蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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死の支配者は異邦人 1

 

人生の全てとも言えるほど熱中したゲームの最終日。

その日サービスが終了するまで遊んでいた事で男の人生は変な事に巻き込まれてしまった。

 

その日は久々にいい日だった。

ゲームの黎明期から全盛期、そして衰退期に渡る長い年月を共に過ごした仲間たち。その仲間の内三人と再会し、短いながらも昔話に華を咲かせた。衰退期の末期は殆どのギルドメンバーがログインしなくなり、ギルドの運営資金を一人で賄っていたが、今日一日で報われた気がした。

心残りは、最後まで一緒にこのゲームを見届けてくれる友人達と最後に楽しもうと思っていた花火を一人で見なければならない事だ。

今日一日楽しかった。

その想いに嘘はない。

嘘はない、が、最後くらい、最後まで一緒にいてくれても良かったじゃないか! とも思ってしまった。そんな不条理な想いを抱きつつ、派手に打ち上がり視界を白く染める花火達。

結局最後は独りなのかと、頰に熱い雫が伝う。すぐに冷たくなるそれに男は遣る瀬無さを覚えた。

最後の最後。もうゲームのサービスが終了するという時、花火の光でホワイトアウトした視界に色が戻る。

飛び込んで来たのは緑。驚いて開いた口には湿った空気の味。

男があたりを見回すと、そこは見なれたユグドラシルのゲーム画面でも、まして自分の部屋でも無かった。

木々が生い茂り苔むして、不気味な音が薄暗い雰囲気を更に盛りたてる。そんな見知らぬ森の中に一人、佇んでいた。

 

男は必死に考える。自分が花火を打ち上げていたのは強力なモンスターが生息するヘルヘイムにある沼地の近く。ギルド拠点から半歩出たところだった。しかしヘルヘイム特有の禍々しいエフェクトのかかった空も、毒沼から立ち上がる瘴気も現在の男の目の前にはない。

あるのはギルド拠点内に仲間達が作った自然を模した森。それが何倍もリアルになった光景が目の前に広がっているだけ。

男の住む本来の環境破壊が進んだ世界では決して嗅げないだろう不快では無い湿気った匂い。嗅ぎ慣れないが心地よい匂いを思い切り吸い込んだところで、本来電脳法で規制されている筈の嗅覚情報に警鐘がなった。五感全てを再現する事は禁止されているはずだからだ。

そういえばさっきからコンソールがでない。それに我に返りGMコールもその他プレイヤーへの〈伝言〉もシャウトも、他者と連絡を取るためのありとあらゆる手段を試す。最後の手段と、強制終了を試みたが、全てに反応が無い。

一瞬他のゲームにきたのかと疑うが、ここまで精巧な作りのゲームなど世界を牛耳る大企業が許すだろうか? それとも本当に別のゲーム──それこそ富裕層向けの五感が解放された違法なもの──に紛れ込んでしまったのか。

このままではどうする事もできないと、男は歩くことにした。足を踏み出すたびに現実で歩いている様なダイレクトな感覚が新鮮だ。自分が今踏みしめているのは硬いコンクリートではなく柔らかい枯葉。その下のふわふわとした地面。リアルではアーコロジーにいる一部の富裕層しか体験できない贅沢だ。

もしこれが男の予想通りゲームの中のまやかしだとしても、ここにギルド一自然を愛したブルー・プラネットが居たならばさぞ喜んだ事だろう。

そんな事を思いつつしばらく森の中を歩いたところで、聞き慣れた金属音がした。どうやら何処かで戦闘が発生している様だ。ひょっとしたらこのゲームのプレイヤーかもしれないと思い、音の方へと走る。

ぐんぐん前へと進む体。

かなりの速度で走っているのに息一つ上がらない。

そんなゲーム時代のと同じ感覚に段々とワクワクとした思いが湧いてくる。もし、もしここが本当に別のゲームだったら、もう一度このゲームで一からやり直すのもいいかもしれない。冒険を楽しみ、仲良くなった者同士で集まって────。

ユグドラシルが無くなると、さっきまで沈んでいた心が軽くなる。初めてユグドラシルをプレイした時の喜びを男は思い出していた。

木が生い茂って暗い森を抜けた先。

光溢れるそこは広がる緩やかな丘が連なる草原で、音の発生源である安っぽい服をきたもの達が、同じく安っぽい格好の者たちと殺し合いをしているところだった。

片方は駆け出しゲーマーの様にぎこちない連携ではあるが隊列を組んで人数の多いもう一方を抑え込んでいた。一方襲っている方は顔を隠している以外の特徴はバラバラ。そのならず者の集まりの様な見た目通りに統率などまったくなっておらず、ただ数の優位で押し切ろうとしている。

男はどうするべきか考える。もしこれが本当にゲームだったのなら何かのイベントかもしれない。

下手に介入すると、プレイヤーの方から文句が出るだろう。

ここで静観して勝った方に話を聞くのが一番良いが、しかし、情報は少しでも欲しい。どちらがNPCでどちらがプレイヤーかわからない以上、できれば双方に話を聞いて、少なくともここがどこなのか位ははっきりとさせなくてはいけないだろう。

よし、と気合を入れると、ゆっくりと森から歩き出す。戦いの様子から言って低レベル帯の土地なのだろう。ユグドラシルの初期装備よりはましだが、戦闘のレベルも装備も全てがたいした事はなさそうだった。

 

「すみません、お話良いですか?」

 

大きな声を出しながら両手を上げて近づく、争う気は無いというジェスチャーと笑顔を忘れない。

男の職業である営業はなんといっても第一印象が大切だ。好印象を与えるには最初の15秒が特に大切なのだ。

しかし返されたのは好意的な笑顔ではなく投げナイフだった。覆面をした荒くれ者のうちの一人が投げてきたのだ。

急な敵対行動に驚き咄嗟に手をかざしたところで違和感に気づく。

 

(あれ……? アバターのまま?)

 

そう、黒地に金糸の装飾がなされた見慣れた装備の袖口から伸びる手は人間の手を白骨化させたもの。確かに直前まで別のゲームをプレイしていて、別のゲームに紛れ込んだのだとしたら姿がアバターのままなのが自然かもしれない。だが男のアバターは死の支配者。はたから見たら恐ろしい骸骨の化け物で、しかも悪役ロールをやっていた為、服装なども邪悪さのあるデザインになっている。

 

(これは大事な第一印象が悪いよなぁ)

 

今更ながら己の失敗に気づいた男。姿見は無かったとは言え装備品位は見直すべきだった。呑気にそんな事を考えていた男に飛んできたナイフは、当たる前に何かに阻まれるように地面に落ちる。

プレイキャラが保有する飛び道具に対する耐性か、と冷静に分析しながら改めて攻撃してきた者達をみる。

 

「ば、化け物! 近づくなっ!!」

「ひょっとして死者の大魔法使いか!?」

「なんてこった!」

「逃げろ! 勝てっこねぇっ!」

 

一通り信じられないという反応をした後、ナイフを投げてきた男が真っ先に逃げ出す。そしてそれに続く様に、他の顔を覆った奴らが逃げだした。

その反応につまらなさ半分苛立ち半分。あからさまなやられ役の言動のNPCの攻撃を防げなかった自分の間抜けさにため息が出てしまう。

男はふと思った。姿も、能力もどうやらユグドラシルのゲームのままだが、魔法は使えるのだろうか、と。コンソールが無いが、魔法を使いたいと意識した瞬間に脳内にリストが浮かび上がる。700を超えるその中から<魔法の矢>を選び、無詠唱化して瞬時に放つ。すると、男の周囲にゲーム時代に見慣れた光球が浮かび上がった。突然空中に浮かんだ魔法の矢に、逃げ出していた覆面の男達は更に慌てだす。

一方、男はユグドラシルの魔法が本当に使えた事に驚く。頭に思い浮かべただけで自然に、それこそ使い込んだショートカットキーを操作する気軽さで魔法が発動した。ゲーム時代のコンソールが無くても使えるとは、こちらのゲームのプログラムはどうなっているのか。イレギュラーである自分だけが特別で、他のプレイヤーにはきちんとしたコンソールが出ているのかもしれない。

そんな男の驚きに関与する事なく、<魔法の矢>は追尾機能に従って覆面の者達を貫き命を奪う。貫かれた部分から芸が細かい事に煙まで上がって、更に不快ではないギリギリのラインの臭いが鼻を擽る。

 

「え、よわ。行動の短絡さと言いNPCなのか? こんなに弱いという事はリリースしたばかり? いや、それともベータ版に紛れ込んじゃったのか?」

 

やられた者達の動きといい演出といいユグドラシルでは考えられない。五感がある事もだが、NPCらしき者達の動きもあまりにリアルだ。確かに他にこんなゲームがあるならば、ユグドラシルが終わるのも頷けてしまう。覆面をした者達を全員倒した後、残った者へ視線を向けると引き攣った悲鳴をあげられた。

意図した行動では無かったが、助けたのに酷い反応だと憮然とする。確かに、こんなリアルな死体オブジェクトではこのアバターの姿も相まって怯えられてしまうのも仕方ない。

表情が実装されているせいかアイコンが出せないのも痛いな、と、呑気に思いながら男達に近づく。先程までぎこちないながらも見せていた連携などなく、ただただジリジリと後退していく。

埒があかないと一気に近づいたところで、一番前にいた顔色を死人の様にした相手が泡を吹いて倒れる。今度は一体なんだと立ち止まると、自分を中心に生えていた草が枯れ、地面から腐臭がする事に気づいた。

ひょっとして、と手を見れば、白い骨の手からどす黒いオーラが立ち昇っていた。どうやらパッシブスキルである絶望のオーラが発動していたらしい。ロールプレイの一環で取った職業についてきたスキルであるので、弱くて正直使えないと思っていたスキルなのだが、先程からの様子を見るにこのゲームでは恐るべき力のようだ。

ユグドラシル内だとアイコンが表示されていたので気づくのが遅れた。

深いため息とともにスキルを切る。ついでにダメージを与える他のパッシブスキルも切ると、もう一度ため息をつく。別ゲーなのに魔法が使える事といいスキルが有効な事といい、クソ運営の杜撰さが腹立たしい。システムの大部分を移植して新作として出すなんていちユグドラシルプレイヤーとして許せない。そもそもプレイヤーの意識を他のゲームに連結してしまうなんて有り得ない事だ。

 

(サプライズをやりたいんならユグドラシル2の宣伝でもやってくれたら良いのに……)

 

そうしたら、また皆んなで集まりませんか? とメールで皆に送れる。全員は無理かもしれないが、きっと何人かとはまた一緒に遊べるだろう。

あり得ない妄想を断ち切って目の前の事に男は目を向ける。

 

「改めまして、少しお話良いですか?」

 

漏れそうになるため息を体の中に押し込み、警戒心が解けるよう出来るだけ声色に注意してにこやかに話しかける。もっとも、アバターが骨なため表情が動くことは無いだろう。が、こちらのゲームのプレイヤーから何とか運営に連絡を取って貰わなければ。

確実に減っていく明日の起床時間に憂鬱になりつつ、ガチガチと歯を鳴らしている相手の側に寄ったところで、最後の一人も地面へ倒れる。倒れた者達は皆死人の様に蒼白な顔色で、死体に慣れていない男から見ても生きているとは思えなかった。

 

「えー、と。どうしたらいいんだ……」

 

念のため相手のHP残量を観れる<生命の髄液>でみたが、残念ながら全ての人間が事切れていた。

 

「あー。てことは全員NPC? プレイヤーはどこに居るんだ……」

 

プレイヤーだったら近くか拠点に蘇生される筈だがその様子もない。どこか別の拠点で蘇生される可能性もあるが、とりあえず情報源になりそうな存在は居なくなってしまった。

わかった事は先ほどの様子を見る限り、ここで異形種である事は隠すべきなのだろう事だけ。ユグドラシルは自由度の高さを謳っていたゲームなので様々な種族が選択できたが、表情や匂い、触感の実装など、これだけ容量を使うゲームなのだから種族の自由は少ないのかもしれない。

とりあえず目につく部分を隠す為の装備を探さなくてはいけない。

アイテムボックスが使えるか不安だったが、問題なく使うことができた。意識をするだけで虚空にアイテムボックスが出てきたのだ。男はその中にある仮面とガントレットを取り出してつける。

不気味な仮面と、いささか防御力に不安の残るガントレット。

万全な装備では無いが、先程のNPCを見る限りここは戦闘を中心にしたゲームでは無いのかもしれない。もしくは上限がユグドラシルで言うところの50レベル程度なのだろう。だとしたら性能の悪い防具や効果のない仮面でも別に危険度は変わらないだろう。

 

(他にゲームやってるって言ってたぷにっと萌えさんや弐式炎雷さんとかだったら何のゲームかわかったりするのかな?)

 

他の生命体は居ないかと<生命感知>を使う。森の中には呆れ返るほどの反応。しかしどれも小さいもので知能を持っているとは思えない。感知の範囲を拡大したところで、丁度森を抜けた先の街道近くに話が出来そうな個体を見つけた。街道から少し離れてはいるが、二つ連れだって行動している。

(魔法使っただけで随分と怯えてたし、<飛行>で直接行くのはやめとくか。久々に歩くかな)

 

普段の移動は<飛行>を使っている男だが、このゲームの常識がわからない以上力は少しでも隠しておいた方がいいだろう。問答無用で垢BANなんてされた日にはナノマシンと意識に後遺症が残りそうだ。

 

森を突っ切って反応のあった生命体の元へ。

まるで生者に引き寄せられる死者の様に男は歩く。

その行動が森の生き物達を怯えさせ逃げ出させた自覚もなく、死の支配者は最短ルートで森を抜け、自分に怯えて逃げたモンスター達に襲われていた人間を救った。

 

 


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