学園編と闘技場編はエタる危険があることを身をもって体験しました。
「それじゃあ早速情報交換といこうじゃないか」
そう言ってツアーと名乗った鎧の男は200年前に共に旅をしたというプレイヤーの話を始めた。いくつかの冒険譚をかいつまんで話し、たまにリグリットと呼ばれた老婆が茶々を入れる。その親しげな様子に、モモンガは嫉妬を覚えた。そんな内面を隠してモモンガは聞き役に徹した。今ここは出来るだけ相手に喋ってもらって情報を引き出すべきだ。
取引先とのやりとりを思いだし相槌を打つ。
そのうちに、ツアーが話した内容に対して観察されている事に気づく。
「そんな訳で、僕たちは虫の魔神を倒したのさ」
ツアーの話が一区切りついたら次はモモンガの話す番である。
ツアーが知りたがったのはユグドラシルの情報だった。
どんな所なのか、どんなモンスターがいるのか。プレイヤーの強さはどのくらいか。
「リーダーに聞かなかったのか?」
「聞いたさ! でも彼は余り詳しくなかったよ。それにすごく混乱していた。家族というものは僕はよくわからないけれど、友人も知り合いも居ない世界に一人いるのは凄く心細かったんだろうね」
ツアーの話を聞いた限り、そのリーダーというのはユグドラシルの中でも初心者のように思う。それも、極々低レベルの。ギルド拠点についても無知なので、のんびりとソロでプレイしていたのだろう。
「無知な初心者って言うのには頷けるね」
「出会ってしばらくは意味のわからない単語ばかりを使っていたからのぅ」
「どろっぷあいてむ、が無い、なんて言われても何のことだかさっぱりだよね」
「でーたくりすたるもよくわからんかったな」
「まあ、そんな事言ったら武技、なんてものもこちらには無かったんだからおあいこだ」
ゲームの世界だとしばらく勘違いしていた自分のように、リーダーと呼ばれた男もきっと勘違いしただろう。
気づかないまましばらく過ごしたのが自分だけだとは思いたくない。
「まあ、君たちは一枚岩じゃあないからね。何度かぷれいやー同士で殺し合う場面にも立ち会ったよ」
その言葉にモモンガは固まる。
自分だけがこの世界に来たとは思っていなかったし、その可能性も考えなかった訳では無い。しかし、改めて指摘されると無い心臓が縮みあがる。
ギルド・アインズ・ウール・ゴウンはすごいギルドだった。
41人という少人数ながら力を合わせてギルドの最高ランキングが一桁だった時もある。
しかしそれはギルドの成績であって自分だけのものではない。それも、皆で作り上げたギルド拠点あっての強さだ。その中で、ガチビルドですらないモモンガの強さは全プレイヤー中良くて上の下だろう。全身を神器級のアイテムで揃え、ワールドアイテムを装備してもその程度の勝率だ。
(エリアスさんを手伝うにしても、しっかり情報を集めて対策してからじゃないと……。もし他にプレイヤーがいた時にまずい)
「しかし、話を聞くとほぼ同じ間隔で定期的にユグドラシルのプレイヤーがこの世界に来ているようだな。今のところレベル帯も種族もバラバラなようで、共通点らしきものはわからないが」
やや強引だが話題を変える。こちらにやってくるプレイヤーの共通点は現在モモンガには見当もつかない。それでも、リアルと比べるととんでも無く恵まれているだろう世界に、恵まれた条件で来たのならば、利益を求めた殺し合いになるのは自然なことである。
「それはこっちも同じさ。…………。まあ、そんなとこで、君たちには悪いけれど、この世界の住人として君たちが来るのはとても迷惑なんだ。できれば君には僕たちを尊重してほしい。力任せに環境を破壊せずに、大人しくしてくれないかい」
「それについては約束できんな。こちらとしても新しい後ろ盾に対してある程度協力をしなければならない。まあ、話に聞くと拠点ごとこちらに来ているプレイヤーがいるようだし、俺に目を付けてもらっては困るから努力はしたいが……」
「拠点?」
「そうだ。個人では持てない程のアイテム、多くの拠点NPC。仕掛けられたトラップにギミックはこちらを殺しにかかってくる事間違いなし。ソロで攻略しようなんて頭がおかしい。そんなギルド拠点も一緒に来ているんじゃないか? お前らが倒したという魔神というのが怪しい。とは言っても、本来は拠点から出られない筈だから傭兵モンスターかもしれんがな」
ツアーとの会話でモモンガも自分の身に何が起こったのか、この世界がなんなのかがわかってきた。
(異世界に飛ばされるなんて、まるで大昔に流行った古典空想物語だ)
エロゲーが大好きな友人がハーレムものにはまっていた時に勧められたのを思い出す。「ゲームじゃないけどそのエッセンスは感じる。何より読んでたら家族から褒められる」と胸を張りながら言っていた。
すぐに横道にそれようとする思考を戻して、改めて思うのはなぜ自分がここに呼び出されたか、という事だ。100年ごとにやってくるプレイヤーの情報を聞きたかったにしては聞かれた内容は確認に近いし、こちらが得た情報の方が多い。
ここからが正念場だと自分のカンも言っている。
ゆっくりと息を吐き、椅子の背もたれに背中を預ける。
「しかし、随分と気前のいい事だな。正直、ここまで簡単に情報を得られるとは思っていなかった。情報の交換が目的にしては、些か払い過ぎじゃないか?」
「そんなことはないよ。正しく現状を知ってもらわないとこの後のお願いを聞いてもらえないだろうからね」
「お願い、ねぇ」
(やっぱり厄介なネタがきたな! どうせロクでも無いことなんだろうし、聞きたくないなぁ)
「そんなに身構えなくてもいいよ。さっきも言っただろう。僕は君たちぷれいやーに、この世界を引っ掻きまわされたくないんだ。だからその為に協力をしてほしいんだ」
「過去に来た者たちの中にこの世界を大きく歪めた者が居たそうじゃ。さらに独自の文化を持っていたこの世界の上位種族の多くがそいつらに“狩り”で殺し尽くされた」
「うん。リグリットの言う通りだ。ぷれいやーはその持っている強大な力で自分たちの価値観を押しつける傾向がある。僕としてはそれは迷惑だからやめて欲しい。そして、もしまたぷれいやーが現れた時にはそんな身勝手な行動を一緒に止めて欲しいんだ」
モモンガは二人の言葉に腕を組む。
確かに、要求としては妥当だろう。かつてのプレイヤーとの戦いで、この世界の強者は大幅に減った。
だから話し合い出来そうな強者を予め仲間にしておき、新しくきたプレイヤーに対して威圧をかける。そして争いを避けられたら万々歳といったところか。
なるほど、こちらの世界の住人として今まで通りやっていく為に必要な行為だろう。
しかし、簡単には頷けない。
相手がソロプレイヤーだったら問題ない。自分よりも強い存在をみせつけて相手に行動するのを躊躇わせる事ができる。
モモンガとしても、下手に一人で居るよりは強い者とのコネを作っておけばいざという時に役に立つだろう。しかし。
モモンガはエリアスとした約束を思い出す。
エ・レエブルの筆頭魔術師としてエリアスに手を貸すと約束しているのだ。というか既に領地の運営に手を貸している。森の開墾なんて自然への影響が大きいことをしているのだ。言われるままにやっていたが、もし自然を愛する友人が知ったら雷が落ちるのではないだろうか。
「協力は、まあ、考えんこともないが、引っ掻きまわされたくないとは随分と曖昧な希望だな。俺は大人しくしているつもりでもお前たちにしてはおおごとかも知れんぞ?」
「それについては全くもって否定はできない。けれど、まあ、君は人間の国に居るつもりみたいだから人間達の国の中で収まる事だったら関知しない、でどうだい?」
「与えた影響が他にまで広がらないなんて事は約束できないな。それに、協力するとしてもお前の実力がわからないのではとても取引になるとは思えんな」
帝国での一件しかり、結婚式での一件しかり、どこまで影響が波及するかわからない。当初は大したことがないと思っていたことが、何十年後にはおおごとになっていた、なんて簡単に想像ができる。ここで言質を取られるとまずいし、相手側もどこまで考えているのか不明だ。
それに。と、モモンガは二人を見る。
探知のスキルを持っている訳ではないが、この二人に自分を止められる気がしない。
力の無い者と対等な条件で約束をするなんて馬鹿らしい。せめてレベル100のプレイヤーと同程度のスペックがないと他のプレイヤーに対して脅しになるとも思えない。
エリアスとイエレミアスから受けた貴族の教育では自分よりも格下の者との付き合いかたもあった。
対等に見て欲しければそれに見合うだけの物を見せろと言う遠回しな発言を察したらしく、リグリットとツアーはお互いに目配せをした後に向き直った。
「確かに君の実力を僕たちは知っているけれど、僕たちの実力を君は知らなかったね。うーん。困ったなぁ」
「確かにこんな街中で暴れる訳にはいかないからな。しかし、格下相手に面倒な約束をする気がないのは譲れない」
「いや、街中なのは場所を移せばいいからいいけれど。戦士である君に僕が勝っても、それは実力を示した事にはならないだろう? 君の本来の力じゃないんだから。でも、君は今その姿をやめる気は無いんだろう?」
ツアーの言った通り、モモンガにとって同格を示す為にはモモンとしての戦士と同格では不適だ。身体能力が多少似通っているからとモモンの姿で御前試合に出たが、本来のモモンガにとってレベル30ほどの戦力なんて何の意味もない。戦士であるらしいツアーがモモンに勝ったところでだからどうしたという気分になるだろう。
「ああ。こちらにも事情がある。今この姿を変える気は無い」
「……」
ツアーは困ったという空気をだして隣に座るリグリットを見る。
リグリットはため息をつくと、皺だらけの手を顎に当て、ポツリポツリと案を出す。
「今すぐとはいかないが、それなら今夜にでもカッツェ平野かトブの大森林かでモモン殿が召喚したモンスターをツアーが倒せばいいんじゃないか? 召喚したモンスターは召喚者に比べると弱いが、本来の力を持ったモモン殿が作れば、この世界の多くの人間には太刀打ちできない強さになるだろう」
「成る程。複数体のモンスター相手に余裕で勝つことができれば、確かに実力はある程度測れるな」
「君が良いのだったらその方法でやろう。時間と場所に希望はあるかい?」
「トブの森よりはカッツェ平野の方が霧が出ている分だけバレないだろう。時間は……そうだな、日付が変わる頃はどうだ?」
「…………うん。それなら何とか間に合うと思うよ」
「移動手段はこちらで用意するさ。王都の近くで待ち合わせだ」
「それは助かるよ」
ほっとした様子のツアー。いまだ厳しい眼光のリグリット。
詳しい待ち合わせ場所を指定した後、モモンガ達は別れた。
<転移門>で降りたった先のカッツェ平野は相変わらず濃い霧で覆われていた。
ほぼ一瞬にして王都からカッツェ平野まで来れた驚きにひたる時間も無く、モモンガはツアーに戦闘準備をする事を求めた。
「何を召喚するんだい?」
「もう終わっている」
そう言って指された指の先の空間が歪む。
何もなかったはずの所から、勇壮な天使が6体現れる。その神々しい姿の天使がモモンガに跪く。
モモンガは昼間の鎧姿から一転、魔法詠唱者のように闇を固めたようなローブをまとい、仮面に手甲で相変わらず素肌を隠している。純白の天使が漆黒の魔術師に従う光景は宗教画のようであり、そういったものと縁の無いツアーすらも不可侵の神聖さを感じてしまう。
しかし何よりも問題なのはその天使の強さだ。
ツアーのもつドラゴンの知覚を以ってわかるその強さは、大凡この世界の者が太刀打ちできるものではない。
その強さは若い竜はおろか、アゼルリシア山脈で我が物顔をしているフロストドラゴンですら一撃で屠られるはずだ。ツアー自身も、本体ならともかくこの鎧では一体を相手にすると余裕は無いだろう。
「性能としては防御特化だから時間はかかるだろう。まあ、あれだけ啖呵を切ったんだ。少しは見応えがある勝負をしてくれ」
そう言うと天使を置いてモモンガは下がる。ツアーは観戦するリグリットとモモンガから十分に距離をとってから身構える。
ツアーの竜生でも一番の激闘が始まろうとしていた。
結局、ツアーはモモンガの召喚した天使を倒し切る事は出来なかった。
数の利を生かそうとする天使に対して一対一になるように立ち回り、確実に攻撃で体力を削っていく様はモモンガの目から見てもある程度戦い慣れた前衛の動きに見える。3体目が倒された時にはこのまま倒し切るものだと思っていたのだが、一度天使の攻撃を受けてからは動きの精彩がかけ、5体目の体力を殆ど削ったところでリグリットから制止の声がかかった。
「これは直すのに時間がかかりそうだ」
そうツアーは言って自分の鎧を見た。
べこりと凹んだ胸部に大きな罅が入った鎧。歩くたびに軋みをあげる関節はかなり歪んでいるのだろう。
「どうかな。僕は君の脅威になりえそうかい?」
そんな有様でモモンガの近くまで来たツアーはこてんと首を傾げる。
その発言にどうしたものかとモモンガは考える。
強さとしては大したことは無い。超位魔法で作った天使程度に勝てないようではとてもではないがモモンガの敵では無い。しかし、気になるのはこの余裕な雰囲気だ。
もしこれが彼の本気だとしたら、もっと焦った様子を見せるはずだ。虚勢ということも考えられるが、少なくとも、これが彼の力の全てではないだろう。
「一定の警戒をするべき相手なのは間違い無いな。仕方がない。力を振るうのはこの人間種の領域内に収めるよう努力しよう」
「十分だ。戦った甲斐があったよ」
戯けた仕草をしてツアーはそのままモモンガを通り過ぎる。
見届け人として来ていたリグリットと抱擁をかわすと、くるりとこちらに向き直る。
「じゃあ悪いんだけど、彼女を王都まで送ってもらえるかい? 僕は別に行く所ができたから」
それに肯定の返事を返して、モモンガは<転移門>を開く。先にリグリットを通して自らも入り込むと素早く閉じる。
一人アンデッドの湧く地に残った鎧は空を見上げる。
操っているだけの鎧がするそれは、ツアーにとって本来意味のないものだ。
しかし、それを他人が見たらこう言うだろう。
まるで途方に暮れているようだった、と。