしている帝国貴族のセカンドハウスらしく、こうして遠方から来る友人や客人に貸し出すらしい。小さいが十分な広さの庭はきちんと手入れがされており、客人を迎える鮮やかな橙色の花が門までの両脇に咲き誇っている。

宿の候補は他にも帝都の格式の高い宿もあったのだが、エリアスの好みではないらしい。偏見は無いし、よく訓練されていると言っても冒険者など身内以外も利用できる宿では心が休まらないと笑っていた。エリアスの婚約者であるシェスティンは着いてそうそう荷降ろしの指示を出し、連れてきた使用人が運び入れる。洋服や宝石類だけでなく、なかには大きなソファーなどの家具もあった。

 

「あんな大きさの家具まで持ち込むんですか?」

「当然だろう。他人の用意した物はやはり体に合わん。持ち運べるのならば持ち運ぶさ。流石に改装まではしないがな」

「改装って。そんな人居るんですか?」

「同じ王国の六大貴族の一人に昔いたそうだ。壁紙を張り替え庭の木を植え替えた物好きが。流石にその非常識さを疎んだ家主との縁はそこで切れたらしいがな。若かりし頃の叔父上がこの季節に春告げ花の満開は来客達に喜ばれるだろうと魔術師を何人も雇って春告げ花のアーチは作っていたな」

「うわぁ……」

 

あまりの価値観の違いにモモンガはくらりとする。

 

「さてと、早速で悪いがナインズ。この屋敷に監視魔法や盗聴の仕掛けが無いか見てもらえないだろうか?」

 

初めての仕事らしい仕事に二つ返事で返すと、調査系の魔法をいくつか重ねて行使する。この世界での仕様はわからないが、特に違和感は無い。その事をエリアスに伝えると、彼は満足気に頷いた。

 

「でも念のために調査系魔法を阻害する魔法と攻性防壁も貼っておきましょうか? これから滞在中に何かされるかも知れないですし。不安だったら死の騎士とかを配置しても良いですよ?」

 

ユグドラシルの基本に則った提案をしたのだが、エリアスは首を傾げる。

何でもこの世界では盗聴などの魔法を使うものも、それを探知して解除するものもごく少数の有能なものだけだと言う。その上で妨害や、まして相手への攻撃をする魔法など聞いた事もない。エリアスは青白い肌をほんのりと色づかせて興奮しているようだ。

 

「しかし残念だが調べてくれるだけで十分だ。ここは帝国の土地。我々は部外者なのだ。そんな者たちがいくつもの魔法を使って情報が漏れないようにしていたら不審だろう? 反乱の扇動や良からぬ事を企んでいると言われても言い返せない」

「なるほど。確かにそうですね」

「ああ。だからそうだな、重要な話の前にまた調べてもらう事になるだろう」

「その時は部屋単位で魔法を阻害するものがありますから、それをかけましょう」

 

ああ頼む、そう言ったエリアスの顔には薄く笑みがうかぶ。久しぶりの彼の笑顔に、モモンガは気持ちを引き締める。家臣──はよくわからないが、部下としてこんなに有能な人物の下についた事はない。その人物から信頼と期待をかけられるのは悪くない。そう思ったのだった。

 

 

 

帝都アーウィンタールに到着した翌日。

目的である舞踏会は二日後だと言う事で、モモンガは初めての帝都を観光しようと従者のアランを従えて通りに出た。これはモモンガの我儘ではなく、主君であるエリアスからの提案だった。

遠くの国から来たという理解になっているエリアスが、自分の領地近辺の国の風俗や文化を知るのは有意義だと送り出してくれたのだ。大した働きはしていないのだが、身支度金だといくらかのお金も貰っている。渡されたのは全て金貨であり、枚数は大した事は無い。もっとも、それはユグドラシル基準でありこの世界ではどうなのかはわからない。

ユグドラシルの金貨については、傭兵モンスターなどモモンガの持っている一部アイテムで消費する事もあり使わない方針を決めた。この世界のものと比べても大きさも細工も数段上であり、プレイヤーがここに居ると宣伝して歩いているようなものになるからだ。あの森での一件以降、モモンガはこの世界の強者と他にも居るだろうプレイヤーとの接触には慎重になっている。ある程度やり込んでいるプレイヤー相手に、自分ではどうする事も出来ないと理解しているからだ。

兎も角、今は楽しい観光の事を考えよう。アランがいるので酷いぼったくりはないと思っているが、取り敢えずはこの世界での金銭感覚をつけるべきだろう。

 

「今日はどちらに行かれる予定ですか?」

 

街に溶け込む為に、いつもの使用人服では無く仕立ての良いシャツとベストを組み合わせた無難な格好のアランは胡乱気にモモンガを見やる。

モモンガの今日の格好は基本はアランと同じだ。体の線を隠すゆったりとした厚手の白いシャツに皮で作られた黒いベスト。同じくゆったりとした厚手のズボン。中身が骨であるモモンガは体の線が隠れる物でないと痩せているでは済まされない程に細い。靴も何重にも靴下を履いているし、手も手袋を数枚重ねた上で黒い革のものをつけている。それだけでも一般人として街中にいれるのはギリギリだろう。しかしその上にモモンガはフード付きのローブを重ね着している。色こそ茶色の落ち着いたものだが、すっぽりと被ったフードの顔部分は仮面だ。

イエレミアスが見立ててくれた仮面の一つで、美しい顔立ちの青年に見えるものだ。あまりに見事な出来な為、遠くからでは仮面だとは思わないだろう。それに、更にバレないよう黒髪のカツラ、更には顔全体を覆うフェイスベール。ここまで厳重に守っているにも拘らず魔法で顔を作っている。その光景を見たエリアスには呆れた目で見られてしまった。正直、自分でも過剰だとは思う。思うが、ロックマイアーから聞いた“タレント”という言葉が胸に引っかかって過剰なほどに対策をとってしまう。それに、そもそも普通に幻術の顔だけだったら見通す者がいてもおかしく無いじゃないか!

街中にいきなりアンデッドが出てきたとなった時、きっと大混乱が起きるだろう。それに何より、エリアスとイエレミアスに迷惑はかけられない。

万全の体制で臨む最初の行き先は────。

 

「魔術師組合だ」

 

自分の好奇心には勝てず、最もバレる可能性がある場所を選ぶ。

その決心する声に呆れたのかアランは気のない返事で大通りを辻馬車が止まる所まで先導する。

この世界の魔法。知らないものがあるかもしれない。その期待に胸を膨らませてモモンガは踏み出した。

 


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