蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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年明ける前までに何とか1話だけでも更新できて良かったです。




不名誉な二つ名

 

御前試合、トーナメント初日。

 

王城の門近くから、普段王宮の兵士が訓練している訓練場へと場所を変え、大会の開始を知らせる爆竹が派手に鳴らされた。

訓練場に集められた御前試合の参加者達の顔ぶれは、流石にあの乱闘を生き残っただけはあり、皆粒ぞろいだ。そんな参加者を見下ろす形で作られた観客席は、貴族用に整えられ幕が張られている。

その色とりどりさは実用的な訓練場内と比べると目眩がする程豪華である。屋根もあり壁もあるが、まだ冬の寒さが風に残る春先だ。屋内であっても訓練場は冷気が溜まっていた。

寒さで不機嫌になる者が多い中、囁き声が交わされる。試合前の高揚と、自分の対戦相手への威嚇、情報収集。

退屈な開幕式よ早く終われとばかりに多くの者が耳を傾けるのは王の言葉ではなく対戦相手の情報だった。

 

 

「おい、見ろよ、あの黒鎧」

「ああ。間違いねぇ。“童貞の不死者殺し”だ」

「女どもも見る目ねぇよな。予選の様子見てたけどあんだけ強かったらよっぽどのブ男でも無い限りありえないだろ。なぁ?」

 

儀礼的で長い開会式が終わり、今は参加者が各々振り分けられた待合室で自分の対戦が始まるのを待っている。

そんな中、これ見よがしに背後でされる会話を出来るだけ無視して、モモンガ事モモン・ザ・ダークは出入り口から観客席を覗く。あの観客席のどこかにはエリアスが居るはずだと暇つぶし代わりに探す事に集中した。

本音を言えば、後ろで好き勝手に流されるモモンの話に言いたい事は山ほどある。しかしここで反応してはきっと墓穴を掘るに違いない。こういう手合は相手にしないのが一番なのだ。

上を向いて見回した所で、見慣れた紋章を掲げた席を見つけた。座っている人物に目を向けると、エリアスとその妻であるシェスティン、そして自分の代わりに観戦する事になったアルシェだ。レイナースは参加者としてこの御前試合に出ているという話であったが、どうやら別の控え室のようでモモンガの居る部屋には見当たらなかった。

アランもどこかにいるはずだが、扱いとしては侍従なので見当たらなかった。

 

「よお色男! 昨日は勝手に帰っちまうなんてひでぇじゃねぇか。随分と心配したんだぜ、俺以外に食われてねぇかってな!」

 

自分に向かって豪快な足音が近づいて来ると思ったら、それはガガーランであった。

大股で近づいてきた勢いそのままに、背中をバシンバシンと叩いてくる。痛くはないが、衝撃で軽く体が前後に揺れた。

 

「お前か。心配は無用だ。そもそもここで俺をどうこうできる奴が居ると思ったのか? それは甚だ心外だな」

 

恐怖か羞恥かわからない感情で震えそうになる声を抑え、尊大な口調であしらうようにガガーランを振り返る。

自分とあまり変わらない位置にある目を一瞥すると、周りをゆっくりと見回してモモンガは言い放つ。

 

「予選よりは多少マシだが、とてもここに俺に匹敵する戦士がいるとは思えんな。装備も貧弱だ。この王国の程度が知れるというものだ」

 

モモンガの安い挑発に乗せられ、数名の男が椅子を蹴倒しながら立ち上がる。その目は怒りに燃えていて、あわや乱闘かと思われた。

 

「はははは! 確かに違いない。あんたの鎧も剣も一級品だ。そりゃあ俺たちみたいな傭兵や冒険者の装備が弱く見えても仕方ないってもんだろうさ」

 

空気を変えるようにモモンガに近づくのは珍しい毛並みの青年だった。

金髪に青い目、モモンガのリアルを考えると、この異世界の人間は皆欧州人の様に薄い色の人間が多い。その中で髪を濃い青色にしているその人物は目立っていた。

離れたところにいたはずなのだが、その堂々とした振る舞いに他の参加者が道を譲ってあっという間にモモンガの側まで歩いて来ると、鍛えられた腕でモモンガの鎧を小突く。

 

「しっかし、近くで見ればみるほど見事なもんだなその鎧。どこで手に入れたのか是非とも紹介してもらいたいね。装備まで含めての強さだもんな」

 

唇を歪ませた青年は異様なほど軽装だった。全身鎧とまでは行かなくても皮鎧を身につけている出場者が多い中で悪目立ちをしていた。防具らしいものは胸当てと皮でできたバンクルくらいで、着ている服も至って普通の布に見える。

その装いにモモンガは相手を軽戦士かと目星をつけるが、それにしては得物は刀であり、両手で使う用の重量のあるものだった。

 

「そういうお前も珍しい得物だな」

「はっ。まあな。こいつが俺には一番あってるんだよ。──ブレインだ。あんたは?」

「あまり格下に名乗りたくは無いのだが。まあ、そこそこ見所はあるからな……モモンだ」

 

伸ばされた手を握り握手をする。鎧越しでも分かる程硬い掌だった。

 

「とは言ってもな。装備が通用するのは準決勝までだって話だぜ」

「…………は?」

「おう、俺っちもそう聞いてるな。決勝戦は公平をきすために王国の方から用意された装備で戦うんだと」

「……え?」

「まあ国の威信がかかってんだから下手な装備はよこさねぇとは思うが、使い慣れない装備は嫌だよな」

「……用意された装備で戦うだと?」

「あんたにはあんま関係ないだろ? 確かに装備は超一級品だが、今日の戦い見せてもらってたけど地力も一級品だろ、あんた」

「そうだぜ。動きはまあ、力に頼り切ってる感じだけど、そんだけ強かったら技磨く必要なんて無いんだろうよ。決勝戦では俺はあんたに賭けるぜ」

「決勝戦まで残る気無いなんて弱気だなあんた。まあ、順当に勝ち抜けばあんたの明日の相手は俺だからな。感心な謙虚さだぜ」

「っへ、言ってくれるなぁ! なんだったらここで確かめてみるかい?」

 

軽口の応酬を始めた二人を余所に、モモンガは頭を抱える。

聞いてない。

聞いてないぞ、そんな事!

モモンガは通常の前衛向け防具や武器は装備できない。魔法で作った鎧と剣だから装備できるし戦えるのだ。にも拘らず、決勝戦では使えないとはどう言う事なのか!!

動揺が声に出ないように気を付けながら、すっかり意気投合したらしいガガーランとブレインの話に相槌を打つ。

最悪更衣室でそっくりな装備に作り直せば良いと思いついたのも束の間、会場で衆人環視の下装備の入れ替えが行われると聞いて再び項垂れるのだった。

 

 

試合が始まって戦いの最中でさえ、モモンガの頭を占めていたのは如何に穏便に決勝戦までに敗退するか、という事だった。

 

 

 

 

御前試合二日目を難なく勝ち抜いたモモンガだったが、その胸の中は新たな不安でいっぱいだ。

もしこれがただの自分のわがままだったなら、もう決勝戦で正体がバレようと気にせずに逃亡者の身の上になっているところだ。しかし万が一、モモンをナインズ・オウン・ゴール、延いてはレエブン侯爵と関連づける者が出てきた場合を考えると軽率な行動はできない。

口から漏れるため息を押し殺し、自分へと近づく足音に顔を上げる。

そこには朝別れた時よりはやつれたガガーランがいた。鎧には数カ所凹みができており髪の毛も乱れている。彼女にとってこのトーナメントは中々に手強いものだったようだ。

そんな疲れ切った彼女はなんとも言えない微妙な表情でこちらに声をかけてきた。

 

「なあ、この後少し時間いいか?」

 

昨日の強引な行動を知っているだけに、その殊勝な態度に違和感を覚える。

 

「どうした」

「いや、俺っちのチームメイトがあんたと話したいんだと。大事な話だから落ち着いた場所でやりたいらしい」

「有名な冒険者のチームが俺のような流れ者にか? それはまた随分と珍しい。仲間になってくれという誘いだったら断るぞ」

「んな用じゃねぇと思うぞ。リグリットっていう婆さんなんだが聞いたことくらいあるだろ? あの十三英雄の一人、死者使いだ」

「死者使いか……。あまり気分が乗らないが、断ったらしつこそうだ」

「ありがとよ。んじゃあこっちだ」

 

自分の出番が終わった参加者は係員に断って次々と控え室から出て行く。その多くは控え室脇の隙間から他人の試合を見ているようだった。

モモンガはガガーランに先導されてその人垣を流し見ながら街の方へと降りていく。

 

辻馬車を拾って着いたのは、この街に着いた時に一回だけ顔を見せたきりの冒険者組合だった。

 

 

 

冒険者組合は王都の繁華街近くにある建物で、一階は一般の冒険者が出入りするスペースとなっている。二階以上は組合の職員の為のスぺースや、依頼人と内密の打ち合わせができる小部屋があり、かなり広い作りになっている。

 

モモンガが案内されたのは二階にある小部屋で、扉を開けたそこには魔法詠唱者らしい老婆とただならぬ気配をした白金の甲冑をきた人物がいた。

 

 

「呼び立ててしまってすまんな。とりあえず座ってくれ」

 

座るように促した老婆は、長く白い髪の毛を揺らしながらガガーランに出ていくように伝える。てっきり同席するものと思っていたガガーランはそれに大人しく従い、モモンガに一声かけて出ていった。

共通の知り合いである人物の退席に、空気が鉛のように重くなる。

モモンガはそれに苦手な営業先での記憶を思い出して、ギュッとない心臓が締め付けられた。

 

「それで、話とは?」

 

こういう時は黙っていても始まらない。さっさと用件を聞いてさっさと帰ることを考えるだけだ。腹を括ったモモンガは話を切り出す。モモンの姿を意識して、少し尊大な口調だ。

相対する相手が死者使いということで一瞬自分の正体がバレることを心配したが、認識阻害の指輪はきちんとつけている。見破られる事はないだろう。そう高をくくってゆっくりと椅子の背もたれに体重をかけ、相手の出方を伺う。

 

「それは勿論君の事についてだよぷれいやー」

 

応えたのは男の声だった。

それまで身じろぎ一つしなかった白金の甲冑からの発言にぴしりと空気が凍る。

モモンガは言われた言葉が一瞬理解できず、それを言った鎧の男の方に目を向ける。

 

「な、え」

 

様々な衝動が心に湧き上がり、そして急速に沈静化される。それでも、口から漏れる言葉は止めることができなかった。

 

「一体何を──」

「君は上手く誤魔化しているつもりだろうけど、この間の天気を変える魔法も君の仕業だろう」

「あれもか? 随分と派手にやらかしていた割に戦士としてもそこそこやるように見えるが、本当にか?」

「それこそ成熟した魔法使いだからじゃない? 彼らの魔法はなんでもありなんだから魔法使いが剣を振るえたって僕は驚かないよ」

 

ひたり、とモモンガは二人からの冷徹な視線を感じたまま、目の前の軽口を叩き会う二人を見る。

疎外感に膝に置いた手に力が入り金属同士が擦れる耳障りな音がする。

自分の次に取るべき行動を測りかねて、二人を観察する。

もし口を封じるなら今だろう。白い鎧の方はわからないが、老婆の方は始末するのは簡単だ。二人を殺した後で上級アンデッドでも呼び出せば、人を殺した事など簡単に誤魔化せる。

あまりに自然に出てきた非道な考えに、自分で自分に驚く。

そもそも、ぷにっと萌えさんが言っていたでは無いか。こういう時に落ち着いて行動して、如何に情報を集められるかが大事なのだと。軽率に動いては事を仕損じるんですよ、という声が頭の中で再生される。

モモンガはグッと力を入れなおして、前に座る二人を見る。

 

「ああ、ごめんごめん。リグリットとは久し振りに再会したからつい君を放ってしまったね。自己紹介がまだだったよね、僕はツアー。彼女はリグリット。知っているかもしれないけれど一応。僕たちは共に、200年前ぷれいやーと共に旅をした仲間の一人なんだ。よろしくね、新しいぷれいやー」

 

こてりと首を傾げた男は、手を差し出してきた。

その手を反射的に握り返す。異世界に来ても抜けない自分の仕事の癖にため息をつきたくなった。

 

「俺も話を聞きたくなったよ、ツアー」

 

警戒を強めていたモモンガはとりあえず力を抜く。いきなり敵対されることはなさそうだ。心労からか安心からかはわからないが、出そうになるため息をなんとか押し殺した。

 

 


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