蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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魔法省

 

 

社交界デビューを果たした翌日、モモンガは足取りも軽く自分にあてがわれた部屋を出た。

何故ならば、この帝都に来てから要求していた魔法省、そこへの出入り許可がでたからだ。朝一番に伝えに来てくれたアランには感謝しかない。なんでも、昨日の舞踏会に関係者がおり、王国の魔術師と是非意見の交換がしたいと取り次いでくれたらしい。

逃げずに舞踏会に出てよかった! モモンガは昨日の自分を褒め讃え、従者のアランを伴って魔法省へと出向いた。

 

魔術師ギルドに向かった時はお忍びという事で平民風の服に徒歩だったが、今回は帝国の国家機関が王国の貴族を公式に招待したという事で迎えの馬車が来ていた。立派なキャビンには金色で皇帝の紋章が描かれ、乗っているものの身分を表している。それに乗り、大した振動もなく進む馬車の中でモモンガはふと疑問に思った。

 

「そういえばアラン、王国にも魔法省というものはあるのか?」

「魔法省という名前ではありませんが、王国にも魔術師組合はあります。しかし現状そこまで優遇されているわけではないですね。先日も言ったとは思いますが、手品師や詐欺師と同列に扱われる事が多いです。特に魔法省というのは国家主導の機関であり、研究機関のみならず教育機関でもあるという話ですので、王国の宮廷魔術師と比べてもかなり進んだ環境ではないかと思われます」

「そうだったな……。という事は王国は魔術師を軽視しているのか?」

「残念ながら。帝国の様に飛び抜けた存在が代々居る訳でも無いですから。大変歯がゆいですが、こう言った教育機関がある訳でも国からの厚遇がある訳でもありませんから人材としても育ちません。平民から取り上げられるなんて事は万に一つもないでしょう」

「そうか……」

 

エリアスの所属する王国の内情が伺える。これはあれだ、就職間もない頃に営業に出向いていた企業を思い出す。若手を育てず今いるメンバーだけで回していたら時代に乗り遅れてあっさり廃業になったパターンだ。

そんな組織の一末端構成員となった事に頭が痛い。掲げた腕を黒い布地が滑った。今日の服は黒いローブに銀の刺繍が入った洗練されたものだ。モモンガの感性としてはこれくらいの色味が落ち着く。友人のイエレミアスの見立てが嫌だという訳では無いが、好みというものがある。

この服装を見たアランは少し眉根を寄せた後、得心いった様に笑顔になり、「とても良いです」と言ってくれた。だからけして変な格好では無いと信じたい。

 

 

馬車で乗り付けたのは見上げるほど大きな壁と、小さな門だった。

アラン曰く、機密を多く扱っているので警備上の都合による作りだろうとの事だ。馬車を降りる頃には案内の職員が出てきて簡単な自己紹介の後、早速中を案内された。

図書室で魔道書と向き合い解読する職員。

広い実験場で魔法を放つ職員。

個室を与えられた魔術師の部屋に案内された時など、錬金術に使うだろう道具やびっしりと文字を書き連ねた紙片が散乱し、足の踏み場もないほどだった。

短くない時間をかけて案内されたモモンガ達は、最後にと一階にある立派な部屋に通された。なんでも最高責任者である魔術師が不在である代わりに、副責任者と対談する事ができるという。

壮年のその副責任者は至って普通の魔術師だった。この世界では驚くべき第四位階の使い手であると言う。この世界の一般的な魔法の知識に乏しいモモンガは、ただ相手の話を時に感心しながら、時に質問しながら聞く。ある程度相手の話が終わったところで、今回モモンガがここに来た目的である話題を出す。

 

「位階魔法以外の魔法ですか?」

「そうです。先日、王国と帝国を隔てる森の中で強大なモンスターに出会いまして、なんとか倒せたのですが、しかし、そんな強大な相手が今後出て来た時に一人の力ではとても太刀打ちできません。何か位階魔法に代わる手段は無いものかと考えているのです」

 

衝撃的な事実から逃げる様に飛び込んだ森。その奥で出会った巨大なトレント。今思い出しても怖気がする。レベル的には問題は無かった。趣味ビルドのモモンガでも十分倒すことができた。しかし、あれだけが例外などとはけして考えられない。

モモンガはユグドラシルのプレイヤーとしては中の上程だと自認している。PVPの勝率はこれだけの装備を持っているが5割。魔王ロール用に作ったキャラクターの、その遊び部分がやはりPVP専用ビルドと比べると劣る。あのモンスターに植え付けられた死の恐怖。自分が居なくなる恐怖が忘れられない。

何故ならば、同じくこの世界に来たであろう知り合いのプレイヤー、みるきぃの事がある。

彼女は異形種のプレイヤーだった。種族は確か天使。当然寿命はなく、100レベルであった為この世界の基準に照らしあわせれば生きていなければおかしい。にも関わらず、<伝言>が使えない。こちらに来てから会っていないからなのか、効果が変わったのかはわからないが繋がらないのだ。

ここでモモンガが疑問に思ったのはそもそもの前提条件だ。

本当にこの世界に自分達100レベルのプレイヤーを害する存在は居ないのか。また、別のプレイヤーに襲われる事は無いのか、という事だ。

もし別のプレイヤーに襲われることがあったら、モモンガはとてもでは無いが勝てる自信がない。あの痛みを感じる覚悟はとてもでは無いができない。だから、だからモモンガは新しい可能性を試してみる事にした。

おそらくプレイヤーである自分はゲームの法則に縛られている。100レベルの自分が101レベルに上がる事は無いだろうし、こちらの世界の魔法を新たに覚えることもできないだろう。ならば、ならばこちらの世界にある魔法や技術、道具を使えばもっと強くなれるのではないだろうか。

そう考えるに至った。

本当は他国の国家機関にこうして訪問するのは良くない事なのだろうが、中立の立場である魔術師組合では思った様な成果につながらなかった。生活魔法は確かに十分に興味をそそられるものだが、モモンガが本来求めている内容からは大きく外れていた。

 

「ふむ。ナインズ殿は確か死霊魔術に精通しているとか。かの十三英雄の一人も死霊魔術の使い手らしいですがひょっとしてお知り合いですか?」

「いえ、全く知らないですね。この付近に戻って来たのが最近でして。今まで遥かに遠い場所で魔術の研鑽のみの人生を送っていたのですよ」

「それはそれは、羨ましい。失礼ですが何位階までお使いに?」

「そうですね。……もうすぐで七位階に手が届くでしょう」

「なんと!? 七位階!? そんな事が!? いえ、そんな、そんな……本当に?」

「実演してみせましょうか? エリアスの許可は出ていますし、貴方がたの大切な施設を拝見できました。お礼の代わりといっては迷惑かも知れませんが、一回位の魔法の行使はいたしませんと此方としても心苦しい。とはいえ、私の魔法はアンデッドを操るものですからあまり人に見せられるものではありませんが」

「いえ! いえ! 是非!! 少々お待ちを! 師を連れて来ますゆえ!」

 

控えて居た兵士に何事か伝えるとすぐさま部屋の外へ向かわせる。それを見送った後、向きなおった男はゆっくりと言葉を続ける。

 

「失礼、長らく師を超える魔術師はおりませんでした。しかし、まさかこんなところで出会えるとは!」

「いえ、私としてもまだまだ未熟の身ですので」

「そういえば質問の途中でしたな。位階魔法以外の魔法というと、ドラゴンが使う始原の魔法の存在があります。しかし、それを扱えるのは今や竜王のみ。ただ一人の例外を除いてそもそも人間には使えぬものですので」

「始原の魔法ですか……。その例外とは?」

「遥か昔にドラゴンと契った人間がおりましてな。竜王国の女王陛下がその子孫という訳です」

「ドラゴンと契る……」

「まあ、扱える魔法の内容は詳しくはわからないですがね。評議国にいるだろう竜王たちならば使い方や、ひょっとしたら習得方法を知っておるかも知れません」

「いや、流石に私とて命は惜しい。竜王と対峙するなどとてもとても。始原の魔法、興味深い話をありがとうございます」

 

用は済んだと立ち上がったモモンガに男は慌てる。まだ師は来ていない。もしここで自分だけその魔法を見、帰してしまったらどんな目にあわされるのか想像できるものではない。呼び止めようとしたところで勢いよく扉が開かれる。

開かれた扉の先にいたのはこれぞ魔術師と言った風貌の翁だった。白く長い髪と髭が白いローブに同化するように流れ、魔力を感じる宝石が並んだ首元を隠す。手には使い込まれた杖。息をきらせたこの老人こそ、帝国最強の魔術師であるフールーダ・パラダイン。この魔法省の責任者でもある。

 

「し、失礼を。ナインズ・オウン・ゴール殿。私はフールーダ・パラダインというものです。本日は見学を希望された様だが、楽しんで貰えましたかな?」

 

息を整えながらの老人に名乗りを返し、そして魔法の実演の為に場所を改めさせてほしいと言うフールーダの言葉に従い、モモンガ達は場所を移動した。

案内されたのは魔法省の中庭。

普段は研究に疲れた魔術師達を癒すだろうその場は、老若男女様々な人々が集まっていた。花壇の上にまで<飛行>を使って陣取る彼らは、全員が格好からして魔術師。平然と第三位階の魔法を行使できる優秀なものばかりだ。中庭を取り囲む建物の窓際にも同じ事が言え、その視線の熱さにモモンガは居心地の悪さを覚える。

 

「ふむ。これから第六位階の魔法を使う予定ですが、何かリクエストはありますか?」

「出来るだけ周囲に被害が出ないもので頼みましょう」

「被害が出ないものですか……そうですね、<転移>で良いでしょうか」

「ほう。転移の魔法を使えるとは、他にはどの様な?」

「後の多くは戦闘用なので。こんなところで使うものではないでしょう?」

「お心遣いに感謝します」

 

フールーダの絡みつく様な視線を出来るだけ意識せずにモモンガは片手を構える。何も考えず、いつも通りに、ゲームでコマンドを選ぶ気軽さで魔法を使う。必死に努力して、学び、研究して自らを高めて手に入れたものとは違うこの魔法に、少しの罪悪感を感じる。

 

「<転移>」

 

簡潔なエフェクトが視界を覆い、すぐさま別の光景に変わる。そこは魔法省の入り口であり、中庭からは大きな建物が邪魔になって視線が通らない場所だ。<次元の移動>の範囲の外でありながら同じ建物内。すぐさま<伝言>をフールーダに入れると、大勢の魔術師を引き連れて現れた。すぐさま人垣に囲まれて質問攻めにあう。その殆どはモモンガに答えられない問いであった。彼らの様に習得した訳ではないのだから。ローブを着た人集り、その中からなんとかアランを探しだすと腕を掴み引き寄せる。

 

「素晴らしい! ナインズ殿! 是非今一度! 今一度だけ!」「一体何処で修練を積めばその高みに! 国の名前をお教えください!」「なんという強力な魔法詠唱者であらせられる事か!」

 

頭痛が起こるほどに頭に響く声。それを適当に切り抜けながら声を張り上げる。

 

「残念ながら午後から予定があるのです! そろそろ帰らねばエリアスに怒られてしまう。また機会がありましたらお会いしましょう」

 

追いすがるフールーダの手を無詠唱化した<飛行>で掻い潜り上空に躍り出る。それを<飛行>を使って追う魔術師の群。その光景にゾッとしながら、素早く<転移>を使う。

魔法省を見下ろしていた景色は変わり、仮の住まいである屋敷の前。何とか帰ってこれた事に安堵のため息をつき、何が起こったのかはっきりわかっていない様子のアランに着いたぞ、と声をかける。

 

「な、ナインズ様! すごい! 素晴らしいです!! 魔力は大丈夫なのですか? 頭痛や気分が悪くなったりはしておられないですか!?」

「お、おう。大丈夫だぞ」

「凄い。あんな大魔術を立て続けに使われたのに! なんて偉大な御方なんだ……」

 

興奮した様子でモモンガを褒め称えるアラン。それにこそばゆい気持ちを覚え、宥めながら屋敷の中へ入る。

出迎えの使用人にエリアスの居場所を尋ねたモモンガは、その歯切れの悪い返事を聞きながら、示された応接間へ足を運んだ。

部屋の外で控える使用人に取次を頼むと、少し間が空いた後で案内される。

部屋の中には来客用の上等な服を着たエリアスとシェスティン。そしてそれに対面する見知らぬ少年と四人の騎士。

その少年はゆっくりとこちらに向きなおり、その中性的な天使の顔で笑顔を作る。流れる金糸の髪に似合う紅玉の瞳。上品な顔立ちの中に残酷さを感じて、モモンガは無い唾を飲み込んだ。

 

「ほう。これがそなたの言う遠縁の魔術師か? 成る程、じい以上に不可思議な格好をしている」

 

応接間において上座であるはずの場所に座るその少年は尊大な口調でそう言うと、視線をモモンガに固定したまま再び口を開いた。

 

「余はこのバハルス帝国の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである。隣国からそれなりの立場の者がきたと言うので挨拶に来た」

 

にこりと笑ったその顔は、不気味なほどに整っていた。

 

 

 


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