蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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お待たせいたしました。
年内にとか言っていましたが一月にすら間に合いませんでした。
まだ実生活が忙しいままですので以前ほど更新ペースは早くないですが、二週間に一回を目標に投稿していきたいと思っています。


shall we dance

 

 

バハルス帝国の皇帝の居城では、秋の終わりと冬の訪れを迎える夜会が開催されていた。

建国の祝いや現皇帝の誕生といったものと比べると慎ましやかな催しであるが、何かと急成長を遂げている帝国である。偵察か情報集めか、他国からの貴賓も多く来ている。

大きくはないが、見るものに力を感じさせる豪華で煌びやかな舞踏室。白い壁には金色の燭台。柱には複雑な凹凸が陰影を作り出し、燭台の炎が揺れるたびに一緒に揺れる。床は色の違う大理石で幾何学的な模様が作られ、階段から正面の出入り口を縦断する様に青い絨毯が敷かれていた。

中央は踊る為の空間が大きく開けられ、料理を乗せたテーブルは壁近くに寄せられている。

既に帝国国内の身分の低い貴族や文化人で静かな喧騒に包まれている会場。各々に配られた飲み物を片手に囁きが交わされるそこに、時折鈴を転がすような高い笑い声が聞こえる。招待された貴族たちがこぞって若い娘達を連れて来ているからだ。年若い皇帝には未だ妃がおらず、寵妃も愛人も決まった相手がいない。我こそは、と自信をもって着飾った少女達は皆輝かんばかりに美しい。

もっとも、耳の早い貴族の何人かは、妖艶さの覗く幾人かの女性を連れ立っている。少女達の未来を感じさせる体つきとは違い、熟れて今がまさに食べごろと言った彼女達は胸や腰を強調した服装だ。

会場にいる年若い青年達はちらりちらりとその艶やかさを横目で見つつ顔を赤く染める。しかし、普段だったら笑顔の一つも返しそうな彼女達が見るのはただ一点。

会場の中央にある幅の広い階段だ。

階段を上がった先は白いビロウドの布で隠されており、身分の高い貴族達はきっとその布の奥で自分たちの名前が呼ばれる時を待っているのだろう。

階段下の脇に置かれた楽団は密かに音合わせをし、来賓者の名前の書かれた紙を持った男もいる。その小太りな男は背筋を伸ばして澄まし顔で、準備が整った事を告げに来た使用人に鷹揚に頷いている。使用人が脇にずれ、自分の服の皺を伸ばした所で、儀典官である男は会場全体に響く声で夜会の始まりを告げた。

 

 

 

賓客の読み上げ順を知った時、エリアスは驚愕のあまり横の婚約者にもたれかかってしまった。もたれかかられた婚約者であるシェスティンも顔色は悪い。ナインズの付き添いでメイド服を着せたレイナースも同じで、平気そうなのはナインズ位だ。

 

「これ一体何分かかるんですかね。こんなに呼ばれる順番が遅いんだったら、前だおしして貰った方が良かったんじゃあ無いですか?」

「そんな訳にはいくまい。名前を呼ばれる順が遅いという事は、他国の貴族として丁寧に扱われているという事だ。基本的に順番が遅くなれば遅くなるほどその人物を重要視しているという指標になる」

「えっ。じゃあこの後ろから二番目ってすごい事なんじゃ……」

 

頭が痛いと眉間に皺を寄せている侯爵であるエリアス。その妻であるシェスティン、そして稀代の魔法詠唱者であるナインズ。そんな他国の大物に囲まれ、今は貴族位を剥奪されたレイナースは肩身の狭い思いをしていた。

そもそもの問題として、来賓の名前を読み上げる場にメイド服を着た自分がいる事が間違っている。

顔の呪いを解いてもらう代わりとはいえ、安請け合いをしてしまった朝の自分が恨めしい。しかし、今日一日側で見た仮初めの主人の魔法の腕は文句なしである。残念ながらこの国一番の魔法詠唱者と会話をした事はないが、彼がそのフールーダ・パラダインに匹敵すると言われても納得するだろう。

普段の上等ながらも控えめな服と違い、細身の体にそった燕尾服はそれだけで格好がつく。未だ見たことのない顔は、白い髑髏の仮面に覆われている。祝いの場には不釣り合いだが皇帝から直々の許しを貰ったという話だ。それだけでレイナースは皇帝がどちらを重要視しているかがわかる。そういった思惑には当然気づいているだろうレエブン侯爵はナインズの少し世間ずれした感想をたしなめている。

控え室になっているこの部屋にいるのは自分たち四人と控えの使用人だけだがそんなに気安い空気を出して大丈夫なのだろうか。

王国の貴族の醜聞を何度も聴いているが故の心配をあまりに無防備な背中にしてしまう。

 

「お待たせいたしました」

 

軽やかなノックと共に儀典官が入室し要件を告げる。

それに重々しく返事を返し、レエブン侯爵は歩き出す。レイナースは目立たないように一番後ろをついていきながら、改めて今から立たなければならない舞台について胃を痛めた。

 

 

 

 

 

 

 

ひらりひらりと白い裾が広がる。

それを追うように黒い裾も一緒に広がる。

 

黒い燕尾服を着ているのは風変わりな男である。一切肌を見せないその男は、白い骸骨を模した仮面をつけている。その彼がまるで鏡合わせの様にダンスの相手と回る。

 

くるりくるりと回る度、ひらりひらりと人の目を奪う様に大胆に広がる裾。それが光を放つシャンデリアを透かし、又は生地に縫われたビーズがキラキラと輝く。

 

それを見上げる誰もが感嘆のため息をつく。

そう、そのダンスは頭上、シャンデリアのすぐ真横が舞台なのだ。リズミカルな靴音は鳴らない。派手なステップも無い。

しかし、このダンスは最上級の魔法詠唱者にしか許されない、空中での舞なのだ。魔法詠唱者の育成に力を入れている帝国でも、この魔法を扱えるのは天才の中でも一握りの優秀な者だけなのだ。

ふわりと裾が広がる動きに合わせて、もう一人の人物がつけたネックレスが涼やかな音を立てる。

多く下がるシャンデリアを縫う二つの影。

 

一人は王国から招待された主賓の一人である最高峰の魔法詠唱者、ナインズ・オウン・ゴール。

彼と共にくるくると回るのはもう一人の最高峰の魔法詠唱者フールーダ・パラダイン。

 

そんな貴族の場である夜会に不似合いな二人は、今確かにこの場の主役であった。

 

 

 

 

「少し時間をもらうぞ、レエブン侯爵」

 

入場後に行われた皇帝の挨拶。厳かに労いの言葉をその瑞々しい唇から紡いだ少年は、同じ朗々とした声でエリアスを呼び止めた。

本来なら注目されるだろう二人も、今は会場の頭上を飛び回る二つの影が視線を独占している。何人かは注意を払っているようだが、盗み聞きされる心配は少ないだろう。

そもそも、聞かれたところで困るような話を不用意にする人物ではない。

 

「実ははじめてあった時から貴公とは長い付き合いになるだろうから良好な関係を築きたいと思っていたのだ」

「それは買いかぶりというものでしょう。一国の君主であられる貴殿と違い私は一領主にすぎません。私は身の程を弁えていますので」

「確かに立場は違うが、同じ優秀な部下を持つ身としてつい目をかけてしまうのだ」

 

潤んだ赤い視線が未だ音楽に合わせて会場を回る二人の魔法詠唱者に向かう。

つまりは脅威になるだろう部下を持ったエリアスと敵対したく無いという事だ。その危惧はエリアス自身が強く感じるものでもある。

つまりそう言った面で、エリアスがこの皇帝に共感されても不自然では無い。むしろ至極自然な流れのように感じた。もっとも、ただの共感から生まれた善意だとは思わない。ジルクニフは目を見張る程の野心家だ。自分と築いた良好な関係は、彼の次の野望の布石なのだろう。

 

「そういえば、その優秀な部下がこの帝都に来る途中でいくつもの違和感を感じたそうです。街道の要所要所で不自然に広場が作ってあると。最初は旅人向けの休憩所かとも思っていたのですが、どうやら帝都から王国に向けての街道のみの事だというではありませんか」

「それは流石に勘ぐりすぎだろう。王国への道は法国へも繋がる近隣諸国の要所だからな。それに、王国との今後の関係を考えて必要だと考えたのだよ。交易しやすいように計らい経済活動を活発化させるのは為政者として当然の事だろう?」

 

含みを持たせた言葉にエリアスは発言の裏まで簡単に察してしまう。

つまりこの皇帝はこう言いたいのだ。────今後の王国との戦争を考えて軍が駐屯できる場所を街道各所に設けているのだ、と。

エリアスはここで自分が完全に出遅れている事を悟った。街道の整備は一朝一夕ではできない。帝国側から王国へと続く街道が整備されだしたのは20年近く前の話だ。つまりは先代の皇帝の時からの計画であり、それを進めてきて今の状況がある。

強い権力を持った皇帝という地位も、王国が有利を取るために必要な準備の時間も足りない。このままではエリアスが王となる前に国ごと帝国に併呑されてしまう。

その絶望的な見通しに、かつての自分だったらこの皇帝の元に降っていただろう。ナインズと出会う前の自分であったなら。

 

「流石皇帝陛下、しっかりと未来を見据えておられる。私も王国へ帰ったならば我が王に進言しなくてはいけませんな。法国を含めた人間国家の往来が増えれば、それ即ち人類の繁栄に繋がるのですから」

 

動揺の見えないエリアスにジルクニフは興味深げな視線をよこす。

ジルクニフがエリアスとの会話を続けようとしたところで、タイミングよく拍手が巻き起こった。音の中心に目を向けると、丁度魔法詠唱者の二人がダンスを終えて降りてきたところだった。思考を素早く切り替えたジルクニフが労いの言葉を二人にかけると、一人はぎこちなく、もう一人はやや拙いながらも美しい礼を返した。

それに人好きのする笑みで応えて皇帝はエリアスへと視線を送る。

流石に無視する訳にもいかず、大人しく会場の中心に向かう。人垣に紛れていた婚約者もさり気なく腕に手を絡めついてくる。こうしたちょっとした機転が彼女の良さだ。その後ろではナインズの本来のパートナーにと連れてきたレイナースが人垣を縫うように近づいて来ていた。

 

「皆に紹介したい人物がいる。今回はるばる王国から来てくれたレエブン侯爵とその婚約者であるシェスティン嬢、そして先程見事なダンスを見せてくれたゴール殿だ」

 

集まった人々の視線がゆっくりと移る。値踏みするそれは既に慣れきっていて何の感慨も湧かない。こちらもゆっくりと見回してこの会場に来ている人物の顔を覚えていく。

何人か今まで参加した夜会で見た顔があり、その中にはフェメール伯爵夫婦と、その時に騒ぎを起こした青年貴族の姿もあった。もっとも、青年の視線は背後に控えるレイナースに釘付けになっており、皇帝の話すエリアス達の紹介など聞いていない様子だ。

 

「──侯爵は家督を継いだばかり。今は新しい使用人を探している最中だそうだ。優秀な人材を求め、他国まで足を延ばすその行動力は私も見習わねばならないところだな。皆も遠方からの客人に良い話があったら遠慮なく持ち込んで欲しい」

 

少し気をそらしている隙にとんでもない事まで言及しだした皇帝に内心で毒づきながら、皇帝が離れた途端に集まって来た貴族達を素早く選り分けていく。有用な情報を持ったものは後日の訪問を約束し、そうでないものはまた今度と曖昧な返答に止める。

 

その後再びジルクニフと会話をすることなく帰宅したエリアス達は、盛大な気疲れを癒すために身を清めた後すぐに其々の部屋へ向かったのだった。

 

 


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