蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江

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視点によるモモンガさんの表記揺れが酷いので修正していたら時間があいてしまいました。
モモンガさんの本名知って人はモモンガ、それ以外はナインズで統一できたはず……


御前試合2

 

 

自分がなぜゲームアバターの姿で異世界にやって来たのか、その謎を解く情報のかけらを掴んだ翌日もナインズはやるべき事でいっぱいだった。

 

「昼は御前試合、夜はパーティー。その間にアルシェの魔法の上達度を見て、ああ、夜のパーティについてイエレミアスさんとの打ち合わせもある!」

 

早朝。頭を抱えたナインズがエリアスの執務室に押しかけて落ち着きなく体を揺すったり唸ったりと忙しい。

それを横目で見つつ、侍従のアランは今夜ナインズの着る衣装を準備する。

春の夜会なので春らしい若草色の薄絹を、黒く染められた燕尾服の上から垂らす。光の加減で深みを増す緑色にアランは頷き、一式を壁にかけ丁寧に手入れしていく。

ナインズが持っている魔法の服ならともかく、イエレミアスが見立てたこれらの服はただの布だ。

汚れたら染みになるし、毛玉もつく。

 

「本日の衣装はこちらで間違いないでしょうか?」

 

目配せをしてナインズ、エリアス両名の確認を取る。諾の答えを返され、出した衣装をもう一度丁寧に畳み、アランは下級使用人にナインズの部屋へ持って行くように指示を出す。そうしてナインズの側に侍ると、もう一度今日の予定を頭で確認する。

主人の予定を進めるために行動するのも侍従の役目なのだ。

 

「とりあえず御前試合の準備をするべきだろう。夜会については私も止めたし叔父上も大丈夫だと言ったにもかかわらず、招待を受けることを決めたのは君なのだから自分で準備をしてもらいたい」

 

執務机に向かい、領地から持ち込んだ書類に目を通していたエリアスは顔を上げ、いつもよりも些か冷たい口調でナインズに言い放つ。助け舟が出ないことを悟ったナインズはがっくりと肩を落とし、魔法でモモンの姿になった。

漆黒の鎧に身の丈程もあるグレートソードを2本も背負った姿は、どこから見ても戦士のそれだ。

これで実はモモンが魔法使いだなどと見破る者はいないだろう。

 

「うー。行きたくない。行きたくないけど行ってきます……」

 

「しっかりと頼む」

 

「ご武運を」

 

それぞれの応援の声を受け、ナインズはモモンがとっている宿へと続く<異界門>を開けた。

 

「それでは私もこれで下がらせていただきます」

 

丁寧に礼をして暇乞いをする。

主人がいない間、溜まっている幾つかの仕事をどれから手をつけたものかと考えていたアランにエリアスが待ったをかける。

 

「少しこれから話がある。他にも仕事があると思うが付き合ってもらいたい」

 

そう言われてしまったらアランには断れない。

今でこそナインズ直属の侍従だが、元々はエリアスが雇い主であったし、領地にいる家族も世話になっている。

 

「かしこまりましたレエブン侯爵閣下。あの、できればほんの少しお時間を頂ければと思うのですが」

「ああ、かまわないとも」

 

もう一度礼をして急いでナインズ付きの執事を探す。

 

(部屋の掃除と小物の整理と──)

 

いくつかある仕事で他人に回しても問題ないものを思い浮かべつつ、アランは早足で使用人通路へと向かった。

 

 

 

 

 

 

『冒険者チーム「蒼の薔薇」所属ガガーラン、前へ』

 

進行役の言葉で前に歩み出す人物。

モモンガにとって色々と縁のある女戦士ガガーランはその岩のような体を進めて壇上に上がる。

 

『「不死者殺し」冒険者モモン、前に』

 

対するモモンガも漆黒の鎧──モモンの姿──で壇上へと上がった。

場所は王城内にある騎士の訓練場。

普段だと訓練の音が響くそこに、今は50m四方ほどある白い岩でできた壇が出来ていた。

それは先程王国の魔術師が10人程で作ったもので、王の権威を示すためだろう。モモンガの目からみると幼稚に見えるそれも、周りの天幕からは感心するため息が聞こえる。

全身鎧のつま先で軽く引っ掻くと簡単に削れるそれに、モモンガはため息をつきたくなる。

 

(あまりにも脆すぎて壊しそうだ)

 

足場の確認をした後に顔をあげると、そこには真剣な目のガガーランがいた。

昨日見た格好のまま、しかし手に持つ武器だけが随分と貧相なものになっている。

まあ、それは自分も同じことだか。

 

「予選で俺と当たるなんて運がないな、ガガーラン」

 

「はっ。手加減なんていらねぇぜモモン。アンタの本気を見せてくれ」

 

お互いに得物を構え、睨み合う。

進行役の男は厳しい顔で、軽口を言い合ったモモンガとガガーランを咎めるように見るが、そんなものは勿論黙殺だ。

諦めたように少し肩をすくめた男は、王が居るだろう天幕へ視線を向けた後、開始の合図をだした。

 

『──始め!』

 

始まりと共に飛び込んでくるガガーランの手には大ぶりな戦鎚。それを大きく振りかぶっている。

モモンガは振り下ろされたそれを危なげなく避け、再び距離をとって様子を窺う。

 

王国において最も強い者を決めるこの御前試合。最終日は決勝以外でも装備に制限がかかる。

それを説明されたのは、今日会場に着いてからだった。

ゆえに今モモンガが持つ剣もいつも自分がもつ大剣ではなく、手入れはされているが刃が潰されたものだ。ガガーランも同じ戦鎚ではあるが質が違うのだろう、苦い顔をしつつも避けられた事自体はそんなに気にしていないようだった。

 

「やっぱ、いつも通りたぁいかないか」

 

「お互いにな」

 

モモンガは剣を握り込む。勿論握り込むだけだ。

もしガガーランに振り下ろそうとしたならば、瞬間、剣は弾けてどこかへ飛んでいくだろう。

 

(装備不可武器種だもんなぁ……)

 

決勝戦だけだと思っていた持ちこみ武器・武具の制限が決勝トーナメント全体に追加されたと聞いた時、モモンガとしてはめんどうなのでここで負けようかと本気で思った。思ったのだが、エリアスからせめて準決勝までは勝ち残ってほしいと言われている。

エリアスの推薦で参加している帝国からの押しかけ令嬢、レイナースが思ったよりも健闘したのだ。レエブン領の戦力を誤魔化すための工作なのに頭が痛いと言いながら、眉間に皺を寄せていた。

 

そんなこんなで、モモンは準決勝まで勝ち進むことになった。つまり、ガガーランは倒さねばならない。

 

しかもこちらから攻撃はできない。何度かガガーランの攻撃を避け、相手をムキにさせようとしているのだが、彼女は思った以上に辛抱強い。お互いの戦闘力差を理解し、あしらわれて当然だと思っているのだろう。

装備制限さえ無ければ鍔迫り合いで押し込んで勝利をもぎ取ればよかったのに、と、昨日何度もシミュレートした試合展開を未練がましく思ってしまう。

 

「俺の攻撃は受けるまでもないってことかい、モモン」

「まさか。受けるわけにはいかない攻撃と言うことさ」

 

ものは言いようだな、といったガガーランの構えが先ほどまでと違う。

不思議に思っている間にガガーランからの感じる空気が変わる。

これは帝国の闘技場で見た武技を使った戦士と同じものだ。

そう感じたところで、ガガーランが今まで以上の速度で肉薄する。

帝国の闘技場でアランから色々教えてもらったなぁと思い返していたこともあり、一瞬対応に遅れる。しかも、反射的に剣を差し出してしまい武器としてガガーランの攻撃を受けてしまった。当然そうなれば装備制限によって大剣は弾かれる。

無手になったモモンガはガガーランの第一撃をかわし、続く第二撃を手甲で受ける。今まではそこまで攻撃した後距離を取っていたはずなのに、さらに三、四撃目と攻撃を受ける。

 

ガガーランの切り札の一つ<超級連続攻撃>だ。

 

複数の武技と共に繰り出されたそれは激しく、ガガーランのもつ武器が耐えきれずに砕ける。彼女の攻撃とそれを受けるモモンの鎧の強度に武器が持たなかったのだ。

 

「ハッ、は、ははは! その、鎧、硬すぎ、るだろ」

 

武器の握り手だけを持ち、顔中汗にまみれたガガーランは座り込んで息も絶え絶えに文句を言う。不覚をとったモモンガも誤魔化すように言葉を返した。

 

「防具の性能が違えば、武器の性能が高かったなら、今のは俺も危うかったかもしれんな」

 

「ガガーラン。武器無しで続きを行うか?」

 

進行役の問いにガガーランは座ったまま頭を振る。

続けて視線を向けられたモモンガは肩をすくめた。

 

『勝者、モモン』

 

それを聞いたモモンガはガガーランに手を差し出す。握られた後ガガーランを立ち上がらせそのまま壇上を降りた。

 

 

 

 

モモンガは次の対戦のことを考えるだけで緊張でない胃が痛くなってきた。

 

格を落とさずに負ける。

 

エリアスにそんな無茶振りをされたモモンガはゆっくりと深いため息をついた。

 

 

 

 

御前試合準決勝。

 

王国内の数多の強者が集まるその戦いはいよいよ大詰めを迎えていた。

 

一人、剣の天才 ブレイン・アングラウス。

一人、村一番の力自慢 グリンガム。

 

一人、『不死者殺し』冒険者モモン。

一人、傭兵、ガゼフ・ストロノーフ。

 

 

 

誰もが期待をして眺める準決勝の最初の戦いは、あっという間に決まった。

試合の合図と共に剣を振り上げて切り掛かったグリンガムの胸に、ブレインが剣の腹を叩き込んで決着したのだ。あまりの早業に、進行役も目を丸くして終了の声が遅れた程だ。

 

準決勝とは思えない勝負に観客は一気に加熱した。

王国内に、ここまでの強者が居たのだと。

 

その熱気を冷めた目で見下ろしながら、エリアス・ブラント・デイル・レエブンは屋敷から運ばせた質のいい長椅子にもたれて足を組んだ。

貴族ばかりの観客席にも当然優劣が決められており、場所だけでなく、天幕の内装もそれぞれが工夫をこらしている。

下級貴族は日差しよけの天幕と風よけの中に敷物を敷き、屋敷から持ち込んだ椅子に座っているものが多い。そこに家紋の旗を立てれば、まあ最低限の体裁は保てていると言っていいだろう。

中級貴族は少しでも見栄を張るために敷物を敷く部分のみ木のわくなどで少し段差をつけている所があるようだし、上級貴族ともなるとその段差が高さをまし、天幕や敷物など一つ一つの価値が段違いに上がる。

当然、国内の主要貴族であるエリアスの席はとても豪華な作りになっていた。

あっという間に終わった試合の片付けが行われる間見回すと、いくつもの視線とぶつかる。

そのどれもが敵対する貴族であり、こちらを嘲るものであった。

 

「これでレイナースの株が少しでも下がればいいですね」

「そうだな」

 

秒殺された対戦者に負けたレイナースの強さを疑問視する声を広げればいい。事実、それを吹聴したがる者たちは多いのだ。たったそれだけの事だと横に座る妻に素っ気なく返してエリアスは次の対戦者の二人を見る。

一人は友人の魔法詠唱者扮する漆黒の全身鎧。昨日までその背中に担いだ二つの大剣を外し、代わりに支給された一回り以上小さな──しかしそれでも十分大きな──剣を手に持っている。

本人曰く装備制限で振るうことはできないそうだが、エリアスは彼がどうやってこの場を切り抜けるのか楽しみにしている。

 

「随分と強そうな二人」

 

つぶやく声に目をやれば、長椅子の他にある一人用の椅子に座った少女。帝国からナインズに弟子入りした彼女は食い入るように見つめている。

帝国からのあからさますぎる間者と言ってもいい少女は、今回の作戦で大事な帝国への広告塔となる。不要な情報は持ち帰らないように、しかし、大事な情報を持ち帰らせるために連れてきているのだ。

 

「アルシェ嬢はこういった試合をよく見学されるのですか? 帝国には立派な闘技場があり、そこではこの御前試合のようなことが毎日開催されているとナインズから聞いています。彼も見に行ったことがあるとか」

「あ、いえ。私は見に行ったことはないのです。父がよく行っていて、その話を聞いたことがあるだけで」

「なるほど、お父上が。まだ幼いのに他国へ留学とは心細いでしょう。この催しが少しでも慰めになれば良いのですが」

「レエブン侯爵には細やかなお気遣いをいただき感謝いたします。……両親の事は時々思い出すこともあります。けれどナインズ様に師事できるのは名誉なことです。それをお許しいただいているだけでなく、こうして国事への参加も許していただけて大変嬉しく思ってます」

 

まだ未熟ながらも貴族らしい受け応えができるアルシェに感心する。もっとも、貴族の子女としてよくできているだけで大貴族であるエリアスにとっては不足ばかりが目につく。

いずれもうけることになる自分の子供の教育について考えていると、一際大きな歓声が上がった。

試合会場をみると壇上の両者はともに剣が床にあり、距離をとっている。

 

「それでも! それでも王国は俺の生まれ育った国だ!」

 

無手のまま褐色の髪の男がモモンガへと立ち向かう。振りかぶる勢いのまま掌底をヘルムの下側に叩き込み、モモンガはその勢いで転ける。

しかしやられるだけの彼ではなく、転んだ流れを利用して蹴りでもって男──ガゼフの足を払う。

御前試合というのに突然泥臭い闘いが始まり、一体何が起こったのか理解できないが、地面から立ち上がる時にはお互いの武器を手に取っていた。

 

ガゼフは扱いやすい長剣から重量のある大剣へ。

モモンガは使い慣れた大剣からリーチが短くなった長剣へ。

 

長剣を手にしていた時は正面に構えていた剣を肩を支点にした両手持ちに変えているのは大剣の重さゆえだろう。

エリアスも貴族の教養として剣の手解きを受けたが、大剣は両手で持つ武器だ。それを片手で持つこと自体が異常であり、つまりそれがナインズの異様さに繋がっている。

そんな異様なモモンガはといえば、拾った長剣を片手で持ち、構えるでもなく自然体だ。

 

それだけで、どちらが強者なのか一目瞭然だろう。

 

「武具も武器も実力のうちだと言うのに、こんなつまらん小細工のされたトーナメントですら俺に負けるお前が、一体どうやって王国の民を守るというのかと考えると笑えるな。それとも、本気で俺に勝つ気でいるのか?」

「勿論だモモン。何より、他国からの流れ者に優勝されては王国民の面目がないだろ! ハァァッ!!」

 

飛び込んでの叩きつけるような斬撃。

それも切り下ろしては切り上げ、突き刺す。

どれもエリアスの目では剣の残像しか見えない速度であった。

 

「鈍い。あまりにも鈍いぞ。不慣れな武器で調子がでないのか?」

 

挑発しながら、それを後方へステップする事で全て避け躱す。

 

「ああ、なるほど」

 

エリアスはどうやってモモンガが負けるつもりなのか合点がいった。

確かにこの方法なら、そこまで“モモン”の株は下がらないだろう。

 

ガゼフの攻勢に勢いがなくなってきた。おそらく武技の効果が切れたのだろう。

その隙をつき反撃に転じようとしたモモンガはしかし、片方の足が滑り落ちる。

場外負け。

大きく体勢を崩し滑落するモモンガを、しかしガゼフはチャンスと追撃をせずに慌てて手を伸ばした。

 

ガシャン──。

 

「…………」

「…………。その、大丈夫か、モモン」

「ああ。いささか調子に乗りすぎたな。まさか、こんな負け方をするとは」

 

派手な音を立ててひっくり返ったモモンガにガゼフはまだ手を差し出したままだ。

モモンガはその手をじっと見つめ、ゆっくりと握る。

ガゼフに引き上げられた様子を見た後で、エリアスは目を閉じて静かに息をつく。

 

これで少しは自分の周りが静かになりそうだ、と。

 

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